キャスターが最強のSHINOBIを召喚したそうです 作:ざるそば@きよし
時は僅かに遡る。
士郎がアーチャーとの戦いを制し、マダラとギルガメッシュが決戦の舞台を学園に移している頃、残る中庭では魔術師二名、サーヴァント一騎、代行者一名、聖杯一口の総勢五人による熾烈な混戦模様が繰り広げられていた。
「――ハァッ!!」
裂帛の一声を発しながら、セイバーが手にした聖剣を振るう。宝具を行使した影響で不可視の迷彩は解け、美麗な金拵えが薄い月明かりに輝く中、その鋭利な太刀筋は敵である神父の命運を断ち切るべく、情け容赦ない軌道で攻め立てていく。
「くっ……!!」
対する綺礼も残った左手で巧みに黒鍵を操り、襲い来る斬撃を防ぎ続けてはいる。だが右腕を失い、バランスを欠いた今の肉体では、功夫を使った果敢な攻めや捌きに転じる事は出来ず、ただただ一方的な防戦を強いられ続けていた。
一筋、二筋と剣が振られる度に手持ちの武器を破壊され、徐々に押し込まれていく綺礼。そんな様子を脅威と判断したのか、やや離れた場所でイリヤスフィールと凛の相手をしていた聖杯が、セイバーに向かって魔力を込めた右腕を軽く手振りした。
すると足下の泥溜まりから三条、魔力で作られた黒い触手が蛇のように鎌首をもたげたかと思うと、神父の命を狙う女騎士に向かって恐ろしい速度で殺到していった。
「ッ!? セイバー!!」
聞こえた凛の悲鳴を危機と受け取り、攻撃を中断したセイバーが急いでその場を離脱する。直後、入れ替わるように触手がその場に到達すると、寸前までセイバーが立っていた場所の一帯を、まるで熱を押し当てた飴細工のように跡形も無く溶解させていた。
まさに間一髪――もし今の攻撃が直撃していれば、セイバーの肉体は一瞬にして聖杯の泥に飲み込まれ、魂もろとも吸収されていただろう。
だが紙一重の危機を乗り切ったのも束の間、続けざまに驚くべき事が起こった。
地面に残っていた触手の一つが神父の身体にまとわり付いたかと思うと、セイバーに切断され、肘から先の無くなった彼の右腕を、まるで何事も無かったかのように再生させたのだ。
「う、腕が……」
目の前で起こった奇跡の如き現象に、セイバーをはじめとした他の誰もが唖然となる。一度触れれば何であろうと溶解する呪いの泥が、欠損した腕を復活させるとは誰も想像すらしていなかった。
「これは……」
思いがけない再生に驚きつつも、不敵な笑みで生えたばかりの右手で拳を作る綺礼。
どうやら聖杯が認めた物は例外なのか、呪いが身体を蝕むような事も無いらしい。
「流石は聖杯。これくらいの芸当は出来て当然という事か」
「何よそれ。メチャクチャじゃない……」
うんざりしたような声で凛が呟いた。失った肉体を粘土のように復元できるなら、場合によっては致命傷を与えても無駄という事もあり得る。もしそうなら、この男の相手をするのは完全に魔力と体力の無駄遣いだ。
だが無視しようにも元代行者の肩書きを持つ綺礼の戦闘力は、既に嫌と言うほど思い知らされている。少しでも油断すれば一瞬で間合いを詰められ、八極拳の暴力によって全身くまなく粉砕されるだろう。
厄介に厄介を重ね合わせたような状況に愕然とする凛に向かって、更にイリヤスフィールが言った。
「リン、それより気付いてる? アイツの力、さっきよりも強くなってるわ」
彼女が指したのは聖杯の事だ。実際、先程まで辛うじて対抗できていたイリヤスフィールの攻撃魔術も、ある時を境に力負けするようになり、今では凛の魔術と合わせても勢いを殺ぐのが精一杯になっている。敵の力が増大したのは明らかだった。
