キャスターが最強のSHINOBIを召喚したそうです   作:ざるそば@きよし

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ついにマダラが最強の敵と出会ったようです

 追跡したライダーの陣営は、実に多くの情報をマダラにもたらした。

 

 本来のマスターであるサクラという少女は消極的な性格で、争いを好んではいなかった。だが彼女の兄――ライダーを引き連れていたあの傲慢な小僧の事だ――が、サーヴァントを強引に召還させた結果の参戦だった。

 故に彼女は一切の戦闘や諜報活動には参加していない。ただ漫然と普通の生活を送っているだけだ。刻まれた令呪を密かに隠しながら。

 

 恐らく彼女はあと何日も生き残れないだろう。愚かで無能な兄によって自らのサーヴァントを失い、いずれは誰かの手に掛かって命を落とす事になる。

 そして皮肉にも、少女の生活に関わる人間の中には二人のマスターが潜んでいた。

 

 一人目は彼女が“先輩”と呼んで慕う少年だった。大きな魔力こそ有していないが、左手に令呪を宿している。そして家の中に控えさせている金髪の女からは普通の人間にはない気配を感じた。クラスは不明だが、あれが奴のサーヴァントと見て間違いないだろう。

 

 もう一人はトオサカと呼ばれる小娘で、こちらの名前には覚えがあった。

 聖杯が与えた予備知識――聖杯戦争を作った“始まり御三家”という名前の中に“遠坂”というものがある。女の持っている魔力の量や、普段から何かを警戒するような素振りからしても、その遠坂に間違いない。こちらのクラスも分かっていないが、残った枠からして三騎士クラスの残りかバーサーカーのどちらかだ。

 

 これで身元の割れたマスターが五組。残りはランサーを含めた二組だが、時が経てば自然と判明するだろう。今はまだ捨て置いていい。

 失った右目の報復をするべく既にいくつか道筋は出来ている。後はどれだけ確実に実行できるかの問題だ。

 

 ――まだ動く段階ではない。だがこの落とし前は必ずつけさせてやるからな。

 

 脳内にさまざまな筋道を組み立てながら、マダラは聖杯戦争が新たな局面に進むのを今か今かと待ち続けていた。

 

 ◇

 

 “始まりの御三家”の一つを担うアインツベルン家は、一流の錬金術師の家系として魔術師たちの間では広く知られている。

 彼らは類稀なる才能によってあらゆる物を作り出すが、中でも人造生命体(ホムンクルス)の製造や貴金属の扱いにおいて右に出る者は居ない。それは聖杯の器を鋳造するという役割を担っている事からも明らかだ。

 

 そんなアインツベルンのマスターであるイリヤスフィールは、今回の聖杯戦争において早くも勝利を見出していた。

 未だ全てのサーヴァントが召還されてから数日と経過していない段階である。実力を隠して様子を窺う者、徒党を組んで不利を覆そうとする者が居たとしても、何らおかしくはない。情勢は不安定でまったく油断ならない時期だと言えるだろう。

 にも関わらず、彼女はそれを確信するだけの理由があった。

 

 前回の聖杯戦争を裏切りによる敗北という形で迎えたアインツベルン家は、そこから得た苦い教訓を元にある一つの方針を固めた。

 それは『最強のサーヴァントからあえて思考を奪い、絶対に信頼できるマスターにのみ隷従させる事』である。

 

 サーヴァントもマスターも元を正せば一人の人間――長年に渡って目指してきた一族の悲願が心変わりで台無しになる事など、もう二度とあってはならない。

 だからこそ、次に送り出すマスターは絶対に信用出来る者を。仕えるサーヴァントは強力かつ絶対に裏切らない英雄を。

 そんな脅迫観念にも似た想いによってこの世に生み出されたのが、人造生命体のマスターであるイリヤスフィールと、思考無きサーヴァントであるバーサーカーのペアだった。

 

「もう傷は治った? バーサーカー」

 

 冬木の郊外にひっそりと聳え立つ古城――舞踏会場にも匹敵する広さを誇るエントランスホールに立っていたイリヤスフィールは、傍らに控えていた大きな影に向かって声をかけた。まるで童女のような幼い声だったが、魔術師として染み込んだ冷徹さは可愛らしい外見とはまったく関係ないようだった。

 

「■■■■■■■■■■■」

 

