キャスターが最強のSHINOBIを召喚したそうです 作:ざるそば@きよし
天空を全て覆わんばかりの、巨大な岩。
それが地上を目掛けて凄まじい速度で落下してきている。
着弾によって発生する莫大な衝撃は、冬木の街一帯を丸ごと破壊し尽くしてもなお余りあるだろう。
逃げる場所など、何処にも在りはしなかった。
「な、なんなの、アレ……」
境内の片隅で呆然と、悪い冗談でも見るような目で空を見上げながら、イリヤスフィールが呟く。
無理もない。空の彼方から隕石を引き寄せ、地上に落下させるなど、一体誰が想像するだろうか?
いかに英霊として世界に召し上げられたサーヴァントであろうとも、そんな神の如き所業が出来る者が居よう筈もない。
ただ一人、異世界から招かれたうちはマダラという例外を除いては。
「貴様ァ……!!」
自らの置かれた状況を理解し、アーチャーが怒りと憎悪を滾らせた双眸を再びマダラへと向ける。今までさんざん虚仮にされ続けてきた王の顔は、既に鬼人悪鬼でさえ怯える程の険しさにまで引き上がっている。
「さてどうする? 早くどうにかしないと、お前の大事な女と聖杯が大変なことになるぞ」
このままアーチャーが手を拱いていれば、頭上の岩石はいずれ大地に激突し、柳洞寺もろともセイバーと聖杯は跡形もなく消滅の運命を辿るだろう。
回避するためには、アーチャーが今もなお隠し続けている真の宝具を使い、上空の隕石を被害が出ないレベルになるまで破壊する他はない。
失敗した際に周囲が被るであろう深刻かつ甚大な被害を除けば、実に悪辣で完璧な作戦だった。
「何をしてるのアサシン! これじゃあ下にいるシロウやリンたちまで……!!」
契約者の所業に慌てたのはイリヤスフィールも同じだった。いかに憎い怨敵を苦しめる為とは言え、自分を弔ってくれた士郎や凛を何の躊躇もなく巻き添えに出来るほど、彼女も無神経な人間ではない。
しかしそんな少女の心情も当の忍には響かなかった。
「確かに手を組んだが、別に命の保証までしたつもりはない。奴らの事はこいつがどうにかするのを祈るんだな」
マダラ本人にとって、落下する隕石は何ら障害にはならない。宝具の直撃すら容易く防ぐ須佐能乎の外殻は、隕石の衝撃程度ではびくともせず、本来は死力を尽くして守るべきマスターも、穢土転生がもたらす不滅の肉体によって、たとえ街一帯が全て焼け野原になろうとも、数分後には何事もなかったかのように再生する。
つまりこれは、どうあがいてもアーチャーだけが一方的に損害を被る凶悪な仕掛けなのだ。
「――悔るなよ、雑種」
世界の終焉を思わせる光景を前にして、獣の如き低声で弓兵が吼える。全身から発露された膨大な魔力は、ついに秘めていた力を解き放つという宣誓に等しかった。
ずらりと宙に並べた武器を全て下げ、アーチャーが再び虚空に向かって右腕を突き入れる。果たして再び抜き出てきた腕の中には、独特な形状をした剣のようなものが握られていた。
「久方ぶりの出番だ。起きよ――エア」
英雄王の掛け声に応じ、“エア”と呼ばれたそれは生き物じみた唸りを上げる。
だが、果たしてそれは武器なのだろうか?
