キャスターが最強のSHINOBIを召喚したそうです 作:ざるそば@きよし
十数日という僅かな期間の中で幾度となく破壊され、その度にキャスターの魔術によって装いを修復してきた柳洞寺だったが、此度の被害はこれまで受けた戦闘の比ではなかった。
今も雨霰と注がれているアーチャーの武器は、どれもこれもが宝具クラスの破壊力であり、それらが防がれ、弾かれ、周辺の大地や寺のどこかに突き刺さる度、寺院のあちらこちらが爆散し、石畳を貫いた大地にまでも夥しい揺れをもたらしている。
自身が乗り込んでいる空飛ぶ船のような宝具も相まって、今のアーチャーはまさしく生きた戦闘機か、爆撃機と言っても過言ではなかった。
「――雑種如きが、いつまでもいい気になるなよッ!!」
並のサーヴァントとは比較する事すら烏滸がましい戦闘力を誇るアーチャーだが、実力とは裏腹に当人の顔に余裕の色は一切ない。深紅の双眸は怨敵であるマダラに対する殺意と屈辱で激しく染まり、加えてそんな感情を自分が抱いている事そのものにも怒り狂っている。
ごぉっ、と強い唸りを上げながら、宙に浮かんだ武器の群れたちが本日何度目かの突撃を敢行する。名槍、魔剣、業斧――力ある者が握れば、それだけで神話を織り成せるであろう業物たち――それらがまるで海中を泳ぐ魚群の如く、一丸となって標的を屠るべく前進していく。
まさに必殺、まさに必滅――並のサーヴァントが相手であれば、出す必要すらない飽和攻撃。だが生憎と、相手もまた常識外れの英霊の中においても頭一つ以上抜けた存在だった。
眼前からの攻撃を見上げたマダラは涼しい顔で須佐能乎を操ると、飛び込んで来た武器の群れ群れを、巨腕のひと薙ぎであっさりと全て弾き飛ばしてみせる。
丸太どころか壁とすら錯覚してしまうほど巨大な腕に力任せに追い払われ、四方八方に飛び散った武器たちが寺院のあちらこちらに突き刺さる。武器に充填された魔力はそれが突き刺さるだけで凄まじい破壊力と衝撃をもたらし、かろうじてまだ建物の形を留めていた柳洞寺の本殿や周辺施設を、瞬く間に灰燼に帰していく。
そんな周囲の被害になど目もくれず、続いてマダラは上空に漂う目障りな船に視線を向けると、返礼とばかりに須佐之乎の腕に魔力弾を生成させ、それを頭上のアーチャーめがけて思い切り投擲する。
数珠繋ぎになった魔力の弾は、穢土転生によって無限の魔力を得たイリヤスフィールから供給された最高密度の魔力弾だ。並の魔術師では一生掛かっても充填しえないであろう魔力を込めた攻撃が、黄金の弓兵に向かってさながら鞭のように飛んでいく。
が、敵もさるもの。アーチャーは足場にしている飛行船を機敏に操ると、絡みつかせるように飛んできた必殺の鞭を、まるで空を舞う羽毛のようにひらりと避けてみせる。
繰り出した攻撃は互いに空振り。だが後続のチャンスを先に掴んだのは、意外にもアーチャーの方だった。
空振りで生まれた僅かな隙を見たアーチャーが右手を振る。するとマダラの足元――須佐能乎の内側にある空間がぐにゃりと歪み、そこから飛び出た黄金の鎖が、マダラの全身をまるで蛇のように絡め取ってしまった。
「!!」
これには流石のマダラも僅かに面を食らう。これまでのアーチャーの攻撃は全て本体の周辺から発射されており、それ以外の場所から飛んでくる事は想定していなかったからだ。
全身に絡みついた鎖は、マダラを拘束したまま上空に向かってどんどん伸びていくと、その身体をアーチャーと同じ高さにまで放り投げる。
同時に術者であるマダラを失った事で、須佐能乎が幻のように霧散する。そして身動きの取れない彼の周囲には、既にアーチャーが展開した武器がずらりと切っ先を向けて待ち構えていた。
「……なるほど。少しは須佐能乎に対策してきた、と言うことか」
絶対無敵に見える須佐能乎の守りにも、僅かながら死角が存在する――それが今ような、内側からの攻撃だ。