「……ええ。それにさっきまであんなに喧しかった後ろの方も、今じゃ嘘みたいに静まりかえってる。って言う事は」
「他の戦いに大きな動きがあったという事よ」
敗れたサーヴァントの魂は自動的に聖杯の中に回収される。聖杯の力が強まったと言う事はすなわち、他の場所で戦っていたサーヴァントのうちの誰かが倒されたという事に他ならない。
「アサシンはまだ生き残ってるの?」
「契約はまだ続いているわ。それにさっきから凄い量の魔力がひっきりなしに使われてる。今の身体じゃなければ、私でも何度か魔力切れを起こしてるくらいよ」
「そう……じゃあ片付いたのは士郎の方ね」
言いながら凛が複雑な顔を浮かべた。最後は敵に回ったアーチャーだが、それでも彼女にとっては相棒であり、いくらか好意を寄せている少年の行く末でもある。敵味方に別れたとは言え、倒されて素直に喜べるというものでは無い。
とは言え敵のサーヴァントが減ったというのは、純粋に喜ばしい事実だ。仮にアサシンが金色のアーチャーに倒されたとしても、十分な手傷を負わせた状態ならば、まだ戦いようがある。
だがそのためには、セイバーがこの戦いを大きな痛手を負わずに生き残る事が絶対条件だった。
「気をつけてセイバー。貴女は私と士郎にとって、最後の砦なんだから」
「ええ。分かっています」
改まった凜の言葉にセイバーも厳しい面持ちで頷く。難しい戦いを要求している事は承知しているが、もし出来なければ、仮に桜を助けられとしても全滅の憂き目に遭うだろう。
そうなってしまっては、何もかもが水の泡だ。
「――お喋りは終わりかね。なら先程の礼という訳では無いが、今度はこちらから行かせて貰おう」
傷が癒え、余裕を取り戻した綺礼が、再び夜の庭園を疾駆した。聖杯から与えられた魔力の影響か、はたまた極限の鍛錬が成せる技か、常人を遙かに超えた身体能力は音すら優に置いて去り、十分な距離を取っていた筈のセイバーの元へ一瞬の内に肉薄していく。
「……ッ!! やはり早い……ッ!!」
化け物じみた敵の速度に、セイバーも思わず舌を巻いた。
だがこちらも既に敵の動きには適応しつつある。密着の間合いにさえ気をつければ、勝機は十分に見い出せる筈だ。
雷光めいたスピードで突っ込んで来る神父に合わせ、セイバーが袈裟掛けに刃を繰り出した。自分から向かって来ている以上、止まって躱すには距離が足りず、避けるならば横への移動に頼るしかない。
果たして狙い通り、神父は直前に踏み込んだ右足で大地を強く踏みしめると、物理的にあり得ないほど強引な直角軌道で袈裟斬りを躱し、セイバーの背後に素早く回り込んだ。
右腕を引き、綺礼が殴打の姿勢を取る。防御の効かない背後からの一撃は、たとえサーヴァントであっても痛恨の一打となるだろう。
だがその動きこそ、セイバーが敵を討ち取らんと待ち望んでいたものだった。
「ハァッ!!」
振り返る際の遠心力を利用し、セイバーが横薙ぎに刃を振るった。姿勢の関係から右手一本での斬撃だが、遠心力が加わった一撃は、両手で振るった刃の威力にも引けを取らない。
いち早く間合いの不利を悟った綺礼も、それ以上は無理に踏み込まなかった。横薙ぎの刃が寸前で空を切り裂き、二人が一定の間合いで再び対峙する。
振り抜いた剣を油断なく構え直し、セイバーはもう一度互いの状況を確認した。
間合いの広さこそ剣のこちらが勝っているものの、相手には肉体再生という荒技がある。手足や胴体を狙うような中途半端な攻撃は、いくら当てた所で意味が無い。
ならば狙うべき箇所は頭部――いかに聖杯のもたらす再生力と言えど、千々に砕けた脳髄を丸ごと瞬時に復活させるのは流石に不可能な筈だ。
