キャスターが最強のSHINOBIを召喚したそうです 作:ざるそば@きよし
突然の事態に凜と士郎は我が目を疑った。
現れないと言われていたアサシンが姿を見せた上、味方である筈のキャスターを背後からいきなり串刺しにしたからだ。
あり得ない敵の出現とその裏切り。
困惑するなと言う方が無理な話であった。
「ア、アサシン……なぜ……?」
「生きている? とでも言いたそうだな。マスター」
腹を抉られ、大量の血を吐き出すキャスターをアサシンは冷ややかに見下ろしていたが、やがて貫いていた刃ごと彼女の身体を目の前まで引き寄せると、その頭に右手を置いた。
「尤もな質問だが、答えてやる義理はない。それより貴様には、俺の役に立ってもらうぞ」
意味深な言葉と共に右手に魔力を収束させる。同時にアサシンの両目が不気味な輝きを放ち始めた。
「そ、その眼……」
「返してもらった。大事な物なんでな」
以前とは違う紫色の瞳を見せながらアサシンが言う。どうやら以前の赤い瞳とはまた違う代物らしい。
その言葉を最後にアサシンの手がぐっとキャスターの頭を掴むと、そのまま上に引き上げた。すると次の瞬間、キャスターの身体の中から得体の知れない何かがずるりと抜けて出た。
「何だ、あれ……?」
抜け出たものは魔力に似ていた。が、どうもおかしい。魔力とは本来、特定の形を持たないエネルギーのようなものだ。なのに抜け出たそれは、どこかヒトの身体に近い形状をしていた。
「……あれ、たぶん魂よ」
そう言ったのは凜だった。信じ難いという顔付きだったが、言葉には確信が含まれている。
「魂だって?」
咄嗟に士郎が聞き返した。霊体が基本であるサーヴァントにとって魂とは、個として存在するために必要不可欠な核の部分だ。それを身体から抜き取られたという事は、キャスターは死んだという事に他ならない。
その言葉を証明するかのように、魂を抜き取られたキャスターの身体がどさりとくずおれた。そして肉体を構成していた魔力が徐々に霧散していくと、最後には煙のように消えてしまった。
「―――――」
あっけない幕引きだった。数秒前まで死ぬと思われた自分たちが生き残り、勝利する筈だったキャスターが死んだ。下手人であるアサシンを除いた誰一人として予想しなかった結末だ。
突然の展開にしばし呆然としていた士郎と凜だったが、ついさっきまでキャスターの令呪に縛られていたセイバーの事を思い出した。
「そうだ……セイバー!」
疲れたようにその場でへたり込んでいる彼女の元へと駆け寄る。長きにわたって令呪に抵抗していたせいか、衰弱が激しい。魔力も必要最低限しか残っておらず、契約も切れてしまった今の状態はかなり危険だった。
「すみませんシロウ。私が不甲斐ないばかりに……」
「いや。セイバーは悪くない。人質を取られる事を頭に入れてなかった俺が悪かったんだ」
甘いという自覚はある。ここまで厄介な状況にしてしまったのは間違いなく自分だ。今更だが、そういう部分は改めなければならない。
「今は悠長にそんなこと話してる場合じゃないわよ。この状況、どう考えてもヤバいんだから」
二人の会話に凜が割って入った。視線はこちらではなく、アサシンと葛木の方に向いている。確かに最大の脅威であったキャスターが死んだとは言え、危機を脱した訳ではない。新たに出現した敵とマスターがまだ目の前に居るのだ。
「キャスターからお前は死んだと聞かされていたが、あれは謀りだったという事か」
沈黙を貫いていた葛木が口を開いた。相変わらずの無表情だが、声には怒りが滲んでいる。キャスターが殺された事が相当堪えているらしい。
「あの女が令呪を使って俺を始末することは目に見えていたからな。油断するよう死んだふりをしてやったまでだ」
「だがサーヴァントはマスター無しでは生きられない筈だ。何故生きている?」
「死ぬ前に別のマスターと契約すればそうとは限らない。だろう?」
アサシンの言う通りだ。マスターとは突き詰めればサーヴァントに魔力を供給する人間の事であり、最初に契約を交わした者である必要はない。アーチャーがそうしたように、別のマスターと再契約することが出来れば、サーヴァントとして生存する事には何の問題もない。
だが彼が契約したというマスターは一体誰なのだろうか?
