キャスターが最強のSHINOBIを召喚したそうです   作:ざるそば@きよし

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ついに葛木の正体がばれてしまったようです

 

 マダラと臓硯の密約から数時間が過ぎた朝。葛木と共に朝食を取っていたメディアは、先のライダー戦に思いを馳せていた。

 彼にあのような芸当が出来るとは、まさしく夢にも思っていなかった。振る舞いや雰囲気から裏社会の人間だったことは何となく察していたが、まさか身体能力を強化しただけで真正面からサーヴァントに勝利してしまうとは。

 彼の思わぬ活躍はメディアにとって嬉しい誤算ではあったが、同時にそれは新たな問題を生み出していた――こちらがライダーを始末した事で、他のマスターが彼の正体を嗅ぎ付けたかもしれない、ということだ。

 

「宗一郎様」

 

 彼女が声をかけると、テーブルの向かいで沢庵を噛みしめていた葛木の視線が、朝食からメディアに移った。

 

「なんだ?」

 

「その……やはり学校に行かれるのは、もうお止めになった方がよろしいかと」

 

 このタイミングで言い出すのは何とも場違いであると自覚していたが、それでも言わずにはいられなかった。一歩間違えば、彼が命を失うかどうかの問題なのだ。

 

「サーヴァントは本来、人間が相手を務めるにはあまりにも桁外れな存在。先日は運良く倒す事ができましたが、再びあのような事態が起これば、いくら宗一郎様でも無事でいられる保証はありません。それに……」

 

「私がライダーを倒した事で、衛宮や遠坂がこちらの正体を嗅ぎ付けたかもしれない、と言いたいのだろう?」

 

「はい」

 

 自分(キャスター)が柳洞寺を根城にしている事は、殆どの敵が既に知っている。その情報を辿っていけば、同じ場所に住む葛木に目を付けるのも、そう難しい話ではない。今や彼にとって、学校は決して安全な場所とは言えなくなっていた。

 彼女の忠告に葛木は僅かに考え込むような素振りを見せていたが、やがて静かに告げた。

 

「……分かった。では仕事は今日限りにするとしよう」

 

 得られた返答にメディアはほっと胸をなで下ろした。教員としての彼のキャリアを考えると何とも心苦しい提案ではあったが、それでも命と引き替えにする訳にはいかない。

 安堵のまま粛々と食事を済ませ、葛木が最後の通勤に向かおうかという時、玄関先でメディアが再び声をかけた。

 

「宗一郎様、これを」

 

 差し出されたのは、先日の彼女が渡した物とよく似た巾着だった。

 

「これは?」

 

「新しいお守りです。何か異常が起こった際には自動で身を守るよう、改良を加えました」

 

「そうか」

 

 渡された巾着を素直に受け取った葛木だったが、今度は逆に彼が聞き返した。

 

「……ところで、今日はこれだけか?」

 

「え?」

 

「前は弁当も一緒だった。今日はないのか?」

 

 予想すらしていなかった問いにメディアは僅かな間、ぽかんとその場に突っ立っていたが、やがて質問の意味を正しく飲み込むと、申し訳なさそうに頭を垂れた。

 

「も、申し訳ありません……そちらを作るのに少々手間取ってしまいまして……」

 

「そうか」

 

 さして残念そうにするでもなく、葛木はいつも通りの調子で答えると、護符を懐にしまって戸口を開ける。

 すると、その背中に向かって彼女がおずおずと尋ねた。

 

「あ、あの!」

 

 声に従って葛木が振り返る。

 

「……こんな事をいま聞くのはおかしいかもしれませんが……お弁当のお味、いかがでしたか?」

 

 意を決して渡したまではよかったものの、ライダーとの戦闘やその後の対処に意識を割いていたせいで、帰ってきた頃には弁当の事などすっかり頭の彼方に追いやっていた。何しろたったいま葛木に言われるまで、その存在すら忘れていたくらいなのだ。

 作った当人である自分がそんな風だったにも関わらず、彼は律儀に覚えていてくれて、しかも今日もと楽しみにしてくれていた。そんな思いがけない事実が、メディアの心に一段と強い衝撃を与えていた。

 

「旨かった。機会があれば、また頼む」

 

 彼女の心をさらに押すかのように葛木は短くそう告げると、開いた玄関のくぐってその場を後にする。

 

「は、はいっ! 言っていただければ、いつでもお作りします!」

 

 飛び上がるような嬉しさと共にメディアは精一杯の言葉をかけると、そのまま葛木の背中を見送った。

 

 ◇

 

「決まりね。キャスターのマスターは葛木先生で間違いないわ」

 

 午前の授業を済ませ、屋上で衛宮士郎と合流した遠坂凛は開口一番にそう言った。よほど自信があるのか、突きつけるような口調だ。

 

