キャスターが最強のSHINOBIを召喚したそうです   作:ざるそば@きよし

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マダラは(結果的に)この世界の救世主になるようです②

 

 桜と聖杯がどんな状態にあるのか、観察するうちに何となく分かってきた。

 アレは一種のサーヴァントだ。依り代とマスターを兼ねた桜の身体を、外付けの聖杯が魔力で覆い、強引に主導権を奪っているに過ぎない。

 両者を繋げている魔術的な要因を取り除けば、二つは自然と別れる筈だ。

 魔術師としての技術や専門知識など、およそ持ち合わせていない士郎だったが、自分には裏技とも言えるとっておきの方法が一つだけあった。

 キャスターがアーチャーを奪うために使った短剣――令呪で結ばれたサーヴァント契約すら強引に解除できるあの宝具を投影する事が出来れば、桜と聖杯の繋がりを外側から断つことが出来る。

 未だに干将と莫耶しかまともに投影できた試しは無いが、何の手立ても無いよりはずっとマシだった。

 

「いいぞイリヤ。魔力を渡してくれ」

 

 士郎の言葉に応じ、後ろに立っていたイリヤスフィールが背中に手を添える。

 直後、少女の手のひらを通じて凄まじい量のエネルギーが、士郎の身体にどっと流れ込んで来た。

 

「うおっ……」

 

 供給された魔力の多さに、思わず目を丸くする。

 自分が持てる魔力の最大値を、仮にバケツいっぱいの水とするならば、イリヤスフィールは海だ。汲んでも汲んでも尽きようがない。

 おまけに魔力の質もすこぶる良く、魔術回路も全く拒否反応を起こさない。純粋なエネルギーとして補充するのに、これほど適した魔力は他に無かった。

 少女が持つ途方もないエネルギー量に一瞬目眩を覚えたものの、すぐさま気を取り直し、士郎は己が唯一得意とする魔術の詠唱を開始する。

 

投影、開始(トレースオン)――」

 

 呪文を呟き、身体にスイッチを入れる。カラカラに焼け付き、今にも崩壊寸前だった魔術回路が流れ込んできた魔力によって息を吹き返し、一人では到底不可能だった魔術を可能にさせていく。

 

「基本骨子――解明。構成材質――解明」

 

 異空間で繰り広げたアーチャーとの戦いは、士郎に大きな変化をもたらしていた。

 戦闘を介して流れ込んできたアーチャーの記憶と、無数の剣が突き刺さった大地――あれがエミヤシロウが生み出した心のカタチであり、同時に投影魔術の源となっているのなら、他ならぬ自分に同じ事が出来ない訳が無い。

 

「完成理念――収束。製作工程――再現」

 

 朧気に見た他人の記憶を思い出しながら、ソレの再現を試みる。必要なのは、裏切りの逸話(エッセンス)と歪に拗じ曲がった魔力(エネルギー)。そして祝福から反転した呪詛と、神々への反抗心(エピソード)

 魔術回路を動かす度、目の前に赤い背中がちらついた。背負ってきた痛みや悲しみなど欠片も見せず、己に課した使命と理想のために戦い続けた(エミヤシロウ)の背中が。

 

『――付いて来れるか?』

 

 背中越しに男が言う。

 冗談じゃない。既に勝っている自分が、今さら負ける事などあり得ない。

 目の前を歩くお前の背中など、一瞬の内に追い越してみせる。

 

身体は剣で出来ている(I am the bone of my sword)――」

 

 思い浮かべるは己の心――無限の剣を内包した世界でただ一人、それらを鍛え上げる自分の姿。

 手のひらに放出した魔力が徐々に形を成していく。心の内側に保存された刃の輪郭が、魔力によってこちら側へと生まれ落ちていく。

 

 もう少しだ。もう少し。

 

 集中を切らさないよう、絶えず気を配りながら魔力の出力を上げる。

 ここからが正念場だ。

 宝具を投影するのに最も重要な真髄と逸話の再現工程――ここをしくじれば、出来上がるのは宝具の外見だけを模倣した、ただのなまくら刀になる。

 もしそんな無様を見せようものなら、聖杯の座とやらに戻ったアーチャーが、あの気に喰わない笑みと一緒にいつもの皮肉を投げつけて来るだろう。

 

『ナイフ一本もロクに作れない男が、一体どうやって正義の味方を目指すんだ?』と。

 

 考えるだけでも頭にきた。この投影だけは、何が何でも失敗できない。

 背中越しに繋がった魔力回路を通じて、イリヤスフィールから更なる魔力を引き寄せる。自分の魔力量の限界を遙かに超えた要求だったにも関わらず、ホムンクルスの少女はいともあっさり応えて見せた。

 

 これならいける。

 

 注ぎ込む魔力量を限界いっぱいまで増大し、残る最後の仕上げに取りかかる。

 長く長く感じた魔力の放出が収まった時には、手の中でソレはもう完成していた。

 

「終わったの? それは……短剣?」

 

 完成の気配を察したイリヤスフィールが覗き込みながら尋ねる。

 士郎の手に握られていたのは、ギザギザにねじ曲がった歪な形状の短剣だった。

 

「これはキャスターが使ってた宝具なんだ。刺した相手にかかってる魔術とか結んでる契約なんかを、全部無かったことに出来る。キャスターが他のマスターからサーヴァントを奪ったりできたのも、こいつのおかげなんだ」

