キャスターが最強のSHINOBIを召喚したそうです   作:ざるそば@きよし

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キャスターは新たな手駒が欲しいようです ②

 ふわりとキャスターの身体が浮かび上がった。重力に逆らうように徐々に高度を上げていくと、五メートルほどの高さで停止する。

 続いて周囲の空間が歪曲したかと思うと、禍々しい色の球体がいくつも姿を現した。

 

「……まずい!」

 

 危険を察知した士郎が慌てて後ろに飛び退く。予想通り、一瞬前まで立っていた場所からは凄まじい炸裂音が鳴り響き、石畳には円形状のクレーターがぽっかりと穿たれていた。

 

 嘘だろ!?――冗談みたいな火力に背筋が凍る。もし今の攻撃が当たっていたら、確実に身体が吹き飛んでいた。

 

 慌てふためく士郎を前にキャスターがくすくす笑みを浮かべる。「あら、よくかわしたわね。でも次はどうかしら?」

 

 言葉通りに第二、第三の弾丸が自分に向かって飛んで来る。人体など容易に消し飛ばしてしまう代物が、束になって襲ってくる。

 

 大急ぎで境内を走り出す士郎――狙いを絞られないよう蛇行気味に走りながら、出口である山門の方を目指していく。

 

 走っている間も背後から爆発音が次々と耳をつんざき、砕けた破片が身体に当たる。少しでも足を止めれば、砕けるのが石畳ではなく自分の身体になるのだと思い知らされる。

 

 何度も何度も境内を迂回しながら、山門まであと十歩という所まで近づいく。ここを潜れば、あとは階段を下りて街まで逃げおおせるだけだ。

 そう思った矢先、前方の石畳を弾丸が次々と貫き、凄まじい土煙が眼前で巻き上がった。

 

 爆風の壁――破片と煙で視界を塞ぎつつ、こちらの前進を防ぐ目論見。

 振り返れば、既に背後から二発の弾丸が迫って来ている。当たればもちろん命はない。

 

 どうする。進路も退路も塞がれた。残った時間はいくらもない。このまま立ち止まっていれば、待っているのは死だけだ。

 

 いいやそれはだめだ――心の内にある何かが、その結末を否定する。

 

 自分にはまだセイバーが、遠坂が、桜が居る。そして何より、まだ“正義の味方”という自身の夢を追いきれていない。

 だからまだ死ぬわけにはいかない。考えろ。この状況を打開する手段を考え、今すぐここで実行するのだ。

 

「……同調、開始!!」

 

 そして咄嗟に思いついた一手――魔力を使った自身の強化。

 少しでもコントロールが狂えば脚を丸ごと失いかねない荒業中の荒業。恐怖と不安に駆られながら、全神経を両足に集中させていく。

 

「構成材質……補強……!」

 

 半ば祈りながら呪文を呟き、全速力で魔力を通す。万が一ここでしくじれば、もはや打つ手は残されていない。

 生成された青緑色の燐光が徐々に両足を包み込む。魔性の力が筋繊維に活力を送り込み、その働きを増強させる。

 その間にも弾丸はどんどん距離を詰めている。士郎の肉体が砕けるまで残り一秒もない。

 

 ついに弾丸があと数センチの所まで迫る――そこまで来た時、士郎の身体が、煙のようにいきなり消えた。

 

「な!?」

 

 突然の事態にキャスターの笑みが驚きに変わった。まるで信じられないと言わんばかりに慌てて周囲を見回す。

 本殿、倉庫、別宅と、身を潜められそうな場所に次々と視界を巡らせていく。

 しかし士郎の姿はどこにも見えず――どこに隠れているのか皆目分からず。

 

「……いいわ。それなら自分から出たくなるようにしてあげる」

 

 苛立ったキャスターが境内の中央へと移動する。続いて魔力弾を大量に生成すると、眼下の大地に向かってそれらを無差別に放射し始めた。

 

 鳴り響く轟音、爆音、破砕音――爆弾そっくりの威力を持った魔力弾が建物や境内を次々に破壊し、周囲を瓦礫の山へと変えていく。

 

 最初の爆撃によって厳かな造りだった寺の屋根が半分に砕け、屋根瓦と一緒に吹っ飛んだ。

 続けて雅な風景を形作っていた本殿が、爆風の煽りを受けてズタズタに壊れる。

 最後に直撃を受けた仏像が、戦争では人はこうやって死ぬのだとばかりに五体を散らせて塵となる。

 

 そうしてたっぷりと蹂躙された寺院――美しかった木造の建物はほとんどが木片の山となり、境内の石畳はすっかり剥がれて下の地面が露出している。

 しかしそれでもなお士郎の姿は見つからない。まるで本当に消えてしまったかのように、影も形も見当たらなかった。

 

 しばらく上空から辺りの様子を眺めていたキャスターが高度を下げた。朦々と舞い上がる土煙で、空からでは何も見えないせいだ。

 

 重力や慣性など一切感じさせないゆったりとした着地――睨みつけるような視線で周囲を探し回る。

 不意に横合いから何かが動いた。杖の先端を向けながらキャスターが素早く振り返る。

 

