勢いで書いたので、細かいところは大目に見てもらえると助かります。
ネタバレが含まれているので未視聴の方はご注意ください。
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窓辺に差し込む朝の日差しに翡翠色の髪の少年――リオ・フォーティアは目を覚ます。
まだ瞼が重たい目で周囲を一瞥。この絶妙に雑然とした寝室にも慣れてきた。耳を澄ませば、キッチンのほうから足音がする。どうやら先に起きていたのは、この部屋の主のようだ。さすがに起きないとな、と思いつつ寝室から連なる少し小さめのリビングに顔を出してみると、今まさに同居人がふたつの皿を手に持って入ってきたところだった。
「おう、リオ」
少しボリュームの大きめな声で呼ぶのは、同居人であり、この部屋の主である少年――ガロ・ティモスだ。相変わらずの青色のモヒカンチックな頭髪は今日も元気に逆立っている。
「昨日はよく眠れたか?」
テーブルに皿を置きがてら、ガロはそんなことを訊いてくる。
「まあ、ほどほどかな」
そう答えながら、リオは顔を洗うために洗面所に移動する。この顔を洗うという行為もそろそろ様になってきた。水にはどうしても未だに抵抗感がある。今となっては幾分か慣れてきたが、最初の頃は手間取ったものだ。
手短に洗顔を済ませてリビングに戻ると、ガロが席に座って待っていた。
「先に食べなかったのか?」
いつもなら我先にとがっつくガロを思い浮かべながらリオは尋ねる。
「たりめぇよ。飯ってのは全員が揃ってから食うもんだからな」
やはりボリュームを間違えているんじゃないかと思う声の大きさでガロは力説する。思い返してみれば、彼がいつもがっつくのは食事に同席する全員が揃ってからだった。それは常にチームで行動する職場にいる彼ならではの流儀というやつだろう。
「それに今日はリオの記念すべき初出勤の日だからな。主役がいねぇのに先食うわけにゃいかねぇ」
この男はこういうところで律儀なのだ。ただの脳筋かと思えばそうじゃない。ガロという男は今でもリオの理解できる範疇の外側にいるのだ。
「そういうことなら悪かった。早く食べよう」
足早にガロの向かいの席に座って手を伸ばす。
「別に責めてるわけじゃねぇ。まあでも、食べっぷりがいいってのは見てて気持ちいいな」
快活に笑いながらガロも食べ始める。
ちなみに今皿の上に載っているものは、少し焦げ目の付いたトーストに目玉焼きが載せられたシンプルな料理だ。以前、別の料理を振る舞われたときには野菜の四分の一程度にカットして煮込んだもの出され、ガロ曰く男の料理らしい。
「今の生活には慣れたか?」
豪快に頬張りながらガロは訊いてくる。今の生活というは、ここでの生活のことではなく『普通の人間』として生活し始めてどうかということだろう。
「……ギャップを感じないと言えば嘘になる」
数ヶ月前。この世界は大炎上の危機に瀕していた。人類の突然変異種・バーニッシュという異形の存在に宿るプロメアによって、マグマが暴走しかけたからだ。そのバーニッシュの中でリーダー的存在だったのが他でもないリオ・フォーティアだ。リオはバーニッシュの人権を守るためにマッドバーニッシュとしてプロメポリスの政府と戦ってきた。世界大炎上の危機はその最中に起こったものだった。
結論としてその世界大炎上はガロとリオの活躍により、すんでのところで危機を脱したが、本当の意味での戦いはそこからだった。
プロメアを失ったことにより、リオを含め全てのバーニッシュだった人間は『普通の人間』になった。だが、それは『なった』というだけで、『認められた』というわけではない。
失っていた人間性を取り戻したことにより、食欲や睡眠欲といった本来が人が持つべき欲求を徐々に取り戻してきたわけだが、それは同時に今まで自分がどれだけ人外であったかを突き付けてくるのだ。
バーニッシュへの偏見や批判もまたプロメアを喪失する以前よりも強いものになっていた。これまでも批判はあったが、火を扱うという能力がある意味で行き過ぎた批判への防波堤になっていた。だが、その能力を失った今、抑圧されていた世論の感情は燃え盛る炎のように牙を剥き始めた。バーニッシュの人権を守るためとはいえ、その過程で人々に残した傷は決して消えることはない。
かつてマッドバーニッシュだった人間は執行猶予付きでバーニングレスキューに入隊することが決まっている。バーニッシュもまたプロメアの被害者であったことを加味した政府の判断ではあるが、未だに批判の声は根強い。マッドバーニッシュのリーダーだったリオはそれをより一層強く感じているのだ。そんな状況でも住まいを貸し出してくれたガロには感謝の念に堪えない思いだ。
「まあ、そればっかりはなぁ」
かつてバーニッシュだった人間を取り巻く実情はガロの耳にも聞き及んでいる。ガロとて、かつてはバーニッシュに少なからず偏見を持っていた。リオと接するうちにそれが間違いであったと理解できたが、そのような実情を仕方ないと納得できてしまう世間の風潮が嫌で、何とか払拭できないかというのが彼の思いだ。
「だが、それに憤慨するつもりはない。実際、僕たちはそれだけのことをしてきたんだ」
