キャスターが最強のSHINOBIを召喚したそうです 作:ざるそば@きよし
続くかもしれないし、続かないかもしれない。
キャスターが最強のSHINOBIを召喚したそうです
キャスターのサーヴァントであるメディアは、現界してから今までずっと不幸続きの状況に苛まれてきた。
全ての始まりは『どんな願いでも叶う』という謳い文句に惹かれてしまった事だ。愛した男に裏切られ、故郷に戻る事すら許されずに人生を終えた彼女にとって、聖杯の触れ込みはまさに一縷の望みに等しかった。
たとえどれほどの時間が過ぎているとしても、せめてもう一度だけ故郷の景色を見てみたい……。
そう思って召喚に応じたと言うのに、自分を呼び出した相手はかつて自分を裏切った男に勝るとも劣らない外道だった。
男は事あるごとにメディアを『魔女』と蔑むと、まるで己の力を誇示するかのように自らの工房や魔術を彼女に見せつけた。神代の魔術を極めたメディアにとって、現代の魔術や工房など文字通り児戯にも劣るレベルの代物だというのに。
彼女が力の一端を見せるたび、男の顔は苦悶と嫉妬に歪み、そして再び負け惜しみのように彼女を魔女と侮蔑していく。
そんな男が彼女を殺そうと思い立つまで、さほど時間はかからなかった。
男は密かに他のマスターを雇い入れると、あろうことか自らのサーヴァントを殺害するように仕向けたのだ。
あんな魔女を召喚してしまったのがそもそもの間違いだった――“裏切りの魔女”と呼ばれた売女ごときが、栄光ある自分のサーヴァントであっていいはずがない。出来の悪い不良品は速やかに処分し、もっと有用な、自分に相応しいサーヴァントを召喚するべきだ。
嫉妬と憎悪と挫折に狂った男にとって、その選択こそが自らのメンツとプライドを保つための最期の手段だった。
魔術師相手に善悪の説法をするつもりは毛頭無かったが、あまりの男の身勝手さに嫌気が差したメディアは男を工房ごと徹底的に破壊し尽すと、重傷を負いながらも敵サーヴァントを撃退し、人気のない山奥へと一人逃げ出す事に成功した。
だがその為に支払った代償は決して安くはなかった。
魔術師である彼女は本来、一対一の戦闘には向いていない。というよりも、名のある英雄を相手に肉弾戦を仕掛けるなど、自殺にも等しい蛮行である。
全身に重傷を負い、魔力の大半を失いながらも彼女は何とか生き延びた。それはある種の奇跡と言っていいだろう。
だがそれもここで終演だ。
マスターを失い、持てる力のほとんどを使い切った彼女の命は、持ってあと数時間が限界だった。
「――折角この世に戻って来たのに、こんな終わりだなんて」
老いた大木に背を預けながら彼女は静かにひとりごちる。
「私はただ……自分の故郷に、帰りたかっただけなのに……」
悔しさを滲ませた遺言だが、無意味な嘆きに過ぎなかった。魔力もマスターも居ない今、自分の身体はいくらも経たずにこの世から消え去るだろう。
だがそれも、魔女と蔑まれながら利用されて生きていくよりずっとマシな筈だ。
そう考えながら消えるに身を任せていると、冷たい雨を割って一人の男が現れた。
「そこで何をしている」
それが後にマスターとなる葛木総一郎との最初の出会いだった。
◇
メディアを抱えた男が目指したのは山頂にある寺だった。彼は自室の寝床に彼女を寝かせると、無言で傷の手当を始めた。
手当てをしている間、彼はメディアに対して何も尋ねなかった。彼女が何者なのかも、どうして傷だらけであそこに居たのか知ろうともしなかった。ただ静かに自分を受け入れ、匿ってくれた。それはメディアが今まで出会ってきたどんな男とも違う優しさだった。
「……何も聞かないのですか?」寝かされた床の中から彼女は男に尋ねた。何も聞かず、ただ黙々と手を動かす彼の事が不思議でしょうがなかった。
「聞いてほしいのか?」
男は静かに尋ね返した。無表情を貫く彼の瞳は鏡のようにメディアの姿を映し出している。
「いえ……」
