キャスターが最強のSHINOBIを召喚したそうです   作:ざるそば@きよし

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マダラのせいで冬木が大変なことになるそうです③

 

 目を開けた瞬間、世界が丸ごと塗り替えられていた。

 異様な風景だった。燃えるような黄昏の空には錆付いた巨大な歯車が幾つも浮かび、ガチガチと歪な音を鳴らしながら、虚空に向けてゆっくりと回転を続けている。

 荒廃した眼下の大地にも、同じく赤錆の浮いた夥しい数の刀剣類が墓標のように突き刺さっており、ここが現実の世界で無い事を明確に示していた。

 

「――これがオレの、英霊エミヤの持つ本当の宝具の姿だ」

 

 目の前の男が言った。自嘲を含んだ昏い声。己が背負った運命を嘲笑い、信念を否定する皮肉めいた口調。

 あまりにも非現実的で空想めいた光景だったが、不思議と士郎にはその全てが理解できた。当然だ。たとえ迎えた結末が違っていたとしても、これがエミヤシロウの生み出したモノである事に違いはないのだから。

 

「これは……お前の心の世界なのか……?」

 

 退廃的な情景の中に、士郎は男が抱える心の闇を垣間見た。

 後悔、絶望、落胆、徒労――義父から受け継いだ正義の味方という理想(ユメ)を追い続け、ソレがもたらす痛みと代償を受け入れ続けた結果、エミヤシロウという男は現実という名の圧力に押し潰され、魂もろとも砕かれてしまったのだ。

 所詮は叶わぬ夢だと、頭のどこかでは理解しているつもりだった。世界中のあらゆる人々を救う事など、決してあり得ぬ絵空事だと。

 だが結局の所、エミヤシロウという男はどこまでも愚直な人間であり、故に一度抱えた理想を自ら捨て去る事など出来なかったのだろう。

 そうして背負った痛みと苦しみを心の中で押さえつけ、行く所まで辿り着いてしまった結果が、目の前に横たわるこの錆び付いた剣の荒野と、理想を憎む赤い弓兵の姿という訳だった。

 

「そうだ。そして今から、お前の墓標になる場所でもある」

 

 ゆらり、と大地に突き刺さっていた刀剣の何本かが、ひとりでに抜けて宙に浮かんだ。

 同時に錆び付いていた刀身が、見る見るうちに輝きを取り戻し、鋭い切っ先と銀光を一斉にこちらへと差し向ける。

 武器の投射による遠距離攻撃――弓兵(アーチャー)としての面目躍如と言う訳だ。

 アレと真っ向から対抗できる手段は、今の自分にはない。出来る事と言えば、せいぜい投影した武器をぶつけ、軌道を逸らして身を守る事くらいだろう。

 まさに狂気じみた捨て身の曲芸。だがやるしかなかった。失敗すれば奴の言う通り、ここが自分の墓場になる。

 

 狙いを定めたアーチャーの腕が指揮者のように上がった。この上ない打ち方用意の合図。

 

(来る――!!)

 

 意識した刹那、アーチャーの腕が大きく振られ、宙に浮かんだ剣の群れが、弾丸めいた速度を帯びながら一直線に飛び込んできた。

 

「ッ……!!」

 

 サイズも形状もバラバラな刀剣類が、空気を切り裂きながら猛然としたスピードで迫り来る。金色のアーチャーも似たような攻撃をしてきたが、どこか遊び交じりだった前者と違い、こちらには明確な殺意しか籠っていない。

 

「投影、開始――!!」

 

 疲弊した魔術回路がもたらす焼けつく痛みを無視しながら、士郎は再び二色一対の短刀を作り出した。

 唸る飛剣を正面に見据え、ここぞというタイミングを待つ。僅かでも調子が狂えば、飛んできた刃が容赦なく身体を貫通する事になるが、そんな事は承知の上だ。

 

「うぉぉぉらぁ!!」

 

 ギリギリまで剣を引きつけてから干将を振るった。甲高い金属音。たった一度の衝突でこちらの刃は木っ端微塵に砕けたが、軌道が逸らされた剣もまた、荒野の後ろに流れて消えた。

 続く二本目である日本刀もどきも、同じように限界まで引きつけてから外側に弾く。こちらも防御にはなんとか成功したが、刀同士が触れた際に刃が弾け、飛散した破片のいくつかが、士郎の身体のあちこちを無慈悲に切り裂いた。

 

「ぐぁ……ッ!!」

 

 服の上から痛みと一緒に血が滲む。突き刺されるよりは遥かにマシだが、斬られる痛みには違いない。

 砕け散り、柄だけになった二刀を投げ捨てると、今度は何本かの長剣が重なり合うようにして飛んで来た。

 のたうつ身体の痛みに耐え、再び投影を行使する。何度も繰り返したおかげか、はたまた身体がようやく魔術に慣れたのか、最初よりもいくらか速度と精度が上がっているのだけが、不幸中の幸いだった。

 

「ッ……ハァッ!!」

 

 複数の刃がもたらす難解な軌道とタイミングをどうにか読み取り、再び刀を振るう。命を賭けた回避劇は未だ成功し続けているものの、砕けては作り、壊れては生み出す消耗戦は、生身の人間である士郎にとっては圧倒的に不利な戦いだ。

 

(ま、まずい……)

 

 意識が朦朧としてくる。慣れない投影の連続使用と無茶な動きで、ただでさえ少ない魔力と体力が急速に失われているのが、嫌が応にも実感できる。

 加えて飛んでくる刃を防ぐ度に、剣から流れ込んでくるアーチャーの記憶の断片が、再び士郎の心を容赦なく折りに来た。

 

 ――内戦に陥ったある国の人々を救うため、死の飛び交う戦場に自ら身を投じた。

 その結果、救えなかった命ばかりが増え、かわりに争いの炎は野放図に拡大し続けた。

 

 ――虐殺と民族紛争が蔓延る大地の民を助けるべく、何年にもわたって身を粉にし、出来うる全ての形で戦いを続けた。

 だがもたらされた結末は、無限にも思える報復の連鎖と、それによって生まれた統治者が命じる新たな粛清や、より悲惨で苛烈な虐殺や弾圧だけだった。

 

 ――『英霊になれば、あるいは全てを救うことが出来るのではないか?』そんな一縷の望みを胸に世界と契約を結び、報酬としてもたらされた奇跡によって、多くの人々を助けた。

 しかし待っていたのは、『人類』という大きな枠組みを維持するため、障害の起因となった全てのものを排除するという、ただの殺戮装置を強制され続ける事だった。

 

(なんて地獄だ……)

 

 別の未来の事とは言え、あまりにも残酷な末路に吐き気がこみ上げて来た。同情するつもりは無いが、いずれ自分も同じ場所に脚を踏み入れるのかと思うと、あまりの恐怖と絶望で背筋が凍りついてくる。

 

 客観的に見れば、恐らくアーチャーは正しいのだろう。愚直なだけの正義が、無茶でしかない理想が最悪の結末しかもたらさない事を、奴は痛いほどに理解している。

 だがここでもし自分が諦めてしまえば、今まで胸に抱いてきた気持ちも、切嗣と交わした約束も、全てが嘘になってしまう。

 それだけは認められなかった――他の誰かに負けるのはいい。だが理想を否定するのがエミヤシロウである以上、この戦いだけは絶対に負けてはならない。

 

