七夕の夜。
島の役場脇に飾られた笹の木には、島民のたくさんの願いが短冊に込められ、初夏の生温い風に吹かれ、揺れていた。
ある者は島の平穏を。
ある者は妹の幸せを。
そして俺と蒼は…。
短冊に願い事を書き、笹の木のまだスペースの空いている部分を探し…何故か中央の目立つ所しか空いていない。
「あんたは何て書いたの? まあ、大体予想付くけど」
「『蒼と幸せに過ごせますように』」
自分の書いた短冊を僅かな灯りの下、隣にいる蒼に見せる。
「うわー…予想通りなのきちゃった…」
若干引き気味の声色。
だが、俺の書いた文字を指で一文字ずつなぞり、大切に大切に確かめながら黙読するその姿は、その声色とはまるで正反対。
よほど嬉しいのだろう、頬が緩みに緩みまくってピンク世界に飛んでしまっている。
「蒼。おーい、戻ってきてー」
肩に両手を置き、軽く揺する。
「あ、あ…嬉しくてその…」
「まあ、お願いなんてしなくても自分の力で幸せにするけど」
もうすっかり手馴れた自然な動きで両手を腰に回して蒼の体を抱き寄せる。
俺の胸元に納まった蒼の少し火照った頬が熱い。
「…頼むわよ」
「頼まれました」
素敵な香りを振りまく、丁寧にケアされた頭髪に顔を沈めてキスを贈る。
いつもと違う柔らかさを堪能すると、自分の仕出かしたことに急にドキドキする。
抱きしめてるのに、何故か恥ずかしくて、慣れたはずなのに顔が熱くなる。
「ど、どこにしてるのよ…ってやらかした本人が照れるなーーー! あたしのほうが恥ずかしいわーーー!」
腕の中にいる蒼がこちらを見上げて大声で叫ぶ。その声量は周囲の家から島民が飛び出してくるほど。
「あー! ごめんなさい! ごめんなさい! 大丈夫です! うちの蒼がご迷惑をおかけしました!」
特に問題が起きた訳でもない、と分かったのか、すごすごと建物に引っ込んでいく。
「いつあんたのになったのよ…もう」
ポカポカと優しく胸板を叩かれながら、今度は小声で囁くように。
「とっくに蒼は俺のものだろ?」
「ぁ……うん」
叩いていた胸板に顔を預けてくる蒼。
今度は手で頭と背中を丁寧に撫でてあげる。
柔らかい感触が心地良くて、ずっと抱きしめ続けていたい気持ちに駆られるが、ここは役場の前の前。
俺を誘惑する甘い香りに脳が負けそうになるが、家に着くまでは我慢我慢。
「落ち着いた?」
「うん…ってあんたが恥ずかしい台詞言うからでしょ」
「そうでした」
蒼はするーっと俺の腕を抜けて行き、自らの短冊を取り出す。
「じゃあ、あたしの分の短冊も飾るわよ」
そのままの流れであっさり飾ろうとするが、そうはいかない。
枝に向かう程よく筋肉のついたしなやかな腕を掴み引き止める。
「えっと…掴まれていると飾れないんだけど?」
「蒼のも見せて」
「あー…やっぱり見せなきゃダメ? あとからでも見れるじゃない」
「飾る前に見たいの」
「仕方ないわねー…はい」
手渡された短冊を眺める。
なんというか蒼っぽい、そんな内容でとても可愛らしかった。
口には出さずに渡し返す。
「あれ? 特に感想ない感じ? まあ分かってるからいいけど」
こちらの反応の薄さに心配になったのか、不安そうに訊いてくる蒼。
「可愛らしいお願いだと思うよ。でも、そのお願いはもうわりとすぐに叶う事になると思う」
「おおー…いつかしら?」
こちらに背を向け、笹の木に向かってちょっとだけ伸びをして短冊を括り付けている、そんな姿すら愛おしい。
俺の短冊の隣に当然のように一つ短冊が飾られた。
それはこれから先の俺達の未来の形を表すかのように。
二つの短冊には少しだけ隙間が。
その位置にはいつかもう一つ短冊が増えるといいな。
そんなことを思う。
