キャスターが最強のSHINOBIを召喚したそうです   作:ざるそば@きよし

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マダラは最強タッグを結成するようです

 

 ランサーとの勝負に決着を付け、間桐の屋敷に帰還したマダラだったが、案の定、熱烈な歓迎という訳はいかなかった。

 部屋では魔力の大半を使い果たした桜が気を失ったように眠っており、時折苦しげな声を漏らしている。命にこそ別状は無いが、明らかな衰弱状態に陥っていた。

 喘ぐ彼女の胸元に、マダラは軽く手を翳した。ランサーから奪い取った魔力の一部を、契約で作られたパスを使って送り返し、僅かに衰弱を和らげる。

 

 この娘にはまだ生きていて貰わねば困る。少なくともあと数時間は。

 

 魔力が回復したおかげか、弱っていた桜の顔色が徐々に血色を取り戻していく。やがて閉じていた瞼が震えると、ゆっくりと意識を取り戻した。

 

「……あ、アサシンさん……先輩、は……?」

 

 か細い声で桜が尋ねた。魔力を使い切った後はずっと意識を失っていたのか、その辺りの事情は何も知らないままのようだった。

 言い聞かせるようにマダラは言った。

 

「安心しろ。衛宮士郎は無事に教会から脱出した」

 

「よかった……先輩……」

 

 思い人の安否がよほど気がかりだったのだろう。彼の言葉を聞くや否や、安心したように桜が安堵の息を漏らした。

 そんな彼女をしばらくの間マダラは静かに見つめていたが、やがて背後に気配を感じると、すぐにそちらに向き直った。

 

「やっと戻って来おったか。この莫迦者めが」

 

 室内の闇を切り取るようにして現れたのは、間桐家の真の主たる間桐臟硯だった。

 昆虫めいた黒目がちの瞳を差し向けると老人は言った。

 

「貴様、一体何をやらかした? 桜はこう見えてかなりの魔力を蓄えておる。それが意識を失うほどに衰弱するなど、一体どれほどの魔力を使ったと言うのだ?」

 

 一般的な魔術師がどれほどの魔力を備えているかは定かではないが、少なくとも全力の須佐能乎が求める魔力量は相当なものだ。一時でもそれに耐え、生きている以上、彼女は確かに相応の才能を秘めているのだろう。

 もっとも、マダラが本当に求めている量に比べれば、天と地ほどに遠いものだったが。

 

「前に話した金髪のサーヴァントと戦った。聞く所によると、どうやら奴は前回の聖杯戦争を生き残ったサーヴァントらしい。お前は奴の正体を知っていたな?」

 

 仮にも始まりの御三家である間桐の当主が、過去にあった聖杯戦争の決着を知らぬ筈がない。

 考えられる可能性としては、実力の大きさから今まで放置せざるを得なかったと言うところだろうか。サーヴァント相手に生身で挑む事の愚かさは、子供でも分かる。

 

「以前も言ったが、前回の聖杯戦争では決着が付く前に聖杯が破壊され、勝者は誰一人出なかった。そんなものが未だに居るはずがない」

 

 老人の答えは淀みの無いものだった。予めそう答えると決めていたのだろう。

 だがそれも、所詮は虚しい小細工に過ぎなかった。

 

「まあいい。どうせすぐに分かることだ」

 

「……どういう意味じゃ?」

 

「さてな。それより約束通り、今から間桐慎二の身柄を返すが――」そこまで言うと、マダラは寝ている桜の胸、ちょうど心臓のある辺りに己の手を再び押し当てた。「その前に貴様には退場してもらうぞ」

 

 その言葉に臟硯や桜が反応するよりも速く、マダラの輪廻眼が怪しい光を放った。手のひらに魔力が宿り、桜の身体の奥に宿った“それ”を強い力で引き寄せる。

 すると、何故か彼の背後に居た臟硯が苦しみの声を上げ始めた。

 立っていられないとばかりにその場にくずおれ、身体を構成していた蟲たちが小さな群れとなって部屋中に散らばる。

 それはまるで、殺虫剤を撒かれた昆虫が死に怯えて逃げ出す様にも似ていた。

 

「き、貴様……何を……」

 

「悪いが、お前が生きていると色々面倒なんでな。ここで始末させて貰うぞ」

 

 苦悶の声を上げる臟硯を一切見ることなく、マダラは更に押し当てている腕に魔力を込めた。それにつれて桜の身体の表面から、キャスターの時と同じように半透明の何かが徐々に浮かび上がり、ゆっくりと上に抜け出ていく。

 

 初めて見た時からマダラは見抜いていたのだ――間桐臓硯という魔術師が、本当は桜の体内に潜んでいるという事を。

 

 いま背後で横たわっている老人の身体は、本体が魔術で遠隔操作している傀儡――本当の姿を隠しながら他者と意思疎通を図るためだけにある、いわば人形のようなものだった。

 

「莫迦者が……そんな勝手を、この儂が許す思うか……?」

 

 もがき苦しみながら、上半身だけになった臟硯の肉体が怨嗟の声を上げた。体内に残っている僅かな魔力を使い、呪文らしき単語をいくつか呟く。

 だが彼の努力も虚しく、マダラの身体には何の変化も訪れなかった。

 老人の抵抗をせせら笑うように彼が言った。

 

「俺に取り込ませた虫を使おうとしているのなら無駄だ。あの虫の魔術は既に解除してあるからな」

 

「なん、じゃと……?」

 

 更に崩れ、もはや壊滅しつつある臓硯の顔が更に醜く歪む。

 以前彼がマダラの身体に取り込ませた、令呪を軽減させる刻印虫――あれには本来の効果とは別にもう一つ、違う魔術が組み込まれていた。

 それは、取り込んだサーヴァントの霊基を内側から破壊し、必要とあらばその肉体を触媒にして新たなサーヴァントを『再召喚』するという代物だ。

 臓硯は決してマダラを信用してなどいなかった。キャスターと同じく、彼が裏切るような予兆を見せるか、あるいは手に負えなくなるような事態に陥った際には、容赦なく切り捨てる算段だったのだ。

 