あくまでマダラの周囲を覆っているだけに過ぎない須佐能乎では、足元をはじめとした内部の空間から放たれる攻撃を防ぐことはできないのだ。
「――だが、所詮はお遊びだな」
取り囲んだ武器が発射される寸前、マダラが再び魔力を放出する。膨大な魔力が一瞬で収束し、巨大な天狗の姿を形成した。
僅かに遅れて飛び出した武器たちが、巨人の肉体に突き刺さる――だがどの刃も巨人の肉体を浅く傷つけるだけで、本体であるマダラには遠く及ばない。
落胆の口調を隠すことなくマダラが言った。
「須佐能乎に完全体があることは、お前も既に知っていた筈だ。こんな子供騙しのやり方で、俺をどうにかできると思ったのか?」
「……チッ」
アーチャーが盛大に舌を打った。見れば目尻の筋肉が細かく痙攣している。どす黒く染まった表情からも、蓄積された怒りが臨界点に達しているのがありありと見てとれる。
「下らん茶番はやめて、さっさと奥の手を出したらどうだ? 遊んでやってるのが分からん訳でもなかろう?」
現状におけるアーチャーの強さは、前回の戦いで既に知れている。未だ隠しているであろう奥の手を出さない限り、彼に勝機はない。
マダラがあえて止めを刺さずに戦いを引き延ばしにしているのは、単にその隠し球を出させるために過ぎない。
それが無ければ、マダラにとって今のアーチャーは取るに足らない存在でしかなかった。
苦み走った表情でアーチャーは虚空に手を突っ込んだが、新たな武器を取り出す事はしなかった。代わりに怒りの籠った低声でこう呟いた。
「この我が……英雄王が雑種如きの口車に乗って本気を出させられるなど、あってはならない屈辱だ……ッ!!」
少し前まで、アーチャーも本気で戦いに臨む事にさしたる抵抗を持ってはいなかった。むしろ前戦で受けた雪辱を晴らそうと、珍しく躍起になっていた程だ。
だがその考えは幸か不幸か、マダラの態度によって一変してしまった。
マダラはアーチャーに早く本気を出させようと、露骨なまでに手を抜いた。英雄王を自称するアーチャーが最も嫌うものの一つに、己に対する不敬がある。それをこの忍は、手加減という最悪の形で行ってしまったのである。
そうなってしまった以上、アーチャーは意地でも本気を出さない。油断と慢心を伴って戦いに挑むのは、英雄王である彼の矜持かつ特権であり、それを相手に奪われた上、挑発に乗って自ら真の力を詳らかにする事など、決してあってはならない事だった。
――下らん。
怒りと戦いの葛藤に苛まれるアーチャーに対し、マダラはつまらなそうに鼻を鳴らした。
実力においては柱間の足下にも及ばない癖に、プライドだけはどこまでも一人前らしい。
だが、ここまで傲慢な男が虚仮にされてなお出し惜しむほど奥の手が、果たしてどんなものなのか興味が出て来たのも、また事実だった。
「まあいい。そういう事なら俺にも考えがある」
屈辱に怒るアーチャーを尻目に、マダラは己の両目を輪廻眼へと切り替える。
印を結び、瞳に宿った六道の力を呼び起こす。
狙い定めるは眼下の庭園――今も汚泥を吐き出し続ける黒い聖杯を目印に、遙か天空の彼方から手頃な岩を引き寄せた。
「な、何をするつもりなの、アサシンっ!?」
膨大な魔力の気配を感じたイリヤが遅れて叫んだ。マダラによって使われた魔力の量は、実に須佐之乎の数倍にも及んでいる。
同じく異変を察知したアーチャーが狼狽の声を上げる。が、上空から突如現れた物の正体を見つめると、ただ呆然と口を開けるだけとなる。
「惚れている女が死ねば、そいつも少しは本気になるだろうと思ってな。そこで一つ、愉快な贈り物をくれてやることにしたと言う訳だ」
平静なのは術者であるマダラただ一人だけ。術を完成させた彼もまた、二人に続くように空を眺める。
その視線の先――不気味な月明かりに照らされた夜空の上には、山一つ分ほどもある巨大な隕石が、柳洞寺に向かって既に降下を始めている。
◇
代行者とは、これほどまでに超人めいた身体能力を出せるものなのだろうか?
