キャスターが最強のSHINOBIを召喚したそうです 作:ざるそば@きよし
時は士郎たちが間桐の屋敷にたどり着く少し前まで遡る。
イリヤスフィールとの再契約を果たしたマダラは、鬱蒼としたアインツベルンの森を抜け、新都のビル街まで戻って来ていた。
二度目のマスター替えによって、今度こそ魔力と裏切りの心配は無くなったものの、それで目の前にある全ての問題が片付いた訳ではない。
と言うのも、肝心の二人目のアーチャーの正体や居場所については、吸収した臓硯の知識を持ってしても全く不明のままだったからだ。
そもそもあのサーヴァントについて、自分はおろか他の人間ですら、ほとんど情報を持っていない。唯一の例外は、クラス名を言い当てたセイバーだが、奴の詳しい居所や真名についてまで知っているかと問われれば、正直かなり怪しいものだ。
そうなると、現状で出来る事は限られてくる。今は新都にある高層ビルの一角に立ち、どこかで他のサーヴァントの動きが無いか見張っている最中だった。
「退屈ね。アイツが死ぬ所を見せてくれるんじゃなかったの?」
横から文句を垂れたのは、一緒に連れてきたイリヤスフィールだ。つまらなそうに室外機の縁に腰かけ、同じく周囲の景色を眺めている。彼女としては、すぐにでも決着がつけられると思っていたようだ。
マダラは黙っていた。その気になれば、この娘の意思は術で自由に封じられる。今はまだ、つまらない事に意識を割くべきではなかった。
動きがないまましばしの時間が流れた。待つ事に関してはさほど苦ではない。長い時をかけて育ててきた元の世界での計画に比べれば、この程度の時間は一瞬にも等しかった。
イリヤスフィールは景色を眺めるのにも飽きたのか、死んでいるにも関わらず目を瞑り、壁に寄りかかって舟を漕いでいる。
そこから更に時間が経ち、やがて変化が訪れた。住宅街の方角に覚えのある魔力の気配を察知したのだ。
「……あの砂利、まだ生きていたのか」
教会で追い払った赤いアーチャーの事である。マスターだったキャスターを始末した以上、あえてトドメを刺すまでもないと放置していたが、どうやってか未だに生き延び、間桐の屋敷の方角へ向かっているようだった。
今あの家に残っているのは間桐桜一人だけである。と言うことは、一足遅れで自分のマスターがあの娘だったと気がついたのか。
更に情報を得ようと魔力の気配を探ってみると、動いている魔力を他にも感じた。
「加えて小さな気配が三つ……あの小僧連中だな」
どうやら衛宮士郎の一派も、間桐の屋敷に向かっているらしい。彼奴らも同じく、遅れて間桐桜の正体に気がついたと言う事か。
既にマスターを乗り替えている以上、今さらあの娘の身に何が起ころうが、こちらに影響はない。しかし気になるのは、アーチャーがなぜ間桐桜を狙うのか、という点だ。
考えられる可能性としては、衛宮士郎を誘い出すための人質か、あるいは彼女を脅して自分の新たなマスターに仕立て上げる為、と言った所だろう。
衛宮士郎の近くにはセイバーが控えている以上、それに釣られて二人目のアーチャーが再び出張ってくる可能性は高い。
ならばここで待つよりも、素直に奴らの争いを利用した方が得策だった。
「動きがあった。移動するぞ」
声をかけると、眠っていたイリヤスフィールが目を覚ました。ゆっくりと立ち上がり、猫のような伸びをする。退屈を紛らわせる事ができるのなら何でもいいといった風だった。
「どこに行くの?」
「間桐の屋敷だ。そこに他のマスターが集まっている」
「他のマスター? シロウたちの事?」
首肯してやると、彼女がすかさず飛び乗ってきた。様子からして、どうやら衛宮士郎たちとは、それなりに顔見知りらしい。
ならばこの娘を通して、アーチャーに関して何らかの情報を得る事ができるかもしれない。
僅かな可能性を胸に、マダラは気配を消して冬木の街を飛び出した。
◇
士郎と凛は自らの目を疑った。
目の前に立っている少女は、自分たちが死を確かめ、墓まで作った少女だった。普通に考えれば魔術による幻覚か、あるいは自分たちの気が触れたのかと誤解する所である。
加えてその傍らには、あの忍者めいた正体不明のサーヴァントが――アサシンが悠然とした顔で立っている。二人がどういった運命の巡り合わせで手を組む事になったのかは、ちっとも定かではないが、少なくとも現状で最も出会いたくない相手と出くわしてしまった事を、二人は認めざるを得なかった。
「どうしたの? まるで幽霊でも見たような顔をして。私がここにいるのが、そんなに驚く事かしら?」
さもおかしいとばかりに、クスクスと目の前の少女が笑った。以前とまったく同じ無邪気な笑み。間違いない。彼女は確かにイリヤスフィール本人だ。
唯一、以前と違う所があるとすれば、黒く染まった不気味な目の部分だろうか。それに加えて顔や身体のあちこちに、何やら罅割れのような模様が入っている。
これは一体、どういう状態なのだろうか?