大きさやシルエットこそ一般的なロングソードと似通っているものの、刀身に当たる部分は異なる三つの円筒から成っており、それら一つ一つが、まるで精密機械のように一定の速度でゆっくりと回転し続けている。
切っ先と呼ぶべき先端も、大きく捻れた刃が備わってるだけであり、おおよそ武器としての機能を有しているとはとても思えない。
そんな剣とも呼ぶにも迷う異様な代物に、一体どのような力が備わっているのか。
「貴様が星を堕とすと宣うならば、我は大地が誇る原初の地獄でもって、それに応えるとしよう――」
告げるや否や、アーチャーはエアを上に掲げ、半身を引いて腰だめで構えた。
同時に刀身である三つの円筒が凄まじい勢いで回転を始め、周囲の大気を巻き込みながら魔力を急速に練り上げていく。
「裁きの時だ。世界を裂くは我が乖離剣――――」
ならばあの乖離剣なる武器は、空気を用いて広域破壊を行う対軍タイプの宝具なのだろうか。
瞳を用いて分析を続けるマダラを他所に、魔力と大気の充填を完了させた弓兵が、掲げた異形の切っ先を頭上の巨岩へと突き上げる。
そして次の瞬間、世界の叫びが冬木の空に木霊した。
「刮目するがよい――我が『
轟、という爆音を掻き鳴らし、猛る嵐が夜空の全てを破壊の色で染め上げる。
異世界の人間であるマダラには知る由もなかったが、“エア”と呼ばれたその宝具は、太古の神々が生み出した究極の武具の一つだった――世界を切り裂き、天地を創造するべく設計された、正真正銘の神造兵器にして対界宝具。
古さこそ絶対の強さである魔術と幻想の世界において、神造兵器とはそれだけで他の宝具とは一線を画す存在であり、唯一無二の証でもある。
それを持つが故に彼――ギルガメッシュは最古にして最強の英霊となり得たのだ。
神々の兵器によって限界まで圧縮され、放たれた颶風は瞬く間に隕石を包み込むと、形無き真空の刃で巨岩の全てを四方八方から切り刻む。
いかに頑強な天空の岩であろうとも、世界そのものを寸断する対界宝具の前では、何の意味も成しえない。
時間にして僅か十数秒――暴風が通過した後に残っていたのは、千々に砕かれ、幾重にも細かく分裂した岩くれの残骸ばかりであった。
「す、すごい……」
一連の攻防を傍観していたイリヤスフィールも思わずはっと息を呑む。
格が違うのは歴然だった。たったの一振り。それだけで落ちてくる筈だった絶望を全て無に帰し、吹き飛ばす力を乖離剣は持っていたのだ。
これならばアーチャーが前回の戦いを生き残るのも当然と言えた。
「ほう。今のを一撃で砕くか」
感嘆とした声でマダラが呟いた。手っ取り早く敵に本気を出させようとけしかけた天碍震星だったが、期待以上の結果が引き出したことが、何よりも嬉しかったのだ。
「これは思っていた以上には楽しめそうだな」
限定的な状況の中において、程ほどに楽しめる戦いは幾つかあった。しかしそれは、死力を出し尽くして挑む戦いと比べれば、あまりにもちっぽけな娯楽に過ぎない。
だが今の破壊を見て彼は確信した。
ああ、自分はこれを待っていたのだ、と。
粉砕され、大小細かな瓦礫と成り果てた隕石をさもつまらなそうに一瞥した後、アーチャーは未だに魔力と空気が巻き付いたエアの切っ先を、真っ直ぐマダラへと向けた。
「理解したか。下賤な雑種の企みなぞ、我が力を持ってすれば砕く事なぞ造作もない。我をここまで愚弄した罪、万死をもって償うが良いわ!」
ここまで盛大な啖呵を切った以上、アーチャーもいよいよ本腰を入れて戦いに挑む、という事だろう。
マダラとしては願ってもない展開であり、待ち望んでいた反応でもあった。
「なるほど。確かに中々の威力を持っているようだが――――」
と、弓兵の宣告に思わせぶりな言葉を返した後、マダラは最後にこう付け加えた。
「それで、
「な、なに……!?」
唐突に告げられた事実に弾かれたように、再びアーチャーが空を見上げる。
宝具によって撃ち砕かれ、雨粒の如く破片を大地に振り撒いている隕石の残骸――その僅か上空。
まるで一つ目が破壊される事など最初から予見していたかのように、同じような大きさを誇る二つ目の隕石が、速度を上げながら猛然とこちらに近づいて来ていた。
「そのご自慢の宝具だが、そいつは連射が効くのか? それとも他にも何か能力があるのか? あるならもっと披露して俺を楽しませてくれ」
圧倒的なアーチャーの宝具を目の当たりにしてもなお、マダラは笑っていた。
むしろこれからが本番だとばかりに嬉しそうに唇を歪め、敵が出すかもしれない新たな切り札を心待ちにしている。
怒りも無ければ、恐怖もない。
ただ純粋に強者との戦いを求め、楽しむだけの修羅。
戦闘狂という言葉が、何よりも似合う仕草だった。
「ぬ、ぐうッ……!!」
さしものアーチャーもこれには怯んだ。渾身の一撃とまでは行かずとも、今のはそれなりに魔力を込めた強力な一撃だった。
しかしそれ故に、同程度の威力で二発目を撃つためには若干の充填時間(チャージタイム)が必要であり、今から再充填したのではとても間に合いそうにない。
一度は納めた他の武具までをも動員し、再びアーチャーが迎撃を試みるものの、圧倒的な質量差のある隕石相手には、流石の宝具と言えど、表面を僅かに削り取るのが精一杯で、エアのような一撃での破壊には到底至らない。
「……シロウ!!」
他の仲間たちの安否を気遣ってか、イリヤスフィールが境内から飛び出し、山門の方へと駆けていく。
今さら危機を知らせた所でどうにかなるものではないが、居ても立ってもいられなかったのだろう。
健気なマスターの行動をマダラもあえて止めはしなかった。当人の命を失う危険がない以上、邪魔されるよりもマシだと考えたからだ。
その間にも隕石はどんどん速度を増し、落下へのカウントダウンを確実に刻み続けている。
墜落の瞬間はもう間もなくだ。
強引に魔力の充填を切り上げたアーチャーが二発目のエアを発動させようとしたその刹那、突如、庭園の方向から一条の眩い光が二人の目に飛び込んで来た。
閃光に気が付いた二人が、素早く庭に目を向ける。
輝きの中心には、己の宝具である長剣を構え、来たる隕石に向かって真っ直ぐ狙いを定めた女戦士が立っていた。
「――穿て!