「なるほど。そういうことか」
士郎たちの疑問を他所に納得したように葛木は頷くと、再びあの奇妙な構えを取った。
「……何のつもりだ?」
意図が掴めないのか、アサシンが訝しげな表情を向ける。
無表情のまま葛木は言った。
「サーヴァントが死んだとしても、戦いが終わった訳ではない。一度マスターとして戦場に立った以上、最後までやり通すのが筋という物だ」
思わず凜と士郎は顔を見合わせた。葛木はまだ戦いを続けるつもりなのだ。
人間の身でサーヴァントと戦う事がいかに無茶なことであるかは、挑んだ自分たちが一番よく知っている。今まで敵対していたとは言え、勝負にもならない殺戮をむざむざ見過ごすことなどできなかった。
「よせ葛木!キャスターは死んだ。もうアンタが戦う必要なんて無いだろ!」
士郎が叫んだが葛木は止まらなかった。己が武器である拳を振るおうと、無謀にもアサシンに向かって単身突っ込んで行く。
二人としてはアサシンが慈悲を見せる事に期待するしかなかったが、結果は無情だった。キャスターの時と同じように魔力の刃が葛木の身体を突き刺すと、そのまま横薙ぎにして真っ二つに切り裂いた。
「……ッ!!」
たった今まで葛木だったものがどさりと地下室の片隅に落ちる。魔術で治療を施せば助かるかもしれなかったが、今の自分たちにはどうしようもない。
それどころか、今度は自分たちが彼と同じような目に遭いかねないのだ。
「……遠坂。セイバーを連れて逃げろ。俺が何とか時間を稼ぐ」
「はぁ!? ちょっとなに勝手な事言ってんのよ!」
士郎の勝手な提案に凜が否定の声を上げた。セイバーも声こそ出さなかったものの、同じような表情だった。
「こんな状況で三人とも助かるのは無理だ。ならここはセイバーと遠坂だけでも逃げるべきだろ」
「シロウ、それはダメだ。私は貴方を守ると誓った。逃げるのならシロウとリンが逃げるべきです」
「バカ! こんな時に言い争ってる場合じゃないでしょ!」
「だったら他にどうするって言うんだよ!」
敵を目の前にして意見が食い違う三人だったが、幸運な事にアサシンが襲い掛かってくる事はなかった。と言うよりも、彼の意識は既にこちらに向いてはいなかった。
今やアサシンの意識は地下室の入り口――そこにやってきた二人の男に向かって注がれていた。
「……キャスターの気配が消えたのはテメェの仕業か。だがどうしてここにいる。アサシン」
聞こえたのは三人にも覚えのある声だった。それは地上で戦っている筈のサーヴァントのものだ。
ランサーとアーチャー。地上で死闘を繰り広げていた男たちが、地下の異変に気が付いてやって来たのだった。
◇
「来たか。思ったより早かったな。小僧」
青赤の騎士たちを前にしてもアサシンは動じなかった。むしろ二人が来るのを待っていたという風にも見えた。
「ンな事は聞いてねえ。オレは何でテメェがここにいるのかって聞いてんだ」
アサシンに対して鋭い視線を投げかけるランサー。手には得物である朱槍が既に握られている。完全に臨戦態勢だ。
隣に立つアーチャーも同じく愛用の双剣を取り出している。相手の出方次第では共闘も視野に入れていると言う事だろう。
武装する男二人を眺めながらアサシンが言った。