 

「じゃあ、それを使えば」

 

「ああ。上手くいけば聖杯と桜の魔術的な繋がりを消せるかもしれない。ただ、問題はどうやってこいつを聖杯に刺すかなんだが……」

 

 そこまで言って士郎は渋い顔をした。

 正直な所、瀕死一歩手前の身体を引きずって聖杯の前にたどり着くのは困難の極みだ。今はセイバーと凛がそれぞれ敵の注意を引いてくれているが、目の前まで近づけば嫌が応でも敵に気付かれる。

 誰かに役目を託そうにも、他の人間では宝具の力は開放できない。あくまでも武器の作り手である士郎が魔力を使い、真名を解放しなければ、複製であっても真の力は発揮できないのだ。

 難しいが、どうにか上手くやるしかない。

 決死の突撃を覚悟する士郎に、再びイリヤスフィールが言った。

 

「それなら任せて」

 

 少女がずいと前に出た。潤沢な魔力と瞬時に再生する己の髪を使い、何羽もの鳥の使い魔を作り出す。

 自ら露払いを買って出るつもりなのだ。

 

「今から私がシロウの盾になるわ。だからシロウは何も気にしないで、真っ直ぐサクラの所に行って」

 

 短くそう告げると、使い魔を引き連れた彼女が一足先に聖杯に向かって走り出す。

 存外に早いその走りには、一切の迷いが無い。

 進み続ける彼女に遅れを取らぬよう、士郎もすぐさま身体を引きずって駆け始めた。

 

 ◇

 

 身を守るだけで精一杯だった相手に『時間を稼いでこい』とは。まったく無茶を言ってくれる。

 だが不思議な事に無理だとは思わなかった。一度潜り抜けた死線なら、もう一度潜れない筈は無い。

 足早に聖杯へ接近すると、凛は準備しておいたガンドの狙いを定めた。

 銃口のように形作った右手の指先から、圧縮した魔力の弾丸を発射する。倒す事が目的ではないので、威力よりも連射力重視だ。

 合計十五発の弾丸が一度の掃射で飛んでいったが、相変わらず聖杯は防御の素振りすら見せない。代わりに周辺の大地を浸食していた魔力の泥が壁のように隆起して攻撃を遮り、主人に襲いかかる脅威を未然に防いでいた。

 

 強い――やはり正攻法で攻めた所で、どうこうできる相手じゃない。

 

 鉄壁のような敵のガードに軽く歯噛みはしたものの、凛は一つの事実に気が付いた。

 覚醒してからずっと、聖杯は今立っている場所から動く気配がないのだ。単調な攻撃であっても回避を試みるような事も無く、攻撃はもっぱら魔力の泥を撃ち放ったり、使い魔を作って差し向けるばかりだ。

 

 憶測だが、敵は桜の身体の全てを掌握している訳ではないのだ。あるいは無茶な支配で宿主が死なないよう、必要最低限の機能以外は支配を省いているのかもしれない。

 

 士郎の策がなんであれ、この事実はプラスに働くに違いなかった。少なくともこの土壇場で、標的にまんまと逃げられる心配は無い。

 それに敵が動かないというのなら、時間を稼ぐ方法もいくらか立てようがある。

 諦めるにはまだまだ早そうだ。

 

 ガンドが弾切れになったのを見計らい、敵が反撃に出た。触手と同じく泥で作られた影法師のような使い魔が音も無くこちらに近づくと、不気味な黒い腕を伸ばしてくる。

 当然ながらこれも、触れれば決してタダでは済まない。

 

 魔術で身体能力を強化しつつ、タイミングを合わせて凛が影の手を避けた。強力な呪いは恐ろしい事には違い無いが、当たらなければ意味は無い。

 それに音速を軽く超えていた綺礼の拳速に比べれば、敵が見せるどの動きも、大雑把で緩慢なものに感じる。

 落ち着いて挙動を見極めれば、対処は十分に可能だ。

 

 一発、二発と適度な距離を保ちつつ回避行動に専念していると、増援として黒い触手が二本、新たに攻勢に加わって来た。

 見た目に相応しくのた打つような蛇行軌道で接近すると、回避を狙う凛の軌道を潰すように先回りしてくる。

 挟み撃ちの形に持ち込み、確実に倒そうという魂胆だ。

 これが初見の連携なら間違いなくやられていただろう。だがこちらは既にその動きを身を持って経験している。

 同じ手を何度も食らう気はさらさら無かった。

 

「そんなのとっくにお見通しだっての!!」

 

 連携の穴を素早く見抜いた凛が、残しておいた宝石の一つを触手に向かって投げた。勢いよくぶつかったルビーが爆弾と見紛う威力で炸裂すると、触手たちの身体を火炎で丸ごと焼き尽くす。

 カバー役の味方を失った事で、完璧になる筈だった攻撃はごく単調なものへと成り下がった。伸びてきた腕を余裕を持って回避すると、返礼とばかりに右手に溜めておいたガンドの一撃を、影法師に向けてお見舞いする。

 ここぞという時のために備えておいた破壊力重視の弾丸が、影法師の頭――に見える部分を貫通する。肉体のない魔力だけの存在には効果が薄いかと思われたが、どうやら影にも弱点のようなものはあるらしく、打ち抜かれた影は徐々に崩れ、やがて元の泥に戻って消えてしまった。

 