「蒼が学校卒業したらな。あと一年我慢して」
「うん、楽しみにしてる。指輪選びもね!」
こちらに振り返り、とびきりの笑顔を見せてくれる。
「あんまり高いのは買えないかも」
「ベタだけど、ここはそうねー…あんたの愛が詰まった指輪なら、たとえ玩具の指輪であっても喜ぶわよ?」
「大事な俺の蒼に玩具の指輪なんて渡せないよ」
「そ、そうよねー! えへへ」
俺の腕を取り、自分の体を寄せて、半ば寄りかかるように頭をこちらの肩に乗せてくる。
まったく随分と恋人っぽい佇まいに慣れたものだ。
胸と胸の間に挟まれる腕の居心地が良い。
「それじゃ、帰りますか」
「あんたのせいで変に汗かいちゃったから、帰ったらまずお風呂ね」
「へいへい」
役場通りをあとにする。
一瞬だけ後ろに振り返り短冊を見る。
『羽依里のお嫁さんになれますように』か。
蒼と結婚…。
正直今も同棲しているので、そんなに日常に変化はないのかもしれない。
でも、苗字も変われば、関係性も変わる。
ただ一つ変わらないのは、今も未来も互いが愛し合っているということ。
「ねえ、羽依里。空をみて」
「天の川か…」
二人して満天の星空を見上げる。
頭上を流れる星の川。
なんだか最近、星を見る機会が多い気がする。
島の夜空は澄んでいて、都会のように人工の灯りも殆ど無い。
五月に観た流星群からちょうど二ヶ月程度。
星を見る機会が多いのは俺が一週間に一度の島への渡り鳥ではなく、既にこちらに居ついた存在だから当然か。
「織姫と彦星って一年に一度しか会えないのよね」
「蒼と付き合っている今なら分かるけど、相当寂しい想いしているだろうな」
「あんたが四月にこっちに移り住んでくるまでの間は、あたしもかなり寂しかったわよ」
「携帯電話の一件とか」
「まだ覚えてたのそれ! もう忘れなさいよー!」
ぐいぐい、と体をぶつけてくる。
俺も負けじと押し返す。
二人仲良くふざけ合いながら夜道を歩いていく。
「…あたしのためにありがとね羽依里。すごい嬉しい」
「可愛い蒼のためならば何でもできりゅってね…」
あっ…またやらかした。
「………」
「………」
いつも通りの沈黙の後。
「あたしの彼氏はさすが、格好良いわねー! 行動力も体力もあるし! 女心も分かってくれるし! 大事なところで噛むし!」
「ここにきて新しいパターン!? ごめんなさいでしたー!」
誉めちぎってから最後に落とされた。
「羽依里!って感じがして面白いからよし!」
「いいのか!」
変わらないやり取りの中にも変化はある。
織姫と彦星のように一年に一度の逢瀬ではなく、こうして日々過ごせることにとてつもない幸せを感じつつ。
蝶番の儀が執り行われる、その時が段々と現実の話として近づいてきた。
俺達は常に未来へ向かって歩き続けている。
一緒に歩くのは空門蒼、という女性。
「ちゅーしてもいい?」
「なっ! ど、どうぞ?」
少し驚かれるも許可してくれる。蒼の優しさだ。
一度離れ、向かい合い抱き締める。
腕の中にいる蒼に対して、伸長差を埋めるために顎に手を添え顔を軽く上へと向かせる。
視線で捉えた蒼の命の色が流れる膨らみに、自分の命の熱を重ね合わせる。
「ちゅ…………んっ」
「…ご馳走さま」
「一回だけでいいの?」
名残惜しそうに上目遣いで言われるとかなり揺らぐものがあるが。
「家帰ってからな」
「あー…うん、そうね」
どうせ、この後は一緒にお風呂に入るのだ。
いくらでも重ねる時間はある。
七夕がどうとか、あんまり関係ないのかもしれない。
蒼と一緒に居られるのなら、毎日こんな感じだ。
星の海が見守るこの島でこれからも蒼を愛していこう。
【願い事とその隙間で-七夕- 終わり】