裂帛した声のもと、少女が秘されていた聖なる剣の名を叫んで振るう。
次の瞬間、刀身に籠められていた莫大な魔力が、煌めく流星の刃となって空へと駆け上がり、墜落する第二の巨星を真っ向から打ち砕いたのだった。
◇
セイバーが即座に二つ目の隕石を打ち抜く事が出来たのは、実のところ偶然に依る部分が大きかった。
そもそも彼女が最初に狙っていたのは一つ目の隕石であり、寸前でそれを破壊したアーチャーの宝具の存在を、セイバーは全く知らなかった。
だからこそ、自分がやらねば全てが終わると結論付けていた彼女は、聖杯を破壊するために温存しておいた虎の子の
そしてもう一つの偶然は、彼女の持つ高い直感のスキルだ。先出しされたアーチャーの宝具によって当座の危機が去ったかに思われた直後、這い寄るような悪寒と共に彼女の脳裏に第六感が囁いたのだ。
『――本当の危機はまだ過ぎ去ってはいない』と。
そうして見えざる何かに導かれるように半ば収めつつあった聖剣を振りかざし、魔力を集約させ続けていた結果、駄目押しとばかりに突如現れた二つ目の隕石を、衝突する前に破壊する事が出来たのだった。
「…………ふう」
解き放った聖剣が頭上の岩を確実に打ち砕いたのを確認してから、セイバーは安堵の息を吐いた。
月明かりだけが頼りの夜空では隅々まで確認するという訳にはいかないが、手に残った破壊の感触からして、少なくとも街が丸ごと消滅するようなことはない筈だ。
「リン!無事ですか!」
「ええ、なんとかね」
近くの木陰に避難していた遠坂凛が、声に反応して顔を出した。神秘を扱う魔術師として、ある程度の非日常には耐性がある彼女だが、ここまで規格外の出来事となると、流石に動揺を隠せないようだ。
「でもなんなのよ、隕石とかそんなデタラメ……しかもアレ、セイバーが何とかしてなかったら、今ごろ街全部が無くなってたわよ!」
そうだろう、と思う。実際セイバーが寸前で迎撃していなければ、二発目の隕石は確実に聖杯を含めたこの街の全てを完膚無きまでに破壊していただろう。
下手人と思われるアサシンは、同盟相手である自分たちの身を考慮するつもりはまるでないらしい。
その圧倒的な強さも含めて、味方と呼ぶにはあまりにも危険な存在だった。
「……アーチャーめ、本気を出すと言っていた割には苦戦しているではないか」
同じく上空で起こった一連の出来事を眺めていた言峰綺礼が、苛立たしげにぼやく。
どうやらマスターである神父にとっても、アーチャーとアサシンの戦いがこれほど大規模になるとは思っていなかったようだ。
(やはりアサシンがアーチャーを押さえている今の内に片を付けるしかない)
あれほどの宝具を警戒しながら、目の前の神父を同時に相手をするのは非常に厳しい。
こちらが宝具を撃てるのは残りあと一回が限度であり、おまけに戦闘が長引けば長引くほど、そこで消耗した分だけ宝具の出力も落ちてしまう。
ならば、ここは多少の無理をしてでも目の前の男を先にどうにかするべきだ。
現状を確認しながらセイバーが佇む神父の隙を窺っていると、不穏な風切り音が頭上に鳴り響いた。
どうやら自分が破壊した隕石の欠片――大きさにして自動車一台分はあろうかという岩石が、聖杯に向かって真っ直ぐ落下してきているようだった。
