キャスターが最強のSHINOBIを召喚したそうです 作:ざるそば@きよし
それなりに深い縦穴の底には、教会とは思えない異様な空間が広がっていた。
まず一番最初に目に留まったのは、部屋中に設置された無数の檻だ。サイズからして大型動物を閉じ込めておく物のようだが、間違っても教会の地下室に置かれるような代物では無い。
おまけに檻の中には何やら得体の知れない生物の影が蠢いており、絶えず不気味な呻き声を上げていた。
部屋に乱立するそれを見た瞬間、メディアは胸の中に言いようのない不快感と嫌な予感が沸き立つのを感じた。それは幼い頃に決して見てはいけないと言われた後ろ暗いモノを、うっかり覗き見てしまった時のような気分だった。
沸き立つ不安の正体を確かめるべく、彼女は警戒しながらゆっくりと檻に近づくと、中の生物に光を当て、そして思わず息を呑んだ。
檻の中に居た生物――それは決して動物などではなく、変質し、もはや原型すら留めなくなってしまった元人間だった。
檻での長い監禁生活と魔術の影響か、彼らの肉体はすっかり変わり果て、今では自ら歩き回る筋力や動かす四肢すらも残ってはいなかった。加えてその身体は部屋の壁に埋め込まれた装置と繋がれ、そこから何かを延々と吸い出されていた。
「悪趣味ね……」
部屋と檻、そして装置の意味を理解したメディアは気分の悪さに思わず舌を打った。
この部屋は言ってみれば精製所だった。生命維持と拷問機能を兼ね備えた装置によって檻の中の人間たちに絶えず栄養と苦痛を流し込み、そこから削り取った生命力を魔力に変換して精製している。一つ一つの質はあまり良くないが、幾つか集めれば、それなりの量になるだろう。
それこそサーヴァントを保持できる程度には。
無言のまましばらく彼らを見つめていたメディアだったが、やがて手のひらに収束した魔力の塊を幾つか作ると、それを彼らに向けて次々と撃ち放った。
銃弾そっくりの魔力弾が彼らの肉体を貫き、あっという間に命を摘み取る。長らく苦痛に苛まれ続けてきた彼らにとって、終わりの時を与える事だけが、メディアに出来る唯一の救いの方法だった。
「……ごめんなさい。今の私にはこれくらいの事しかしてあげられないわ」
僅かに目を伏せ、動かなくなった人々に向かってメディアが呟く。
他者から魔力を吸い取っているという点においては、自分も似たようなことをしている自覚はあるが、ここまで悪辣でも稚拙でもない。そもそも他者を痛めつけて魔力を絞り出すのは間違いなく三流のやり方だし、何より僅かな魔力を絞り出すためにこれほど愚かで非効率的な事をしているという事が、彼女にとってはただただ我慢ならなかった。
メディアは続けて檻に繋がっていた装置に狙いを定めると、今より二回りほど強力な魔術を放った。
無論、二度と装置を使わせない為だ。
先ほどとは比べものにならない威力の魔力を受け、装置が壁ごとごっそり消滅する。それを部屋にある全ての装置に向かって繰り返した後、ようやく彼女は息を吐き、改めてこの部屋と装置が持っていた意味を考えた。
外部から魔力を精製、抽出する装置を使う必要があるのは、間違いなく魔術師――更に言えば、大規模な魔術や使い魔を行使する類の人間だ。分類上は使い魔であるサーヴァントも、当然これに当て嵌まる。
そんなモノをわざわざ地下に隠してまで所持していると言うことは、あの神父はやはりただの監督役などではないのだ。
ひょっとしたら奴は他のマスターと繋がっているか、或いはマスターそのものなのかも知れない。
だとすれば、聖杯はやはりあの神父が既に持ち去ってしまった後なのだろうか? そんな余裕があるようには思えなかったが。
いや待て。もし仮に神父が他のマスターやサーヴァントと繋がっているならば、自分がここに留まっている間に別の場所にある聖杯を回収させていると言う可能性も考えられる。
或いは、そう思わせて自分をここから離れさせるのが狙いか。
考えれば考えるほど思考の沼に嵌まっていくのが分かる。まるで沈んでいくような感覚に囚われる。
残念ながら捜索に放った竜牙兵が神父を発見した形跡は未だに無い。どうやら完全に逃げられてしまったようだ。
状況を整理した上で二つの選択肢が目の前に浮かび上がる――ここに留まり捜索を続けるか、それとも急ぎここから離れるか。