「そうか? 一成の事もあるし、柳洞寺に住んでるからってすぐに怪しいと決めつけるのはどうかと思うんだが……」

 

 しかし対する士郎は、未だに迷いを捨て切れないという様子だった。同じ柳洞寺に住んでいる柳洞一成がシロだった件が、未だに尾を引いているのだろう。

 そんな煮え切れない態度を前に、再び凜が言葉を放つ。

 

「なんで? そんな怪しいヤツ、マスターに決まってるじゃない。一成が言ってた葛木先生の許嫁っていうのが、多分キャスターよ」

 

 勢いそのままに手にしていた総菜パンを平らげると、彼女は立ち上がって屋上の入口に手をかけた。

 

「早速今夜にでも仕掛けるわよ。衛宮君も準備しといてね」

 

「ちょ、ちょっと待て! 今夜だって!?」

 

 いくら推理に自信があるとは言え、単なる思い付きで人を襲うなど、いくら何でも無茶過ぎる。もしそれで相手が怪我でもしたら、こちらの責任は重大だ。

 だが当の凛はそんなことなど気にも留めていないようだった。

 

「当然でしょ? 葛木先生が明日も学校に来る保証はないもの。帰り道で、あいつがマスターかどうか試すのよ」

 

「試すって、どうやって……?」

 

 士郎の問いに、彼女は右手の指で拳銃の形を作った。

 

「軽いガンドを撃つだけよ。もし葛木先生が一般人でも、二、三日風邪で寝込む程度だし」

 

 ガンドとは北欧に伝わる呪いの一種で、当たった相手を不調に陥れる魔術だ。仮に葛木が無関係な一般人で呪いをモロに食らったとしても、加減しておけば命に別状はないし、防ぐなり避けるなりしたのなら、相手が素人ではないと一目で分かる。彼が被害を受ける事にさえ目を瞑れば、確かに悪い作戦ではない。

 だがそれでも士郎はいい顔をしなかった。

 

「いや、それも問題だろ……葛木がもしマスターだったら、そのまま戦闘になる。それじゃ話し合いにならないだろ」

 

 士郎の目標はあくまで“平和的に聖杯戦争を終結させること”であって“敵を殲滅すること”ではない。葛木がもしマスターだったとしても、キャスターの非道を知らないならば説得して止めさせる余地があるし、何より顔見知りの人間と命のやりとりなどしたくはない。お人好しの日和見主義と言われようが、それが衛宮士郎という人間の方針だった。

 一方で、魔術師として戦う覚悟をとっくに済ませている遠坂凛に迷う素振りはないようだった。

 

「……? それなら余計好都合じゃない。何が問題なの?」

 

「そうなったら遠坂が危ないって話だろ」

 

 二対一とは言え、相手はライダーを軽く倒したキャスターだ。セイバーとアーチャーを連れて行く事を加味しても、危険なことには変わりない。

 加えて自分とアーチャーは彼女と既に一度矛を交えている。悪辣な手段すら全く躊躇わないキャスターが、こちらへの対策を怠っているとはとても思えなかった。

 

「そう。別にいいわよ。それなら私一人でやるだけだもの」

 

 士郎の事など最初からあてにすらしていない言う風に、遠坂はくるりと背を向けた。放っておけば本当に一人で葛木に襲いかかってしまうだろう。

 誰にも犠牲になって欲しくない士郎としては、こちらも放っておく訳にはいかなかった。

 

「……はぁ、分かった。俺も付き合うよ」

 

 降参だとばかりに士郎は肩を竦めると、そのまま彼女に従って立ち上がると屋上を出て行った。

 

 ◇

 

 夜闇がすっかり空を支配した頃、葛木は己のデスクで今後の授業やテストについての引継ぎ資料をまとめ上げていた。

 既に校長や教頭には怪しまれない程度の事情を説明し、休職の許可は取りつけてある。突然の休職願いと結婚の報告は二人の度肝を抜いたようだったが、それでも今までの行いが功をそうしたのだろう。祝福の言葉を貰うと共に快く休職を受理させる事が出来た。

 後の趨勢はキャスター次第ではあるが、マスターを引き受けると決めた日からある程度の覚悟はできている。どういう結果になろうとも素直に受け入れるつもりだ。

 

 そんな風に考えながら最後の資料制作に取りかかる彼だったが、普段の退勤時間を大きく過ぎている事に気づくと、デスクに備え付けられている固定電話に手を伸ばした。

 記憶の中にある番号を押して数秒ほど待つ。すると、聞き覚えのある女の声が電話口から聞こえてきた。

 

《――はい。柳洞寺でございます》

 

「私だ」

 

 彼が名乗ると、電話の向こうに居るキャスターが慌てたように声を上げた。

 