「ッ!? まずい、聖杯が……!!」
危険を察知した綺礼が二人を無視して踵を返し、泥の中心へとひた走る。
いかに無限の魔力を吐き出す聖杯であろうとも、器になっている間桐桜の肉体が物理的に破壊されてしまえば、その完成は次の聖杯戦争まで叶わなくなってしまう。
故に神父はどうにかして降下する隕石を排除し、それを阻止するつもりのようだ。
「行かせないわよ!」
神父の目的をすぐに察した凜が、遠のいていく背中に向かって、すかさずガンドの狙いを定めた。
呪詛がたっぷり込められた魔力の塊が、銃声めいた発射音と共に相手めがけて殺到していく。
本来は対象者の体調を悪化させるだけの魔術だが、修練に修練を重ねたその威力は、実際の銃撃に勝るとも劣らない。
「……ぐッ!!」
背中を襲う魔術の弾を、神父は防ぐことなく甘んじて受け入れた。己が纏う筋肉と法衣だけに守りを任せ、人外めいた脚力を駆使して一直線に聖杯へと向かっていく。
「セイバー!行って!」
主の勅命を胸に抱き、疾風を巻いたセイバーが夜の大地を駆け抜ける。背中から敵を襲う事には若干の抵抗はあるものの、家族同然に過ごした少女の命には代えられない。
卑怯者という謗りの一つや二つは、喜んで引き受ける所存だ。
「外道! 覚悟ッ!!」
一瞬で間合いを詰めながら、セイバーが聖剣を振りかぶる。得意の接近戦で苦戦を強いられるとは思わなかったが、次は確実に仕留めさせてもらう。
迫り来る刃を読んだ神父が、剣撃の寸前で振り向いた。事前に握り固められていた鉄の裏拳が、セイバーの顔面を狙ってすっ飛んでくる。
聖杯を守りに行くと決めた時から、既に反撃の準備をしていたのだろう。下手に蛇行やジャンプを試みず、真っ直ぐ走って逃げていたのも、自分が襲いかかる位置を一点に固定させたかったからだ。
だがそれは、こちらとしても既に想定済みだ。
カウンターとして放たれた拳打に合わせ、セイバーは繰り出した剣撃の狙いを、自分の方から僅かにずらす。
背中から、たったいま振るわれたばかりの右腕に。
神父のしまったという顔。
直後、妖精が鍛えし聖剣の刃が、令呪の刻まれた神父の右肘を丸ごとすっぱり切断した。拳を振り抜いた時の速度と慣性をそのまま保持していた腕が、主を失った事で庭園のどこかへと勢いよく転がっていく。
「ぐぁっ……!?」
片腕を失い、バランスを崩した神父が血飛沫を派手にまき散らしながら、その場で数歩よろめいた。
これで自慢の拳法も今までのようには使えない。
上空をちらりと見やると、破片が桜のもとに到達するにはまだ僅かに猶予がある。この厄介な敵に今すぐトドメを刺した後であっても、迎撃は十分に間に合うだろう。
続く連撃を女剣士が構えようとしたその刹那、追撃を命じた筈のマスターから再び声が届いた。
「セイバー!危ない!」
声色から危機を察知したセイバーが、自身の身体を素早く後方へと引かせる。
警告の通り、一瞬前まで彼女が立っていた場所には、おぞましくも不気味な泥がこびりつき、庭の土をどろどろの水飴状に融解させていた。
「馬鹿な。一体誰が……?」
敵は神父と、二人のアーチャーを含めた三人だけだった筈だ。
この期に及んで他の闖入者が割り込んで来るような余地はない。
まさか、再びアサシンが何かしでかたのだろうか?
