キャスターが最強のSHINOBIを召喚したそうです 作:ざるそば@きよし
二度目の戦いを前に、改めてマダラは自身に残された魔力量を確かめた。
感覚から推察して、残った魔力量はおよそ一割弱――須佐能乎は勿論、大規模な忍術の使用も、今のままでは難しいだろう。
全力を出した直後なのだから当然だ。
だがそれは向こうも同じだった。赤いアーチャーとの戦いで宝具を使ったせいか、残存している魔力量は決して多くない。両眼を通して視える量から推察しても、恐らくは自分と同じか、少々上回っている程度だろう。
ならば勝負の鍵を握るのは接近戦――互いの武器と肉体を頼りにした、泥臭い殴り合いと言う事になる。
望むところだ。
再びクナイを取り出す。間合いの長さは槍に劣るが、一度懐に入ってしまえば、取り回しの速さで有利に立てる。
眼前の槍兵も同じく武器を構えた。待ちに待った戦いに、お互い歓喜しているのが肌で感じられる。
決戦の火蓋が、今にも切られようとしていた。
「それじゃ……行くぜぇ!」
開戦の合図と同時に、ランサーが一瞬で間合いを詰めてきた――以前戦った時とは、まるで比べ物にならない程のスピード。
音速もかくやという速度で槍の穂先が胸元に迫る。吸い込まれるように近づいて来る赤い閃光。
貫かれる前にクナイで弾いた。刃が擦れて火花が散らばり、空中に炎のきらめきが瞬く。
速い。
敵の速さはあのバーサーカーに勝るとも劣らないレベルだ。加えて獣のような変則的な軌道が、その動きを読みにくくしている。
意識するよりも先に次が来た。弾かれた反動を利用した一回転の薙ぎ払い――鮮やかな手並みの連撃。
やはり輪廻眼では対処が間に合わない。両目を写輪眼に変化させ、何とか軌道を逸らしながら距離を取る。
寸前までマダラが立っていた場所を、槍の穂先が通過する。あと一瞬でも遅かったら、胴体を一文字に斬り裂かれていた。
ランサーから十分な距離を取った後、マダラは今の短い攻防の中から、手にした情報を噛み砕いた。
魔力の大部分を消費しているにも関わらず、明らかにランサーは最初の戦いとは段違いの強さを誇っている。しかもそれは何かの強化や呪いを受けたというよりも、今の強さのほうが自然体といった感じだった。
これは一体どういうことだろうか?
「驚いたか? マスターからの命令でな。初見の相手には絶対に本気が出せねえんだ。だが今回は二度目――思う存分本気が出せるぜ」
浮かんだ疑問に答えるようにランサーが言った。
なるほど。初見の相手に対しては真名や宝具などの情報収集に徹し、二度目の勝負で確実に息の根を止める。
やや悠長ではある事を除けば、堅実な作戦には違いない。
それに前回よりも歯ごたえがあるというのは、こちらとしても嬉しい誤算だ。
「楽しみだな。ならばその力とやら、存分に味わわせてもらおうか」
挑発的な笑みを浮かべたマダラが、ランサーに向かって走りながら再び腰のポーチに手を突っ込んだ。
小分けにされたいくつかの道具の中から、小さな茶色い球を二つ取り出すと、そのままランサーに向かって投げ放つ。
飛び道具を警戒したランサーがすぐさまそれらを槍で弾こうとしたが、球はその僅か手前で自ら大きく破裂すると、中から大量の煙を吐き出した。
「チッ! 目くらましか!」
煙幕だと悟ったランサーが、警戒顔で後ろに下がる。
いかに強力な三騎士クラスと言えど、視界を塞がれた状態では戦いようがない。
それを逃がすまいと、今度は煙の向こうから大振りの火球が二発飛来した。
火遁・豪火球――うちは一族が誇る伝統の忍術にして、オーソドックスな遠距離攻撃。
互いの逃げ道を塞ぐような軌跡で襲いかかる二つの火炎にランサーが舌を打つ。回避が間に合わないと見るや否や、初戦の時と同じように片方の指で、小さな文字のようなものを宙に描いた。