最後の一口を運ぶ動作がどこか悲しげに見えたのは、きっとリオの中でもそれを仕方ないと思う罪悪感があるからだろうか。
「そう思ってんなら、これからはキッチリ街のために働かねぇとな」
最後の一口を咀嚼し終えて、きょとんとするリオにガロは勢いよく続ける。
「負い目を感じるってことはそれだけ街のことを考えてるってことだろ? だったら、あとはやるしかねぇ。小難しいことを考える前にまず行動する、これに尽きる」
「でも、僕たちにそんな資格……」
「資格もへったくれねぇよ。リオだって街の力になりたくてバーニングレスキューに入ったんだろ? 辛気くせぇ顔はバーニングレスキューには似合わねぇからな。誰になんと言われようが関係ねぇ。リオはリオらしく胸を張ってりゃいいんだ」
ガロの目が真っ直ぐにリオを捉える。蒼穹を思わせる瞳は恐れなどないというように光を帯びている。
「んじゃ、そろそろ行くか」
言いたいことを言い終えたのか、ガロは皿を流し台に置いて身支度を整えていく。
「外で待ってるからな」
そう言ってガロは玄関の扉を開けて外へ出ていった。バタンと扉が閉まる。
「僕は僕らしく、か」
ガロの言葉がリオの頭の中で反芻する。根拠など何もないというのに、あの男の言う言葉には不思議と力を感じるのだ。
「だけど……」
だが、リオは知っている。世の中はガロのような人間ばかりではない。いや、むしろガロが少数派なのだ。
「まだかーリオ」
扉の向かいから呼ぶ声がする。初日から遅刻するわけにはいかない。足早に食器を片付けて身支度を整える。いつも着慣れていたはずの服がバーニッシュだった頃の苦い記憶を呼び起こす。それらを追い出すように何度も頭を振る。
リオが外に出たのはそれからしばらくのことだった。
▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
ガロのバイクに乗ってやってきたのは、バーニングレスキュー本部。プロメポリスの中心部から程近い場所に位置しているため、迅速な消火活動には打ってつけだろう。
「おはよーっす!」
豪快な挨拶とともにガロは本部に入っていく。風の噂で実は新人らしいと聞いていたが、とてもそうは思えない。それに続く形でリオも本部へと入る。
「今日も元気だな、ガロ」
ガロを出迎えたのは知的な顔立ちをしている青年――レミーだ。
「ガロが元気じゃなかったことなんてないっしょ」
レミーに乗っかる形でからかうように言ってくるのは、大きなゴーグルがトレードマークの小柄な女性――ルチアだ。
「ガロが元気じゃねぇとこっちまで調子狂っちまうよ」
「にしても、少し元気すぎじゃない?」
続々と顔を出してくるのは褐色肌の大柄な男性――バリスとピンク色の髪が特徴的な女性――アイナだ。
「そりゃ元気に決まってますよ! なんてたって今日はリオの初出勤なんすよ」
「「「……ん?」」」
ガロが勢いよく手を向けたほうを見て四人がきょとんとする。バッと隣にいるであろうリオに両手を向けたつもりだったが、そこに当の本人がいない。
「ありゃ、そんなところにいたのか」
不思議に思って後ろを見てみると、ガロの背に隠れるようにしてリオが四人の顔色を窺っていた。よく考えてみれば、リオはガロ以外のバーニングレスキューの面々とは面識がない。今回が初対面だ。アイナとは一回会っているが、親密というわけでもない。かつては互いに敵同士だったこともあって、リオなりに思うところがあるのだろう。
「そんな隠れんなって」
ガロは半ば強引気味にリオを四人の前に出す。
「この人があの」
「マッドバーニッシュの」
「リーダー……」
数珠繋ぎのように言いながら、三人はリオをまじまじと眺める。無言のままに見つめてくる三人にリオは一歩後退する。
「あんまり詰め寄ったらダメだぜ。意外とオリーブな奴なんだよ」
「それを言うならナイーブでしょ」
呆れ気味にルチアが突っ込んでくる。そうだっけか、と答えるガロと隊員のやり取りにはこれがバーニングレスキューの日常なのだと思わせる自然があった。
「まあでも、思ったより普通だな」
「マッドバーニッシュのリーダーっていうからどんな厳つい奴かと思ってたぜ」
みな口々にリオの第一印象を述べる。思っていた反応と違っていて、ここでもリオは少々面食らう。
「ボス!」
リオが面食らっていると、背後から聞き覚えのある声と呼び名が飛んでくる。
「ゲーラ! メイス!」
嬉々としてリオも旧友であるふたりの名を呼ぶ。ゲーラとメイスはマッドバーニッシュ時代のとき、リオを支えた頼れる仲間だ。
「ふたりもここだったのか」
「そうですよ! ボスもお元気でなによりです」
「そこの馬鹿に変なことされてないか?」
「誰が馬鹿だよ!」
「馬鹿だから馬鹿って言ったんだよ!」
ガロとゲーラが激しく火花を散らす。
「初日から喧嘩とは威勢がよくて結構」
火花を散らすふたりをリオが止めに入ろうとしたところで、ヒートアップした彼らに冷や水を被せるように最後のバーニングレスキューのメンバーが入ってくる。個性的なバーニングレスキューをまとめ上げる隊長――イグニスだ。