 呼びかけに対して唸り声を上げたのは巨人と見紛うほどの大男で、大理石のような肉体を惜しげもなく冷えた空間に向けて放っている。右手に握られた岩石の大剣も相まって、まるで御伽話に登場する怪物を連想させた。

 

「そう、よかった。遠坂なんて敵にもならないと思っていたけれど、あれなら次に会った時も楽しめそうね」

 

 巨人の唸り声をどういう風に解釈したのか、彼女は鈴のような笑い声を上げると満面の笑みで言葉を続ける。

 

「じゃあ今日は柳洞寺に行ってみましょうか。前々から覗き見してる無礼な魔術師さんにも一度挨拶しておきたかったし、シロウやリンと遊んでる時に邪魔を入れられてもつまらないもの」

 

 その言葉に従うようにバーサーカーは自身の身体を折り曲げると、少女を肩の上へと乗せて立ち上がり、エントランスの扉を開けて真っ暗な原生林の中へと向かって行く。

 深夜の林はまるで宇宙のような暗黒を目の前に表していたが、そんな事など関係無いとばかりに二人は木々の中を躊躇する事なく進んでいった。

 

 ◇

 

 巨大な魔力(チャクラ)が近付いている。それも今までのサーヴァントとは比べ物にならない規模のものが。

 力の到来を前に空気が震えているのが分かる。まるでこれから起きる事を恐れているかのように。あるいは楽しみにしているかのように。

 未だ相まみえぬ敵を前にしてマダラは確信した――次の戦闘は間違いなく、今までで最も苛烈なモノになるだろう。

 

 ここ数日を諜報活動に費やしていた彼にとって、敵の接近はこれ以上ない退屈凌ぎだった。加えてそれがかつて無いほどの強敵ともなれば、その興奮も一塩だ。異世界の英雄と矛を交える。それこそが今の彼にとって最大にして唯一の娯楽であり、この世に留まり続けている理由なのだから。

 

 敵は脇目も振らずこちらに向かって来ている。狙いは間違いなく寺に控えているあの女(キャスター)だろう。ならば自分も門番としての使命を全うするだけだ。

 問題があるとするならば、どれだけ魔力を引き出せるかだが、敵の規模は既に制約を化した状態で戦えるものではない事は十分過ぎるほどに把握できる。それすらも理解出来ないようならば、今度は力ずくで言う事を聞かせるだけだ。

 

 これから始まるであろう激戦の気配に、マダラはまるで子供のように胸を高鳴らせていた。

 

 ◇

 

「そんな……あの男は……」

 

 敵の接近に気が付いたメディアはあまりのショックで他の言葉が出なかった。使い魔の視界に映った人物が、あまりにも見知っていた相手だったからだ。

 

 鋼の如く鍛えられた巨体には見覚えがあった。猛禽類を思わせる鋭い眼光にも。そして全身から湧きあがる狂気と闘志――“剛力”という言葉をそのまま人の形に押し込めたような風体は、一度見たら忘れる事など出来はしない。

 

 ヘラクレス――神代のギリシャが誇る最も名高い英雄にして、十二の難行を成功させた最強の戦士。

 

 曰く、彼はあらゆる武器を無効化する獅子を素手で絞め殺した。

 曰く、彼は百の首と猛毒を持つヒュドラを真っ向からねじ伏せた。

 曰く、彼は青銅で出来た怪鳥の群れを次々と弓矢で撃ち落とした。

 並べたらキリがない逸話の数々――全てが紛れもない事実。

 

 そしてその報酬で得たものこそが十二の命。たとえ身体をバラバラに吹き飛ばされたとしても、次の瞬間には何事もなかったようにその場に立っていられる不死の能力。

 本体だけでも破格の性能だというのに、敵には十一もの命のストックがある。それは短期戦でも長期戦でも、莫大な優位性を彼に与えるだろう。

 同じギリシャの英霊だからこそ分かる。この敵は決して正面から戦って勝てるような相手ではない。

 

「まさかって奴よね……」

 

 同じ神代の英霊が呼ばれる可能性は当然頭に入れていた。だがここに来て、もっとも出会いたくない人物が出てくるとは。

 気が付いたら立ち上がっていた――葛木を連れて逃げろと本能が叫ぶ。迫り来る死の恐怖で既に心が折れかけている事を自覚する。

 

 落ち着け――今さら逃げ出したところで敵はいずれ追いかけてくる。他のサーヴァントやマスターをけしかけるにしても、ヘラクレスを倒す力を持っているとは思えない。

 今ここで勝つ方法があるとしたら、何とかして直接マスターを殺すしかない。あの男(アサシン)がヘラクレスの相手をしている隙を狙って。

 

 深呼吸をして覚悟を決める。しかし一つだけ疑問が残る――果たしてあの男はこちらの思惑通りに動くだろうか?

