1【携帯電話】
「母ちゃん、母ちゃん。ガキンチョが人んちの壁に落書きしてるよ」
「ったく、どんなしつけをしてんだろね、今どきの若い親は」
「若くない。母ちゃんと同じぐらい」
「……あら、そうかい」
「母ちゃん、母ちゃん。その横でオジンが立ちションしてる」
「ったく、もう。そういうオジンを見ると、蹴っ飛ばしたくなるね。ああ、情けない。大の大人が」
「ううん、小柄な大人」
「……あら、そうかい」
「母ちゃん、母ちゃん。チャリに乗ったお巡りさんが泥棒追っかけてるよ」
「日本の警察は優秀だから、すぐ捕まるさ」
「あっ、お巡りさんが泥棒にチャリ盗まれた」
「……トホホ」
「母ちゃん、母ちゃん。オジンがニヤニヤしながらブラジャー触ってるよ」
「あら、いやらしい、愛人へのプレゼントかしら。それとも自分でつけるのかしら」
「あ、ブラジャーだと思ったら、安眠マスクだった」
「……見間違いもはなはだしいね?」
「母ちゃん、母ちゃん。太ったオバンが万引きしてるよ」
「ったく、こっちは安月給で、どうにかこうにかヤリクリしてるってぇのに。そっちはタダでいただきかい。腹が立つね」
「あ、サイズ間違えて戻しにきた」
「……未遂かい」
「母ちゃん、母ちゃん。お菓子が3個で100円だよ。買っていい?」
「そうかい、そうかいって、いいわけないだろ?早く、チラシにあった、5個100円の納豆買ってきな。ったく、電話切るよっ!」
プープープー……
「母ちゃん、母ちゃん。……あれっ?圏外かな?母ちゃーん!母ちゃーん!」
2【海水浴】
「母ちゃん、母ちゃ。やっぱ夏は海だね」
「だーね。ほら、パラソルん中でアルキメデスなんか読んでないで、ちっとは歩きメデス。なーんちゃって」
「…………」
「めったに来れないんだから、今日中にコンガリ焼きな」
「母ちゃん、母ちゃん。急激に焼いたら、肌に悪いんだよ」
「バーカ。焼いたら、その年は風邪引かないんだよ」
「母ちゃん、母ちゃん。違うよ。海に入ったらだよ。けど、それはむかーしの話だよ」
「……あら、なんで?」
「オゾン層の破壊によって、紫外線は皮膚ガンの要因とされてるんだ」
「……あら、そーかい。あれっ、父ちゃんたちは?」
「泳いでるよ」
「あら、ホントだ。絵に描いたよーな、仲むつまじい親子の光景だね」
「母ちゃん、母ちゃん。泳いできていい?」
「ダメだよ。今日中に真っ黒クロスケに焼きな」
「……母ちゃん、母ちゃん。ボクがガンになってもいいの?」
「ガーーーンって。バーカ。一日焼いたぐらいでなるわけないっしょ?」
「……かな?」
「ほら、ジリジリ太陽でヒリヒリ焼きなって」
「……母ちゃん、母ちゃん。なんで、そこまで勧めるの?」
「友だちに聞かれたら、ハワイ行ったって、見栄張るためさ」
「母ちゃん、母ちゃん。みんな、うちの経済状況知ってるから効果ないよ」
「転校生やあんまり親しくない子を狙うんだよ」
「母ちゃん、母ちゃん。無理って。それに、日帰りなのにハワイ往復できないよ。うちに着いたころはまだ、ハワイに着いてない計算になるもん」
「あら、そうかい。けど、男は時には見栄も必要だよ」
「母ちゃん、母ちゃん。無駄だよ。下手なアリバイ工作しても、すぐバレるって」
「ったく、も。おまえはロマンのない現実派だね」
「……かな?」
「父ちゃんを見てみ。夢を追って、ん10年。派閥を避けて、地道にヒラで頑張ってんだよ」
「……?」
「ヒラでも夢を捨てない勇気。ステキだろ?」
「母ちゃん、母ちゃん。父ちゃんの夢って、なに?」
「もちろん、おまえたちをハッピーにすることさ」
「……そか」
「かーちゃん、かーちゃん。とーちゃんが、いっしょにおよごって」
「あら、そーかい?どれどれ、ビキニの紐を蝶々結びにしてっと。かわいいを演出しないとね。クッ」
「……?」
「……?」
「じゃ、泳いでくるよ。あなた~!」
コテッ!