「隊長、おはようございます」
バーニングレスキューの面々は隊長のイグニスに挨拶を交わす。このときばかりはさすがのガロも佇まいを正して挨拶を交わしていた。
「いまさら改めて紹介するまでもないかもれないが、本日付けで新たに三名がバーニングレスキューに加わることとなった」
イグニスはリオ、ゲーラ、メイスの三人をバーニングレスキューの全員に見える位置で並ばせてそう告げる。
「新メンバーのリオ、ゲーラ、メイスだ。ひとりずつ簡単に自己紹介を頼む」
新人としてバーニングレスキューに加わる以上、自己紹介は欠かせないだろう。
「……ゲーラだ」
「メイスです」
ふたりの無愛想な挨拶にイグニスが一喝入れたあと、リオの番が回ってくる。リオは落ち着かせるように一呼吸入れる。
「リオ・フォーティアです。バーニングレスキューの一員として、プロメポリスの復興のために全力を尽くします」
少し声を上擦らせながらリオは言い切る。その姿をガロは目元に小さく笑みを浮かべながら見ていた。
「リオ、ゲーラ、メイス。元バーニッシュだからといって特別扱いするつもりはない。ビシバシいくから覚悟しておくように」
三人は無意識のうちに息を呑んだ。バーニングレスキューを率いる隊長だけあって貫禄が滲み出ていた。
「しばらくは貧弱な身体を鍛え直すためにトレーニングに励んでもらう。いくらレスキューギアがあるとはいえ、さすがにそのままでは心許ないからな。レミー、バリス、指導を頼む」
イグニスが次々と必要と思われる指示を隊員たちに飛ばしていく。隊員もなにひとつ疑問に思うことなく、各々の職務の準備を始めていく。
「それとガロ」
イグニスに名前を呼ばれてガロは向き直る。
「お前もまだバーニングレスキューに入って日が浅いが、新人が入隊した以上は先輩だ。現場での心構えを教えておけ」
「了解っす! 隊長!」
先輩という単語を聞いてガロは瞳を輝かせながら元気よく返事をする。
「あんま真面目に聞かなくていいからねー」
「熱意と根性でできてるような奴だからな」
「火災現場に身一つで突っ込むような無鉄砲だし」
「あと馬鹿だし」
「今はもうそんなことないっすよ! あと最後は普通に悪口じゃねぇか!」
「こら、お前たち。話すのはいいが、仕事を疎かにはするなよ」
目の前で繰り広げられる自然なやり取りに元バーニッシュたちはしばし呆然としながらそれを眺めた。
▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
「今日一日どうだったよ?」
プロメポリスに差し込む斜陽を背にガロとリオは本日の仕事を終えて帰路に就いていた。今日は火災も起こることなく平和な一日だった。
「色々と衝撃的だったが、そうだな……腹筋とかいうトレーニングはなかなかに大変だった」
「まあその華奢な身体付きならそうかもしれねぇな」
リオ以外のバーニッシュも普通の人間と比べて身体付きが細い者が多い。ほとんどの欲求をプロメアの燃やしたいという衝動に費やされていたと考えれば納得がいく。かつてガロは洞窟でバーニッシュたちの食事光景を見ていたことがあったが、追われる身であった以上まともな食事にありつくのも難しかったことだろう。
「それに……みんな優しかった」
「優しい?」
小首を傾げるガロにリオは続ける。
「いくら普通の人間に戻ったとはいえ、元々は敵同士だ。邪険にされてもおかしくないと思っていた。でも……そんなこと気にもしていないみたいだった」
イグニスの『特別扱いはしない』が最たる例だろう。特別扱いはしない、それはつまり見下すわけでもなく、優遇するわけでもなく、ひとりの人間として同じ目線で向き合ってくれるということだ。ガロはともかくとして、それ以外のバーニングレスキューの面々に好ましく思われていないとリオが考えるのは今までのことを思えば自然なことだ。
「俺たちの仕事は火消しであって、人を憎むことじゃねぇからな。そこに火がありゃ消すし、助けを求めている奴がいれば誰だろうが助ける、それが俺たちバーニングレスキューの使命だ」
助けを求めている奴がいれば誰だろうが助ける、そんな純粋で真っ直ぐな心意気を持っている彼らだからこそ、プロメテックエンジンの犠牲になりかけていたバーニッシュを助けるのにも力を貸してくれたのかもしれない。
「上手くやっていけそうか?」
笑いながら問いかけてくるガロにリオは笑みを返す。
「ああ、バーニングレスキューのみんなとならきっと」
彼らとならきっと上手くやっていける。そして、少しずつでもプロメポリスの復興を手伝っていければ、彼らのような思いを持ってくれる人も増えていってくれる。バーニッシュだった人々が差別されることなく暮らしていける、リオは初めてそう思えた。
「よぉし! 今日はリオの初出勤祝いだ。ピッツェリアでパーッといこうぜ」
「祝いなら今朝やっただろう」
「祝いってのは何回やってもいいんだよ」
「そこまで言うなら、もちろんガロの奢りなんだろうな?」
「おうよ! どんどん食え食え!」
「いいのか? そんなこと言って」
そんなやり取りを交わしながらピッツェリアに向かうとした――そのときだ。
――バシャン!