 

 あの男の目的は戦いだ。喜んで敵の相手をするだろう。だが自分がマスターを不意打ちする事に賛同するとは思えない。

 

 最後まで伏せておくべき事案――代わりにあの男が夢中になれる餌を与える必要がある。力という名の餌を。

 

 結論を下したメディアは山門に佇んでいる己の手駒に通信の魔術を行使した。

 

 ◇

 

 戦いが近づいてくる興奮――止められない疼き。

 静かに待つ事など出来ないと身体が訴える。動き出したくて堪らないと魂が叫ぶ。

 それらを押さえながら待機していると、不意にマダラの頭の中に女の声が響いた。

 

《聞こえているかしら。アサシン?》

 

「聞こえている。使い捨ての駒に一体何の用だ?」

 

 どこか逼迫した声――皮肉に取り合っている暇などないと言わんばかり。《敵が近づいて来ているわ。クラスはおそらくバーサーカー。とても強力な相手よ》

 

 あえて知らないふり――相手の真意を見定める。「それで?」

 

《貴方のお望み通り、魔力の供給量を増やしてあげる。これで少しはまともに戦えるようになるはずよ》

 

 奇妙な提案。あれほど出し渋っていた魔力を、なぜ今になって与える気になったのか?

 浮かび上がる直感――この女は敵が何者なのかを知っている。手駒に力を分け与えなければならないほどの相手だと自覚している。

 と言うことは、敵は生前に縁があった者なのか。

 

 考え込んでいる間に力の脈動を感じる――身体の中に向かって魔力が送り込まれてくるのが分かる。失われていたものの一部が戻ってくるのを実感する。

 

「確かに。身体から力が湧いてくる感じだ」

 

 確かめるようにマダラが握り拳を作っては開く――理由がどうあれ、力を戻された事に感謝する。

 通信が消える前にキャスターが言った。

 

《戦う前に一つだけ言っておくわ。これから来る敵は決して死なない。それだけは肝に銘じておきなさい》

 

 ◇

 

「……見てるだけで何もしてこないのは、それだけ自信があるって事? それとも単に見てる事しか出来ないだけ?」

 

 愚直なまでに接近を続けているにも関わらず、抵抗らしい抵抗が何一つ無いことにイリヤスフィールは訝しんだ。

 敵が侵攻してくるのを見つければ、迎撃なり妨害なりするのが普通だろう。街中である事を考慮しても、聖杯戦争に参加するレベルの魔術師ならば、やり方はいくらでもある筈だ。

 だが敵はあえてそれをしてこなかった。その理由が何なのかは分からないが、意味している事は分かる。

 

 ――敵は誘っているのだ。自分たちが陣地までやって来るのを。

 

 真っ向勝負とは何とも魔術師らしくないが、サーヴァントの力に自信があるのは自分たちとて同じだ。ならばまどろっこしい小細工は無しにして、正々堂々と殺し合う方が手っ取り早い。

 何よりこのヘラクレスが敗北する事など、万に一つもあり得ないのだから。

 

 童女らしいにんまりとした笑みを讃えながらイリヤスフィールはバーサーカーに進む速度を強めるよう命じた。

 

 ◇

 

 死なない敵――何とも意味深な言葉。

 不死身の存在には心当たりがある。千手扉間が生み出した穢土転生の術。既に死んでいる者であれば、再び死ぬことは決してない。

 だがそういう意味ではないだろう。と言うことは、敵には何か隠された能力があると言うことだ。

 そこまで知っていて全ての情報を渡さないのは、あくまで自分が駒に過ぎないと言うことを自覚させるためか。

 女の面倒臭さに思わず呆れる――そこに地響きのような足音。

 

 階段下を見ると、そこには人間離れした巨躯の男が佇んでいた。そこから放たれた突き刺さるような殺意と重圧が、マダラの肌を粟立たせる。

 

 ――間違いない。こいつは本物だ。

 