 視線の先は誰もいない瓦礫の山だった。重なり合った寺院の残骸が、バランスを崩して音を立てただけだった。

 敵ではないと分かった事でキャスターが杖を下ろし、安堵の息と共に僅かに警戒を緩ませる。

 そしてそれを待っていたかのように、彼女の背後にあった残骸の影から、猛烈な勢いで何かがぶつかってきた。

 

 ドカン!という凄まじい音と共に女の身体が突き飛ばされ、壁や柱で形成された廃材の山へと突っ込んでいく。

 

 速度に物を言わせた、士郎渾身のショルダータックル――宙に浮かぶキャスターの視界を逃れるべく、寺の床下に身を潜ませながら、ずっと反撃の機会を窺っていた。

 

 キャスターが突っ込んだ事で山が崩れ、残骸が敵の身体を押し潰す。サーヴァント故に死にはしないだろうが、しばらく身動きが取れないだろう。

 

「よし……今なら……」

 

 強烈な一撃を見舞った所で、改めて士郎が山門に向かって歩いていく。

 ふらふらと覚束ない足取り――敵に打撃を与えたものの、空爆の中ずっと建物の下に隠れていたせいで破片を幾つも浴び、全身傷だらけに。もはや身体が動くだけでも奇跡と言える状態。

 よろめきながらも段々と出口へ近づいていく。今度こそ完全な脱出を試みる。

 だが、それは甘い計算だった。

 

「う、うわッ!?」

 

 踏み出した彼の足下に突然、細い何かが絡みついた。まるで誰かにいきなり足を引っ張られたような感覚だ。

 バランスを崩して前のめりに倒れ込む。異変が起きた足下を見ると、ここに来た時と同じように、青く光る糸が巻き付けられていた。

 

 同時に背後から声。怒りが滲んだ女のもの。「……惜しかったわね。あともう少しで逃げられたのに」

 

 廃墟の中からキャスターがゆっくりと歩み寄る――破片を被って出来た傷や汚れを魔術で修復しながら、こちらに向かって悠然と近づいて来る。

 

 すぐさま起き上がろうとする士郎。しかしそれを封じるように両足に続いて両手も糸によって巻き取られてしまう。

 地面を這いずる彼の前に、とうとうキャスターが辿り着く。そして足下に転がった少年の脇腹を、そのまま思い切り蹴り上げた。

 

「ぐあッ!?」

 

 ぐぐもった悲鳴。防ごうにも肝心の手足を封じられているため、不格好に体を折り曲げる事しかできず。

 その間にも何度も何度も蹴りを見舞うキャスター。無抵抗のまま転がる士郎を徹底的にいたぶっていく。

 勢いの乗った女の爪先が少年の脇腹を蹴り上げ、肋骨に衝撃を響かせた。もはやそれだけで殺さんばかりの勢い。

 

 腹筋に力を入れる事で何とか痛みに耐える士郎。だがそれでも度重なる暴力の前には徐々に意識が遠のいていく。

 すっかり息が上がってしまう程の蹴りを見舞った所で、ようやくキャスターの足が引っ込んだ。そして代わりに左手で糸を操ると、士郎の身体を無理矢理立たせた。

 

「……さて。散々手こずらせてくれたけれど、言い残す事はあるかしら?」冷え切った声。容赦など微塵も感じさせない殺意の口調。

 

 何度も咳込みながら士郎が吼えた。「……悪いが、お前と話すことは何もない」

 

 本当は罵声の一つでも吐きかけてやりたい気分だったが、腹に食らった度重なる暴行によって、今は声を出すだけで精一杯となっていた。

 

「そう。それじゃ最後もたっぷり苦しんで、私を楽しませて頂戴」

 

 冷徹な宣告と共にトドメとばかりにキャスターが士郎に向かって右手の杖をかざす。

 すると突然、上空から銀色の閃光が幾重にも降り注ぎ、二人が立っている場所を凄まじい勢いで貫いたのだった。

 

 ◇

 

「……貴様、どういうつもりだ?」

 

 セイバーは困惑した。先に尋ねたのは自分の方だったが、まさかクラスだけでなく真名まで告げられるとは思わなかったからだ。

 高名な英雄であればあるほど、その逸話の中には己にとっての弱点や対処法が含まれている場合が多い。だからこそ、サーヴァントとなった者は自らの名前や経歴を隠匿し、互いにクラス名で呼び合うのが定石なのだ。

 

 だがこの男は違った。そんなことなど関係無いとばかりに堂々と名乗りを上げたのだ。

 どういう意図でそうしたのかは分からないが、自らの腕前に絶対の自信を持っているという事だけはすぐに察する事が出来た。

 

「どうした。折角答えてやったんだ。お前もクラスぐらいは名乗ったらどうだ?」

 

 相手が真名まで口にした以上、こちらも相応に名乗り返さなければならない。それが自分の有利を捨てる行為であると分かっていても、騎士としての誇りと矜持が、セイバーにそれを強いていた。

 

「……これは失礼した。我が名はアルトリア・ペンドラゴン。ブリテン国の王にして、セイバーのクラスを預かる者だ」

 