「ほ、本当にイリヤ……なのか?」
「そうよ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。それ以外の何に見えるかしら?」
「嘘よ。イリヤは死んだわ。私たちは確かにあの子が死ぬのをこの目で見たし、墓まで作ったのよ」
その通りだ。士郎と凛はアインツベルンの城で、イリヤが二人目のアーチャーに殺され、心臓をえぐり抜かれたのを確かにこの眼で見た。
あの時の陰鬱な気持ちを――目の前で少女が無惨に殺されているのに何一つ出来なかった自分たちの無力さを、二人は今でもはっきり覚えている。
まさかあれが、全て幻覚だったとでも言うのだろうか?
だが当のイリヤはさもおかしいとばかりに笑った。
「バカねリン。私たちは魔術師よ。死んだ者が別の形で蘇ったとしても、何もおかしくないでしょう?」
確かに優れた魔術師ならば、あるいはそういう事もありえるのかも知れない。現にサーヴァントも――厳密には同一個体の別人だが――形を変えて現世に蘇った者の一種であるとも言える。
やや強引な理屈であり、納得しかねる部分もいくつかあるが、ひとまず三人はそれで話を進める事にした。
「……仮にあなたが本物のイリヤスフィールだとして、隣のアサシンは何? あなたが契約していたのは、バーサーカーだった筈だけど?」
凛の質問にイリヤはアサシンに視線を向ける事で答えた。どうやらコンビの主体を担っているのは、サーヴァントの方らしい。
全員から視線を向けられたアサシンだったが、質問には答えず、逆にこちらに聞き返してきた。
「それよりこちらの質問に答えろ。ここに居た間桐桜はどうした?」
質問に質問で返されたことに凛は苛立ったが、実力は相手の方が上だ。下手に逆らうよりも大人しく従った方が身のためだった。
「……攫われたわ。あたしが契約してた方のアーチャーにね」
「目的は何だ。人質か?」
「分からないわ。アーチャー本人も、ただマスターに命じられただけだって言ってたし」
「何?」
凛の言葉にアサシンの顔色が変わった。相手もどうやら、新しいマスターの目的やその正体については、何も知らないらしい。
つまる所、持っている情報についてはお互い似たような状況と言うことだ。
僅かに考え込むアサシンに向かって遠坂が言った。
「ねえ、どうせならここはお互い休戦って事にしない? どうせあなた達の目的は、私たちじゃないんでしょ?」
アサシンの目的が自分たちの命なら、わざわざ声など掛けずに最初から奇襲すれば難なく済んだ話だ。
あえてそうしなかったと言う事は、少なくとも今すぐ敵対するつもりは無いと言うことになる。
もっとも戦闘になった場合、こちらに殆ど勝ち目がないと言うのが、正直な所なのだが。
「お前たちと休戦して、俺に何か得があるのか?」
「赤い方のアーチャーの行き先を知ってる、って言ったらどう?」
「柳洞寺、だろう?」
つまらん、とばかりの顔でアサシンが言い当てた。
「奴の魔力が山の方角に遠ざかっていくのを感知した。あの方向で魔術師が拠点に出来るような場所は一つしかない」
凛は思わず目眩を覚えた。アサシンとは名ばかりのこのサーヴァントは、一体どれだけの能力を隠し持っているのだろう。
三騎士クラスを軽くあしらうレベルの戦闘力に加え、キャスターを一瞬で倒した謎の能力。それだけでも十分過ぎるにも関わらず、どうやら敵の魔力を探知する能力も兼ね備えているらしい。
相手を遠距離から察知できる以上、これでは下手に逃げることも出来ない。
ますますもって戦いたくない相手だった。
「――どうしてもここで戦うと言うのならば、受けて立ちましょう。ですが、そちらも決して無傷で済むとは思わないことだ。アサシン」
剣呑なやり取りを感じたセイバーが、こちらを庇うように前に出た。不可視の聖剣を構え、相手を鋭く見据える。たとえ勝ち目が薄いと分かっていても、守るべき人のために剣を振るう事が出来るのが、騎士王と呼ばれた彼女の美点だった。
