キャスターが最強のSHINOBIを召喚したそうです   作:ざるそば@きよし

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ついに決着の時が来たようです

 

 戦いの合図となったのは圧縮された魔力の雨だった。

 雨と言ってもその一粒一粒は爆弾じみた威力を秘めていて、掠れば一発でお陀仏になるような代物だ。並の魔術師なら一粒作り出すのに十日以上の時間と魔力を要するが、それをまるで暴風雨のような規模で放ってくるキャスターは、まさに人外と言う他ない。

 向かってくる死の驟雨に凜は果敢に立ち向かうと、手にしていたルビー、サファイア、エメラルドの三つをまとめて前方に投げつけた。

 宝石内部に格納されていた魔力を励起させ、防御用の魔術を発動する。

 三色の眩い光がキャスターの魔術を押しとどめる――が、それもわずか一瞬の事で、次に放たれた魔術が均衡を瞬く間に破り去り、凜に再び死の魔術が殺到した。

 一方の士郎はと言うと、キャスターの魔術によって身体能力を強化された葛木を相手に必死に食らいついていた。

 奇妙な構えから飛んでくる見えない拳を、強化した木刀を盾にして何とか防ぐ。以前の戦いで動きを見ていたおかげか、致命傷を食らう事は無かったが、純粋な実力で圧倒的な差が出ている。倒されてこそいないが、今は注意を引きながら防御に徹するのが精一杯だった。

 

「おい遠坂!まだなのか?!」

 

 士郎の叫び声が地下室に響く。強化したはずの木刀にはいくつもの亀裂が走り、身体には夥しいまでの痣や傷が出来ていた。

 

「まだよ! もう少し!」

 

 放たれた魔術を避けながら凜も叫んだ。この作戦に失敗は決して許されない。苦しいが、逆転のチャンスが訪れるまでは何としても耐え続けなければならなかった。

 

「ふぅん? 何を狙っているのか知らないけれど、出来るものならやってみると良いわ!」

 

 凜たちの動向を面白いとばかりにキャスターが鼻で笑うと、放っていた魔術の規模を更に増大させた。

 雨粒の大きさが倍近くに膨れ上がり、それに伴って威力も桁違いに増加する。放っておけば建物が丸ごと崩壊してしまいそうだった。

 

「冗談でしょ! この魔力馬鹿ッ……!」

 

 威力の増した攻撃に凜が舌打ちした。防御に回していた魔力の全てを脚力増強に変更し、更なる回避運動に努める。敵の魔術は、もはや一瞬でも受け止められるレベルではなくなっていた。

 

「ほらほら、避けてばかりじゃ埒が明かないわよ!」

 

 キャスターが悪辣な笑みを浮かべ、更に豪雨が降り注ぐ。魔力の塊による容赦無い絨毯爆撃は地下の石床を根こそぎ吹き飛ばし、散弾のように瓦礫をまき散らしては回避に徹する凜の逃げ道を塞いでいく。

 不意にばらまかれた弾丸のうちの一発が、凜の足下をかすめた。それは彼女に直接の被害こそ与えなかったが、足下の石床を砕き、その破片が彼女の脇腹を貫いていた。

 

「ぐぅっ……!?」

 

 苦悶の表情で凜がバランスを崩し、回避した勢いそのままに床に転がる。瓦礫が突き刺さった脇腹は既に真っ赤な鮮血で染まり始めていた。

 

「遠坂!……ぐぁ!?」

 

「よそ見か衛宮。防がなければお前が死ぬぞ」

 

 凜が倒れたのを横目で見ていた士郎が声を上げた。が、その隙を葛木は見逃さなかった。

 鋭い右拳が彼の鳩尾に深くめり込み、下がった顎に容赦の無い追い打ちを加える。強化された拳は士郎の身体を軽々と吹き飛ばし、まるで子供が投げた玩具のように地下の石柱に叩き付けられ、即座に意識を刈り取った。

 

「ほら立ちなさいな。戦いがすぐに終わったら面白くないでしょう?」

 

 痛みで床でうめく凜の姿をキャスターは空中からじっくりと見下ろしていた。すぐにとどめを刺すような事はあえてせず、自分を侮った小娘を最後の最後まで遊びながら弄り殺すつもりのようだった。

 そんな彼女の嗜虐性を咎めるためか、珍しく葛木の方から声をあげた。

 