「セイバーか」にやり、とアサシンが口端を歪める。その表情はいかにも楽しげだ。「三騎士とやり合うのはお前で二人目だ。槍の小僧はまあまあだったが、果たしてお前はどうかな?」

 

 挑戦的な言葉を放たれると同時に、彼の背後から凄まじい爆発音が鳴り響いた。

 巨大な衝撃が大地を揺るがし、爆風が周囲の木の葉を吹き揺らす。それは明らかにサーヴァントの戦闘によるものだった。

 

「上は上で面白い事になっているな」

 

 主人(マスター)の事が心配ではないのか、まるで他人事のようにアサシンが言い放つ。

 だがセイバーにとってはもはや気が気ではなかった。

 

「……悪いがこちらは先を急いでいる。早々に決着をつけさせて貰うぞ。アサシン!」

 

 言うや否や、疾風のように走り出したセイバーがアサシンに向かって一気に距離を詰めた。

 右手で振りかぶった素速い何か――宝具(風王結界)によって不可視となった愛用の長剣。

 それを袈裟懸けの軌道でアサシンへと繰り出す。当たれば間違いなく真っ二つになりうる一撃。

 見えない剣筋が男に迫る。だがそれは目標を両断する遙か手前で、唐突に止まった。

 

「ッ!?」

 

 いつの間にかアサシンの右手に握られているもの――瓢箪型の大きな団扇。

 襲いかかる剣をそれで防いだのだと遅れて知った。

 続いて自分の顔めがけて長い何かが飛んで来る。反撃の回し蹴り。

 咄嗟に首を振って回避――男の爪先がセイバーの顔面をかすめていく。

 

 体勢を戻す勢いを利用してもう一度右から剣を振るう。しかしそれも僅かに下がる事であっさりと躱された。

 更に続く一撃を出そうとしたところで、アサシンが手に持っていた大団扇を、セイバーに向かって思い切り扇いだ。

 前方から凄まじい暴風が吹き荒れ、少女の身体が夜の空へと吹き飛ばされる。

 

 最初は煽られるまま宙を漂うセイバーだったが、やがて空中でうまく姿勢を整えると、そのまま最初に立っていた踊り場の石畳に着地した。

 

 間違いない。敵はこちらの武器がはっきりと見えている。

 

 いくら勇猛果敢な英雄でも、間合いも形状も分からない武器を前にして余裕を保てる訳がない。

 にも関わらず、彼はまるでこちらの得物が何なのか分かっているかのように攻撃を防ぎ、最小限の動きで剣をかわした。

 だとしたら可能性はただ一つ――敵には宝具を無効化する何かがあるという事だ。

 

「生憎と俺にその手の小細工は通用しない。ここを通りたいのなら、本気を出す事だな」

 

 彼女の推測を証明するかのようにアサシンがそう告げると、余裕たっぷりに大団扇を構える。

 

 この戦い、すぐには終わりそうにない。

 セイバーは剣を構え直すと、改めて目の前の強敵を見据えた。

 

 ◇

 

 キャスターと士郎の間に降り注いだのは、数える事すら億劫になる程の大量の矢だった。

 それもただの矢ではない。一本一本が強力な魔力を帯びた、文字通り、魔性の矢だ。

 こんなものを何本も放つことが出来る者など、この聖杯戦争においては一人しか存在しない。

 

「――とっくに死んだものと思っていたが、存外に粘ったな。小僧」

 

 半壊した寺院の屋根から若い男の声が聞こえた。赤い外套と黒い鎧。そして右手に構えた黒い洋弓。それが男の正体をはっきりと表していた。

 

「お前は、アーチャー!!」

 

「アーチャーですって!?」予想外の乱入者にキャスターが驚きの声を上げる。「どうしてあなたがここに!? アサシンは一体なにをしているの!!」

 

「アサシンなら下でセイバーの相手をしている最中だ。あの男、何者かは知らないが、セイバーを押し留めるだけの実力はあるらしい。随分と頼もしい味方を引き入れたものじゃないか。キャスター?」

 

 セイバーがここに?

 アーチャーはいま確かにこう言った。『アサシンはセイバーの相手をしている所だ』と。

 つまりそれは、自分が捕まった事を知った彼女がすぐそこまで助けに来ているということだ。

 助かるかもしれない――士郎はこの厳しい状況の中に僅かな希望を見出した。

 

「味方? あれはただの手駒よ。それに貴方を止められないようでは、役立たずもいいところだわ」

 

 一方、アーチャーの放つ皮肉をさもおかしいとばかりにキャスターが鼻で笑う。

 

「“手駒”だと?」

 

 その言葉を聞いたアーチャーが僅かに眉根を寄せ、ついで怒りの表情へと変わった。

 

「まさか貴様、ルールを破ったのか!」

 

「あら? 魔術師である私がサーヴァントを呼び出して、何の不都合があるのかしら?」

 

「ルール……? 一体どういうことだ?」

 

 と、二人の話についていけない士郎が口を挟んだ。

 

