キャスターが最強のSHINOBIを召喚したそうです 作:ざるそば@きよし
「いい? アインツベルンの森は丸ごと全部が相手の結界よ。一歩でも足を踏み入れれば、その時点で居場所がばれるわ。流石にいきなり襲っては来ないでしょうけど、侵入者用の罠が仕掛けられてないとは言い切れないから、十分注意して」
緊張の面持ちでタクシーを降りながら凜が告げた。家から背負ってきたバックパックには、万が一の事態に備えて様々な道具や魔術礼装が入っている。交渉に来たとは言え、自衛手段は用意しておくに越した事はない。
「分かってるよ。俺だって、それくらいの用心はできるさ」
と、傍らで運転手への支払いを済ませながら士郎がぼやいた。聞き流した小言も、事前に彼女の家で行った打ち合わせの中で口を酸っぱくして注意されていた部分だった。
今後の方針を固めた二人は郊外にある広大な森まで来ていた。長らく人の手が入っていない原生林は、書類上はとある海外資本家の私有地という事になっているが、実際はアインツベルンが聖杯戦争の為に買い取った土地で、対サーヴァント用に徹底的な調整が施されている。入り組んだ地形や結界の効果も相まって、まさに天然の要塞と言ってよかった。
ここから先に一歩でも踏み入れれば、あらゆる意味で命の保障は無い。向こうは気まぐれ一つでこちらの命をどうにでもできる力があるのだ。それをどうにかして説き伏せ、自分たちの味方に引き入れなければならない。
緊張した雰囲気が漂う中、濃密な魔力が漂う木々の間を二人がゆっくりと歩き始めた。時折感じる肌を刺すようなピリピリとした感触は、張り巡らされた結界が自分たちの居場所を逐一拾っている証拠だ。
結界から干渉を受けるたび、相手が何か仕掛けてくるのではないかと肝を冷やした二人だったが、意外な事に何かが起こる様子は一向になく、淀みない調子で森の中を進み続ける事が出来た。
「……妙だわ。これだけ森の中を歩いて何もしてこないだなんて」
森の中を二十分ほど歩いた所で、納得いかないとばかりに凜が疑問の声を上げた。
いくら脅威にもならないとは言え、結界の中を他の魔術師が堂々と歩いていれば、警告なり排除なりするのが常識である。だと言うのに、相手から当然あるはずのリアクションがまったくと言っていいほど無かったのだ。
「イリヤが俺たちを歓迎してるって可能性は?」
「ないわよ。向こうがその気なら、もっと早い段階でこっちに話しかけて来るでしょ」
凜の指摘に士郎がなるほどと首を振る。確かに幼く大仰なイリヤスフィールの性格からして、それくらいの反応はあって然るべきだ。
それが無いという事は。
「つまり……相手に何かあったって事か?」
「あるいは現在進行形で起こってる最中か、ね」
表情をわずかに硬くすると、凜は背中のバックパックを担ぎ直し、進む足を早めた。
「急ぐわよ。もしかしたら、貸しを作るどころじゃなくなるかもしれないわ」
◇
森の中をさらに十分ほど歩いた所で、二人はようやくはそこにたどり着いた。
アインツベルンの城――始まりの御三家であるアインツベルンが聖杯戦争の本拠地として使うため、本国からはるばる分解してまで運び込んだ、正真正銘の城砦である。
あらゆる戦いを想定して作られた分厚い城壁は見事なもので、サーヴァントの力を持ってしても破壊するのは容易ではない。
そんな広大な城の周囲を回りこみ、二人は出入り口を探した。今回は戦いではなく対話をしに来たのだから、わざわざ危険を冒して忍ぶ込む必要はどこにもない。
外周を半分ほど歩いたところで目当てのエントランスゲートを見つける事ができた二人だったが、すぐに入ろうとはしなかった。扉の向こうから、凄まじい轟音と血の匂いが漂っていたからだ。
「……やっぱり、あたし達の他にも先客が居たみたいね」
苦い顔で凜が呟く。相手から何の反応も無かった事も、ここまであっさり辿りつけた事にも合点がいった。既に他の誰かが城に乗り込み、戦いを繰り広げていたのだ。
咄嗟に士郎がこちらに顔を向けた。加勢しようと言っているのが表情で分かったが、同意は出来なかった。そもそもこちらには戦力となるサーヴァントが居ないのだ。援護するどころか、巻き添えを食って死ぬ確率の方がずっと高い。
