「次で、最後の曲です!」
スタンドに立ったマイクを使ってお客さんたちに告げる。「えー」の声は無いけど、ちょっとだけ。ほんのちょっとだけ残念そうな表情が見えた気がする。それはきっと、もっと聴きたいって思われてるってこと。あの日、喫煙所でさーやと話してから…もっとキラキラドキドキするって決めた日から、何かが変わった気がする。
「これからやる曲は音源も作ってあって…えっと、ちゃんとしたレコーディングじゃなくてスタジオの録音なんですけど、よかったら物販で買っていただけると嬉しいです!」
フロアを半分くらい埋めたお客さんのうち、何人かが頷く。あの中の一人でも、手に取ってくれたら…。
「今日は本当に、ありがとうございました!Poppin' Partyでした!」
そこまで言ってから、マイクスタンドから下がって頭を下げる。大喝采とまではいかないけど、拍手が起こった事実に勇気づけられながら後ろを振り返る。さーやが頷いて、カウントが四つ鳴る。最後はこの曲。世界に解き放つ、無敵で最強の歌!おたえの、伸び伸びと歌うようなギター!りみりんの、がっちり力強いベース!有咲の、優しくて頼りになるキーボード!みんなの背中を押してくれる、みんなを支えてくれるさーやのドラム!最高のみんながいれば、きっとどこまでも行ける!
そして、わたしのランダムスター!魔法の杖か勇者の剣か分からないけど、これがわたしの最強の武器!これさえあれば、きっとなんだってできる!世界で一番、キラキラドキドキできる!
最後のサビが終わって、アウトロに入る。力を溜めるみたいに、みんなで息を合わせて八分音符を徐々にゆっくり刻んで…さーやのフィルインから、一瞬のブレイク。溜めた分の力を解放するように、ギターを掻き鳴らす!もっと遠く、どこまでも届け!
キラキラの音に包まれながら、みんなの顔を見る。りみりんの照れた笑顔も、おたえの穏やかな笑顔も、沙綾の暖かい笑顔も、有咲の柔らかな笑顔も、みんなキラキラしてて…すっごくドキドキした。追いかけ続けた輝きは、今もまだここにある。
「今日、なんか気合い入ってたね。香澄」
「うん、さーやのお陰だよ!」
「え、そうなの?」
「この前、もっとキラキラドキドキしたい!って話したでしょ?あの時から色々考えてて…って言っても、何か思いついたわけじゃないんだけど」
「なるほどねえ」
出番の後、フロアの隅に儲けられた物販スペース。横長のテーブルの前、並んで座るわたしとさーや。積んであるCDは、ありがたいことに何枚か減った。また見に来ます、って言ってくれた人もいた。もっと良い曲を作って、もっと良いライブをすれば、もっと…。
『もっと』って、どこまで?こんなこと、いつまで続けてられるんだろう?
音源作りも販売も、自分達だけでやるには限界がある。時間に余裕のある大学生という身分だって、あと一年半もない。そんな中で、あとどれだけ…。
さっき感じた手応えはきっと本物だけど、感じている不安も確かなもの。CDの横に立ててある、りみりんとわたしで作った小さな手書きのポップを見て考え込んでいると、テーブルに突然影が落ちた。
「はじめまして、デリンジャーレコードのデグチと申します。Poppin' Partyの戸山さんと山吹さん…で合ってますか?」
声をかけてきたのは、たぶん三十代くらいの男の人。両側が刈り上げられたベリーショートの髪型に、顎の周りの無精髭とべっこう柄の眼鏡。いかにも『ギョーカイの人』って感じ。けど物腰は柔らかくて、良い人そう?