「どうもこうもない。この女は、サーヴァントの身でありながら自らサーヴァントを呼び出したという事だ」

 

 彼の質問に答えたアーチャーが、鋭い視線でキャスターを睨む。

 

「真っ当なマスターに呼び出されなかったあの門番(アサシン)は、おそらく本来のアサシンではない。手駒となるサーヴァントを召喚して守りを固め、自分は安全な場所から魔力と情報を集める……なるほど盤石の布陣だな。しかしキャスター、それは君の独断ではないのかね?」

 

「一体何を根拠があってそんな事を?」

 

「いくら契約したサーヴァントとは言え、自分よりも格上の魔術師を自由にさせておくとは考えづらい。普通の魔術師なら、魔力供給を制限したり、令呪で命令を守らせたりするのがセオリーだ。だというのに、君は自分だけのサーヴァントを召喚し、更には他のサーヴァントまで奪い取ろうとしている。そんなことを許す時点で、マスターはとっくに操られているだろうと見当はつくさ」

 

「私が手を尽くしているのは、単に今後を考えての事よ。聖杯戦争に勝つのは、あくまで過程に過ぎないわ」

 

「ほう? 我々を倒す事など容易いと?」強気な彼女の物言いを、今度はアーチャーが鼻で笑った。「逃げ回るだけが取り柄の魔女が、随分と吠えるじゃないか」

 

 “魔女”という言葉を聞いた途端、キャスターの視線が急に鋭くなった。先ほど以上の強い殺意が、瞳の中に渦巻いていく。

 

「……ええ。ここでなら、私にかすり傷一つ負わせることはできない。私を魔女と呼んだ事、後悔させてあげるわ」

 

「かすり傷一つ、と言ったな」

 

 女の殺意に触発されたのか、アーチャーの双眸にも闘志が漲る。

 

「では一撃だけ。それで無理なら、後はセイバーに任せよう」

 

 瞬間、アーチャーが走り出したかと思うと、虚空から取り出した二本の短剣でキャスターの身体を切り裂いた。

 黒白の刃に両断された女の肉体が、どさりと大地へくずおれる。

 

「…………」

 

 倒れた敵の死体をじっと見つめるアーチャー。しかしその表情は納得とはほど遠い。むしろ仕損じたと言わんばかりの顔だ。

 そしてそれを肯定するかのように、倒れたキャスターの身体が幻のように揺らぐと、そのまま夜闇の中に溶けて消えた。

 

「残念ね。アーチャー」

 

 上空から声が聞こえた。それはたった今アーチャーが倒した女のものだった。

 声につられた士郎が上を見る。するとそこには、斬り捨てられた事など最初からなかったように悠然と佇むキャスターの姿があった。

 

「空間転移か固有時制御か……いずれにしろ、ここでなら魔法の真似事も可能という事か。いや見直したよキャスター。流石に大口を叩くだけのことはある」

 

「私は見損なったわアーチャー。使えるかと思って試してみたけれど、これではあの男(アサシン)以下ね」

 

 皮肉を混ぜたキャスターの言葉と共に魔力の塊が再び周囲に出現し、アーチャーに向かって一斉に狙いを定める。

 

「耳が痛いな。二度目があるなら、もう少し気を利かせるとしよう」

 

 彼がそう答えた直後、士郎が受けた時以上の凄まじい爆発が、アーチャーの立っていた場所で巻き起こった。

 

「チッ……!! 女狐め、余程魔力を貯め込んだな!」

 

 横っ飛びで初撃をかわしたアーチャーの舌打ち――予想をはるかに上回る敵の火力に眉を顰めながらも、素速い身のこなしで続く攻撃を次々と避けていく。

 回避、爆発、回避、爆発、爆発、爆発、爆発――士郎が味わった攻撃が空爆ならば、今度の攻撃はさながら艦砲射撃だ。動くもの全てを爆撃と炎で薙ぎ払い、ただただ敵を殲滅する攻撃。

 空爆によって半壊していた境内がさらに無惨な姿になる。もはや元の施設が何だったかすら分からない程に破壊されていく。

 

「逃げられると思って?」

 

 アーチャーに向かって怒濤の砲撃を放っていたキャスターだったが、不意にその視線が士郎の方にも向けられた。

 

「……やっべ!!」

 

 自分もしっかり標的に数えられている事を悟った士郎ーー腹部の痛みも忘れてその場を急いで離脱する。

 境内を再び走り出した次の瞬間、目も眩むような大爆発が彼のすぐそばで巻き起こった。

 

 爆風に煽られて背中が浮き上がり、瓦礫だらけの地面を転がる。もう何度目とも知れない転倒に、いい加減にしろという気持ちすら湧いてくる。

 それでもどうにか痛みを堪えて起き上がると、今度は誰かに思い切り身体を掴まれた。

 驚きと共に脇を見やると、そこには呆れと怒りをない交ぜにした顔のアーチャーが居た。

 

「な、離せこの馬鹿!!」

 

 お荷物扱いされるだけでも屈辱だったが、それがこの男だという事実が士郎の怒りに拍車をかけた。

 

「やかましい! 戦場のど真ん中で傍観を決め込む奴が居るか。この間抜け!」

 