とは言え、ここまで来て今さら引き返すというのも無理な話だ。肝心のイリヤスフィールが殺されてしまっては同盟の話どころではなく、聖杯戦争は完全にキャスターの天下になってしまうだろう。
辺りを見渡すと、五メートルほど上の城壁に小さなベランダのついた窓があるのを見つけた。あれなら戦闘を避けながら城内に入る事ができそうだ。
「ひとまずあそこから中に入りましょう」
士郎に先立ってそう言うと、凜は両足に魔力を篭めた。魔術によって脚の筋肉を増強し、一時的に規格外の跳躍力を獲得する。
助走をつけて壁を蹴り、反動を利用して一気に上に駆け登る。無事に柵の縁に手を掛けてベランダの内側に入り込むと、バックパックの中に入れておいたロープを取り出し、柵に結んで下に垂らした。
士郎がロープを登ってくるまでの間、凜は窓越しに部屋の様子を確かめた。幸いな事に中には誰も居らず、使い魔や罠の類いも設置されていない。とりあえずは中に入っても問題なさそうだ。
窓の周囲に消音と呪い除けの結界を張ると、凜は鍵が掛けている部分に向かってガンドを放った。必要最小限にまで威力を絞ったおかげか、窓ガラスには小さな穴が穿たれただけで、大破壊までには至っていない。
まるで押し込み強盗ね、と凜は内心で自らを皮肉ったが、笑ってばかりもいられなかった。エントランスから響く戦いの音は、さらに激しさを増していた。
と、ここで上がってきた士郎が凜の肩を叩いた。周囲に問題がない事をもう一度確認すると、壊した窓をそっと開け、二人が素早く中に入る。そのまま廊下に続く扉をくぐり、二人はエントランスを目指して走り出した。
戦闘による地響きは、今もそこから起きている。目的地はもうすぐそこだ。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」
身も竦むような巨大な咆哮が前方から聞こえてきた。間違いない。ギリシャ屈指の大英雄、ヘラクレスの雄叫びだ。
やはりイリヤスフィールは誰かと戦っている。だが一体誰と?
その答えを確かめるべく、凜と士郎はたどり着いた廊下の角からエントランスホールに向かってそっと顔を覗かせた。
そこに映っていたのは、今まで見た事のない異様な光景だった。
◇
二人が最初に目を引いたのは、宙に浮かんだ大量の武器だった。
剣に槍、斧に鎌など、古今東西の様々な武器が空中に所狭しと並べられ、その切っ先を相手に向けて威嚇している。遠目では詳しい事は分からなかったが、一つ一つに込められた異常なまでの魔力量からして、ただの武器でない事は明らかだ。
それらをまとめて操っているのは、一人の若い男性だ。端正な顔と黄金を溶かしたような眩い髪が特徴の青年で、美男子と言っても良い。黒一色のジャケットにパンツという現代風の出で立ちではあるが、纏っている雰囲気や威圧感は決して常人のものではなかった。
「どうした大英雄? もっとあがいて我(オレ)を満足させて見せろ」
すっ、と青年がバーサーカーに向けて指揮者のように右手を振るった。直後、背後に控えていた長槍、直刀、斧の三本が、主の指示に従って弾丸めいた速度で飛んでいく。
文字通り飛来する剣戟に対し、バーサーカーは右手の斧剣を構えると、狂戦士とはとても思えない鮮やかな手並みでそれらを全て撃ち払う。
けたたましい金属音がエントランス中に響き、弾かれた武器が壁や床を木っ端微塵に破壊した。見ればそうして突き刺さった武具はこれが最初ではなく、部屋中に何十本も散らばっていた。
三つの武具を防ぎ切った所で再び青年が手を振った。次の得物は倍の六本だ。
バーサーカーも同じく武器を振るって迎撃したが、全ての攻撃に対処するのは無理だった。四本目に飛んできた矛がバーサーカーの二の腕に突き刺さり、後続への対処を鈍らせていたからだ。
僅かに生まれた隙間を突かれ、巨漢の肉体に次々と武器が突き刺さる。さながら針を突き刺す剣山のように、バーサーカーの身体を新たに飛んできた武器が何度も何度も串刺しにし、蹂躙していった。
「バーサーカーッ!!」
背後に控えていたイリヤスフィールが悲鳴を上げた。目の前で起きている事が信じられないと言わんばかりの顔。彼女もまた、士郎や凜と同じように侵入者に対する情報を何一つ持っていなかった。