 脳裏に流れるビジョンを必死に振り払いながら、飛んできた最後の一本を亀裂の入った莫耶で弾き飛ばす。

 都合二十本――体力も魔力もとっくに底を尽き、今にも死に掛けてはいるものの、それでも何とか、飛んで来た刃を全て防ぐ事に成功していた。

 

「はぁ、はぁ……どうした……? もう、終わりか……?」

 

 もう何本目かすら分からなくなった短刀の残骸を投げ捨て、士郎が強気な言葉を吐く。正直な所、もう一歩も動けないほど身体は疲労しきっていたが、アーチャーへの対抗心だけはまだ死んではいない。

 今の自分を動かしているのは、ただ負けたくないという意地だけだ。

 

 けしかけた攻撃を全弾防がれたという驚愕の事実に、流石のアーチャーも僅かに困惑した表情を見せたものの、すぐに新たな弾丸となる刀剣を補充すると、再び殺意の視線を向けて言った。

 

「――減らず口を。お前の限界は分かっている。どれだけ頑張った所で、所詮は無駄な足掻きだ。すぐに終わらせてやるぞ」

 

 

 ◇

 

 

 限界はとうの昔に超えている筈だった。

 アーチャーの目算では衛宮士郎が投影を行使できるのは、結界に入った時点であと数回がせいぜいだと見積もっていた。

 だからこそ、アーチャーも投影した武器を砲弾として放ったのだ。標的をより確実に、間違いなく仕留められるように。

 だと言うのに、結界の中に引き込んでからというものの、衛宮士郎は既に三十合の剣戟と打ち合い、その全てを斬り払っている。

 それも向こうは投影を連続して使い続けながらだ。

 ありえない。

 投影魔術が使用する魔力量は、強化魔術に比べて遥かに大きい。既にこの世界に存在している物体を魔力で強化するのと、現実に無い物体を魔力を使って実体化させるのとでは、後者のほうが負担が大きいのは自明の理だ。

 どう考えても死に体、見るからに満身創痍なあの肉体の何処に、それだけの魔力と体力が残っていたというのか?

 不可解な事実に困惑していると、いつの間にか士郎の腕や脚に、銀色の輝きを放つ針金のようなものが巻き付いている事に気が付いた。

 

「あれはイリヤスフィールの……!!」

 

 この戦いが始まる前、一人の少女が切り落とした自らの髪の一部を、衛宮士郎に分け与えていた。

 聞く所によれば、魔力を充填させた魔術師の毛髪はそれ自体が擬似的な魔力回路として働き、術式を付与すれば使い魔や簡易的な礼装として機能させる事すら可能だという。

 恐らくは衛宮士郎の苦戦を読んだイリヤスフィールが、あらかじめ髪の毛に魔力供給と治療の術式を仕込んでおいたのだろう。

 予想を超えたしぶとさの原因は、間違いなくそれだった。

 

「そういう事か。だが多少取り繕った所で、所詮は半人前の実力!」

 

 遠距離射撃だけでは埒が明かないと判断したアーチャーは照射を止めると、愛用している二本の短刀を携え、素早く大地を蹴った。

 飛んできた最後の剣を受け流し、バランスを欠いていた士郎の元に深紅の弓兵が一瞬の速度で肉薄する。襲い掛かる剣の弾丸を防御するだけで精一杯の士郎に対処する余裕などある筈もなく、無防備な脇腹に白刃が突き刺さると、剣の荒野に絶叫が響き渡った。

 

「ぐぁぁああああ!!」

 

 腹部を見る間に鮮血で染め、士郎の身体がくの時に折れる。

 無防備な首を刎ねなかったのは無論、あえての事だ。己の愚かさも、理想の醜さも理解しないまま殺してしまっては意味がない。

 この男には自らの罪業と向き合わせ、その間違いに気付かせなければならなかった。

 

「理解できたか? オレはお前の理想そのものだ。いくらか悪あがきを続けた所で、倒す事などできん。絶対に敵わないと知りながら尚も醜く抗い続けるその愚かさ……それこそが、貴様の一番の間違いだと知れ!」

 

 怒りに任せたアーチャーが士郎の腹から刀を引き抜き、そのまま無造作に蹴り飛ばす。

 防御もままならず、ただただ血反吐を吐いて転がる事しかできない士郎に向かって、更にアーチャーが言葉で追い撃った。

 

「諦めなければ、続けていればいつかと!! そうやって強迫観念に突き動かされ、お前は何度も何度も立ち上がった!! だがその結果どうなった? 殺した命ばかりが増え、悲しみが大きくなっただけだろうが!!」

 

 投影を通じて衛宮士郎も見た筈だ。いずれ己が辿る事になる宿命を。

 返り血で両手を塗り潰し、助けた人々に裏切られ、それでも自分だけは裏切るまいと戦い続けた結果――最後には憧れていた理想にすら、裏切られた。

 それをつぶさに見てもなお、自分は間違っていないと宣うつもりなのか。

 

「お前の理想は最初から破綻している。ありもしない幻想に縋り、出来もしない理想に駆られ、どれだけの間違いを犯し、そこに何が残った? 人々を殺し続ける事しか能のない“正義の味方”など、そもそも生まれる価値すらないと、何故分からない!!」

 

 死の間際の義父から受け継いだ、“全てを救う”という理想。

 どれだけ近づこうと足掻いても――むしろ足掻けば足掻く程に遠ざかり、血に染まって汚れていく。

 本当はどうすれば良かったのか、何処を目指して進むべきだったのか。

 全てが終わった今となっては、それすらも分からない。

 ハッキリしている事と言えば、これ以上、エミヤシロウが正義の味方などという誤った道を志し、人々を犠牲にする事は決して許されない。

 絶望の未来は一つで十分だと言うことだ。

 

「お前が……切嗣の理想を、否定するな……ッ!!」

 

 苦悶の言葉と血を溢しながら、士郎がゆっくりと身体を起き上がらせた。

 傷の痛み故か、その動作はひどく緩慢で、途中何度もくずおれそうではあったが、男はゆっくり立ち上がると、自身が生涯で最も好んで使用した、一対の夫婦剣を再び投影した。

 まさにそれは、理想のために戦いを重ね、地獄の中でたった一人もがき続けた、かつての自身(エミヤシロウ)そのものだった。

 

「認められない、か。道理だな。オレがお前の理想である限り、衛宮士郎はそれを誰よりも強く否定しなければならない」

 

「俺は……俺は! 絶対に正義の味方になるんだよッ!!」

 

 少年が駆ける。先刻より一層強い意志を籠め、壁となった己を打ち倒すべく刃を振るう。

 立ち上がる事は分かっていた。エミヤシロウという男の言葉に『諦め』という二文字は無い。その命が完全に朽ち果てるまで、動き続ける事を決して止めない。

 何故ならそれが――

 

「そうだ。絶対にならなければならない――」

 

 ああ、我ながら何と愚かで、救いようの無い男なのだろう。

 何があっても正義の味方になる――そんな狂気とすら呼べる信念を抱き続けて進むなど、どう考えても破綻している。

 だが、それこそがエミヤシロウだった。

 何故ならそれが――

 

「――何故ならそれが、お前にとって唯一の感情だからだ!」

 

 振りかぶられた右の白刃を、あえて刀で受け止めた。

 続くもう一方からの黒い剣撃も、同じく刀で受け止める。

 互いの黒白が交互に鍔迫り合った。干将は相手の莫耶を、莫耶は相手の干将に食らい付き、太極のように刃を噛み合う。

 その中で、目の前の愚者に向けてアーチャーは言った。

 