 アーチャーの鋭い一喝――さっきまで棒立ちだった士郎への罵倒。

 痛いところを突かれた士郎が思わず呻く。未だに戦いの心構えが足りないのだと思い知らされる。

 言い合っている間も上空からの砲撃は続いている――徐々に回避出来る場所が少なくなっていく。

 ふと、視界の端に山門を見つけた士郎が言った。

 

「いい加減離せ! これくらい一人で何とかする!」

 

 何の根拠もない強がりだったが、それでもこの気に食わない男にお荷物扱いされ続けるよりかはマシだった。

 

「そうか」

 

 彼の言葉に頷いたアーチャーが士郎の身体を手から離すと、そのまま出口の方に向かって思い切り蹴り飛ばした。

 壊れきった境内の床を士郎の身体が再び転がる。更に打ち身と擦り傷が身体中に出来上がる。

 

「くそ……あの野郎……!!」

 

 放出と呼ぶにはあまりにも雑過ぎるそれに文句を言おうとした士郎が起き上がってアーチャーの方を向く。

 するとその上空には、今までの攻撃など比較にならないレベルの魔力を収束させたキャスターが居た。

 

「これで終わりよアーチャー。どこの英雄だったかは知らないけれど、そこの坊や共々、塵一つ残さず消滅させてあげる」

 

 死刑宣告と共に極大の魔力が放たれる――真昼のような死の光が、士郎とアーチャーを包み込む。

 これは流石に無理だ。

 今なら分かる。さっきまで自分が生きていたのは敵が手加減していたからだ。令呪を奪うために最低限の肉体は残しておく必要があったからだ。

 だが今となっては違う。完全に消し去ると決意したサーヴァントの前には、自分のちっぽけな力など何の役にも立ちはしない。

 ただこうして最後の時を待つばかりだ。

 英霊が持つ圧倒的な力の差に死を覚悟した士郎だったが、同じ運命を辿る事になった眼前の男が何かを呟くのが聞こえた。

 

「――I am the bone of my sword……」

 

 意味不明な呪文。どういう意味があるのかはまるで分からなかったが、それが彼にって重要な言葉であるという事はすぐに理解できた。

 そして次の瞬間、二人の目の前に巨大な何かが姿を現した。

 

熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!!!」

 

 眩い光と共に現出した桃色の花弁――破滅の光を阻む七枚の盾。

 それらは互いの力を削り合うと、虚無を残して消えていく。

 そして全ての花弁が消滅すると同時に、キャスターの放った砲撃魔術もまた、その力を使い果たしていた。

 

「そんな……弓兵が盾ですって!?」

 

 衝撃の事実に瞠目するキャスター。無理もない。いくら戦闘に優れた三騎士クラスとは言え、まさか弓兵(アーチャー)の彼が盾の宝具を持っているなどと、誰が予想するだろうか?

 加えてそれは、見知らぬ相手が持っている筈のない物なのだから。

 

「それにアイアスの盾だなんて……そんな事あるわけが……!!!」

 

 そこへ更なる衝撃。

 いつの間にか投げられていたアーチャーの短刀がキャスターの左右から襲いかかり、その身体に深々と突き刺さった。

 刃を生やした女が苦悶の声を上げながら、重力に引かれて落下していく。

 己の有利を信じ切った者による、これ以上ない敗北だった。

 

 ◇

 

 山門下で繰り広げられる戦い――静かなる激闘。

 幾度となく繰り返される剣戟、格闘、読み合いの数々。しかしその全てにおいてセイバーが敵を突破する事は叶わず。山門に上がることが出来ず。

 

「いい加減、宝具の一つでも出したらどうだ?」

 

 セイバーが放つ暴風のような攻撃をつまらなそうに捌きながらアサシンが言った。まるで退屈だと言わんばかりの口調だ。

 襲いかかる見えない剣を、盾代わりの団扇が受け止める。刃よりも更に近い距離に身体を近づけていく。

 そして襲いかかる手足――変幻自在な軌道で飛んでくる格闘。

 守りのために振るった刃をあっさり抜けてセイバーの顔に、手足に、腹部に適切な打撃を与えてくる。

 あまりにも鮮やかな手並みに、腹立たしさより先に感心すら覚える――実に厄介で面倒極まりない相手。

 

「く……」

 

 どうしようもないジリ貧の状況に、思わずセイバーが歯噛みする。

 

 確かに宝具を使えばこの男は倒せるかもしれない。だがその後、疲弊しきった自分が無事に士郎を助けられるという保証はどこにもない。

 それにもし、ここで自分が宝具を放てば、上階に居るであろう士郎にも大きな被害が出てしまう。

 出したくても出せない。出したら全てが終わるかもしれないという微妙な状況に、彼女はどうしていいか分からなくなっていた。

 

「後ろが気になって出せないのか」そんなセイバーの苦悩を見透かしたようにアサシンが言う。「ならば出したくなるようにしてやろう」

 

 途端、彼の身体を青い燐光が包み込む――光の中から巨大な右腕が姿を現す。

 そして手に持った数珠繋がりの何かを振りかぶると、それをセイバーに向かって勢いよく投げつけた。

 