攻撃の正体を確認するべくセイバーが周囲を探ると、異変の正体は神父の背後にあった。
「聖杯……?」
戦いを始める直前までは、聖杯は漆黒の汚泥をまき散らすだけの、一種の置物に過ぎなかった。
だが今の聖杯は泥をばら撒く事を止め、まるで羽化を待つ蛹か何かのように汚泥を纏い、大きく膨れ上がっている。
自分たちが戦っている間に、何かしらの変化が起きたのは明らかだった。
ばきり、と何かが割れる音がした。
見れば聖杯が纏っていた泥の繭に亀裂が走り、中から何かが踊り出ようとしている。
「――ッ!!」
嫌な直感と共に、セイバーの全身に冷たい脂汗が走った。
今出てこようとしているモノは、間違いなく危険な存在だ。
早く何とかしなければ大変なことになる。
だが桜の安否が分からぬ以上、自分がここで下手に手を出してしまえば、彼女の命も危うい。
結局どうすればいいか分からぬまま聖杯の変化を見守っていると、割れた泥繭の中から現れたのは、美しくも作り物じみた容姿を持つ、銀髪の女だった。
「……桜、じゃない……?」
予想外の結果に遠目で見守っていた凛が戸惑いの声を上げた。なぜ攫われた筈の間桐桜では無く、全くの別人が聖杯の中から出てくるのか、見当がつかないという風だ。
「誰よアンタ! 桜をどうしたのよ!」
凜の問いかけに対し、女は無言を貫いた。それどころか、何の興味も示さぬとばかりに彼女の方を見もしない。
虚ろで不気味なその両目は、自身に向かって迫り来る頭上の岩にのみ向けられていた。
「――――――」
すっ、と女が空に向かって右手を突き出した。するとその足元から黒い影法師のようなモノが、ぬらりと音もなく姿を現す。
立体感の全くない影絵のようなその何かは、一見すると魔術師が使役する使い魔か何かのようにも見える。
だが驚くべきことに、その影に使われている魔力の量は、ついさっきセイバーが放った宝具とほぼ同じだった。
主と思われる女の意思を汲み取るかのように、影は猛然と落下してくる隕石に向かってスルスルと伸びていくと、さながら魚を捕まえる網のように隕石の欠片を丸ごと掴んで覆い尽くしてしまった。
(一体何をするつもりだ……?)
そこから先はあっという間だった。掴まれる前は自動車ほどの大きさを誇っていた岩が、数秒後にはスイカ程度の大きさにまで縮まり、最後はあっという間に融け、最後は跡形もなく消えてしまったのだ。
再びセイバーの全身に言いようのない怖気が走る。これがもし、岩ではなく人間が掴まれていたら――その先の結末は、もはや想像する事すら躊躇われた。
「何よ何よ……一体何がどうなってるのよ……?」
連続して起こる唐突な事態に、理解が限界を超えた凛が呆然とした言葉を紡ぐ。
墜落する二つの巨大隕石、殺人兵器と化した聖杯、そしてその中から出て来る謎の女――およそ現実離れした魔術世界の中であっても、今回のそれは極めつけの異常事態だ。
なぜとしか言えないのも無理は無い。
「……アイリスフィール」
困惑を呟いたのはセイバーも同じだった。が、彼女に含まれた感情は、凜のそれとは少し異なっている。
何故なら女の特徴的な外見に、セイバーはハッキリと見覚えがあったからだ。
「アーチャーだけでなく貴女まで……なぜ今になって死んだはずの人間が出て来るのですッ!!」
アイリスフィール・フォン・アインツベルン――それは十年前の聖杯戦争において、セイバーと共に冬木の戦場を駆け抜け、最後は夫である衛宮切嗣を信じて聖杯に身を捧げたホムンクルスの名だ。
そして同じく聖杯の器であったイリヤスフィールの母親の名前でもある。
奇しくも繭から出てきた女の外見は、セイバーがかつてパートナーとして行動を共にしていた女性に瓜二つだった。
「――その言葉は正確ではない。セイバーのサーヴァントよ」
と、こちらに視線を向けた女が告げた。あらゆる感情が抜け落ちたような声は、まさしく人形が発する音声そのものだった。
「我はアイリスフィールではない。我は大聖杯として長らくこの冬木に捧げられた者の果て――いわば聖杯自身」
「聖杯自身? 聖杯に意思があるっていうの?」
素っ頓狂な回答に凜が思わず口を挟む。
いかに冬木の聖杯が人体と融合した状態であろうとも、その本質はあくまで魔術を使った道具であり、自ら意思を持つようなモノでは決してない。
アサシンから告げられた真相の中にも、そんな話は一度たりとも出てはこなかった。
だが、目の前の女は明確な言葉で告げた。
『自分は聖杯自身である』と。
