裏稼業とカカシさん(旧題:裏稼業の何でも屋が出向く先には必ずカカシが待っている件)   作:chaosraven

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 丸一ヶ月以上開けての投稿となります、お久しぶりです。

 本編、3万字以上の大ボリュームになりますので、お手隙の際にどうぞ。

 ・・・・・・よーーーーやっと、終わりが見えたぞ(滝汗)。


-96-"Two-up"/16 Chase

 

 

 

 R20地区より南5km付近上空

 月明かりだけが照らす暗闇の中を、9機のヘリコプターがV字に並んで飛行していく。

 

 一つはCH-47F。かつてアメリカのボーイング社が開発した、輸送ヘリコプターの超ロングセラーモデル。21世紀に入ってから新たに生産された型式の所謂ライセンス生産機である。

 この内医療スタッフを乗せているのは主導する隊長機とその右に付く2機、残りの5機は積める限りの医療物資を乗せている。

 もう一つはAH-64D。ベースとなったAH-64にロングボウ火器管制レーダーを搭載する事で、大幅な能力向上を施した戦闘攻撃ヘリ。残る2機は編隊の両端を飛行し、敵の攻撃から輸送隊を護衛している。

 

 

「こりゃ阿鼻叫喚の地獄絵図だね」

 

 

 ヘリの窓越しに双眼鏡を覗くアフィニスは呟いた。

 彼女は今、グリフィンの緊急要請で組織された医療チームと共に輸送ヘリに乗っている。

 

 地区中央に立つ基地だけは明かりが灯っているが、その周囲の市街地は軒並み真っ暗になってるか、攻撃によって燃え盛る赤い炎がチラチラ見える程度。月明かりによって辛うじて朧げに街の輪郭が捉えられるものの、そのどこかしこで煙が立ち昇る様は到底戦況がまともに進んでるとは思い難い。つまり、今も戦闘になんの関係もない多数の人間が巻き込まれ、苦しんでいる。誰でも分かるであろう事実に、彼女は内心歯噛みする。

 

 幸いなのは、基地自体には特に被害が見られない点だ。この状況では正直言って病院もあまり役に立たない。それは元々抱えてる患者をなんとか死なせない様にするのが精一杯で、とても新たな負傷者を抱え込む余裕は無いからだ。確保している医療物資も有限である以上、今時点で抱えてる患者のために使うべきなのは言うまでもない。

 それに、病院よりも多少なりとも戦力が揃っているであろう基地の方が安全だし、戦場で戦っている部隊も負傷者を見つけたら病院ではなく基地へ送らせるはず。その基地が現状無事を保っているのは、最悪のシナリオよりはマシである。

 

 

「主任。もうすぐ到着しますよ」

 

 

 隣に座る看護師が言った。彼女の正面にはホログラムが展開されており、周辺の地図と間もなく着陸態勢に入ることを示すフレーズが備考欄にチカチカと点滅している。

 いよいよ、戦場だね。目を瞑り、深く呼吸をするアフィニス。やがて開いた瞳が、同じ機体に乗る仲間達を射抜くように見渡した。

 

 

「・・・みんな、こっから先は地獄だよ。覚悟は良いね?」

 

『勿論です』

 

 

 帰ってくるのは、同様に力強さを感じさせる応答。皆が救える限りの命を救うという、強い使命感をその眼に宿していた。

 柔らかな笑みを浮かべ頷く。

 

 

「結構だ。っと、誰だいこんな時に・・・」

 

 

 その時、白衣に入れた端末が着信を告げる。誰からと思いホログラムを立ち上げると、発信元はR20地区基地。途端少々顔を顰めた。

 事態が起こった時、この地区の指揮官は最善策を講じなかった。即ち初動の遅れがあったがために、被害が拡大したと言える。あくまで基地の回線から来ているため誰が掛けてきてるかは分からないが、状況的に人的被害を拡大させた張本人(指揮官)ないしはその副官の可能性もある。半ば敵意に近い感情を抱くのも無理は無かった。

 通話画面を立ち上げると、SOUND ONLYと書かれた画面が表示された。

 

 

「こちらは本社の指示で派遣された医療チームの第一便。私はチーム統括責任者のアフィニスだ。そちらは?」

 

『私はR-09地区指揮官メリー・ウォーカーです。迅速な応援に感謝致します』

 

 

 電話の相手が名乗った所属を聞き、アフィニスは眉を顰めた。

 同じR地域所属ではあっても、別の地区を管轄する指揮官が何故こんなところにいる?