「遊ぶなキャスター。無駄に敵を侮る必要は無い」

 

 相変わらず全く感情の籠もっていない声だったが、それがかえって冷徹で情け容赦の無い戦士を連想させた。

 

「は、はい。マスター」

 

 葛木の指摘にキャスターは僅かに驚いたような顔を浮かべたが、やがてその正しさを認識すると杖の先端を凜に向けた。

 

「よかったわねお嬢さん。慈悲深いマスターのおかげでそれ以上苦しまずに済みそうよ。何か言い残すことはある?」

 

 ごほっ、と口から血の塊を吐き出しながら凜は立ち上がる。足下はふらつき、今にも倒れそうではあったが、それでも自ら立ち上がって見せたのは、ひとえに彼女の強い矜持の賜物だった。

 

「ほんっと……悪人が言う事って、どうしていつもこうワンパターンなのかしらね。聞いたことある台詞のオンパレードで、思わず笑っちゃいそうだったわ」

 

 皮肉の籠もった笑み。掠れた声だったが、未だに気力は失ってはいない。

 

「……馬鹿な子。最後くらいは無様に命乞いでもすればよかったのに」

 

 投げられた最後の皮肉にキャスターは笑みを消した。興味を失ったように息を吐き、魔力を一点に収束させる。

 

「さようなら。馬鹿なお嬢さん。もし生まれ変れたら、来世ではもう少し利口になることね」

 

 そうして最後の一撃がキャスターの杖から放たれた瞬間、凜の瞳が一際強く輝いた。

 

 ◇

 

 時は士郎と凜とランサーが対キャスター戦に向けて作戦会議をしていた所まで遡る。

 そこで彼女はランサーに自らが考えた作戦を提示していた。

 

「はっきり言って、キャスターと魔術で戦って勝ち目がないのは目に見えてるわ。だから私たちの作戦は、ずばり“これ”よ」

 

 ランサーと士郎がじっと見つめる中、凜がテーブルに自宅から持ってきた物を置いた。それは柄に大粒の宝石が嵌められた両刃の短剣だった。

 

「これはアゾット剣っていう魔術礼装よ。宝石の中には術式と魔力が込めてあるから、相手に刺して呪文さえ唱えられれば最悪、使用者に余力が無くても使えるわ。いくらキャスターでも霊核である心臓に直接打撃を受けてしまえば、きっと無事じゃいられない筈よ」

 

「そりゃいいがよ。そんな短剣一本でどうにかなるほどあの女は甘かないぜ? 第一、どうやってそいつをブチ込むつもりだ?」

 

 ランサーの指摘に凜も分かっているとばかりに首を縦に振る。

 

「そこの所は今から一つずつ説明していくわね」

 

 そう言うと凜は右手の指を説明と共に一本ずつ掲げていった。

 

「まず最初に、私がキャスターを出来る限り挑発して怒らせながら戦うわ。戦ってみて分かったけど、あいつはかなり挑発に乗りやすいタイプよ。こっちが煽れば、間違いなくそれに乗ってくる。それを利用して向こうの思考を一定の方向に誘導するの。士郎にはその間、葛木先生の足止めをしてもらう。そうして自然と一対一の状況に持ち込んでいくのよ」

 

「それで?」

 

「今までの傾向から言って、怒ったキャスターは恐らく私たちをじっくり苦しめながら殺そうとする筈。だからこっちも徐々に弱っていくっていう体で、ある程度までは追い詰められたフリをする。そうすれば向こうも良い気分になって油断してくれるってワケ」

 

「……なるほど」

 

「相手が勝ちを確信したら、後はその隙を突いてどうにか接近戦に持ち込む。私には綺礼から教わった八極拳があるし、切り札のアゾット剣もある。逆に向こうは古典的な魔術師タイプで、こっちが接近戦なんて夢にも思っていないでしょうから、そこまで行けば十分勝機があるはずよ。どう? 悪くない考えでしょ?」

 

「……………何というか、お嬢ちゃんらしい作戦だなそりゃ」

 

 作戦がほとんど捨て身に近いような内容であると知ったランサーは納得半分呆れ半分と言った表情を浮かべた。

 何しろ敵を思い切り挑発した挙げ句にあえて自分から窮地に陥ろうというのだ。これが捨て身でなくてなんだというのか。

 歴戦の戦士であるランサーであってもそういう反応しか出来なかった。

 