「は、はい。戸山かしゅみです」
「私は、とあるレーベルを運営している者です。今日はPoppin' Partyさんにお話があるんですが、ここでするには少し長い話なので終演後にお時間いただいてもいいですか?」
デグチと名乗ったその人は、名前を噛んだわたしを全く気にする様子もなく流れるような調子で言う。
「?いいですけど…」
「良かった。ではこちらに連絡先が載ってますので、皆さんの撤収が終わったらご連絡ください。あ、それとCD一枚貰えますか」
「はい、百円になります」
名刺を受け取るわたし。いつものように会計をするさーや。戸惑うわたしを尻目に、デグチさんはCDを受けとって去っていった。
「レーベルの人って…なんの話なんだろ?」
「それより香澄、盛大に名前噛んでたよね」
「うう…」
「あと余計なお世話かもだけど、名刺を片手で受け取るのはマズいって…」
「あはは…反省してます」
受け取った名刺には”出口正行 - Masayuki Deguchi”という名前と、連絡先が何点か書いてあった。そして後日、さーやの提案で大学のマナー講座に行くことになったのはまた別の話。
「アルバム?」
待ち合わせたファミレス、六人掛けのテーブル席。わたしたち五人の声が重なる。
「はい。今回皆さんにお声かけしたのは、うちのレーベルからリリースするコンピレーションアルバムに参加していただきたいからです」
「こんぴれーしょん…」
どこかで聞いたような単語だけど意味が思い出せない。
「前にパスパレとAfterglowが一緒にシングル出したことあったでしょ?あれと同じで、色んなバンドが一緒にアルバム出すんだよ」
左斜め前の席に座るおたえが説明してくれた。そういうことです、と前置きしてから出口さんが説明する。
「うちの売り出したい若手に皆さんを加えて、七曲前後の予定です。専用のレコーディングスタジオを使いますが、費用は当然こちらが全部持ちます。当面はライブハウスでの手売りですが、売り上げが好調なら全国のレコード店にも置いていただく予定です」
「全国!?」
「座れって」
思わず席から立ち上がったわたしを、左隣に座る有咲が押さえる。座るついでに、ささっと耳打ちする。
(ねえ、これってスカウトかな?)
(いや…それよりなんで私達に声かけたんだろうな)
(さあ…)
わたしの右隣に座るさーやも同じ意見だったみたいで、少し疑うような表情をしている。確かに、なんでわたしたちなんだろう。
「…あの、良い話だとは思うんですけど。なんで私達なんですか」
有咲は怪訝な表情をしたまま、小さく手を上げて質問する。
「すみません、説明してませんでしたね。うちのレーベルのyouthinemaが言ってたんですよ、気になるバンドがいるって」
「ゆーしねま?」
聞いたことのある名前だけど、やっぱり思い出せない。
「前に対バンしたところじゃないかな?スリーピースで、ギターボーカルがレフティだった…」
「あっ、あそこかー!ありがと、りみりん」
向かいに座るりみりんに言われて思い出した。そうだ、さーやと約束した時のライブ。もっとキラキラドキドキしたい。強くそう思ったライブ。あんな風にはなれないかもしれないけど…頑張ろうって思った、同い年のバンド。そんな相手に『気になる』って言われたのがちょっとだけ誇らしい。手が届かないってわけじゃなかったんだ!