 

 

「R-09地区だって? どうやって有事のここに?」

 

『現在私が全権を引き継ぎ、遠隔で指揮をしている状況です。基地内部の状況については戦闘の混乱もあって未だ正確な情報が届いておりません』

 

 

 そういう電話口の先から、PiPiPiというホログラムキーをタイプする音が物凄い勢いで鳴り続けているのに気付く。

 口頭でこちらに意識を割きながら、コンソールに映る戦況も同時にモニタリングする。これは相当に負荷の掛かる作業であるのは言うまでもない。

 それにこのウォーカーという女性指揮官も、本来自分の仕事じゃないのに必死になって同僚の尻拭いをしているのだ。であれば、長電話は避けて要点のみを共有して終わるべきだろう。

 

 

「・・・了解したよ。現地の状況はこっちで調べてなんとかする。社長には物資とスタッフを融通する様に言ってあるから、貴女にはどうか最後まで部隊を持ち堪えさせてほしい」

 

『お任せください。どうかよろしくお願いします』

 

「こちらこそ。お互い頑張ろう」

 

 

 そう言って通話は途切れる。

 アフィニスは端末を白衣にしまうと、先とは打って変わって険しい表情を浮かべた。

 

 

「・・・・・・思っていたより遥かにヤバい状況かもしれない。皆、覚悟を決めておいて。

 場合によっちゃあ、“命の選別をしなきゃいけないかもしれないからね”————」

 

 

 そう言ったアフィニスの顔は、これから目にするであろう戦場(じごく)を前に一層険しさを増していた。

 

 

 

 -----

 

 

 

「お待ちしてました!! 救援に感謝します!!」

 

 

 やかましいローター音が鳴り響く基地のヘリポートで、誘導役のスタッフが目一杯声を張って言った。

 キャビンドアから降り立ったアフィニスは、出迎えたスタッフと共に風にはためく白衣を抑えながら基地の中へ。その際後ろに続くスタッフに見える様に右手を掲げ、手のひらを地面と平行に払う仕草を見せた。

 それを見た医療スタッフ達は直ちに積荷を下ろして使える状態にする係と、自前の道具を持って直ぐに現場の応援に入る係に分かれて動き出す。無論、アフィニスは応援に入る側だ。

 

 

 

「状況は?」

 

 

 険しい顔で問うと、スタッフは目を伏せ答える。

 

 

「悲惨、の一言に尽きます。現場は大混乱で、怪我人や必要な薬品や道具の情報すら錯綜して訳が分からなくなってる有様です」

 

「なんだって? 上の人間は一体何をやってる?」

 

 

 アフィニスの眼に怒りが灯る。

 ウォーカー指揮官曰く、ここの指揮官を関わらせたくないと言って指揮を引き継いだと言っていた。その理由は諸事情とボカして教えてくれなかったが、当人がスポンサーの身内であるコネ入社という事実とこの状況から、なんとなくの理由に察しは付いている。

 が、指揮官当人はともかくその下に就く人間は何をしているのだ。幾ら医療分野が専門外だとしても、せめて何かしらのサポートなり出来る事はあるはずだ。必要な情報すら入れ子になる様では医療事故が起こりかねない、極めて危険な状況だ。現場を統括する人間が直ちに纏めていかないと、例えば輸血する型を間違えるみたいな防げる事故も起こってしまう。

 

 

「それが・・・」

 

 

 スタッフは先程基地の放送で流れた指揮官・・・ハロルド・フォスターの言葉を伝えると、アフィニスは目尻を釣り上げ拳を震わせた。

 

 

「・・・人が苦しんでる中でまだ保身を考える大バホがいるのか。

 分かったよ。上の人間には何も期待しちゃいけない、こっちで必要に応じて動く」

 

「お願いします。さぁこちらへ!」

 

 

