キャスターが最強のSHINOBIを召喚したそうです   作:ざるそば@きよし

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マダラは新たな勢力と手を組むようです

 

 ライダーが敗れ去った次の日の深夜。マダラの影分身は再び間桐家の屋敷を訪れていた。

 敷地内に設置された結界をいとも簡単にすり抜け、窓から屋内に入り込む。気配をあえて消さずにいるのは、目的の人物を手早く呼び寄せるためだ。

 無言のまま静かに屋敷の暗闇を歩いていく。すると、どこからともなく虫の羽ばたくような音が聞こえ、やがてそれはしゃがれた男の声となった。

 

「――おぬし、何者だ」

 

 闇の中から姿を現したのは声に違わぬ老爺だった。枯れ木のような痩身と握り締めた杖がいかにも弱々しい印象を持たせてはいるが、ぎらついた光を放つ双眸からは不気味なまでの生気が現れている。“魔術師”というよりも“妖怪”と呼ぶ方が相応しい風貌だ。

 

「間桐臟硯だな」老人の異様な雰囲気をものともせずにマダラは言った。「俺はアサシン。用があってここに来た」

 

 老爺こと臟硯がほう、と僅かに呟いた後、わずかに片眉を傾けた。

 

「サーヴァント風情が何処でその名を知った?」

 

「間桐慎二だ。身柄を預かっている」

 

「……あの屑、まだ生きておったのか」

 

 嘆息しながら吐き捨てるように臟硯が言った。身内に対するものとは到底思えない冷たい声音。孫が戦いから生き延びていた事を喜ぶ様子は微塵もなかった。

 その瞬間、マダラは目の前の老人が己以外の全ての存在を道具としか見ていない事を悟った。全てを失った自分と同じように。

 だが逆に言えば、それは自分に恩恵がある限り、交渉の余地があるという事に他ならなかった。

 

「それで、用件とは何じゃ?」

 

 ぶすっとした表情のまま、老人がやおら切り出した。

 

「いくつか協力してもらいたい事がある。それが済んだ暁には速やかに小僧を返すと約束しよう」

 

「要らぬ、と言ったら?」と、臟硯が聞き返した。敵意を込めた鋭い声。「元はあやつが一人で勝手に始めた事。それをどうしてワシが尻拭いをせねばならぬ。加えてお主が本当にあの出来損ないを匿っているのかも怪しいものじゃ」

 

 それはマダラにとってある程度予想された返答だった。間桐慎二の価値はこの家の中では限りなく低い。それこそあっさり見捨てられてしまう程に。

 だからこそ彼は仮初めとは言えライダーのマスターになることが出来たのだ。

 マダラは懐から小さな黒い紙を一枚取り出すと、それを臓硯の元へと軽く放った。

 

「?」

 

 投げられたのは一枚の写真だった。即席カメラのフィルム紙の中には、暗闇の中でぼうっとした表情のまま佇む慎二の姿が映し出されている。彼を生きたまま預かっている証拠として予め用意していたものだった。

 

「――なるほど。確かに生きておるようじゃな」

 

 写真を一瞥した臓硯がいかにも興味がない風な口調で呟いた。彼の価値観からして実際そうなのだろう。使い道の無い産廃が厄介事を持って帰って来た、とでも言いたげだ。

 

「だがそれがどうした。あの出来損ないの為に、ワシが動かねばならない道理があるのか?」

 

「確かに道理はない。だが動かぬと言うのなら、俺はここに居るもう一人のマスターを貰っていくぞ。間桐桜の身柄を」

 

 マダラがそう答えた途端、臟硯の敵意が一気に膨れ上がった。生気に溢れていた瞳が更にぎらついた光を放ち、背筋が凍るような戦意を漂わせる。傍に立っているだけで気が狂いそうになるほどの威圧感を平然と受け流しているのは、彼がいくつもの修羅場を潜り抜けた英霊だからこそだ。

 

「……それをワシが許すと思うか?」

 

 ぎろり、と音がしそうなほどの視線で臓硯がマダラを睨みつけるものの、それも彼にはまるで通用しなかった。

 

「強がるのはよせ。サーヴァントを持たないお前が、(英霊)を敵に回して勝てると思うか?」

 

「ほざくな若造。ワシを誰だと思うておる? 貴様らを滅する手段なぞ、幾らでも拵えてあるわ」

 

 言いながら臟硯が両手で持っていた杖から右手を離した。例えるならそれは、軍人やマフィアが収めていた拳銃を抜いて相手に向けるのと同じように、いつでも仕掛けられるぞ、という意思表示に他ならなかった。

 並々ならぬ殺意を向けられながらも尚、マダラは冷静だった。むしろそれが嬉しいとばかりに口元を僅かに歪めている。

 

「お前がどうしても戦いたいと言うのならばそれもいいだろう。だがそれは互いにとって全く意味のない行為だ。俺がこれからする話は、お前にとっても損な話じゃない。場合によっては、お前が聖杯を取ることも出来るのだからな」

 

「………何じゃと?」

 

 彼の言葉に臟硯の表情が怪訝なものとなった。全く意味が分からないという思考が顔に滲み出ている。

 困惑する老体に向かってマダラは言い放った。

 

「協力する内容は二つ。一つは俺が今のマスターと結んでいる契約を切る事。もう一つは新しいマスターを用意してもらう事だ」

 

 ◇

 

「サーヴァント契約を切る、だと?」

 

 臟硯が尋ねた。それはマスターとサーヴァントが互いに協力しあう聖杯戦争においてはあり得ない提案だったが、マダラにとってはそれが目下一番の問題だった。

 