 気付けば勝手に口角が上がっていた。未知の強敵に出会えた事への歓喜――ひょっとしたらこの男は、柱間に匹敵するほどの猛者かもしれない。

 そう考えただけで全身に戦意が満ちていくのが分かる。早く戦いたいと魂が訴えかけてくる。

 

「ふーん。やっぱりそういう事だったんだ」

 

 納得がいったという風に巨人の肩に乗っていた小柄な少女が言葉を放った。どうやら彼女がマスターのようだった。

 

「あなたがここのサーヴァントなんでしょ?」

 

「そうだ」マダラが首肯した。隠す理由など何も無かった。「不本意だがここの門番を命じられている。この先を通りたいのなら、俺を倒してから行く事だな」

 

「なぁんだ。それなら簡単に済みそうね」

 

 くすくす笑いながら少女は肩から飛び降りると、指揮者のように腕を振り、下僕である狂戦士に向かって無慈悲な命令を下した。

 

「遠慮はいらないわ。思いっきりやっちゃえ! バーサーカー!」

 

 直後、爆発したような轟音が鳴り響いた。石段を踏み壊しながらバーサーカーが駆け上がってくる音。全てを吹き飛ばしながら迫り来る様は、さながら嵐の到来を連想させる。

 

 懐からクナイを取り出し、マダラが迎撃体勢を取る――黒から緋色に変化した左目が敵の動きをしっかりと捕捉する。

 

 距離を詰めたバーサーカーが大剣を握った右腕を振り降ろした。単純で大ぶりな一撃だが、当たれば勿論タダでは済まない。

 写輪眼によって軌道を正確に読み切ったマダラが最小限の動作で斬撃をかわす。空を切った刃が踊り場の石畳を破砕し、衝撃と風圧を辺りにばら撒いたが、それだけだった。返礼とばかりにクナイが隙だらけの胴体を一撃、二撃と斬り裂いていく。

 

 鋭い袈裟掛けと横一文字が腹筋に刻まれる――しかし敵に苦痛の表情は無い。異常なまでの硬さを誇る筋肉が刃の侵入を防ぎ、表面の皮膚を浅く切り裂くだけに留めていた。

 

 奇妙な手応えにマダラの顔に僅かな動揺が走る。それと同時に彼の全身を強い衝撃が襲った。

 一瞬の浮遊感の後、冗談じみた速度で山門に向かって吹き飛ばされる――どうやら空いていた左手で殴られたらしい。腕だけでここまでの怪力が出せるのは、施された狂化の加護ゆえか。

 

 叩きつけられた門の一部が粉々に砕け、破片と土煙が辺り一帯に巻き上がる。追撃のチャンスと見たバーサーカーが更に階段を駆け上がるべく足を踏み出すが、それを阻むように煙の中から炎の弾丸が何発も飛び出し、標的に向かって猛然と襲いかかった。

 

「■■■■■■■■■■■!!!!!!!!!!!!!」

 

 唸り声を上げながら火炎弾を打ち落とすバーサーカー。真っ二つにされた炎は弱々しい火の粉となって後方の階段に落ち、瞬きを残しては消えていく。

 

 一閃、一閃、一閃――狂戦士とは思えない手際の良さ。次々と迫る火炎の波状攻撃を的確に凌ぎ、無力化していく。

 あっという間に最後の弾が叩き落とされる。すると今度はその隙を狙っていたマダラが横合いの木々の中から飛び出して来た。

 

 交差――大剣とクナイの刃が擦れ合う。岩石が鋼鉄が火花を散らす。

 

 至近距離で顔をつき合わせる両者。不意にマダラがバーサーカーに視線を合わせた。

 写輪眼が持つ能力の一つ――目を合わせた者に対して発動する幻術。拮抗を破る隙を作り出そうとする。

 

 だが敵の表情は少しも変化しない。狂った者は幻など見ないとばかりに更なる力を剣に込めてくる。

 ギチギチという耳障りな音――鋼鉄が悲鳴を上げている。力に耐えきれなくなったクナイが徐々にひしゃげ始める。拮抗が相手側に向かって崩れていく。

 

 決壊――バーサーカーの刃がクナイを真っ二つに斬り折る。鋼鉄越しにマダラを両断しにかかる。

 跳躍――刃が弾き飛ばされる寸前、わざと後ろに飛ぶことで距離を取った。

 

 階段の踊り場に二人の戦士が対峙する。地の利を含めた全ての条件が五分に戻る。

 

