「ありがとうございましたー!」
島の駄菓子屋らしからぬ商品を渡し、代金をザルに入れる。
バイトを始めてから随分と年数も経った。
相変わらずお客さんはほとんどが島民。
皆、買っていくものも決まっているし、そのときにするやり取りも大体同じである。
流れていく時の中で、この光景は変わらないな、と思ったが訂正。
今は生涯を誓った『パートナー』がお店を手伝っている。十分に変化はあった。
「今ので、届いてた取り寄せ品は全部か?」
「ん、そーね、あれで終わり」
「じゃ、一休憩といきますか」
この時期にしては、暑い気温でよく晴れた空の下。
羽依里が、店先のベンチに腰を下ろし、その隣の空いたスペースを左手でポンポン、
と叩いて、座るように、とアピールしてくる。
「まって、冷たいお茶でも持ってくるわ。暑いでしょ?」
「サンキュー、未来の奥さん」
「未来の旦那さんの為なら、お安いご用よ、えへへ」
店の奥まで、麦茶を取りに行く。
あたしとあいつの会話はいつもこう。
こんな風に、あたしが一方的に赤面する結果になることが多い。
サラり、と格好良い台詞が言えるところも(噛むことが多いけど)お気に入りで、
そんな彼からの、日常の中で贈られる愛にドキドキさせられてばっかり。
ガラスのコップを二つ取り出し、冷蔵庫から出した専用の容器に入っている、麦茶を注ぐ。
暑いから、氷も多めに入れておこう。
大き目の氷が、涼しげな音を立てて、茶の海に沈んでいく。
一足早い、夏の音楽。
もう五月か…。
* * * * *
「おまたせ~、はい、あんたの分。冷たいわよ~」
お盆に乗せて運んできた、コップを差し出す。
「ありがとう。お、和菓子もある!」
甘いものを見つけて、子供のように目を輝かせている。
彼のその反応を見て、内心にやにや。
「お婆ちゃんが、用意してくれていたみたい、二人で食べて、だって」
彼の隣に、座る。
ピッタリ、とではなく、ほんの少しだけ離れるのがポイント。
そうすると、肩に寄りかかりやすいから。ふふ。
「あの人にもお世話になりっぱなしだなあ」
「たまには何かお礼をしてあげたいわね」
「だな」
駄菓子屋でのバイトがなければ、今こうして羽依里と二人で座っている事も、無かったかもしれない。
数奇な運命の選択肢の先に、あたし達はいる。
もし、他の選択肢が選ばれていたら、羽依里の隣に居るのは別の女の子で――
いや、そんなことを考えるのはやめとこう。
思考を放棄し、麦茶を一口飲み込んで、体重を彼の肩に預ける。
ゴツゴツしてて、頼りがいのある、肩。
女性の自分とは違うそれに寄りかかると、凄く落ち着く。
そういう心を落ち着ける効果のある香りでも、放出してるのかもしれない。
* * * * *
「あ、あの!」
唐突に、やけに幼い女の子の声がした。
羽依里の肩にもたれかかって夢心地だったが、すぐに覚醒。
お客さんなら接客をしなくては。
羽依里も一緒に寝ていたらしい、がこちらはまだ夢の中。起きる様子はない。
「いらっしゃいませー…?」
その子は島民ではなかった。
こんな時期に観光にくるのも珍しい。
それも一人?
親子さんと逸れたのだろうか。
あたしと同じぐらい、長いストレートの髪を風に靡かせながらも、こちらを見つめる両の瞳は綺麗な碧色。
数日前に見た、流星の尾の色を思い出す。
「そ、その…」
なにやら後ろ手で、もじもじとしている。
何か持っている?
「えと、どうしたの? お母さんは?」
「ぁう……お母さん…は…その、いまは…居ないです…」
「あー、そうみたいね。それじゃ、駄菓子買う?」
「駄菓子は『今は』まだいいです」
なんだか不思議な雰囲気の子だ。
その言葉は、少し後、とかではなく、かなり先の『未来』を指しているような印象を受けた。
「その…こ、これを…」
「…? ありがとう」
女の子が持っていたのは、青いカーネーションの花束だった。
「えへへ…今日は母の日なので…」
今日は母親に感謝の気持ちを伝える『母の日』だった。
実は、あたしと藍も、お母さんへ渡すカーネーションを用意していた。
が、しかし、見ず知らずの女の子に貰う日ではない気がする。
「渡す相手間違ってない?」
「いえ! あってます! もらってくだひゃい!」
「………いま噛んだ?」
「ぁう………うぅ…」
なんだかこの雰囲気、隣で寝てる彼に似ている気がする。
羽依里相手なら、迷わず追撃するが、相手は子供。
深追いはしないでおく。
「そ、それでは、わたしはこれで失礼いたします」
踵を返し、足早に立ち去ろうとする。
中々に自由な子だ。
「あ、まって――」
小さな背中が振り向き、記憶に残る笑顔をこちらに向ける。
距離が離れて、一声。
「お母さん、いつもありがとう、そして待ってます」
はっきりと、そう聞こえた。
そして、その言葉を最後に、あたしの視界も暗くなっていった。
* * * * *
「おーい、蒼~もう夕方だぞ~」
羽依里の声が脳内に響き、覚醒する。
気付いたら、寄りかかっていた羽依里の肩はそこになく、ベンチに横になって眠っていた。
しかも、ご丁寧にあたし専用の毛布まで敷かれている。
どこまでも優しい彼の対応にほっこり。
「ん、おはよ、羽依里…ってあれ?」
「どうしたの」
「小さい女の子が…あ、カーネーション……」
青い花束も一緒に寝ていた。
ここにあるということは、夢じゃなかった?
「それ、俺が起きたときには、蒼が腕で抱えてたけど?」
「貰ったの」
「誰に」
嫉妬気味に、羽依里が訊いて来る。
それだけで、彼に想われているってことがよく分かる。
でもこれは仕方ないだろう。
「あたし達の娘に、よ。ふふ」
「まったく訳が分からん…」
碧色の瞳の少女。
まだ、もう少し先だと思うけど、待ってて。
未来に会う娘に言葉を贈る。
もう一度、その子に会う日を夢見て。
流星の軌跡が叶えた一時の奇跡。
コップの中にあった氷は、全て、すっかり水になっていた。
【貴方にカーネーションを -空門 碧羽- 終わり】