「あっ、かーちゃんがころんだ!」
「ったく。おっちょこちょいだな、母ちゃんは」
キャッキャッ!(波打ち際から聞こえる母ちゃんのはしゃぐ声)
バシャバシャ!
「あっ、とーちゃんとみずかけっこしてる」
「なかむつまじい夫婦の光景だな」
ゴボゴボ
「あっ、とーちゃんがもぐった」
シュワーッ!(父ちゃんが海から飛び出した音)
「あっ、母ちゃんを肩車した」
キャッキャッ!(波打ち際から聞こえる母ちゃんのはしゃぐ声)
ゲラゲラ!
「にーちゃん、にーちゃん。みんながわらってる」
「……いいじゃないか。母ちゃんは父ちゃんを愛してるんだ。そして、父ちゃんも母ちゃんを愛してるんだから」
バッシャー!
「あっ、かーちゃんをうみにおっことした」
バシッ!
「あ~あ。父ちゃんにビンタだよ」
ゴボゴボ!
「あっ。また、とーちゃんがもぐった」
ゴボゴボ!
「あっ、母ちゃんももぐった」
シュワーッ!
「あっ、とーちゃんとかーちゃんがうきあがってきた」
「げっ。ラッコみたいに抱っこっこしてら」
3【新宿】
「母ちゃん、母ちゃん。久しぶりの新宿だね」
「だーね。しかし、人が多いね」
「母ちゃん、母ちゃん。交番のとこにいるの、妹に似てるね」
「だね。自分に似てんのが3人いるって言うから、その1人だろ」
「痛っ!」
「どうした?」
「足、踏まれた」
「踏み返してやりな」
「母ちゃん、母ちゃん。相手は登山靴だから、踏んでも効果ないよ」
「だね。……ん?登山靴?新宿のど真ん中で?……ま、いっか。ファッションは自由だわさ」
「母ちゃん、母ちゃん。アベックが交差点の真ん中でチュッチュチューしてるよ」
「バーカ。あれは頭突きで喧嘩してんだよ」
「あっ、違う。ペコちゃんとコルゲン坊やの置物だ」
「あら、そうだわ。懐かしいね。菓子と薬がタイアップする宣伝かな」
「母ちゃん、母ちゃん。見て、人がビル登ってるよ」
「バカだね。あれが、かの有名な“スパイダーマン”じゃないか。新宿に来てたんだ」
「違うよ。窓拭いてる人が落っこちそうになってんだよ」
「あら、そうかい。脳だけじゃなく、目もイカれてきたかな」
「母ちゃん、母ちゃん。腹減った」
「もーかい?さっき食べたばっかじゃないか」
「あれは、朝ごはんだよ」
「だっけ?……この辺にダ○ソーはないかい?」
「えー?外食もダイ○ー?」
「ヤなら、キャ○ドゥでもいーよ」
「どっちもどっちじゃないか」
「それより、新宿に何しに来たんだっけ?」
「ア○タの前で、芸能人待ち伏せしに」
「……そか。電車賃使ったんだから、元取らないとね」
「母ちゃん、母ちゃん。人が多くて、入口見えないよ」
「だね?……しゃーない、諦めて帰るか」
「母ちゃん、母ちゃん。妹がいないよ」
「何言ってんだい。さっきから母ちゃんが手つないでるよ」
「母ちゃん、母ちゃん。それ、腰が曲がったおばあちゃんだよ」
「ゲッ!どーりでシワっぽい手だと思ったのよ」
「母ちゃん、母ちゃん。おばあちゃんが、礼言ってるよ」
「ああ、どーも。……あ、いえいえ、どーいたしまして」
「母ちゃん、母ちゃん。さっき交番にいたの、そっくりさんじゃなくて、本人だったんだよ」
「だね。どーする?芸能人見てからにする?それとも、食べてからにする?交番行くの」
「ウエ~ン。かーちゃん!にーちゃん!シェーン!カムバック!」