「確かに一見して筋は通ってるかも知れねえがよ。向こうが上手く挑発に乗って、そんでもって死なない程度に追い詰めてくれる可能性に賭けるなんざ、どう考えても無理があるぜ。下手したら二人ともすぐにでもお陀仏じゃねえか」

 

「分かってるわよ。でも他にやりようなんか無いじゃない。仮にアンタがアーチャーとセイバーとキャスターを同時に相手にして勝てるっていうんなら話は別だけど?」

 

「……そう言われると流石に立つ瀬がねえがよ」

 

 いくらランサーが指折りの強者であるとは言え、真正面から三人のサーヴァントと同時にやり合って勝てる見込みは薄い。そんな芸当が出来るとしたら、それこそヘラクレス級のパワーと耐久力を持ったサーヴァントだけだ。

 

「確かに上手くいく可能性はかなり薄いかも知れない。でも出来なければ、どっちみち私たちは終わりよ。なら最後くらいは派手に賭けてみても良いと思わない?」

 

 平然とそう言ってみせる凜に対し、ランサーはまるで眩しい物で見るような表情を浮かべると、そのままにやりと笑って見せた。

 

 ◇

 

 そう。彼女たちはずっと待っていたのだ。敵が勝利を確信し、わずかながら警戒を緩めるその瞬間を。

 その時こそが、力で劣る自分たちが敵にダメージを与えられるたった一つのチャンスなのだから。

 

「そうやってもう勝った気になってる所が笑えるって言ってるのよ!」

 

 キャスターから放たれた一撃をすんでの所で避け、凜は走った。腹に負っていた傷は密かに魔術で治療され、動きに支障が出ないようになっていた。

 右手でガンドを放ち、敵の行動を阻害する。葛木が咄嗟に距離を詰めてきたが、既に意識を取り戻していた士郎によってそれは阻まれていた。

 

「最後に一矢報いるつもり? 魔術の打ち合いで勝ち目がない事くらいわかっているでしょうに」

 

「そんなの承知の上よ! だからこうすんのよ!」

 

 健気な抵抗だとせせら笑うキャスターに向かって凜は大振りなオパールを投げつけた。それはキャスターのちょうど目の前辺りに差し掛かると、にわかに強烈な閃光を周囲に放った。

 

「なッ!?」

 

 宝石を攻撃と読んだ事が仇となった。強烈な光に視界を奪われ、キャスターはしばらく空中で呻く事しかできなかった。

 そして徐々に視界が戻ってきた時、そこには壁を蹴って眼前にまで接近している凜の姿があった。

 咄嗟に距離を取ろうとしたが間に合わなかった。強化された拳は魔女の顔面を正確に捉え、そのまま思い切り殴り抜ける。同時に集中を乱された事で浮力と勢いを失い、二人は覆い被さるようにそのまま地面に向かって落下し、程なくして石床に叩き付けられた。

 

「がぁぁ?!」

 

 キャスターの顔が更に苦悶で歪む。凜の体重を加えた落下の衝撃を一身に受け、かなりのダメージを負っていた。

 

「こ、この小娘……」

 

 未だ密着する凜を振り払うおうとキャスターはもがいたが、格闘の経験など元よりない彼女に出来ることは決して多くはない。どうにか魔術で撃退しようにも、呪文を唱えたりするよりも先に凜の拳が全ての動きを捉え、その悉くを暴力で封じていた。

 

「アンタに魔術で勝てないのなんて最初から分かりきってる。でもだからって絶対に倒せないわけじゃない。この距離じゃお得意の魔術だって上手く使えない。このまま動かなくなるまで殴り続ければ、アンタも終わりよ」

 

 反論は出なかった。言葉が出るよりも先に強化された凜の拳が彼女の顔面を殴りつけているからだ。

 キャスターも最初は手足を激しくばたつかせ、精一杯の抵抗を試みていたが、ある時を境に急激に大人しくなった。打撃で脳を揺さぶられ続けたことで意識を失ったのだ。

 動かなくなったキャスターの心臓に凜がアゾット剣を突きつける。霊核である心臓を貫けば、いかにサーヴァントと言えども命は無い。

 決死の覚悟がついに実を結ぼうとしたその時、背後から士郎の悲鳴が聞こえてきた。

 

「遠坂!避けろ!」

 