前に出たセイバーを見て、アサシンが僅かに思案の意思を見せた。相手を値踏みするような視線は、戦うか否かというより、もっと別の事を考えているようにも感じる。
僅かに続いた沈黙は、アサシンの方から破られた。
「条件がある。あの二人目のアーチャーについて、知っていることを全て教えろ」
提示された条件に、三人は咄嗟に目を合わせた。
実のところ、セイバーたちが独占してるアーチャーの情報は決して多くない。彼が前回の戦いで召喚されたサーヴァントであることは、教会に居たアサシンも既に知っている上、肝心の真名やそれに纏わる情報を、セイバーは知らなかったからだ。
三人が独占している情報と言えば、せいぜい奴がセイバーに執着するいきさつを知っているくらいだろう。
かなり厳しい条件かもしれないが、生き残るためには何とかやってみるしかない。
「……分かったわ。でもこんな場所で立ち話っていうのもなんでしょ。近くに私の家があるから、そこで話をしましょう」
凛がそう提案すると、アサシンとイリヤは僅かに目配せをした後、僅かに警戒しながらも考えに応じる。
ひとまず命が助かった事に、士郎たち三人は心から安堵していた。
◇
言峰綺礼とは一体何者なのか。
再契約を結んでからずっと、アーチャーはあの謎めいた神父の正体について考え続けていた。
少なくとも漫然と聖杯戦争の監督役を請け負っているだけの男でない事は確かだろう。本当に中立な監督役であれば、わざわざ死にかけている自分に対して、再契約など持ちかけてくる筈がない。
ならば真の目的は、密かに漁夫の利を狙って聖杯を独り占めする事だろうか?
だがそれだと、聖杯戦争とはそれほど関係なさそうな間桐桜を連れ出す理由が見当たらない。
腕の中の少女は気を失ったまま、静かな呼吸を繰り返していた。念のために両手の甲を確かめてみるが、やはりマスターの証である令呪はどこにも見当たらない。
ならば、何故?
それからあれこれと考えてはみたものの、しばらくしてアーチャーは結論を出すことを諦めた。
聖杯戦争の行く末など、どうせ自分には関係のない。自分が求めているものは、衛宮士郎の命ひとつだけだ。
住宅街の屋根を飛び越え、やがて彼は柳洞寺に続く山の麓へとたどり着いた。
できるだけ人目を避けながら、足早に階段を登っていく。
すると、ちょうど山門のあたり、かつてアサシンが陣取っていたその場所に、一人の青年が立っていた。
「――――」
冷え切った眼差しでアーチャーを見据えるこの男は、綺礼がパートナーとして密かに行動を共にしている者だと言う。気配からしてサーヴァントのようだが、詳しい事は何も知らされていない。
名前を名乗るどころか言葉すら交わしたことはない男だったが、唯一、こちらに対して良い感情を持っていない事は、殺気にも似た態度からも容易に察することが出来た。
隠しもしない嫌悪の視線をなるべく受け流しながらアーチャーは山門を潜り、ちょうど男の真横を通り過ぎようと言う時、不意に彼の口が開き、小さくこちらに何かを呟いた。
「――贋作者《フェイカー》」
アーチャーは咄嗟に足を止めた。
侮蔑を込めたその言葉は、エミヤシロウという人間の本質と能力を、正確に言い表していた。
『正義の味方』という衛宮士郎が抱いたユメ――だがそれは自身の内から生じたものでは決してなく、義父である衛宮切嗣から受け継いだものだ。
一人でも多くの人を救いたい。救い続けたい。
結果として胸に抱いたその理想に殉じて死んだ自分だが、その理想すらも所詮は他人からの借り物、紛い物だ。
この男はそれを、どういう訳か見抜いたのだろう。
一瞬だけアーチャーは男の方に視線を向けたが、結局は何も語ることはなく、やがて寺院の中へと入っていった。
◇
「ご苦労だったな。アーチャー」