《宗一郎様!? ど、どうかなさいましたか?》

 

 どうやら何か緊急事態に陥ったと勘違いしたらしい。違うと言ってやる代わりに、なるべく穏やかな声で用件を告げた。

 

「いや。休職の話は取り付けられたが、引継ぎの資料がまだまとめ切れていなくてな。すまないが、帰りはもう少し遅くなりそうだ」

 

 大きな問題でないことを知ると、向こう側からほっと息をつく気配が伝わってくる。

 

《……そうですか。ではお食事はもう少し後に出していただくよう、お寺の方には伝えておきます》

 

「助かる。学校を出る時にはまた連絡する。では」

 

 用件が済んだことで電話を切ろうとしたその矢先、キャスターが彼に向かって言った。

 

《宗一郎様》

 

「なんだ?」

 

 葛木が聞き返すと、逆に彼女は困ったように言葉を詰まらせた。

 

《あ、いえ……》

 

 何か用件があって引き留めたのかと思ったが、どうもそうではないらしい。

 次の言葉を待っていると、やがておずおずとキャスターが言った。

 

《夜道は危険です。どうかお気を付けて》

 

「分かっている」

 

 手短にそれだけ答えると、静かに受話器を元に戻す。

 用件を済ませた彼が再び書類仕事に戻ろうとしたその矢先、今度は職員室のドアが勢いよく開いたかと思うと、入ってきた藤村大河がこちらに向かって足早に詰め寄ってきた。

 

「葛木先生! 明日から休職だなんて、いくら何でも急すぎますよ!」

 

 どうやら休職の件について何か言いたいことがあるらしい。話を取り付けてからまだ一時間も経っていない筈なのだが、一体どこから聞きつけたのだろうか。

 

「すみません。本当ならもう少し先にする予定だったのですが、少々込み入った事情がありまして」

 

「式には! 式にはちゃんと呼んでいただけますよね!? 前も聞きましたけど、私だけ仲間外れだなんて、絶対に嫌ですからねッ!!」

 

 以前は安請け合いで答えてしまったが、こうして結婚すると公言してしまった以上、やはりそういった行事も本格的にしなければならないだろう。自分には一生縁がないものと思っていたが、意外な形で運命は巡ってくるものだ。

 だが自分はともかく、当のキャスターはそれを望むだろうか?

 戦いが終われば彼女は当初の望み通り、生まれ故郷に戻るだろう。待っている者がいないにしても、念願の里帰りに自分のような手荷物があってはうまくないかもしれない。

 いや――それを決めるのは自分ではなく彼女自身だ。ここで下手に考えを巡らせるよりも、まずはその事についてきちんと確認したほうがいい。

 そのためにも、まずは目の前の仕事を手早く終わらせなければ。

 

「そうですね。その辺りについては、改めて家内とよく相談しておきます」

 

 熱心に懇願し続ける彼女に彼はそう答えると、残った仕事を一刻も早く片づけるべく目の前の作業に没頭した。

 

 ◇

 

 一方、葛木の正体を見破るべく、凛と士郎はセイバーを引き連れて既に待ち伏せの体制に入っていた。

 柳洞寺近くにあるガソリンスタンドの跡地に消音の結界を張り、標的が通りかかるのをじっと待つ。加えて物陰に隠れた二人とは逆方向にセイバーを待機させ、もし奇襲に失敗して戦闘になったとしてもすぐさまリカバリーができるという、まさに万全の体勢だ。

 

「……なあ、やっぱり葛木は違うんじゃないか?」

 

 物陰から通りの様子を伺っていた士郎が隣の凛に小声で尋ねた。彼の中では未だに確信が持てていないらしい。

 未練がましくそんな事を聞いてくる彼に対し、凛が呆れたように文句を漏らした。

 

「なに? まだそんなこと言ってんの? 心配しなくても、やってみればすぐに分かるわよ」

 

「そりゃそうだけどさ……」

 

 そこまで言った所で、士郎はここに来た時からずっと気になっていた事にも言及した。

 

「ところで遠坂、アーチャーはどうしたんだ?」

 

 そう、凛はアーチャーを連れずに一人でここに来ていた。仮に戦闘になった時の事を考えれば、手持ちの戦力は多ければ多いほどいい。にも関わらず、彼女は自らのサーヴァントを連れてきて居なかったのだ。

 士郎の質問に対し、凜は痛い所を突かれたという顔をした。

 

「……アイツは置いてきたわ。ちょっと思うところがあってね。アイツとキャスターを会わせたくないのよ」

 

 彼女の様子から察するに、どうやら以前キャスターとやり合った件で何か悶着を起こしたらしい。

 これ以上突っ込んだ事を尋ねるのは流石に野暮だと思った士郎が口を閉じかけたその矢先、通りの向こうから葛木が歩いてくるのが小さく見えた。

 