この期に及んで、聖杯にはまだ何か秘密があるというのか。
「……産まれたのか?」
いつの間に破いたのか、引きちぎった法衣の一部で止血を試みていた神父が呟いた。つい数分前まで繰り広げていた戦いがまるで嘘のような、純粋な喜びを含んだ声色だった。
「聖杯が……ようやく誕生したのか?」
誕生――目の前の男は再び、戦う前と同じようにそう言った。
『完成』ではなく『誕生』と。
やはりそれは、単なる道具に対して向ける言葉では無い。
この男は、自分たちが未だ知りえない聖杯の本当の姿を知っているのだ。
「否。我はまだ真の誕生には至ってはいない。この肉体はあくまで仮初めのもの。因果で繋がったお前の願いに従い、器となった娘の身体に我の意思を被せただけの紛い物に過ぎぬ。釜の中に七つの魂が宿らねば、我は真には完成しない」
「……なるほど。そういうことか」
聖杯からの意味深な返答を聞き、納得したように神父が頷く。
セイバーと凛は預かり知らぬ事であったが、この戦いが始まる前、漠然とではあるが、綺礼は一つの願いを聖杯に告げていた。
それは、『聖杯自身による自己防衛の遂行』。
願いと言うよりは単なる命令か、あるいは提案に過ぎなかった願望だが、叶える望みとして十分だった。神父の思いを確かに受け取った聖杯は、外側から流れ込む無限の魔力によって仮初の肉体を形作り、防衛機能を兼ね備えた分身をこうして生み出したと言う訳だ。
「――なら、まだ間に合うって事よね!」
全ての事情を知る綺礼だけが訳知り顔で一人頷く中、気合の入った叫びと一緒に、横合いから聖杯めがけてガンドが勢いよく飛んできた。
攻撃の主は、言うまでもなく遠坂凜だ。
「聖杯の意思だか何だか知らないけど、アンタが使ってるその身体は私の妹のものなんだから、何が何でも返して貰うわよ!」
聖杯が分身のベースとして使っているのは、器にされた間桐桜の肉体である。
彼女を助けたい二人としては、身体に取り付いているいる聖杯を何としても引き剥がし、速やかに桜の安全を確保しなければならない。
そのためには、この女も綺礼と一緒に無力化する必要があった。
「――――」
攻撃を感知した聖杯が、人形めいた無機質な視線を凛に投げかける。そして己にセットされた自己防衛の命令に従い、外敵である彼女を排除しようと、先ほどと同じように右手を突き出した。
「リン! 逃げてください!」
警告は一瞬遅かった。セイバーが声を発するよりも先に、聖杯はあの影法師の使い魔を、マスターに向かって既に差し向けていた。
「ッ!?」
自分に近づく影を追い払うべく、凜がガンドや持ち前の宝石を惜しみなく連射するものの、無限の魔力を持った聖杯との力比べは、あまりにも分が悪い。
いくら小石を投げ込んだ所で、荒れ狂う海の前ではどうしようもないからだ。
防御など面倒だとばかりに、影は向かってくる攻撃を丸ごと飲み込みながら凜の方へと近づいていく。
そしてその全身が蛇の顎のように大きく包み込む形状を取ったその刹那、聖杯女そっくりの髪色を持った小柄な少女が、出し抜けに凜の前へと割り込んできた。
◇
遡ること数分前。
二発目の隕石を認めたイリヤスフィールが危険を知らせるべく山門に降りると、戦っている筈のシロウの姿がどこにもなかった。
奇妙だった。アーチャーとの雌雄が決したのなら、勝ったにせよ負けたにせよ、死体をはじめとした戦いの痕跡が残っていなければ辻褄が合わない。
だが山門には誰もいなかった。シロウはおろかアーチャーの姿すら、付近には欠片一つ見当たらない。
まるで二人とも煙になって消えてしまったかのようだ。
念の為もう一度周囲に誰もいない事を確認してから、イリヤスフィールはすぐさま境内へと引き返した。
忽然と消えてしまったシロウについてはどうしようもないが、庭園に居るリンとセイバーになら、まだ助力が間に合う筈だ。
山門をくぐって再び境内に入ると、庭園の方角からいきなり眩い光が差し込んできた。おまけに真昼かと錯覚させるような光源は、その全てが魔力の燐光だ。
「これって……」
これほどの大出力で魔力を放出するのは、宝具でしかあり得ない。おそらくは迎撃の間に合わないアーチャーの代わりに、セイバーがあの隕石を打ち落とそうとしているのだ。
黄金に煌めく巨大な光の柱が、何かの奇跡のように冬木の夜空に突き上がる。膨大な魔力量から推定される破壊力は、アーチャーが放った乖離剣に決して勝るとも劣っていない。
これならば。
果たしてイリヤスフィールの期待に応えるかのように、庭園から生えた極光は墜落する天の岩石を一息に貫くと、勢いそのままに木っ端微塵に粉砕した。