 やはり敵は特殊な防御能力を持っている。正面からの攻撃は効果が薄い。加えて狂戦士とは思えない機転の効いた判断力。実に厄介で手強い相手だ。

 

 ――だからこそ、()りがいがある。

 

「■■■■!!!!」

 

 唸り声と共にバーサーカーが再び距離を詰めた。二度目の斬撃。一度目と違う、どこか武術めいた軌道の剣。

 

 写輪眼の力を発揮――筋肉の細かい動きを把握する事で、見ることすら出来ない速度の攻撃を次々と躱していく。

 斬撃、回避、斬撃、回避。恐ろしさを越えて芸術的にすら思える互いの動き。まるであらかじめ動きの決められた演舞のよう。

 

「もう! 何してるのバーサーカー! そんなヤツ早く殺しなさい!」

 

 いつまでも倒せないマダラに業を煮やした少女マスターの声が階段下から響く。まるで幼い子供が起こす癇癪。

 主の声に触発されたのか、バーサーカーの攻撃がだんだんと大振りになっていく。命中精度を捨てて一撃の威力を重視し始める。

 

 それを待っていたマダラ――地面にめり込むほど大振りな一撃を回避すると、右脇をすり抜けて背後に回る。続いて懐から短冊状の紙を何枚か取り出し、敵の首筋や関節部分に素早くそれを張り付けた。

 

 背面を取られたバーサーカーが憤怒の声と共にマダラの方へと振り返る。そして次の瞬間、彼の体中に張り付けられた紙がにわかに閃光を放ち、凄まじい爆発を巻き起こした。

 

「■■■■■■■■■■■■!!?」

 

 幾つも重なる爆風に押し潰されながら、バーサーカーが苦痛とも怨嗟とも分からぬ声を上げる。

 

 起爆札――術式を記した札に魔力(チャクラ)を通す事で爆発を起こす忍具。使い道が多く、戦場ではよく愛用される武器の一つ。

 身体の硬さがダメージを軽減しているのならば、脆い部分を狙えばいい。人体には構造上、絶対に強度の弱い部分がある。そこだけをピンポイントで攻撃すれば、必ず効果は出る筈だ。

 次第にバーサーカーの身体から爆発が収まる。巨体から朦々と上がっていた煙が徐々に弱まり、その姿が再び視界に映し出される。

 

 驚愕――頭部を含めた複数箇所を同時に爆破されたにも関わらず、その身体には傷一つ付いていない。

 違う――よく見ると爆破された肘や首の肉が別の生き物のように蠢いている。僅かに残っていたピンク色の部分があっという間に周囲の肌の色と同化していく。

 結論――敵は防御能力だけでなく高い回復能力も備えている。闇雲に損害を与えただけでは致命傷にはなり得ない。

 決して死なないとはこう言うことか。

 マダラはバーサーカーに対しての危険度をまた一つ上げた。

 

「へぇ……やるじゃない。まさかバーサーカーに手傷を負わせるなんて」先ほどまで苛立っていた少女マスターが今度は感心したように言う。「前言を撤回してあげるわ。これはそう簡単には進めそうに無いわね」

 

「光栄だな。俺もやる気を出した甲斐がある」

 

「でも私のバーサーカーが勝つ事に変わりは無いわ。だって貴方が勝つには、そいつをあと11回殺さなくちゃならないんだもの」

 

「どうやらそうらしいな」相手に調子を合わせる。残った蘇生回数――11回。

 

「あら? 驚かないのね」少女の意外そうな顔。「もっと慌てると思ってたのに」

 

「むしろ感謝しているくらいだ。あと11回も楽しめるとはな」

 

 にやり、とマダラが狂気じみた笑顔を浮かべる――心からの笑み。

 戦士が見せる狂気に僅かに気圧されながらも少女が己のサーヴァントに命じた。

 

「それじゃあ何回目で音を上げるか試してあげるわ。次は本気で行きなさい。バーサーカー!」

 

 応えるように狂戦士がけたたましい咆哮を上げる――戦闘再開を告げるこの上ない合図。

 

 ◇

 