綺礼が見せる凄まじい戦闘力を前に、凛は疑問を抱かずにはいられない。
教会屈指の異端審問官かつ死刑執行人である代行者が、常識とは一線を画した存在であることは分かる。実際に悪魔を殺せる人間だけが、その称号を持ち得るのだ。弱い訳がない。
だが今の綺礼が相手にしているのはサーヴァントだ。世界が認めた英霊であり、守護者として召喚される運命を背負った生粋の英雄。その戦闘力は、生身の人間とは比較にすらならない。
筈だった――
「セイバー!」
庭石の影から飛び出した凛が、右手からガンドを連射しながら叫んだ。セイバーに比べれば実力は一歩も二歩どころか遥かに劣るが、敵の注意を逸らす事くらいは出来る。本命を通す為の援護であると同時に、可能であれば自らが手痛い一撃を叩きこむ連携だ。
「任せてください!」
凛の意図を即座に汲み取ったセイバーが、合わせるように飛び込む。疾風のような早さで庭を駆け抜け、黒幕である綺礼に向かって一直線に間合いを詰める。
対する綺礼は不動――自分を狙って飛来するガンドの弾を、まるで雨粒でも払う様にあっさり防ぐと、ぐんぐんと迫り来るセイバーを見据え、どっしり構えて対峙した。
眼前に迫ったセイバーが剣を振るう――前傾姿勢からの鋭い逆袈裟。
不可視の宝具を纏った聖剣に対し、綺礼はその場から大きく一歩を踏み込むと、剣を握るセイバーの腕に己のそれを滑り込ませ、巻き込むようにして別方向へと即座にいなした。
「ッ!?」
セイバーの顔に驚きが浮かぶ。
綺礼の技は葛木とはまた違った拳法の動きだった。剣を避けるのではなく、それを振るう相手の動きを制御する事で、攻撃を回避する達人の技。
必殺の斬撃を逸らされ、がら空きになったセイバーの胴体に再び必殺の掌底がめり込む。八極拳を極めた者は、密着状態から放った拳でさえ岩を穿つ威力を誇る――鋼の鋭さで打ち込まれた拳打は魔力で編まれた鎧すらをも容易く砕き、その内側に収まったセイバーの五臓六腑を木端微塵に壊滅せんとしている。
「ぐぁッ……!!」
爆発にも似た拳の衝撃に、セイバーの身体が浮き上がる。並の人間であれば、間違いなく一撃で肉体が破断している所だったが、サーヴァントとしての頑強さが、彼女の身体を中傷程度に留めていた。
「セイバー!下がって眼を瞑って!」
綺礼が続けざまに攻撃を放とうしたその時、既に横合いまで近づいていた凛が二人に向って宝石を投げ放った。
直後、二人の間に飛来した小粒のオパールが目を貫くような輝きを放つ。魔術による即席の閃光弾だ。
攻撃に集中していた事もあり、僅かに反応が遅れた綺礼は閃光に目を眩ませられる。逆に言葉に従い、即座に距離を取っていたセイバーは、光の目潰しからうまく難を逃れている。
勝負をしかけるのなら、まさにここ。
「――ハァッ!」
腹部の痛みを気力で無視し、不可視の聖剣が再び綺礼に襲い掛かる。いかに代行者と言えど、目が見えない状態でサーヴァントの攻撃を回避や防御するのは、もはや不可能の筈だ。
連携が生み出した必殺の一手――だが百戦錬磨の綺礼もただでは転ばない。
彼は懐から再び黒鍵を取り出すと、それをセイバーが来るであろう全ての方向に向かって投げ放つ。
でたらめに投擲された攻撃など、セイバーに通用する訳がない。たまさか向かってきた黒鍵のうちの一本を容易く剣で弾くと、目下の敵を切り刻むべく、セイバーは再び距離を詰めていく。
だがその弾かせた攻撃こそが、彼の狙いだった。
弾かれた黒鍵の音を頼りに綺礼はセイバーの方に身体を向けると、手元に残した最後の黒鍵を手に構える。
切り裂かれる空気の音と敵の気配を合図にして、綺礼が襲いかかる聖剣に黒鍵を振るう。