 やった――さっきまで二人掛かりでも力負けしていた相手を、自分一人だけで押し返せた。

 我ながら偉業と言ってもいい戦果に思わずガッツポーズでもしたいところだったが、そうそう浮かれてもいられない。

 何しろ本命の敵には依然として手も足も出ないのだから。

 

 一方、手勢が倒されるというまさかの事態に、鉄面皮だった聖杯が僅かに反応を示した。

 軽く思案するように凛を見つめた後、失った手勢をすぐさま新たに出し直し、再びけしかけてくる。

 今度は影法師が二体、触手が三本だ。

 

「いいわ。やってやろうじゃないの」

 

 援軍は苦しいが、要領は分かった。後はいかにして相手の連携に穴を穿つかだ。

 前衛役を務める二体の影法師が互いを補い合う形で距離を詰めてきた。外側からは触手が三方の逃げ道を塞ぐように攻め立ててくる。

 流石に五体一という物量の差は、単身で覆すのは難しい。

 突き崩すには、もう一つか二つ工夫欲しい所だ。

 

 あらかじめ目星を付けておいた庭の一角に視線を向けると、凛はそこを目指して脇目も振らずに駆け出した。

 完全に敵から背を向け、逃げる形となった彼女の後ろを、五体の影が猛然と追いかける。

 

 しかし大きさの違い故か、触手と影法師とでは追って来る速度に差があった。三本の触手が競い合うような形で先導して凛を追いかけ、そこからやや遅れて影法師たちが後に続いていく。

 

 掛かった――目論見通りに敵が動いたのを確認し、凛が内心でほくそ笑む。

 

 影法師と触手が完全に分断される距離まで離れたのを確かめた後、凛は逃げる脚を止めて迎撃態勢に入った。

 追撃のために一直線に固まっていた触手に向かって、もう一度宝石を投げる。

 爆発。二本の触手が鮮やかな閃光によって砕け散ったが、最後尾にいた一本だけは前の二本が壁になったせいで破壊を免れた。

 そのままぐるりと迂回し、退路を塞ごうと後ろ手に回る触手。前には遅れて追いついてきた二体の影法師。

 再び挟み撃ちに持ち込まれた恰好だ。

 前方の影法師たちが腕を振り上げて襲いかかる。互いの隙を補い合った時間差攻撃は、生半可な回避や防御を許さない。

 よしんば上手く対処出来たとしても、背後に回った触手が僅かに伸びた最後の一手を詰めるだろう。

 迎撃を目論む凛を相手取るには、一見して完璧な布陣に見えた。

 しかし――

 

「そう来ると思ってたわよ!」

 

 誘発されて生まれた連携は、本人達が思っている以上に崩れるのも容易い。

 特に狙いが一つに定まっているとなれば尚更だ。

 凛は覚悟を決め、恐るべき漆黒の腕に向かって全速力で走り出した。

 襲いかかる一体目の脇を強化した脚力ですり抜けると、後ろで待ち構えていた二体目の腕に向かってガンドと宝石を投げ放つ。

 

 爆発。極彩色の爆炎によって片腕をもがれた二体目の影法師が、バランスを欠いてその場にくずおれる。

 体勢を崩し、身動きの取れなくなった頭に向かって、凛は再び溜めておいた威力重視のガンド弾を容赦なく放った。

 だだん、という銃声に似た二点射撃。

 頭を真っ直ぐに打ち抜かれ、ぐずぐずに溶けた影法師は動かなくなると、最初の奴と同じように元の魔力となって無へと散っていった。

 

 これで三体。

 

 すれ違う形でやり過ごした最初の影法師に向き直ると、敵は合流した最後の触手と共にこちらの出方を窺っていた。

 一気に味方を三体も失ったことで、向こうも慎重になっている。

 出来る事ならこの勢いで更なる攻勢に転じたい所だが、苦しいのはこちらも同じだ。家から持ってきた宝石の大半は既にここまでの戦いで使い切っており、残りはもう数える程しか残ってない。

 それにガンドやその他の魔術に回せる手持ちの魔力も、ぼちぼち限界だ。

 

 まだか。

 

 ちらりとセイバーの方を確認すると、向こうも神父とは付かず離れずの間合いを維持して時間を稼いでいるようだった。加えて防御と回避を中心にしているらしく、急ぎの援護が必要には見えない。

 そして庭の反対側では、イリヤスフィールを先頭にして士郎が聖杯に向かって猛然と走り出している。

 どうやら作戦の準備とやらは完了したらしい。

 

 何をするのかは知らないが、どうか上手くいってくれ。

 

 走ってくる二人の空気を遠くに感じながら、なるべく自分の闘いが長引くよう、凛は敵との対峙を続けた。

 

 ◇

 

 守りに専念すれば、不覚を取ることは無かった。

 確かに人間離れした素早い動きや再生力は脅威に違いないが、同じサーヴァントだと思えばどうと言うことは無い。条件が五分五分なら、下手に目測を見誤ることもない。

 自慢の拳法が通じなくなってきた神父の顔に、再び苛立ちや焦りの色が宿る。ここに来て両者の立場は、再び逆転したと言ってもいい。

 

 いかにも怒りに任せた一撃という風に、綺礼が大ぶりな右拳を振り抜いた。颶風が大げさなまでに顔を掠めた後、思わず手を出したくなる隙がちらついたが、セイバーは忠実に防御と回避を徹底する。

