Twitterもやっています @chekinu_
梅雨入りは発表されたはずなのに、うだる暑さが続いていた。
照りつける日差しはアスファルトを焼き、喉に渇きを感じさせる。
いつもの田舎道を、あたしと羽依里は歩いていた。
特に何も決めず、ただただ、島の中を二人で散歩する。
彼は「え、それでいいの?」って言ってくれるけど、あたしには『それでも』楽しく思えちゃうから仕方ない。
つまるところ、恋人と一緒なら何をしていても、楽しくなってしまうみたい。
いつも、デートプランを、真剣に悩んで考えてくれる、羽依里も好きだけどね。
「ね、それなに?」
羽依里は繋がれていない右手に、黒いレザーポーチを持っている。
この間、実家に帰った際に、持ってきたらしく、あたしはまだ中身を見せてもらっていない。
「いつもの場所に着いたらみせるよ」
「少なくとも、衣類ではないでしょうけど」
「そっちについては、また今度な」
「…別にそっちは期待してないわよ?」
何かと理由をつけて、あたしに洋服をプレゼントしてくる羽依里。
因みに、その殆どが、衣類としての本来の役目は、果たした事がない。
「期待してはいないけど、嬉しいと」
「ま、まぁ…何にせよプレゼントは嬉しいし」
「次はどんなの選ぼうかな」
「ったくもー…」
クローゼットへの新しい入居者はどんな子になることやら。
そんな話をしながら『いつもの場所』へ向かう。
* * * * *
葉の間から降り注ぐ、僅かな太陽の光。
風に吹かれ、宙を舞う、緑の葉。
その木の下は、あたしのお気に入りのお昼寝スポット。
彼と初めて出会った場所もここだった。
色々な想い出が詰まったこの場所に、デートで訪れるのも中々感慨深い。
あたしは白いワンピースの裾を払い、いつもの場所へ座り込む。
羽依里はその隣に座ると思いきや、後ろへ回り込み一言。
「髪、結ってもいい?」
「え、うん、いいけど?」
デートだから、といつもの髪型ではなく、今日は髪は結わず、下ろしている。
でも髪留めは持ってきていないし…あ、何故か彼の白い上着のポケットから出てきた。
「…いつも持ち歩いてるの?」
問う視線を向ける。
「彼氏の嗜みだから」
「どんな嗜みよ! あんたのポケットが気になるわ…他にも何か隠してないでしょうね?」
「あとは思い出ばっかり詰まってるよ」
「…? まぁいいわ…」
不思議なポケットについては、また今度確認しよう。
「じゃあ、失礼してっと…」
「あっ……」
彼の指が、あたしの髪に触れたのを『感じる』
ちょっと、こそばゆくて、でも嬉しい、そんな気分。
毎回、お風呂場で洗ってもらっている時とは、違う感覚。
無骨な男性の指が、髪をまとめていく。
「えーっと…」
戸惑う彼の声色に少し心配になり、後ろを振り向く。
口を半開きにしつつも、真剣な表情の羽依里。
間抜けな姿とのアンバランス具合に、思わず笑いがこみ上げてくる。
「どうしていいか分からなかったら聞いてね?」
「あ、ああ」
しばらくの間、羽依里の奮闘は続いた。
* * * * *
羽依里に髪を結ってもらったあとは、肩に寄りかかり瞳を閉じる。
視覚情報が遮断されることで、辺りの『音』がより強く感じられる。
「このままお昼寝する?」
「もうちょっと起きていたいかも」
「それなら、コイツの出番かな」
持ってきていた、レザーポーチのファスナーが開く音。
中に入っている何かを取り出したようだ。
「そのまま目は閉じてていいよ」
開こうとした寸前で、彼に止められる。
それなら、と従い、瞳は閉じたままにしておく。
「まぁ、見たかったら見ていいけどな」
「わかったわ」
それだけ言うと、静寂が訪れる。
ふと、羽依里が息を大きく吸い込むのを感じた。
周囲に流れ出したのは、楽器が奏でる、耳に心地良い音。
聞いたことのないメロディだけど、妙に心に響く。
思い浮かべるのは、蝶を追いかけた記憶。
藍を目覚めさせる為に、奔走した夏の日々。
そして眠ってしまうことへの不安。
羽依里がいることで、安心したあたしの気持ち。
色々な感情・記憶が、音楽にのせて流れてくる。
瞳を開くと、羽依里は羽依里で目を瞑っていた。
優しい顔。
手には、青色のオカリナが握られていた。
塞ぐ穴を変えるため、小刻みに指が動く。
繊細な動きに、呼応するかのように、楽器からも、澄んだ空に響く音色が放たれる。
『ソ』の音を出すときに、ぴくっと立ち上がる小指が可愛らしい。
そんな良く分からない感想を抱いているうちに、彼の演奏は終わった。
「凄い素敵だったわ…何の曲?」
「蒼『の』想いを綴った曲」
「いつの間に作ったのかしらそんな曲…」
どうやら、あたしの感じていたのは間違いではなかったらしい。
「曲名は?」
「蒼に素敵な名前を付けて欲しいな」
「考えておくわ…」
梅雨に差し掛かる空を見上げる。
そこでは、二羽の鳥が互いにその翼を並べ飛んでいた。
【『ソラ』の音を響かせる-立てた小指- 終わり】