敵の頭に狙いを切り替え、セイバーが再び剣を振った。V字、Z字、X字――触れれば一瞬にして人体を破断する黄金色の剣線が、嵐となって襲いかかる。
普通の人間ならば、前に進むどころかその場に留まる事すら叶わぬ死の閃光の数々。だがそれらを相手にしてもなお、綺礼は一歩も引き下がらない。
復活した右腕と磨き上げた己の技術を十全に駆使すると、迫り来る剣撃を防ぎ、躱し、軌道を逸らしては的確に捌いていく。
己の頸を刎ね飛ばさんとする斬撃を防ぐため、綺礼の右腕が再び盾となって弾け飛んだ。
脳を貫通する刺突を回避すべく、神父の左手が代わって串刺しとなり、そのまま真っ二つに割り砕かれた。
だが次の瞬間には聖杯が寄越した泥が新たな血肉となって傷口を塞ぎ、次なる手足となってセイバーに反撃の拳を振るっていた。
「くッ……!!」
寄せては返す波のように破壊と再生を繰り返す綺礼の肉体に、徐々にセイバーの剣も鈍くなる。こうも一方的な消耗を強いられ続けては、いかにサーヴァントであっても息が続かないのは自明の理だ。
絡みつくような拳を追い払おうと、セイバーが大きな一撃を繰り出した。しかし苛立ちと焦りの交じった太刀筋は傍目からでも粗が目立ち、神父も決してそれを見逃しはしなかった。
付け入る隙を見出した綺礼が、ここぞとばかりに前に出た――首筋を狙う横一線を僅かに上体を逸らせただけで回避すると、ガードの空いた少女の胴体に自慢の鉄拳を滑り込ませる。 密着の間合いにさえ入ってしまえば、そこはもう八極拳の独壇場だった。
「しまっ――」
どかん、という拳打とは思えぬ爆発音。
魔力で編まれた頑強な鎧が一瞬にしてこぶし大に凹んだかと思うと、セイバーの小柄な身体が宙を舞い、そのまま庭園の向こう側まで凄まじい勢いで吹き飛ばされていった。
◇
「セイバー!!」
仲間の痛打に凛が悲痛な叫びを上げる。
いくら身体を再生できるとは言え、こうもあっさりと捨て身作戦で迫ってくるとは。
代行者であっても人は人だ。刃物で斬られれば血も流れるし、痛みも生じる。特に腕を何度も切断されたとあっては、感じるダメージは想像を絶するものの筈だ。
当人はさも平然とした顔で受け止めていたが、自分だったらとても耐えられない。
怪物とはまさにこのことだった。
「クソッ……いい加減にしなさいよ! このエセ神父ッ!!」
倒れた仲間を少しでも援護しようと、凛は聖杯に向かって撃ち込んでいたガンドの狙いを素早く綺礼へと変更した。
一撃の威力よりも連射力を重視させ、小規模なガンドを流し打つ。敵からしたら脅威にもならない豆鉄砲だが、セイバーが体勢を立て直して戻ってくるまで間、少しでも敵の注意を逸らさなければならない。
案の定、綺礼は飛んできたガンドを鬱陶しそうに両手で弾くと、じろりとした視線でこちらを睨む。
ひとまず意識を向けさせる事には成功したようだ。
続けて凛は呪いの力を最大にまで上げたガンドで綺礼を狙い撃った。そもそもガンドという魔術の特徴は、破壊力よりも当てた相手の体調を崩す事にある。単純なダメージを与えても効果が見込めないとなると、内側からじわじわと効いていくやり方の方がいい。
魔力から呪いの気配を察知したのか、綺礼も今度は下手に防御しようとはせず、回避に努めた。素早い動きと巧みなサイドステップでこちらの視界を撹乱し、安易に狙いを絞らせない。
敵にかすりもしないまま、あっという間に二十発を撃ち尽くす。一発一発にかなりの魔力を込めていたせいか、身体から少し力が抜けた。前日からの消耗と急激な魔力消費に肉体が悲鳴を上げ始めているのだ。
しかしそれでも攻撃を止めるわけにはいかない。吹き飛ばされたセイバーが戻ってくるまでは何としても綺礼をここで釘付けにしておかなければ。