「ルーンよ!」
次の瞬間、ランサーの目の前に魔力の防壁が出現――襲い来る火球を防ぎ、それらがまき散らす熱風と衝撃を完全に無効化して見せた。
「奴はどこだ……」
ランサーが唸った。煙と熱風が晴れた先に当然マダラの姿はない。
左右を素早く見渡しても、結果は同じだった。
ならば答えはそれ以外の方向ということになる。
「――上か!」
気配を察知したランサーが天を仰ぐと、まさにマダラがクナイを手に襲い掛かる寸前だった。
すかさずランサーが槍を天に向け、突き上げるように刃を振るう。
まるで銛で突かれた魚のように、マダラの胴体に槍が突き刺さった。鎧と腹を貫通したまま、そのままずるずるとランサーの手元にまで落ちてくる。
予想外の手ごたえにランサーが思わず眉をひそめた。あまりにも呆気なさすぎる。
するとその直後、彼の疑いに応えるかのようにマダラの姿がぐにゃりと変化――槍の傷口を中心にして、凄まじい威力の炎を吹き出した。
「何だと!?」
ランサーの表情が驚きに変わる。倒した相手の身体が炎に化けるとは夢にも思わず。
至近距離からの火炎が容赦なく襲いかかる。顔を焼かれたランサーが、左手で顔面を庇いながら後退する。
まさにその時を狙っていたかのように、彼の背後からもう一人のマダラが追撃に入った。
影分身との連携――火遁を仕込んだ分身をわざと相手に迎撃させ、直後に背後から本体が奇襲する二段構えの作戦。
不利を悟ったランサーが持っていた槍を手放した。両目を優先回復させた火傷顔でのファイティングポーズ――体術で応ずる構え。
面白い。そう来なくてはな。
無手になったランサーに容赦なくクナイを振るう。顔を切り裂く鋭い軌道。
襲い掛かる刃を機敏なスウェーでランサーが避ける。クナイが見事に空を切る。
応撃――急所を狙ったランサーのコンビネーションパンチ。驚くほど正確な打撃。
ガードの上からでも衝撃が突き抜けてくる。槍の腕前に勝るとも劣らない技量。
僅かに下がりながら、マダラが横凪ぎにクナイを振るった。相手の拳と前進を挫く目論見。
迫る刃を全く臆さないランサー――速度を頼りに更に踏み込んでのワンツー。動きは眼で追えるが、相手のスピードと変則的な動きにこちらの身体が追いつかない。
避けきれないパンチを肩でガード。鎧越しに食い込む衝撃。まるで鉄の塊に殴られたような感覚。
よろめいた隙に追撃のリバーブローが突き刺さった。
殴られた衝撃で息が止まる。力が抜け、手からクナイを取り落とす。
ガードが下がった所に今度は回し蹴りが飛んで来た。呼吸が止まった状態では、回避もガードも間に合わない。
無防備のまま胴体を思いきり蹴飛ばされる――マダラの身体が宙に浮き、放物線を描きながら後方の壁に向かって飛んでいく。
「やるな小僧」
流石に大口を叩くだけのことはある。同じ三騎士でも、あの砂利とは大違いだ。
壁が近づいてきた。このまま叩きつけられれば少々面倒なことになる。
緊急措置――後方に影分身を一瞬だけ呼び出し、衝撃の受け止め役にさせる。
術によって後方に出現したもう一人のマダラが、飛んで来た本体をしっかりとキャッチした。そのまま壁にぶつかる寸前で勢いが止まると、すぐさま消滅して魔力に戻る。
僅かにふらつきながら起き上がるマダラ。その眼前には、既に槍を拾って迫るランサーの姿があった。
「貰ったァ!」
裂帛した一撃。気迫と全力の籠もった赤い刃が、再度こちらに襲い掛かる。
迫り来るランサーをマダラが睨んだ。そして再び左目が変化――不気味な紫の輝きを放つ輪廻眼に。
続けて相手を遮るように右手を翳すと、それだけでランサーの動きがピタリと止まった。
「ッ!?」
止められた事に驚いたのか、ランサーの顔が困惑に染まる。