「さてな。そんな事よりいつかの続きだ。何ならそこの赤いのと二人まとめて掛かってきても構わんぞ」
挑発交じりの言葉にランサーの顔が怒りに満ちる。必殺の宝具を使って仕留めきれなかった挙句、致命傷を受けて撤退に追い込まれた苦い記憶が、彼の脳裏にまざまざと蘇っていた。
「だそうだ。どうするランサー?」
怒りに燃えるランサーにアーチャーが視線を差し向けた。共闘の意思があるのかという確認だ。
単純に勝利するだけなら組んで戦った方が手っ取り早い。しかし誇り高いケルトの戦士が仕留め損なった相手に徒党を組んで戦う事を良しとする筈がなかった。
「いらねえよ。アイツとはオレ一人で戦う。テメェはあっちで嬢ちゃんたちの面倒でも見てな」
向けられた視線を見もせずにランサーが答える。余計な手出しをすれば逆に噛みついてやると言わんばかりだ。
「そうか。なら私は、私の目的を達成させてもらうとしよう」
彼の返答にアーチャーは軽く頷くと、凜たちの方に向かってジャンプした。そして両手に持っていた双剣を、士郎に向かっておもむろに投げ放った。
「――え?」
凄まじい勢いで二色の刃が飛来する。互いの逃げ道を塞ぐような軌道を描く黒白の剣は、さながら死の宣告めいていた。
突然の攻撃に凜も士郎も対応が遅れた。代わりにそれを打ち落としたのは直前で殺意を察知し、一瞬前に甲冑姿に身を包んでいたセイバーだった。
「ッ!!」
攻撃が防がれたと見るや、アーチャーは再び双剣を虚空から取り出した。そして自身を迎え撃つセイバーの剣撃をかわすと、三人から素早く距離を取った。
「アーチャー……貴様、何のつもりだ!」
「チッ、セイバーにまだこれだけの力が残っていたとは……判断を見誤ったな……」
忌々しげに舌を打ち、三人と対峙するアーチャー。立ち込める殺気は紛れもなく本物だ。
「……今のはどういう事よ。何でアーチャーが士郎を襲うの? ちょっと!これはどういうことなのか説明しなさいよアーチャー!」
困惑していた凜の顔が怒りで歪む。
自身への裏切りに続いて問答無用の攻撃。怒り出すのも無理はない。
だがどうにも分からなかった。アーチャーはなぜ、セイバーでも凜でも無く士郎を真っ先に攻撃したのだろうか?
後々邪魔になりそうな人間を始末したいならセイバーか凜を狙えばいい。だが戦士としても魔術師としても未熟な士郎はこの中で一番どうでもいい人間の筈だ。
加えて凜の記憶では士郎とアーチャーにそれほどの確執があった覚えはない。そもそも聖杯によって召喚されたサーヴァントと現代人との間に殺し合う程の因縁がある訳がないのだ。
自身の行為を悪びれもせずアーチャーは肩をすくめた。「どうもこうもない。私の目的は最初からそこの小僧だ。マスターでもない小娘は引っ込んでいて貰おうか」
「何ですって!」
続く軽口に凜はなおも噛みつこうとしたが、士郎がそれを制した。
「おいアーチャー。俺が目的ってのはどういう意味だ? 俺がお前に一体何をした?」
「衛宮士郎、正義の味方などと言う貴様の夢は、周囲に害をまき散らすだけの毒だ。ならば被害が少ない今の内に始末しておいた方がいい。それだけのことだ」
要領を得なかった。一体アーチャーは士郎の何を知っていて、どういう関係にあるのだろうか?