片や聖剣、片や魔力で作られた即席の刃――鍔迫り合いにもならぬ一方的な打ち合い。一撃で砕け、瞬く間に黒鍵の刃が魔力として砕け散ったが、僅かに軌道をずらしたことで聖剣の刃は綺礼には及ばない。
続く二撃目――無手の綺礼には剣撃を防ぐ手立てはない。だが、今度はまるで目が見えているかのように神父はセイバーの腕に打撃を加えると、先ほどと同じように斬撃の軌道をそらしてみせる。
おかしい。確かに目は見えていない筈なのに――セイバーの顔が疑問に曇る。
彼女は知らない。八極拳には『聴頸』と呼ばれる技術があり、達人の域ともなれば、腕と腕とが触れ合った瞬間に相手の動きを先読みすることが出来るのだと言うことを。
つまり綺礼がセイバーの身体に触れている限り、彼の眼は見えているも同然だった。
「セイバー!」
相棒の不利を悟った凛が綺礼の背中を狙って宝石魔術を放つ。動きを先読みされてしまう以上、勝つためには二人の距離を一度大きく離す必要がある。
声で背後からの攻撃を察知した綺礼が、回復のために瞑っていた両眼を開く。そしてセイバーの脚を払って僅かに姿勢を崩すと彼女の腕を掴み、その身体を盾にするように攻撃が飛んできた方向へと差し向けた。
セイバーをはじめとした三騎士クラスには、召喚の際に強力な対魔力スキルが付与されている。現代の魔術師が放つ生半可な魔術攻撃は全くといって良いほど通用しない。
そしてそれは、自分のマスターが放った攻撃であっても例外ではない。
放たれた宝石魔術はセイバーの手前まで迫ったが、それ以上は届かなかった。鮮やかな宝玉の光はまるで花火のようにその場に霧散すると、僅かな残滓を残してあっさりとその場から消え去った。
「……ッ!!」
やはり強い。この男は魔術師との戦い方だけでなく、サーヴァントとの戦い方も心得ている。
彼が前回の聖杯戦争を生き残ったマスターだというのも頷けた。これだけの実力とあのアーチャーが居れば、勝ち残ることなど造作も無い事だ。
凛が二撃目を躊躇ってる事を確信した綺礼は、掴んでいたセイバーの身体を軽く前に突き飛ばすと、よろめく彼女の背中に向かって渾身のタックルを入れた。
鉄山靠――八極拳でも指折りの破壊力を持つその技は、セイバーの身体を弾丸の如く弾き飛ばすと、前方に居た凛に向かって一直線に飛んで行った。
「……やばッ!?」
咄嗟に彼女も避けようはとしたものの、いかんせん弾が大き過ぎる。凄まじい速度で飛んでくるセイバーの身体を完全に避けきる事は出来ず、凛もまた、巻き込まれる形でその場から大きく吹き飛ばされ、遠く庭の隅に生えていた樹木に再び叩き付けられる事となった。
「かはッ……ッ」
すさまじい衝撃によって肺から空気が抜け、目の前が真っ黒に染まる。脳が揺らされた影響か、意識が明滅し、思考を上手く形作れない。
「リン!しっかりしてください!」
先に立ち上がったセイバーによって素早く身体が引き起こされる。が、足下がふらつくせいで上手く立てない。
何度か崩れ落ちそうになるのをこらえながら、時間を掛けてようやく凛は立ち上がった。
「即席の割には中々の連携だ。もし最初からお前たち二人が組んでいれば、今回の聖杯戦争の趨勢は、また違った物になっていたかもしれんな」
値踏みするように見つめながら、歩み寄ってきた綺礼が言う。追撃すらしてこないのは傍らのセイバーを警戒しての事か、あるいは二人に対する余裕の表れだろうか。
見逃されている口惜しさに歯ぎしりしながらも、凛は未だに自分の命が繋がっている事に僅かに安堵する。
「……綺礼、アンタの強さは私もよく知ってるつもりだった……でも違ったみたいね」