「そう。そのyouthinemaが皆さんを是非呼んで欲しいと言うものですから、僕も今回ライブを見に来たわけです」
にやりと笑う出口さん。何を言われるんだろう…ごくりと唾を飲み込む。
「ガールズバンドってことでyouthinema…シネマと比較すると、単純に音が厚くて良いね。それとコーラスかな、ポピパさんは割とみんなやってるじゃないですか。あの子らは高橋さん、ボーカルしか歌わないからね」
ちょっと口調が柔らかくなった出口さん。だけどみんなは真剣な表情で話を聞いている。
「楽器とコーラスの厚さが良い。次に楽曲。ポップめからロックな曲、バラードまで割と色々やってるよね。作曲は誰が?」
「わ、私が作ることが多いです」
「牛込さんか。作詞は戸山さん?」
「はい!時々みんなに協力してもらったり」
「なるほど。牛込さんと戸山さんを中心に皆で意見を出し合って…って感じかな?曲は王道だけど幅があるし、歌詞も良いよね。気取らずに自分をそのまま出してる感じ。これが良い。ここもシネマとは逆かな、どっちが良いとか悪いとかじゃないけど」
真っ正面から褒められて、嬉しいはずなのになんだか顔が熱い。がむしゃらに、一生懸命にやっていれば誰かが見つけてくれる。そんなことって本当にあるんだ…。
「最後に、ライブ。シネマは三人とも幼馴染で、もう十年以上付き合いがありますが演奏は真剣勝負。一切妥協しない、ヒリついた緊張感のある演奏をしています。反対にポピパさんたちは本当に楽しそうで、元気を貰えました。背中を押してもらえるような…踏み出す勇気も受け取ったように感じます。シネマもポピパさんも、見ている人を熱くさせるものがありますがその内容は対照的です」
出口さんの口調はいつの間にか敬語に戻っていて、話す言葉にも熱が籠っている。
「同い年、同じガールズバンドでありながら正反対の良さがあるんですよ、シネマとポピパさんには。このふたつがぶつかりあったらどうなるか見てみたい。だから、コンピレーションアルバムに参加していただきたい。僕からもお願いします」
そう言って出口さんは頭を下げる。その真剣な様子に気圧されたのか、みんな静まり返った。わたしは、膝の上に置いた両手をぎゅっと握り締めて呼びかける。
「ね、やろうよ」
「うん、やろう」
即答するおたえ。反対にりみりんはちょっと心配そうな表情をしている。
「でもレコーディングって…すごく大変だって、前にお姉ちゃんも言ってて」
「ミスが許されないからね。いちばん大変なのはドラムかな。最初に録るから、そこが詰まると皆が困っちゃう」
おたえがさらりと言って、さーやが苦笑する。
「でも、もともとドラムってそういう楽器だから。慣れてるよ」
苦笑しながらも力強く言い切るさーやの視線が、おたえの視線とぶつかる。さすが沙綾、と目を細めて微笑むおたえ。私も頑張らなきゃ、と言い聞かせるように呟くりみりん。
「有咲は?」
止めたってどうせ聞かねえんだろ、と呟いてから出口さんの方を真っ直ぐ向いて言う。
「やります」
「ありがとうございます。引き受けていただけるということで、このまま詳細についてお話しします」
それから日程や当日の段取りについて話し合っている間、わたしはドキドキが止まらなかった。最高のみんなと一緒に、最高の音楽をもっと色んな人に届けられる!そんな気持ちが溢れて抑えられなかったから。
迎えたレコーディング当日。十二月になって、吐く息は真っ白。手袋をしていても手は冷たくて、ちゃんと弾けるかちょっとだけ心配。
わたしたち五人は住宅街の一角、小さな一戸建ての建物の前に集まっていた。
「スタジオって言うから、CiRCLEみたいなところだと思ったんだけど…」
「意外と普通の家みたいだね」
「蔵と一緒で、地下に防音設備があるんだろ。表札も出てるし、自宅兼スタジオってとこか」
そんなやりとりをしていると、玄関から出口さんが出てきた。
「おはよーございます!準備出来てるんで、入って入って」
パーティに誘うように楽しそうな様子で手招きする出口さん。緊張と不安、そして期待で胸がいっぱいになる。
「みんな、頑張ろうね」
いつもの蔵を飛び出して、ここからわたしたちの新しい音楽が始まる。そう思うと、冬の寒さも吹き飛ばせる気がした。
そして、地下のスタジオで始まったレコーディング。まず初めにさーやがクリック、つまりメトロノームを聴きながらドラムを録る。わたしたちは出口さんと一緒に、ブースからモニター越しにその様子を見守る。出口さんはノートパソコンやミキサーの載った大きい机の前に陣取って、わたしたちはソファーに並んで座っている。
『最初に録るから、そこが詰まると皆が困っちゃう』
専門学校を出て、今では時々ギターの仕事もしているおたえの言葉を思い出す。だけど、さーやなら。さーやならきっと、わたしたちをまとめて引っ張っていってくれる!