 すると案の定、一番手を出したくなるタイミングを狙って本命の左脚が飛び出してきた。

 

 先程までのように、一刻も早く首を取ろうと焦っていたなら引っ掛かり、或いは手痛い一撃を食らっていたかも知れない。

 だが改めて冷静さを取り戻したセイバーに、その手はもう通じなかった。

 

「……」

 

 先程までと明らかに違う状況に、綺礼も攻撃の手を止め、にわかに顔をしかめた。少し前まであれほど積極的に攻め立てていたセイバーが、いきなり守りに宗旨替えした事を不審に感じているのだ。

 数秒の沈黙が場に流れた後、探るような声で綺礼が尋ねた。

 

「さっきまでの勢いはどうしたのかね。守ってばかりでは私を倒すことは出来ないが?」

 

 あからさまな挑発。怒りでこちらの動きを釣り出し、密着の間合いに立たせたいという意思がありありと見える。

 あえて質問には答えず、セイバーは無言で剣を向けた。別の目的がある事は向こうもとっくに読んでいるだろうが構わない。

 時間稼ぎを任された以上、自分はこのまま敵の注意を引きつけ、士郎の策が成功するのを待つだけだ。

 

「……まあいい。何を企んでいるのかは知らないが、無駄な事だ。お前達に聖杯は止められんよ」

 

 再び殺気を膨らませ、綺礼が拳を構え直す。

 油断なく敵の動きを見つめる中、セイバーの脳裏に一抹の不安が浮かんだ。

 

 果たして士郎の考えた策は本当に聖杯から桜を助け、この戦いを本当の意味で終わらせられるのだろうか?

 そもそも魔術師として未熟な筈の士郎が考えた策とは、一体何なのか。

 様々な事が気がかりではあったものの、それ以上は考えなかった。戦場で少しでも味方を疑い出したら、勝てる戦も勝てなくなる。

 今はただ味方を信じ、任された仕事を確実に全うする。

 それが騎士として生きてきたセイバーの矜持であり、誇りだった。

 

 ◇

 

 全力疾走と呼ぶにはほど遠いが、ある程度の速さで走る事は出来た。

 しかしながら一歩足を踏み出す度に全身の傷口が開き、あらゆる場所から血が滲む。

 走っている今この瞬間でさえ、危うく意識を手放しそうになったくらいだ。

 

 まだだ。倒れるにはまだ早い。死ぬならせめて桜を助け、安全な所に逃がしてからだ。

 

 失血から来る寒気と痛みを気力で無視しながら、士郎は泥で汚れきった柳洞寺の庭園を真っ直ぐ駆け抜ける。

 道中、庭のあちこちにこびりついたおぞましい泥が、幾度となくこちらに襲いかかってきたが、それらは全て前を走るイリヤスフィールの攻撃魔術や、場合によっては自分の身を盾にする事で防がれていた。

 

 そして肝心の聖杯はと言えば――時間を稼ぐ凛の相手をしたまま、こちらを気に掛ける様子は無い。

 

 好都合だ。ただでさえ格上の相手に警戒されたら、瀕死のこちらは手も足も出ない。

 左手に持ったキャスターの短剣を強く握り締め、いつでも突き刺せるように身構える。

 ここから先はもう、一か八かの運任せだ。

 

「もうすぐよシロウ。準備はいい!!」

 

 前方から飛んで来た泥を魔術で捌きながらイリヤスフィールが叫んだ。しかし攻撃を受け過ぎたせいか、彼女もあちこち身体が溶けており、走る速度もかなり鈍くなっている。

 援護が受けられるのはここまでのようだ。

 

「ああ。後は任せてくれ」

 

 飛んできた新手の泥を全身で受け止めたイリヤスフィールを横目に、士郎は更に歩を進める。

 

 前へ。今のうちに少しでも多く前へ。

 その先に桜が待っている。聖杯に身体の自由を奪われながらも、自分たちが助けに来るのを今か今かと待ち続けている。

 

 聖杯まであと十メートルも無い距離――最後の砦として待ち受けていたのは、凜と戦っている間に護衛役として聖杯が生み出していた黒い影法師だった。

 

 全長は三メートル程とそれほど大きい訳は無いが、立体感のない、のっぺりとした不気味なシルエットが、異質さと恐怖をより一層際立たせている。

 聖杯本体と同じく、こいつもこの世に居てはならない類の怪物だ。

 

「――どけよ。俺は桜に用があるんだ」

 

 短く啖呵を切り、士郎が右手で投影した莫耶を突きつける。

 オリジナルの干将と莫耶には、怪異に対して有効な退魔剣としての側面がある――熟練したアーチャーのそれと比べれば粗悪な事は否めないが、それでも多少の効き目があると信じたい。

 切っ先を向ける士郎から看過出来ぬ敵意を感じたのか、影法師がぐい、と無造作に腕を伸ばしてきた。

 特別速くも巧くも無い、大雑把な狙いの一撃。だが主人には指一本触れさせぬという動きの中には、強い殺意と力が満ち満ちている。

 

「――ッ!!」

 