少なくとも分の悪い戦にはならないだろうと思っていた。仮に敵が代行者であったとしても、こちらにセイバーが居る以上、余裕を持って戦いに臨めると。
だがその目論見は見事に崩れた。目の前の男は、こちらの予想を大幅に上回る怪物だったようだ。
「そうか。逆に私は失望したぞ凛。お前がその程度では、志半ばで倒れた父親の仇を討つことなど、夢のまた夢だな」
父の仇――突然出てきた意味深な単語に、凛は思わず眉をひそめた。
「……? いきなり何の話よ?」
「十年前の聖杯戦争――お前もよく覚えている筈だ。当時、お前の父である遠坂時臣と私は師弟関係であり、マスターとして共に戦いに参加していた。私はアサシンを、彼はアーチャーを召喚してな」
目の前の男が何を言いたいのか、最初はうまく飲み込めなかった。
だが時間が経つにつれ、徐々に理解が言葉に追いついていった。
父が召喚したアーチャーのサーヴァント、かつて師弟関係だった二人、そして今の状況――全ての情報がピースのように次々と当て嵌まっていく。最悪の結論に向かってロジックが形作られていく。
「……まさか」
凛が呟く。それは答えにたどり着いた者だけが紡ぐ確信の言葉だった。
「ようやく辿り着いたか。そうだ。お前の父を手に掛けたのはこの私だ」
神父が言った。どこか虚無的な普段の声とは違う、饒舌なまでの語り口調。
「がら空きの背中を短剣で一突き。拍子抜けなくらいあっさりと終わった。傑作だったよ。中でも一番笑えたのは、彼が私に自ら凶器を手渡してきた事だな」
父を殺した短剣――凶器の正体に凛はすぐ思い当たった。父が彼に渡したモノといえば、この世に一つしか無い。
「アゾット剣……っ!!」
彼女の顔を見た綺礼はことさら満足げに微笑んだ。
「その通り。父親の生き血を存分に吸った凶器を抱えて涙する幼いお前の姿は、本当に滑稽で愉快だった。親子二代、これほど間抜けな魔術師は、後にも先にもお前たち親子だけだろうな」
突きつけられた真実に凛は思わず我を忘れた。
十年前、父の葬式で形見となったアゾット剣を手渡された時、決して流さぬと誓った涙が、悲しみの感情と共に瞼に溢れる。
妹を失い、父を殺され、母が狂った遠坂の家――その中でたった一人残った自分を、この男は何食わぬ顔で何年ものあいだ隣から眺め、その悲しみと不幸を自身の肴として楽しんできたというのか。
許せない。
底冷えするような冷えた怒りが胸の内からこみ上げる。決して許せないという意思が脳を支配していくのが、自分でも驚くほど冷静に実感できる。
「外道な……! 貴様のような男が聖職者などと、神に対する冒涜でしかない!」
凛の怒りに追従するように鋭い目つきでセイバーが綺礼を睨む。彼のおぞましい語りがよほど我慢ならなかったのだろう。肩は怒りに震え、顔にも憤怒の表情がありありと浮かんでいる。
「そうかな? 実のところ、神とはお前達が思っているよりも遙かに悪辣な存在だ。なにしろ私のような壊れた男を世に生み出しておきながら、そこに何の回答も理論も寄越さないのだからな。おかげで長いあいだ苦労をさせられた。しかしそれが今日、ようやく望んだ答えが見い出せる時が来たのだ。あの聖杯がこの世に誕生する時、私の願いはようやく叶う。これを喜ばずしてなんとする?」
狂っている。
自らの行いを生き生きと語る目の前の男を見ながら、凛もセイバーも率直にそう感じた。前々から何かが欠落した男ではあると思っていたが、よもやここまでだったとは。
だが現実として今の状況は圧倒的に不利だ。庭の中央で呪詛を吐き出す聖杯を止めることすらままならず、本来有利であるはずの白兵戦でも苦戦を強いられている。