 意識よりも先に身体が動いた。なりふり構わずのしかかっていたキャスターから離れると、一瞬前までいた場所を葛木の拳が通過する。あと僅かでも反応が遅れていたら、今ごろ頭蓋骨を砕かれている所だった。

 離れた凜を葛木は追わなかった。そのまま倒れたキャスターの身体を強引に引っ張り上げて立たせると、身体を揺らして意識を呼び起こした。

 

「大丈夫か?キャスター」

 

「……はい。申し訳ありません。マスター」

 

 己の不始末を恥じるようにキャスターが言った。腫れていた顔を魔術で即座に回復させ、何事もなかったかのように振る舞ったが、その表情には凄まじいまでの怒りが露わになっていた。

 怒りに狂った自分のサーヴァントを葛木はちらりと一瞥した後に言った。

 

「侮り過ぎたな。敵が格下だからといって油断するな。残った令呪を使って今すぐセイバーを掌握しろ。確実に仕留めるんだ」

 

 ◇

 

 聖杯戦争に参加するにあたり、ランサーは今のマスターから厄介な二つの命令を受けていた。

 一つは『全ての敵と必ず一度は戦闘を行うこと』

 そしてもう一つは『初戦は必ず自ら撤退すること』だ。

 最初の命令はともかく、必ず倒せる敵であろうと撤退を強いられるのは苦痛だった。そもそも何が面白くてわざと手加減して敵と戦わなければならないのか。

 いま思い返しても忌々しい命令だったが、アーチャーとの戦いは今回で二度目であり、その縛りは既に脱している。間違いなく今のランサーは本気の力で槍を振るっていた。

 初戦の時とは比べ物にならない速さの赤槍が目の前の弓兵を捉える。突き、払い、薙ぎーーどれ一つとっても対処を間違えば、間違いなく死は免れない。

 だというのに、アーチャーは今もなお生き続けていた。防戦一方の様相は変わらず、持っていた武器を幾つも弾かれ失ってはいるものの、とても目では追えない筈のランサーの攻撃を的確に防ぎ、凌ぎ、避け続けている。

 不可解だった。マスターが変わった事でいくらか基礎能力が底上げされているようだが、それだけではここまでしぶとく生き残れる理由にはならない。

 そもそも何故この弓兵は、同じ形の武器を無尽蔵に用意できるのか?

 何故アーチャークラスの象徴である弓を使わないのか?

 この男には間違いなく何か秘密がある。

 それこそが本気になってもアーチャーを倒し切れない真の理由だった。

 

「……解せねえな」

 

「何がだね?」

 

 苛烈を極めていた攻撃の手を止め、ランサーがおもむろに尋ねた。

 

「貴様、それほどの腕がありながら何故キャスターなんぞに下った? 貴様とあのお嬢ちゃんならキャスター相手でも遅れなんぞ取らなかっただろうが」

 

 確かに遠坂凜という少女はキャスターと比べればかなり格下ではあるものの、それでも現代の魔術師の中では間違いなく腕利きの部類に入る。加えて相棒としての性格も申し分なく、悪辣なばかりのキャスターと組むよりは余程マシに思えた。

 

「……何を言い出すかと思えばそんな事か」

 

 ランサーの問いかけを、さも下らないとばかりにアーチャーは鼻で笑った。

 

「私はより確実に勝てる手段を取ったに過ぎん。それにあの小娘は私にとっては少々厄介な存在でね。いつまでもマスターの座に居座られると邪魔だったのさ」

 

「……そうかい。聞いた俺が馬鹿だったぜ」

 

 失望の表情と共にランサーは肩をすくめた。いくら腕が立つとは言え、その性格までもが清廉であるとは限らない。極悪人の英雄など、人類の歴史を紐解けばそれこそ刷いて捨てるほど居るのだから。

 

「お前はもう少し骨のある奴かと思ってたんだがな。どうやらとんだ見込み違いだったようだ。自分から外道に付いていくような奴は、やっぱり同じ外道ってことか」

 

「下らんな。どんなに汚い手を使おうが、勝利で全て洗い流せる。オレに言わせれば、そんな大層な誇りは“そこいらの狗にでも食わせてしまえば良いのさ”」

 

 アーチャーの嘲りを聞いた途端、ランサーの顔つきが変わった。納めていた殺意が倍以上に膨れ上がり、今にも襲いかからんばかりだ。

 