リオの全身を冷たい感覚が襲ったのは。
「リオッ!」
ガロが慌ててリオの全身にまとわりつく水をはたく。
あの感覚だ。幾度となくフリーズフォースから浴びせられたあの忌々しい底冷えする寒さ。悪口雑言が脳内で去来する。
「お前のせいだっ!」
呆然とするリオの背後から耳朶に飛び込んできたのは劈くような子供の声だ。怒りに満ちているのか、その声は嫌に甲高い。
「子供……?」
先に振り返ったガロがそう口にする。続いて振り返るリオの目に飛び込んできたのは、目尻に涙を湛え、頬を真っ赤にしている子供の姿だった。
「お前のせいで父ちゃんは死んだんだっ!?」
子供は自身の出せる最大限の音量で叫ぶ。
「おいおい、なに言ってんだよ。リオは誰も殺しちゃ」
「お前、バーニッシュの偉いヤツだろ! 悪いヤツのボスなんだろ! お前が……お前がいたから! 父ちゃんは火事で死んじゃったんだっ!?」
仲裁に入ろうとするガロすら圧倒する勢いで子供は思いの丈をリオにぶつける。悲痛に満ちた叫びとバーニッシュを心の底から憎む双眸がリオの視線を子供から外すことを許さない。
「待てって。確かにリオはバーニッシュだったけどよ、そりゃリオじゃなくて他の――」
「――ガロ。いいんだ」
あくまで冷静に子供を諭そうとするガロをリオは止める。
「え、そこにいる子バーニッシュだったの」
「なんでそんな奴がうろついているんだ」
「子供を襲ってるんじゃないの」
「フリーズフォースを呼んだほうがいいんじゃないか」
子供の叫び声をきっかけに周囲は次々とざわめきを増していく。
「おいおい、なんなんだよこれ……。リオはもうバーニッシュでもなんでもねぇってのに」
周囲のまるでまだリオがバーニッシュであるかのような反応にガロは困惑する。
「お前の、お前のせいだっ!」
子供の叫びはなおも止まらない。そのとき、前方の遠くから白衣を身にまとった成人らしき女性が走ってきて、強引に子供の口に手を当てる。
「ごめんなさい……、ごめんなさい……」
懇願するように何度もつぶやく白衣の女性は酷く怯えた顔をしていた。まるで今から燃やされるのではないかというように。
「別に襲うつもりなんてねぇよ。な、リオ」
当然だ。今はバーニッシュどころか火を扱う能力すらないのだから。
「安心してください。僕はふたりを襲うつもりは――」
「――触らないでっ!?」
パァンと――。安心させようと子供に伸ばしたリオの手を女性が勢いよく弾いた。女性は子供をぎゅっと抱えたまま、そのまま走り去っていく。ジンジンと疼く手の平の痛みがいつまでもまとわりついて消えなかった。
「大丈夫か、リオ?」
場所を移動して、そこら辺で売っていたタオルでリオを拭き終えたガロは心配そうに訊く。そのニュアンスには、水をかけられたことよりもさきほどの周囲の反応を言っているようでもあった。
「大丈夫、もう落ち着いた」
ガロを安心させようとリオを力なく笑ってみせる。
「しっかし、ひでぇよな。リオはもう俺たちと同じだってのに。あんな言い方しなくてもいいじゃねぇか」
「仕方ないさ。街の人からしたら、マッドバーニッシュもバーニッシュも変わらない。もし本当にマッドバーニッシュの誰かが人を焼き殺したんだとしたら、それは僕の責任だ」
リオの目の行き届かないところで過激派のマッドバーニッシュが暴走したというのは十分に考えられる。さきほどの子供がリオを責め立てるのも無理はなかった。
「けどよぉ」
納得できないというようにガロはつぶやく。
「いいんだ、ガロ。それらを背負って僕らは生きていく。それがきっと僕らが背負うべき罪なんだ」
そう言ってリオは立ち上がる。
「どこに行くんだ? ピザ屋はそっちじゃねぇぞ」
「せっかく誘ってくれたところ悪いが、今はそんな気分になれない。気分転換に少し散歩してくる」
「そ、そうか。気を付けてな、リオ」
「ああ」
徐々に小さくなっていくリオの背中をガロは心配そうにいつまでも見ていた。
▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
陽は完全に沈み、辺りには夜の帳が下り始めていた。空を見上げると、夜空に浮かぶ星々が人工光に負けじと輝きを放つ。追われる身であったバーニッシュの頃はこんなふうに夜空をじっくりと見上げることなんてなかった。
「悪い奴……か」
少々歩き疲れて、リオは手近のベンチに腰をかけた。
「それが世間の評価なんだ」
リオは右手を見つめ、ぐっと力を込める。今までならこのまま右手から炎が噴出していたが、世界からプロメアが消えた今ではそんなことは決して起こらない。
「僕らにできることなんてあるのかな……?」
さきほどの一件もあってリオはそんなことを考えてしまう。プロメポリスの復興はなによりも急務な目標だ。人手も足りていない以上、誰であろうと手伝ってくれることに越したことはない。だが、それは政治的判断であって、世論がそれを求めているとは限らない。
「結局は僕たちは……!」
これではバーニッシュだった頃となにも変わらないではないか。普通の人間になったところで同じではないか。バーニングレスキューのメンバーの優しさに触れただけに、世論との大きな乖離はリオの心に突き刺さった。もうなにをしても無駄とさえ思えてくる。
「いったいどうしたら……!」
頭の抱えて悩むリオの耳に一際大きな爆発音が飛び込んできたのはそのときだった。
「な、なんだ、今の音は」
リオの脳内は一瞬にしてその爆発音のことに塗り替えられ、必死に音の出所を探す。そうして、ある方角がまるで夕焼けのように赤くなり始めているのを見つける。
「燃えてる……? でもいったいどうして」