 駆け足で階段を駆け下りていく一同。

 やがて目的の階・・・基地のエントランスに到着した彼女達は、まさに地獄と言って良い光景を目の当たりにする。

 

 

「イテェよ・・・イテェんだ」「パパ、ママ、どこぉ・・・?」「嫌ぁ!! 死んじゃいやぁ!! 貴方ぁっっ!!」「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」

「頼む・・・目を開けてくれよっ」「もうちょっとの辛抱ったっていつ応援がくんだよ!このままじゃ死んじまうよ!」「・・・」

 

「おいこっちに応援回してくれよ!」「こっちは手一杯だ!他に頼め!」「頼んだ薬まだか!?急いでくれ!」「血液が足りません!誰か輸血剤を!!」

「そっちよりこっちの方が重症だ!!」「諦めるなよっ、頼むから動けよ心臓っ!!」「こんなに傷が・・・これじゃあ」

 

 

 階のあらゆるところで反響する切羽詰まった人の声。それと同時に鼻につく血の匂い。野戦病院さながらの悲惨な光景が広がっていた。

 アフィニスはより一層眼光を鋭くし、一度見える範囲で大きく見渡すと大きく通る声で言った。

 

 

「全員、自分の持てる全力で事に当たるように。良いね?」

 

『了解!!』

 

 

 散り散りになってヘルプに入るスタッフ達。アフィニスも患者の一人に向かっていったその時————

 

 

「うわっ!」

 

「きゃあっ!!」

 

 

 基地の正面エントランスの方から爆発音、そして数発の銃声が轟いた。

 予想もし得ない音に反射的に体を屈め、物陰に身を隠す。間もなく医療機器の動作音以外全ての音が消えた時、遠くの壁の向こうからほんの僅かに足音が鳴った。数は数名。ペースは早く、それでいて最低限の物音(ノイズ)に抑えた動きにより、壁の近くにいた人間以外は足音に気付くことすら出来ない。

 応援に入ろうとした矢先に起こった出来事に、流石の彼女も頭の中が混乱してしまう。

 

 

(なんで基地で銃声が鳴るんだ! しかも多数の負傷者がいるってのに!?)

 

 

 民間人だろうが負傷者だろうが敵にとっては等しく敵である、そういう意思表示の様に感じられたアフィニスは、激しい怒りに身を震わせるしかない。

 なにより、今の爆発や銃撃で怪我をした者がいる。彼らも助けなきゃいけない。けれども、そう簡単には動けない。

 

 今この地区で最も安全である、あるべきはずの基地で銃声と爆発音が鳴った。それは即ち、敵が中に紛れ込んでいたという事。これではいつ誰に撃たれるかなんて分かったものじゃなく、そして医療従事者である自分達はそんな敵にとって優先的に排除すべきターゲットとなる。

 そんな事情を抜きにしても、身を守るためには迂闊に姿を晒す事が出来ない。目の前に救わなければならない命が沢山あるのに、手を差し伸べる事が出来ない。理不尽極まる敵の仕業に、アフィニスの中で何かが切れた。

 

 

「・・・くっ、良いさ。そうまでして殺し合いたいってなら、私達がその分多くの命を救うだけだ」

 

 

 徐に立ち上がり、屈んだ拍子に白衣に着いたホコリを叩いて落とすと、ふと周りの目に付く全員が自分を見上げることに気付く。その目はいずれも早く伏せろとか、死にたいのか?という自らを思う善意の視線であり、それを受けたアフィニスはいつもの柔和な笑みで全体を見渡すと、よく通るはっきりとした声で宣言した。

 

 

「救える限りの命を救い出す。それが、私達の仕事だ。————私は戦うよ、たった一人でも。そのために、ここにいる」

 

 

 その言葉を聞いて、身を伏せていた他の医療スタッフ達の眼にも炎が灯る。

 誰もが己の使命、今為さなければならないことを胸に、決して暴力に屈さず最後まで全うすると。皆、そんな想いを瞳に湛えてアフィニスを見ている。

 

 彼女は笑顔から険を帯びた表情になると、大きく声を張り上げた。

 

 

「さぁみんなっ!! やるよ!!」

 