「俺に魔術の知識が無いと思って見くびったか? 魔術についての知識が無いのなら、持っている人間から奪い取れば良い。例えば、あの女狐とかな」

 

 輪廻眼が持つ瞳術・人間道は、対象となった人物の魂を引き抜いて死亡させると同時に、対象が持っている知識や記憶を丸ごとコピーし、吸収する能力を持つ。

 マダラがあえてキャスターに人間道を使ったのは、ひとえに彼女が持っている魔術についての膨大な知識、経験が欲しかったからだ。

 そうしてまんまと豊富な魔術の知識を得たマダラが帰還する前に取りかかったのは、自身が取り込んだ刻印虫の無効化だ。

 もし自分が臟硯の立場なら、素直に令呪を抑制するだけのものを取り込ませる筈がない。必ず何か、サーヴァントを律するような仕掛けを施すだろう。

 ランサーを倒した後、早速手に入れた知識で自分の霊基を調べ上げると、案の定、取り込んだ刻印虫には先ほどの魔術が施されていた。

 魔術の知識を持っていない状態なら、たとえ見つける事が出来たとしても、何の手出しも出来なかっただろう――それどころか、その動きを見咎められ、始末されるのが関の山だった。

 だが今は違う。神代の魔術師であるキャスターの知識を取り込んだことで、マダラはこの程度の魔術なら、いとも簡単に解除することが出来た。

 後方の憂いはこれで絶った。後はこの何とも厄介な邪魔者を排除するだけだ。

 

「話は終わりだ。消えろ。間桐臓硯」

 

 冷たくそう言い放ち、マダラが最後に魔力を込めた手を桜の胸元から引き上げた。するとキャスターが死んだ時と同じように半透明の塊が――間桐臓硯の魂がすっぽりと彼女の身体から抜け出ていった。

 

「ぐぇ」

 

 背後から最後に声が聞こえた。まるで虫を押し潰したような断末魔。それが間桐臓硯という魔術師の最期だった。

 

「な、なにが、起こったの……?」

 

 一方、話に全くついて来れていない桜はただただ困惑するばかりだった。たったいま自分が何をされたのかも、今まで自分の身体がどうなったのかもまるで分かっていなかった。

 マダラは端的に今の状況を告げた。

 

「間桐臟硯は死んだ。たった今、俺が殺した」

 

「おじいさまが……死んだ?」

 

 信じられないとばかりに桜が言葉を繰り返す。

 間桐桜にとって、間桐臓硯という存在は絶対的な支配者であり、同時に恐怖そのものだった。間桐の一員になったその日から、彼女は臓硯によって想像を絶する仕打ちを長年に渡って受け続け、一度は心も身体も完全に破壊し尽くされた。

 そんな神にも等しかった臓硯が死んだ――目の前で起きたその事実は、桜にとってあまりにも大き過ぎる衝撃だった。

 

「そうだ。後はもう一つの問題を片付けるだけだ」

 

 彼女の事情など露とも知らないマダラは構わずそう言うと、蟲の群れと化した臓硯の肉体をぞんざいに足で除け、空いた床に両手で印を組んだ。

 

「――口寄せの術」

 

 淀みなく忍術が発動し、マーキングしておいた対象物が一瞬でその場に呼び寄せられる。術が終わった次の瞬間には、虚ろな顔の間桐慎二が姿を現していた。

 

「兄さん!」

 

 驚いてベッドから跳ね起きた桜が彼の身体を抱き起こした。拘束代わりの幻術が解け、次第に意識が戻っていく。

 

「……桜?」目の前に飛び込んできた妹の顔に慎二は眉をひそめた。「なんだ? 僕は、一体どうなって……?」

 

「兄さん……よかった……」

 

 兄の生還に涙を浮かべ、桜が嬉しさに声を震わせる。

 やはりどんなに腐っていても肉親の事が気がかりだったのだろう。

 生憎とそんな気持ちを向けるような人物では一切ないのだが。

 

「妹に感謝するんだな。間桐慎二」

 

「お、おまえは、アサシン!?」

 

 声に弾かれたように慎二が彼の方を向く。そして自分を攫った張本人を見つけるや否や、いつぞやのようにヒステリックに騒ぎ出した。

 

「どういうことだよ桜! なんでこんなヤツがここに居るんだよ! ライダーは……聖杯戦争はどうなったんだよ!?」

 

「それは……」

 

 立て続けに質問を投げかける兄に、桜が言葉を詰まらせる。

 無理もない。学校でマダラに攫われてから今の今まで、慎二はずっと円蔵山の中腹にある洞窟内で監禁されていたのだ。たった数日という短い期間だったとはいえ、その間に状況は目まぐるしく変わっている。

 一言で説明するのはとても無理な話だった。

 

「ライダーはキャスターに倒されてとっくに死んだ。今の俺のマスターはこの桜だ」

 

 端的に事実を述べると、慎二は更に目を見開き、食い入るように桜を問いただした。

 

「ど、どういう事だよ……どうなってんだよ!? 僕に分かるように全部説明しろよ桜!」

 

 怒鳴り散らす兄に怯えたのか、身体を僅かに震わせた桜が頷くと、今までの出来事を分かる範囲で順々に説明し始めた。

 ライダーが敗北した後、マダラが慎二を人質に再契約を持ちかけてきたこと、キャスターが教会を乗っ取り、士郎たちとの戦いの最中でマダラに殺されたこと、脱落したサーヴァントが半数以上になり、いよいよ聖杯戦争も佳境に差し掛かっていること。

 それら一つ一つを桜が話していくにつれ、慎二の顔はどんどんと不気味な、邪悪な笑みへと変わっていった。

 

「へえ……。今はそんな事になってるのか」

 

 くつくつと不気味な笑い声を上げた後、彼は言った。

 

「桜、今すぐ僕にアサシンを譲れよ。僕がマスターになれば、衛宮や遠坂なんてもう目じゃない。このまま勝って、一緒に聖杯を手に入れてやろうぜ」

 