 凄まじい速度で飛来した物体――とてつもない規模の魔力の塊。

 宝具にも匹敵する魔力量の攻撃を、まるで挨拶でもするような気軽さで飛ばしてきた。

 狭い階段では回避が出来ず、咄嗟に剣で弾いて軌道を逸らす。明後日の方向に飛んでいったそれは階段脇の木々をなぎ倒すと、地響きと共に緑を滅茶苦茶に破壊した。

 

 ここに来て敵の新たな攻撃――遠中距離は危険だと思い知らされる。

 そうしている間にも再びアサシンが右手を振るう。新たな塊を投げつけてくる。

 

 今度は防御ではなく回避を選んだ。

 

 魔力放出を使った一点突破。自身の魔力を燃料にした高速移動によって一気に距離を詰めていく。

 投擲された塊の脇を強引にすり抜け、速度任せの突きを見舞う。

 

 硬質な音色――右手の他に現れた巨大な肋骨が、長剣の切っ先を押し留めている。

 続いて衝撃――いつの間にか現れた青い光の左腕が、横合いからセイバーを思い切り殴りつけた。

 叩きつけられ、階段を転がり落ちるセイバー。頭に受けた衝撃でふらつきながらもどうにか起き上がる。

 

 この敵は全ての距離において隙がない。おまけに防御も堅牢で、生半可な攻撃では全く歯が立たないと来ている。

 

 だとしたら、もう打つ手は宝具しかない。

 

 覚悟を決めたセイバーが再び剣を構えた。全神経を次の一撃へと集中させていく。

 アサシンが再び魔力の塊を投げつけた。今度は右手一本だけでなく左手も使った同時攻撃で、セイバーの逃げ道を塞ぎにかかる。

 

 彼女の判断は早かった。僅かに早く飛んできた右側の攻撃を剣をぶつけて横にずらすと、生まれた隙間に自分の身体を潜り込ませる。

 

 再び魔力での高速移動――数秒とたたずに敵が目の前まで迫ってくる。

攻撃の間合いに入るまでもうすぐだ。

 とは言え、今のままでは敵に被害は与えられない。単純な斬撃では敵の防御を突破できない。

 向こうもきっとそう思っているだろう――だからこそ、この宝具は有効なのだ。

 

 接近したセイバーに向かって青い両手が伸びて来る。再び追い返そうと拳が迫る。

 不意に訪れた直感――噴射する方向を強引に変え、敵の右側面へと回り込む。

 敵は顔の右側を前髪で隠していた。この状態では、顔全体を右側に向けなければこちらは見えない。

 

 予想通り、一瞬だけ敵の反応が遅れる。攻撃を打ち込むだけの隙が生まれる。

 

風王(ストライク)――」

 

 解き放つべき宝具の名前を口にする――刃に纏っていた大気が解放され、烈風となって吹き荒れる。

 後はそれを敵に向かってぶつけるだけだ。

 

「――鉄槌(エア)ッ!!」

 

 そうしてセイバーが剣を振るうと同時に膨大な大気が二人の目の前に現出し、アサシンの身体を青い光もろとも山門の上空に向かって思い切り吹き飛ばしたのだった。

 

 ◇

 

「ア、アーチャー……な、なぜ……とどめを刺さないのです……」

 

 血塗れ姿で這い蹲るキャスターが疑問の声を上げた。先ほどの士郎と立場を入れ替えたかのような姿は、勝ち誇っていた数分前に比べれば、哀れに思えるほどのみすぼらしさだ。

 息の根を止めるならば今しかない。

 敵を倒す絶好の機会にも関わらず、つまらなそうな顔を浮かべたままのアーチャーが言った。

 

「試すのは一撃だけと言ったからな。今のは身を守るために応戦したに過ぎない。とどめを刺すつもりなど、最初からないさ」

 

「お、おい!」

 

 さすがの士郎も非難の声を上げる。敵に致命傷を与えておいてわざわざ見逃すなど、普通に考えればあり得ない選択だった。

 彼の発言にしばらく呆気にとられていたキャスターだったが、魔術で身体の傷を修復すると立ち上がり、面白いとばかりに言い放った。

 

「あっはっは! そう。ならあなた達は似た者同士という事ね」

 

「「は?」」

 

 あまりに突拍子もない発言に、アーチャーと士郎が同時に聞き返す。

 その反応を良しとしたのか、キャスターは言葉を続けた。

 

「だってそうでしょう? そこの坊やは無関係な犠牲が許せない。そしてあなたは無用な殺しはしない。ほら、全く同じではなくて?」

 

「だれがこんな奴と!」

 

「同感だ。平和主義者なのは認めるが、根本が大きく異なる。こんな常識知らずの馬鹿と一緒にされるのは心外だ」

 

「誰が馬鹿だ! お前こそ、バーサーカーと戦った時はセイバーごと攻撃したじゃないか!」

 

「あの時はまだ共闘関係ではなかった。その理屈ならバーサーカーも守る対象になってしまうが?」

 

「……ッ!!」

 

 アーチャーの言葉に完膚なきまでに言い負かされ、言葉を失った士郎が苦々しい表情を浮かべる。

 するとキャスターが意外な言葉を放った。

 

「気に入ったわ。貴方達はその力もあり方も希少よ。私と手を組みなさいな。悪いようにはしないわ」

 

 それは共闘の申し出だった。二人と手を組み、他のマスターやサーヴァントを倒そうという話だ。

 

 自分を強引に連れ去っておいて、何を今さら都合のいい事を言っているのだろう?