『はい!!』

 

 

 


 

 

 

 時は進む。ブリッツとレイが敵のA.S.T(スーツ)を倒し、追跡を開始した頃。スケアクロウはレイの指示で、地区から脱出を試みる敵の生き残りを空から追跡、妨害していた。

 相手は比較的大型のセダン車。艶のある真っ黒なボディは暗闇に同化し、遠くから通常の手段で視認するのは困難を極めるであろう。

 

 

『スケアクロウさん。先程ティナさんが敵本拠地に到着、運転をレイさんに交代してそちらに向かっています。現在そちらとの距離は3km程度、追い付くまでの予想時間およそ6分です』

 

『了解。・・・・・・この状況で3km離れてるのを6分で詰めるんですの?』

 

 

 何気無く応答したものの、よくよく考えるとかなり無茶をしないと不可能だと思い直すスケアクロウ。

 ただでさえ乗り捨てられた車が詰まってる市街道路である。抜けるには路地や裏道みたいな一方通行路といった狭いルートをメインに通る必要があり、事前にルートをさらってるならともかく、初見で通り抜けるには中々に気を使う。

 絶対逃がせない相手を追跡してる以上、尚の事事故を起こすギリギリの速度で突っ込む様な運転を強いられる。

 

 彼女の懸念を察してか、淡々とした口調でナビゲーターは返す。

 

 

『車の性能とルートさえ無事に通り抜けられれば可能なはずです』

 

『・・・そこはレイのテクを信じるしかないですわね』

 

 

 抑揚のない言葉。しかしだからこそスケアクロウの中で冷静さを保てた。焦りや不安といった感情は伺えない、いや、感じさせない様に声のトーンを調整して()()してるというべきか。だがそれ故に、ナビゲーターがレイの運転技術(ドライブテク)を信じて案内(ナビゲート)してる意思表示となる。

 彼女の意図を読み取ったスケアクロウは、一先ず先を征く目標に意識を向け直す。

 

 

 スケアクロウは距離にして15m〜30m程の間隔を開け、狭い路地を勢い良く縫い進む車を追い掛ける。その速度は平均60km/h程度。もちろん、車幅ギリギリのルートを通り抜けるスピードではない。ましてや何かの拍子にバランスを崩しでもすれば、その瞬間両隣の壁に1tもの質量物が突っ込む事になる。そうなれば人質も、何より自分達も怪我は避けられない。逃げる為とはいえ、自殺紛いの危険な逃亡をしているのだ。

 それが可能な理由は2つ。

 

 

(一切迷いのないステアリング捌き。通るルートは例外なく、ゴミ箱といった路地裏にありがちな障害物がありませんわ。徹底したルート検証とクリアリング、事前準備は流石ですわね)

 

 

 敵は腐ってもプロフェッショナル。与えられた任務を遂行するために必要な事は徹底的にやる。もちろん、万が一に備えての道筋も確保しておく用心深さも備えている。はっきり言って、もしブリッツが()()()()この地区に来ていなければ、此処は制圧されていたであろう。

 現地指揮官の指揮能力の低さと戦術人形の練度不足が合わさった弱小部隊が、ここまでの準備を平然と熟して挑んできたプロに勝てる筈は無い。

 

 ただ、カルト教徒の証言から姿を覗かせる例のタコ足の女・・・即ち真の黒幕が見え隠れする現状を考慮すると、この地区がどんな結末を迎えるのかが見通せないところである。

 

 

 敵の求める結果をどうにも見出だせず、思考が渦を巻き始めたその時。車が路地から出てストリートを横切る形でアプローチし始めた。

 片側一車線で、歩道はちょうど車一台分が通れる程度の幅。厳密には道路標識のポール等が立っているものの、ギリギリのラインを通せば少しミラーを擦る程度で済むだろう。

 

 流石に表通りとなると、避難の際のゴタゴタでゴミ箱やら商店の品物やらが散乱している。しかし路地と違うのは、弾き飛ばせば進行ルート上から出て行ってくれる可能性があるということ。

 両隣を壁に囲われてる路地では弾き飛ばしてもまた前に障害物が残るだけだが、両隣に空間があれば進行線上以外にも逃げ場がある。即ち、障害物を一発で排除可能ということだ。