 言葉を聞いた桜は絶句した。

 あれだけの事があって尚、慎二は戦いから降りる気は無いようだった。むしろマダラという強力なサーヴァントを桜が手に入れた事で、より戦意が助長されたとも言いたげだ。

 一体何がそこまで彼を戦いに駆り立てるのだろう。

 間桐としての血筋か。あるいは自分を認めなかった魔術師の世界に、せめて一矢報いたいという劣等感がなせる業だろうか。

 ある意味自殺行為とも言える慎二の要求に、桜はしばらく俯いていたが、やがて静かに首を振った。

 

「……嫌です」

 

「……なんだって?」

 

 慎二の顔が一瞬だけ戸惑いを浮かべ、続いてすぐに憤怒に歪んだ。

 

「よく聞こえなかったな。桜、おまえ今なんて言ったんだ?」

 

 少女の肩を掴み、強い口調で慎二が聞き返す。

 だが桜は決して首を縦には振らなかった。

 

「もう止めて下さい……私がアサシンさんと契約したのは、兄さんが人質に取られてたから……それに、兄さんと先輩が戦う所なんて、もう見たくない……」

 

 事実、桜の心は聖杯戦争によってかなり疲弊していた。

 もともと争いを望まない性格でありながら、御三家の魔術師であるというその一点だけでマスターに選ばれてしまったのだ。

 それが強制的に殺し合いに参加させられた挙句、密かに想いを寄せている衛宮士郎が同じマスターに、謂わば殺すべき敵に選ばれてしまった事で、彼女の心はとうに限界を迎えていた。

 自害などの極端な手段に出なかったのは、ひとえに臓硯の監視と人質になっていた慎二の存在があったからだ。

 

「何言ってんだよ! こんなに強いサーヴァントがいるんだ。戦わないなんて勿体ないだろ? それにおじい様が死んだ今、もう間桐を救えるのは僕とおまえだけだ。こうなったら二人で一緒に新しい間桐を作るんだよ!」

 

 言葉は説得というよりも脅しに近かった。怯える者に鞭を打ち、無理矢理立たせようと追いつめる言葉だ。

 恐らく彼は今までずっとそうやって妹を操ってきたのだろう。

 しかし、それでも彼女の心は動かなかった。

 

「嫌……もう私は、誰とも戦いたくない……私はただ、今まで通り先輩たちと静かに暮らしていたいだけなんです……」

 

 桜が真に求めるものは、あらゆる願いを叶える万能の聖杯などではない。

 平穏な、どこにでもある日常の生活だ。

 学友や想い人と一緒に学園での一日を過ごし、家族ともいえる親しい者たちと共に食事を楽しむ。

 そうした何もない、けれど充実した日常こそが彼女にとっての宝なのだ。

 それに引き換え、常に死と暴力に怯えなければならない聖杯戦争など、彼女にとっては最初から願い下げだった。

 

「桜……おまえぇ!」

 

 頑ななまでに応じない桜の態度に、ついに慎二が痺れを切らせた。彼女の身体を力任せに壁に押し付けると、そのまま拳を振り上げる。

 目の前の暴力に桜は咄嗟に目を瞑った。

 だが、そんな蛮行を止める者がいた。

 

「そこまでにしておけ」

 

 割って入ったのはマダラだった。振り上げた慎二の腕を掴み取り、強引に桜の身体から引き剥がす。

 掴まれた手首を振り払いながら慎二が吼えた。

 

「ジャマすんなよ! 部外者が兄妹の問題に割り込んで来るな!」

 

「そこまでマスターになりたいのか?」

 

「当たり前だ! 聖杯戦争に勝って、僕を嘲笑った連中を見返してやる。気に食わない衛宮も遠坂も、全員ぶっ殺してやるんだ!」

 

 尚もヒステリックに喚く慎二の様子を、マダラはしばし無表情に見下ろしていたが、やがて唐突に言った。

 

「――いいだろう。俺がお前をマスターにしてやる」

 

「……あ?」

 

 一瞬前までの怒りが嘘のように、ポカンと慎二が口を開けた。

 そして数秒の沈黙の後、再び聞き返した。

 

「おまえ……今なんて言った?」

 

「お前をマスターにしてやると言ったんだ」

 

 同じ言葉を繰り返すと、マダラは桜に向き直った。

 

「間桐桜、俺に最後の令呪を使え。令呪で俺の魔力を回復させるんだ」

 

 意図の分からない指示に桜が驚いたように眼を剥いた。

 同じく慎二も驚愕の顔で抗議する。

 

「お、おい! そんなコトしたら……!」

 

 宿した令呪を使い切るという事は、同時に桜が正式にマスターでは無くなる事を意味する。

 ライダーの時と同じように代理マスターの座を求めていた慎二にとって、それはあってはならない事だった。

 

「安心しろ。令呪が消えてもお前がマスターになれる事に変わりは無い。それに間桐桜が令呪が持っている限り、俺は間桐桜のサーヴァントだからな。無くならなければ再契約も何もないだろう?」

 

「た……確かに。言われてみれば、そうだな」

 

 慎二が正式なマスターになるためには、いずれにせよ桜とアサシンは契約を切らなければならない。

 一応、彼の言葉に納得したように頷くと、慎二は桜に顎で指示を下した。

 僅かな間、彼女はどうするべきか迷っていたが、やがて左手に刻まれた印を見つめると、魔力を通し、最後に残っていた命令権を行使した。

 瞬間、花びらに似た形の刻印が弾け、魔力の燐光がマダラの身体を包み込む。それらはすぐに吸いこまれると、そのまま魔力となって彼の力に変換された。

 

「で、この後はどうするんだ?」

 

「ここを移動する。お前がマスターになるのに相応しい場所に連れて行ってやる」

 

 そう言うと、マダラは慎二の身体を無造作に肩に担いだ。

 目的地にはそのまま徒歩で移動するつもりなのだろう。

 荷物扱いされる事に慎二はいささか渋面を作ったが、サーヴァントの移動速度を考えると大人しく従った方が都合が良いと納得させ、そのままなすがままに担がれた。

 

「見てろよ桜。僕は必ずマスターになって戻ってくるからな」

 

 勇ましくも彼はそう言うと、部屋の窓からマダラと一緒に外に飛び出す。

 それが間桐桜が見た兄の最後の姿だった。

 

 ◇

 