だが、その判断が大きな命取りだった。
「リン!」
イリヤスフィールの叫びに弾かれ、慌てて凛が状況を見渡す。
すると十メートルもしない距離から、二本の黒い触手が凄まじい勢いでこちらに迫って来ていた。
攻撃が手薄になった事を理解した聖杯が、逆に隙だらけとなった凛を狙ってすかさず触手を差し向けてきたのだ。
「……やばッ!?」
セイバーをカバーする為に標的を変えたのが裏目に出た。仲間の守りに入ったつもりが、まんまと自分が無防備を晒す恰好になってしまった。
既に触手はすぐ側まで近づいている。躱すにしろ身を守るにしろ、今となっては距離が近過ぎてもう間に合わない。
(ダメか)
半ば諦めかけた凛の身体を泥が呑み込もうとするその刹那、脇から近づいてくる別の気配を感じた。
攻撃にいち早く気が付いたイリヤスフィールが、我が身を盾にするように再び触手と凛の間に割り込んで来ていたのだ。
「イリヤ!?」
驚きよりも先に呪詛で作られた死の触手が、焼き回しのように少女の身体を包み込む。
ばきり、ごきり、というおぞましい音。具現化した死と暴力の塊が、蘇った者を再びあの世に送り返そうと、躍起になって暴れ回る。
しかし一度死を乗り越えてしまった者に対しては、さしもの呪いも効果が無いようで、獲物を仕留めようと懸命に絡みつきはするものの、結局は内側から放たれたイリヤスフィールの魔術によって弾き飛ばされ、あっけなく消滅してしまった。
「あ、ありがとう。助かったわ」
生の安息でへたりこみそうになりながら凛が礼を述べた。一時は敵対関係ですらあった少女が、我が身を挺して自分を二度も守ってくれるとは、正直思ってもいなかった。
「油断しないで。私が死ぬ事はないけれど、身体が直るまではしばらく援護できないわ」
言葉通り、イリヤスフィールの身体は早くも再生を始めたが、明らかに一度目よりも治るスピードが遅い。どうやら損傷の度合いや何度も傷を受けた場合は、綺礼のように一瞬で全回復とはいかないらしい。
「まずいわね……」
そうこうしている間に標的を完全にセイバーから凛に変更した神父が、猛然とこちらに突っ込んで来た。セイバーが未だ戻らず、イリヤスフィールも再生から持ち直せていない今、しばらくは自分一人だけで敵を押さえ込まねばならないらしい。
押し潰されそうな不安と恐怖を気力でねじ伏せ、凛は残り少なくなってきた宝石を投げた。閃光の魔術を組み込んだオパールと、火炎の魔術を封じ込めたルビ-を。
片方は強烈な光で接近する者の視界を奪い、もう一方は魔力から生まれる炎で敵の前進の挫く効果がある。代行者相手に上手くいくとは思えないが、多少の足止め程度は期待したかった。
飛来する二色の宝石を前にしても、綺礼は恐れる事なく両腕で顔面を軽く覆い、突入を続行した。直後、破裂したルビーとオパールから凄まじい火炎の塊と閃光を全身に受けたが、脚色を一向に緩める様子は無く、猛然とこちらに驀進している。
流石にこの程度ではどうしようもない。
効果の見込めない宝石魔術に見切りをつけ、凛も八極拳の構えを取った。経験の長さや実力を考えれば絶望的な戦いではあるが、ここまで来たら腹を括るしかない。
懐に飛び込んできた綺礼が丸太のような右腕を振り抜いた。空気を切り裂く鋭い掌底。当たれば間違いなく死は免れない。
訓練で目にした何倍ものスピードで襲いかかる拳撃に対し、凛も経験に裏打ちされた己の勘を総動員した。一瞬だけ見える敵の予備動作の中から、次に来るであろう打撃の種類を分析し、素早く回避を試みる。