 予想以上の健闘を続けるアサシンにメディアは心の中でうなり声を上げた。

 理性のない状態とは言え、ヘラクレスは世界最強と言い切っていいほどの英霊だ。それと真正面から戦って手傷を負わせるとは。

 だがこれでバーサーカーの警戒が薄くなった。あとは隙だらけのマスターを仕留めるだけだ。

 チャンスは一度――しくじれば自分も宗一郎も命はない。まるで暗殺者か狙撃手にでもなった気分。

 いや、暗殺者になったのはもう何度目の事だったか――かつて背負った罪。何人もの人々を魔術を使って惨殺して見せた。

 汚いことには慣れきっている。今さら汚れが一つ増えたところで、血まみれの手に新しい血が塗りたくられるだけだ。

 それでこの手に幸せが掴めるというのなら、何も迷う必要はない。

 今までも、そしてこれからも。

 

 ◇

 

 狂戦士が繰り出す連続攻撃――まるで巨大な殺人ミキサー。

 叩きつけ、振り回し、凪払い。単調な攻撃の中に時折混ざる巧みな技。不規則に繰り出されるおかげで写輪眼でも動きを読み取るのが困難に。

 

 石畳を削りながら足下から大剣が昇って来る。力強い斬り上げ――刃と一緒に細かく砕かれた石の破片がマダラの顔に飛来する。

 咄嗟に左腕で目を庇った。一瞬だけ閉ざされた視界。その隙を的確に付いた刃先がマダラの肩口を切り裂いた。

 

 焼け付くような痛みと衝撃。鎧の一部が肉や血と一緒に塵になる。

 気力でそれらを無視しながら印を結ぶ――追撃を防ぐための術を構える。

 

「火遁・豪火滅却!」

 

 大きく息を吸い込んだマダラの口腔から凄まじい勢いで火炎の渦が吐き出された。

 バーサーカーの身体があっという間に炎の津波に飲み込まれる――じゅうじゅうと肉が焼け付く嫌な音が火の向こうから聞こえてくる。

 不意に火炎の中心から黒い棒状のものが飛び出した。バーサーカーが持つ石の大剣。炎を割ってマダラに迫る。

 

 炎を維持しながら後退して距離を稼ぐ――空いた右手で傷口を軽く触る。ぬるりとした血の感触と鉄の臭い。

 自分は生きているのだという実感が、熱い痛みと共に広がった。

 

 剣に続いて炎の中からバーサーカーの身体が飛び出す――あちこち焦げて炭化した身体。焼け爛れた顔面。浮かんだ憤怒の表情も相まって更におぞましい形相に。

 頭上を襲う唐竹割り。加えて刃の一部が赤化――火炎に晒された影響で蓄熱。まるで炎の剣。

 

 術を中断して右に跳ぶ――踊り場を離れて階段の上側に陣取る。

 のらりくらりと攻撃をかわすマダラを忌々しいとばかりにバーサーカーが睨みつける。そうしている間にも炭化していた身体があっという間に戻る。爛れていた顔面が修復される。

 

 敵の不死身ぶりに苛立ちを通り越して感心する――かつての戦友の顔が脳裏にちらつく。

 だが彼とこいつとでは決定的な部分が違う。眼の前の男は破壊する事しか出来ない狂戦士だ。戦うことに遠慮も呵責も必要ない。

 身体を修繕したバーサーカーが再度マダラに襲い掛かろうと距離を詰める――確実に息の根を止めようと走り出す。

 

 不意にその頭上を黒い弾丸のようなものが通過した。

 

 真っ直ぐ飛んでいく素早い何か――階段下に立つ少女を狙って猛然と突き進んでいく。まるで流星。

 それらが少女の身体に届く寸前、凄まじい勢いで踊り場から降りてきたバーサーカーの巨体が強引に割って入った。

 

 火炎弾と同じく黒い弾丸を刃で打ち払う――そのうち撃ち漏らした何発かがバーサーカーの身体に命中。食い込んだ弾丸が狂戦士の内部で勢いよく爆ぜた。

 

「■■■■■■■■!!!」

 

 衝撃に煽られてバーサーカーがたたらを踏む。零れ出た内臓や肉や骨の破片が辺り一面に散らばったが、肝心の少女には傷一つなし。不死身の肉体を盾にした絶対防御の盾。

 

「やっぱり! そう来ると思ったわ!」巨人の後ろから出てきた少女――勝ち誇ったような笑み。「ヘラクレスを倒すなんて土台無理だもの。だとしたら次に狙ってくるのはマスターである私。わざわざ待っていたのも、出来るだけこいつの気を逸らすため。単純な計算ね」

 