 教会の大混戦を生き残った士郎たち三人もまた、拠点として使っている士郎の自宅へと戻っていた。

 最初は逃走したアーチャーが再び狙ってくるかと警戒しながら帰っていたが、予想に反してそのような事はなく、終始平穏なまま帰宅する事が出来た。

 順番にシャワーを浴びて仮眠を取り、簡単な食事を済ませた所で、ようやく彼らは今後の方針について議論する事にした。

 

「……結局、アサシンのマスターは誰だったんだ?」

 

 と、士郎が最初の疑問を口にした。突如自分たちに加勢したあのサーヴァントについては、未だに分からない事だらけだった。

 

「キャスターも葛木も死んで、生き残ってるマスターは俺たちとランサーのマスターだけだった筈だろ? なのにどうしてアイツはまだ生きてるんだ?」

 

「それも気になるけど、一番の問題はあの金髪の男の方よ。アイツは一体何なの? セイバーは何か知ってるみたいだったけど……」

 

 凛がやおらセイバーに視線を向けた。あの時の口ぶりからして、どうやらセイバーはあの男とは面識があるようだった。

 二人からの視線を受け、セイバーはゆっくりと口を開いた。

 

「彼はアーチャーのサーヴァント――十年前の聖杯戦争で召喚された、“前回”のサーヴァントです」

 

「前回のサーヴァントですって?」

 

 セイバーの口から出た言葉を、凛は噛みしめるように繰り返した。

 聖杯戦争という儀式は、今回が初めての試みという訳ではない。約六十年に一度というサイクルで繰り返し行われている、ある意味、由緒正しき戦いだ。

 凛の知識では、十年前に行われた第四次聖杯戦争は、聖杯が完全に出現することなく戦いが終わったため、魔力がほとんど消費されなかった。その結果、たった十年という短いスパンで再び聖杯戦争が行われることとなったのだ。

 ならば今回の戦いに、前回の生き残りが居たとしても不自然な話ではない。

 そこまで考えた所で、凛は唐突に首を振った。

 

「……確かにそれなら色々辻褄が合う。でもそれって、やっぱり少しおかしいわよ」

 

 彼女の言葉に士郎が聞き返した。

 

「何がおかしいんだ?」

 

「あのアーチャーが前回の聖杯戦争に参加してたサーヴァントだっていうのなら、私たちの知らないサーヴァントがまだこの街に残ってても別に不思議じゃない。私が言いたいのはそっちじゃなくて、なんでそれをセイバーが知ってるのかって事よ」

 

 そう言うと、凛は固定電話の横にあったメモとペンを持ってくると、それをテーブルに置き、何やら色々な図と文字を書き始めた。

 紙の上側には『座』と書かれた大きな円があり、そこから『現世』と書かれた下側の円に向かって矢印が一本引かれている。矢印の横には『英霊』と記されていた。

 

「いい? サーヴァントっていうのは、謂わば『座』に登録された英霊の現し身みたいなモノで、厳密に言えば英霊本人じゃないの。だから理論上は、同じ英霊を何人でも同時に召喚できるし、たとえ何人死んだとしても、座に登録されてる英霊本体には何の影響もないの」

 

 そう言いながら凛は英霊と書かれた矢印を、何本も紙の上に書き足す。

 彼女が言いたいことは士郎にも何となくだが、すぐに理解できた。

 

「……要するにファックスから出てくる書類みたいなものって事か?」

 

 ファックスは目的の書類を一度電子的に取り込んでデータ化し、特定の番号に向かって送信した後、相手側のファックスがそれを再現する事によって成立する。この場合、『座』に登録された英霊というのが、送り元の書類で、相手側のファックスというのが召喚を補助する聖杯とマスターに当たる。

 つまり送信元の書類さえ健在なら、いくらでも相手側に書類を送りつける事が可能と言う訳だ。

 

「うーん……まあ、手っ取り早く言えばそんな感じね。で、ここで重要になってくるのが、前回の聖杯戦争の事をなんで“今のセイバー”が記憶してるのか、っていう話なの」

 

 そう言うと、凛は新しい紙を取り出し、そこにまたも色々な図解を書き込んでいく。

 描かれたのは先ほどと同じ『座』と『現世』と『英霊』。だが今度は『現世』から『座』に戻る矢印にも文字が書き足されていた。

 

「サーヴァントが得た経験や記憶っていうのは、基本的にはそのサーヴァントが死んで座に還る時に本体と共有される仕組みなんだけど、あくまで本体が受け取れるのは、経験を元にした知識だけで、そこまではっきりと相手の顔や起こった出来事を覚えていられる訳じゃないの。だからセイバーが前回のアーチャーを、あそこまで正確に言い当てられるのは、本来は異常な事なのよ」

 

 『座』に登録されているオリジナルの英霊と『現世』に召喚されたサーヴァントはあくまで別人――その理屈の上でなら、確かにセイバーがアーチャーの事を一目見ただけで前回のサーヴァントだと言い当てるのは難しい筈だ。

 そもそも今回のセイバーと前回のセイバーは姿形が同じだけで全く違う存在なのだから。

 

「それについては、私から説明しましょう。リン」

 

 と、ここで二人の疑問を引き継ぐようにセイバーが語り始めた。

 

「確かに私はセイバーのサーヴァントとしてこの時代に召喚されていますが、実は私は未だ英霊ではないのです」

 

「……? 英霊じゃないってどういう事?」

 

「私の肉体はまだ生きているのです。私は死の直前、ある目的のために聖杯を求め、世界と契約しました。ですが先程も言った通り、私の肉体はまだ完全には滅んでいない――その結果、私は聖杯を手に入れる機会が訪れる度に、生きたままその時代に召喚されるようになったのです」

 

「……ちょっと待ってよ。じゃあここにいるのは正真正銘、本物のアーサー王ってワケ?」

 

 突拍子もない話だった。生きた本物のアーサー王がそのままサーヴァントとして召喚されているなどと、誰が思うだろうか?