敵が防御を無視する威力を誇っている以上、躱し続ける事だけが生きる道だった。
腹部を狙って放たれた正拳突きを半身を捻ってスレスレで躱す。僅かに遅れて全身を撫でる暴風が、身体を粉砕される恐怖心を嫌が応にも撫で回す。
必殺の拳打をどうにか避けたのも束の間、今度は視界の外から恐ろしい何かが飛んで来る気配がした。
咄嗟に両足の筋力を魔術で強化し、バネ仕掛けの要領で後ろに飛んで回避する。何が襲って来るにしろ、当たれば無事では済まない。
放たれたのは、一打目が避けられる事を読んだ綺礼の凄まじい蹴り上げだ。ほぼ垂直に上げられた綺礼の脚が、凛の顔面を狙っていた事を告げている。己の勘を信じていなければ、今ごろ自分の頭は身体から千切れ、そこらの地面に転がっていた事だろう。
「ふむ。流石にある程度はこちらの動きも把握しているか。そういう所は実に優等生だな」
回避一辺倒とは言え、己の動きに付いてくる凛を感心したように綺礼が呟いた。嬉しくも何とも無い賞賛がいちいち癪に障ったが、今は言い返すだけの余裕も無い。
その後も嵐のような猛攻は続いた。ちょうど先程までのセイバーと綺礼を逆にしたような状況で、一撃で死に至る綺礼の攻撃を、凛がとにかく回避し続けるという恰好だ。
途中ちらりとイリヤスフィールの方を盗み見たが、傷こそ治って動いているものの、今は聖杯の相手するだけで手一杯という感じで、やはりこちらを援護できるような状況では無い。
むしろ凛が抜けた事で更に押され気味となり、途中何度も攻撃を受けながら反撃と再生を繰り返しているという有様だ。
陥ってしまったジリ貧の状況に凛が焦りを覚える中、吹き荒ぶような綺礼の八極拳に加え、いつの間にか数本の黒い触手が、拳撃の合間を縫って追撃に加わってきていた。
半ば本能に従って、凛は袖口に隠しておいたエメラルドを地面に叩き付けた。衝撃で魔術が発動し、圧縮された空気が爆風となって凛の身体を斜め後ろへと吹き飛ばす。おかげで触手と綺礼から一気に距離が取れた。
駄目押しとして、ありったけのガンドと残りの宝石を綺礼が居た方角に向かってとにかく投擲する。脚を止めさせ、先回りされる危険を僅かでも少なくするためだ。
一方、同じく宝石の爆風を間近で食らった綺礼だったが、こちらは強靱な両足でしっかりと大地を踏みしめ、吹き飛ばされる事を見事に阻止している。
続けて飛んで来た足止め攻撃も、分厚い両腕を壁にすることでしっかりガードする。様々な魔術によって顔以外のあらゆる箇所はズタズタにされたものの、追撃を諦めた泥が肉体を覆った事で瞬時に再生し、結果として身に纏っていた僧衣が半壊するだけで済んでいた。
「これもダメとなると、いよいよって奴ね」
敵のデタラメさに思わず心の声が漏れる。予想はしていたが、まさか人体を軽く持ち上げ、吹き飛ばす程の暴風と手持ちの攻撃の殆どを身体一つで耐えられるとは。
風による浮力も今は収まり、身体は落下を始めている。いかに魔術で筋力を強化しても、サーヴァントのように着地の勢いを完全に殺すような芸当は、凛には出来ない。
腕のガードを解いた綺礼が、落下を始めた凛を捉えようと脚を大きく踏み込んだ。同じく後ろで控えていた聖杯も、凛が着地するであろう地点めがけて泥を送り込む万全の体制を取っている。
対してこちらは身を挺して自分を庇ってくれたイリヤスフィールも、今は聖杯の攻撃を対処するだけで満足に動けない。
今度こそ終わるのか。
凛がそう思った矢先、今にも走り出す寸前だった綺礼が何かに気が付いたように動きを突如止め、その場から大きく真横に飛び避けた。
直後、背後から現れた黄金色の閃光が神父の居た場所を通り過ぎ、接近しつつあった泥の触手をあっという間に切り刻む。