 

 それ以外にも、敵にとってメリットがある。

 

 

「!!」

 

 

 開けられた後部座席左窓からSCAR-Hを持った兵士が身を乗り出し、スケアクロウに銃口を向ける。装備で顔を隠していても、その表情は鬱陶しさと苛立ちに満ちていると分かる。

 

 この瞬間、追従するビットからの映像を通して銃口の向きを捕捉。並行してこの先の路面状況から車の振動や挙動の変化をシミュレート、車体の動きに応じてブレる射線まで演算を完了させると、彼女は兵士の引き金に掛かった指を注視(マーク)する。

 銃弾が放たれる。3点バーストで小刻みに弾丸を撃ち出す。

 

 もちろん、当たってやる義理は無い。重力など意に介さぬ自由な機動を描きこれを回避。それと同時にセダンにつく2機の内1機のビットを、半身を乗り出す兵士の死角になる背面真下に配置。弾を撃ち尽くして引っ込もうとした瞬間、控えていたビットを()()()。それまでの進行方向への運動を突然止めてその場に留まろうとするビットに向かい、車に乗せられた兵士の背中が突っ込んだ。

 

 

「はぐぁっ————」

 

 

 数kgの鉄の塊へスピードに乗った状態で叩きつけられれば、たとえ屈強な兵士がボディアーマーを着込んでたとしても無事では済まない。

 兵士は衝撃に気を失い、乗り出していた体ごと道路に落ちる・・・ところをスケアクロウのフヨフヨパワーでキャッチし、浮かせたまま追従させる。

 

 無意味に殺す理由も無い。もっとも、この速度で地面に叩き付けられていれば、打ち所が悪いと死んで燃えていただろうが。気が付いた瞬間自殺する可能性もあるだろう。

 

 とそこへ、たまたま展開していた現地の人形部隊を発見。これ幸いと彼女は捕らえた兵士をそちらへ、もちろん重力操作によって物理エネルギーを緩和した上で放り込んだ。

 どの結末を選ぶかは当人に任せ、スケアクロウは追跡を続ける。

 

 すると今度は左側にある助手席の窓が開き、中からMP7と思しきサブマシンガンが現れる。射手は腕以外は晒さない。完全当てずっぽうな盲撃ちではなく、ミラーを頼りに狙いをつけるつもりのようだ。

 

 スケアクロウは先程兵士を落としたビットに命じ、小威力のメーザー弾を連射させた。当たっても擦り傷になるかどうかという程度。しかしどれだけの威力を内包してるか分からない敵は、突然飛んできた幾数の光線に咄嗟に腕を引っ込め身を守ろうとする。迎撃手段を奪われるのは大きな痛手だ。そうするのは当然だろう。そこを突く。

 

 引っ込みクリアに見えるようになった左ドアミラーに向け、自身に追従する3機目のビットからメーザーを発射。今度は物を壊せる程度にチャージしており、着弾したミラーは全体がヒビ割れると共に弾着点は熱で融解してしまう。これでドライバーは左後方を見るなら目視せざるを得なくなり、助手席に控える射手も狙いを定めるなら直に顔を出す必要が生じる。鬱陶しいことこの上ない妨害である。

 

 

(確かに止める事は出来ませんが、動きにくくする位は出来ますのよ)

 

 

 その時だった。

 背後から真っ白な眩い光で照らされる。光源自体はまだかなり遠いが、光軸ははっきり彼女達を捉える。後ろを振り向けば眩惑させられるほどの強烈な光、高出力のハイビームなのは間違いない。そしてそんなものを、そこら中に車が止まってる道路状況で光らせ走る車などほぼいない。

 

 

『・・・フフっ、役者が揃いましたわね』

 

 

 そう言った彼女の顔には、マスク越しにも分かる笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 -----

 

 

 

 少し前————

 

 

 未だ銃声や爆発音といった物々しい音が鳴り響く市街地。それらの音を掻き消さんばかりにエンジンをやかましく唸らせ、灯りの無い暗闇を駆け抜ける。

 前方300m先に十字路の交差点。ブリッツから借りたスマートグラスが右折する様に矢印で導く。

 