「俺のマスターはかなり横暴な奴でな。そりの合わない俺をどうやら捨て石にしようとしているらしい。不意を付いて始末しようにも、令呪で抵抗を封じられている現状では少々難しくてな」

 

 二度目にかけられた令呪の効力はバーサーカー戦の時に切れた訳ではなかった。マダラが彼女の命令に逆らったり、彼女に敵意を持とうとする度に身体が自然と言うことを聞かなくなり、彼の行動に著しい障害を与えていた。

 

「それで他の魔術師と結託しようと言う腹か。英霊と言っても、所詮は契約に縛られたサーヴァントじゃな」カカ、と臟硯が皮肉げに嗤った。向けていた敵意はいつの間にかなりを潜め、代わりに享楽の気配が見え隠れしていた。「だが見様によっては確かに面白い話じゃな。マスターはどんな奴だ?」

 

「キャスターだ」

 

「……なぬ?」再び臟硯が聞き返した。「サーヴァントがサーヴァントのマスターを務めているというのか?」

 

「そうだ。奴は寺の中に陣地を作り、街中の人間から魔力をかき集めている。一方で俺は寺の入口を守る門番の役目を押しつけられ、そこに半ば縛られている」

 

「ふむ、サーヴァント二騎による二段構えの布陣か。引き籠もるだけならば、まさにこれ以上無い堅牢さじゃな」

 

 唸りながら臟硯はマダラから視線を外し、屋敷の一点に移した。それは何かを見る為ではなく、自らの思考に没頭する為だ。

 しばらく無言のまま、マダラは老魔術師の考えが纏まるを待った。

 

 ――今の所は上手くいっている。間桐慎二を餌にして自らの提案を聞かせ、相手に思案させている。強引な手に出る事もあるだろうと考えてはいたが、予想よりも遥かにスマートに事を運ぶことが出来ていた。

 だが問題はここからだ。果たしてこの老人が別の道を行く敵対者となるか、それとも有効な協力者として手を結べるのかが肝だった。

 たっぷり一分ほど経った後、視線を宙からマダラに戻した臟硯が言った。

 

「それで、どう仕掛ける?」

 

 放たれたのは共闘の意を示す言葉。つまり彼は提案を呑んだという事だ。

 

(キャスター)は何らかの方法で新しいサーヴァントを手に入れようとしている。俺の後釜に据えるためにな。それが叶うまで向こうからは手を出して来ないだろう。狙うならその間だ。令呪は貴様が作ったものだと、あの小僧(慎二)は言っていた。サーヴァントの契約や命令を、他の魔術師が横から解除する事は出来ないのか?」

 

 マダラの問いに臓硯は難しい顔をした。

 

「……マスターに直接干渉できる状況ならばともかく、今の状態ではまず不可能じゃ。そもそも外部から簡単に書き換えられるようになぞ作ってはおらぬ」

 

 考えてみれば当たり前の事だった。他人が容易に書き換えられるようなモノならば、マスターである事に意味などない。英霊と言う破格の存在を、令呪と契約で確実に御しえるからこそのマスターなのだから。

 

「ならば一度だけでも令呪を無視出来るようにする事は可能か?」

 

「命令による、としか言いようがない。令呪は単純な命令であればあるほど強く作用するように出来ておる。『自害しろ』と強く命じられれば逆らう術はないが、死ぬのをいくらか遅らせるくらいの事は出来るかもしれぬ」

 

「仮に俺が一度だけ死を免れる宝具を持っていた場合、最後の一画を自害で使われたらどうなる?」

 

「自害から生き延びると同時に契約は切れるであろうな。だが魔力を供給するマスターが居なければ結局は時間の問題じゃ。魔力で形作られた仮初めの肉体は、契約していた時とは比べ物にならないほど凄まじい速度で魔力を食い潰し、やがては朽ち果て消えていくだろう」

 

「だがその前に新たなマスターと再契約を果たせば、その限りではない筈だ」

 

 マダラは目の前の怪物を真っ直ぐに見つめた。昆虫のように不気味で大きな黒い瞳を。

 

「――間桐臓硯、貴様は俺のマスターとなり、聖杯戦争を戦い抜く覚悟はあるか?」

 

 改まったマダラの提案に再び老人は沈黙したが、やがて返答を切り出した。

 

「……よかろう。ただしこちらにも条件がある。まず一つ、お主のマスターはワシではなく孫娘の桜が務める。この老体では魔力を上手く扱えぬでな。魔力量の多い器の方が、お主も何かと都合がよかろう」

 

 承諾の意を込めてマダラが首を縦に振った。彼にとっては現存するための器が臓硯であろうが桜であろうが大きな差はなかった。

 

「次に一つ。キャスターを始末した時点であの馬鹿を返して貰おう。あれでも一応、大切な孫でな。消されては色々面倒な事になる」

 

 さんざん冷たい態度を見せておいて何を今更とマダラは内心で呆れたものだが、こちらも別段異論は無かった。もともとそのための餌として用意したものなのだから。

 ともあれ契約はこれで成立した。あとは計画を実行に移すだけだった。

 

「仕掛ける時期についてはこちらからまた連絡を寄越す。それまでは怪しまれないよう、大人しくしていてもらおう」

 

 念を押すようにそう言うと、臓硯に背を向けてマダラは静かに屋敷を出た。見送りは無かったものの、代わりに外の結界は綺麗に消されていた。

 これで一つ、と彼は誰にともなく呟いた。その言葉は風に乗って消え去ったが、空に浮かぶ満月だけは確かにそれを聞いていた。


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