留まっても恐らく良い事はないだろう。仮に自分が神父の立場なら、すぐに仲間やサーヴァントに連絡し、残った敵を襲わせる。敵の追手がすぐそこまで来ていても何ら不思議ではない。
口惜しいが、ここは素直に退くべきだろう。
メディアは苦渋の決断を下すと、天井に開いた穴から再び地上の入り口へと戻った。
そしてそれを待っていたかのように、教会の入り口には新たに二人の客人が現れていた。
◇
たどり着いた教会は不気味なまでに静かだった。
自宅から教会までに掛かった移動時間はおよそ二十分。人目を忍びながらやって来たにしてはかなり早い方だろう。
先に向かったキャスターとの時間差を考えても、それほど時間は経っていない筈だ。
「どう思う?」
己を抱える腕から降りながら凜が尋ねた。いつでも迎え撃てるよう、手には既に大振りの宝石をいくつか握り込んでいた。
「血の臭いが僅かに漂っているが、今は戦いの気配を感じないな」
対して隣に立つアーチャーは棒立ちだった。先に内部の気配を察知しての反応だが、完全に警戒を解いている訳では無く、鋭い視線を教会に向けて送っている。
「って事は、もう決着は付いたって事?」
「そこまでは分からん。しかし凜、君はあの神父が簡単に殺されるような人間だと本気で考えているのかね?」
言われた凜は咄嗟に言峰の顔を脳裏に思い浮かべた。
常に悪辣で、嫌味ったらしくて、神父という役職にはおよそ不釣り合いな人物ではある言峰だが、その強さは紛れもなく本物だ。
何しろ彼は凜に八極拳の極意を叩き込んだ師であり、教会ではかつて執行者を務めていた程の実力者なのだ。
そんな人間がいくらサーヴァント相手とは言え、それほどあっさり殺されるとは思えない。
なら今頃はどこかに逃げおおせている所なのだろうか?
様々な可能性が凜の頭に駆け巡ったが、全ては想像の域を出ない。彼の運命がどのような結果をたどったのであれ、中に入ればおのずと分かることだ。
「……とにかく中に入ってみましょう。ここで考えていても仕方ないわ」
意を決した凜が教会の扉を開けた。がらんとした無人の大広間は夜闇も相まって深淵のように暗く、明かりの類いは一つも点いていない。
仕方なく凜はスカートのポケットから小さな琥珀を一つ取り出すと、近くの床に向かって軽く放り投げた。数メートルほど先に転がった石が少しして強い光を放ち、教会の中を眩く照らし出した。
「誰も居ないわね……」
予想通り、照らされた教会の中はかなり荒れていて、あちこちに破壊の跡が見受けられた。中でも特に酷いのが床で、一角には底が見えないほどの大穴が開いていた。
だがそれを除けば周囲には誰も居らず、妙な罠が仕掛けられているような形跡も無い。誰かが物陰に潜んでいるような気配があれば、アーチャーがすぐに察知する筈だが、未だに武器すら出してない所を見ると、待ち伏せという可能性もなさそうだ。
これはいよいよすれ違いになってしまったのかと凜が思い始めたその時、アーチャーが素早く二本の短剣を握り込んだ。
「凜」殺気を漲らせた声で彼が言った。「気をつけろ。何かが下から上がってくるぞ」
数歩下がって宝石を構えると、床に空けられた穴の奥から黒い衣を纏った見覚えのある女が一人ぬっ、とせり上がって出てきた。
「キャスター!」
凜の決断は早かった。握っていた宝石を即座に投げつけ、空いた右手でガンドの狙いを定める。初撃で終わるとは思えない相手ゆえの多段戦法だ。
想定通り、キャスターは不意打ちをいともあっさり防いで見せた。後続のガンドもあしらうように無効化すると、即座に部屋の反対側まで距離を取る。すぐさまアーチャーが距離を詰めていくかと思ったが、どういう訳か、彼はその動きを途中で止めていた。
「あらお嬢さん。貴女がここに来たと言うことは、あの神父はやはり“そちら側”の人間と言う事かしら?」
キャスターの謎めいた問いかけに凜は思わず眉を顰めた。
「……? 何の話よ!」
意味が分からなかった。自分がここに出向いたのは、自ら陣地を離れたこの魔女を襲うためであり、綺礼とは何の関係も無い事なのだ。なのにこの目の前の女ときたら、まるで自分が綺礼と通じ合っているかのような口ぶりで話してくる。全くもって理解できなかった。
「とぼけるのはお止めなさい。あの坊やがしくじったら次は神父の番という訳? あなたも随分と節操がないのね」
