キャスターが最強のSHINOBIを召喚したそうです 作:ざるそば@きよし
新都の中心部に聳え立つ冬木ハイアットホテル――十年前の倒壊事故から見事な復活を果たしたその建物は、破産した持ち主に替わって全ての権利を買い取った新オーナーと彼が雇った支配人の指示のもと、実に豪奢に、そして先代以上のセンスをもって繁栄を謳歌していた。
全ての客を歓迎するエントランスはもちろん、各フロアに配置された細やかな調度品や美術品など、全ての品物が入念に吟味され最適な調整がなされている。高価なばかりでまるで雰囲気に合っていないと客から密かに指摘されていたころとは大違いだ。
その最上階たるスイートルームでは、教会を脱出した綺礼が当座の隠れ家として雌伏の時を過ごしている。普段こういった豪華な宿とは無縁の生活をしている彼ではあるが、このホテルに限っては少々事情が異なる。
何しろこのホテルは、彼が契約してるもう一人のサーヴァントが、個人的に所有している建物なのだ。
「戻ったぞ。言峰」
と、部屋へと続く扉が乱雑に開き、中から一人の男が現れた。それはアインツベルンの城でバーサーカーを倒した金髪の青年だった。
「首尾は?」
「たわけ。あのような些事を我がしくじると思うか?」
神父の問いかけに青年はつまらなそうに答えると、何もない空間から抜き取った心臓を再び取り出す。溢れた鮮血が足下のカーペットを汚したが、彼は気にも留めていなかった。
「まだ有象無象が生き残っている故に量は少ないが、些末な問題だ。慌てるまでもなく再びあの釜は開くだろう。そうなれば、我の目的も達成される――時に言峰、あの狗はどうした?」
「ランサーかね? 今は目的があって別のマスターと行動させている。上手くいけばキャスターの方も片付くだろう」
凜たちがランサーと出会ったのは決して偶然の出来事ではない。
自分たちの陣地を奪ったキャスターを潰すため、綺礼が二人に協力を申し出るようランサーをあえてあの場に送り込んだのだ。
対抗策さえ生まれれば、正義感の強いあの二人は必ず動く。
言わばランサーは凜たちに戦いを促すための餌だった。
「あの雌狐か。そういえばあやつはセイバーを手にしていたな」持っていた心臓を再びどこかに戻しながら青年が言った。その表情は享楽的とも残忍とも言えた。「ならば我も向かうとしよう。花嫁を迎えに行くのは、夫である我の責務だからな」
青年はそのままくるりと背を向けると、悠然とした足取りでホテルの部屋を後にしていく。
尊大かつ大仰な彼の言い回しに綺礼は僅かに肩をすくめたが、引き止めようとは思わなかった。
なにしろ彼が動くという事は、すなわち戦いの終焉を意味しているのだから。
◇
「――もうすぐ教会だけど、二人とも作戦はちゃんと頭に入ってるわね?」
教会へと続く坂道を上りながら後続の二人に向かって凜が尋ねた。ここ一番の大決戦とも言える戦いにおいては僅かな失敗も許されない。負ければ最後、全員が後悔しきれないほど惨たらしい死を迎えることは目に見えていた。
「ああ。問題ない」
「俺も大丈夫だぜ」
後方で周囲を警戒しながら霊体化したランサーと士郎が答える。二人とも気合十分といった感じで、力の入り方は申し分ない。
唯一の問題としては、二人のそりがあまり合っていない事だが、元々は敵同士で士郎は一度ランサーに殺されかけている。そこまで高望みをするのは酷というものだ。
とは言え、全体の作戦としてはそれほど大きな支障はない。なぜならランサーと士郎は最初の段階で別行動になるからだ。
「それよりお前ら、本当にあんな方法でキャスターが倒せるんだろうな?」
出し抜けに後ろにからランサーが胡乱な目で尋ねてきた。
凜がランサーに提示した作戦は実に危ういもので、一歩間違えば返り討ちに遭う博打のようなものだった。いくら戦闘が本職ではない魔術師であっても相手はサーヴァント。普通に戦って太刀打ちできるものでは無い。
「断言はできないわ。でも今の私たちにはこれしか方法は無い。それは貴方も分かってるでしょ?」
「そりゃまあ。確かにな」
半ば投げやりな調子でランサーが返した辺りで三人はちょうど丘を登り切り、目的地である言峰教会が現れた。
まずはここを突破しなければ話は始まらない。最初から高いハードルだが、ひるむわけには行かなかった。
「――まさかサーヴァントを失ってから数日と経たずに戻ってくるとは。命知らずとはまさにこの事だな」
教会の前から見知った声が聞こえてきた。予想通り、門番役を務める赤い弓兵が姿を現した。
「へぇ、あんた一人? セイバーは?」
目の前に佇む裏切り者に向かって凜が尋ねた。こちらは予想とは違い、出てきたのはアーチャー一人だけだった。
「彼女の対魔力は凄まじくてな。まだ令呪への抵抗を続けている。と言っても君たちの相手なら、私一人で十分だろうがな」
それは凜たちにとっては嬉しい誤算だった。最悪ランサーにはセイバーとアーチャーを同時に相手してもらわなければならないと覚悟していたが、無条件で相手が一人減ったのは、ありがたい事この上ない。
向こうからしたら自分たちに余裕を見せるために手の内を見せたのだろうが、逆効果だ。
「それで? そこの小僧と二人でなら勝てるとでも思ったのか?」
「いいえ。だからアンタにはとっておきの相手を用意したわ」
自信たっぷりに凜がそう言うと、空気を読んだランサーが実体化して前に出た。