仮拠点にしている柳洞寺の社宅に到着すると、意外なことに言峰綺礼が自ら出迎えに現れた。
「現地で凛やセイバー達と出くわしたようだが、何か問題はあるかね?」
「今の所は何とも言えないが、私が生きていると知られた以上、そちらの正体が明るみに出てしまう可能性はあるかもしれないな」
現時点でサーヴァントと再契約できる人間はかなり限られている。既に大半のマスターが脱落している以上、残ってる可能性を辿っていけば、神父の正体が割れるのも時間の問題だった。
「ふむ。できればもう少し慎重に事を進めたかったが、仕方あるまい。では早速だが、その娘を渡してくれ」
アーチャーが腕の中にいる間桐桜の身柄を引き渡すと、綺礼はそれをしっかりと受け取って社宅の一室に寝かせ、続いて医療魔術でその身体のあちこちを調べ始めた。
魔術の燐光が少女の身体を淡く照らしながら、その肉体の内部を魔術的な要因で検査していく。どうやら何か気になることがあるようだった。
「ふむ……これは面白い。確かにこの娘ならば適任だろうと思って連れてこさせたが、それがまさか、こんな事になっていたとはな。偶然とは時に恐ろしいものだ」
意味深な言葉を呟きながら彼は感慨深げに頷くと、かざしていた手を離し、桜をそこに眠らせたまま何事もなく建物を後にする。
そんな彼の作業を後ろで一通り眺めていたアーチャーが、おもむろに尋ねた。
「ところで、あんなマスターでもない小娘を連れてきて、一体どうするつもりだ? 別に衛宮士郎をおびき寄せるための人質、という訳でもないのだろう?」
衛宮士郎を釣り出すためのエサとして、間桐桜はもってこいの人材ではあるが、それはアーチャーにとっての使い道であって、目の前の神父にとっては関係のない話である。
戦力に加えようにも、温和な彼女の性格では命をかけた殺し合いなど、到底こなせるとは思えない。
ならば彼は、あんな少女を攫ってきて一体どうするつもりなのだろうか?
投げかけられた問いに、綺礼は上機嫌な笑みを浮かべながら答えた。
「言っていなかったか? 彼女こそが聖杯だ。正確には“これから聖杯になる”と、言うべきだろうな」
◇
遠坂の屋敷に着いたマダラは、改めてセイバーとアーチャーの因縁を聞かされたものの、それは彼にとってあまり有益な情報ではなかった。
敵がセイバーに執着している理由が、色恋沙汰であると判明したのは収穫と言えば収穫だが、だからと言ってすぐさま何かに利用できる、という物でもない。
おまけに肝心の居場所や真名については、前回の聖杯戦争から通して何一つ知らないという。
これでは聞くだけ無駄足だった。
「……つまらんな」
セイバーからの情報を、マダラは溜息と共に一蹴した。利用できない情報ほど、聞いていて面白くないものはない。
もういっそ、この場で三人とも始末してしまおうかとも考えたが、他の二人はともかく、現状でセイバーを始末するのはあまり得策ではない。
故意か偶然かは分からないが、正体不明のマスターによって間桐桜を奪われた事が、ここにきて大きな問題になっていた。
「何よ。知ってることはちゃんと全部教えたでしょ」
不機嫌そうな顔で言ったのは遠坂凛だった。戦って勝ち目がない事を既に自覚しているからか、約束は約束だという顔をして、ふんぞり返っている。度胸だけは大したものだ。
豪胆とも言える振る舞いにマダラは僅かに肩をすくめて言った。
「……まあいい。ところで、あの赤いアーチャーには、マスターが他に居ると言ったな」
「アイツは確かに自分でそう言ってたわ。それが何?」
「なら間桐桜は死ぬかもしれん」
唐突な発言に、士郎たち三人だけでなく、隣のイリヤスフィールまでもがマダラの方を向いた。
「なに?どういう事? アンタは桜がなんで攫われたのか知ってるワケ?」
表情を一変させ、真剣な表情で凛が食い入るように尋ねる。
そんな彼女に向って、マダラは即座に言い放った。