「何やってるの! あんな生意気なヤツ、すぐにやっつけちゃってよ!」
悲鳴にも似た少女の叱咤に、くずおれかけていたバーサーカーの眼が光を取り戻した。不死の祝福によって失われた命が取り戻され、負っていた傷が修復される。
身体に突き刺さった武器のうち、邪魔な物だけをまとめて引き抜くと、バーサーカーは走り出した。狙いはただ一つ。前方に佇む得体の知れない侵入者だ。
「■■■■■!!!」
巨岩のような身体が凄まじい速度で疾走する。青年との距離はすでに十メートルもなく、あと数歩進めば刃が届く。
右手に握られた黒曜石の刃が振りかぶられる。この距離では武器を発射するには遅く、青年の頭はザクロのようにバラバラに砕け散ると、この場に居る誰もが思った。
だが、実際はそうはならなかった。
「天の鎖よ!」
青年が鋭く命じると、バーサーカーの足元の空間がにわかに輝きを放ち、金色の鎖を次々と吐き出した。それらはまるで蛇のようにバーサーカーの身体にひとりでに絡みつくと、彼の身体をその場に縫い付け、動きを完璧に封じてしまった。
「■■■■■■■■!!!!!!」
忌々しい鎖を引き千切ろうとバーサーカーが全身に力を籠めるが、鎖はまるでびくともせず、それどころか逆にバーサーカーの身体を砕かんばかりに強く食い込み、身動き一つ許さずにいた。
「無駄だ。それは最強の神獣すら封じた天の鎖。神性を持つ者には決して外す事はできん」
つまらなそうに言い放つと、青年が大量の武器を背後の空間から引き出した。
「それなりに楽しめたが、やはり狂っていては歯ごたえが無いな。もういい。失せろ、大英雄」
処刑の合図とばかりに青年が軽く身振りをすると、背後の武器が一斉にバーサーカーに向かって殺到する。数十を超える夥しいまでの武器。たとえギリシャの神々が誇る祝福を持つヘラクレスであろうとも、到底耐えきれるものでは無い。
鋼の肉体から血しぶきが飛び、エントランスが真っ赤に染まる。死して尚その身体は鎖によって動きを封じられているため、最後の姿は立ち往生のままだ。
僅か一分にも満たない時間。残った命を全て削り取られ、最強と恐れられたバーサーカーは、あっけなくその活動を停止した。
「バーサーカーッ!!」
力尽きた相棒に向かって少女が駆け出した。続いて隠れていた士郎も飛び出していきそうになったが、凜が抑えた。こんな状況で飛び出して行ったところで、二人仲良く無駄死になるだけだ。
「許さない……お前なんか……」
霊核が消滅し、徐々に消えていく身体を抱き締めながらイリヤスフィールが目の前の男を睨む。涙を浮かべ、震える身体には強い憎悪と絶望が見て取れた。
「人形よ、貴様の聖杯は我が有効に使ってやる。我の手に掛かって死ぬ名誉だけを胸に抱いて消えるがいい」
己に向けられた感情など意にも介さず、すっ、と青年がイリヤスフィールに向かって手を伸ばした。無造作とも言える手つきでそれは彼女の胸を貫くと、その奥――肉体の中心で動いていた臓器を掴み取り、そして力任せに引き抜いた。
ぶちぶちと嫌な音を鳴らしながら肉体からそれが分離していく。引き千切られ、勢いよく吹き出た血液が男の右手を汚していく。
「ふむ。脱落者が少ないせいか量は少ないが、まあいい。どうせすぐに溜まる」
未だに小さく動き続けている血まみれの心臓――それを楽しげに弄くりながら青年は呟くと、目の前に現れた歪んだ空間に入れた。背後にあった武器と同じく、どこかへと収納したのだと分かった。
直後、イリヤスフィールの身体がどさりと崩れ落ちた。瞳孔が開き、ぽっかりと空いた虚からは夥しいまでの鮮血が流れ出る。
最後に少女が完全に死んだのをつまらなそうに見届けた青年はそのまま何事もなかったかのように踵を返すと、用が済んだとばかりに足早にエントランスを出て森の中へと消えていく。
取り残された二人が動き出す事が出来たのは、それからしばらく後の事だった。
◇
イリヤスフィールが死んだ。
その現実は二人の心に重くのしかかった。特に正義感の強い士郎にとってはなおさらで、彼の顔色は今や怒りに満ちている。目の前で彼女を殺されたのが余程悔しかったのだろう。あるいは助けに出て行けなかった自分の無力さを悔いているのかも知れない。