 少女の視線が階段の上に向く。そこに居るであろう人物に声をかける。「もう失敗したんだから、姿を隠すのはやめて出てきたらどう? そこに居るんでしょ?」

 

 声に誘われるように山門の奥から現れた影――キャスター。

 握られた杖の先端に浮かんだ複数の黒い球――恐らく先ほど飛んで行った弾丸と同じもの。高圧縮された魔力の塊。

 

「あなたもサーヴァントね」実に楽しげな少女マスター――くすくす笑い。「クラスはキャスター。そうでしょ?」

 

「その通りよ。お嬢さん」目論見が外れたキャスター――冷静な声とは裏腹に怒りで全身を震わせながら二人の敵を見据える。「そして貴女の最期を見届ける者でもあるわ」

 

「今のは一体なんの真似だ」会話に割って入るマダラ――不快な表情を隠そうともせず。「俺の戦いを邪魔するつもりか?」

 

「貴方の意見なんて関係ないわ。それに最初に言った筈よ。バーサーカーは決して死なないと。だとしたら勝つにはマスターへの奇襲以外ありえない。それとも貴方には、あれを正面から倒せる見込みがあって?」

 

「お前がもっと魔力を渡せばいい。すぐに満足のいく結果を見せてやる」

 

「冗談。暴れ馬に手綱を任せる騎手が居ると思う?」キャスターはまるで取り合わず――無駄だと分かっていながらも弾丸の狙いを少女に定める。「と言うわけでお嬢さん。ここからは二対一になるけれど、まさか今さら卑怯だなんて言わないわよね?」

 

「いいわ。そっちが二人で来るのなら、こっちも本気を出してあげる」

 

 不似合いなほど獰猛な表情で少女が応える――次の瞬間、彼女の全身に赤い幾何学模様が浮かび、膨大な魔力の渦が狂戦士の身体を包み込んだ。

 

「バーサーカー。あなたの枷を解き放つわ。あの目障りな連中を徹底的に破壊しなさい!」

 

 ◇

 

 魔力を取り込んだバーサーカーの身体が急激に膨らむ――もともと人間離れしていた体格が更に一回り大きくなる。まるで神話に登場する巨神(タイタン)そのもの。

 

「そんな……」思わずメディアが息を呑む。目の前に佇む死の暴力に立ち竦む。

 

 マスターの証たる令呪――契約したサーヴァントに常識すら捻じ曲げた指示を下せる絶対命令権。

 それを拘束ではなく、解放に使った。膨大な魔力を盾に自らのサーヴァントに掛かっていた制限を強引に突破させた。

 つまり今のバーサーカーは今まで以上に狂暴さもパワーも上がった事になる。

 

「どう? これがバーサーカーとして呼び出されたヘラクレスの真の姿よ。今までは狂化のランクを下げていたけれど、二対一ならこっちも本気にならないとね」

 

 酷薄な笑みを浮かべる少女――再びその手をメディアたちに向かって振るわれる。

 

「さあ、やりなさいバーサーカー! 今度こそあいつらをバラバラにするのよ!」

 

 瞬間、バーサーカーの姿がその場から煙のように消えた。少なくともメディアにはそう見えた。

 続いてドカンと言う馬鹿でかい音――階段に陣取っていたアサシンの身体がまるで見えないトラックに轢かれたように弾き飛ばされ、半壊した山門を越えて寺院の中にまで吹き飛んでいった。

 突然の出来事に唖然となるメディア。それがバーサーカーの攻撃によるものだと遅れて理解した。

 

 慌てて防御のための呪文を唱える――魔力で形作られた分厚い障壁が一瞬にして前方に現れる。

 そこに再び轟音。見れば、張られたばかりの障壁にバーサーカーが肩越しのタックルを繰り出していた。

 

 一瞬でも遅れていたらやられていた――冷や汗を浮かべながらメディアが僅かに安堵する。そこに衝撃の事実が起こる。

 

 ガラスが砕けるような嫌な音。宝具にも匹敵する筈の魔力の盾が既に悲鳴を上げている。障壁にみるみる亀裂が走る。

 

「う、そ……」

 

 あまりの事態に言葉を失う。凄まじい勢いで死が迫ってくるのを肌で感じ取る。

 

 真っ青になりながら大急ぎで障壁を補修するメディア。だが直していくたびに再び亀裂が入る――まるで焼け石に水。

 