 ◇

 

 長く孤独な作業の末に全ての資料を作り終えた葛木は、普段より足早に柳洞寺へと向かっていた。

 腕時計の針は既に九時を過ぎている。英霊であるキャスターにとっては食事も睡眠も本来必要ないものだが、だからと言って共に暮らしている者をいつまでも待たせておく訳にはいかない。

 

 と、その時だった。

 

 真っ黒な暗闇の向こう側から、仄かに殺気のようなものが向けられている事に葛木は気が付いた。

 衛宮士郎か、遠坂凛か、はたまた別のマスターか――いずれにしろ、こちらに害意を向けてくるという事は、自分がキャスターのマスターであると気が付いた者が居るという事に他ならない。

 

「…………」

 

 相手に悟られぬよう警戒しながら、葛木は懐からそっと護符を取り出した。先日のように魔術的な方法で敵が襲ってくるのであれば、これが役に立つはずだ。

 護符を右手の中に握り締め、あえて気付かないフリをしながら先程と同じペースで帰り道を歩いて行く。

 

 すると、無人の道をわずかに歩んだ所で、視界の端から小さな何かがこちらに向かって凄まじい勢いで飛んできた。ついに敵が仕掛けてきたのだ。

 音もなく飛んできた何かに向かって、葛木が右手の護符を盾のように掲げる。すると、それはまるで見えない壁にでもぶつかったかのように目の前で弾け、やがて霧のようにその場でかき消えた。

 続く二発目、三発目も同じように葛木の眼前までは威勢良く飛んで来るが、護符の効力の前に成す術もなく無力化されていく。

 全ての攻撃が止んだのを確認してから、葛木は護符を懐にしまって言った。

 

「――どうやらそちらの企みは失敗したようだな。まだ何かするつもりなら、姿を見せたらどうだ」

 

 仕掛ける前に気付かれた時点で、奇襲は既に失敗している。ならば大人しく出てきてもらった方が、こちらとしては対処しやすい。

 相手も同じように考えたのだろう。しばらくした後、前方にあったガソリンスタンドの跡地の中から二人の少年少女が姿を現した。

 

「衛宮に遠坂か」

 

 敵の正体は概ね予想していた通りだった。強いて違う所を上げるとすれば、敵が単独ではなかったと言うことくらいか。

 

「あら、生徒に襲われたっていうのに、大して驚かないんですね。葛木先生?」

 

 皮肉っぽくそう尋ねたのは遠阪の方だ。悠長に構えているようだが、実際は油断のない視線でこちらの隙を伺っている。未だ棒立ちの衛宮に比べて、彼女は幾分か戦い慣れしているらしい。

 

「間桐がマスターだった事を考えれば、生徒の中に他のマスターが居ても不思議ではない。それにお前たちの事は、キャスターから既に聞き及んでいたからな」

 

「呆れた……じゃあ、あたしたちが学校でマスター探しをしてる間、アンタはずっと陰からほくそ笑んでたってワケ?」

 

 眉をひそめ、遠坂が苛立ち気味に吐き捨てる。そんな彼女を衛宮が右手で制すると言った。

 

「そんなことより葛木、あんたに一つ聞きたいことがある」

 

「なんだ?」

 

「あんたはキャスターが街で何をしているか知っているのか?」

 

「……何の話だ?」

 

 葛木は今までキャスターが戦いの中で何をしているのか聞いてこなかった。楔としての役割しか持たない自分が彼女の手の内を知る必要はないと思っていたし、彼女が話さない事を聞き出してまで知りたいと思っていなかったからだ。

 一方で衛宮は怒りに声を震わせていた。

 

「キャスターは街の人々から魔力を吸い続けている。中にはそのせいで命を落とした人だっている。あんたはそれを容認しているのか?」

 

 半ば怒鳴りつけるように彼が言葉を放ったその時、葛木の背後の空間が突然ぐにゃりと歪み、中から険しい表情のキャスターが姿を現した。

 

「――そこまでよ。坊や」葛木が普段聞く声とはまるで違う冷徹な声。明らかに相手に対する敵意と怒りを含んでいた。「私のマスターに余計な事を吹き込む事は許さないわ」

 

 警告と同時に彼女が杖の先端を衛宮たちの方へと向ける。紛れもない攻撃の意志だ。

 

「待てキャスター」今にも行動に移しそうな彼女を咄嗟に葛木が止めた。「衛宮、何故そう思った。疑問には必ず理由があるはずだ。言ってみろ」

 

「あんたは無闇に人殺しをするような人間じゃない。もしアンタがキャスターに操られているか、あるいは何か事情があって仕方なく従っているっていうんなら、俺たちはキャスターとだけ戦う」

 