「お前の根底にあるのは所詮、植え付けられた偽物の感情だ。衛宮切嗣がお前を助け、その時の顔があまりにも幸せそうだったから、自分もそうなりたいと思った。『誰かを救いたい』というのは、そこから派生した後付けの感情に過ぎん。だからこそ、お前は自分が救うべきが本当は何なのかすら分かっていない。そんな奴が正義の味方になりたいなど、筋違いにも程がある!!」

 

 罵倒は自身にも向けていた。矛盾した理想の中で生き、死んでいったエミヤシロウ――それを真に捉えた言葉だった。

 救いたいから救い、助けたいから助ける。考えて見れば身勝手な話だ。傍から見れば傲慢ですらある。

 たとえその思いが本物であったとしても、自己犠牲と自己満足で振り回される正義が、正しい訳がない。

 滅びに向かうのは当然の帰結だった。

 

「……ああそうだ。俺の理想は矛盾している」

 

 士郎が言った。だがその目は決して死んでいない。

 この期に及んでも尚、前に進む事を諦めずにいた。

 

「でも美しいと思ったんだ。俺を助けた切嗣の、あの幸せそうな顔が。誰かを救えたと感じた時の、あの満足そうな表情が、綺麗だって思ったんだ。

 偽善でもいい。ニセモノだって構わない。でもその理想の根底にある『誰かを救いたい』という気持ちは、絶対に間違いなんかじゃない筈だ!!」

 

「貴様――」

 

「たとえお前が何度俺の前に立ち塞がっても、俺は抗ってやる。偽物の正義でも何かが掴めると証明してやる。たった一人でも、たった一日でも誰かを救えるのなら、俺はそれに全力を尽くす。それが俺の正義だと言い続けてやる!」

 

 それは魂の叫びだった。どれだけの絶望を見せられても、どれだけの悲劇を味わされても、決して砕けぬ鉄の意思。

 やはり、この男には掛ける言葉など不要であった。

 

「……ッ!! 知った風なことを!!」

 

 まるで古い鏡だ――アーチャーは思う。志が砕ける前、確かに自分もこうであったと。

 だがそれこそが過ち、それこそが禍根だった。たとえ夢の様に清く美しい理想であっても、それが間違いでなかったとしても、その行いが決して良い結果を生むとは限らない。

 正しさを積み重ねたからこそ起きてしまう悪夢も、この世には確かに存在するのだ。

 

 だが、そうだとしても――

 

 咄嗟に言葉を詰まらせたが、アーチャーの行動は速かった。勢いを緩め、あえて均衡を保っていた刃に再び力を込めると、士郎が作った出来損ないの干将莫邪に引導を渡す。

 武器を失い、少年の身体が再びよろめく。身を守る術が無くなった今、丸裸になった目の前の首を一文字に切り裂けば、それで詰みだ。

 

「散れ!」

 

 これで終わる。

 そう確信した時、アーチャーの内側に突如大きな変化が訪れた。

 令呪を通してマスターから供給されていた魔力――どういう訳かそれが、ある瞬間を境に全て途絶されたのだ。

 別空間にいる二人には知る由も無かったが、外の世界ではこの時、マスターだった言峰綺礼がセイバーによって右腕を切断され、腕に宿った令呪ごと契約を無効にされていた。

 本来なら『単独行動』のスキルによって、マスター不在でもある程度の余力を保っていられるアーチャーだが、宝具の展開中となれば話は変わる。今までマスターを通じて肩代わりされていた膨大な量の魔力消費が一気に本人へとのしかかり、彼は思わず動きを止めてしまっていた。

 

「チッ……!! あのエセ神父め、肝心な時に……!!」

 

 苛立ちが募る。ようやく悲願が達成されようという大一番でこの失態。まるで運命そのものが衛宮士郎に寄り添い、味方しているとしか思えなかった。

 だがそれがどうした。この程度の不運で大勢は覆りはしない。突き刺した脇腹の傷と消耗で、相手の動きは鈍い。自分の絶対的有利は揺るがない筈だ。

 そう思い直し、再びアーチャーが剣を構えると、何かがおかしいことに気が付いた。

 ついさっきまで、士郎の身体に巻き付いていたイリヤスフィールの髪が、どこにもない。

 

 一体なぜ?

 

 アーチャーの胸に一瞬の疑念が生まれる。単に力を使い果たして解けたのか、あるいは回復や魔力供給の他にも何か能力を持っていたのか。

 そんな思考の間隙をまるで狙い打ったように、弓兵の背後を鋭い何かが唐突に襲い掛かった。

 

「ッ!! 何だ――!?」

 

 居る筈のない第三者からの攻撃に、さしものサーヴァントも泡を食う。

 振り返るとそこには、銀髪を編んで作られた一羽の猛禽類が、悠然と羽ばたいて宙に浮かんでいた。

 魔術の鳥は明らかに錬金術によって作られていた。とは言え、それが衛宮士郎の仕業である筈がない。恐らくは治癒や魔力供給を施した後は士郎の援護に回るよう、イリヤスフィールがあらかじめ複数の術式が仕込んでおいたのだろう。

 

 元は敵同士だった筈の少女が、まさかここまで士郎に肩入れするとは。

 事の顛末を知らぬアーチャーには理解できないのも無理はなかった。イリヤスフィールが作った士郎への借りは、彼女の死後に生まれたもの。穢土転生によって再びこの世に這い出て来なければ、決して施されなかった恩恵だ。

 だがそんな事はこの弓兵の知ったことではない。今はただ、己が本懐を遂げる絶好の機会に二度も水を差された事が、何よりも我慢ならなかった。

 

「小細工風情が!邪魔をするなァ!!」

 

 刀を振り抜き、予期せぬ邪魔者を一瞬にして斬り刻む。いかに自立行動とは言え、サーヴァントの攻撃を捌き凌ぐほどの能力は無い。白銀の猛禽は一撃にして分解し、そのまま銀髪の束へと還っていった。

 これでもう邪魔者は居ない。後は本来の目的に立ち返り、衛宮士郎を撫で斬りにするだけ――

 息を整え、改めてアーチャーが士郎の方へと向き直る。

 が、既にその時点で勝敗は決していた。

 アーチャーが目を離した一瞬の隙を付き、士郎は残った最後の魔力で莫邪一本だけを強引に投影すると、その刃先を既に彼の心臓めがけて猛然と突き出していた。

 

「しまっ――」

 

 回避など望むべくもなかった。まるで吸い込まれるように白刃が、赤い騎士の胸板を心臓もろとも貫通する。

 あり得ない話だった。絶対的に有利だったこの状況で、半人前の魔術師一人に敗れるなど、天地がひっくり返っても成し得ない事だ。

 いや――思えばこの男は一人ではなかった。外で他の敵と戦っているセイバーや遠坂凛、礼装を手渡したイリヤスフィールと、一度は身柄を守ったアサシン。過程や事情はどうであれ、様々な人間が衛宮士郎に加勢し、この結果に至るまでの力を与えていた。

 対する自分は今や一人――いかに策謀を練り、全てを欺いて辿り着く必要があったのだとしても、立っている場所が孤独である事に変わりはない。

 両者の運命を分けたのは、そういった他者がもたらした力の積み重ねだった。

 