プロメアの消失でバーニッシュはいなくなったはずだ。自然発火などあり得ない。
「ボス!」
考え込んでいるリオの耳に今度は若い男の声が飛び込んでくる。
「お前たち」
振り返った先にいたのは若いふたり組み――ゲーラとメイスだった。
「どうしてここに?」
「ボスのほうこそ」
「たまたま近くをメイスと一緒にバイクで走ってたら、馬鹿でけぇ音が聞こえてきたもんで」
どうやらゲーラとメイスもさきほどの音を聞き付けてきたようだ。ふたりと話している間にもまた遠くで爆発が起こる。
「ボスの話だと、プロメアもバーニッシュもいないってのに、いったいどうなってやがんだ」
「ボスはなにか心当りはありますか?」
リオは必死に思考を巡らせる。
――考えろ。考えろ。……爆発? まさか――。
「……確かあの方角にはフォーサイト財団が所有していた薬品工場があったはず。それもかなり大きな。その周辺にも薬品を管理するビルがいくつかあった記憶がある」
「ちょっと待ってくれボス。だけど今燃えてる方角って……」
「ああ。要復興地域として規制線が張られてる」
「おいおい、それってやばいんじゃねぇのか!」
プロメポリスの一部の地域は、かつて市長であったクレイ・フォーサイトが秘密裏に進めていた計画――パルナッソス計画を発端とする騒動で倒壊している建物がいくつもある。それらは要復興地域として立ち入りを制限されている。
「恐らく漏れ出した薬品同士が接触して化学反応を起こして爆発したんだ」
今燃えている要復興地域はまだ復興の手が入っていない。それゆえに不幸な偶然が重なってしまったのだ。
「立ち入りが制限されているのは倒壊した建物だけで、その周辺の建物は封鎖されてない。このままだと二次災害が」
そうこう話している間にも三回目、四回目と立て続けに爆発が起こる。
(あそこはバーニングレスキューの本部からも離れてるし、連絡網も完全に復旧してない。だけど、伝えにいってからじゃ間に合わない)
火の手は遠目から見ても分かるほどに勢いを増している。迷っている猶予はない。
「ゲーラ、メイス。僕はあそこに行って逃げ遅れた人の避難誘導をする。ふたりはバーニングレスキューの本部に戻ってこのことを伝えてくれ」
「ま、待ってくださいボス!」
「ボスも俺たちももうバーニッシュじゃねぇ。普通の人間だ。生身で突っ込んだら焼け死んじまいますよ!」
自分の身を顧みず火災現場に向かおうとするリオをふたりは呼び止める。呼び止められたリオはふたりに背を向けたまま想いを吐露する。
「お前たちの言うことはもっともだと思う。危険だってことも分かってる。……でも、ずっと考えていたんだ。今の僕たちにいったいなにができるのかを」
バーニッシュとして目覚め、自分たちの居場所を守るために戦ってきた。それは今でも間違っていないと思う。だが、プロメアを失い普通の人間なった今、街の人にどれだけのことができるのか。きっとそれは多くはない。したところで認めてもらえないことだってあるだろう。
だとしても。今やらなければいけないことはひとつだけはっきりしている。
――そこに火がありゃ消すし、助けを求めている奴がいれば誰だろうが助ける、それが俺たちバーニングレスキューの使命だ。
「たとえどれだけ危険だとしても僕は行くよ。それが――バーニングレスキューの使命だから」
遠くで六回目の爆発が起こる。
「分っかりましたよボス! ボスがその気なら俺たちはどこまでも付いていきます!」
「このことを伝えたら必ず助けに戻ります。だからそれまでどうかご無事で!」
「ゲーラ、メイス……。ああ! もちろん!」
ゲーラとメイスは全速力でバーニングレスキューの本部に向かって走っていく。
「ふたりとも頼んだ」
ふたりを見届けて、リオは火災現場に目を向ける。
「絶対に誰ひとり死なせたりしない!」
リオは全速力で走り出した。
▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
リオが火災現場に駆け付けたときには、すでに火の手は周辺の薬品会社のビルにも及び始めていた。薬品工場がひしめくだけあって、爆風で吹き飛ばされた薬品の容器の残骸が散乱している。ヒリヒリと刺すような熱さがリオの肌を襲う。
「規制線の中は人はいないだろうからいいとして、問題は……」
リオは火元の一番近くにあるビルに目を向ける。その他のビルはまだ離れており、火の手が回るまでには時間がある。
「どこかに上がれそうなところは……」
正面の入り口は爆発で故障したのか、自動扉が開かない。周囲を見回してリオは非常階段を見つける。
「ここなら行けるか……」
非常階段のため簡単に開いた。ここからなら上がれるはずだ。
「ビルの人も火災には気づいているだろうし、きっと上層階にいるはず」
火の手から逃れようとするなら自然とそうなるだろうとリオは考える。
見上げれば、それなりの高さのあるビルだが行くしかない。リオは階段を上り始めた。
リオの予想に反して、上層階にもすでの火の手は回っていた。爆風で吹き飛んだ破片が火の付いたまま窓を突き破ってビル内に侵入していたらしい。それが新たな火種となったようだ。
「これは……まずいな」
まだ上層階ならまだ時間があると踏んでいたが、これでは迅速な避難誘導が難しくなる。それこそ、退路を炎で断たれたら一巻の終わりだ。できるだけ早く逃げ遅れた人を見つけ出さなければ。
「考えろ。考えろ。思考を止めるな。人がいそうな場所を考えろ」
必死の思考を巡らせていると、かすかに助けを呼ぶような声が聞こえたような気がした。リオは耳をそばだてる。いったいどこからだ。絶対に見つけ出す。どこだ。
――誰か助けて!