 フットブレーキを踏み抜く。途端、搭載されたブレーキキャリパーと大口径ブレーキローターが動き、約2.5tあるコイツの車速を受け止める。

 同時にステアリング裏のパドルシフトをダウン方向にダブルクリック、大きく右に切る。慣性に逆らう強いブレーキングにより、車体の荷重は前輪に集中する代わりに後輪を押さえ付ける力が弱まる。結果、右に曲がろうとする力と真っ直ぐ進もうとする慣性が働き、リアが滑ってゆく。

 

 このままアクセルを開きドリフト状態へ。滑りながら加速していく、大きくカウンターを当てる必要は無い。クルマの鼻先(ノーズ)さえコーナー出口を捉えられれば、後はステアリングの微調整だけでなんとかなる。

 

 乗り捨てられた車の間をすり抜け曲がり切る。進路は良し。ドリフト直後の挙動を僅かな調整で抑え込みつつ、アクセルを踏み抜きぶっ飛ばす。4LV8ツインターボエンジンの571馬力、モーター出力136馬力、トータル700馬力というハイパワーが四輪に伝わり、まるで戦闘機のカタパルト射出の様に加速する。

 

 

「ゲート。目標との距離は?」

 

 

 加速Gによって身体がシートに押し付けられる中、ブリッツが問うた。

 

 

『およそ2000メートル。スケアクロウさんの妨害が効いて敵車がスローダウンしています。スラム街に入る前には追いつけるかと』

 

 

 同時に、視界右下端部に新たな情報が表示される。周辺のミニマップを展開、その上に俺たちと敵の位置を示す赤いマーカーがリアルタイムで動いている。

 

 

「そういう訳だ。頑張っt「分かってるから黙って座ってろっ!!」・・・了解」

 

 

 気を張り詰めてるなか、助手席のブリッツは余裕を崩さない。その様が癪に障り、理不尽な八つ当たりでつい声を荒げてしまった。

 とそこへ、

 

 

『ちょっと無茶なルートを通りますよ』

 

 

 ミニマップが勝手にスクロールし、無茶なルートとやらの構図を表示する。

 T字路を右に曲がった後すぐに切り返して左に曲がる、所謂S字クランク構造のルート。それだけならまだ良い。ミニマップは無茶の根拠となるポイントをズームインして詳細な情報を表示する。

 ・・・・・・ビルとビルの間を通り抜ける、文字通りの裏路地。道幅は最も狭い箇所で1,955mm。コンパクトハッチみたいな大衆車ならまだしも、全幅1,937mmのこの車のサイズでは確かに無茶なルートと言える。何せスピードが乗ってる中で通ろうってんだから。

 

 

『追いつくならこれが最短ルートです』

 

 

 ダメ押しとばかりに言われる。他のルートも探せば無いわけじゃないんだろうが、一刻の猶予も無い中でそんなことしてる時間も惜しい。やれ、と。そういうわけだ。

 ——————————上等だ。

 

 

「・・・・・・キヒィッ!」

 

 

 犬歯を剥き出し笑う。頭に血が回る。

 間髪入れず、フロアを踏み抜かんばかりにアクセルを大きく開けた。

 

 パナメルカーラは応える。獣の様な雄叫びを上げて加速する。

 やがてやってきたT字路(コーナー)。真正面に立つビルに向かって突き進む様はまるでチキンレース。だが弱めてはいけない。まだ、まだまだ・・・ここだ!

 

 左足を掛けてたブレーキを踏み抜く。慣性の影響でリアに集中していた荷重が一気にフロントへ。

 

 

「ふぎゅんっ」

 

 

 右後ろ、ティナが踏ん張りきれずに助手席に顔をぶつけた。もちろんシートベルトはしている。それほどの強烈な減速Gが全員に掛かり、締めたシートベルトが身体に食い込む。痛みが走る。

 構ってられない。一気にステアリングを切り込む。急な操舵軸の変化、それとリアからフロントへの強烈な荷重移動によって、車体は喧しいスキッド音を鳴らしながら右方向へ滑り始める。