慰めの言葉をかけるべきか凜は悩んだが、あえて何も言わなかった。言えば彼がすぐにでも飛んで行ってしまう気がしたからだ。
しばらくして二人はイリヤスフィールを城の裏に運んで埋めた。遺体を納める棺も供える手向けもなかったが、野ざらしのままにしておくのはあまりにも哀れだった。
無言のまま二人で少女の身体を土に埋め、手頃な石と花を添えて静かに両手を合わせる。元は敵だったとはいえ、生きたまま心臓を抜かれるという凄惨な殺され方には同情する他ない。
「……参ったわね」
ぽつり、と凜が呟いた。実のところ、これからの自分たちの方針ついてどうしていいものかと困り果てていた。手詰まりと言っても良かった。
イリヤスフィールとバーサーカーが脱落した以上、キャスターに対抗する勢力はもう生み出せない。あの謎の男が何者かは知らないが、自分たちに協力するような人物には到底思えない。となれば、自分たちは本格的にもう終わりだ。キャスターは今回の聖杯戦争に勝利し、聖杯を顕現させるだろう。その使い道が何であれ、碌でもない事に違いない。
「諦めるな遠坂。きっと何か方法はある」
静かに士郎が言った。先ほどまでの怒りは僅かに収まり、かわりに固い決意が顔に滲んでいる。たとえ死より辛い目にあったとしても、敵に一矢報いてやると言わんばかりの顔だ。
自信ありげに言うが、一体何処にそんな方法があるんだと聞こうとしたところで、にわかに明後日の方向から別人の声が聞こえた。
「よう。お困りかい?」
二人が声の方角を見やった。視線の先、大きな樫の木の太枝の上には、見覚えのある青服の男が立っていた。
「ランサー!?」
「なんだよ。せっかく声をかけてやったのに随分とご挨拶じゃねえか」
肩をすくめながら青服の男――ランサーが降りてきた。かつて出会った時のような敵意はなく、むしろ友好的な雰囲気でこちらに歩み寄って来る。
「お前ら、キャスターを何とかする手立てがなくて困ってんだろ? よければ俺が力になってやるぜ?」
思わず二人は顔を見合わせた。相手の方からそんな提案をしてくるとは思ってもみなかった。
それを見たランサーが面白がるように言った。
「そんなに不思議か? キャスターが邪魔なのは何もお前らだけじゃねえ。むしろサーヴァントも居ねえのにあの女狐を倒そうとしてるお前らの方が不自然なんだぜ?」
その通りだった。参加者であるランサーが邪魔に思う事こそあれ、既に半分脱落している凜や士郎が未だに戦う方針を崩していない事の方が普通ではないのだ。
咄嗟に悩んだが、バーサーカーが脱落した以上、これは千載一遇にして最後のチャンスだった。キャスターに取り込まれていないサーヴァントはもはや彼一人しか残っていない。この手を取らなければ、もう二度と挽回の機会は訪れないだろう。
凜はすぐに心を決めた。
「分かったわ。手を組みましょう」
「おい遠坂。そんな簡単に決めていいのかよ」
「仕方ないわよ。他に思いつく手なんて無いんだから」
そう言って彼を黙らせると、凜はやおらランサーに向かって切り出した。
「ところで、協力ついでに聞いても良いかしら?」
「何だ?」
「バーサーカーを倒した男について、何か知ってる事があるなら教えて」
彼がここに居るのは決して偶然ではない。彼のマスターもまた、自分たちと同じようにイリヤスフィールに同盟を持ちかけに来たのだ。でなければ、わざわざ残った自分たちに協力を提案するはずがない。
ならばこちらにもいくらか交渉の余地がある。
そう思って凜が尋ねた途端、彼は苦々しい表情を浮かべたが、やがて困ったような不機嫌のような口調で答えた。
「……悪いが俺からは何も言えねえ。ただマスターはあいつには手を出すなと命令した。俺から言えるのはそれだけだ」
彼の回答に二人は再び顔を見合わせた。
『知らない』ではなく『言えない』という答えは、彼のマスターとあの男に何らかの繋がりがある事を決定づけている。向こうは間違いなく彼が何者か知っているのだ。
しかもその口振りからして、ランサー本人とはあまり友好的な関係ではないらしい。