 どうやら彼らは今の葛木の立場を強いられたものだと考えているらしい。横から盗み見たキャスターの表情からしても、彼女の所行というのはおそらく事実なのだろう。

 だが、葛木にとってはどうでもいいことだった。

 

「確かにキャスターがした事については初耳だ。だが衛宮、それはそんなに悪いことなのか?」

 

「……なんだって?」

 

 理解できないと言わんばかりに衛宮が彼に聞き返す。

 葛木は言葉を続けた。

 

「人は誰もが獣や植物の命を摘み取って生きている。ならばサーヴァントが生き残るために他者の命を食らう事も、それと同じではないか?」

 

「自分の願いを叶える為に他人を犠牲にする事が、同じな訳がないだろ!」

 

「ならばお前は何故戦いに参加している。お前にも叶えるべき願いがあるからこそ、こうして戦いの場に立っているのではないのか?」

 

「俺に願いはない。俺はキャスターのような奴が無関係な犠牲を出さない為に戦っているだけだ!」

 

「たとえお前にその気は無くとも、サーヴァントには叶えたい願いがある筈だ。隣にいる遠坂やそのサーヴァントにも願いはあるのだろう。お前はそれすらも否定するのか?」

 

「それは……」

 

 奥歯を噛みしめ、士郎はそれきり言葉を詰まらせた。顔には忸怩たる表情を浮かべている。葛木が放つ言葉に、彼はこれ以上の反論を持たなかった。

 

「――士郎、御託はもういいわ」

 

 すっ、と凜が静かに前に出た。彼女は既に言葉以外のもので語り合う覚悟を決めているようだった。

 

「今は目の前の状況に集中しなさい。葛木先生はキャスターのマスターで私たちの敵。こうなったらここで倒すわよ」

 

「倒す? あなた達二人で?」さもおかしいとばかりにキャスターが鼻を鳴らした。「不意打ちすら満足に出来ない半人前が集まって、一体どうやって勝つもりなのかしら?」

 

「どうやってもなにも、こうやってよ!」

 

 言うや否や、凛が二人に向けて左手に握っていた何かを――大粒のサファイアを投げ込んだ。

 数瞬後、闇夜の中に魔力が迸り、不意打ちに使われた以上の魔力が二人に向かって放たれる。

 だが、結果は先程とまったく同じだった。

 

「あら? てんで効いてないわよ? お嬢さん」皮肉を混じらせながらキャスターが嘲笑う。放たれた膨大な魔力はキャスターが生み出した障壁によって容易く阻まれ、あっけなくその場に散っていった。「魔術師(キャスター)である私に魔術で攻撃するなんて、馬鹿馬鹿しいと思わなくって?」

 

「ハッ! そんなの承知の上だっての!」

 

 せせら笑うキャスターに向かって吐き捨てるように凜はそう言うと、右手でガンドを放ちながら目一杯の声でもう一人の――彼らの背後でずっと襲撃の機会を窺っていた人物に合図を出した。

 

「出番よ!セイバー!」

 

「なっ!?」

 

 言葉に驚いたキャスターが弾かれたように後ろを振り返る。

 するとそこには、背後から凄まじい勢いで宗一郎に向かって走り寄るセイバーの姿があった。

 

「キャスターのマスター! その命、貰い受けるッ!」

 

 吹き出す魔力を追い風にして、セイバーがあっと言う間に距離を詰める。キャスターが魔術を放とうとした時には既に、セイバーの身体は葛木まであと数歩という所まで迫っていた。

 

「宗一郎様!」

 

 咄嗟に主を凶刃から守ろうと、キャスターが二人の間に割って入ろうとする。

 だがそれよりも遥かに早く辿り着いたセイバーの刃が、葛木に向かって無情にも振り下ろされていた。

 

 ◇

 

 不可視の刃が振るわれた瞬間、誰もが葛木の死を確信した。

 サーヴァントの攻撃を――しかも背後から受けた不意打ちを、生身の人間が対処できる訳がない。

 凜や士郎はもちろん、ライダーとの戦いを見ていてたキャスターでさえもそう思っていた。

 唯一違っていたのは、襲われた葛木宗一郎ただ一人だけであった。

 

「な……ッ!?」

 

 勝利を疑わなかったセイバーの顔が驚きへと変わる。まるで信じられないモノを見たとばかりに、両の瞳が見開かれる。

 それもその筈。宝具によって見えなくなっている筈のセイバーの剣を、あろうことか葛木は、己の肘と膝で挟みこむ事で防御していたのだ。

 

「――侮ったな、セイバー!」

 

 挟んだ剣を手放すと、葛木はすかさず左の拳をセイバーに見舞った。鞭のようにしなる腕が彼女の首筋を捉え、延髄に向かって強烈な一撃を加える。

 