 反射的にアクセルを抜きそうになるのを抑える。ここで抜けば却って挙動が崩れると分かっているから、本能を理性で抑えながらアクセルを踏み続ける。

 

 半ばスピンに近い状態になる車体。しかし履いているタイヤはコスト度外視のハイグリップ仕様。その上2.5tの車重により尚の事食い付くそれは、スライドと同時に大きな抵抗となって速度を殺していく。即ち、コーナーを曲がりきれる様になる。

 

 T字路を曲がり切ったところへ、すぐ左手正面に飛び込む路地を視認。すかさずステアリングを逆に切り返し、今度はアクセルを抜く。

 まだ右折時の横方向に滑ろうとするエネルギーが残っている。そんな状況で逆方向に切り返せば、普通は挙動が崩れて制御困難に陥る。狭い街中では即座に周囲の建物にぶつけてクラッシュしかねない。けど、敢えてやった。乱れ始めた挙動を完璧にコントロール出来れば、最も時間を使わず路地にアプローチ出来るから。

 

 右に滑ろうとするエネルギーに対し、操舵輪は左へ向く。そうなると左へ曲がろうとする力が発生し、それに引っ張られる構図のリアは今度は右側へケツを振る。先とは逆方向のドリフト状態へ移行する。

 そのまま真っ直ぐ一直線上に進めば路地にぶつけず入れる、その1点を目指しスライディング。やがてその手前に来たところで即座にステアリングを元の位置に戻す。すると曲がろうとするエネルギーの発生源が消えた事で、ケツを振ろうとするエネルギーも弱まる。結果、一旦右に振ったあと、それよりも小さい力で左に振る。その度にカウンターステアを当て、クルマの挙動を安定させてやる。

 そしてデフォのステア位置に対して真っ直ぐ進む、横方向のどんな力も加わってないニュートラルになったその瞬間、パナメルカーラは路地へ突っ込んだ。

 

 周りの壁に反響するエンジン音。安全安定の為のリミッターを全て解き放ったV8エンジンの雄叫びが、まるで怪物の雄叫びの様に反響する。

 

 

 分かっちゃいたが、指定されたこのルートは無茶苦茶狭い。デカ過ぎる車幅が災いし、ちょっと段差を超えたりで揺れるたびにミラーを擦ってしまう。しかもこの速度を出してるせいで、そうしたちょっとしたギャップすらも車体に無視出来ない大きなショックを与える。

 

 後で持ち主のギルマス(ヌル)にどう報告しようか、なんてしょうもない事が一瞬頭を過ぎるが、瞬間的に思考を切り替え目の前に集中する。路地にはコーナーは無い、通りに出るまで真っ直ぐな一本道。稼げる所で1秒でも時間を稼ぐ。

 

 俺はアクセルを更に踏み込んだ。

 

 グローブの中で手汗が滲む。背中も、額も、冷や汗が伝う。ぶつかれば大怪我、下手したら死ぬ。アホみたいな環境で始めたドラッグレースの如き踏み方。車窓を景色が流れる速さが桁違いに早い。

 

 目を見開き、歯を噛み締め、嗤う。楽しい、楽しくて仕方が無い。

 

 新たなインフォメーションが示される。路地を出た瞬間左折。ひたすら真っ直ぐ突き進めと。

 言われた通り、ノーズが路地を飛び出しかけた次の瞬間、俺は一気にステアリングを左へ切る。この速度で突っ切ってるため、ハンドルを回し切る頃にはとっくにケツも路地を抜け出している。

 車体が滑り、キーキーとスキールを喚き散らす。構わずアクセルを踏むと、4つのタイヤは応答し自ら回りだす。摩擦抵抗の強いハイグリップタイヤが直ぐに路面を捉え、マフラーから吹き出す炎を残像に立ち上がった。

 

 

 障害物は無い(オールクリア)

 

 

『そのまま2キロ直進です』

 

「————カルフェルッッ!!!」

 

『了解』

 

 

 センターにあるマルチインフォメーションディスプレイ、カーナビや車内設備を操作する画面に、アニメーションで瞬時にこう表示された。

 

【BOOST PRESSURE 1.2→2.0】

 

【HORSE POWER 571→720】

 