「お前たちは知らないだろうが、間桐桜は聖杯の器だ。敵が誘拐した目的はおそらく、あの娘を聖杯に仕立てるためだろうな」
◇
「間桐桜が聖杯? どういう事だ?」
意味の分からない答えを前に、アーチャーが思わず眉を顰めた。
聖杯は最後まで勝ち抜いたサーヴァントとマスターに与えられるものだと、召喚の際に知識として授けられた。
少なくとも、特定の人物が聖杯になると言うような話は、一度も聞いたことがない。
あるいはこちらを謀っているのかと疑ったが、神父の顔つきを見る限り、何かのハッタリや出まかせで言ってる風にも見えない。
疑問が渦巻くアーチャーに向かって、逆に言峰が問いかけた。
「そもそも聖杯戦争における“聖杯”とは何か、君は知っているかね? エミヤシロウ」
「……神秘を司った万能の願望機だと聞いているが」
『聖杯は遍く全ての願いを叶える』というのが、聖杯戦争における最大の触れ込みである。でなければ、歴史に名を馳せた英霊が時空を越えて召喚に応じる筈がない。
だが実際はそうではないという事なのか?
「それは表向きの話だ。確かにそういう側面も持ってはいるが、聖杯が作られた真の目的は別にある――――聖杯の本当の役割とはな、敗れたサーヴァントの魂を集め、それらが座に還る際の力を利用して、世界の外に通じる“孔”を穿つことだ」
またも聞いたことのない話だった。どうやらサーヴァントに与えられる知識と、聖杯戦争の実態にはかなりの食い違いがあるらしい。
この調子では、他にもまだまだ裏がありそうだった。
「“孔”とは一体なんだ? それがどういう理屈で願いを叶える事に繋がる?」
「“孔”とは文字通り、この世界とその外側とを繋げるものだ。お前達サーヴァントの本体が記録されている英霊の座も、魔術師たちが極致として目指している根源の渦も、全てはこの世界の外側にあると言われている。聖杯が穿った“孔”はそこに直結していて、手にした者は外側から流れ込む魔力を、無尽蔵に使えるようになるだろう。そうでなくても、聖杯の中には回収されたサーヴァント六騎分の魔力が格納されている。叶える願い次第ではあるが、それを使えば大抵の願いは叶える事が出来るはずだ」
「つまり……聖杯は願いを叶える力を持ってはいるが、そのためだけの装置ではないと言うことか?」
「端的に言えばそういう事だ」
神父の言葉にアーチャーは唸った。
無限に等しい魔力というのは、確かに奇跡の御業と言って差し支えないだろう。あらゆる願いを叶えるというのも、その力をもってすれば、まんざら不可能な話ではない。
だがそれすらも、聖杯の持つ本当の機能からすれば、二次的な要素で生まれた副産物に過ぎないということだ。
「……なるほど。ところで最初の質問に戻るが、『間桐桜が聖杯になる』と言うのは、結局の所どう言う意味だ? 何の事情も知らなそうなあの娘が、なぜ聖杯になる?」
そもそも人体などという不安定な物体に聖杯の機能を持たせること自体、全くもって不合理な考えである。
仮にも世界の一部を破壊するような魔術装置ならば、それ相応の器を用意するのが適切であり、脆弱な人間の身体に取り付けたら最後、装置から発生する負荷に肉体そのものが耐えきれず、崩壊するのは目に見えていた。
「もともと聖杯は、錬金術の担い手であるアインツベルンが用意するものだった。三回目の聖杯戦争まで、聖杯は無機物の器として持ち込まれていたが、戦いの中でそれが破壊され、儀式自体が失敗する事態が発生した。
故に彼らはそれ以降、聖杯が自分で自分の身を守れるよう、自分達が生み出したホムンクルスの肉体と融合させる事にした。自分で思考し、判断できる人間そのものを、聖杯の器に仕立て上げたと言うわけだ」
彼の言葉に唖然としながらも、アーチャーは半ば納得していた。
確かに聖杯そのものが破壊されてしまえば、その所有権を争う聖杯戦争は土台からして成立しなくなる。