「俺の勝ちだ。アーチャー」

 

 士郎が告げる。限界を超えた身体は傷にまみれ、数分どころか数秒後さえ立っていられるかも怪しいが、それでも己の勝ちを確信していた。

 

「ああ……まさか、私が敗れるとはな」

 

 アーチャーもまた真っ直ぐ前を見据えて言った。

 悔いが全く無いと言えば嘘になる。己に対する忸怩たる思いは、未だ胸中に澱のように堆積している。

 だが自身が敗北した事については、自分でもいくらか納得していた。

 

 この男が勝てたのは、誰かを助けたからだ――セイバーを、遠坂凛を、イリヤスフィールを助け、自分の持てる力を他人を救うために使ったからだ。

 それがいずれ破滅の道に繋がるとしても、人々が助け合うことで得られる力という物が存在する事もまた、紛れもない事実だ。

 

「だが心しておけ衛宮士郎。今の道を進み続ければ、お前はいつか必ずオレになる。それを努々忘れない事だ」

 

 敗れた自分が最後に言える事があるとすれば、この半人前が少しでもマシな未来を辿れるように忠告してやることだけだ。

 核を失った霊基が肉体を維持できず、徐々に魔力へと散り始める。何度も繰り返してきた“後始末”の時と同じように、魂が座に還ろうとしていた。

 

「――ああ。分かってる。俺は絶対にお前になんかならない。そうならずに正義の味方であり続ける方法を、必ず見つけ出してやる」

 

 少年が頷く。絶望を知り、最悪を見つめた上で未来を目指し、己の信念に向けて歩み続ける。

 それは決して自分が求めていた最善の答えではなかったが、まずまずの回答だとアーチャーは最期に思うことにした。

 

 ◇

 

 視界がぐにゃりと歪んだかと思うと、剣の原野は幻のように消え去り、周囲の風景はたちまち夜の石段へと戻っていった。

 勝った――いくつもの偶然と手助けが重なり合った結果、理想を否定し、己を殺すことでしか罪を贖えないと絶望していたエミヤシロウは敗れて消えた。

 だが士郎には彼の全てを否定する事はできなかった。“正義の味方”という名の修羅道を歩み、理想に殉じた末に多くの業を背負ったアーチャーの無念も、過去に戻って己を殺そうという決意も、痛いほどによく分かる。

 だからこそ背負って行こうと思った。たとえ紛いモノであっても、偽物の理想であっても、その美しさを抱き、己ができる限りの力を尽くしていこうと。

 そう思った矢先、士郎は不意に周囲の景色が大きく変化している事に気が付いた。

 どういう訳かいくつもの巨大な岩石が、山肌のあちこちを樹木もろとも大きく抉っており、美しかった寺や石段の風景をまるで一変させていた。

 もしアーチャーの宝具で別空間に移動していなかったら、きっとお互いに戦うどころではなかっただろう。

 柳洞寺が負っているダメージは、それほどまでに壊滅的かつ深刻だった。

 

「なんなんだよ……これ……?」

 

 思い当たる節があるとすれば、空に見えていたあの巨大な隕石だが、あれがそのまま降ってきたのなら、今ごろ冬木の街は跡形もなく木っ端微塵になっているはずだ。

 ならば自分たちがあの空間で戦っている間に、一体何があったのだろうか?

 満身創痍の傷と訳の分からない状況で頭を悩ませる士郎をあざ笑うように、上階から再び破壊の気配を感じた。

 見上げるとそこには、自分たちが繰り広げられていた戦いが、まるで遊びに思えるほどの凄まじい戦闘が繰り広げられていた。

 

  

 

 ◇

 

 

 敵の攻撃から、嘘のように荒さが消えていた。

 最初は出鱈目に飛び出すだけだった武器の群れも、今では狙い澄ましたように動きに合わせて飛来する。撃ち出される場所も本体の背後のみならず、周辺の空間や本体から遠く離れた場所など、多種多様に用いるようになってきた。

 本気になったというのも、あながち嘘ではないらしい。

 

 面白い――面倒な手間をいくら踏まされたが、戦いとはやはりこうでなくては。

 口端を愉快さで曲げ、マダラは纏っている須佐之乎に歩を命じた。巨大な脚部が半壊した境内を更に踏み砕き、黄金船に向かって手を伸ばす。

 巨人の五指は網の如く空気を巻き取り、そのまま船を掴むかに思われたが、直前でにわかに空を切った。アーチャーが舵を操作し、腕の届かぬ安全圏まで速やかに船を離脱させたからだ。

 そして返礼とばかりに降り注いでくる魔槍宝剣名斧の雨霰。いずれも須佐之乎を貫通する程の威力は無いが、鬱陶しい事に変わりは無い。

 

「……やはり的が小さい分、狙うのも難しいか」

 

 完成体となった須佐之乎の全長は、二十メートルを超えている。対して操縦者を含めても二、三人乗るのがせいぜいであるアーチャーの船は、マダラにしてみれば宙を舞う落ち葉か、あるいは不快な羽音を立てる小蠅も同然だ。

 その後も何度か腕を振り回して捕まえようと試みるものの、返ってくるのは虚空を切る手応えと鬱陶しい反撃ばかりで、まるで効果が無い。

 埒が明かないと考えたマダラは、瞳に宿った術を再び発動させた。

 

「――地爆天星」

 

 両目の輪廻眼が妖しく輝き、魔力で作られた黒い球体を夜空の一点へと放出する。程なくしてそれは自らを中心とした強力な重力場が形成すると、周囲に存在するあらゆるものを吸い寄せ始めた。

 いかに空中を自在に泳ぐ事が出来ようと、重力に抗う術はない――マダラの狙い通り、宙に浮んだアーチャーの宝具船もまた、みるみるうちに漆黒の球体へと誘引されていった。

 

「猪口才な……」

 

 断りもなく王を招き寄せる行為に腹が立ったのか、アーチャーは小さく舌を打つと、背後の空間から突き出た宝具のうちの何挺かを、黒玉に向けて容赦なく射出した。

 引力のおかげで細かい狙いを付ける必要もなく、大雑把な軌道で飛び出していった剣や槍は、そのまま半自動的に玉の方へと吸い寄せられていく。

 果たして、まるで巨大な針山の如く武器の串刺しとなった重力核はその破壊力に耐え切れず、脆くも崩れ去る結果となった。

 

「……フン」

 

 黒玉が砕け、崩壊していく様を一瞥し、さもつまらなそうにアーチャーが鼻を鳴らす。敵方の策を一瞬で踏み潰したという事実も、王の力を持ってすれば出来て当然。むしろこのような些事に自らの意識を割かねばならぬ事の方が、腹立たしいと言わんばかりである。

 しかし何はともあれ、無礼千万な真似をする障害物はこれで消え去った。後は王を侮辱し、邪魔立てする無礼者を始末するだけだ。

 鬼気と戦気を更に滾らせ、弓兵が改めて眼下の巨人へと意識を戻そうとしたその刹那――すとん、と黄金船の上に、何かが降り立つような軽い着地音が響いた。

 本来あり得ぬ乗船者に、深紅の双眸が驚愕を帯びる。

 音の正体――それは全身に纏っていた須佐之乎を解除したマダラが、果敢にもアーチャーの船にその身一つで乗り込んで来た音だった。

 予想外だった。まさか矛と鎧を兼任する宝具を自ら脱ぎ捨て、王が鎮座する天上の船にあえて降り立つとは、一体誰が予想できただろう。

 遠距離戦では埒が明かない状況とは言え、身を守る術を捨ててまで直接攻めに転じるとは、狂気じみているにも程がある。

 