 脳裏に焼き付いたアーチャーの動きを模倣しながら、士郎は伸びてきた腕の合間をすり抜け、右手の短刀を勢いよく振るった。

 一閃。鋭い白刀が黒い腕をバターのように斬り飛ばし、返す刀で影法師の身体を胴体下から横一線に両断する。

 思った通りだ。投影で作った複製宝具であっても、オリジナルの特性はしっかりと引き継がれている。

 だが士郎が更に驚いたのは、刀の切れ味以上に何の違和感も無く己に馴染んだ、アーチャーの剣術動作だった。

 

 当たり前の話だが、アーチャーが極めた剣術とは、英霊エミヤが自身を最も効率よく戦わせるために編み出した剣術である。未来の自分(エミヤシロウ)が作った技術が、過去の自分(衛宮士郎)と相性が良いのは当たり前の話だが、まさかこれほどまでとは。

 

 一方、莫耶によって斬り刻まれ、魔力の泥に還った影法師だったが、次の瞬間には聖杯の近くにある泥溜まりから、新しい個体が姿を現していた。

 おまけに今度の個体は最初の奴とは違い、長く鋭利に伸ばした漆黒の両腕を、さながら槍のように突き出してくる。

 剣の届かない間合いから一方的にこちらを仕留めるつもりのようだ。

 

「くそッ……!!」

 

 ボロボロの身体を更に酷使しつつ、襲い来る槍の穂先をどうにか避ける。が、身体に蓄積された疲労と負傷の数々が、身体の動きを鈍らせている。

 一度や二度ならともかく、このまま攻撃をしのぎ続けるのは、残った体力を考えれば不可能だ。

 こちらの動きが鈍った隙を狙い、影法師が左腕の槍を突き出してきた。半身を捻って躱し、避けざまの反撃で伸びてきた腕を切り飛ばす。特性のおかげで切れ味こそ凄まじいが、残念ながら今度は大したダメージには繋がっていない。

 切断面からすぐさま新しい泥が伸びてきたかと思うと、そのまま何事もなかったように腕が復活したからだ。

 

「……ッ!! キリが無いか……」

 

 聖杯という本体が近くにある以上、やはり使い魔をいくら攻撃した所で意味は無い。

 どれだけ手傷を負わせり無力化させたとしても、いとも容易く再生されてしまう。

 一体どうすれば――

 

「ぐぁ……!?」

 

 不意に焼け付くような感触。痛みと思考で反応が遅れた拍子に、伸びてきた右腕の切っ先が、左脇腹に十センチほど突き刺さっていた。

 まずい。

 刺された箇所から痛みとは別の、おぞましい感覚が侵入してくるのが分かる。

 突き刺さった腕を刀で切り落とし、急いで穂先を引き抜く。だが聖杯が持っている呪いの力が、早くも士郎の身体を蝕み始めていた。

 

「う……」

 

 握っていた刀を取り落とし、士郎はその場にくずおれる。敵から少しでも離れようと身体を揺すってあがいてみるが、手足はおろか全身の筋肉が、どれだけ力を入れてもまともに動かせない。

 まるで身体の首から下が、丸ごと石になってしまったようだ。

 

 ここまで来て……か。

 どうしようもない失態だ。あと一歩の所で、こんなことになるとは。

 

 確実にトドメを刺すべく、影法師が士郎の頭上までやってきた。復活させたばかりの右腕を、無防備な頭に突きつける。

 これが振り降ろされれば、士郎の頭は肉団子よろしく串刺しだ。

 

 終わるのか。こんな所で。

 大切な女の子ひとり助けられずに。

 

 認めがたい現実に、士郎は心の底から怒りを覚えた。

 少し前まではアーチャー相手にあれだけ粘れていたと言うのに、今では敵から軽く一撃もらっただけでこのザマだ。

 まったく情けない。こんな体たらくで何が正義の味方だ。悔しいと思うのなら今すぐ立て。立って桜を助けに走り出せ。

 

 思いつく限りの悪罵で己を鼓舞したものの、やはり結果は変わらず、身体はピクリとも動かない。

 悔しいが、もうどうする事もできないようだ。

 

 せめて最後はと、士郎が聖杯の方に視線を向ける。

 すると、ついさっきまで何とも無かった聖杯の様子が、何故かおかしくなっていた。

 

 ◇

 

 ドロドロに溶けた身体が時間と共に修復され、塞がれていたイリヤスフィールの視界に再び風景が蘇った。

 相変わらず不可解な術だ。どれだけ致命傷を受けても死ぬ事は無く、どれほど魔力を消耗しても瞬く間に回復してしまう。

 術の特徴だけを抜き出せば、アインツベルンが長らく目指して来た第三魔法(ヘブンズ・フィール)と殆ど遜色がない。

 死人を使う所から察するに、どうやら降霊術と召喚術を複合したもののようだが、それでも術の全貌は杳として知れない。

 おまけにそれを行使したのが、ヘラクレスと真っ向からぶつかって退けるほどの力を持った暗殺者だと言うのだから、もう滅茶苦茶だ。

 しかし何の因果か、そのおかげで自分は今もこうして現世に留まっているのだから、運命とは分からないものである。

 

 身体にへばりついた泥を引き剥がし、イリヤスフィールは立ち上がると、周囲の状況を確認した。再生している間も意識はあったので、それほど時間が経っていない事は把握している。

 動けずにいたのは、ほんの二分かそこらの筈だ。

 前方を見ると、ちょうど士郎が聖杯が作った黒い怪物と戦っているのが見えたが、明らかに旗色が悪かった。

 無理も無い。敵のサーヴァントと一騎打ちで戦った上、かなりの傷を負った状態でここまで来たのだから。

 