 だが他にどうしようもない。恐怖に負けて後ろを向けば、途端に無惨な最後を迎えることは目に見えている。

 必死に修復を続ける。盾が砕ける音が心を焦らせる。自分の心すらも砕けていくような錯覚に襲われる。

 

 負けるな――諦めそうになる己を必死に鼓舞する。絡みつく死の恐怖を振り払う。

 

 半壊した障壁を捨てて新たな盾を展開――今度は倍以上の魔力を注ぎ込んだ。

 一枚目の障壁が砕け散る。新たに展開さ入れた二枚目に向かってバーサーカーが右手の剣を振るった。

 

 金属音に似た鈍い音が鳴り響く――岩石の大剣を魔力の壁が弾き、見事に攻撃を防ぐ。

 続く二撃三撃も同じく阻止。超えられぬ壁にバーサーカーが苛立ちの唸りを上げた所で、その両側面と頭上から新たな人影がにわかに躍り出た。

 

 ぴったり息の合った連携でバーサーカーを襲う全く同じ容姿の者たち――三人のアサシン。

 

 先行した両脇の二人が片腕ずつを封じて敵の攻撃と防御を阻止する。上空の一人ががら空きになったバーサーカーの頭を思い切り蹴り飛ばす。

 サーヴァントの脚力に落下速度まで加わった打撃が直撃――今度はバーサーカーの身体が階段下に向かって勢いよく飛んで行った。

 

「あれは一体……?」

 

 異様な光景を目の当たりにしたメディア――月並みな言葉しか口に出来ず。

 

「あれは俺が作った分身だ」そんな彼女の背後から声。まさかの四人目が登場。「そんな事より今すぐお前の魔力を全て回せ。まだ死にたくないのならな」

 

「なにを……」何が何だか分からないという顔を浮かべるメディア。辛うじて生き残った理性が要請を拒否する。「誰が貴方なんかに……」

 

 マダラの冷ややかな視線と嗄れ声――自然と発生する凄味と殺気。「まだ判らないのか? 今のあいつに勝つ方法はない。俺が宝具を使う以外はな。その上でどうしても渡すつもりがないのなら……ここで俺がお前を殺す」

 

「何ですって?」突然の言葉に思わず眼を剥く。堂々とそんなことを言い出すとは夢にも思わず。「そんな事を許すと思っているの?」

 

「お前の意志など関係ない。どのみち死ぬのなら、今までの借りを返してから死ぬだけだ。それにお前が死ねば、次はあの宗一郎とかいう男の番だぞ。愛しの旦那様がバラバラに切り刻まれてもいいのか?」

 

 その言葉で葛木の姿が脳裏に浮かぶ。敵によって惨たらしく殺される彼の最期を想像してしまう。

 それだけはだめだ――最悪の結末を否定する。だがこのままでは確実にそうなってしまうだろう。

 助かる見込みはただ一つ――この全く信用ならない男に全てを託すことだけ。

 

「時間がない。俺に殺されるか、魔力を回して生き延びるか、今すぐ決めろ」

 

 深刻な顔で階段下を見つめるアサシン―――バーサーカーを抑えていた分身の一人が斬り殺される。連携が崩れた所を突いて二人目も消える。残された時間はあと僅かだ。

 

「……確認するけれど、宝具を使えば本当にあの化け物に勝つ事が出来るの?」

 

 にわかには信じられない言葉――今のヘラクレスを撃退する力をアサシン風情が持っているとは思えない。

 だが目の前の男は平然と言い切った。

 

「あれは確かに途方もなく強い。だが俺はもっと強い男と戦い続けてきた。あいつ以上の者でなければ、負けるつもりはない」

 

 “あいつ”と言うのが誰を指しているのか、メディアにはさっぱり分からなかった――だが少なくとも勝算はあるらしい。

 他に選択肢はない。不本意だが、今はその可能性に賭けるしかない。

 

「………これはあくまで宗一郎様を守るため。少しでも妙な真似をしたら、その時は真っ先に殺すわよ」

 

 念のために釘を刺しておく――何もかもお前の言う通りにするわけではないという意思表示。

 

「お前に出来ればな」まったく動じないアサシン。一応聞いておいてやると言わんばかりの態度。

 

 その不遜な態度に何とも言えない腹立たしさを感じながらも、メディアは繋がっているパスを通じて目の前の男に蓄えていた魔力を送り始めた。

 


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