「……よかった」
これで衝突という当面の危機は脱した。続く三発目が無いとも限らないが、敵の本気を引き出すという目的が既に完遂された以上、アサシンもこれ以上は落とすまい。
ならば向こうがよろしくやっている間に、こちらも何かできることをするだけだ。
細かな破片が降り注ぐ境内を抜けて件の庭園に入ると、今度はセイバーが神父に斬り掛かっている所に出くわした。
剣線が鋭く閃き、男の右腕が血飛沫と一緒に宙を舞う。イリヤスフィールにとってはさほど面識の無い人物だったが、それでも自分を死に追いやった敵の一派が悶え苦しむ様は、見ていてどこか気分がいい。
すかさず追撃を狙う女剣士に思わず喝采を送るべきかと悩んだが、それを邪魔する存在が、いつの間にか男の背後から気配を放っている事に気が付いた。
(あれは……)
漆黒の汚泥に包まれた大きな繭――抜き取られた自分の心臓と間桐桜を核にして作られた、歪んだ聖杯の器だった。
聖杯が持つ異常性に、イリヤスフィールはかなり前から気づいていた。
アレの中身は人を殺す形でしか願いを叶えられない呪いの塊であり、あれが放つ呪詛に触れたら最後、人間だろうがサーヴァントだろうが、たちどころに汚濁に呑み込まれて消滅してしまうという、欠陥だらけの産物だ。
器であった自分でさえ、歪み切った聖杯を正しい目的で使えるかどうかは、正直言って五分五分だった。
そんな繭の表面から吹きかけられた泥を、幸運にもセイバーは寸でのところで回避した。逆に躱された事で行き場を失った泥は、こびりついた地面をどろどろに溶かし、不気味な音を立てながら呪詛を周囲にまき散らしている。
味方の無事に思わず安堵の息を吐いたイリヤスフィールだったが、生憎と事態はそこで終わってはいなかった。
聖杯の繭に亀裂が走り、中から見覚えしかない女が出てきたのだ。
「お母様……?」
自分とよく似た顔立ちの女性は、十年前を最後に別れた実の母親に瓜二つだった。
違う所があるとすれば、母が生前に見せてくれた天使のように爛漫で明るい笑顔ではなく、能面のような無表情を貫いている事と、不気味な赤と黒で染められたドレス姿であることくらいだろう。
(いや違う……あの女は別人だ)
アレが亡き母の姿を模っているのは、単にそれしか情報が持たないからだ。かつて器だった母を取り込んだ事で、その容姿を聖杯が“殻”として記憶しているからだ。
つまりあれは、何らかの理由で外側への影響力を持った聖杯の一部という事になる。
遠くで何事かを叫ぶリンを無視し、聖杯が空を見上げた。視線の先にはセイバーが壊した隕石の欠片の内、一際大きな破片の一つが、そこに向かって真っ直ぐ降ってきている。
一体どうするつもりなのか。
ぬらり、と右手を挙げた女の足下から、呪いの泥と同じ色をした影のようなものが出し抜けに現出した。
どうやらそれを使って身を守るつもりらしい。
本体の手振りに合わせて影は勢いよく上空の隕石へと伸びていくと、そのまま岩を丸ごと呑み込み、あっという間に消滅させてしまった。
「…………」
圧倒的な聖杯の力を目の当たりにしたイリヤスフィールだが、胸に抱いたのは強い嫌悪感だった。
一目見ただけでも分かるおぞましい程の黒い呪詛。
薄々感じていたとは言え、あんなものが今まで自分の中に巣食っていたと思うと反吐が出る。
何の因果か蘇り、自分との関わりが絶たれた事で、余計に強くそう思った。
そして何より、あんな汚らしいものが、よりによって大好きな母と同じ姿をしていることが、一番許せなかった。
セイバーとリンが再び聖杯と言葉を交わした。内容はよく聞こえなかったが、二人とも聖杯から全くの別人が出てきた事に驚いているようだった。
そこからいくつかのやり取りがあった後、口火を切ったようにリンが聖杯に向かって攻撃を開始した。
聖杯が今の形状を保てているのは、サーヴァントの魂が詰まった自分の心臓を取り込んだからであり、万が一それが破壊されれば、半分取り付かれているだけのサクラの身体は元に戻る。
その事を知ったリンが、好機とばかりに不意打ちに出たのだろう。
だがそれも、聖杯にとっては想定済みの筈だ。
攻撃されることなど分かっていたとばかりに、聖杯も応戦の構えを取った。隕石の時と同じように影を操り、リンを丸ごと飲み込んで消滅させるつもりのようだ。
「……っ!させない……!!」