「くぅッ!?」

 

 思わぬ反撃によってたたらを踏みながらも、セイバーが二の太刀を振るった。よろめきながらの剣筋だったが、それでも人体を切り裂くだけの力は十分にある。

 再び襲い掛かる刃を前に、葛木は後ろに下がって距離を取った。間合いが離れ、正面から対峙する形になる。

 

 今度は彼の方から仕掛けた。人間とは思えぬ速度でセイバーの懐に飛び込むと、再び左の拳を連打する。呻りを上げて放たれる拳は、まるで弾丸のようだ。

 

「う、そ……」

 

 後ろで控えていた凜が驚嘆の声を漏らした。無理もなかった。七騎あるサーヴァントのクラスの中でも最優と名高いセイバーが、あろうことかただの人間に押されているのだから。

 だが驚いた所で結果は何も変わらない。魔術で強化された葛木の拳は変幻自在の動きを見せ、セイバーを確実に追い詰めていく。

 

「よく躱す。なるほど“眼”がいいのではなく、“勘”がいいと言うわけか」

 

 普段と変わらぬ口調で葛木が呟いた。左肩を前に突き出す独特の構えは拳法の一種にも見えたが、当人以外には分かる筈も無い。

 ごおっ、っと風の唸る音と共に左の拳が幾重にも残像を纏ってセイバーに迫る。蛇のようにくねった拳の軌道は、剣で打ち払うにはあまりにも複雑すぎる。

 身体を反らせたながらセイバーは必死にそれらを回避していたが、数発避けた所で突如としてその動きが止まった。

 見れば彼女の腹部――鎧によって守られていた筈の鳩尾に、葛木の右拳が深くめり込んでいた。

 

「……ッ!!」

 

 苦悶の表情と共にセイバーの身体がくずおれる。だが葛木はそれすらも許さず、倒れゆく筈だった彼女の首を掴み取った。

 ギチギチと肉を締め付ける音が冬の闇夜に響き渡る。魔術で強化された男の握力は、女の細首などあっという間に握り潰してしまうだろう。

 

 瞬間、二人のすぐそばで赤線がひらめいた。横合いから飛んできたそれは、凜が放った魔術攻撃だった。

 

 攻撃は持っていた護符によって弾かれたが、それでも注意を引くことには成功した。僅かな隙を見い出したセイバーが葛木の身体を蹴り込むと、宙に浮いた一瞬で斬撃を放つ。

 

 咄嗟に放たれた攻防一体の絡め手――だが葛木はそれすらもあっさり回避した。そして次の瞬間には、逆さまに伸びたセイバーの脚を掴み、ガソリンスタンドの壁へと思い切り投げつけていた。

 女戦士の身体が剛速球のような速度でコンクリートに叩き付けられ、瓦礫と粉塵が巻き上がる。結界のおかげで全ては無音の内に終わったが、逆にそれが見る者に不気味な印象を強く与えていた。

 

「そんな……バカな……」

 

 後方で一部始終を傍観していた士郎が唖然とした顔で呟いた。その表情にはあり得ないと思う気持ちと、恐怖に打ち震える気持ちとが強く滲み出ていた。

 

「マスターの役割が後方支援と決めつけるのはいいが、何事にも例外というものは存在する。私のように、前に出るしか能の無いマスターも居るという事だ」

 

 普段と全く変わらない淡々とした口調で顔で葛木が語った。朴訥な声も、今だけは冷徹な殺人機械が喋っているかのように感じられた。

 

「マスター」

 

 と、同じく後ろで主の戦いを見届けていたキャスターが呼んだ。見ればいつの間にか右手に奇妙な短剣を握っている。

 

「どうした。キャスター」

 

「セイバーには私がトドメを刺します。マスターは残ったマスターの相手を」

 

 対魔力スキルを持つセイバーと魔術を主体とするキャスターとの相性は最悪と言ってもいい。だがあえてそれを進言すると言う事は、彼女が手にした短剣にはその不利を覆すだけの何かがあると言う事なのか。

 葛木はキャスターとセイバーに一瞬だけ視線を配ったが、やがて静かに告げた。

 

「――行け」

 

 主の承諾を得て、キャスターが意識の無いセイバーに向かって歩み始める。

 それをせき止めるように凜が立ち塞がった。

 

「上等、セイバーは面食らってやられたけど、要は近づかれる前に倒せばいいんでしょ!」

 

 果敢な言葉を現実にするかのように凛はポケットから新たな宝石を取り出すと、二人に向かって幾重にも投げつけた。雅な宝石のきらめきはすぐさま魔力に変換され、敵を屠る攻撃へと変わる。

 直撃さえすれば、確かに相手を倒すだけの威力を持っているのだろう。石から放たれた力の奔流は、魔術師ではない葛木にも肌で感じられる。

 だが、すべて無駄な抵抗に過ぎなかった。

 