「――よう。また会ったな」
青い槍兵の登場にアーチャーの目つきが鋭くなる。
ただの魔術師など彼にとっては何人束になってかかって来ても敵ではないが、サーヴァント――それも三騎士クラスが相手となれば話は別だ。
「ランサーを引き入れたのか」アーチャーが如何にも皮肉っぽい声で言った。「裏切った私が言うのも何だが、君も随分と尻が軽いな。こちらが立場を変えたと思ったら、もう新しいサーヴァントと契約か。これは早めに手を切っておいて正解だったな」
不愉快極まりない相手の物言いに凜は思わず舌打ちしそうになったが、それより先にランサーが口を挟んだ。
「勘違いすんな。嬢ちゃん達と手を組む事を提案したのは俺のマスターの方だ。てめぇみたいに旗色が悪けりゃすぐ寝返るようなクソと一緒にすんな」
眉間に皺を寄せ、いかにも不快そうに吼える。話していて薄々分かっていたが、この槍兵は気さくな性格に反して案外義理堅く、裏切りや離反の類いを極度に嫌っている。
故にアーチャーのような打算的でふてぶてしいタイプの人物が気に食わないのだろう。
敵に回すと厄介だが、味方でいる間は頼もしい男だ。
「ランサー。分かってるわね?」
「“なるべくは殺すな”だろ? 保証はしてやれねえが、やるだけはやってやる」
獲物である赤槍を出現させて構えると、ランサーは一気に戦闘態勢に入った。
こうなればもう、こちらの事など欠片も意識を向けはしない。
それを見た凜も隣の士郎に合図を出し、教会に入るべく歩き出す。
すれ違う際に凜が一瞬だけアーチャーを睨んだが、灰色の瞳からはどんな感情も読み取れなかった。
「と言う訳で、お前の相手は俺だ。前は邪魔が入ったからな。今回は最初から全力で行かせてもらうぜ」
その言葉を最後に二人が教会の扉を潜った時、背後からは凄まじい戦闘の気配が漂ってきていた。
◇
罠や敵が配置されていない事を確認すると、士郎と凜はそのまま教会の中を突き進んだ。
目的の場所は恐らく地下――キャスターたちはそこで自分たちを待ち構えている。
内部の間取りは凜が知っていた。何度か来た事のある建物なので、特に迷ったり場所を見失ったりする事も無い。
「ランサーのヤツ、大丈夫だろうな」
地下に続く階段を駆け下りながら士郎が呟いた。今のアーチャーはマスターが変わったことで以前よりも強くなっている。以前戦った時は互角だったらしいが、今もそうだとは限らない。
「向こうより自分の心配をした方が良いわよ。何しろこっちは生身でサーヴァントに挑もうっていうんだから」
凜の忠告に士郎が頷く。確かに今は他人の心配をしている場合ではない。
それなりに長い階段を駆け下りた所で広まったフロアに出た。配電が行き届いてるおかげか、地下でも明るさは十分にある。
フロアの最奥部――ちょうど祭壇のようになっている場所に、彼女はいた。
「――セイバー!」
士郎が思わず声を上げる。
魔術で縛られたセイバーは未だに令呪に抗っていた。額に脂汗を滲ませ、表情は苦痛に満ちている。対魔力で強引に抵抗しているせいか、魔力の消耗も著しい。
どうやら時間はもう殆ど残されていないようだ。
二人がセイバーに近づこうとすると、脇から二人の男女が現れて行く手を塞いだ。
「よく来たわね。命知らずのお嬢さんたち」あざ笑うような口調でキャスターが言った。「アーチャーの次はランサーを連れてくるなんて恐れ入ったわ。どうやって引き入れたのか知らないけど、口先だけは達者なようね」
「まあね。それより良いのかしら? こんな所まで素通しするなんて。まるで倒して下さいと言わんばかりよ」
「貴方たち二人で一体何が出来ると?」再びキャスターが嘲笑った。「舐められたものね。キャスタークラスならどうにかなると本気で思っているのかしら?」
「思ってなきゃわざわざこんな所まで来ないでしょ。あなた、意外に馬鹿なのね」
半ば開き直りに近い挑発だったが、意外にも効果があった。キャスターの顔から嘲りが消え、代わりに剥き出しの殺意が表面化する。
「……その思い上がった考え、すぐに後悔させてあげるわ」
魔女の身体がふわりと浮き、周囲に魔力の塊が現出する。
その気になればすぐにでも攻撃できる体勢だ。
凜もそれに応じて戦闘体勢に入ったが、士郎が一旦制した。
「葛木、最後に一つ聞きたい。アンタが聖杯に願う望みは一体何だ?」
士郎にはどうも分からなかった。この無欲と悟りが服を着て歩いているような人物が、なぜキャスターの願いを自ら聞き入れているのか。
魔術で操られていると言うのなら納得がいく。人質を取られて脅されているのであれば助ける為の協力も辞さない。
だがそうではなく、彼は自らの意思で彼女を助けているというのだ。
余程の事が無ければそんな事にはなり得ない。
だがそれに思い当たるような節が、彼にはさっぱり思い浮かばなかったのだ。
「望みか」小さく葛木が呟いた。それは返答と言うよりも独白に近かった。「私は元来、望みなど持たない男だった。持たないように育てられてきた。だが今はこれの願いを叶えてやりたい。それが今の私の望みだ」
そこまで言い終えると、葛木があの拳法じみた独特の構えを取った。
もはや言葉は不要という事だろう。
追求を諦めた士郎もまた、持っていた強化木刀を構える。
二つ目の決戦が今にも始まろうとしていた。
すみません。今回はちょっと短いです。
続きもがんばって書いてます。