皮肉混じりの口調でキャスターが続けた。どうやらこちらが何を言っても聞き入れるつもりは無いらしく、杖の狙いは既に自分に向けて定められていた。
「いいわ。こっちは最初からその気だっての!」
凜は更にポケットから追加の宝石を取り出した。向こうが何を考えていようが、チャンスを掴んでいるのはこちら側だ。難しい状況ではあるが、それをむざむざ捨てる訳にはいかない。
「ここで仕留めるわよ。いいわねアーチャー!」
覚悟を決めた凜が前に出ようとするが、肝心の切り札である筈のアーチャーは全く戦意を見せなかった。それどころか今にも戦おうとする二人の前に割って入り、こう尋ね始めたのだ。
「――待てキャスター。その前に一つ聞きたいことがある。君の魔力貯蔵量には、まだサーヴァントを擁する余裕があるかね?」
「……なんですって?」
突拍子もない質問に今度はキャスターの方が困惑の表情を見せた。まるで意味が分からないという風だった。
「理解できかったか? なら単刀直入に言おう。この前の提案を受けると言ったんだ」
「ちょ、ちょっとアーチャー!アンタ何言ってるのよ!?」
突然の事態に凜は叫び声を上げたが、アーチャーは見向きもしなかった。
「この前は断った癖に、一体どういう風の吹き回しかしら?」
「この前と今では状況が違う。そちらがセイバーを手に入れた以上、敵対するより味方に付いた方が賢明だ。それに君も言っていただろう? “マスターとサーヴァントは目的を達成するための協力関係に過ぎない”と。ならば目的を達成する確率がより高い方に付くのは当然のことだ」
「……随分と口が上手いのね。生前はさぞ世渡り上手だったのかしら?」
訝しげな視線を送ると共に、キャスターが皮肉の声を上げた。“理解はするが納得はしていない”と言った感じだ。
「まさか。私ほど下手な生き方をしている人間は他に居ないさ」冗談めかしながら肩をすくめると、アーチャーは短剣を捨ててゆっくりキャスターの方へと歩み寄った。「それよりさっさと契約破りを使ってくれないか? 知っての通り、あの小娘は私にとって何かと厄介でね。できれば破滅的な行動に出られる前に縁を切りたいんだが」
「アーチャー……!」
相棒の裏切りに凜は声を震わせたが、それで彼の歩みを止める事は出来なかった。腕に刻まれた令呪は残り一画しかなく、それを使えば最後、自動的に契約は解除され、残ったキャスターが何事もなく再契約を済ませるだけだった。
しばしの間、キャスターは二人に警戒の視線を送らせていたが、やがて彼の寝返る意思が本物だと分かると、自らの宝具である歪な形の短剣を懐から取り出した。
「――
真名を解放しながら魔女がナイフの切っ先を軽く突き刺す。すると瞬く間に凜とアーチャーの間に結ばれていた魔力の因果が断ち切られ、同時にマスターとして交わしていた筈の契約もあっさりと打ち切られてしまった。
「う、そ……」
凜が呆然とした声で呟いた。声と一緒に何もかもが抜け落ちてくような気分だった。まさかこんな事になってしまうとは予想すらしていなかった。自分が見限られるなどと。
「ふふふ……あっはっはっはっは! こんなコトってあるかしら!? まさかセイバーに続いてアーチャーまで手に入るなんて!」
一瞬にして全てを失った凜とは裏腹に、キャスターの声は喜色満面と言って良かった。無理もない。本来苦労を重ねて倒す筈だった強敵が自分から寝返ってくれたのだから。
令呪の刻まれた右手を何度かさすり、繋がった魔力の通路に何も異常がないか確かめると、わざとらしく落ち着き払った声音でキャスターが言った。
「さて。そうなると問題は、そこに残ったお嬢さんよね」彼女が差し向ける視線には、皮肉と嘲笑、そして確かな殺意が渦巻いていた。「坊やの時のように逃がしてもらえるとは思わない事ね。あなたとあの神父がどう関係してるのか、徹底的に確かめさせてもらうわ」
「待てキャスター」とアーチャー。「さっきから気になっていたが、あの神父が一体何をした? その小娘と何の関係がある?」
「今更とぼける必要もないでしょう? 神父はそのお嬢さんと繋がっていて、あなたたちは彼から連絡を受けてここにやって来た。違う?」