二人としてはその辺りをもっと踏み込んで問い詰めたかったが、聞いた所でどうせまともな答えは返ってこないだろう。
仕方なく凜は質問の切り口を変えた。
「じゃああんたのマスターはどこまで協力する気があるのか教えて」
新たな問いについては答えられる範囲だったのか、ランサーはすんなりと答えた。
「少なくともキャスターの奴を確実に始末するまでは協力していいと言われてる。その後については成り行き次第だな」
こちらについては、まあそうだろうという回答だった。親玉であるキャスターが死ねば、自動的に残ったサーヴァントとは再契約の可能性が出てくる。自分から裏切ったアーチャーはともかく、セイバーを取り戻す選択肢がある以上、その後どうなるかは神のみぞ知る所だ。
とは言えこの状況を打破するには他に道はない。向こうを上手く出し抜けるかは分からないが、やってみる価値はありそうだ。
「いいわ。じゃあ一つだけ条件。そっちのマスターと金髪男について何も聞かない代わりに、アンタには私たちの作戦に全面的に従って貰うわ。文句ないわね?」
「いいぜ。交渉成立だ」
すっ、とランサーが手を差し出した。握手を求める合図だった。
出された手を凜が握ろうとしたが、咄嗟に士郎が横から割り込んで来ると、ムッとした表情で強引にその手を取った。
「俺からも条件。あんまり遠坂にべたべたするな」
しばらくの間、ランサーはぽかんとした表情を浮かべていたが、やがてその意味を理解すると呵々と大きく笑った。
「ハハハ! そうかいそうかい! そりゃあ確かに大事なコトだよなァ坊主!」
分かっていると言わんばかりにもう一方の手で士郎の肩を叩き、にこやかな笑みを向ける。それはさながら、何もかも分かっている兄貴分といった風にも見えた。
「ハァ!? ちょっと何よそれ! それじゃまるで士郎と私が好き合ってるみたいじゃないの!」
今までの雰囲気をいきなりぶち壊すような男達のやりとりに、思わず凜が気恥ずかしそうな声を上げる。
「まるでも何も、そうなんだろ? 大変だなぁ少年! これはこの先も苦労するぜ?」
そのまましばらく楽しそうに笑っていたランサーだったが、唐突にその両目を森の中へと強く向けた。
鋭い視線が森の木々を覗き込み、その奥にある何かを必死に探ろうとしている。
「? どうしたの?」
彼に続いて凜や士郎もそちらを見た。が、視界に映るのは黒と緑の景色ばかりで、不審なものは何も見当たらない。
「いや……なんでもねえ」
そう言いながらしばらく森の中に視線を送っていたランサーだったが、やがて諦めたように首を振ると、その顔を二人に向けた。
「それよりいつまでもここに居たって仕方ねえ。どっか茶でも飲める所で作戦会議としゃれ込もうぜ」
彼の提案に二人は同意すると、そのまま森の出口へと向かっていく。
これから先で起こる事など予想すらせずに。
◇
最後にランサーが視線を投げた森の奥、梢たちが作り出した闇だまりの中から三人の様子を密かに覗き見ている者がいた。マダラの影分身である。
彼がこの場に居合わせたのは半ば偶然の出来事だった。自分がキャスターを倒しに行く際、他の連中に横からしゃしゃり出られては邪魔になる。そう思った彼が念のためにと他のマスターに向けて影分身を放っていたのだが、それが思いがけない形で功を奏したという訳だ。
それにしても奇妙な展開だった。あのバーサーカーをいとも簡単に倒した謎の男、えぐり出され、持ち去られたアインツベルンの娘の心臓、そして脱落した小僧どもの前に都合良く現れたランサー。
言い知れない何かがあるような雰囲気を感じる。仕組まれたような何かが。
これら全てを理解するにはもっと情報を集める必要がある。影分身から得た情報を元に、マダラはそう結論づけた。
「どうしたアサシン」
思考の渦に埋もれていた彼を、出し抜けに老人の声が現実に引き戻した。
マダラは影分身と共有していた視界を元に戻すと、声の主である間桐臓硯に向けて言った。
「バーサーカーとアインツベルンの娘が死んだ」
「……なんじゃと?」
動じるという言葉すら彼方に置き去ったような老爺の顔が、僅かながらに怪訝な表情になった。どうやらこの老人にとってもよほどの出来事だったらしい。