彼女は言葉を詰まらせた。何を言いたいのか、何を言うべきなのか、自分でもよく分からなくなっていた。
「言いたくないのであれば、私は何も聞かない。出ていくというのなら、その襖を開けて寺を出るがいい」
指し示された襖をメディアはじっと見つめた。たとえここを出て行ったとて、他に行くあてなどあるはずもない。
それに助けて貰ったのに何も言わないまま立ち去るというのは、何とも不義理な行為だ。
そう考えたメディアは、今まで起こった事の全てを目の前の男に向かって吐き出す事にした。
“聖杯戦争”という殺し合いの中で呼び出された事、自分が遥か昔の時代を生きた人間である事、そしてマスターという楔が無ければもうすぐ消えてしまう事など――彼が理解できるかどうかは全て棚に上げ、メディアは自分が知りうる全てを語った。
聞いている男にとってはさぞ荒唐無稽な話だっただろう。だがその全てを聞き終えた上でも尚、彼は答えは静かだった。
「そうか、お前の事情は分かった」
「……このような話を信じるのですか?」
思わずメディアは眉を顰めた。こんな意味不明な話をされれば、普通の人間は取り乱したり、相手の素性を疑ったりするのが自然な筈。だと言うのに、彼はまるでごく普通の世間話でも聞かされたかのように平然としていた。
「お前が嘘を言う理由はないようだが、それとも私を謀る理由があるのか」
「貴方のほうこそ、血まみれの女を助ける理由がありません」
「お前がどのような人間なのかは、直接話してみなければ分からない。違うか?」
言われてみれば確かにその通りなのだが、こんな突拍子もない状況でそんなことを言うのはハッキリ言って異常だ。
それに続いて彼は更にとんでもないことを言い出した。
「気が済んだか。では事を済ますがいい」
一瞬、彼女は自分にかけられた言葉の意味を理解できなかった。遅れて理解した彼女が恐る恐る質問を投げかける。
「それは、つまり……?」
「お前には憑代とやらが必要なのだろう。ならば私がマスターになる他はあるまい」
彼が? 自分のマスターに?
突拍子もない発想だった。聖杯戦争は正真正銘の殺し合いだ。その中にあえて飛び込もうなどと、一体誰が考えるだろうか?
だが目の前の男からは謀ろうという意思は微塵も感じられなかった。彼は真剣に自分と共に戦うと言っている。
本当に信じていいのか? 裏切られ続けてきた苦い記憶が、メディアの脳裏を駆け巡る。
しかし彼なら――死にかけた自分を何も言わずに受け入れてくれたこの男ならば、もう一度、信じてみてもいいかもしれない。
メディアは覚悟を決めた。
「……一つだけ、私には夢があるのです」
ぽつりと独り言のような声音で呟く。それはまるで、思春期の少女が意中の相手に好意を告げるような口調だった。
「小さいけれど大切な夢……それを叶える為、どうか貴方様の力を貸してくださいますか?」
「わかった」男は即座に頷いた。そこには一変の迷いも躊躇いも無かった。「私に協力できることであれば、力を貸そう」
◇
葛木という新たな楔を得たメディアは、生き残るためにあらゆる策を巡らせた。大地の霊脈を使って街の人々から魔力を吸い上げ、ねぐらにしていた寺院に工房を敷いて結界を張り、どんな敵が押し寄せてこようとも戦い抜けるような算段を生み出す。
そしてその間、メディアの胸の中には常に葛木の姿があった。
あの人は今まで接してきた男たちとは全てが違った。自分を利用することもなく“魔女”と蔑むこともない。ただ静かに自分に寄り添い、一番欲しかったものをくれる。こんな事は初めてだった。
そして彼への好意を自覚した時、彼女は胸の中で密かに誓いを立てた――あの人だけは、何があっても守り通そう、と。
だがマスターとして自分を匿っている以上、いずれ他のサーヴァントたちが襲いかかってくる事だろう。いくら戦いの心得があるとは言え、自分と彼だけでは万が一という事も十分あり得る。
故に、彼女は禁じられた手段に出る決意を固めた。