だがそれだけには留まらず、彼の身体はまるで見えない何かによって弾かれたように、そのまま後方へと飛ばされていった。
新羅天征――輪廻眼に宿る力の一つであり、引力と斥力を操る天道の術。
それによってお互いの間に斥力を生成――迫り来るランサーの身体を、斥力の反発作用によってそのまま後方へと弾き飛ばしたのだ。
大きく息を入れ、マダラが体勢を立て直す。ポーチから新しいクナイを再び取り出すと、追撃とばかりにランサーに向かってひた走っていく。
一方、思わぬ力で部屋の反対側まで押し戻されたランサーだったが、慌ててはいなかった。その場で素早く受け身を取ると、迫り来るマダラ目がけて、思い切り槍を投擲する。
自分に向けて真っ直ぐ飛来する槍を、マダラは僅かな身じろぎで避けた――構わず前進。手ぶらになった敵に止めを刺すべく、更に加速する。
しかしそれを見届けたランサーが待っていたとばかりに叫んだ。「来い!」
瞬間、マダラの後方に通り過ぎていった筈の槍が、魔力の輝きを纏って猛然とUターン――主であるランサーのもとへ、唸りを上げながら帰還を開始したのだ。
槍の気配に気がついたマダラ――急停止した後、その場から右へとサイドステップ――間一髪の所で背後からの奇襲を回避。
戻ってきた槍を再び手にしたランサーが落ち着き払って壁際を脱出――再び部屋の中央へ。
最初と同じような距離で対峙する二人。状況が振り出しに戻る。
「……まさか炎に加えて分身と重力制御の魔術まで使えるとはな。おかげでまんまと一杯食わされたぜ」
戻った槍を再び構えながらランサーが言った。楽しさ半分、忌々しさ半分と言った表情。
ここまで多彩な手が使えるとは思ってなかったのだろう。
彼の軽口を訂正するようにマダラが言った。
「魔術ではない。忍術だ。それにそれはお前も同じだろう。見るのは二度目だが、俺の豪火球を魔術で防いだな」
「アレは師匠からの直伝でな。まさか二度も使わされるとは思わなかったが……」
本意ではないという顔――どうやら魔術はそれほど好みの戦法ではないらしい。
「だがここまでやったからにはもう出し惜しみは一切無しだ。今のオレが出せる全力でもって、貴様を殺してやるよ」
獰猛な笑みを浮かべたランサーが第二ラウンドを宣言する。
マダラもまた、その言葉に狂気じみた笑みを返した。
◇
教会地下で繰り広げられている死闘を契約を通じて感じながら、言峰綺礼はこれからの指針について考えを巡らせていた。
無論、綺礼もアサシンの出現を全く予想していなかった訳ではない。ランサーを初見で撃退した戦闘力の高さや、死を免れる能力の事は当然頭に入れていたし、それらを組み合わせれば、あるいは他のマスターと手を組んでキャスターの支配から脱する可能性も、少なからずあるだろうとは踏んでいた。
だがまさか、あのアーチャーすら撃退しうる力を持っていたとは、全くの予想外だった。
咄嗟に彼を令呪で回収していなかったら、今ごろアーチャーは消滅していたに違いない。
それほどの力を、どういう訳かあのアサシンは有していた。
「――綺礼、貴様、なぜ我の邪魔をした」
教会から戻ってきた“二人目”のアーチャーは憤然たる表情のままソファーにどかりと腰かけると、鋭い視線で神父を睨んだ。
寸前の所で命を救われたとは言え、戦いに水を差された事に変わりはない。プライドの高い彼にとってそれは、邪魔以外の何物でもなかった。
「ならば聞くが、あの状況で他に何か手があったというのかね?」
ふんだんに殺気が含まれた視線を鷹揚に受け止めながら言峰が言う。含んで聞かせるような口調は、どこか聖職者ならではの威厳があった。
「王の矜持として貴様が格下相手に手を抜く事は理解している。だがそれで足元を掬われてしまっては元も子もない。目的を達成させる前に死んでしまっては、貴様としてもつまらないだろう?」
