「ねえねえ仁くん」
「ん? どうした?」
「今、私と仁くんはいっしょにお散歩してるじゃないですか」
「うん、散歩してるな」
「私って、年齢的にはJKじゃないですか。高校は行ってないですけど」
「うん、そうだな」
「これって仁くんがJKお散歩してるってことでいいんですか?」
「ぶっ」
今、私と仁くんは夜の公園をお散歩しています。
いつもお部屋の中でごろごろしてばっかりなので、たまにはどこかにおでかけしたいなあと思って仁くんに相談したら、ヒーローに見つかる危険性があるから遠出はダメって言われちゃいました。近所だったら大丈夫かなって話したら、それでも一人は危ないからって言って仁くんがいっしょに来てくれることになりました。いつまでたっても仁くんは心配性です。
ああ、それにしても良い風です。涼しいです。外灯に照らされた公園の木々も、少し色づいています。もうすぐ秋ですね。
「夜のお散歩ってけっこう楽しいですね」
「……そりゃよかった」
仁くんは、マスクの下で「ハア」とため息をつきました。仁くん、あんまり楽しそうじゃありません。
「……仁くんは私といっしょにお散歩するの、イヤですか?」
「そんなわけねえ! それどころか大歓迎さ!」「イヤなんかじゃない! むしろ嬉しいぜ!」
「ふふ。……二人分しゃべってる意味があんまりないです」
仁くんは、おなじみのマスクに白シャツ・Gパンという、マスク以外はいたってふつーの格好。
私は、この前買ってもらったタートルネックのワンピースです。色は真っ黒。袖がなくて涼しいし、Aラインがカァイイのでお気に入りです。
「ほらほら、せっかくのお散歩なんだから、仁くんももっと楽しんでください」
「しっかしなあ……」仁くん、周りをきょろきょろしながら生返事。そう言えば、仁くんはさっきからずっときょろきょろしてます。何か気になることでもあるのでしょうか?
「ヒーローの巡回と鉢合わせでもしたらどうしようって思ってな。そしたらまた、トガちゃんに怖い思いさせちゃうんじゃねえかって思うと……どうしても、なあ?」
そっか……
仁くんは、私のことをずっと考えて、気にしてくれてたんですね。
やっぱり仁くんは優しいです。
仁くんといっしょに暮らしていて思うのは、仁くんは敵に向いてないんじゃないかな、っていうこと。
ほら、敵っていうのは自分の欲望のために何でもやっちゃう人でしょう? 自分の楽しみのためには、他人が苦しんでいてもかまわないやって思ってる人たちでしょう?
でも仁くんは違います。敵というには優しすぎるんです。
もうほとんど治ったのに、仁くんはいつも私のケガのことを気にしてくれてます。この間は、私の体の傷痕を見ながら、ぼろぼろ涙を流してくれました。ほんとに優しいです。今まで出会った人の中で、いちばん優しい人かもしれません。
「そろそろ帰りましょうか、仁くん」
「んっ? もういいのか!?」
「はい。満足です。仁くんも楽しかったでしょう? JKお散歩」
「その言い方やめろっての! ったく……」
「ふふふ」
仁くんは肩をすくめて頭をぽりぽりかいてます。なんだかそのへんのさえないサラリーマンみたいなしぐさですね。
でも、そんな肩肘張らないところが仁くんの素敵なところです。
仁くんは、出久くんみたいにカッコよくないし、お茶子ちゃんみたいにかわいくもないし、ステ様みたいに強くもありません。
でも、私がこれまで出会った誰よりも、話しやすくて優しいんです。
誰よりも、私のことを大切にしてくれます。
いつでも私の話し相手にもなってくれます。私がおかしなことを言っても、どんなに仁くんをからかっても、いつもやさしく話してくれます。
一つだけ不満があるとすれば、仁くんが私の前でいつもマスクをつけていることです。同居しているので素顔を何回か見たことはあるんだけど、私が近寄っていくと仁くんは慌ててマスクをつけるのです。何ででしょうか。トガは少し傷つきます。
今も仁くんはマスクのままです。
おしゃべりするときも、テレビを見るときも、お散歩の時も、食事をするときでさえも。仁くんはかたくなにマスクを着けたままなのです。マスクの端をひっぱりながら一生懸命食べ物を口に運ぼうとする仁くんを見るのも面白いんですけど、でもやっぱり、仁くんの顔を見ながらいっしょにご飯を食べて、おしゃべりしたい。
いつか、素顔の仁くんとゆっくりお話したいなあ。
…何だかおかしいです。前は、ステ様のこととか、出久くんのこととか、弔くんや敵連合のこととかを考えることもあったんですけど、今はそういうことが遠い昔の出来事みたいに思えてきて……
堕落しちゃったんでしょうか。仁くんの部屋にこもって、寝ては食べ・食べては寝るを繰り返しているうちに、ヒトとして退化してしまったような気がします。
まあ、それも悪くないかなあ。
だって、私は今、人生史上最高にのんびりして安心してるのです。
ののしる人もいません。さげすむ人もいません。追いかけてくるヒーローもいません。面倒くさい友達づきあいもないし、普通のモノサシをおしつけてくる人たちもいないのです。
私のそばにいるのは、仁くんだけ。
もうそれでいいかなって思えてきます。こんなのんびりした生活が永遠に続くのなら、それもアリかなあって。
あー、いっぱい考え事してたら、だんだん眠くなってきちゃいました。部屋に帰ったらすぐシャワーを浴びて、早く寝ましょう。
仁くん、今日も一日ありがとう。明日も楽しくお話ししましょうね。トガは今夜も心地良く眠って、心地良い夢を見るのです。
ほら仁くん、早くお家に帰りましょう?