「…山吹さんって、吹奏楽やってた?」
さーやが何度目かの録音をしている最中、出口さんがモニターを眺めながら背中越しに聞いてくる。
「やってない…と思います」
「え、そうなんだ。じゃあレッスンに通ってるとか?」
「うーん…たぶんそれもないと思います」
わたしが答えると、驚いたと言わんばかりに出口さんは溜息を吐く。
「手足の基礎がしっかりしてるしロールも上手い、クリックに苦手意識も無い。独学でここまでか…」
「ふふん、凄いでしょ」
「なんでお前が得意げなんだよ」
胸を張るおたえとすかさず突っ込みを入れる有咲。わたしはその様子を見て笑っちゃったけど、隣に座るりみりんの表情は固くて、なんだか不安そう…そっか、次はりみりんの番だから。
「山吹さん、OKです。上がってください」
出口さんがマイク越しに呼びかけると、息を呑む音が聞こえた。
「りみりん」
強張る両手を取って、真っ直ぐにりみりんの目を見る。
「大丈夫!」
「…ありがと、香澄ちゃん。行ってくるね」
りみりんの表情は固いままだけど、その中には決意だとか勇気も含まれているはず!
「よし、じゃあ牛込さんいってみようか」
「はい!」
さっき録ったさーやのドラムを聴きながら、りみりんがベースを録る。一回通したところでストップがかかった。
「牛込さん、あんまり固くなりすぎないで…って言っても難しいか。立って弾くのもいいんじゃない?牛込さんのアグレッシブさが活かせると思う」
モニターに映るりみりんの表情はまだちょっとだけ心配そうだけど、何かを掴んだみたいに見えた。
「お行儀よくしなくていいよ。思いっきり。ライブみたいに」
こくり、と頷くりみりん。その後はスムーズに進んで、何回か録音してOKが出た。牛込さんの良いところが出せてよかった、と出口さんは安心した様子で言う。
「次、花園さん」
「はいっ」
「うわ!」
おたえが元気よく立ち上がって、隣の有咲が押しのけられる。呆れる有咲をほったらかして、そのまま鼻歌でも歌い出しそうな軽い足取りでスタジオに向かう。緊張なんかカケラもない、そんな様子がいかにもおたえらしい。実際、録音はとってもスムーズだった。スムーズだったんだけど。
『出口さん、あのアンプも試して良いですか?』
「花園さん、それ言うの二回目だよね?」
『大丈夫です、今度はフレーズも変えるので』
「大丈夫じゃないよ。何遊ぼうとしてんの」
スタジオの中からマイク越しにお願いするおたえと、モニターに向かって大きく溜め息をつく出口さん。おたえがあっという間にOKを出したご褒美として、追加テイクをあげたことを後悔してそうだった。だけど…ちょっと楽しそう?
『えー…弾き足りないのに』
「ここから先は別料金だよ」
出口さんはぴしゃりと遮るように言って、わたしを呼ぶ。
「戸山さん、ギターだけ先に録るから。準備お願いします」
スタジオに入って、ヘッドホンで三人の音を聴きながらギターを弾く。歌わないでギターだけ弾くのはすっごく変な感じがしたけど、新鮮で楽しかった!録音もスムーズに終わった…と思う。
「じゃあ、市ヶ谷さん」
「っ、はい」
立ち上がった有咲に声をかけようとしたけど、できなかった。いつものつんつんした様子だけど、なんだか…ピリピリしてる?ちょっと話しかけにくいくらい。モニターの向こうで、キーボードにかざした手が微かに震えているように見えた。
「……もう一回」
何回か曲を通して、険しい顔で出口さんが言う。強張った表情で有咲が頷く。鍵盤の上を忙しく駆け回る両手には、溺れかけてるみたいな必死さがあった。
「有咲…」
モニター越しに呼んだって届くわけがない。だけど、名前を呼ばずにはいられなかった。
「市ヶ谷さん、落ち着いて。まずゆっくりやってからにしよう」
はい、と有咲の口が動いて、音をひとつひとつ確かめるように両手が動く。
