トガちゃんは今日も正午近くに目を覚ました。
ベッドの上でのそのそと体を起こし、「うぅ-、寝汗かいちゃいました……気持ち悪い……」とつぶやく。
「せっかく仁くんに買ってもらった服が、汗でぐちょぐちょ……」
「気にすんな! 洗濯すればいいだけの話だろ!?」「その服は洗濯しづれえんだ! 寝る前に着替えときゃあよかったのによぉ!」
「う-、ごめんなさい……」
この部屋に彼女が逃げ込んできたときに着ていた服はどうしようもなく血まみれだったから、すぐに処分した。
今、彼女が来てる服はこないだ通販で届けてもらったヤツだ。
なんちゃって制服、ってやつだな。彼女が前に来ていた服に似たデザインのものを選んだ。たいそう喜んでくれたのはイイが、替えの服を買っていなかったもんで、こういうときに困ってしまう。
俺の服でも着てもらうか。サイズが合わねえけど……
「ほら、これ着とけ。今来てる服は洗濯だな。スカートは手洗いだったか? 自分でやっといてくれよ。よろしく頼むぜ」
「はぁ~い」
トガちゃんは俺が渡したTシャツを片手に、風呂場の脱衣所に向かった。
俺の部屋の脱衣所には、旧式の洗濯機が一台ある。1世紀以上前に製造されたんじゃねえかと思うような、骨董品として売りに出されててもおかしくない代物だ。繊細なプリーツスカートをやさしい水流で丁寧に洗う……なんて芸当はできねえ。
そういうのは、「キレイにツルツル!」CMで宣伝されてるような最新鋭の洗濯機だけに許された特権だ。ああいう高級で高性能な洗濯機は、俺らみたいな貧乏
「仁くーん、お水の量は18リットルでいいんでしたっけー?」
脱衣所から彼女の声が聞こえてきたので、「OKだ! 液体洗剤は3プッシュが適量だぞ!」と答える。「はーい」と返事をした彼女は、スムーズに洗濯機のセットを完了したらしく、すぐに脱衣所から出てきたんだが……
「…………」
「どうしました? 仁くん」
その姿を見た俺は、絶句した。
彼女は上半身に俺がさっき渡したTシャツを来ている。
普段俺が着ているTシャツを彼女が着ているっていう事実そのものに、ちょっとドギマギしてしまいそうになるんだけど……それはまあ、気づかないふりをしておくことにしよう。
問題は下半身だ。
ふっくらとした丸みをおびた真っ白な太腿とふくらはぎがそのまんま外気にさらされていて……いや、まどろっこしい描写はヤメだ。
要するに彼女は
念のためもう一度言っておく。
トガちゃんは、ズボンもスカートも穿いていなかった。
「ちょっ……トガちゃん!!!」
「?」
「可愛らしく小首をかしげてないで、下にズボンでもスカートでも何でもいいから何か穿いて! 目のやり場に困るから!」
「だって仁くん、Tシャツしかくれなかったから……」
「それは俺が悪かった! 頼む、ええと……これ! このGパン! とりあえずこれ穿いて! ねっ!?」
「えー、なんかゴワゴワしてて穿きにくいです」
「そんなこと言わないでおとなしく穿いてくれえ!!」
彼女は「は~、しょうがないですねぇ~」とか何とか言いながら、やたらゆっくりズボンを穿いた。
うう……心臓にわりィことばっかするな、この同居人は……
「服の替え、買っとかねえとな……」
そう提案すると、「そうですね。下着の替えも何着か買いたいです。カァイイやつがほしい」という返事がかえってきた。カァイイ下着、か……。そのへんの好みは全くわからねえな。
「それじゃあ仁くん、よろしくお願いしますね。仁くんのチョイスにお任せします。替えの服も下着も」
「おう! ………………んん?」
え?……「下着も」?
「……なんで下着も俺チョイスなの?」
「仁くんが私の下着をちらちら見ようとしてたから、何か着てほしい柄とかあるのかなあって」
「見ようとしてねえよ! 着てほしい柄も特にねえ!!」
「あれだけ私の太腿を眺め回しておきながら、しらじらしいことをいいますね。仁くんは嘘つきです」
「おいっ!!」
そのあと、俺のことを執拗に嘘つき呼ばわりするトガちゃんに通販の商品をポチってもらい、お急ぎ便で注文した。
「仁くんの好みにあうかどうかわかりませんが、とりあえずカァイイの選びました」
「……俺の好みは、関係ねぇ……」
疲れて果てた俺のツッコみを聞きながら、トガちゃんは楽しそうに笑っていた。
その笑顔を見た瞬間、心臓と肺と気管支が一気にちぢみ上がったような、喉の奥のほうだけが急激に体温が上がっていくかのような、そんな不思議な感覚になった。
(ああ、かわいい笑顔だな)
言葉にしちまえばただそれだけの感情なんだけど、それだけでどうしてこんなに体がおかしくなっちまうんだろうね?
(俺思うんだ。トガちゃんはかわいい。すげえかわいい。だから、トガちゃんは何を着たってよく似合うよ……)
もちろん、口に出したりはしなかった。こんな歯が浮くようなセリフ、俺なんかには百年たっても言えやしねえさ。
だから俺は、にこにこ笑っている彼女に向かって、こう言った。
「大体、好みとかなんとか言ったってなあ……俺くらいの歳になると、感情の振れ幅が小さくなって、『おっ、こいつは好みだ!』なんていう気持ちにはならなくなっちまうんだよ」
すると彼女は即座に、
「仁くんはやっぱり嘘つきですねぇ」
と言って、悪戯っぽく目を細めた。