「痴れ者が!! 雑種風情が我が宝物に脚を乗せるかァ!!」

 

 烈火の罵声を引き鉄に、アーチャーが怨敵めがけて武器を放った。同時に船の速度と機動力を最大まで引き上げ、無断乗船の無礼者を振り落としに掛かる。

 相手が凡百の英霊ならそれで事足りただろう。音速を超えて上下左右に暴れる狂う飛行船の上で、飛来する幾つもの火線を潜り抜ける事など、土台不可能に近い。

 だが不運な事に不安定な場所での肉弾戦においては、マダラの方に圧倒的な分があった。

 

「ぬぐぅッ……!?」

 

 多方面から躍りかかる武器の群れを持ち前の動体視力と体捌きで難なく躱すと、マダラは悠々と操縦席の前まで到達し、腰掛けたアーチャーの顔面を容赦なく殴りつけた。天地が何度も逆転し、ある時は垂直落下すら敢行している船の上で、そのフットワークの軽さはあまりにも異常だ。

 アーチャーも腕を伸ばして懸命に反撃をしようとはするものの、不規則に暴れ回る船上では座っているだけで精一杯な上、こうも密着していては下手な反撃は即自傷に繋がりかねない。

 一方で船上を機敏に動き回るマダラが船から落ちないのには理由があった。忍界に住まう忍は両足に魔力を集中させ、水上や絶壁を歩行する技術を持っている。その技術を応用すれば、たとえ天空を暴れ回る船の上だろうと振り落とされる事は決してない。

 つまりアーチャーが作り出したこの状況は、皮肉にもマダラにとって一方的に有利な展開でしかなかったのだ。

 

 咄嗟の判断が裏目に嵌まり顔面を滅多打ちにされたアーチャーを、トドメとばかりにマダラが掴み上げ、そのまま眼下の大地に向かって投げ飛ばす。

 いかに人外のサーヴァント、黄金を纏う英雄王と言えど、高度百メートル以上から叩き落とされれば、少なくとも致命傷は免れない。

 がしかし、結果としてその予想はあっさりと覆る事となった。

 

「む?」

 

 一度はマダラの身体を拘束し、空中へと放り投げた黄金の鎖――アーチャーの身体が地面に激突する寸前、突如としてあの宝具が地面から空間を割って飛び出してきたかと思うと、弓兵の身体を巻き取ってクッションとなり、落下の衝撃を完璧に防いでいた。

 

「……便利なものだな」

 

 まさか道具がひとりでに現れて持ち主の危機を助けるとは。アーチャーが持つ道具の利便性と器用さに、マダラが再び感心の声を上げる。

 一方で鎖から解かれて大地に立ち、鼻腔から流れた鮮血を手で拭ったアーチャーの顔はもはや殺気や憤怒すら超え、絶対零度の無表情としか言い現せない程になっていた。

 無理もない。英雄王を自称するアーチャーからすれば、己の船に土足で乗り込まれた挙句、顔面を滅茶苦茶に殴打された上で無理矢理船から引き摺り下ろされたのだ。王からすれば無礼千万どころの話ではない。

 たとえ下手人たるマダラの五体全てを灰燼に帰したとしても、決して怒りは収まらないだろう。

 だがそんな王の怒りも、戦いに勝てなければ全て敗者の戯言だ。

 憤怒と殺気を心に押し込め、アーチャーは様変わりした周囲の状況を一瞥する。

 夜空を暴れ回った飛行船はいつの間にかリングを移し、二人を柳洞寺から山を一つ降りた先にある穂群原学園のただ中にまで運んでいた。

 

「―――」

 

 自分たちの居場所を確認し、無表情から僅かに試案顔へと移ったアーチャーが、改めて上空を見上げる。

 操縦者を失った事で動きを止め、空中で静止した船と佇むマダラを思い切り睨み付けた後、彼は背後の空間から一枚の布を取り出した。

 一見してただの布切れのように見えるが、ひとたびその布を身体に纏った途端、まるで幻にでもなったかのように、アーチャーの全身が次の瞬間にはその場からすっと消え去っていた。

 どうやら今度は姿を隠す道具らしい。念のため写輪眼や魔力感知で周囲を捜索してみるものの、やはり敵の姿は見えてこない。

 魔力を用いた索敵能力にも耐性があるようだ。

 

「大口を叩いておきながら、まさか隠れるとはな。王を名乗る割には姑息なヤツだ」

 

 ダメ元で挑発を試みたが、こちらも引っかかる様子はまるで無い。

 冷静な判断力と殺意が、侮辱される怒りを上回ったらしかった。

 しばらく船上から周囲を警戒していると、相手の方から動きがあった。背後と側面と船の床から合計三挺――短槍と刀と長剣が、狙い澄ましたように三方向同時の突進を敢行する。

 

「フン」

 

 飛来する軌道を読んで即座に躱すと、今度は回避先の地点をぴたりと狙い撃った容赦ない追撃が飛んで来る。回避による自傷の可能性が消えた事で、攻撃する方向に遠慮する必要がなくなったからだ。

 足場の不利をいち早く悟ったマダラは奪った船をあっさり捨てて飛び降りた。無論、降り際に須佐之乎の腕で船体を掴み、握り潰す事も忘れない。

 落下の衝撃をもう片方の須佐之乎の腕で防いで着地すると、即応して足下と周囲の空間から幾つもの武器が飛び出して来た。外周の攻撃でこちらの動きを足止めしつつ、簡易形態の須佐之乎では防御できない二段構えの作戦だ。

 

 命を刈り取らんと殺到する武器たちを天道の斥力で弾き飛ばし、マダラは無人のグラウンドを駆けた。敵の居場所を探知する手段がない以上、下手にその場に居座り続けるのは得策ではない。

 目くらましの煙玉を放ち、近くにあった校舎の陰に身を潜める。須佐之乎を纏えば攻撃を気にする必要は無くなるが、雲隠れした敵を巨人の視点で探し出すのは、空の小船を捕まえる以上に骨が折れる。

 

 敵の狙いは間違いなく、魔力を最大まで収束させた乖離剣の一撃だろう。隕石を粉砕するだけの威力が至近距離で直撃すれば、いかに須佐之乎の防御であっても無事でいられるかは分からない。

 一発逆転を狙うなら妥当な判断だ。

 わざわざ姿を消したのも、消費した魔力をマスターに供給させ、安全かつより迅速にエネルギーを集中させるために違いない。

 

 望むところだ――相手がその気なら、真正面から叩き潰す方が戦い甲斐がある。

 特に普段から勝ち誇っている奴ならば、尚のこと良い。

 

 だがそう考えた直後、マダラはもう一つの可能性に気が付いた――それは隠れたアーチャーをこちらが警戒している隙に、本人は密かにこの場を離脱し、柳洞寺に戻るという可能性だ。

 そもそもアーチャーがマダラの相手をしていたのは、単にマダラが行く手を阻む障害として立ち塞がっていたからだ。もしそれを無人のまま足止め出来るとなれば、沸き立つ怒りを後回しにしてセイバーの元に戻るという可能性も、決してゼロではない。