理をもって諭すような言葉に、流石のアーチャーも口を噤む。
彼ら二人の目的は、あくまで聖杯戦争に勝利した先にある――その前段階である今の戦いで倒される意味は何もない。
その事については、彼も頭では十分理解しているようだった。
「……まあいい。奴の実力が知れた以上、次は容赦せん。我に対する数々の不敬、万死を以って償わせるとしよう」
吐き出すようにアーチャーが言った。ぶすっとした表情は変わらずだったが、いくらか冷静さを取り戻したようだった。
そんな彼の様子に満足したように綺礼は頷くと、やおら立ち上がって言った。
「落ち着いたようで何よりだ。ところで私は今から少し出る。留守を頼んだぞ」
彼の言葉にアーチャーは鼻を鳴らした。
勝手にしろ、という意味だろう。
彼の意を汲み取った神父は僅かに肩をすくめると、そのままホテルを後にした。
◇
さらに加速する戦いの駆け引き――激しい鎬の削り合い。
ランサーが槍を杖代わりに地面に突き刺した。紡がれる呪文。霊脈の魔力を併用した高火力の魔術が放たれる。
魔術で作られた特大の火炎が到来――まるで自分が好んで使う火遁の鏡写し。
襲い来る炎に向かって手を翳す。左目に再び魔力を通し、輪廻眼に秘められた更なる力を引き出す。
餓鬼道――相手の忍術や魔術を分解し、自らの魔力として吸収する攻防一体の瞳術。
マダラの掌に触れた先から、ランサーの炎が次々と魔力に変換されていく。まるでスポンジに吸い取られる水のよう。
魔術が逆効果だと知ったランサーが舌を打った。突き刺していた槍を引き抜くと、再びこちらに走り出す。
圧倒的な速さで繰り出される突き、刺し、払い――何合目かの剣戟。相変わらずスピードと間合いではこちらが不利。だが今は、敵から奪い取ったばかりの魔力がある。
槍の間合いから離れたマダラが、一瞬だけ須佐能乎の腕を作り出した。ノーモーションで伸びる魔力の拳が、ランサーの身体を丸ごと殴りつける。
特大の拳をもろに食らったランサーが衝撃で吹き飛ばされる。が、見事な姿勢制御で体制を整えると、即座に受け身を取って立ち上がる。
その顔に笑み――強敵と存分に戦える事を喜ぶ戦闘狂の顔。
「いいねぇ。やっぱり戦いはこうでなくっちゃぁなァ!」
再び這うような低い姿勢から弾かれたように接近。まるで猛獣の足運び。
写輪眼ですら捉えれきれない不規則な高速移動――そこから放たれる鋭い槍。ヘラクレスや二人目のアーチャーに続き、まさに好敵手と呼んで差し支えない相手。
ますます楽しませてくる。
もう何度目とも知れない斬り結び。互いの刃が服を切り裂き、身体中に細かい裂傷がいくつも刻まれる。
ふと、激しい攻防の合間から、出し抜けにランサーが何かを投げ込んできた。
意識が一瞬だけそちらに移る――視界に移ったもの。魔術の文字が刻まれた小さな石。
攻撃魔術かと警戒しようとした次の瞬間、小石がにわかに激しい光を放ち始めた。
「――ッ!!」
閃光による目つぶし――煙幕の意趣返しにして、マダラの能力が目に依存している事を見抜いた会心の一手。
光で塗り潰された両目を瞑ってすぐさま後退――同時に須佐能乎の胴体を生成。全方位の攻撃を警戒しながら、視力が回復するまで可能な限りの時間を稼ぐ。
ここぞとばかりに仕掛けてくるランサー――反撃の心配が無くなったせいか、先ほどとは比べ物にならない勢いで強引に迫ってくる。
音と気配を頼りに可能な限り攻撃をいなす――避けきれなかった槍の攻撃が、須佐能乎の身体を容赦なく削り取っていく。
損傷していくにつれて吸い取ったばかりの魔力があっという間に目減りしていく。須佐能乎の強度が徐々に維持できなくなっていく。
歪な音――須佐能乎の罅割れた部分に槍が差し込まれたのが分かった。穂先が須佐能乎の胴体を貫通し、そのままマダラの脇腹を掠める。