 キャスターの魔術によって引き延ばされた葛木の身体能力は、既にサーヴァントにも引けを取らないレベルにまで高まっている。音すら超えて動く彼を狙った所で当たるモノではなく、掠る程度の攻撃ならば、懐にしまった護符があっさりと無効化してしまう。

 

 瞬く間に距離を詰めた葛木が拳を振るった。眼にも留まらぬ一撃が遠阪の鳩尾を正確に殴打する。拳が直撃する寸前で彼女も防御したようだったが、受けた衝撃まで殺すことはできない。

 先ほどのセイバーと同様に、彼女もまたコンクリートの壁へと凄まじい勢いで叩き付けられた。

 

「遠坂ァァァァ!!!!!!」

 

 今まで立ち尽くす事しかできなかった士郎も、仲間がやられた事で正気を取り戻し、手にした木刀で襲いかかる。天と地ほどの実力差があることは痛感していたが、一分の勇気を見せた格好だ。

 強化された木刀が闇夜を切り裂き、葛木に向かって振り下ろされる。日頃から鍛えているだけあって、その太刀筋は素人ながらもしっかりしている。

 襲いかかってきた木刀を葛木は避けなかった。刀の腹に拳をぶつけて叩き折ると、がら空きになった士郎の身体に左右の拳を叩き込む。何本もの骨が折れ砕ける音が少年の体内で響き渡った。

 

「ぐァァッ!!!!!!!」

 

 両手で腹を押さえ、苦しげな吐息を吐き出しながら士郎がその場に倒れ込む。内臓がいくつも潰れ、幾ばくもない命であることは、葛木の手に残った感触からも明らかだった。

 

「ここまでだ」

 

 静かな宣告が放たれる。サーヴァントは戦闘不能となり、二人のマスターも既に死に体。勝敗は決したも同然だった。

 彼がとどめの拳を振るおうとしたその刹那、うずくまっていた目の前の少年が突如、眩いの光を放ち始めた。

 

「――投影(トレース)開始(オン)――ッ!」

 

 小さく呟かれた何かの呪文。それと同時に彼の両手から短剣のようなものが現れる。

 ほんの一瞬、葛木は相手の出方を伺ったが、すぐに攻撃を再開した。左手が走り、右の拳が空を切る。

 打ち払うように士郎が両手に握ったものを振るった。拳と何かがかち合い、硬い金属質な音を奏でる。

 

「……ッ!!」

 

 数度の攻防を繰り広げた後、葛木が眉を顰め、僅かに後ずさった。見れば彼の両拳は切り裂かれ、指の背中からは鮮血が零れていた。

 

「宗一郎様!?」

 

 まさかの手傷を負ったマスターを見て、キャスターの顔に動揺が走る。

 それに合わせてたった今、意識を取り戻したセイバーが、葛木に向かって反撃の刃を突き込んできた。

 

「――ッ! マスター!!」

 

 刃が葛木の身体の身体を切り裂く刹那、先に彼の身体を掴んでいたキャスターがはるか後方まで距離を取る。

 夜空に浮かんだ二人の身体は、しばらく上空を漂っていたが、やがて数百メートルほど離れた山道の中に着地した。

 

「ここまでだキャスター。戻るぞ」

 

 傍らに立つ女に向かって、葛木は静かに命じた。もはやこれ以上の戦闘は無意味だった。

 

「……はい」

 

 口惜しさと歯痒さ、そして怒りを内包した表情で敵方の三人を睨みつけていたキャスターだったが、やがてすべての表情を消しさると、葛木と共に魔術を使ってその場を後にした。

 

 ◇

 

 葛木とキャスターが完全にその場から消え去ったのを見届けてから、セイバーは士郎へと駆け寄った。

 

「士郎、大丈夫ですか!?」

 

 彼女が肩を貸すと、士郎はぐったりとそれにもたれ掛かる。服の上からでは傷の大きさは確認できなかったが、かなりの重傷だと言うことは、彼女にもすぐに理解できた。

 

「セイバー……ああ、俺は大丈夫だ。それより遠阪は……」

 

「あたしなら大丈夫よ」

 

 と、凜の声が会話に割り込んできた。どうやら命に別状は無かったらしい。

 彼女はそのまま士郎のそばにしゃがみ込むと、魔術による治療を開始した。

 

「動かないで。すぐに治してあげるわ」

 

 ポケットからビー玉サイズの小石――鮮やかなエメラルドを取り出すと、中に込められた魔力を使い、士郎の傷を治していく。

 何本も骨を砕かれ、内臓すら破損していた彼の身体は、普通ならば緊急手術が必要なレベルだっただろう。だがそこは魔術の力、五分ほどで内側の傷を取り払うと、残った外傷を用意しておいた救急セットで処理することができた。