今度こそリオはしっかりと聞き取って、声の出所に当たりを付ける。ここからそう遠くはない。助けを求める声を頼りにリオは居場所を探す。廊下の突き当たりに扉を見つけ、どうやら声はその向こうから発せられているようだ。
「くそ! 開かない!」
高温で建具が歪んでいるのか、扉は思うように開かない。
「こうなったら」
狭い廊下でできるだけ助走をつけて扉に全体重を乗せた体当たりを噛ます。跳ね返る衝撃が全身を襲うが、そんなことは構いもしない。一度で壊れないなら二度、二度でもダメなら三度、何回だってやってやる。
「開けぇえええっ!」
何度目かにしてバコン! と鈍い音がして扉が壊れる。ようやっと部屋に入り、部屋の中央で縮こまるようにして何名かの人が集まっているのを発見する。どうやらまだこの部屋までは火の手は回ってきていないようだ。
「大丈夫ですか!」
急いで駆け寄ってリオはその場にいる人の安否を確認する。見た限りの判断ではあるが、外傷を負っているような人は見受けられなかった。扉が開かなかったことが幸いしたのかもしれない。これならば避難誘導もやりやすいはずだ。
「バーニングレスキューです。これから皆さんの避難誘導を行います」
リオの言葉を受けても全員沈黙したままだ。
「でも、君は確かマッドバーニッシュの……」
恐る恐る声をかけてきたのは初老の男性だ。この場にいる中では一番最年長だろう。
ここでもそうか。またかつての肩書きが邪魔をする。だが、もうへこたれない。
「……確かに僕はマッドバーニッシュでした」
リオの発言にわずかながらに動揺が広がる。それを分かったうえでリオは続ける。
「今すぐに信じろ、なんて虫がいい話だと自分でも思います。でも助けたいんです。ここにいる全員を。だから、今だけでいいんです。どうか僕を――信じてくれませんか?」
偽善だと言われようとも、どのように思われようとも構わない。ここにいる全員を助け出せるなら、批判などいくらでも被ってやる。それも全部ひっくるめて救うんだ。確固たる決意を宿した瞳でリオは全員を見つめた。
「……皆さん、この人を信じましょう」
そう言ったのはさきほどリオに声をかけた初老の男性だった。
「ここにいる従業員の命、あなたに託します」
「全員、絶対生きて帰します」
信じてくれた初老の男性に報いるようにリオも力強く答える。あとは非常階段を下っていけば大丈夫のはずだ。しかし、リオが先導して廊下に出た瞬間、その目算は脆くも崩れ去った。
「そんな……」
非常階段に繋がる唯一の非常扉の前が炎に覆われていた。しかも、焼け落ちた天井が幾重にも重なる壁のように行く手を塞いでいた。
(どうする、どうすれば全員助かる? 考えろ、マッドバーニッシュだったらどうやって逃げ道を残す? 考えろ、考えるんだ)
リオは無闇に人を殺さないことを信条にマッドバーニッシュを率いてきたのだ。もし、今マッドバーニッシュだったら、どう逃げ道を残すかを必死に思考する。
(あの扉……)
ふと、リオは非常扉から少し離れた場所に明らかに他とは造りが異なる堅牢な扉を見つける。
「あの扉の部屋ってなにか分かりますか?」
ビルの構造に明るくないリオは初老の男性に尋ねる。
「あそこは貴重な薬品を保管する場所なんですが、あの部屋だけは他の部屋より頑丈に造られていて、扉もある程度の高温までなら耐えられるように設計されています」
朗報だった。退路を断たれてしまった以上、下手に動き回るのはかえって危険だ。ふたりが火災のことをバーニングレスキューに知らせに行ってくれているのを考慮すると、ここは頑丈な部屋で救助を待つほうが賢明だろう。
「あの扉はどうすれば開きますか?」
「それなら私のICカードで」
リオは初老の男性が首から提げているカードに目をやる。火の勢いはどんどん強さを増している。全員を収容するなら悠長にしている時間はない。
「あそこの部屋に避難しましょう。もうすぐバーニングレスキューの応援も来ます。それまでどうか耐えてください」