ならばその危険を少しでも遠ざけるため、自衛できる人間を聖杯にするというアイデアは、確かに筋が通る考えだ。
「だが間桐桜はその名の通り間桐の人間だ。聖杯を用意するのがアインツベルンの役目なら、今回はあのイリヤスフィールが聖杯になる筈ではないか?」
「その通りだ。間桐桜が聖杯の器になっているのは例外中の例外で、私も戸惑った。だがよくよく調べてみてすぐに分かった。あの娘の身体に取り込まれているのは、今回の聖杯ではなく“前回の”聖杯だとな」
「“前回の”、とは?」
「十年前に起きた第四次聖杯戦争は、戦いが決する前に聖杯そのものが破壊され、明確な勝者が現れないまま終結した。しかしどうやらその際、間桐は破壊された聖杯の一部を密かに手に入れていたようだ」
「そしてそれを間桐桜に移植し、密かに生きる聖杯に仕立て上げた――という事か」
確かにそれならば辻褄が合う。聖杯戦争が一度限りの戦いでないのなら、前回の戦いで残った何かが、後の儀式に影響を及ぼすこともあるだろう。
今の話で分からずじまいだった疑問のいくつかは氷解したものの、それでもまだ謎は残っている。
始まりの御三家たちでしか知り得ないような裏事情を、なぜこの神父がここまで知り得ているのか、と言うことだ。
「しかし随分と聖杯戦争に詳しいんだな。ただの監督役に過ぎない筈だが、どうやってそこまで深い情報を手に入れることができた?」
流石にこれは素直な返答は期待できないだろう――アーチャーがそう思っていると、意外に答えがかえってきた。
「遠坂の先代当主――つまりは凛の父親は、同じく先代の監督役であった私の父と密かに同盟を結んでいた。そして二人の思惑に従って、私も一度はマスターとして第四次聖杯戦争に参加することになったのだ」
「あんたが?」
かつての御三家と密通していてたマスターならば、そういった裏の事情に詳しいのも頷ける。つまりこの男は、現在もっとも聖杯戦争の表裏に精通した人間の一人と言うわけだ。
「そうだ。その戦いの中で、私は様々な経験を得た。その結果、長きにわたって迷い続けていた私の人生は、一つの答えを見つけるに至ったのだ」
妙に哲学めいた、悟りに近いような答えだった。饒舌に語る神父の顔色も、どこか颯爽としていて清々しい。普段から顔に貼り付けている胡散臭い笑みとはまるで違っていた。
「最後に一つ聞かせてくれ。既に人生の答えとやらを見つけているアンタが、今さら聖杯に何を望む?」
アーチャーの最後の問いかけにも、綺礼は真っ直ぐに答えた。
その声音も、先ほどと同じものだった。
「私が聖杯を望むことはただ一つ。聖杯そのものが誕生する瞬間を、この目でしっかりと見届ける事だ」
◇
奇しくもアーチャーと同じように聖杯戦争の裏事情を聞かされる事となった三人は、ただただ唖然とした表情を浮かべていた。
人間が聖杯に――それも自分たちが共に暮らしていた少女が聖杯になるという事実は、彼らにとってはさぞ衝撃だったに違いない。
同時に、なぜそんな裏情報を召喚された側であるサーヴァントが知り得ているのかという事にも疑問が湧いたが、生憎とそれについては一切答えが返ってくることはなかった。
テーブルの上に淹れてあった紅茶を一口含み、ようやく事態が飲み込めてきたという風な顔つきで凛が言った。
「……なるほどね。つまり敵のマスターが桜を攫ったのは、あの子を使って聖杯を呼び出そうとしてるから、ってワケか」
「そういう事だ。俺とそこのセイバーが生きている以上、真の完成には至らないだろうが、それでもかなり危うい状態だ。仮にあの赤いアーチャーが令呪か何かで既に始末されているとしたら、聖杯の完成はもう秒読みだろうな」
「でもそんな事したら、二人目のアーチャーから襲われちまうんじゃないか?」
と、口を挟んだのは士郎だ。落ち着かない様子で今にも外に飛び出していきそうな勢いである。目の前で間桐桜を攫われた事がかなり心にきているようだった。