「…有咲、苦戦してるね」
隣に座ったさーやが心配そうに言う。だけど、わたしたちは見守ることしかできない。心配で、じれったくて、むずむずする。おたえとりみりんは黙り込んでいて、ブースの空気が重苦しい。
「……フレーズを端折ってもいいかもしれないね」
できればしたくないけど、小さく呟く出口さん。
『っ、それは!』
小さく叫ぶ有咲。それだけはやめてほしい、とその表情が言っていた。
「わかった、ならそのままいこう。もう一回」
そうやってまた録音が始まったけど、じわじわと時間だけが過ぎていく。有咲の表情はどんどん曇っていって、それに引っ張られるみたいに音も乱れていく。もうすっかり、溺れてしまったみたいだった。
「…少し、休憩しよう」
マイク越しに呼びかけて、出口さんは席を立つ。ちょっとして、疲れ切った様子の有咲がブースに戻ってきた。
「………外の空気、吸ってくる」
絞り出すような声でそれだけ言って、有咲は去っていく。
「あり、」
「香澄」
声をかけようとした瞬間、おたえに引き留められた。
「これは有咲の問題。有咲が自分で乗り越えなきゃいけないんだよ」
レコーディングは自分との戦い。おたえはそんな風にも言っていた。上手くいかなくても、誰かが助けることなんて出来ない。その戦いに勝てないんだったら、妥協しなくちゃいけない。それがレコーディング。きっとおたえは、今までだってこういう場面に出くわしたことがあるんだと思う。
…確かに、おたえの言う通りかもしれない。だけど、それでも、わたしは有咲の力になりたい!有咲のこと信じてるって、有咲の力が必要なんだって、伝えたい!いてもたってもいられなくなって、勢いよくソファから立ち上がる。
「…行ってくる!」
玄関を出て、道を挟んで向こう側。電柱の横で俯いている有咲の姿が見えた。
「有咲!」
名前を呼んで、小走りで近付いていく。
「な、なんだよ」
つっけんどんな口調だけど、優しくて柔らかい声色。いつもと違うのは、その声から不安とか憂鬱とか、とにかくどんよりした色が滲んでいるところ。
「あのね、……」
「…どした、急に」
「えっと、その……」
怒ってないのはわかるんだけど、睨むような視線に怯んでしまう。声をかけたのは良いけど、何を話すか全然考えていなかった。有咲のこと信じてる、大丈夫、頑張って…どんな言葉もなんだか嘘っぽい気がする。なんでもいいから、有咲が元気になるようなことを言わなきゃ…だけど、どうやって?自分でもわからなくなってきて、有咲の手を取る。十二月の寒さに洗われたその手を、思いっきり握り締めた。
「いたた、痛いって!」
震えて、彷徨って、行き先を見失ったように見えた有咲の手。わたしにできることなんて、何一つないのかもしれない。だけど、わたしがここにいて、有咲がひとりなんかじゃないってことなら伝えられる!とにかくそんな気持ちを体温と一緒に手渡すつもりで、手を握り締める。
「…香澄!」
名前を呼ばれて、視界に飛び込んできたのは有咲の泣き出しそうな笑顔。真っ白な肌に頬がほんのりと赤らんでいて…すごく綺麗だった。
「…ありがとな。貰ったよ、勇気」
その言葉に、胸がかあっと熱くなる。
「うん。有咲のこと…信じてる」
嘘っぽいと思った言葉を、本当の言葉として伝えた。
「市ヶ谷さん、いけそう?」
ひとつ深呼吸してから、出口さんの言葉に力強く頷く有咲。わたしたちがブースで見守るなか、演奏が始まる。有咲は時々身体を揺らしながら、全身で歌うようにキーボードを奏でている。白い指が滑らかに鍵盤を行き来する。これは、と出口さんが驚いた様子で呟く。
「いけるかもしれない」
だけど、問題なのはここから。最後のサビから繋がるアウトロ…有咲のピアノソロ。どうしてもここが弾けなくて、さっきまで行き詰っていた。でもそれは、さっきまでの話!今の有咲なら、絶対に弾ける!