 もしそうなった場合、マダラは存在しない敵の気配を警戒し、この場に隠れ続けるだけの案山子になり果てるだろう。そうしている間にも敵は悠々と学園から離脱し、あの女騎士の元に向かうに違いない。

 他の連中についてはどうでもいいが、二つ目の隕石を一撃で破壊してみせたセイバーの宝具には、少し興味がある。

 楽しめそうな相手を横取りされるのは、マダラとしては少々我慢ならなかった。

 

「……どうしたものか」

 

 残るか、あるいは離れるか――敵の動向と選択に考えを巡らせていると、背中を預けていた壁の方から耳障りな破壊音が響き渡った。

 危険を察知してその場を離れると、校舎の反対側から途方もなく巨大な板状の物体が勢いよく飛び出し、あろうことか建物全体を丸ごと串刺しにしていた。

 

「!!」

 

 今までアーチャーが飛ばしてきた武器のほとんどは人間か、あるいはそれに準ずる大きさの生物が使う事を想定した、ごくごく常識的なサイズだった。だが今回飛んできた武器は、明らかにその枠から逸脱していた。

 遠目から見ただけでもその刃渡りは実に二十メートル以上にもおよび、刀身と思しき表面には翡翠やエメラルドに似た緑色の鉱石が点々と散りばめられている。誰がどのようにして作ったのかは知らないが、少なくとも人間が製造したものでない事だけは確かだろう。さながら御伽噺に登場する巨人が使うような、まさに冗談めいた武具である。

 異世界人のマダラには知る由もない事だったが、この超巨大な剣は“千山斬り拓く翠の地平(イガリマ)”という銘で古代メソポタミア神話に登場する武器であり、真の能力を発揮すれば天地を文字通り切り裂く事すら可能になると言う神造兵器である。

 その圧倒的な破壊力に畏敬を込め、この剣は別名“斬山剣”とも呼ばれていた。

 

「面白い。燻り出すつもりか?」

 

 敵はどうやら建物を丸ごと破壊する事で、こちらの隠れ場所を潰す目論見らしい。

 しかし敵が尻尾を撒いて逃げるのではないかと危惧していたマダラとしては、この逆撃はむしろ好都合だった。

 

「影分身の術」

 

 印を結んで術を発動すると、魔力で作られたもう一人のマダラが隣に現れ、程なくして両者は素早く二手に分かれた。

 一方はバラバラに破壊された校舎の裏を回ってグラウンドの方へ向かい、もう一方は校庭の隅にある弓道場の方へと闇に紛れて進んでいく。

 互いが目的の地点に到着すると、手筈通りに行動を開始した。

 

「お望み通り出てきてやったぞ。そちらも姿を見せたらどうだ?」

 

 破壊された校舎を背に、分身のマダラが言った。両目を探索に強い写輪眼に変え、闇夜に潜んだアーチャーの気配を少しでも見極めようと視線を動かす。

 だがその堂々たる宣言も空しく、返って来たのは先ほどと同じ、四方八方からなる武器の照射だった。

 

「……まあいい。そちらがその気なら、俺もお前を炙り出すまでだ」

 

 マダラは上半身だけ展開していた須佐之乎の身体を、そのまま両足も含めた全身にまで拡張した。とは言え魔力を本体と二分割している影分身では、完成体までには拡張できず、二面四腕の第二形態までだったが、問題はない。

 重要なのは、防御の及ばない足元から攻撃される不安を無くす事だったからだ。

 

「火遁・龍焔業歌」

 

 須佐之乎の腕が印を結び、魔力によって生成された火炎弾をマダラが幾つも口から吐き出した。着弾する度に爆炎を巻き上げ、辺り一面を焼きつくす炎の嵐は、まるで戦場の空爆さながらだ。

 周囲からひっきりなしに襲い来る攻撃を分厚い防御で捌きつつ、マダラは学園のあらゆる場所へと火炎弾を放った。消火する人員も消防に通報する人間も居る筈がなく、炎はあっという間に半壊した校舎だけでなく、無事だった体育館や校庭に生えた樹木などを包み込み、なおも野放図に燃え広がっていく。

 

「これで少しは見やすくなったな」

 

 姿が消える直前、アーチャーは布のような道具を身体に纏っていた。逆に言えば姿を消している間は、あの布を常に身に着け続ける必要がある。

 この程度の炎でサーヴァントが焼け死ぬとは思わないが、これだけ周囲が燃えている状況の中、布を被って悠長に隠れ続ける事など出来はしない。加えて炎で揺らめいた空気を乖離剣に溜め込むとなれば、その特徴的な大気の流れは、必ず写輪眼の目に留まる。

 姿を見つけるチャンスはきっとある筈だ。

 

「さて英雄王。ここでお前はどう動く?」

 

 陽動役の分身が学園を燃やし尽くす様を、本体のマダラも火の手が回っていない弓道場の屋根から眺め、そこから読み取れる情報を元にアーチャーの居場所を探っていた。

 この状況で隠れられる場所は決して多くない。現に炎が敷地のあちこちに広がり始めたあたりから、分身を狙っていた攻撃が急激に勢いを失っている。恐らくは炎の被害から逃れる事を優先したせいだろう。

 

 更にじっと観察を続けると、ついに燃え盛る炎が不自然な形で歪み、吸い込まれるように空気が渦巻いている箇所を写輪眼が捉える事に成功した。

 

 見えた――宝具で自分の姿や魔力の気配を隠すことは出来ても、やはり大気の動きまでは覆い隠す事はできないようだ。

 炎をばら撒く分身を消し、屋根から降りたマダラは須佐之乎を纏って敵へと走った。途中、燃え盛る校舎に突き刺さり、放置された敵の大剣を拝借すると、その刀身に須佐之乎の魔力を纏わせる。

 人間が扱うにはどう考えても大き過ぎる代物なのだが、皮肉なことに須佐之乎にとっては実にしっくりくる大きさだった。

 

「勝負だ」

 

 大剣を振り上げ、一刀のもと叩き潰す構えを取る。須佐之乎の魔力を存分に纏った斬山剣の破壊力は、間違いなく人知を超えた一撃となろう。

 対するアーチャーもまた、神秘の迷彩を剥ぎ取り、魔力と大気を存分に蓄えさせた乖離剣に再始動を命じた。

 

「良かろう。この滅び、甘んじてその愚体で受け止めよ!――天地乖離す開闢の星()!!!!」

 

 果たして無人の学園で繰り広げられた破壊の激突は、周囲の環境全てを巻き込んだ大災害へと変貌していった。

 

 

 ◇

 

 

 仲間より一足先に勝利を手にした衛宮士郎は、運よく倒壊を免れていた寺の離れで応急処置を行っていた。

 戸棚の中から備え付けの薬箱を首尾よく見つけると、包帯やら消毒液やらを取り出して負傷した各々の傷口に施していく。

 本当ならすぐにでもセイバーや遠坂の応援に駆け付けたい所なのだが、碌な魔力も残っておらず、ただ歩き回るだけでも全身に激痛が走るような今の状態では、かえって足手まといになりかねない。

 悔しいが、傷の痛みが和らぐまではここでじっとしている他はなさそうだ。

 どこまでも無力な自分を呪いつつ、血まみれになった脇腹を濡らしたタオルで抑えていると、不意に足元の地面が大きく揺れた。

 

「うぉ!? こ、今度はなんだっ……!?」

 