◇
「――できたわ」
白い息を夜空に零しながらメディアは一人呟いた。眼前にはかつて自分を呼び出したのと同じ魔法陣が描かれている。あとは英霊召喚に必要な触媒を供え、指定された呪文を唱えるだけでいい。
しかしそれこそが、メディアが抱える一番の問題であった。
「……この眼、本当に使って大丈夫なのかしら?」
そう言って彼女が懐から取り出したのは、一組の眼球を保護液で満たしたガラスの瓶だった。
元々これはメディアを召喚した男が用意していた予備の聖遺物の一つで、彼女を亡き者にした後はこれを使って新たなサーヴァントを召喚しようとしていたらしい。もっとも、その機会は永遠に失われてしまったが。
故に彼女はこれが何の英雄の触媒なのかを知らない。保管されていた場所にはただ聖遺物である事だけが簡潔に記されていた。見た目からして人間の目玉であることは確かだが、眼の“持ち主”が一体誰なのかは全くの不明だった。
とりあえずこれを使えば、何かしらの英霊を呼び出すことが出来るのだろう。もしかしたら強大な力を持ったサーヴァントかもしれない。だがそれが必ずしも自分やマスターと相性のいい人物であるとは限らない。
決して分のいい賭けではない。だが強力な駒を増やせる可能性があるならば試さない手はない――無駄に決断を長引かせれば、その間に他のマスターがサーヴァントを召喚してしまう。そうなれば、たとえどんな聖遺物を持っていようと意味がないのだから。
「……これはもう決めたことなのよメディア。今さら弱気にならないで」
未だに迷う己を叱咤するように小さく呟くと、彼女は瞳を閉じ、眼前の図形に向けて意識を集中させ始めた。
「――素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。祖には我が大師ヘカテ」
厳かな口調と共に一つ一つ言葉を紡いでいく。するとそれに呼応するかのように、描かれた眼前の魔法陣も淡い光が灯し始めた。
「降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
弱々しかった輝きが次第に強くなる。詠唱が進むと同時に力が脈動し、陣に含まれた魔力が徐々に渦を巻いて騒ぎ立てる。
「閉じよ(みたせ)。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。繰り返す都度に五度。ただ満たされる刻を破却する」
導きの呪文に聖杯が強く反応する――形を求めて渦を巻いていた力が一つの在り方へと集結していく。
「――――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
風が吹き荒れる――見えない力が形を成し、魔力の奔流が聖杯から止めどなく流れ込む。召喚成功までもうすぐだ。
「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」
最後の呪文を言い終えると同時に光が今までで最も強く瞬き、僅かな間、境内を昼間の様に照らす。
召喚は成功した――まずは第一段階完了だ。
眩い光の裏側でメディアが小さくほくそ笑む。
周囲を照らしていた光が弱まり始め、メディアが再び目を開けると、陣の中央には朱色の鎧を身に纏った男が一人静かに佇んでいた。
◇
うちはマダラが意識を取り戻した時、最初に飛び込んで来たのは見たこともない光景だった。
一言で表すならば、そこは『寺』だった。月光に照らされた境内は厳かで、実に神秘的な雰囲気を周囲に漂わせている。奥に見える雅な造りの本殿も、明かりの少ない深夜でなければ美しい外見を存分に見せるつける事だろう。一目見て立派な寺院であると分かった。
だが、なぜそれが目の前にあるのだろうか? そもそも自分は死んだ筈なのだ。身体から十尾を引き抜かれて。
そこまで考えた時、彼は思い出した――自分の世界には死者を蘇らせる方法があるということを。