「頑張れ、有咲」
おたえが呟く。両手を合わせて目をつぶるりみりん。わたしとさーやは、ただ黙ってモニターを見つめていた。いよいよソロが近付いて、有咲の表情が強張る。不安を振り払うように、有咲が目を見開く。迷いなく両手が動いて、一音一音を積み重ねるように奏でていく。そして…。
「市ヶ谷さん、OKです」
出口さんの言葉に、有咲の両肩から力が抜ける。
「やったあ!」
つい叫んでしまう。スタジオまで飛んでいきたい気持ちを抑えて、有咲が戻ってくるのを待つ。そんなちょっとした時間がもどかしいくらい、嬉しさがこみ上げてくる。戻ってきたらどんな話をしよう?お疲れ様、ありがとう、嬉しい…気持ちが次から次へと湧いてきて、全然まとまらない。悩んでるうちに有咲が戻ってきた。
「有咲、おつかれー!」
立ち上がって両手を広げて、ハグを求めるように出迎える。なーんてね、って言おうとした瞬間。ぼすん、という音がして、有咲が胸に飛び込んできていた。
「え?」
そのまま、ぐっと抱きしめられる。いつもとはまるで逆だった。心臓が跳ね上がって、うるさいくらいに音をたてる。顔が真っ赤に火照っていく。
「あっ、有咲?積極的だね…?」
「おお、有咲が素直だ」
「香澄、照れてる?」
「有咲ちゃん、お疲れ様」
おたえが驚いて、さーやがいたずらっぽく言って、りみりんがマイペースにねぎらう。そんな中でも、わたしは有咲に抱きしめられたままだった。
「えーっと…有咲…さん…?」
何故か敬語になってしまう。
「さっきのお返し、だっ!」
「いたた、痛いよ有咲ー!」
有咲はもっと強く抱き着いてくる。心臓の音が聴こえてしまうんじゃないかと思うくらい、強く。身体がぽかぽかと温まっていく。
「はは…戸山さん、準備いい?」
「は、はいっ!」
苦笑いしてる出口さん。恥ずかしくて顔から火が出そう。
有咲に届けた気持ちと、有咲から受けとった気持ち。その両方を持って、わたしはスタジオに入った。ヘッドホンから聴こえるみんなの音と、わたしの音。全部がわたしに力をくれる。もらった気持ちを、力を、全部!歌に乗せる!
この世界は、ひとりなんかじゃない!
みんなと一緒に、ずっと…ずっと探し続ける。
わたしたちの、
『戸山さん』
出口さんの声がして、はっと我に返る。
『…OKです。完璧』
全てを出し切った。その感覚だけがあって、頭がぼんやりしている。
『戸山さん、お疲れ様。……今日、レコーディングをやってよかった。僕はそう思うよ』
スタジオを出て、駅までの帰り道。外はすっかり暗くなっていた。冬の寒さがちくちくと全身を刺す。
「完成、楽しみだね!有咲!」
「お前…それ言うの何回目だよ」
わたしたちの歌が、キラキラドキドキが。もっと綺麗に輝いて、いろんな人に届く。そのことが嬉しくて何回でも言葉に出してしまう。
「だって全国だよ、全国!」
「全国制覇?」
「あはは、したいね。全国制覇」
真顔のおたえに、微笑む沙綾。まだ決まってないだろ、と有咲が溜息を吐く。
「ちゃんと弾けてたかな…」
「大丈夫。私が保証するよ」
心配そうにりみりんが呟くと、おたえが親指を立てて言う。
ちょっと大変だったけど、楽しかったレコーディング。わたしたちの、新しいキラキラドキドキ。
ふと空を見上げると、ちかちかと星が瞬いていた。
「みんな」
空を見上げて、星を見つめたまま呼びかける。
「もっと、ずっと…一緒に、キラキラドキドキしようね」
街中からも見える、夜空で一番眩しく光る星…一等星。わたしたちも、きっとあんな風に輝ける。そう思った。