 まるで大地が丸ごと震え上がっているかのような揺れは、自然に起こる地震とは違い、どこか破壊の気配を纏っている。

 痛みに呻きつつ急いで離れの外に出ると、震源はどうやら寺の奥ではなく、山の下――もっと言えば自分たちが普段通っている学園の方角だった。

 

「なんなんだ……? 一体何がどうなってんだ……?」

 

 最初に戦いを始めたせいか、士郎は他の状況をほとんど何も知らなかった。辛うじて分かるのは敷地の奥にある庭の方でセイバーたちが戦っている事くらいで、一緒に来たはずのアサシンや、二人目のアーチャーの所在についてはまるで分らない。

 何か危険な予感を覚えつつ、士郎は再び境内を抜けて山門の入口から山の下の方を覗き見た。

 そして揺れの原因となっている人知を超えた光景に、思わず言葉を失ってしまった。

 

 ◇

 

 激突する二撃は、まさに神話で語られる破壊そのものだった。

 空気を捩じり、圧迫させ、鬩ぎ合うエアの暴風が、山すら切り裂く神の大剣を抑え、その威力を見事に拮抗させている。

 時折、宝具の鍔迫り合いから僅かに逸れ、側面や後方へと流れていった空気や魔力は、周辺にある物体や地形を容赦なく蹂躙し、未だ燃えて残っている校舎の残骸や設備などをまとめて彼方に吹き飛ばしている。

 まるで自分たちの勝負を邪魔する事など、一切許さないと言わんばかりだ。

 

「いいぞ……いいぞいいぞ!! これぞ待ち望んでいた戦いだ!!」

 

 途方もない破壊の真っ只中に立ちながら、マダラは歓喜で身を震わせ叫んでいた。全力の須佐之乎を出してなお押し返す力を持った相手は、柱間を除けばまだ数える程しか出会った事がない。

 横柄極まりない性格は脇に置いたとしても、この英雄王を名乗る弓兵の実力は、間違いなくこの聖杯戦争で一番だった。

 

「もっとだ。もっと本気を出せ!! まだ舞えるんだろう? その力、俺にもっと見せてみろ!!」

 

 大剣を押し返す風圧を肌で感じながら、マダラは更に須佐之乎に魔力を収束させた。幸いにしてこちらの魔力は出せば出すだけ湧いてくる。今までのマスターなら三分と持たずに魔力と命が尽き果てる所だったが、穢土転生で蘇らせたイリヤスフィールは一味違う。契約者の命や魔力の消耗を一切気にすることなく、文字通り魔力を湯水のように注ぐことが可能だった。

 

「雑種風情がぁ……調子に乗るなァ!!」

 

 威力の拮抗を続ける乖離剣を握り締め、アーチャーが吠えた。直後、背後の空間から豪奢な拵えの杖が何本も飛び出し、内部に蓄えていた魔力の全てを乖離剣へと分け与えた。マダラがイリヤスフィールから魔力を引き出したのと同じように、アーチャーも貯蔵している宝具の中からありったけの魔力やら威力を高める魔術やらを呼び込んでいるのだ。

 互いに追加のエネルギーを供給し合った所で、競り合いの威力は更に増した。それに伴って漏れ出た破壊の余波は周辺の大地を容赦なく抉り、学校の裏手にあった雑木林や裏山の一部すら吹き飛ばすまでに至っている。最後にどうなっているのかは、まさに神のみぞが知る所だ。

 そんな被害など気にも留めず、マダラが更にもう一声とダメ押しの魔力を注ごうとしたその時、須佐之乎の身体が、まるで何者かに横から押し出されたように僅かに横に傾いた。

 異常を感じた部分に目をやると、須佐之乎の脚部――人間で言えばちょうど足首に当たる部分を、アーチャーの武器が集中的に攻撃している。

 どうやら守りが手薄になった部分を狙って態勢を崩すつもりのようだ。

 

「フハハハハ!!! これで勝負は見えたな! 雑種!」

 

 バランスを崩し攻撃の軸が僅かにぶれた事で、乖離剣の暴風が一気に優位に立った。そのまま一気に押し切ろうと、射出を含めた全ての攻撃の規模が増す。

 一転して危機に追い込まれたマダラ――だが彼はこれしきの事態で動じるような男ではない。

 

圧迫(アトラス)!!」

 

 引き出した魔力の一部を使い、マダラがすかさず魔術を行使した。それは人間道によってキャスターから吸い取った知識と記憶からなる神代の魔術だった。

 

「何!?」

 

 魔術という予想だにしない攻撃にアーチャーが驚きの声を上げ、続いて須佐之乎と同じように身体をぐらりと斜めに傾けた。マダラが操る魔術によって周囲の重力を何倍にも増加され、攻撃に必要なバランスと姿勢を完全に崩された為だ。

 奇しくも似通った妨害によって、再び力関係は拮抗した。こうなった以上、あとはどれだけ燃料となる魔力を放出し続けられるかだが、現在のマダラは魔力面で言えばあらゆる部分でアーチャーに勝っている。決着は時間の問題だった。

 

「ぐっ……!! おのれ!おのれおのれおのれおのれェ!!」

 

 足が地面にめり込む程の重力を受けながらもなお、アーチャーは歯を食いしばって宝具を放ち続けたが、流石にその威力も魔力と共に徐々に弱まりつつある。

 押し切れる。マダラは咄嗟にそう判断したが、魔力以外の面において、こちらにも新たな問題が発生していた。

 須佐之乎を纏わせていたアーチャーの大剣――その刀身が宝具の威力に耐えきれず、徐々にひび割れ始めたのだ。

 奪った物とは言え、まさかこんな所でとは。

 宝具とは本来、使い手となる英霊が行使する事で最大の威力を発揮する武器である。持ち主でもない他人が気まぐれに拾った所で、十全の性能を発揮しないのは自然の道理だ。

 しかし武器そのものが持つ耐久力や質量は、持ち主の技量とは関係がない。そう考えて纏わせた武具だっただけにこの程度の威力に耐えられないとは、マダラからしてみれば拍子抜けもいい所だ。

 そんな呆れるような思いを他所に巨大な宝剣はそこから数秒と持たずに砕け散ると、その隙を最後の好機と見た乖離剣の一撃に、マダラは須佐之乎もろとも吹き飛ばされることとなった。

 

 ◇

 

 一方、思わぬ偶然と幸運によって宝具対決を制したアーチャーだったが、勝利のために支払った代償は決して安いものではなかった。

 まず最初に目についたのは、彼が纏っていた甲冑だ。境内でまみえた時はこれでもかと煌びやかな拵えを見せつけていた金色の鎧は、今では土埃を被った汚れた金属片として一面に転がり、もはや原型すら留めていない。

 次に乖離剣に魔力を注いでいた宝杖たちだが、こちらも蓄えていた力のほとんどを使い果たし、今ではただの棒きれの束と化している。再び魔力を充填すればいずれ力を取り戻す事もあるだろうが、熟練の魔術師が一生掛けてようやく一本分を溜められるかどうかという代物であり、完全な形で元に戻る算段はつきそうにない。

 そして最大の問題はアーチャーが最も信頼し、必殺の宝具として重用してきた乖離剣エアの峰に大きく亀裂が入っている事だった。

 

「おのれ……」

 