初老の男性に堅牢な扉を開けてもらい、リオは全員をその部屋の中に避難させる。堅牢な扉は閉じていき火を防ぐ壁となる。
「ふぅ……」
とりあえずの安全を確保できたことでどっと疲れが込み上げてきて、リオは壁にもたれかかる。初めての火災現場での初めての避難誘導だ。精神的にも疲れてくるのは当然だろう。
「あの……」
リオが一息ついていると、控えめな声で女性が話しかけてきた。見覚えがあるなと思ったところで、女性のほうから切り出してきた。
「さきほどは酷いことをして申し訳ありませんでした」
さきほどはと言われたところでリオは思い出した。ガロとピザ屋に向かっている最中に出会った女性だ。白衣を着ていたが、まさかここで働いているとは。
「もう気にしてないですから」
そう言いかけてリオは、はたと気づく。子供がいない。この女性が母親で子供がいるなら、あのときいた子が一緒にいなければおかしいのだ。
「あの、お子さんは一緒じゃ――」
そう訊いた瞬間、女性の顔が一気に崩れて泣き顔に変わっていく。
「あの子がトイレに行ってるときに急に外で爆発が起きて、よく分からないうちにどんどん燃え始めて……」
女性は嗚咽を漏らす。一時的に離れてしまったタイミングで火災が起こってしまったのだ。子供ひとりのうえにこの火災だ。怖くて動けなくなっていてもおかしくない。
「僕が助けに行ってきます」
精神的に疲労困憊している女性に探しに行かせることできない。下手すれば、母子ともに火の海に飲み込まれてしまう恐れもある。
「で、でも、私たちはあなたに……」
女性がなにを言いたいかはリオにも分かった。ショックを受けてないといえば嘘になる。だが、今はやると心に決めたことがある。
「全員助けると誓ったので」
火が渦巻く危険な場所には似合わない笑みをリオは女性に向ける。
「本当に……ありがとうございます。あの、でしたら、このカードを」
女性がICカードを差し出してくる。
「いちおう私にもこの扉を開ける権限があるので、あの子を見つけたらこれで開けてください」
差し出されたICカードを受け取ってリオはそれをしっかりとポケットにしまう。
「助かります。絶対にお子さんと一緒に戻ってきます」
安心させるようにリオは両手で女性の弱々しい手を包み込む。さっそく借りたICカードで扉を開けて廊下に出る。
「うっ……」
熱風が遠慮なくリオの顔に押し寄せる。一瞬怯みそうになる身体に鞭打つ。女性の話では子供はトイレに行ったと言っていた。幸いトイレの案内表示があるため、場所の特定は難しくない。その案内を頼りにリオはできる限り急いで子供のもとを目指す。そうしてトイレに辿り着く。
トイレの中をくまなく探してリオは個室でうずくまっている子供を発見する。
「大丈夫?」
リオの声に反応して子供がおもむろに顔を上げる。目は腫れぼったくなっていて、かなり泣いていたのだろう。
「助けに来た。一緒に逃げよう」
リオはうずくまる子供に手を差し伸べる。
「……なんで、なんで助けるんだよ」
「ん?」
よく分からないことを言う子供にリオは小首を傾げる。
「だ、だって、酷いこと言ったから……」
バーニッシュとして目覚めてから数多くの悲しい目に遭ってきた。きっとこれからも何度も遭うことになるだろう。苦しくなるかもしれない。心が折れることもあるかもしれない。だが、リオは知っている。どれだけ辛くて悲しい目に遭っても心が折れようとも、己の信念を貫き通した男がいることを。あの男なら決して諦めない。そして、きっとこう言うはずだ。
「――決まってるだろ、それがバーニングレスキューだ」
リオは子供の手を取って抱きかかえる。この場所も限界に近い。
「絶対に助けるから」
リオは子供の目を真っ直ぐに見て言う。リオの力強い言葉に子供はゆっくりとうなずいた。
廊下に出てリオは脇目も振らず、全員を避難させている部屋を目指す――だがそのとき。部屋の目前にして、火に耐えきれなくなった廊下の天井が崩れてきた。この狭い廊下で身を隠せる場所などない。それでもリオは諦めない。
(絶対に死なせるものかっ!)