 あらかたの応急処置を済ませた所で、凜が大きく息を吐く。

 

「でもマズったわね。こうなったら葛木は柳洞寺から降りてこない。あいつらを倒すには、こっちからヤツの拠点に攻め込まないといけないわ」

 

 最悪の事態だった。そもそもその状況を回避するための奇襲作戦だった筈が、初手から失敗した上、よもや全滅という危機にまで陥ったのだ。これが下手でない筈が無い。

 

「ではリン。キャスターを討つのは諦めると?」

 

「冗談!……それよりも衛宮君、さっきのは何?」意識を取り戻した時に見ていたのか、凜が問い詰めるような声を上げた。「貴方の魔術って、“強化”だけじゃなかったの?」

 

 どう答えたものか――言葉で表現するならば、そんな感じの表情を彼は浮かべた。彼自身にもどう告げて良いのか分からないようだった。

 

「そうなんだけど、初めに出来たのが“投影”だったんだよ。だけどそれじゃ役に立たないから切嗣が強化にしろって……」

 

 “投影”とは本来失われた物体のレプリカを、魔力を使って生産する技術である。

 無から有を生み出すこの魔術は一見便利なように見えるのだが、実際に生み出せるモノは形ばかりのハリボテが限界な上、維持していられる時間も非常に短い。はっきり言って、わざわざ使う意味すらないくらい効率の悪い魔術なのだ。

 

「そうね。私が師匠でも、きっと同じ事を言うと思うわ」

 

 彼の意思を読み取った凜が、同意の言葉を吐く。だが同時に疑問もこぼしていた。

 

「強化よりも先に投影……それにさっきの剣は……」

 

 ぶつぶつと小言を呟きながら考え込むように立ち上がる凜。既に彼女の意識は目の前の二人ではなく、己の中にある思考に向けられているようだった。

 

「遠阪?」

 

 心配した士郎が少し大きな声で呼びかけると、彼女は少し驚いたように現実の世界に戻ってくる。

 そして大きくその場でため息を吐いてから言った。

 

「……帰りましょう。これからについて考えなきゃいけない事がたくさんあるもの」

 

 彼女はさっと踵を返すと、一度も振り返ること無く真っ暗な山道を一人降りていく。

 そんな凜の態度に少々気になるものを感じながらも、二人は黙ってその背中に従ることにした。

 

 ◇

 

 別宅に戻り、改めて安全を確認すると、キャスターは真っ先に額を床に擦り付けた。

 

「申し訳ありません、宗一郎様。私がもっと上手く事を運んでいれば、こんな事には……」

 

「気にするな。もう過ぎた事だ」

 

 結果的に襲われる形となってしまったが、相手があと一日でも気付くのが遅ければこうはならなかった。加えて自分がライダーを倒した事がこの状況を生み出す一端を担っている以上、彼女ばかりを責めても意味がない。

 

 それに彼女が駆けつけていなければ、自分はセイバーに殺されていたかもしれないのだ。

 

「こんな怪我まで……」

 

「大した傷ではない」

 

 葛木は右手で握り拳を何度か作ってみせた。皮膚の表面を切り裂かれただけで、出血も酷いというほどではない。魔術の治癒になど頼らなくても、数日あれば傷は塞がるだろう。

 だが彼女は納得していないようだった。

 

「じっとしていて下さい。すぐに治しますから」

 

 ほっそりとした彼女の手が傷口の上に軽く触れる。続いて暖かな光が手を包み込んだ。

 送り込まれた生命力が傷を塞ぎ、瞬く間に皮膚が再生する。

 

「まだ痛みはありますか?」

 

 彼女がそう尋ねた頃には、葛木の手はもう傷痕すら残さず元通りになっていた。

 

「いや、大丈夫だ」

 

 大丈夫だと見せつけるように何度か手を開いてみせる。数回したところでようやくキャスターが胸をなで下ろした。

 

「よかった……」

 

「手間を掛けたな。礼を言う」

 

 纏っていた上着を脱ぎ、彼はやおら立ち上がると言った。

 

「遅くなったが食事にしよう。お前もまだなのだろう?」

 

 迫り来る危機から生き延びたばかりだというのに、普段と全く変わらないその態度。剛毅とも言えるマイペースさに、さしものキャスターも思わず忍び笑いを漏らした。

 

「どうした?何かおかしかったか?」

 

 笑われた事が不思議なのか、彼が僅かに首をかしげる。

 否定する代わりに微笑みながら、キャスターが穏やかな声で言った。

 

「いいえ。……そうですね。私もなんだかお腹が空きましたわ。すぐに用意しますから、一緒にご飯にいたしましょう」


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