「……“狗”と言ったな。アーチャー」

 

「言ったとも。何か気に障ったかね、ランサー? いや。ここはクー・フーリンと呼んだ方が良かったかな?」

 

 生前のランサーは幼い頃、とある家の番犬を誤って絞め殺してしまったことがある。

 彼自身に悪意は無く、単に悪い偶然が折り重なった末の出来事だったが、自慢の番犬を失った飼い主は悲しみに暮れた。ランサーはそんな飼い主に報いるため、その番犬の子が新たな番犬として育つまで、自分が番犬としてこの家を守ると申し出たのだ。

 そうして付けられた二つ名こそが『クランの番犬』――クー・フーリンという名前の原型となった逸話である。

 彼はその逸話について非常に大きな誇りを持っており、特に自分を“狗”と呼んで貶す者に対しては、誰であろうと決して容赦しなかった。

 

「そこまで分かってて俺を“狗”と呼んだんなら、もう覚悟は出来てるよな?」底冷えするような低い声でランサーが吠えた。それは獰猛な獣が襲いかかる前にする最後の咆哮にも似ていた。「あの時はくれてやれなかった宝具だ。ここで思う存分ぶち込んでやるよ!」

 

 言うや否や、ランサーが大きく後ろに飛んで距離を取った。そして空中に大きく跳躍すると、握っていた槍を目一杯に振りかぶり、

 

突き穿つ(ゲイ)――」

 

 魔力が弾ける。真名によって秘めていた力が解放され、英雄の象徴である宝具の力が牙を剥く。

 クー・フーリンのシンボルとも言える魔槍――一度放てばどんな敵であろうと必中必殺を誇る呪いの槍が、今にも放たれようとしている。

 にやり、とランサーが笑みを浮かべた。真の切り札であるこの宝具を使わせた事に対する称賛と、自分を侮辱した事への意趣返しだ。

 

 ――この一撃、凌げるものなら凌いで見せろ。

 

 まもなく全身を貫かれる事になるであろう赤い弓兵に向かって、ランサーは最後の言葉と共に勢いよく右手の槍を投げ放った。

 

死翔の棘(ボルク)――ッ!!」

 

 力が完全に解放された瞬間、放たれた槍は一条の光となった。音すら置き去りにする赤い死線が、怨敵である弓兵に向かって一直線に飛んでいく。

 真名を解放して放たれた以上、回避することは不可能だ。必中の呪いが掛けられたゲイ・ボルクは、既にアーチャーに突き刺さる事が確定している。

 押し寄せてくる死を前に、すっ、とアーチャーはおもむろに右手を突き出した。

 

「I am the bone of my sword…」

 

 魔術回路を励起させ、キャスターと戦った時と同じく不可解な呪文を口にする。

 そして次の瞬間、まるで何もかもが焼き回しであるかのように、あの巨大な盾の宝具を呼び出した。

 

熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!!」

 

 眩い光に包まれた七枚の盾が大きな花弁のように展開される――その宝具は以前、キャスターとの戦いで確かに消滅したかに思われたが、どういう訳かアーチャーは、全く同じ宝具をもう一つ持っていた。

 凄まじい勢いで飛来した赤光に桃色の花弁が触れる。伝承通りなら飛び道具に対して一枚でも鉄壁の守りを誇るアイアスの盾――だが本気の力で投げられたゲイボルグの前では、まるで紙切れ同然に消え去っていく。

 

「……流石はゲイボルグと言った所だな。急拵えとは言え、アイアスをこれほどまで容易く貫通してくるとはな」

 

 歯を食いしばりながらアーチャーが舌を打つ。キャスターと繋いだパスから限界まで魔力を引き絞ったが、それでも防ぎ切るにはまだ力が足りなかった。

 しかしここで下がる事など出来はしない。この盾が破られれば最後、間違いなく自分は槍に全身を貫かれて死ぬのだから。

 

「うぉぉぉぉぉ!!!!!!!」

 

 雄叫びを上げ、決死の覚悟で魔力を絞り出すアーチャー。自分の体を構成している魔力さえも盾の出力に変換し、迫り来る死の光を押し返していく。

 壮絶な力の押し合いに耐えきれず、一枚、また一枚と花弁が散った。既に花びらのほとんどが消滅し、最後の一枚にもついに綻びが見え始めている。

 