「いいえシロウ。恐らくそうはなりません」彼の指摘に隣のセイバーが首を振った。「これは私の直感ですが、恐らく二人のアーチャーのマスターは、同一人物だと思うのです」
「ええ。そう考えるのが妥当でしょうね」凛も彼女の考えに同調した。「前回も参加していたマスターなら、桜が聖杯である事を知っている可能性も高い。だからこそアーチャーも、一見関係なさそうな桜を狙う事が出来たんだと思うわ」
「でもそれだと、わざわざアーチャーと再契約する意味が無いんじゃないか? 他のサーヴァントは死んでた方が都合が良いんだから、新しく契約する必要も無いだろ?」
「敵がアーチャーと再契約したのは、たぶん残っている私たちを警戒しての事でしょう。昨日の戦いでアサシンの手強さは相手も承知しているでしょうから、その対抗策として戦力に迎え入れたのではないでしょうか」
「そうなると契約の報酬は、さしずめ士郎の命って所ね。このままだと、やっぱりアイツとは戦う事になりそうだわ」
「……ああ。そうだな」
未来から来た自分との対決――ある種の運命とも言える戦いに、士郎もまた神妙な面持ちで頷いた。
正義の味方というユメ。それを間違いだと断じるアーチャーとの対決は、確かに衛宮士郎にとっては決して避ける事の出来ない戦いだった。
「私も、前から一つ気になってることがあるわ」
三人が顔を突き合わせて話し合っている中、ふと唐突にイリヤスフィールが声を上げた。
投げかけられた少女の疑問に、思わず全員が顔を向く。
「私を殺したアーチャーは、殺す時に私の心臓を抉り取っていったでしょ? そのサクラっていう女が私と同じ聖杯の器なら、最初から私を殺すだけでいい筈なのに、どうしてそんなことをしたのかしら?」
言われてみれば確かにそうだった。あらかじめイリヤが聖杯であると知っているからこそ、敵はその肉体の一部を――聖杯と融合している心臓をえぐり出して持ち去ったのだ。
ならばその後で、わざわざ予備の聖杯とも言える桜を攫っていく理由がない。
四人が首を傾げるその疑問については、アサシンが推論を語った。
「魂を入れる器が二つあるなら、状況によってはそれらが別々の器に入ってしまう事もありえる。敵が両方の聖杯を手に入れたのは、単に二つの中身を一つに混ぜ合わせるためだろうな」
仮に敗れたサーヴァントが自然と聖杯に入っていくよう仕向けられていたとしても、肝心の器の方が複数あれば、それだけ魂が一カ所に集まる可能性は目減りする。
聖杯の真の能力を発揮させるためには、イリヤと桜の中にある聖杯を一つにする必要があるというのが、このサーヴァントの推察だった。
「そうだとすると、サクラの身体には今まで私が回収してきた三体分のサーヴァントの魂が一気に入っていく事になるわ。たとえ聖杯の器であっても、そんなものを人間の身体で取り込んだら、一瞬で精神と肉体が崩壊するでしょうね」
あっさりと告げられた無情な現実に、士郎たちは一気に顔色を変えた。あの内気で穏やかな少女の精神が崩壊し、無残な最期を迎える事など、誰一人として認めるわけには行かなかった。
「……すぐ柳洞寺に行こう。手遅れになる前に桜を助けるんだ」
士郎の声に残りの二人は頷き、ついで対面に座っていたアサシンとイリヤを見た。
理由はどうあれ、この二人の狙いは二人目のアーチャーとの決着だ。自分達が戦いに行くのであれば、それを利用するためについてくるに違いない。
休戦はその為のものであり、そこを確実にするためのものなのだから。
しばらく思考した後――“自分が行くのは別にお前たちの為じゃない”という顔をしながらも、アサシンがやおら立ち上がった。
合わせてイリヤスフィールも同じように椅子からすっと立ち上がる。
奇妙な取り合わせの五人と共に、最後の戦いが火蓋を切ろうとしていた。
状況説明だけの回になってしまいました…
こうした部分を描くのはどうも苦手です