リオは子供を庇うように全身で覆い被さる。
凄まじい破壊音を伴って天井はリオに迫る。迫る。迫る――。
「ボスぅううううううううううう!!!!!」
リオの真横の壁を突き破って、二機の黄色い機体――レスキューギアが迫り来る天井を押し止めた。
「助けに来たぜ! ボス」
「間に合って良かった」
レスキューギアのガラス部分から見えるのは顔馴染みのふたり。ゲーラとメイスだ。
「お前たち……」
「なにらしくない顔してんすか、ボス」
「俺たちはレスキュー"隊"なんですよ」
ずっとひとりで避難誘導をしていた火災現場。突き破られた壁の向こうに見えるのはバーニングレスキューの面々だ。
『レミーは消化を優先。バリスは要救護者の救出』
『『了解!』』
『ルチア、他に要救護者はいるか?』
『このビルにはもういないみたいだね。誰かさんが一カ所に避難させてくれたおかげだね』
『こちらアイナ。こちらの要救護者の避難完了しました。ガロと応援に向かいます』
『了解、ルチア、アイナ』
連携の取れた動きで火災現場は瞬く間に彼らの領域となる。
「さあ、ボスも一緒に避難してください」
「でも、お前たちを置いて先に避難なんて……」
「なに言ってんすかボス。マッドバーニッシュは人を殺さない、そいつをしっかりと守ってやってください!」
「だから、ここは俺たちに任せて早く!」
ずっと心のどこかで自分がどうにかしないといけないと思っていた。己が撒いたバーニッシュの偏見と犯した罪の贖罪。だが違っていた。目を向ければ、今も昔もずっとこんなにも近くにいたじゃないか。頼れる仲間たちが。自分たちを温かく迎え入れてくれた新しい仲間たちが。だからこそ、リオは目尻の涙を拭って答える。バーニングレスキューの一員として。
「……ああ、そうだな!」
子供をしっかりと抱きかかえてリオはバリスのもとを目指す。
「リオ! こっちだ!」
リオは懸命に走ってバリスの救助用コンテナに乗り込む。
「お母さんっ!」
コンテナに入るや否や、子供が母親の胸に飛び込んだ。
「本当に……本当に……ありがとうございます」
大粒を涙を零しながら子供の母親は何度もリオに頭を下げる。
「僕だけの力じゃないです。ここにいる、頼れる仲間たちのおかげです」
穏やかに笑って、リオはそう答えた。
▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
プロメポリスの要復興地域で起きた大火災はバーニングレスキューの活躍によって全て消火された。大火災にもかかわらず、レスキュー隊、一般人ともに死者数ゼロはこれ以上にない大手柄だった。
「ゲーラ、メイス」
完全鎮火に要救護者の安全の確保を完了しバーニングレスキューの役目を全うしたあと、イグニスはゲーラ、メイス、リオの三人を自身の目の前に立たせていた。
「よく伝えに戻ってきてくれた。火災現場でのサポートも初陣にして上出来だった」
怒られるのかと思っていたふたりはほっとしたように安堵したあと、心配そうな目をリオに向けた。ゲーラとメイスは、いちおうは伝えに本部に戻ってからの出動のため大丈夫だったが、リオはそうではない。不可抗力とはいえ、独断専行で火災現場に向かってしまった。リオ自身、それは覚悟していた。
「火災現場での独断専行は余計な混乱や被害を招きかねない。レスキュー隊員として許されるべき行為ではない――が」
そこでイグニスはいったん言葉を切る。
「見事な避難誘導だった。リオのおかげで消火に専念できた。というわけで、今回はお咎めなし。だが、今回だけだからな。次はないぞ」
イグニスは大きな手のひらで三人の頭を撫でたあと、レスキュー車に戻っていく。撫でるときの目が少しだけ笑っていたような気がした。
「……褒められた」
「褒められたな」
「褒められましたね」
初めての感覚に三人は一瞬ポカンとしたあと笑い合った。
「ボス。俺たちずっとボスに言われたことを考えてたんだ」
「自分たちになにができるか。今日、それが見つかったような気がします」
「僕もだよ」
憑き物が落ちたような気分だった。
「みんなー、帰るよー」
レスキュー車の前でアイナが三人を呼んだ。そこにはアイナだけでなく、バーニングレスキューの全員が三人を待っていた。
「行こう、お前たち」
三人はレスキュー車に向かって歩き出す。ゲーラ、メイスが乗り込んだあと、リオが乗り込もうとしたとき、ガロがリオを呼び止めた。
「なんだ? ガロ」
「こいつがリオに言いたいことがあるみてぇだからな」
そう言ってガロは背後にいた子供をリオの前に移動させる。
火災現場でリオが身を賭してでも護ろうとした子供だ。リオを目の前にして子供はしばらくモジモジしたあと、躊躇いがちに口を開いた。
「……あのときは酷いこと言ってごめんなさい。た、助けてくれて……ありがとう」
それだけ言うと子供は母親のもとに駆け出していく。子供の口調にもうバーニッシュを憎むような感情は少しも感じられなかった。
面食らっているリオにガロは口許に笑みを浮かべながら言う。
「できたみたいだな、リオはリオらしく」
ガロが拳を突き出す。
「ああ」
もう言葉はいらない。バーニングレスキューは
互いに笑ったあと、ふたりの火消しはバチンと拳を合わせた。
「乗らないとふたりとも置いてくよー」
アイナに急かされて、ガロとリオはレスキュー車に乗り込んだ。
「さすがにこの人数で乗るのはまずかったんじゃねぇか」
「じゃあ誰か降りるか?」
「なんで俺を見んだよ!」
「にしてもさぁ、リオも結構ガロに似てるところあるよね」
「独断専行するところとかね」
「「ボスは馬鹿じゃねぇえええ!!」」
「だから誰が馬鹿だよ!」
「ちょっとガロ! 暴れないでよ」
「落ち着きなってぇー」
「こら、お前ら。騒ぐなら全員置いてくぞ」
賑やかな笑い声が響くレスキュー車。
プロメポリスの復興の兆しは着実に見え始めていた。