 しかしそう考えれば、納得がいくのも事実だった。

 

「その通りです。ですから私は、前回の聖杯戦争にも生きたまま参加していましたし、その時の記憶もはっきりと持ち合わせています。本来サーヴァントが持ち合わせている霊体化能力が使えないのもそのためです」

 

 世界と契約した英霊が正式に「座」に登録されるのは、基本的に死んだ後の事だ。「座」に登録された時点で、英霊の魂は世界の輪から切り離され、以後転生することなく「座」に留まり続ける。

 だからこそ、彼らはサーヴァントとして何人も同時に召喚する事が出来るのだ。

 だがそれが、未だに生きているとなると話が変わる。英霊であろうとこの世に生きて存在している限り、その魂は未だに現世のルールから脱することは出来ない。

 要するにセイバーは、データ化して送られてくるファックスの書類などではなく、召喚という名の郵便で直接送られて来た原本なのだ。

 

「……なるほどね。そりゃ納得だわ。かなり突拍子がなさ過ぎるけど」

 

 呆れたように凛が言った。生きた英霊がそのまま現世にやって来ているという事実は、ある意味死後の英霊を召喚するよりも異常なことだった。

 

「ならセイバーは、あのアーチャーの真名も知ってるのか?」

 

 士郎が尋ねた。確かに十年前の記憶を正確に持っているセイバーなら、あのアーチャーの真名も知っているかもしれない。

 だが彼女は残念そうに首を横に振った。

 

「いえ、残念ながら彼の正体は分からずじまいでした。それに、あれほど大量の宝具を放つサーヴァントには、流石の私にも心当たりがありません」

 

 赤い方のアーチャーにも謎が残っていたが、二人目のアーチャーはまさしく規格外だった。まるで湯水の如く宝具をどこからともなく取り出すと同時に、それを石ころのようにぞんざいに投げ放つ――そんな戦い方をする英霊の正体など、古今東西を探しても分かる筈がなかった。

 

「そうよね……ところであの金ぴか、最初に自分の事を“夫”だとか言ってたけど、あれはなんだったの?」

 

 それは士郎も密かに引っかかっていた事だった。あの時は目の前の出来事に対処するので精一杯だったが、両者の間に何があったのかは気になるところである。

 

「あれですか……」

 

 困った、という顔でセイバーが呟いた。どうやら彼女としても、中々に答え辛い案件のようだ。

 とは言え、それが相手の正体に繋がるかもしれない以上、話して貰わなければならない。

 答えを待っていると、要望に折れた彼女が少しずつ語り始めた。

 

「前回の聖杯戦争で、どういう訳か彼は私に求婚を迫ってきたのです。『理想も誓いも全て棄て、我が妻となれ』と言って」

 

「……それで、セイバーはどうしたの?」

 

「無論断りました。私と彼は争うために召喚された敵同士。馴れ合うどころか嫁ぐ理由などある筈がない。ですが当の彼は私の言い分など全く聞き入れようとはしませんでした。『これは我の決定だ』そう言い切ったのです」

 

 無茶苦茶な話だ。確かにセイバーは同性の凛から見ても魅力的ではあるが、まさか敵対するサーヴァントに求婚する者が居ようとは。

 

「彼に会ったはそれが最後です。その後すぐ聖杯が破壊され、十年前の聖杯戦争は終結したのです。同時に私はサーヴァントではなくなり、魂は生前の時代に戻されました。それが私の知る前回の聖杯戦争の結末です」

 

 話を聞いていた二人は困ったように呻りを上げた。

 二人目のアーチャーがセイバーに執着している理由は何となく分かったが、肝心の弱点や真名に繋がる情報は結局何も出なかった。それどころかアーチャーの異常性が露呈しただけだった。

 これでは万が一にも策を立てようがない。

 

「そう……じゃあ、あの金ぴかの事は一端置いておいて、アサシンの方に話を戻しましょうか」

 

 残念顔で凛が言った。分からない事をいくら捏ねても仕方が無いと思ったのだろう。

 それについては士郎も賛成だった。

 

「そうだな……確かあいつのマスターは少し前までキャスターだった筈だ。それがいつの間にか正体不明の別人に変わってた。これについてはどういう事だと思う?」

 

「葛木先生が言ってた話だと、キャスターが自分からアサシンを切り捨てたって感じだったけど、新しいマスターは一体どこから調達したのかしら……?」

 

 アサシンに殺される直前、葛木は確かに彼に向かってそう言った。当人であるアサシンも否定しなかったことから、恐らくそれは事実なのだろう。

 ならば気になるのは、新しいマスターの調達先だ。

 再契約であってもマスターになれる人間はかなり限定されており、その数はおのずと絞られてくる。

 しばらく考え込んだ後、絞り出すように士郎が言った。

 

「……ひょっとして慎二か?」

 

「慎二?」予想だにしなかった言葉に凛が思わず眉をひそめた。「慎二がアサシンのマスターだっていうの?」

 

「だってもうそれしかないだろ。マスターだった奴で今も生きてそうな奴なんて、もうアイツくらいしか残ってないぞ」

 

 確かに間桐慎二を除いた見覚えのあるマスターは、全員がいずれも二人の目の前で死んでいる。

 イリヤスフィール、キャスター、葛木――それぞれが凄惨な最期を迎え、消えてしまった。

 未だに正体が分からないのはランサーと二人目のアーチャー、それにアサシンのマスターだが、前者と後者は明確に敵対しており、同一人物である可能性は限りなく低い。

 それらの消去法で行くと、未だに生きている可能性のあるマスターは間桐慎二ただ一人だった。

 

「それこそ無いわよ。そもそもアイツがマスターだったって言うこと自体、私にはまだ信じられない位なんだから」

 

 だが凛はそう言うと、馬鹿馬鹿しいとばかりに手を振って士郎の一説を否定した。

 かなり強い口調で否定する凛に、セイバーが不思議そうな顔を浮かべる。

 

「それは何故ですか? リン」

 

「だってアイツ、魔術回路だってまともに持ってないのよ? そんなポンコツ羽虫が、どうやったらアサシンのマスターになれるっていうのよ?」

 

「え、そうなのか?」

 

 驚いた士郎が思わず素っ頓狂な声を上げた。

 情報では間桐は聖杯戦争の始まりに携わった御三家の一角という話だった。それがまさか、魔術師にとって最低条件とも言える魔術回路すら持っていないとは夢にも思っていなかった。