鋭い痛み。一応軽傷のはずだが、見えない分だけ鋭敏に感じる。
二発目の槍が突きこまれる前に、こちらの方から次の手を打った。
「――火遁・灰塵隠れの術!」
須佐能乎を解除したマダラが今度は口から高温の灰を吐き出した。真っ黒い煙幕が、再びランサーの視界を丸ごと全て覆っていく。
「バカが! 同じ手が二度も通じるかよ!」
暴力的なランサーの嘲笑。すぐさま空中にルーンを描くと、新たな魔術を使用する。
文字が完成した瞬間、部屋中に旋風が吹き荒れる――強烈な風が灰煙を瞬く間に洗い流していく。
漂白された空間の中からマダラがクナイを持って現れた。両目の視力は既に回復済み。
再び槍とクナイがぶつかる、斬り結ぶ、拮抗し合う――どちらも一歩たりとも譲らない姿勢。
ここが勝負所だと見極めたランサーの眼が鋭く光った。手首を狙った槍の一撃が、マダラの手にしていたクナイを弾き飛ばす。
「貰った! 刺し穿つ――」
武器を失った今のを好機と見たランサーが、持てる魔力を一気に注いだ。回避不可能の呪いの槍が、宿敵に引導を渡そうと唸りを上げる。
まずい。
予備として使える目はもう無い。この槍の必中能力を、イザナギでやり過ごす事はもうできない。
咄嗟の判断――強引な体勢から魔力の注ぎ先である槍を掴む。注入された大量の魔力を、輪廻眼で片っ端から吸い取っていく。
一瞬前まで禍々しい輝きを放っていた槍が急激に力を失う――燐光が萎み、能力を発揮するための魔力が徐々に消え去っていく。
宝具を不発にされたランサーが、今度は力任せに槍を振り回した。槍を掴んでいるマダラの身体を、そのまま槍ごと地面に思い切り叩きつける。
強引な姿勢と輪廻眼の使用でろくに受け身が取れず――強烈な衝撃が全身を駆け抜ける。
さらにその身体を、ランサーがサッカーボールのように蹴り飛ばした。
「ぐぅ……!?」
マダラの身体が凄まじい勢いで地面を転がる。やむを得ない状況だったとは言え、流石に無防備なまま受けた攻撃はかなりのダメージだった。
「……ドジったぜ。今のは確実に殺れると思ったのによ」
手にした槍を見つめながら忌々しげにランサーが言った。必殺の一撃を、あんな方法で阻止されるとは思ってもいなかったらしい。
ゆっくりと起き上がったマダラに対し彼は言った。
「ここまで戦っておいて今さらな質問だがよ。最後にてめえの名前を聞いてもいいか? 本気のオレと真っ向から戦ってここまでできたヤツはそうは居ねえ。おまけにアサシンならば猶更だ。この間は聞けずに終わったが、お互い決着をつける前に、ここらで一つ名前の交換と行こうぜ」
意外な提案とは思わなかった。倒した強敵の名前を覚えておきたいと思うのは、戦士としては自然な事だ。
以前は小僧と侮り答えなかったが、ここで決着をつけるのならば、教えてやるのも吝かでは無い。
「いいだろう。俺はうちはマダラ。忍界という場所から召喚された」
「忍界……聞いたこともねえ場所だが、まあそう言う事もあるか」
さもありなんとランサーは頷くと、こちらの番だとばかりに名乗りを上げた。
「そっちはもう知ってるかもしれねえが、オレの名前はクー・フーリン。アルスターの出だ。これでお互い名乗りも済んだことだしよ。ぼちぼち決着と行こうぜ」
言うや否や、ランサーが自ら大きく距離を離した。這うような低い姿勢は、教会前でアーチャーに放った投げ槍の宝具と同じ構えだった。
「オレの槍についてはもう説明するまでもねえよな。さっきは出し損ねたが、次はそうはいかねえ。今度はオレの渾身にして最後の一撃をくれてやるよ」
獰猛な笑みでランサーが言う。“最後”と言うからには生半可な覚悟ではない。彼は恐らく、自分の肉体を維持するための魔力すら次の一撃に注ごうとしていた。