 女の勝手極まりない振る舞いに、士郎の胸の中で怒りの炎が燃え広がっていく。

 それは次第に大きくなっていき、やがて声となって表れた。

 

「断る! 俺はお前のような、他人を平気で犠牲にするような奴とは手を組めない!」

 

 威勢の良い言葉で啖呵を切ると、彼は続いてアーチャーを見やる。

 彼のマスターである遠坂凛は、自分と同盟を組んでいる。自分が敵の協力を拒否したのなら、当然彼もそれに追従するはずだ。

 

「…………」

 

 だと言うのに、当の彼は一向に言葉を発する事もなく、ただじっと静かに考え込んでいた。

 

「おいアーチャー、お前もなんとか言えよ!」

 

 痺れを切らした士郎が回答をせっつく。

 彼の横槍を見たアーチャーは面倒そうな顔を浮かべたが、やがてため息を付くと口を開いた。

 

「……一つ質問したい。君は何故それほどまでに戦力を求める?」

 

 不思議なことに彼が発したのは答えではなく問いだった。

 

「アサシンは間違いなく強力なサーヴァントだ。効率よく運用すれば、あのバーサーカーとも互角に渡り合えるかもしれない。だというのに、君はどうして今以上の戦力を欲する?」

 

「言ったでしょう。私は勝った後の事を考えていると」

 

 鷹揚な口調でキャスターは言った。まるで言い含めるような言い草だ。

 

「聖杯を手にした事を他の魔術師や教会の連中が知れば、それを奪うために手段を選ばず襲って来るでしょう。彼らに遅れを取るつもりはないけれど、万一の事を考えれば、味方は多い方がいいとは思わなくて?」

 

「確かに一理ある。だが君が素直に報酬を山分けするような人間には思えないな」

 

「それは相手次第ね。あなたたちがきちんと仕事をこなす有能な人間なら、十分考慮に値すると思っているわ」

 

「………」

 

 彼女の言葉にアーチャーは再び沈黙した。両目を閉じ、腕を組んだその仕草は、今後の状況を思い悩んでいるようにも見える。

 流石の事態に士郎も声を荒げた。

 

「おいアーチャー! お前まさか、遠坂を裏切るつもりじゃないだろうな!!」

 

「あら。マスターとサーヴァントは、あくまで目的達成の為の共闘関係に過ぎない。ならば達成する確率がより高いほうに付くのは自然な事ではなくて?」

 

 両者の言葉を聞いているのかいないのか、当のアーチャーは静かに瞳を閉じたままだ。

 そうして一分ほど沈黙を続けていた彼だったが、再び目を開けると静かに言った。

 

「……拒否する。不本意だが、私のマスターはこの小僧と共闘関係を結んでいる。私の一存で安易に鞍替えする事はできない」

 

「交渉は決裂という事かしら」

 

 言葉とは裏腹にさして残念そうでもない声音でキャスターが告げ、次いで再び杖を構えた。

 

「なら続きを始めましょうか。あなたはともかく、そっちの坊やにはまだ用が残っているもの」

 

 杖の先端から再び弾丸が形成される。しかし魔力のほとんどをさっきの戦闘で使い切った士郎には、それを防ぐ手立てはない。

 戦う意思を持っていないアーチャーについてはアテにならないし、それに何より、これ以上この男に頼るのは御免だ。

 

 厳しい状況だが、何とかするしかない。

 そう思った矢先、背後の山門から突然凄まじい突風が吹き込み、続いて見覚えのある少女と見たことのない男が境内に入ってきた。

 

 ◇

 

 アサシンを吹き飛ばしたセイバーは一直線に境内へと押し入った。

 寺院の中は夥しい程の破壊に包まれており、元の景色がどんなものだったのか想像もつかないほどだった。

 だがそれでも、自らの主が無事であることを願って声を上げた。

 

「シロウ! ご無事ですか!」

 

「セイバー!」

 

 彼女が声をかけると、少し先に立っていた少年が安堵の表情を向けた。

 少年はひどく傷ついていた。全身にいくつもの切り傷や打ち身を作り、服には血が滲んでいる。厳しい戦いを繰り広げた証拠だろう。

 主を守るようにセイバーは前に進み出ると、杖を向けているローブ姿の女に向かって剣を構えた。

 

「貴様、よくも私のマスターを。覚悟してもらおうか!」

 

「アサシン!これはどう言うことなの!」

 

 足止めしていた人物がやって来た事に腹を立てたのか、女が声を荒げる。

 一方で、女の隣に着地していたアサシンが大仰な仕草で肩をすくめた。

 