「殺したのは今まで見た事のない奴だ。見た目は若い金髪の男で、大量の武器を飛ばして戦う。俺の眼にはサーヴァントに見えたが、それは奇妙な話だ。俺は召喚された他のサーヴァントを全員知っているが、あんな奴はいなかった。何か心当たりはあるか?」
「……分からんな。サーヴァントは一度の戦いにつき七騎しか召喚されん。これは絶対じゃ。例外はない」
「ならサーヴァントを聖杯以外の方法で用意する事は出来るのか?」
「それもありえん。サーヴァント召喚は儂らが心血を注いで作り上げた紛れもない奇跡。それを他の者が簡単に真似る事など出来よう筈がない」
「…………」
マダラの目には臓硯が何かを伏せている風に見えたが、何をどこまで伏せているのかまでは予想が付かなかった。全てが嘘という訳では無いが、さりとて本当のことを言ってるという訳でもなさそうだ。
いっそ術を使って強引に聞き出すべきかとも思ったが、その考えはひとまず保留にした。一番の目的である魔女(キャスター)への復讐を済まさないまま、面倒事を起こすのは御免だった。
「まあいい。それより少し面白い事になりそうだ。ひょっとしたらこの勝負、すぐに決着が付くかもしれんぞ」
マダラがそう告げると、臓硯は続きの言葉を求めるように再び耳を傾けた。
◇
森を後にした三人が落ち着ける場所を求めてやってきたのは士郎の家だった。
めいめいが居間にある座布団に腰を下ろすと、家主である士郎が淹れた緑茶を啜ったり、置いてあった茶菓子を腹ごなしに摘まむ。
ようやく人心地が付いたところで、ランサーがやおら切り出した。
「……で、お前ら、一体どうやってあの雌狐を倒すつもりだ?」
婉曲的な言い回しの無い、単刀直入な問い。得物である槍と同じく、一本気な彼らしい言葉だった。
「向こうはアーチャーとセイバーを手元に置いて立て籠もってる。聞く所によると、まだセイバーを使うのには手こずってるらしいが、それも時間の問題だろう。仮にセイバーの嬢ちゃんが運良くまだ抵抗していて、俺があの赤いのを足止めしたとしても、そっちはキャスターと直接対決することになる。お前ら、ちゃんと勝算はあるんだろうな?」
「ちょっと待った。アサシンは教会に居ないのか?」
出し抜けに士郎が横から口を挟んだ。
二人の認識では敵は五人のつもりだった。最初のプランでは守りに出てくる敵のサーヴァント三人をバーサーカーの力で強引に抑えつけ、残ったキャスターと葛木を二人で倒すという手筈になっていた。
思い出したようにランサーが茶を啜りながら言った。
「ああ、アイツはあそこには居ねえ」
「なぜ? せっかく拠点を移したんだから、護衛も一緒についていくのが普通なんじゃないの?」
キャスターの性格からして、わざわざ自分への守りを薄くするは思えない。万が一の避難場所として寺を引き続き守らせている可能性は否定できないが、それでも護衛のサーヴァントを持ってこないのは非効率に思えた。
「俺も詳しい理由は知らんが、マスター曰く、『奴はあそこから動くことができない』らしい。だからアサシンの事は気にしなくていいぜ」
あまり説得力のない情報だったが、ここで自分たちを騙しても何の得にもならない事はランサー自身が一番よく分かっている。
情報の真偽についてしばらく考えこんでいた二人だったが、やがて凜が顔を上げて言った。
「そう。それはいい情報だわ。ほんの少し気持ちが楽になった。これなら本当に上手くいくかもね」
「で、話を戻して肝心の作戦についてだ」と、ここでランサーが再び尋ねた。「具体的にどんな手で行くつもりだ?」
普通に考えれば二人がキャスターに勝つ確率はゼロに等しい。どんなクラスであれ、時代の英雄として名を馳せたサーヴァントは全員が人間離れした怪物だ。そんな存在を相手に正面からぶつかって何とかなる訳がない。
が、そんな事は最初から百も承知の事だ。その上で何時間も話し合ってきた中で一つだけ、たった一つだけだが、二人はキャスターを正面から倒す可能性のある作戦を見出していた。
「ええ。私たちが考えた作戦はこうよ――」
そう言って凜たちが提示した作戦は、ランサーでさえ驚かせ、呆れさせるような内容だった。
更新が遅れました。