何とかして現状を打開出来なければ、待っているのは死だけだ。
何か策を――この男を殺す策を考えなければ。
沸き立つ怒りを抑えながら必死に凛が考えを巡らせていると、不意に辺り一帯を照らしていた月光が、まるで何かに遮られるように丸ごと一気に消え去った。
「……何だ?」
異変を原因を探ろうと、綺礼が真っ先に空を仰ぎ見る。
そしてその正体を見た瞬間、彼は言葉を失い、戦いの最中であるにも関わらず、呆然とその場に立ち尽くしてしまう。
「え、なに……?」
あまりに唐突な事態に、凛も思わず声を上げると、すかさずセイバーの声が飛んでくる。
「凛!上です!」
彼女の声に導かれ、凛も続けて上空を見上げる。
そこにあったのは天をも覆う巨大な岩――輪廻眼によってマダラが天から引き寄せた、天蓋新星の落石だった。
◇
寺院で行われている二つの死闘――そこより外れた下の山門でも、変わらず厳しい戦いが繰り広げられている。
「はぁ……はぁ……」
全身に傷を負い、荒い息を吐いているのは当然、衛宮士郎だ。これまでの戦いで負った傷も満足に治りきらないまま、アーチャーとの決戦に挑んでいるのだから当然である。
対するアーチャーは全くの無傷。そもそも綺礼や凛と違い、士郎の戦闘能力はせいぜい一般人に毛が生えた程度である。いかに未来の自分が相手であるとはいえ、サーヴァントであるアーチャーに対抗出来る筈がなかった。
「どうした? お前が語る正義とは、結局はその程度のものなのか?」
何度も打ちのめされ、階下で這いつくばる士郎に向かってアーチャーが冷たく言い放つ。嘲るようにも、試すようにも聞こえる口調は、彼が同じ衛宮士郎である事の複雑さから来ているように思えた。
「うる、せぇ……!!」
峰の半ばで折れた木刀を杖にしながら、士郎がゆっくりと立ち上がった。膝が笑い、息も絶え絶えだが、瞳に宿った光は未だに死んでいない。
むしろ理想に敗れ、絶望に屈した自分にどうにかして活を入れてやるのだと、より一層闘志を強く燃やしていた。
「
身体に残った僅かな魔力を捻り出すと、役立たずとなった木刀を捨て、士郎が二振りの短剣を作り出す。
干将と莫耶――アーチャーが愛用するものと全く同じ黒白の双剣は、今の士郎が投影できる中で最も優れた武器だった。
「フン……見よう見まねの投影か。だが偽物の偽物を作り出したとて、それでどうにかなるとでも思ったか!」
二刀を携え向かってくる士郎を、アーチャーは容易く迎え撃った。直線的な軌道で振りかぶられた士郎の干将に、自分の干将をぶつけて砕き折ると、続く二撃で莫耶の刃もあっさり屠る。
そうしてあっさり無手になった士郎の胴体に鋭い蹴りを叩き込むと、その身体を階下の踊り場へと再び叩き落とす。
「ぐぁ……ッ!!」
したたかに打ち据えられ、士郎が空気と一緒に苦悶の呻き声を吐き出す。こんなやりとりが、戦いが始まってから既に幾度と無く繰り返されていた。
「英霊となったオレの剣製と、出来損ないの貴様の剣製が、対等である訳がなかろう。そもそも貴様は基本骨子の想定がまるでなっていない。見た目だけ同じ贋作を何本拵えたところで、中身が伴っていなければ、魔力の無駄だと言うことが分からんのか」
アーチャーの指摘は実に的を射ていた。自分で自分の魔術を見ているのだ。間違える筈がない。
おまけに魔術の練度も戦士としての経験も、アーチャーと士郎とでは桁が違う。土台として比べる方が、そもそもの間違いである。
「くそっ…………!!」
絡みつく言葉を振り払うように、再び士郎が傷だらけの身体を立ち上がらせる。