「お前は……お前は一体誰なんだ?」
思わず士郎が尋ねた。“正義の味方”という自分の夢を知っている人間はそう多くない。ましてや裏切り者のサーヴァントにそれを教えた事など一度もない筈だ。
僅かな間、アーチャーは士郎を見つめた。その視線には怒り、憎しみ、悲しみ――言葉では言い表せないほど様々な思いが込められていた。
やがて彼は口を開いた。
「知りたいか? オレはな、正義の味方などというモノに憧れた愚かな男の――エミヤシロウという人間の、なれの果てだ」
◇
「俺の……なれの果て、だって?」
突拍子の無い回答に士郎は他の言葉を失った。
未来の自分がサーヴァントとして召喚された上、目的は聖杯ではなく過去の自分の殺害と来たのだ。
一体どうしたらそんな言葉を信じられるだろうか。
見れば他の人間たちも同じような顔をしている。今から殺し合いを始める予定だったランサーやアサシンですら、アーチャーの言葉に意識を奪われていた。
「そうだ。そもそも英霊が保管されている“座”は、世界の時間軸から外れた場所に存在している。ならば未来から召喚される英霊が居てもそれほど不思議な事ではない」
「ちょっと待ちなさいよ! アンタはあたしが召喚したサーヴァントの筈でしょ。その正体がこの馬鹿の末路ですって? ハッ!冗談も大概にしなさいよね!」
否定するように凜は言葉を畳みかけたが、アーチャーは意にも介さなかった。
「凜、貴様がオレを召喚する時に使った触媒は、大きなルビーのペンダントだったな」
「……? それが何だっていうのよ?」
「そのペンダントは父親から贈られたもので、世界に2つと無い代物だ。そうだろう?」
「……だから?」
「以前お前に渡したペンダントは生前にオレが持っていたものだ。その証拠にこの時代に存在するオリジナルは、今も衛宮士郎が持ち続けている」
「!?」アーチャーの言葉を聞いた凜は顔色を変えた。「士郎! アンタ、これと同じものを持ってるの!?」
凜がポケットの中からルビーのペンダントを取り出す。それは裏切られる前にアーチャーが返却したものだった。
ペンダントを見た士郎は驚いたように目を見開いたが、やがて首を縦に振った。
「……ああ。持ってる。学校で死にかけた時に近くに落ちてたから持って帰った。あれは遠坂の物だったのか」
「じゃあやっぱり……」
「そうだ。オレは衛宮士郎の末の姿だ」
再びそう言ってアーチャーは握っていた剣の切っ先を士郎に向けた。
「理解したか。貴様はいずれオレになる。目的のためなら手段を問わずに人を殺す“正義の味方”にな。そんなおぞましいモノが生まれると分かっているのなら、生まれる前に殺しておくのが道理というものだろう!」
怒り交じりの叫びと共にアーチャーは攻撃を再開した。両手の剣を再び投げつけ、即座に新しい武器で斬りかかる。
セイバーと凜も何とか応戦したが、魔力不足の状態では迫り来るアーチャー本体の攻撃を完全に防ぐ事は出来なかった。
左右から襲い掛かる剣と正面から来るアーチャー。
たとえどれか一つを防げたとしても、残りのどれかに当たってしまうだろう。
目の前の圧倒的な暴力に士郎は咄嗟に眼を瞑り、死を覚悟した。
三つの攻撃が士郎に重なる――過去の自分を八つ裂きにしようと、未来の自分が牙を剥く。
「シロウ!!」「士郎!!」
凜とセイバーが絶叫する。仲間の死を少しでも引き留めようと、少年に向かって手を伸ばす。
瞼が作った暗闇の中で士郎は刃がもたらす痛みを待った。しかし一秒、二秒と待ってもそれが訪れる事はなかった。
異変を感じた士郎が瞼を開いた。
さっきまですぐそばまで迫っていたアーチャーは再び距離を取っていた。おまけに顔には訝しげな表情を浮かべている。
凜とセイバーは呆気に取られたように口をあんぐりと開けている。
そこでようやく士郎は自分の周囲を青い魔力の光が包んでいる事に気が付いた。
「これは……」
光には見覚えがあった。それは数分前にキャスターを貫き、葛木を撫で斬りにした刃と同じものだった。
「――どういうつもりだアサシン。なぜ貴様が衛宮士郎に加勢する」
憮然とした顔でアーチャーが尋ねた。
士郎を守るように目の前に立ちはだかっていたのは、四人とは全く無縁であるはずのアサシンだった。
アーチャーと同じく憮然とした表情で彼は言った。
「マスターからの命令だ。『そこの小僧を守れ』と、令呪まで使われてな。槍の小僧と決着を付ける前に、まずは貴様と遊んでやる」
あけましておめでとうございます。
今年中には完結できるように頑張っていきたいですね。
※DMで何度も更新日を尋ねてくる方がいらっしゃいますが、対応に困りますのでお控えください。
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