「ん…どこだここ」
目が覚めると暗闇だった。落下の衝撃が強く、しばらくぼーっとしていたが、暗闇に目が慣れていくにつれ頭がクリアになってきた。
(エボット山に登って…それで…)
(そうだ。穴に落ちたんだ。)
登った人は二度と帰ってこないと言われるエボット山。人一倍好奇心の強い彼は、あろうことかその山に上り、底の見えない穴に足を滑らせ落ちてしまったのだ。
上を見上げた。終わりが見えない暗闇が続いている。何メートルの高さから落ちたのか。なぜ死んでいないのか。それを考える勇気も余裕も、彼は持ち合わせていなかった。
「あ、あ~」
声は出る。手も動く。痛みもない。生命の象徴とも言えるポンプも、胸の裏側で聞きなれたリズムを刻んでいる。
生きている。
まだ年端もいかない彼は、予想外の出来事に対しての受け入れが早く、自分の身体が無事なことを確認するとほぼ同時に行動した。
暗闇に慣れた目で周りを見渡すと、自分のいる場所を行き止まりとした長い通路のようになっていることがわかった。
薄暗い通路のような道を歩いていくと、大きな広場のような場所に出た。
中央には一輪の花が咲いている。
「やぁ!ぼくはフラウィ。お花のフラウィさ!ふむふむ…君は地下世界の新入りだね?」
一輪の花が自分に話しかけてきた。まるでゲームのように非現実的な光景が、今目の前で広がっている。
もし彼が夢のない大人なら、この光景を受け入れずに俺は夢を見ているんだと自分に言い聞かせることだろう。しかし、フリスクはまだ男女の区分けすら無いような年齢なのだ。即座に目の前の植物を生き物だと判断し、言葉を喋る不思議な花に言葉を返した。
「…地下世界?」
「うーん、すごく困ってるみたいだね。ここでの過ごし方を誰かに教わらなきゃ!ここでは僕が先輩だから教えてあげるよ。」
「ま、まって!」
「どうしたの?」
「君は花なのにどうしてしゃべれるの?ここはどこ?地下世界ってなに?」
「そんなにたくさん聞かれても困るよ。とりあえずここは地下世界で、君がいた世界とは別の場所。だから、ここでの過ごし方を今から教えてあげるよ。」
「別の世界…。」
「準備はいい?いくよ!」
フラウィがそう言うと、ちょうど心臓の当たりが赤く光った。
「見える?それはソウルって言うんだ。きみの魂みたいなものさ。きみのソウルはまだ弱いけど、LVを上げるとどんどん強くなっていくよ。」
「LVってなに?」
「もちろん、LOVEのことさ!」
確か、LOVEというのは英語で愛という意味だった気がする。
「LOVEが欲しいよね?心配しないで、ぼくが少しだけきみに分けてあげるよ!」
フラウィは軽くウインクして、米粒のようなカプセルのようなものを空中に散りばめた。
「ここから、LOVEを落としてあげるからね…小さくて白い…『友情の欠片』としてね。準備はいいかい?」
そう言うと、たくさんの『友情の欠片』が自分に向かって近づいてきた。
ボン!
「うあっ!!」
『友情の欠片』は、身体に当たった途端爆発して彼の身体を傷つけた。そのダメージは相当のもので、彼を瀕死にまで追い込むのには十分だった。
「フラ…ウィ…?」
「バーカ。この世界はな、殺るか殺られるかなんだよ。こんなおいしいカモを誰が逃すってんだい!?」
恐ろしかった。この上ない恐怖だった。それはフラウィが顔の輪郭が変わるほど残酷でおぞましい表情になったからではなく、このままでは死ぬということが容易に想像出来たからだ。
生まれて初めて死を目の当たりにすると、何も出来なくなるらしい。彼が呆然としているうちに、彼の周りは『友情の欠片』で覆われていた。
「死ね。」
AHAHAHAHAHAHAHAHA!!!
『友情の欠片』が迫ってくる。逃げ場はない。死ぬ。何もわからないまま死んでしまう!
彼が恐怖で目を瞑ったその時、どこからか飛んできた火の玉がフラウィを吹き飛ばし、『友情の欠片』は跡形もなく消え去った。
「なんて恐ろしい魔物なんでしょう…罪もない子供を傷つけるなんて。」
目の前にいたのは優しい目をした女性だった。白い毛で覆われた体にゆったりとした服を纏っている。頭からは短い角が二本と大きな耳が着いていて、口からは小さな牙が二本生えている。人でも動物でも花でもないようだ。
「あぁ、怖がらなくていいのよ、坊や。」
色々なことがありすぎて、目の前の不思議な生き物に怯えていたのを察したのか、彼女は我が子に接するような物腰で話しかけてきた。
「私はトリエル、このルインズの管理をしているの。毎日こうやって誰か落ちてきてないか確認しに来てるのよ。」
(この人は敵じゃない、大丈夫だ)
包容力のあるトリエルに彼は警戒心を解いた。それはトリエルの魅力だった。
「僕のほかにもここに落ちてきた人がいるの?」
「あなたのような人間が落ちてきたのはとても久しぶりよ。今この世界にいる人間はあなただけ。付いて来て!地下を案内するわ。」
どうやらこの世界は本格的に未知な場所のようだ。
「こっちよ。」
トリエルに付いていくと、遺跡が現れた。
どうやら、しばらくここで暮らしていくことになるらしい。トリエルの優しくも頼もしい背中を眺めながら、彼は心のなかで密かに決意した。
【遺跡の影がぼんやりと現れ、あなたは決意で満たされた。】