 手遅れになる前に急いで援護に向かおうと駆け出したが遅かった。脇腹を突き刺された士郎が、ぐらりとその場にくずおれる。

 まずい。聖杯の泥は生物を殺す事に特化した呪詛の塊だ。たとえ僅かな傷であっても、生者にとっては瞬く間に致命傷に変貌する。

 

 トドメを刺される前に何とかしなくては――

 

 運動に不向きな身体を強引に動かし、イリヤスフィールが士郎の元へと急いで駆け寄ろうとしたその時、目の前の状況に明らかな異変が起き始めていた。

 

 ◇

 

 まるで見えない何かに抗うかのように、聖杯が何度も何度も身を捩り、苦悶の表情を浮かべては言葉にならない呻き声を上げ、己の身体を激しく掻き毟っている。

 頭上で槍を構えていた影法師も、形は違うが似たような状態だ。

 

 なんだ!? 一体何が起きたんだ!?

 

 目の前で起きている異様な状況が理解できず、かといって身体も動かせないため、士郎はそれをただじっと眺める事しかできない。

 

 困惑するばかりの彼に向かって、苦しみ続けていた聖杯が声を掛けてきた。

 

「……せ、ん……ぱい……」

 

 聞こえてきたのは機械的な調子の女のものでは無い。

 今ではすっかり家族のように慣れ親しんだ少女の声だ。

 

「桜……!?」

 

 間違いない。今の声は間桐桜のものだ。

 士郎は一瞬、敵が桜の声を偽装したのかと勘繰った。だが殺ろうと思えばすぐにでも始末できる今の状況から、わざわざ罠を仕掛ける理由が無い。

 と言うことは、取り込まれた桜の意識が力を振り絞り、聖杯の支配に抵抗しているという事なのか。

 

「ころ、して……ください………せんぱい、お願い……」

 

 士郎の推察を証明するかのように、桜の声が悲痛な願い口にする。

 自分を殺せ。

 聖杯に取り込まれて死の呪いをばら撒き続けるくらいなら、いっそ自分の手で息の根を、という事か。

 

 冗談じゃない。そんな事をするために、自分は途方もない苦労をしてここまでやって来たのでは無い。

 自分がここに来たのは、家族を殺す為ではなく、助ける為だ。

 

「……くそッ!! 動けよこのポンコツ……!! 桜が、桜がすぐそこで俺を待ってるんだぞ……ッ!!」

 

 辛うじて動かせた首回りの筋肉を懸命に動かし、どうにかして身体を起き上がらせようと試みる。

 その必死な想いが通じたのか、はたまた桜が抵抗している事で聖杯の呪いが弱まったのか、何度かあがいていると、だんだんと身体が言うことを聞くようになってきた。

 いま出せる目一杯の力で身体をどうにか立ち上がらせると、落としていたキャスターの短刀を両手で握り直す。

 恐らくこれが、最大にして最後のチャンスだ。

 

 桜の抵抗によって動きを止めていた影法師が、気配を察知して再度こちらに振り向いた。

 ぎこちない動きながらもトドメを刺そうと、両腕を振りかざして襲いかかってくる。

 それに対して、前に進むだけでも精一杯の士郎には、攻撃を躱すだけの体力は残っていない。

 

 構うものか。仮にこれで死んだとしても、桜だけは絶対に助けてみせる。

 

 決死の覚悟で敵の攻撃を受け入れたが、直前まで迫っていたそれは、横合いから突如飛んできた極彩色の爆発と、白銀色の小鳥によって未然に防がれた。

 

「今よ士郎!!」

 

「早く行って!!」

 

 正体はいつの間にか近くに来ていた凛とイリヤスフィールだった。最後の最後まで温存していた宝石と、即席の使い魔を総動員して援護してくれたのだ。

 残された最後の力を振り絞り、士郎は桜の元へと駆け抜けた。

 

「身体は剣で出来ている――」

 

 宝具が持つ真の力を解放するべく、最後の呪文を口にする。

 準備は整った。後はこいつを目の前の聖杯に突き刺すだけだ。

 

「上手くいけよ……破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)ッ!!」

 

 かすれた声で叫んだ真名と一緒に、ジグザグに捻れた短剣を聖杯の腹部へと突き立てる。

 瞬間、場の空気が再度一変した。

 

 ◇

 

 敵が策を企てている事は気配から察することは出来たが、綺礼は無理に止めに入ろうとは思わなかった。未だ不完全とは言え、アインツベルンの心臓を取り込み、覚醒した聖杯を今更どうすることも出来はしない。

 ましてや器となった少女の救出が目的となれば、戦闘で敗北する可能性は限りなくゼロに等しい。

 綺礼としては残った邪魔者を確実に始末した後、聖杯を完全な形で完成させ、内側に秘められた邪悪な意思が生まれ落ちる瞬間を、ただ眺めればいいだけの筈だった。

 だが衛宮士郎が聖杯に近づき、あと一歩で始末されようかという瞬間から、聖杯の様子が急変した。

 淡々と戦闘していたのがまるで嘘のように苦しみだしたかと思うと、それ以上の行為を拒否するような素振りを見せたのだ。

 

 まさか器にした間桐桜の精神が抵抗し、なにがしかの障害になったのか?