そう。元より実力差があることなど、二人はとうに理解している。彼らが本当に戦わせてるのは、決して力や技などではなく、互いの心と信念なのだ。
「俺は……お前のように大切なものを途中で諦めたりなんてしない……!! 切嗣の理想を、正義の味方を決して否定したりはしない!!」
叫んだ言葉は半ば折れかけている己を鼓舞しているようにも見える。自分は目の前の男とは違うのだと、理想に負けることなど決して無いと信じたがっている。
「ほう。大層な口を利くのは結構だが、ならば先その無様な戦い方を何とかして見せるんだな!」
今度はアーチャーが仕掛けた。疾風のように石段を駆け下り、二刀が狙うは眉間と脇腹。まるで別々の生き物であるかのように、軌道の異なる二つの刃が士郎の急所を同時につけ狙う。
「っ――――あ――――!!」
防御は間一髪で間に合った。即座に投影された士郎の双剣――二組目の干将と莫邪が、主の身体が四つに切り裂かれるのを寸での所で防いでいた。
「……!!」
己の斬撃が防がれたことに、アーチャーは僅かながら戸惑いを覚える。
今の一撃は、士郎の技量では絶対に防げない筈のものだった。仮に肉体の負傷や魔力が万全だったとしても、彼がアーチャーの実力に及ぶべくもない。
だが防がれた。それに加え、先程は一撃も耐え切れずに砕け散っていた複製の干将と莫耶も、今回はまだ原型を保ったままでいる。
「……学んでいるのか? オレから」
聞くところによれば、前世の自分を降霊、憑依させる事で、かつての技術を習得する魔術があるという。
恐らく士郎に起こっている現象もそれに近いのだろう。未来の自分であるアーチャーを通して、衛宮士郎は自分がいずれ習得するであろう技術を着実に継承しているようだった。
「ッ!!――――貰ったァ!」
アーチャーの僅かな思案を隙と見た士郎が、逆襲の刃を振るった。先程までの出鱈目な軌道とは違い、急所である鳩尾を狙った的確な一撃。間違いなく、衛宮士郎はこの戦いを通して急速に成長しつつある。
予想以上に正確な斬撃に、アーチャーは僅かに怯んだ。が、すぐに考えを余計な振り払うと、両手に握った双剣でそれらを武器ごと即座に弾き飛ばす。
「ぐぁ……!?」
衝撃に打ち負け、士郎がさらに階下へと落される。無様に階段を転がり落ち、山門の入口近くまで転がった所でようやく止まる。どこかを強く打ったのか、今度はすぐに立ち上がる事は出来ず、しばらくその場で蹲っていた。
「馬鹿者が!そんな甘えた一撃が、このオレに通用するとでも思ったか!」
「……ッ、クソ……ッ……!!」
罵倒を返す余裕もないのか、士郎にはその場で苦々しく脂汗をかきながら荒い息を吐くだけしかできない。
そんな彼に向かってアーチャーが言葉を放つ。
「立て、衛宮士郎。オレが間違っているというのなら、借り物でしかないお前の正義が本当に正しいというのなら、それをオレに証明して見せろ」
「――っ、ぅ……ぁっ……」
長い時間を掛け、ようやく士郎は立ち上がったが、先ほどまでとはどこか様子が違った。傷とは違う何か別の痛みに耐えるようなその目は、敵であるアーチャーを見ているというよりも、何かもっと別のものを見ているようにも感じられた。
「……今にも吐きそうなその最低な面構え。やはり受け継いでいるのは、技術や経験だけではないようだな」
その顔つきには心当たりがあった。かつて自分が見てきた地獄。より多くの人間を救うため、見捨てられた少数の人間をただ機械のように殺し続けてきた先の地獄を、衛宮士郎は継承した記憶を通じて見ているに違いなかった。
「見ているのだろう? あの地獄のような光景を。それこそはエミヤシロウが――お前がこの先に辿ることになる運命だ」