「最後か。ならばその一撃、こちらも正面から受けてやろう」
そう答えたマダラもまた、今しがたランサーから吸い取ったばかりの魔力を全て宝具に注ぎ込んだ。
須佐之乎の右腕を作り出し、そこに魔力の刀を握らせる。
これから飛んで来るであろう槍を、全力で撃ち落とそうとする構えだ。
「突き穿つ――」
ランサーの魔力がうねる。ありったけの魔力を注がれた槍が再び脈動し、因果逆転の呪いを発動させる。
狙うは心臓。目の前の強敵が持つ霊核――ただその一点のみ。
槍が輝いていくにつれ、ランサーの身体が徐々に薄れ始めた。やはり投擲に必要な場所以外の肉体を極限まで魔力に変換し、少しでもその威力を高めていくつもりのようだ。
やがて最後の充填が完了すると、ランサーは今生で最後の一撃を投げ放った。
「――死翔の槍ッ!!!!」
◇
注がれた魔力は十全には届かなかったが、主の命を賭して放たれた槍の威力は、アーチャーに向かって放たれた時と比べて決して見劣りするものでは無かった。
迫り来る死の閃光に対して獰猛な笑みを浮かべると、マダラもまた、己が纏っていた須佐能乎の腕を全力で振り抜いた。
本日四度目となる宝具同士の激突――英雄として持てる全ての意地のぶつかり合い。
凄まじい速度で迫る赤い閃光が、目の前の青い燐光を浸食する。敵の纏った鎧を砕き、その奥に潜む心臓を食い破ろうと肉薄する。
だが持てる全ての魔力で編み込んだ須佐之乎もまた強靭だった。先ほどの天狗姿には遠く及ばないものの、飛来するゲイボルグに対し、全力でその威力を相殺している。
お互い十全ではない者同士の全力――だが運命の天秤は僅かにマダラに傾いていた。
ランサーから二度に渡って奪い取った魔力、それが二人の宝具の威力に如実に現れていた。
ぴしり、と罅割れるような音が鍔迫り合いの中から聞こえた。見ればゲイボルクの中ほどに大きな亀裂が入っている。須佐之乎の威力と、宝具の連続使用に槍自身が耐えきれなくなっていた。
本来ならあり得ない事だっただろう。因果逆転のゲイボルクは、その呪いによって既に当たる事が確定している――故にその槍は、少なくとも敵を倒すまでは決して壊れることはない筈だった。
だがその呪いを完全に発動させるために必要な魔力が、ほんの僅かにだが足りていなかった――ランサーが自身を含めた全ての力を注いでも、完全な状態になり得なかったのだ。
ついに衝撃の負荷に耐えきれず、僅かな光を残しながら槍が砕けて消滅した――必殺必中の運命を果たすことなく、朱色の槍が虚無の向こうへと還って行く。
戦いは終わったのだ。
ゲイボルクが完全に消え去ったことを確かめてから、マダラはつい先ほどまでランサーが立っていた場所を見つめた。槍を放ち終えた彼は、愛用の武器よりも先にこの世界から消滅してしまっていた。
「クー・フーリン。お前との戦い、なかなか面白かったぞ」
一足先に居なくなった強敵に向けてマダラは告げた。
それがたった今倒した男へのせめてもの手向けだった。
◇
行き場を失ったアーチャーが彷徨った末に辿り着いたのは、新都の一角にある中央公園だった。
駅前から少し外れた場所のそこは、公園とは名ばかりの広い芝地にベンチがいくつか置いてあるだけという何とも寂しいものだったが、彼にとってこの場所は特別な場所だった。
何故ならここは、衛宮士郎が義父である衛宮切嗣に命を助けられた場所だからだ。
「全てを失った末にここに辿り着くか……私も、随分と感傷的になったものだな」
自嘲的な笑みを浮かべ、一人ベンチに腰掛ける。皮肉屋な彼にしては珍しい弱気な言葉だったが、生憎と無人の公園にその自虐を聞く事が出来た者は居なかった。
何もかも失敗だった。衛宮士郎を殺害して自らを消滅させるという計画も、そのために積み重ねてきた努力も、今ではその全てが水の泡となってしまった。