 あり得る話だった。聖杯と言っても、所詮は他人の肉体を横取りして動く急ごしらえの装置に過ぎない。

 設計通りの仕様ではないのだから、予想外の抵抗に弱いのも無理はなかった。

 とは言え、そんな拮抗状態が長く続くとも思えない。過去に一度、聖杯の中身を内側から眺めた事のある綺礼には、それがよく分かる。

 アレは純粋なまでの殺意と悪意の塊だ。一度でも外の世界に出れば、地上に存在する生命という生命を殺し尽くし、世界が滅ぶまで決して止まらない地獄そのものとなる。

 

 まさに“この世全ての悪”と呼ぶに相応しい代物だ。

 

 そんな怪物の前にはちっぽけな人間の自我など、大海に落ちる一滴の雫に等しい。ひとたび混ざればあっという間に呑み込まれ、暴力的な呪いに塗り潰されてしまうだろう。

 

 そうなれば主導権を握った聖杯は再び行動を開始する。目障りな衛宮士郎も遠坂凜もセイバーもアサシンも、いずれはあの聖杯の泥に呑み込まれ、我が悲願は達成される。

 だがそうなる筈だった現実は、今や全く違う結末を迎えていた。

 

「何だ!? 奴らは聖杯に何をしたッ!!」

 

 起き上がった士郎が刀のようなものを聖杯に刺した瞬間、周囲一帯に漂っていた死の気配――吐き出された泥が生み出した瘴気とでも言おうか――とにかくそうした暗く淀んだ空気が嘘のように一瞬で消え去り、柳洞寺は薄い月夜が照らす、ただの寺院に戻ってしまっていた。

 

 なんと言うことだ。あと一歩という所まで来て、こんな展開になろうとは。 

 

 叶うことならすぐにでも衛宮士郎に飛びかかり、怒りの籠もった拳を何度も叩き込みたい所だったが、目前に立ち塞がっているセイバーがそうはさせまいと、こちらに睨みを効かせている。

 下手に動けば、一瞬で頸を刎ねられかねない。

 

 忌々しい連中だ。こんな事ならば、もっと早い段階でランサーかギルガメッシュに始末を命じておけば良かった。

 偶発的に生まれた幾つかの要素と己の楽しみを優先するあまり、多くの行動が裏目に出た。身から出た錆と言えばそれまでだが、よもやよもやだ。

 一気に劣勢に傾いてしまった今の状況に、綺礼は思わず歯噛みするが、いつまでもそうしている訳にはいかない。聖杯が行動不能に陥ってしまったのなら、敵が次に狙うのは間違いなく聖杯の分離と破壊だ。

 もしそうなったら何もかもが水の泡になる。ここまで長い時間を掛け、入念に準備を整えて挑んだ人生の答えが、永遠に目の前から消え去ってしまう。

 

 それだけは絶対にさせてはならない。どんな犠牲を払ってでも、それだけは確実に阻止しなければ。

 

 気が付けば綺礼は走り出していた。なりふり構わぬ全力疾走で、一直線に聖杯の元へと駆け寄っていく。

 大地を三歩踏み込んだ所で、刀を下段に構えたセイバーが眼前に迫った来た。

 左下からの斬撃。惚れ惚れするような鋭さの逆袈裟斬り。

 踏み込んだ足の勢いと全身のバネを使って身を捻り、切っ先を躱す。だが途中で切り上げる筈だった刃が、真一文字に変化する。回避の軌道を読んだ二段構えの攻撃。

 腕に残っていた令呪を全て使い、綺礼は己の筋力を瞬間的に倍近くまで増強させた。限界を更に超えて引き上げられたスピードとパワーで、刃からの突破を試みる。

 途中、強烈な負荷に耐えられなくなった筋繊維の幾つかが内部から破断し、骨が砕ける音が聞こえたが、構わなかった。今はこの一撃を躱せればそれでいい。

 音速を遙かに超えた、もはや瞬間移動にも近い速度。襲いかかるはずだった聖剣の横薙ぎは当然の如く空を切り、女騎士が驚きの表情を浮かべる。

 だがそんなことはどうでもよかった。今はこの女に構っている場合では無い。

 綺礼はそのままセイバーを後ろ手にあっさり振り切ると、鬼気迫る表情で聖杯の元へと飛び込んでいった。

 

 ◇

 

 突き刺した短刀を聖杯の腹から引き抜くと、鮮血の代わりにタールのような汚泥が溢れ出てきた。

 ごぼごぼと止めどなく流れ出る液体は、最初はヘドロのようにゆっくりとこぼれるばかりだったが、やがて抑えられぬとばかりにどくどくと強く流れ出し、最後は身体の何処にそれほどの量が蓄積されていたのかと思うくらいの泥が吹き出した。

 

 立っていられないとばかりに、がくり、と聖杯が両膝を地面に突く。苦しそうな様子で刺された腹ではなく胸元を両腕で押さえ、必死に何かを防ごうとしているが、穿たれた腹の穴からは今も黒い液体がとめどなく漏れ続けている。

 

 やがて限界を超えたのか、歪なまでに膨らんだ聖杯の胸元に亀裂が走り、中からごぼり、と吐き出されるように何かが分離した。ドクドクと今も脈打つそれは、二人目のアーチャーによって抜き取られ、奪い去られたイリヤスフィールの心臓に違いなかった。

 