そして凛が地面に落ちてくるのを、ふわりと優しく受け止めた。
「すみませんリン!遅くなりました!」
体勢を立て直したセイバーが言った。拳でひび割れた甲冑と土汚れにまみれた顔で、見た目は台無しになっていたが、両目に秘めた闘志が戦闘行為に支障は無い事を告げている。
まだまだやれるぞとばかりに凛をその場に降ろすと、素早く聖剣の切っ先を敵に突きつける。
安堵のあまり凛が思わず二度目のため息を吐いた。きわどい部分や運も味方したとは言え、死の時間を生き延びられた事に自分でも驚いていた。
改めて敵方を見直すと、綺礼はその場に立ち止まり、何やら思案の表情を見せている。恐らくはセイバーと凛とイリヤスフィールのうち、どれを最初に片付ればこちらの体勢が完全に崩れるかを考えているようだ。
真っ先に狙われるのは再び自分だろうと凛は感じた。同じ不死身の身体を持つイリヤスフィールをあえて積極的に狙う意味は薄く、かといってセイバーを先んじて討ち取るには自分から流れてくるかもしれない援護攻撃が邪魔になる。
ならば手始めに目障りな動きをする自分を始末し、残った連中は聖杯と共に各個撃破するというのが一番合理的なプランだろう。
考えを肯定するように綺礼の視線が凛に向いた。再び構えを取り、接近できる機会を油断の無い眼差しで窺っている。
やってみろ。私たちは微塵も負けるつもりはない。
狙い定めたかつての師を真っ直ぐ見据え、凛が同じく拳法の構えを取った時、聞き慣れた少年の声が聞こえた。
◇
「遠坂! セイバー! 大丈夫か!?」
声と一緒に現れたのは、山門で別れた士郎だった。命に別状はないようだが、見るも無惨な傷だらけの身体を、どこで施したかも分からない応急処置で誤魔化している。
見慣れた短剣を両手に握っていなければ、どこかの戦場から逃げてきた重傷者と言われても見分けが付かないだろう。
だがそんな姿であっても味方は味方であり、三人にとっては嬉しい合流だった。
「シロウ! 無事だったのですね!!」
元主の合流にセイバーも喜色の声を上げる。少年の無事を一番心配していたのは、間違いなく彼女だろう。
「ああ。何とかな」
言葉ではそう言うものの、士郎の姿は端から見てもボロボロだ。もしこれ以上の傷を負えば、すぐにでも息絶えてしまうかも知れないくらい瀕死と言っても良い。
しかし傷だらけの身体とは裏腹に、こちらもセイバーと同じく気力を漲らせた目は煌々と輝いている。間桐桜を助けたいという強い気持ちが、少年の身体を強引に動かし、この戦場に臨ませていた。
「それより遠坂、これはどういう状況なんだ? あっちのイリヤに似てる奴は何なんだ?」
後からやって来た士郎からすれば、今の状況はまさに混沌極まっていた。敵方に綺礼が居る所まで理解できたとしても、桜に埋め込まれた聖杯が意思を持ち、宿主の肉体を乗っ取って綺礼と一緒に襲い掛かって来ている――という状況を一目で理解するのは、ハッキリ言って困難の極みだ。
どこからどう説明したものか、当事者である凛もやや迷ったものの、とりあえず戦闘に関して重要な事だけを掻い摘まんで教えることにした。
「話すと長くなるから簡単にまとめるけど、あっちの女は桜の身体を乗っ取った聖杯の中身で、今は綺礼と組んでる敵なの。桜を助けるにはどうにかして、アイツを桜の身体から引っ剥がさないといけないのよ」
「マジかよ……」困惑と唖然の混ざった顔で呟いた後、士郎が再び尋ねた。「それで、どうすれば聖杯を引き剥がせるんだ?」
この質問には凛の代わりにイリヤスフィールが答えた。「たぶんサクラの身体に埋め込まれた私の心臓が、聖杯の人格と力を引き出す本体になってる筈よ。だからそれを壊すか、サクラから引き離せば――」