 アーチャーは大きく舌を打った。敵が侮れない力を持っているのは分かっていた。怒りで頭に血が上っていた事も認める。だがまさか自分がここまでの狼藉を許すとは。

 通常、神造兵装が戦いの中で破損するような事はまずあり得ない。星の内海より鍛えられし聖なる武具が、ヒトが作る凡百の武器に負ける道理がないからだ。

 しかし神造兵装同士がぶつかったとなれば話は変わる。マダラが魔力を纏わせた斬山剣もまた、星が生み出した神造兵装であり、それらがほとんど全力に近い形でぶつかり合った事で、両者の武具に深刻なダメージが発生していた。

 受けた被害を冷静に数え終わった後、破損した全ての武具をひとまず宝物庫に預けたアーチャーは、夜の静けさを取り戻した学校の敷地内をゆっくりと歩き出した。

 戦いの余波で壊れ果てたグラウンドを渡り、暴風で吹き飛ばされた瓦礫が乱在する校舎の跡地まで進むと、その一角に横たわっている男を見つける。

 衝撃で吹き飛ばされ、傷を負ったマダラだ。

 

「やはり生きていたか。雑種」

 

 さして驚くでもなくアーチャーが言った。互いに全力を出し尽くしてはいたものの、あの程度で敵が死ぬとは欠片も思っていなかった。

 

「おかげさまでな。危うく死ぬところだったが」

 

 くくっ、とマダラが喉の奥で皮肉っぽく笑ったが、彼の右腕は乖離剣の余波によって肘から先が無くなり、背中から胸にかけては細長い鉄の棒が血を滴らせながら突き出ている。どうやら背中の瓦礫に叩き付けられた際、飛び出ていた鉄筋が運悪く突き刺さってしまったらしい。

 敵を前にしてこの状態は致命的な痛手だった。

 

「その生き汚い悪運だけは大したものだが、それもここまでだ。今までの王に対する数々の非礼、その五体魂魄すべてを持ってしても支払い切れるものではないと知れ」

 

 その場から一歩下がりつつ、アーチャーが再び射出するための武器を周囲に展開した。趨勢は半ば決しているとしても、王を愚弄した敵に掛ける情けは一切ない。

 魔力で構成された肉体が消え去る限界まで痛めつけ、王に無礼を働いた事をたっぷりと後悔させるつもりだった。

 

「くくく……」

 

 冷静に怒るアーチャーを前に、再びマダラが笑い声を漏らした。まるで自分の方が勝っているのだと言わんばかりに。

 唐突に笑うマダラを見て、不愉快そうにアーチャーが眉を顰めた。

 

「……何を笑う。死を前にして気でも触れたか?」

 

「いや。ただお前がつくづくおめでたい奴だと思っただけだ」

 

 言い放った瞬間、マダラの両目が赤々と輝き、アーチャーに向けて幻術を放った。

 同時に残った右肘に須佐之乎を纏わせ、魔力の刃を敵へと伸ばす。五メートルもないこの距離なら、無防備な心臓を貫きさえすれば一瞬で決着が付く。

 だがそんなことは、アーチャーもとっくに承知の上だった。

 

「愚昧が。これしきの小細工、我が見抜けぬと思ったか!」

 

 幻術と奇襲をとうに見切っていたアーチャーが素早く距離を取ると、生き残っていた盾を全て展開して須佐之乎の刺突を防ぎ、左側にあったもう一つの瓦礫の山に目を向けた。

 そこにはクナイを構え、防御によって生まれた隙を狙い打とうと猛然と距離を詰めるもう一人のマダラの姿があった。

 

「天の鎖よ!!」

 

 アーチャーの叫びに応じた黄金の鎖が、再び地面から現出すると、あっという間にもう一人のマダラの身体を拘束した。分身マダラも咄嗟に須佐之乎を出して鎖を引き剥がそうとしたが、それより先に周囲を取り囲んだ武器の群れが、マダラを一斉に串刺しにしてその動きを黙らせた。

 

 捨て身の作戦も看破され、マダラの顔が僅かに苦くなる。分身は一度見せた手段なだけに、引っかかるかどうかは賭けだった。

 一方で渾身の作戦を素早く見抜き、適切に対処してみせたアーチャーの顔に再び余裕が生まれる。

 勝負はこれで決したかに見えた。

 

「つまらん小細工はもう終わりか? 多少の力を持った所で所詮は雑種。王に勝てる道理など無い」嘲笑うように鼻で笑うと、武器に突撃の合図を下そうと手を振るう。「せめて最期くらいは散り様で我を興じさせよ。雑――」

 

 それまで饒舌に語っていたアーチャーの言葉が、唐突に何かに遮られた。

 

 続いて口から盛大に血を吐き出すと、苦悶の嗚咽が続く。「がっ……!? ぐっ……!!」

 

 苦しみの原因は下にあった。アーチャーのちょうど真後ろに当たる地面――その中から魔力で形作られた青い刃が、アーチャーの心臓を背中から見事に貫いていた。

 

「油断したな。作れる分身が一つだけだと思って安心したか?」

 

 ぼこり、と眼下の地面を割って男が一人現れた。それは誘導した敵に必殺の王手を掛けるため、秘かに機会をうかがっていたマダラの本体だった。

 

「き、貴様……」

 

 再び血を吐き出しながら、アーチャーが苦悶の怨嗟を叫ぶ。

 マダラが魔力で分身を生み出せる事は、アーチャーも先程までの戦いで把握してはいた。故に負傷した敵と距離を取り、死角になりそうだった別の瓦礫の山を警戒していたのだ。

 しかしマダラが生み出せる分身が一体限りではない事と、それらを囮にした上でまさか本体が地面の中に潜んでいると見抜けなかった事が、彼の一番の敗因だった。

 

「幾分か手間は取らされたが、お前は予想以上に楽しめたぞ。まさかこんな手まで使わされるとは思わなかった」

 

 生前、自分が倒された時の事をマダラは思い出していた。

 戦友でありながら宿敵だった千手柱間との一騎打ち――あの時は長時間にわたる戦いの末にチャクラが切れ、写輪眼を維持できなくなったが故に敵の分身を見抜けずに負けた。

 事前に仕込んでおいたイザナギでどうにか生き残りはしたものの、負けたという事実が消えることはない。

 あの時負けたのは己の目を過信していた事に加え、油断していたからだ。自分が戦いを有利に運んでいるだろうという慢心が、己の負けに繋がった。

 だが今回は、奇しくも自分が分身を盾に敵の油断を誘う形となっていた。

 

「認めぬ……この英雄王が、斯様な……雑種ごときに……」

 

 この期に及んで尚も自分の負けを認めぬアーチャーだったが、現実はそれを否定するかのように彼の身体を徐々に霧散させ、最後は敗れた他のサーヴァントたちと同じように魔力の粒となって虚無の向こうへと消えていった。

 

「……最後まで諦めの悪い奴だ」

 

 残る魔力の最後の一片が消え去ってから、ぼそりとマダラが呟いた。逆転に次ぐ逆転の勝負は望外過ぎるほど楽しめたものの、あの往生際の悪さと傲慢さだけは如何ともし難い。

 もっとも、諦めが悪かった分それだけ楽しめたということもあるが。

 

「だが認めてやろう。この世界で戦った連中の中で、お前は一番骨のある奴だったぞ」

 

 最後にそれだけ言い放つと、マダラはもはや跡形も無くなった学園を離れ、再び柳洞寺へと戻っていった。




長らくお待たせしました。
また少しずつ書いていければと思います。
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