 同時に聖杯の身体がみるみる溶け出していき、中から間桐桜が姿を現す。

 どうやら聖杯の支配はこれで完全に解除されたようだ。

 

「やった……」

 

 安堵と疲労で士郎は思わず後ずさると、その場にへたり込んだ。紙のように薄い望みに賭けた勝負だったが、見事に打ち勝つ形となった。

 

「シロウ!!」

 

「やったわね!! 大手柄よアンタ!」

 

 駆けつけてきた凛とイリヤスフィールが士郎の身体を引き起こし、続いて倒れた桜の様子を確かめる。どうやら意識を失っているようだが、他にこれと言った異常は見られない。

 ひとまず少女の安全が確認できた所で、三人は改めて傍らに転がっているそれを見た。

 

「これが聖杯……」

 

 三つの視線の先には、今も不気味に脈動する血濡れの心臓があった。寄生先が無くなった事で今は力を失っているようだが、いつまでもそのままとは限らない。

 破壊しておくなら今しか無かった。

 

「いいわね士郎?」

 

 確かめるように凛が尋ねる。

 問われるまでも無い。こんな危険な代物を、むざむざ見過ごす道理はない。

 戦いを終わりにするべく、拾い直した莫耶の刃を心臓に突き立てようとしたその刹那、不意に轟風のような黒い影が、士郎に向かって猛然と襲いかかってきた。

 

「――シロウ!離れて下さいッ!!」

 

 遠くから響くセイバーの声。

 気配を頼りに防御の姿勢を取ったが間に合わなかった。凄まじい衝撃が士郎の全身に降りかかり、その身体をサッカーボールのように吹っ飛ばす。

 

「シロウッ!!」

 

 激しい土埃を巻き上げながら、士郎の身体が数メートル先の地面を転がっていく。

 咄嗟に二人が助けに向かおうとしたが、そこを男の声が遮った。

 

「生憎だが、これを壊される訳にはいかないのでな」

 

 影の正体は勿論、言峰綺礼。

 聖杯が破壊されるのを察知し、セイバーに攻撃されながらも強引にここまで阻止しにきたのだ。

 おまけに右手にはいつの間に拾い上げたのか、脈動するイリヤスフィールの心臓が握られていた。

 

「無駄よ。桜は死んでも渡さない。聖杯戦争はもう終わりよ」

 

 と、倒れている桜の身を庇いつつ、凛がガンドの狙いを定めながら叫んだ。

 

「そうよ。これ以上、お前の好き勝手にはさせないわ」

 

 新たな使い魔を展開しつつ、イリヤスフィールもそれに同調する。

 一拍遅れて合流したセイバーも、聖剣を構えながら言った。

 

「二人の言う通りです。貴様の行いは決して許されない。大人しく最期を受け入れろ外道!!」

 

 三者三様に精一杯の気迫を発揮し、目の前に立ちはだかる男にぶつける。

 しかしそんな三人の威嚇など意にも介さず、綺礼は一人呟いた。

 

「――先程も言ったが、今日という日の為に、私は長い歳月を費やしてきた。虚ろで破綻した人生の答え、生まれながらにして悪と断じられる存在――その誕生に果たして罪はあるのか、と言うな」

 

 手の中で今も脈動を続ける心臓を、神父は真剣な眼差しでじっと見つめる。

 

「……?」

 

 意味不明な男の言葉に、三人は思わず眉をひそめた。

 

 こんな殺戮兵器にも等しい怪物が、いったい人生の何を教えてくれるというのか?

 むしろ命という命を徹底的に破壊し、他の人生を台無しにするだけではないか。

 凛たちには綺礼の考えが微塵も理解できなかったが、これだけは分かった――怪物に魅入られているこの男も、やはり同じ怪物の類いなのだ。

 

 やがて意を決したように神父が息を吐くと、再び口を開いた。

 

「生まれ出でる受け皿がないのなら、私自身が受け皿になるしかあるまい。生憎と母にはなれぬ身だが、それでも父親にはなれるだろう。我が人生の体現者が、我が子としてこの世に生を受けるのなら、それも悪くないな」

 

 そう言うが早いか、綺礼は左手で作った手刀を、何の躊躇いも無く己の胸元に向かって突き刺した。

 男の胸元から噴水のように鮮血が吹き出し、辺りの地面を真っ赤に染める。

 

 あまりに突拍子も無い行動に、見ていた誰もが一瞬呆気に取られたが、やがてその意図に気が付くと、全員が急いで神父に向かって駆け寄った。

 

 ――受け皿が無いのなら、自分が受け皿になればいい。

 

 その言葉の通り、綺礼は依り代を失った聖杯の為に、自らの身体を器として差し出そうというのだ。

 

 桜から引き剥がした事で安心したのが仇になった。聖杯に適合した器で無くとも、別の身体に取り付ければ復活できるのか。

 

 二度目の融合は何としてもさせまいと、三人が全速力で綺礼に駆け寄る。

 だが彼女たちがトドメを刺すよりも早く、綺礼は右手に握っていた少女の心臓を、胸元に開けた亀裂の中にねじ込んでいた。

 

 凄まじい魔力の膨張。

 聖杯を取り込んだ綺礼の身体がまるで爆発したかのように一気に膨れ上がると、おどろおどろしい色に変化した肉の塊が、まるで巨木の根のようにあちらこちらに弾けていったのだった。




中々書けてなくてすみません。
あと何話かで完結させたいです。
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