「……正義の味方か。その夢は、やっぱり難しすぎたよ。爺さん……」
思わず独りごちる。衛宮士郎として過ごした生前の記憶は殆ど摩耗して失われてしまっているが、それでも魂に刻まれているものがある。
それは、十年前のここで自分を助けてくれた義父である衛宮切嗣の、あまりにも嬉しそうな顔だ。
彼の顔が――命を助けられた自分よりも嬉しそうだった彼の顔が忘れられなくて、いつしか自分も正義の味方を目指そうと決めたのだ。
そのために生前から努力を重ね、理想に準じ、そしてその果てに得たものは、守護者として死後も人々を殺し続けるという結果だけだった。
だからこそ、一縷の望みを託してここに来た。エミヤシロウである自分が、過去の衛宮士郎を殺害すれば、あるいは因果が捻じれ、全てを無かった事にできるのではないかと。
だがそれももはや叶わぬ願いだ。今の自分にはマスターも魔力もない。ただこうして、自滅を待つだけの存在だった。
「――告解をご所望なら、ちょうどここに聞き役がいるが?」
突然掛けられた声に、アーチャーは弾かれたように距離を取ると、素早く実体化して刀を取り出した。
彼の目の前には、特徴的なカソックを身に着けたあの神父が立っていた。
「言峰、綺礼……」
「意外かね? 私がここに居るのが」
慮外の人物だった。死体を見なかった以上、生きてはいるだろうと思っていたが、まさかこんな所にわざわざやって来るとは。
おまけにさっきの口ぶりからして、まるで自分がここにいる事を予め知っていたかのようだった。
「教会を失った神父がまさかこんな場所に現れるとはな」油断のない眼差しでアーチャーは神父を睨み付けた。彼の事は一切信用できなかった。「それで、監督役が死にかけのサーヴァントに一体何の用だ?」
「貴様には今、二つの選択肢がある」
質問には答えず、おもむろに彼はそう言うと、アーチャーがさっきまで座っていたベンチに腰かけた。
「一つはここで朽ち果て、無へと還る道。マスターも魔力も無い今の状況では、満足に戦う事もままならない。ただ静かにこの場所で自滅を待つだけの道だ」
言われるまでも無かった。マスターの居ないサーヴァントはただ存在するだけで大量の魔力を消耗し、壊滅的な速度で死に近づいている。単独行動のスキルによっていくばくかは先延ばしにできているが、根本的な解決ができない以上、結局の所は気休めにしかならない。
「そしてもう一つの道は、ここで私と契約し、己が望みを叶える道だ」
「……なんだと?」
咄嗟にアーチャーが聞き返した。目の前の男が何を言っているのか、理解できなかったからだ。
「驚く事でもあるまい。聖職者として、救いを求める者に手を差し伸べるのは当然のことだ。たとえそれが、自らの消滅を願うものであってもな」
そう言うと、綺礼はカソックの袖を捲った。素肌が露になった右腕には奇妙な文様の赤い痣が――令呪が刻まれていた。
「さて、どうする? エミヤシロウ。二つの道のうち、君はどちらを選ぶかね?」
差し出された腕をアーチャーはじっと見つめていた。
彼がどうやって自分の名前を知ったのか、何が目的なのか、考えるべき事が多かったが、それもこの瞬間においては些細なことだった。
まだ希望がある――まるで蜘蛛の糸のように細い希望だが、手繰り寄せれば望みにつながる可能性がある。
彼は覚悟を決めた。
「聞かれるまでもない。願いが叶う可能性が少しでもあるのならば、オレは迷わずその道を選ぶ」
アーチャーの答えを聞き届けた綺礼はやがてにやりと口端を歪めた。
それはまるで、悪辣極まりない悪魔の笑みにも似ていた。
「喜べエミヤシロウ、君の願いはようやく叶う」
最近スランプ気味で全然かけません。
すみません。