「違うな。少なくとも我々があの神父と共闘関係を結んでいた事実はない」きっぱりとアーチャーが言い切った。どちらの側についたにせよ、客観的な事実のみを語るという一点においてはどこまでも律儀な男であった。「むしろ何故そんな結論に至ったのか、こちらが聞きたいくらいだ」
「教会の地下に部屋を見つけたわ。人間を拷問し、魔力を絞り出すためのね」吐き捨てるような声音でキャスターが答えた。嫌な光景が未だに瞼にこびり付いていると言いたげな表情だ。「あの神父はただの監督役じゃない。何か別の目的で動いている。それがなんであれ、近いうちにあの男は捕まえて何もかも吐かせるわ。私の目的を果たす為にね」
「あの神父の行き先が分かるのか?」
「それについてはすぐに目星をつけるわ。私の目はそれこそ街中に広がっているのだから」キャスターが実に魔女らしい悪辣な笑みを浮かべた。「それよりあなた達があの神父と無関係だというのであれば、なぜ私がここに居ると分かったのかしら?」
「使い魔だ」あっさりとアーチャーが手の内を曝した。「一つはアサシンに破壊されたが、あれは囮だ。本命はすぐ近くに注意深く隠しておいて、油断した相手の手の内を覗き見る。そうして君が教会の方へと向かっていくの見たそこの元マスターが、これ幸いと奇襲を提案したと言うわけだ」
まるで他人事のようにペラペラと今までの経緯を語るアーチャー。そんな彼に凜は思わず唇を噛んだがどうしようもなかった。今の自分は二人の気分次第でどうにでもなる、哀れな捕虜に過ぎなかった。
「なるほど。単純だけど上手い手を使うのね」そこでようやく、キャスターが凜に向かって視線を投げた。「気が変わったわ。どうやらあなたは本当にあの神父とは無関係なようだし、こうして私に手駒をくれたのだから、特別に見逃してあげる。他のマスターが来ない内にさっさとここから離れる事ね」
言い終えるや否や、二人の姿がゆらりと歪んだ。いつかのように魔術で空間を転移し、この場を脱出しようとしているのだ。
徐々に消えゆくアーチャーに向かって、凜は反射的にガンドの狙いを定めた。が、結局それが放たれる事は一度もなく、結果としてただ未練がましい少女のように指を突き出すだけに終わった。
やがて彼らの姿が完全に消え去ると、取り残された凜は失意に顔を歪ませながら教会を後にした。
自分に見限られた士郎も果たしてこんな気持ちだったのだろうかと心のどこかで考えながら。
◇
言峰教会がある丘の中腹には、外国人向けの古い共同墓地が建っている。
元々はこの土地に移り住んだ異邦者たちが自分たちの骨を埋める場所として作り出した場所で、今でも多くの外国人移住者たちが最後はここに葬られる事を望んでいる。表向きは普通の教会として運営している言峰教会も、他の教会の例に漏れずその管理を任されており、実態としては教会の一部と言って差し支えなかった。
深夜の静寂が包み込む墓所の一角、誰の名前も刻まれていない古い墓石の一つが突如、ぼこり、と不自然な物音を立てて横にスライドしたかと思うと、墓の台座の中から言峰綺礼が姿を現した。
キャスターの読み通り、教会の地下には万が一に備えての避難路が複数用意されており、今回彼が使った共同墓地への通路もその一つだった。とは言え、そこへと続く道は様々な技術によって巧妙に隠匿されており、いかなる魔術師であろうともおいそれとは発見できない状態になっていた。
周囲の様子を慎重に伺いながら綺礼は静かに台座の縁に手をかけたが、そこに声をかける者がいた。
「よう。サーヴァント相手によく無事だったな」
現れたのは青い服を着た槍のサーヴァント、ランサーだった。彼はつまらなそうに綺礼の腕を掴むと、大柄な筈の彼を難なく地面まで引っ張り上げた。
「敵は?」
「居たらここには来てねえよ」わざとらしくランサーが肩を竦ませた。「それよりこれからどうするんだ? ご自慢の教会はもう使えねえぞ」
「構わんさ。もともとあそこには聖杯戦争に必要な物など何もないのだからな」
服についた埃を払いながら綺礼が答えた。自らの本拠地を失ったというのに、その事実に毛ほどの執着も見せてはいなかった。
思いもよらぬ彼の発言にランサーはわずかに眼を見開いたが、やがて考えても仕方がないとばかりに頭を切り替えると、彼の身体を肩に担いだ。そして人間離れした跳躍力で墓地を離れると、あっという間に闇夜に消えて見えなくなってしまった。