「どうもこうもない。殺さないように時間を稼いでいたら敵に宝具を使われた。それだけだ」

 

 役目を果たせなかったことなど露とも気にしていない彼の仕草に、女の表情が更に険しくなる。

 と、ここで話に割って入る人物が居た。

 

「運がいいなセイバー。あと少し遅ければ、小僧の命はなかったぞ」

 

 名前を呼ばれ、セイバーは声の主を見た。そこにはかつて敵として剣を交え、今は味方として手を組んでいる男の姿があった。

 

「アーチャー、なぜ貴方がここに!?」

 

 赤服の男――アーチャーは複雑な表情を浮かべると、両手に二本の短刀を握り、二人の敵を見据えた。

 

「こちらにもいろいろ事情があってな。それより今は敵に集中した方が良さそうだぞ」

 

「二対二か」肩をすくめていたアサシンが敵意に反応して団扇を構えた。「これは少し面倒なことになったな」

 

「さてキャスター。状況が変わったようだが、まだやるかね?」

 

 アーチャーの言葉にローブの女ことキャスターは苦々しい顔をしたが、やがて士郎に向けていた杖を下ろすと言った。

 

「…………いいわ。今夜は引き分けということにしておいてあげる。私の気が変わらないうちに、さっさとこの場から去ることね」

 

 終戦の言葉と共に女の姿がゆらりと消える。おそらく境内のどこかにある本拠地に戻ったのだろうと、セイバーは直感で悟った。

 

「……シロウ。行きましょう」

 

 未だ境内に残ったアサシンに警戒の視線を向けながら、セイバーが主たる少年に告げる。

 彼女の言葉に従った士郎がゆっくりと、しかし油断のない表情で山門に向かって歩いていく。

 

「アーチャー。貴方には色々聞きたい事があります。一緒に付いて来てください」

 

 と、ここでもう一人境内で立っている男に向かってセイバーが言った。彼がどのような目的でこの場に赴いていたのか、後でたっぷりと聞き出すつもりだった。

 

「やれやれ。仕方がない」

 

 アーチャーは肩をすくめながらそう言うと、彼女の背中について行く。

 こうして柳洞寺を舞台にした一夜の戦いは、互いの引き分けという形によって幕を下ろしたのだった。

 

 ◇

 

 戦いを終え、全ての人間があるべき場所へと帰った後、それは唐突に現れた。

 結界を掻い潜って山の中に潜んでいたマダラの影分身が、本人の前に現れたのだ。

 

「首尾は?」

 

 本物のマダラが尋ねると、分身は僅かな笑みを浮かべながら答えた。

 

「予想通りだ」

 

 そして懐の中を探ると、液体で満たされた小さな瓶を取り出す。

 中身を一瞥した本物が納得したように頷いた。

 

「やはりそうか。俺をこの世界に呼ぶとしたら、これを使うしかない筈だからな」

 

 分身が取り出した小さな瓶――それはキャスターがマダラを召喚するために触媒として用いた“眼”だった。

 

 ずっと疑問に思っていた。なぜ違う世界の人間である自分がサーヴァントとして呼び出されたのかと。

 サーヴァントを召喚するには、その英霊に関連したものが必要になる。あの女が自分をここに呼び出したというのなら、自分と関わりのある何かを持っている筈だ。

 それも世界の壁を越えられる程の力を持つ何かを。

 

 そう思った彼は、機会を伺いながら密かに分身にその在処を探させていたのだが、肝心のキャスターが自分と周囲への警戒を解くことが殆ど無かったため、中々手が出せなかったのだ。

 

 しかしあのシロウという少年がやって来た時、待ちに待ったチャンスが訪れた。

 彼の胸ぐらを掴んだ時、マダラは咄嗟に彼の目に瞳術を仕掛けた。それは目を合わせた人間に強い幻覚を見せるというものだ。

 

 サーヴァント相手ではその効果は長くてもせいぜい数秒程度だったが、彼にとってはそれで十分だった。瞳術によって生まれた隙を付いた分身は別宅にあるキャスターの自室に忍び込むと、保管されていた触媒の小瓶をまんまと盗み出したと言うわけだ。

 

 その後の事は簡単だった。やって来たセイバーにわざと山門を突破させ、キャスターの企みを失敗させるだけでよかった。

 予想外だったのは乱入してきたアーチャーだが、計画の邪魔になるどころか、むしろ主の力を削いでくれたおかげで分身が無事に自分のもとに帰って来る事が出来たのだから、これについては感謝する他はない。

 

 瓶をしばし見つめていたマダラだったが、やがて封を開けると中から目玉を一つ取り出した。紫色の波紋が浮かんだその瞳は、深紅色の写輪眼とは違い、どこか不気味な輝きを宿していた。

 

「……やっと取り戻したぞ。イズナ」

 

 普段の彼からは想像も付かないほど温かみのある声で呟きながら、マダラはその目を己の中へと取り込んでいく。

 そうして再び光を取り戻した彼の右目には、かつて蘇った時と同じ力が――輪廻眼の輝きが宿っていた。




マダラさん強化イベント入ります。

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