気が付けばイリヤスフィールは庭園の大地を走っていた。聖杯になるべく幾重にも手を加えられた生前の肉体では、真っ当に走ることすら叶わなかったが、皮肉にも肉体の負荷から全て解放された死後の身体が、彼女の疾走を可能にしていた。
シロウもリンも殺させる訳にはいかない。最初は敵であったが、二人にはまだ借りがある。無残に死んだ自分の墓を作り、花まで手向けてくれたという大きな借りが。
それを返すまでは、二人には死んで貰っては困るのだ。
フォームも何もない無茶苦茶な姿勢のまま、間一髪というギリギリのタイミングで、イリヤスフィールは影とリンの間に己の身体を投げ出す事に成功した。
そして呪詛で出来た死の影が、自分の肉体をすっぽりと覆い包むのを感じた。
◇
「……え?」
ばくり、と横から出てきた少女の身体が丸ごと喰われ、あっという間に覆いつくされるのを、セイバーと凜は唖然としながら見つめた。
止めようが無かった。むしろあと少しでもタイミングが遅れていれば、主人が確実にそうなっていた筈だ。
包み込まれた影の中から、どろどろと少女が溶けていく音が聞こえる。
まさか先ほど想像していた嫌な予感が、こんな形で現実になってしまうとは。
惨たらしい死の惨劇に、セイバーは思わず目を覆いそうになったが、結果はすぐに覆ることとなった。
影の内部から凄まじいまでの魔力の奔流が起こったかと思うと、少女を覆っていた泥が、まるで爆発したように四方に弾け飛んだのだ。
「これが聖杯の力……思った通り、隅から隅まで汚れきっているのね」
奇しくも先ほどの聖杯と同じような形で、少女――イリヤスフィールが庭の大地に姿を現す。
セイバーの目では絶対に助からないように思われたが、どうやら杞憂だったらしい。
「い、イリヤ!? どうしてこっちに……?! いやそれより、アンタ今ので大丈夫なの!?」
「平気よリン。わたしは既に死んでいるから、もう死なないの」
狼狽える凜を尻目に平然と、何事もなかったかのようにイリヤスフィールが答える。
よくよく見れば、ところどころが溶解した彼女の肉体を、小さな塵のようなものが覆って修復しはじめている。
どうやら生き返った少女の肉体は、普通の人間のそれとはかなり違っているようだ。
「それであなた、誰の許しを得てその姿を纏っているの?」
分身の容姿を見たイリヤスフィールが、苛立たし気に眉根を顰め、静かな怒声を放った。
どうやら母親そっくりの聖杯の見た目が、よほど気に食わないらしい。
「あり得ない。お前の心臓は、今も確かに我の中にある。なのになぜ、お前は生きて動いている?」
疑問の言葉とは裏腹に平坦な口調で、聖杯もイリヤスフィールに聞き返した。
たとえ願いを叶える万能の窯であっても、死者が生き返った事に対しては疑問を抱くのは当然と言える
質問に答える代わりにかつて聖杯の器だった少女はこう答えた。
それが戦いが再開される合図だった。
「知りたい? それはね、今からあなたを壊すためよ」
◇
横からしゃしゃり出てきたセイバーの武力介入は、マダラにとって予想外の出来事だった。
強力と言われる三騎士クラスであるとは言え、まさか適当にあしらった剣士風情の小娘が、あれほど強力な宝具を隠し持っていたとは。
単純な威力だけならば、あるいは先ほどの乖離剣にも匹敵するかもしれない。
次の戦いに向けた楽しみが、また一つ増えたということだ。
「ふっ……ふはははははははは!!!」
破壊され、細かな瓦礫が降り注ぐ空をしばし見上げていたアーチャーが唐突に笑った。
「どうやら貴様の目論見は外れたようだな。雑種!」
確かにマダラの予測は見事に外れた。駄目押しにと呼び寄せた隕石は、第三者であるセイバーによって打ち砕かれ、戦況は振り出しの五分に戻った。
しかしそれが悪いことだったかと言われれば、答えは否だ。
もとより一方的な召喚によってこの世に引き寄せられた自分には、最初から聖杯を欲するような願いもない。
ただ胸にあるのは、より強い者たちと重ねる勝負だけ。
渋る相手から全力を引き出せられただけでも、マダラにとっては十分過ぎる結果だった。
「望み通り、貴様には我手ずからが罰を与えよう。エアの威力、次はその身でとくと味わうがよいわ!」
再充填を果たし、魔力と大気が渦巻くエアを構えながらアーチャーが言った。
ずらりと虚空に並べられた宝具たちの切っ先も、残らずこちらの首級を狙っている。
遊びは終わり、ということだ。
「楽しみだ。英雄王の本気とやら、今度こそ存分に見せて貰おうか」
闘志と歓喜が入り混じった満面の狂笑でマダラも答えた。
本当のお楽しみはこれからなのだから。