 彼の言葉に触発されたのか、凛が更に早口で弁舌をまくし立てる。

 

「そうよ。間桐の家は何世代も前からとっくに衰退してて、もう魔術師の家系としては殆ど終わったも同然なの。だから十年前にウチから桜を――あ」

 

 と、そこで唐突に凛の言葉が止まった。

 何かに気が付いたように急に押し黙って俯くと、ぶつぶつと何やら小声で呟き始める。

 

「そうか……そういう事だったんだわ。なんで今まで気がつかなかったんだろう。考えてみれば当たり前のことなのに……」

 

 いきなり話を止めた凛に、思わずセイバーと士郎が顔を見合わせる。

 

「遠坂? 急にどうしたんだよ?」

 

「桜よ」断言するように凛が言った。「桜がアサシンのマスターだったのよ」

 

「……なんだって?」突拍子もない言葉に今度は士郎が眉をひそめた。「どうして桜がそこで出てくるんだ? 慎二の代で魔術回路が全くないっていうんなら、妹の桜だって持ってないんじゃないのか?」

 

 当然の疑問だった。血筋そのものが衰退しているというのなら、その影響は血を宿している全ての人間が受ける筈だ。特定の誰かだけが都合よくそれを免れるなどとと言う事はあり得ない。

 だが帰ってきた答えは二人の予想を超えたものだった。

 

「いいえ。あの子自身は間桐家の没落とは何の関係もないわ。だってあの子は、元々はウチ(遠坂)の人間なんだから」

 

「桜が……遠坂の出身だって!?」

 

 これには士郎だけでなく、セイバーまでもが眼を剥いた。

 確かに何事にも例外というものはある。

 血筋そのものが落ちぶれているというのなら、他所の家から才ある人間を引っ張ってくればいい。

 そうすれば忌々しい衰退の影響を受けずに済み、あわよくばその才を使って家が盛り返すことだってある。

 まさに一石二鳥の妙手というものだった。

 

「そうよ。同じ御三家っていう事もあって、遠坂と間桐はある種の同盟関係にあったの。だから没落しかかっていた間桐を引き継ぐための人員として、遠坂は桜を養子に出したわ。そうでもしなければ、間桐は次の世代に魔術刻印を受け継がせる事すらできなくなっていたし、遠坂としても長女の私が居る以上、桜を持て余すしかなかったから、それ自体はお互いにとって損な話じゃなかったって訳。

 そういう事情もあって、十年前に私の妹だった桜は、晴れて間桐の家に貰われていった――その後は色々あったんでしょうけど、私も詳しくは知らないわ。ただ慎二が魔術を使うどころか魔術回路すらまともに持ってない以上、マスターになれる可能性があるのは、消去法で言えば桜しか居ない。そういうわけよ」

 

 魔術師というのは基本的に一子相伝の家系で、当主に認められた子供だけが魔術と研究を継承し、それ以外の子供には自分たちが魔術師である事すら教えない。

 姉妹共に高い魔術師の才を持っていた遠坂家としては、間桐の養子縁組は渡りに船だったというわけだ。

 

「じゃあ慎二がライダーのマスターになっていたのは……」

 

「たぶん桜が呼び出したライダーを、何らかの手段で慎二が借り受けていたんでしょうね。あの子としても、自分が戦うよりかはって考えたのかもしれないけど、結果は案の定だった」

 

「そしてそんなサクラの存在を嗅ぎつけたアサシンが、彼女に再契約を迫ったと?」

 

「可能性としては大いにアリな線じゃない? ある程度の魔力を持ってて自分に文句を言わないマスターなら、アサシンにとっても都合がいい訳だし」

 

 確かにそう考えてみると様々な事に辻褄が合う。アーチャーに襲われた際、令呪を使ってまでアサシンに士郎を守らせたのも、そのマスターが桜だとしたら不自然な事ではない。

 

「……ならアサシンは今ごろ桜の家に居るよな」

 

 士郎がやおら立ち上がると言った。

 

「今すぐ桜の所に行こう。桜が本当にアサシンのマスターなら、話し合えばきっとなんとかなる筈だ」

 

 争い事を好まない桜なら、今までのマスターとは違って話し合いで何とかできる筈だ。

 彼の言葉に同調するように、凛とセイバーは顔を見合わせて頷いた。

 

 ◇

 

 マダラの居た世界には『穢土転生』と言う忍術がある。

 元は彼の敵だった男が開発した術で、あの世である浄土から口寄せした死者の魂を生きた人間の身体に憑依させ、疑似的に死者を現世に復活させるというものである。

 倫理を完全に無視した非道卑劣な術ではあるが、その有用性は絶大だ。何しろ蘇った死者は術を解かない限り死ぬ事が無く、意識も術者の自由に操れるため、情報を吐かせる事も敵に送りつけて同士討ちを狙う事も簡単に出来てしまうのだ。

 マダラ自身、生前はこの術に何度も手を焼かされた経験がある。故に彼は、この術の長所も短所も知り尽くしていた。

 

「着いたぞ。ここだ」

 

 マダラが担いでいた間桐信二の身体を地面に降ろして言った。そこは以前、衛宮士郎と遠坂凛がイリヤスフィールの遺体を埋めた場所だった。

 鬱蒼とした木々一色の景色を一瞥した慎二が胡乱な瞳を向けた。

 

「……なんだよここ。何もないじゃんか。こんな所に来てどうやってマスターになるんだよ?」

 

「黙って見ていろ」

 

 ぼやく彼を低い声で黙らせると、マダラは慎二を墓の前に立たせ、周囲の地面にクナイで術式を書き込み始めた。

 

 穢土転生の術を発動させるには、術式の他に二つの物が必要となる。

 一つは憑依させたい死者の魂を浄土から穢土に導くための個人情報物質。

 そしてもう一つは、口寄せした魂を定着させる器の役割を担う、生きた人間だ。

 イリヤスフィールが二人目のアーチャーに殺されてからまだ丸一日程度しか経っていない。土に埋められた事を考慮しても、口寄せの触媒として十分に使用できるだろう。

 もう一つの条件である生贄もこれで揃った。後は術を発動させるだけだ。 

 