「桜の身体が元に戻るって?」
「予想では、だけどね」
イリヤスフィールがそう締めくくったが、その後に凛が言葉を付け足した。
「とは言っても、イリヤの心臓が身体のどこにあるかも分からないし、近づいて確かめようにも、今は体勢を立て直すのが精一杯って言うのが現状なんだけどね……」
埋め込んだと一口に言っても、移植された場所に本当に臓器があるとは限らない。魔術礼装として吸収されたのなら、物理的な場所の破壊に大きな意味は無く、無限にも等しい魔力を持っている以上、魔術的なガードはいくらでも可能な筈だ。
加えて今は、聖杯そのものが強力な敵となってこちらに襲いかかって来ている。救う救わない以前の問題として、これをどう対処するかが一番の問題だった。
「――よくここまで辿り着いたな、衛宮士郎。と言う事は、アーチャーは相打ちにもならず敗れたのだな」
三人の会話が終わったのを見計らった言峰綺礼が、どこか芝居がかった口調で言った。すっかり余裕を取り戻したその顔は、さっきよりもどこか楽しげだ。
「残念だ。せっかく過去の自分を殺した感想が聞けるものと思って手を差し伸べてやったと言うのに」
「……言峰!!」
言峰を鋭く睨み付けた士郎が忌々しげに歯を剥く。満身創痍の身体でなければ、今すぐにでも飛び掛かりそうな勢いだ。
「そう怒るな。私はただ、奴の望みが叶うよう少しばかり助力してやっただけの事。困っている人間に手を貸すのは、聖職者として当然の事だろう?」
「お前ェ……!!」
「やめなさい士郎。そんな身体のアンタが、綺礼と一人でやり合った所で勝てる訳ないわ。それより今は、桜と聖杯の方をどうにかするのが先決よ」
桜の名を出された事で、赤く染まっていた士郎の顔色にいくらか冷静さが戻った。少なくとも怒りに任せて無鉄砲に飛び出していく心配はなさそうだ。
がしかし、目の前に積まれた問題は依然として解決出来ていない。
手詰まりに陥っているのは、紛れもない事実だ。
「しかしどうにかって言われても、具体的に一体どうすれば……」
困ったように呟き、当てもなく視線を彷徨わせる士郎。だがしばらくすると、ふと何かに気が付いたように目を見開いた。
「なに?どうしたの士郎?」
「待てよ……ひょっとしたら……」
ぶつぶつ小声で呟きながら考え込んだかと思うと、近くに立っていたイリヤスフィールに向かって唐突に質問を投げかける。
「なあイリヤ。さっき山門でくれた髪の毛みたいに、俺に魔力を分けるのって、できるか?」
突拍子のない問いかけに少女の顔も困惑の色が宿したが、すぐに首を縦に振った。
「できるけど……一体何をするつもり?」
未だ意図が読めないにイリヤスフィールたちに向かって、士郎が真剣な面持ちで言った。
「考えがあるんだ。確証はないけど、上手くいけばそれで桜を助けられるかも知れない。だけどその為には、とにかく魔力が必要になる。だからイリヤが俺に魔力を分けてる間、二人は何とか言峰と聖杯を足止めしておいてくれ」
曖昧模糊で何とも出たとこ勝負な話だが、凛やセイバーが聖杯に対して有効な手立ては現状一つも持っていない。
ここは一つ士郎の考えとやらに乗っかってみるしかなさそうだ。
「分かりました。シロウ」
「……いいわ。言っとくけど、そこまで言って上手くいかなかったら承知しないんだからね!」
果敢に言い放ってから、凛とセイバーは再び綺礼と聖杯に向かって走り出した。サーヴァントであるセイバーは恐るべき神父へ、生身の人間である凛は妹の身体を奪った聖杯へ。
最後の戦いに決着を付けるために。