――――もはや彼らを縛る『鎖/呪い』は無い。

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prologue;birth

――――遠い遠いどこかの世界。

神々が、賽子(ダイス)を投げるその盤上(世界)で。

 

それは、生まれた。

 

 

――――――――

 

 

人間の手の及ばぬ森林の奥深く、打ち捨てられ、今や森の一部に飲み込まれようとしている古い砦。

その砦を我が物顔で闊歩するのは、人類種に『ゴブリン』と呼ばれる者達だった。

彼らは、この世界に蔓延る同種たちの中でもひときわ大きな群れで、周囲の村々を襲っては、略奪と蹂躙を繰り返し、その力を増していた。

彼らの群長、王はその精強な体躯からくる『畏怖』だけではなく、本来ならゴブリンには芽生え得ない『尊敬』と『崇拝』とによって群をまとめ、数多くの戦果を手にしてきた。

 

そんな王が、いつになく落ち着かない様子でいる。

いつもなら、砦に設けられた玉座に腰かけているか、地下につながれている人間の雌(孕み袋)の相手をするところだが、砦の通路、ある一室を右往左往としていた。

 

その部屋は王にとって特別な(オンナ)のいる部屋。

彼がまだ王になる前に捕えた(オンナ)

彼を王にするために知恵(ドク)を吹き込んだ(オンナ)

彼に(イノチ)を、意志(タマシイ)を植え付けた(オンナ)

 

それは王にとっては不思議な(オンナ)だった。

(オンナ)は自分を嫌悪しなかった。

(オンナ)は自分をアイシテくれた。

(オンナ)は自分と交わってもなかなか仔を孕まなかった。

 

王は(オンナ)を殊更丁重に扱った。

他の有象無象には指一本触れさせず、(オンナ)の為に住居まで整えた。

自身の内より湧き出る『わけのわからないナニカ』(アイジョウ)に突き動かされるがままに行動した。

 

 

――――その(オンナ)が、いま自分との仔を生もうとしている。

 

 

それは予感。

王が漠然と感じ取ったもの。

自分が王となってから知った、自分たち(ゴブリン)の欠落。

その欠落を埋める存在の誕生。

自分と(オンナ)との仔が、自分たち(ゴブリン)の希望となるだろう、ということ。

 

 

そして、一刻か、二刻か、あるいはもっとか。

天頂にあった陽が傾き、空が茜に染まり始めたころ。

 

 

『彼女』は誕生した。

 

 

――――――――

 

 

 

その女は、周囲から『聖女』と呼ばれていた。

 

森の縁にある、辺境の小さな村。

そこにある教会に勤める『女神官(シスター)』の一人。

彼女は誰にでも平等に優しく、慈愛と救済を与え、高潔な精神を持っていた。

 

彼女は生まれつき多くのものが視えた(・・・)

相手の思考や精神、物事の流れ、あるいは『運命』と呼ばれるモノまで。

だから彼女は他人の求めるものや、求める救いのカタチを的確に理解できた。

その人物の欠けている部分、『欠落』を埋める。

そうすることで、彼女は周りの人々を救って回った。

彼女は誰からも慕われ、聖女として称えられた。

 

彼女は優しかった。

その慈愛は万物に平等に向けられた(・・・・・・・・・・・)

 

だから自分の運命、小鬼(ゴブリン)たちに襲撃されることを知った(視た)ときに、彼女が真っ先に抱いたのは、『ワタシが彼ら(ゴブリン)を救わなければ』という思いであった。

彼女の眼には、彼ら(ゴブリン)は余りにも歪な、欠けた存在として映った。

それは、隣人たちの抱えるそれとは比べ物にならないほどに深刻な『欠落』。

 

『欠落』は、救済の対象。

 

彼女にとって彼ら(ゴブリン)の『欠落』は、『救済を求める声』は、決して看過できるものではなかった。

 

 

そして、襲撃の夜。

村人たちを避難させ、一人残った彼女は、やって来た小鬼(ゴブリン)たちと共にその姿を消した。

 

 

彼女は、まず手始めに襲撃に来た群のリーダーに『知恵』を与えた。

小鬼(ゴブリン)という種にかけられた制約(呪い)、それが彼ら(ゴブリン)自身の知性を低級のままに抑制していることを『視た』彼女は、その呪縛を取り払う。

『彼』は、聖女の有用性を認識すると、その利を自分以外に与えないために自分以外の小鬼(ゴブリン)と聖女とを隔離した。

 

彼女はその後も、彼が望むままに知恵を与える。

群の統率の仕方、王としての振る舞い。

個として非力な彼らがより安全に生き残るための工夫。

最初は小規模だった群も、彼の力、そして知恵によってより大きく、豊かになった。

 

また、彼女は彼に惜しみない愛情を与えた。

体を求められた時も、不思議と嫌悪は無かった。

彼女にとって彼、ひいては彼ら(ゴブリン)は救うべき対象であって、嫌悪の対象ではなかったのだ。

幸い、彼の庇護下にあるため、群の全員を相手にする必要はない。

王となった彼の求めるままに、全霊の愛を与えた。

 

そして、彼女は彼ら(ゴブリン)の最後にして最大の『欠落』を埋めるために行動する。

すなわち彼ら(ゴブリン)の根本的欠落、種としての欠陥。

 

そう、彼女は王との間に『娘』を生むことを決意した。

 

これは『見通す眼』を持つ彼女でも難しいことだった。

まず、王と交わるたびに生まれる胎内の胚を、分解し精査する。

幾度の試行の果てに、ようやく小鬼(ゴブリン)という種の構成要件を理解すると、今度はそこに『不足』しているモノを、自身の身体から付け加え再構成する。

付け加え、分解し、失敗すれば条件を変えて再試行する。

 

試行を続けて数年。

ついに彼女の、そして彼ら(ゴブリン)の『娘』が誕生した。

 

 

――――――――

 

 

その日は彼ら(ゴブリン)にとって忘れられない日となるだろう。

彼らの王と、その寵姫(・・)との間に生まれた新たな命。

それは、それまで彼ら(ゴブリン)が成してきた()とは異なる。

母体の特徴を多分に引き継いだ美しい(・・・)その子は、彼ら(ゴブリン)という種の希望の子。

 

 

ここに、歴史上初めての小鬼(ゴブリン)の雌個体、彼らの姫、小鬼姫(ゴブリンプリンセス)が誕生した。

 

 

 



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