「準備は整った。これでお前もようやくマスターの仲間入りだ」

 

 皮肉混じりにマダラがそう言うと、何も知らない慎二は無邪気に喜びの笑みを浮かべた。

 おめでたい小僧だ。これから生贄にされるというのに。

 心の中で思わず皮肉が漏れた。義理とは言え妹に平気で暴力を振るい、あまつさえ自分の道具にしようとするこの男を見ていると、何故だか無性に腹が立つ。

 今更そんな感情を抱くほど青臭くは無いつもりだったが、今の若い肉体に引っ張られたせいだと思うことにした。

 

「――口寄せ、穢土転生」

 

 手順通りに印を結び、マダラが術を発動させる。すると、地面に描かれた術式の中から幾つもの塵が浮かび上がり、慎二の体を徐々に覆い始めた。

 

「え……?」

 

 疑問の声が上がったのは一瞬だけだった。次の瞬間には慎二の身体は完全に塵に覆われ、その命を術によって完全に食い潰されてしまっていた。

 まるで虫に集られた死骸のように彼の身体の表面を塵が蠢く。しばらくしてそれらが離れると、そこに立っていたのは間桐慎二ではなく、まごう事なきイリヤスフィール本人だった。

 

「んんっ……」

 

 殺された筈の少女が再び瞼を開いた。穢土転生で蘇った者だけが持つ黒く濁った瞳が、徐々に現実を認識していく。

 

「あなたは……アサシン?」

 

「生き返った気分はどうだ。バーサーカーの小娘」

 

「生き返った?」

 

 マダラの言葉にイリヤスフィールはしばし怪訝な表情を向けていたが、徐々にその意味を理解したようで、納得したように呟いた。

 

「そうだ……私、死んだんだ。あの変なサーヴァントに殺されて」

 

 戻りつつある記憶を手繰り寄せ、少女は己が死んでいた事を自覚する。だがすぐにまた疑問の顔に戻った。

 

「でも生き返ったってどういう事? あなたが生き返らせたっていうの? どうやって? 何の為に?」

 

「簡単な話だ。お前には今から俺のマスターになってもらう」

 

「……話が見えないわ。あなたはキャスターと組んでいたんじゃなかったの?」

 

 一方的に話を進めるマダラにイリヤスフィールが再度眉を顰めた。

 無理もない。彼女からしてみれば、ついこの間まで敵だった人間にいきなり蘇生させられ、マスターになれと命じられたのだ。

 それだけで納得しろと言う方が土台無理な話である。

 

「あの女は俺が始末した。そして次に契約したマスターの魔力量では、俺が全力を出すには到底足りなかった。故に――」

 

「バーサーカーを従えていた私に目を付けたという訳ね」

 

 そこまで聞いて、ようやく要領を得たとばかりにイリヤスフィールが頷き返す。

 マダラがイリヤスフィールを蘇らせた一番の理由は、その膨大な魔力量にあった。

 あの強力無比なバーサーカーを生身のまま十全に操れるほどの魔力を持つ彼女がマスターならば、自分が全力を出すのに何ら不足はない。

 加えて今のイリヤスフィールは穢土転生で蘇らせた身。術によって無限の魔力が担保された不死身のマスターと来れば、もはや欠点や文句は一つも無かった。

 

「そういう事だ。ついでに言えば、俺がこれから戦うのは、お前を殺したあの金髪の男だ。あいつが死ぬ所を間近で見たくはないか?」

 

 目的は不明だが、二人目のアーチャーが聖杯を欲している以上、必ず自分と戦う必要が出てくる。決戦は時間の問題だった。

 

「……確かにそれは魅力的な提案ね。しかし意外だわ。アサシンである筈の貴方が、これほど高度な死霊魔術を使えるなんて」

 

 限定的とはいえ死者をあの世から蘇らせるのは、本来アサシンのクラスがするようなことではない。

 高位のキャスターか、あるいはそれに該当するような宝具を持つ一部のサーヴァントだけの特権だ。

 あのヘラクレスが持つ加護ですら、生き返らせる事ができるのは自分自身の命だけなのだから。

 

「魔術ではない。忍術だ。それにこれは俺が作った術ではない――俺の弟を殺した、この世で最も卑劣な男の術だ」

 

 少女の疑問に吐き捨てるように答えると、マダラは森の出口へと踵を返した。

 

「行くぞ。奴が死ぬ様を一番の特等席で見せてやる」

 

 ◇

 

 程なくして辿り着いた間桐の屋敷はやけに静かだった。

 普段からしてあまり人気がある邸宅ではないものの、それでも豪奢な作りの洋館に相応しく、最低限の明かりなどは常日頃から点けられている。

 しかし、それが今日に限ってはなぜか何一つ作動していなかった。

 

「……桜、出ないな。もしかして出かけてるのか?」

 

 何度か呼び鈴を鳴らした後、士郎が小さく呟いた。

 彼女のことだ。ひょっとしたら何か別の用事で家の外に出ているのかもしれない。

 あるいはアサシンに命じられ、この先の戦いに備えて必要な物資を買いに街の方へ出ているのか。

 

「待って。何か様子が変よ」

 

 と、門の外から敷地内をじっと覗いていた凛が言った。

 隣に居たセイバーが思わず聞き返す。

 

「変、とは?」

 

「魔術師の家って、普段は人避けとか侵入者用の結界を張ってるものなのよ。万が一にも自分の秘密が他人に知られないようにね」

 

 神秘を秘匿する魔術師にとって、泥棒をはじめとした侵入者は絶対に許してはならない存在だ。もし彼らによって自分たちの魔術の秘密や研究成果が盗み出されれば、その損失は家全体にもおよび、下手したら没落にも繋がってしまう可能性がある。

 故に魔術師は自分らのテリトリーである自宅には絶対に何らかの結界やトラップを敷いているものなのだ。

 

「前にこの家を覗いた時はしっかり結界が張ってあったのに、今はそれが無くなってる……」

 