「また穢土転生か……だが、以前の時とはまた少し違うようだな……」
浄土(あの世)から死者の魂を召喚する“穢土転生の術”――それは基本的に対象者を死ぬ直前の姿で再現する。だが今の自分の身体は二度目に死んだ時よりも幾分か若い年齢のようだった。加えて言えば、身体に埋め込んでいた千手柱間の細胞も、両目に宿っていた六道の力も感じられない。まるで昔の自分に戻ったような感覚だった。
これは一体どんな状況なのかと考えていると、不意に何者かの声と気配を背後に感じた。
「――冬木へようこそ。名も知らぬ英霊さん」
振り返るとそこにはフードで目元を隠した不気味な人影が佇んでいる。声の質感やシルエットからして中身は若い女のようだが、もちろん自分の知っている人物ではない。
「……女、俺をここに口寄せしたのはお前か?」
投げかけられた質問に女は首を縦に振って答えてみせた。
「ええそうよ。あなたは私が召喚したサーヴァントで、私はあなたのマスター」
「サーヴァント? 何の話だ?」
聞き慣れない単語に思わずマダラは眉を顰める。
「あなたは既に理解しているはずよ。サーヴァントは召喚の際に聖杯からある程度の知識を与えられているのだから」
言われてからマダラは自分の記憶の中に馴染みのない知識がある事に気がついた。聖杯戦争、サーヴァントとマスター、魔術師と英霊――それは遠く離れた時代から呼び寄せられた英霊のために聖杯が用意した情報であり、同時に今の状況を彼に理解させるための知識だった。
それによれば、自分は英霊と魔術師が繰り広げる殺し合いに参加させられたという事だ。
「……なるほど。聖杯戦争、面白い話だ。願いや聖杯などに興味はないが、強い者と戦えるというのには興味がある」
状況を理解したマダラは不敵に笑った。過程はどうであれ、自分は再び戦いの場へと駆り出されたのだ。おまけに強者ばかりが争う聖杯戦争は、まさにうってつけの宴といってもいい。
しかしそれには一つだけ大きな問題があった。
「だが女の指図で動くというのは気に食わんな。悪いが俺は俺で勝手にやらせてもらう」
誰かの差し金で動く――それはうちはマダラの性格からは決して認められない事だった。知らず知らずのうちに操られ、利用され、最後は玩具のように打ち捨てられた彼にとって、もう二度と誰かの思惑で利用されるのは御免だった。
だがその意思は再び否定されることとなる。
「調子に乗らないで。あなたを召喚したのはただの保険。本来ならば私一人でも十分この戦いを勝ち抜くことは出来るのだから」
そう言うや否や、キャスターの左手から眩い光が瞬き、同時にマダラの身体は硬直したようにその動きを止めた。
「……ッ!!」
全身に重石をつけられたような感覚に、思わずマダラが顔をしかめる。試しに抵抗を試みるが、まるで意識だけ切り離されたかのように彼の身体は何の行動も受け付けない。
「なるほど……今のが令呪とやらか」
令呪――それは召喚されたサーヴァントを強制的に従わせるための絶対命令権である。
聖杯から選ばれた証としてマスターはそれを三画まで所持しており、使用することで契約したサーヴァントに命令を強制させることが出来ると、与えられた知識が教えてくれた。
「その通り。今から貴方はこの柳洞寺の門番よ。早々に消えたくなければ、せいぜい戦いに励む事ね」
令呪の力は非常に強く、これを使って命令されてしまえばサーヴァントはどんなに抵抗しようと拒むことは出来ない。それはマダラであっても例外ではないようだった。
始めのうちこそ襲い掛かるような勢いでキャスターを睨みつけていたマダラだったが、やがて門に向かって歩き出すと小さく呟いた。
「いいだろう。今はせいぜい勝ったつもりでいるがいい……だが、最後までその余裕が続くとは思うなよ」
その言葉がキャスターに聞こえたかどうかは定かではなかったが、彼にとってそれが戦いの始まりを示す合図だった。