「まだだ……! まだオレは消えるワケには……ッ!!」

 

 吠えるアーチャーに呼応するように盾が最後の煌めきを放った。守る範囲を必要最小限に抑え、その一点に注がれた魔力を全集中させる。

 結果としてそれが明暗を分けた――最後の花弁が力尽き、虚空へと霧散していくと同時に、槍もまたその呪いを実行するだけの力を失っていた。

 

 からん、と気の抜けた金属音が鳴り響く。必殺を遂げる筈だったゲイボルグが成果を果たせずに落ちた音だった。

 

 予想すらできなかった結末にランサーの顔が憤怒に満ちる。仕損じた事もそうだったが、それ以上に目の前の男に対しての疑問が彼を苛立たせていた。

 

「……いい加減言えよ。貴様、一体どこの英霊だ」

 

 再びランサーが尋ねた。と言うよりも聞かずにはいられかった。まさか弓兵が剣だけでなく宝具を防ぐ盾すら持ち出すなど、思ってすらいなかった。

 だが返ってきたのは何とも実体のない回答だった。

 

「ただのしがない弓兵。という答えでは不満かね?」

 

 サーヴァントは常に自分の弱点に繋がる出自は隠すもの――そういう意味では彼の振るまいは全くもって正しかったが、そんな答えで納得できるランサーではなかった。

 

「ほざけ。ただの弓兵風情が宝具を防ぐ盾を持つ訳があるか。しかもアイアスだと? どう見てもお前がトロイア戦争に参戦したようには思えねえ。今のは一体どういうカラクリだ」

 

「さてな。それより気付いているか? さっきまでキャスターが私に付けていた監視の目が消えた。どうやら向こうは存外にも手こずっているらしい」

 

「あ?」

 

 突然の言葉にランサーは首を傾げたが、徐々にその意味を飲み込むと、憮然とした顔で溜息を漏らしながら槍を拾った。

 

「クソッ……そういう事かよ。そうなんじゃないかって気は薄々してたがな」

 

 アーチャーの離反――それは彼がキャスターを倒すために行った、謂わば偽の裏切りだったのだ。

 セイバーを取られただけの状態なら他のマスターも他方の自滅を待つだけだが、そこにアーチャーまでもが加わったとなれば話が変わる。四騎のサーヴァントが徒党を組めば、もはや単独で勝てる者などどこにも居らず、他のマスターも対抗して協力体制を敷くしかない。

 そうして複数のマスターを巻き込むことで、キャスターを倒せるチャンスが訪れる可能性を見出したと言うわけだ。

 

「行くぞ。何しろマスターを守るのがサーヴァントの役目だからな」

 

 いかにも皮肉屋らしい事を言いながらアーチャーが教会へと歩いて行く。その背中を気に食わないと言わんばかりの顔でランサーが追っていった。

 

 ◇

 

 キャスターが令呪の刻まれた腕を掲げた。赤い刻印が不気味な光を放ち、セイバーへの命令権を主張している。命令を口にすればすぐにでも発動できる状態だった。

 

「令呪を持って命ずるわ。セイバー。今すぐこの忌々しい小娘たちを殺しなさい!」

 

 宣言と同時に腕から奪った令呪が消え去る。迸った魔力は苦しんでいたセイバーに絡みつき、彼女を甲冑姿に変化させた。

 

「くっ……士郎、凜、逃げてください!これ以上は、抑えられそうに、ない……っ!」

 

 本人の意思が抵抗するのを余所にセイバーの身体が剣を構える。重ね掛けされた令呪の前ではここまで耐えてきたセイバーの対魔力でも抗う事は不可能だった。

 咄嗟に凜と士郎は互いに顔を見合わせた。どちらも生きてここを出られないのだと肌で感じ取っていた。

 それに加えてキャスターが再び魔術を唱える。周囲に魔力の弾丸をいくつも浮かび上がらせ、二人の逃げ道を完全に塞ぎにかかった。

 

「逃がさないわ。あなた達は今日、ここで絶対に終わるのよ」

 

 最後の言葉が地下に響き渡る――が、そこに何者かが横から口を挟んだ。

 

「――その言葉、そっくりそのままお前に返してやるぞ。マスター」

 

 割って入った男の声にキャスターが振り向こうとした次の瞬間、魔力で作られた青い刃がキャスターの腹部を後ろから深々と貫いていた。

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