 凛が指摘したのは魔術師としての基本中の基本とも言えることだ。何かの不慮の事態が起こった場合を除けば、うっかり忘れる事などある筈がない。

 それが今日に限って無いということは。

 

「つまり……中で何か異常が起きているという事でしょうか?」

 

 不可視の剣を携えたセイバーが締めくくった。場合によってはいつでも突入できるよう、既に甲冑姿の臨戦態勢である。

 

「待った。単に桜が解除しただけっていう線は?」

 

 血気に逸りそうなセイバーに士郎が割って入った。

 が、凛がすぐにその意見を否定する。

 

「桜がマスターならそんな事したって意味ないどころか、逆効果よ。それにこっちは正面から堂々と来てるんだから、話し合いに応じるつもりならすぐに出てくればいいじゃない」

 

 その通りだった。単純に引き籠るか不在なだけなら結界をあえて切る必要はなく、和解するつもりならば、呼ばれて出てこない理由が無い。

 果たして結論は下された。

 

「中に入りましょう。いずれにせよ、サクラをそのままにはしておけません」

 

 セイバーの決定に二人も頷いた。それぞれ何があってもいいように、予め用意してきた強化木刀と宝石を手に握りしめる。

 先頭を担うセイバーがゆっくりと入口の門を開けた。やはり凛の言う通り、結界や罠の類は一切反応してこない。

 嫌な沈黙が一気に緊張を走らせる。

 と、その時だった。唐突に建物の影から、鋭い何かが五発、殿を務めていた士郎目がけて凄まじい勢いで飛んできたのだ。

 来た。嫌な予感が的中した事に、三人は背中を震わせる。

 やはり何者かが自分たちよりも先んじて既にこの家を制圧していたようだった。

 

「――ハァッ!!」

 

 驚いた士郎を庇う様にセイバーが立ち塞がると、飛来した何かを悉く剣で弾き飛ばす。

 軌道が変わり、明後日の方向に突き刺さったのは、歪に捻じくれた奇妙な矢だった。

 こんなゲテモノを扱う事ができる人物は、世界広しと言えどもごくごく少数に限られる。

 おまけに最初から士郎だけを狙う人間と来れば、該当する人物は恐らく一人だ。

 

「――やれやれ。最初から当たるとは思っていなかったが、セイバーが相手ではどうしようもないな」

 

 皮肉交じりのぼやきを呟きながら建物の影から出てきたのは、やはり一人目のアーチャーだった。

 おまけに空いた方の腕には、ぐったりした桜がまるで荷物のように抱えられている。

 下手人が誰なのかは火を見るよりも明らかだった。

 

「アーチャー……アンタッ!」

 

 凛の瞳が怒りに震えた。自身を裏切るだけに飽き足らず、よもや別れた妹にまで手を出されるとは。

 後ろに居た士郎がぎょっとした表情で凛を見つめる。全身から噴き出した濃厚な殺気が、彼にはまるで塊のように見えていた。

 

「おっと。怒り狂うのは結構だが、実際に手を出すのはやめておけ。貴重な宝石が無駄になるぞ」

 

 烈火のような怒りと殺意を向けられてもなお、アーチャーはいつもの皮肉を崩さない。

 そのままさらりと受け流すと、今度は油断のない目つきでセイバーを見据えた。

 

「どういうつもりですアーチャー。貴方の目的はシロウ一人の筈。それが何故こんな所に居るのです?」

 

 アーチャーこと英霊エミヤの真の目的は、過去の自分である衛宮士郎の抹殺だった筈だ。

 その為に彼はわざわざこの時代の聖杯戦争に参戦し、回りくどい方法で凛の令呪を契約ごと解除してみせた。

 そんな彼が、二人の因果とは何の関係もない桜をわざわざ誘拐する理由が全く分からなかった。

 

「どうもこうもマスターからの命令でね。私はただ、間桐桜を連れて来いと命じられただけだ」

 

 問われた彼も呆れるように肩を竦めた。実際彼も同じような気持ちなのだろう。曲りなりにも使い魔である彼は、マスターに対して強い拒否権を持っていない。

 命じられれば素直に従うだけだった。

 

「やっぱりもう他のマスターと契約していたのね……いったい誰よ!」

 

「お前たちもよく知っている男だ。会いに来れば分かる」

 

 短く告げると、アーチャーは桜を担ぎ直して言った。

 

「私は柳洞寺に居る。間桐桜を取り戻したければ来るがいい。その時は、オレも全力で相手をしよう」

 

 それだけ言い放つと、彼はそのまま屋根を蹴って街のどこかへと消えていく。

 数秒と経たず、アーチャーと桜の姿は見えなくなっていた。

 

「クソッ……どうして桜が……」

 

 とんでもない事態に士郎が歯噛みする。

 まさか直接関係ない桜までもが自分たちの争いに巻き込んでしまうとは。

 だが凛の顔には既に怒りの代わりに疑問が浮かんでいた。

 

「……ちょっと待ってよ。桜はアサシンのマスターだった筈でしょ。だったらなんでアイツはここに居ないのよ」

 

 確かにそうだ。そもそも自分たちは桜がアサシンのマスターだと当たりを付けたからここに来たのだ。

 実力差から言っても、アーチャーが不意打ちで襲ってきたとしてもアサシンなら簡単に返り討ちにできる。

 これほどあっさりと桜が誘拐される筈がない。

 例外があるとしたら、それは『桜がアサシンのマスターである』という導き出した前提そのものが間違っていたという事だ。

 

「じゃあ……アサシンのマスターは一体誰なんだ……?」

 

 絞り出すようにして士郎が呟いた。それはその場に居る全員の疑問でもあった。

 誰にも分からないアサシンとマスターの謎――だが、唐突にそれに答える者が現れた。

 

「どうやらお困りみたいね。シロウ」

 

 どこからか聞き覚えのある声がした。だがそれは二度と聞けない筈の声だった。

 驚いた三人が振り向いた先――閑静な住宅街へと続く道路には、とっくに死んだ筈のイリヤスフィールが立っていた。




以下のステータスが更新されました。

【アサシン】

【マスター】間桐桜→イリヤスフィール(穢土転生)


【アーチャー】

【マスター】キャスター→言峰綺礼
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