我ながら吐き気がする光景だ、と思う。当然だ。『正義の味方』だの『霊長の守護者』だのと言ったところで、やっていることは所詮、ただの人殺しに過ぎない。
おまけにそれは“人類”という大きな枠組みを守るため、障害となったモノ全てを無差別に抹殺するだけの、ただの『掃除屋』に過ぎないのだから。
「だから言ったのだ。お前は正義の味方など、目指すべきではなかった、とな」
助けた人々に裏切られても、耐えられた。たった一人でも、たった一日でも人々を救う事が出来るのなら、それだけで死力を尽くすことが出来た。
それは“正義の味方”という志が、多くの人々を救いたいという強い想いが、胸にあったからだ。
しかしそれが、死んだ後になって裏切られるだなどと、一体誰が予想できただろう。
英霊となり、『守護者』としての仕事を繰り返していく間に、心は次第に摩耗していった。自分が死後を託したモノの正体はこんな醜いモノだったのかと、自嘲の思いさえ湧いてきた。
だからこそ縋った――もしもあの頃の自分を殺し、エミヤシロウという存在をこの世から完全に抹消することが出来るのなら、自分が今まで殺してきた人々が、この先で死ぬことはなくなるかもしれない、と。
それがアーチャーことエミヤシロウが出来る、唯一つの贖罪だった。
「俺、は……」
果たして何をどこまで視たのか、紙のように白くなった顔で、士郎は言葉にならない言葉をいくつか呟いていたが、やがて上空から鳴り響く不気味な物音に気が付く。
「な、なんだ、アレ……!?」
いつの間にか寺の上空には、教会で見た青い天狗が浮かんでいた。だがそれ以上に驚いたのは、山一つはあろうかという巨大な隕石が、地上に向かって猛然と落下してきている事だ。
「……どうやら、上の連中が何かやらかしたらしいな」
異変が戦いによるものであることは明らかだった。何の前触れもなく、巨大な隕石が地上に落下してくることなど、常識では考えられない。
まず間違いなく、何らかの宝具や大がかりな魔術が使われた結果だろう。
「ちょうどいい。今からお前にもハッキリと見せてやる。守護者となったオレの――エミヤシロウの末路というものをな」
驚く士郎を尻目にそう言うと、アーチャーは己の身体に魔力を収束させ始めた。
「――
紡がれた呪文は士郎にも聞き覚えがあった。アーチャーが何らかの宝具を使う際、それは必ず唱えられていた。
「――
収束した魔力が徐々に形を成していくのが分かる――そして弓兵が呪文を口にするたび、士郎の目に再びその記憶が映し出される。
「――
――」
無限にも思えるほどの剣が突き刺さった、真っ赤な荒野――そこにただ一人、串刺しで死ぬ一人の男。何度も何度も助けた人々に裏切られ、そして最後は自分が信じた理想にさえ裏切られた、エミヤシロウという理想の末路。
同情はしない、と何度も心で唱えた。だが、自分がこの先その道を歩いて行くのかと思うと、心が擦り切れそうになる。
「――
これが、自分が目指した理想の結末なのか――信じたくはなかったが、信じない訳にはいかなかった。脳裏に流れた男の記憶が、それを全て真実だと物語っている。
「――
心が折れそうになる。ヤツがこれから見せる景色はきっと、自分が想像している通りのものだ。
それをこの目でハッキリ見てしまえば、今度こそ本当に折れてしまうかもしれない。
それがどうしようもなく、恐ろしい。
「――
アーチャーが詠唱が終えた次の瞬間、二人の姿は山門から忽然と消えていた。
そして上空から落下を続ける隕石が砕け散ったのは、そのすぐ後の事だった。