【READY to Danger Zone.】

 

 

 隣でブリッツが息を呑む・・・のも待たず、右足を踏み抜いた。

 2つのターボチャージャーが、先とは比べ物にならない過給音を響かせ、圧縮した大量の酸素とガソリンをエンジンへ叩き込む。

 タコメーターの針がレッドゾーンへ振り切れて、速度計は200km/hを超えた。桁違いの速さで流れる景色、視界はどんどん狭まる。路面のちょっとしたギャップですら大きく拾い上げてしまう、死と隣り合わせのスピード。

 

 その時、遥か視線の先に人影が見えた。右手でステアリングをホールドしつつ、左手の人差し指と中指をライトスイッチに掛け、プッシュプルを繰り返し警告する。速度は緩められない。だから退け、轢かれたくなきゃな。

 300km/hに近付くにつれて、目にも止まらぬ速さでピストンが動き続けるエンジンは、その唸り声に金属音を混じらせる様になる。

 

 警告の意味を察したのか、撥ねるギリギリで人影が飛び退き避けたのを確認する。多分化け物でも見る様な顔をしてるんだろうと思う。

 

 

『300メートル先を右折』

 

 

 250km/hオーバーという超高速域では、300mなどあっという間に通り過ぎてしまう。250km/hで約70m/s、5秒も掛からず到達する計算だ。

 当然こんな速度じゃ曲がりきれる訳が無いので、アクセルからブレーキへ足を乗せ変え、即座に踏み込んだ。

 元々レッドゾーンの高回転域でぶん回してたエンジンが、信号が無くなった(アクセルが抜かれた)事で一気にアイドリング回転域まで戻ろうとする。エンジンの回転と駆動輪の回転にギャップが生じ始めると、それは強力なエンジンブレーキという形で表出する。

 加えてフットブレーキも踏み込まれる。250km/h分の前へ進もうという慣性とブレーキングによる制動力がせめぎ合い、俺達の身体が前へ強く引っ張られる。ベルトがキツく食い込み、無理な動きで生じた強烈なGが身体の中を揺り動かす。

 

 ロック寸前の4輪は白煙を上げ、100km/h程に急減速する。ステアリングを右に切ると軽くスライドしつつコーナーを曲がり切り、立ち上がると共に加速。

 とその時、遥か遠くの直線上に淡く赤い光が見えた。そしてそのすぐ上から降る緑色の眩い光線。

 

 その正体など考えなくても分かる。

 

 

「サーちゃんだ!」

 

「————シャアッッッ!!!!」

 

 

 ティナが相棒のあだ名を呼んだ。目の前にいるのは間違いなく彼女だと。

 無茶極まるドライブの第1幕を完遂出来た、その事に嬉しさから堪らず腹の底から吼えた。

 

 スケアクロウの妨害が功を奏し、相手の車速はそれほどじゃない。大して此方はフルスロットルに等しい。瞬く間に車間を詰めると、相手に合わせてスピードを落とす。ここからは第2幕、人質を助け出す最後の仕事だ。

 

 

「よくやった、レイ」

 

 

 速度が落ちたことでメンタルに余裕が出来た所へ、声と共に突然横から入ってきた強い風が冷や汗伝う顔を不躾に撫でる。目だけを向けると何故かブリッツはベルトをしておらず、開ききった窓から身を乗り出そうと腰を上げていた。

 先程よりはスローダウンしたとはいえ、車はまだ走っている。だってのに何ベルト外してやがるんだと、一瞬俺の思考はクエスチョンマークを掲げた。

 

 

「あ? お前何するつもりだ?」

 

「言わなきゃわからないか?」

 

 

 顔も眼も前を走る車に釘付け。そのまま銃を構えた所で、ようやく目的が分かった。とことんしつこく粘り、相手の集中をかき乱すつもりらしい。あわよくばそのまま車を止め、中に囚われている人質を助け出すと。

 少しの隙も見逃さないと徹底してチャンスを伺う姿勢、流石のプロ根性である。

 

 ・・・良いだろう。最後まで付き合ってやるさ。

 

 

「ティナ、といったな。手伝ってくれ」

 

「おほっ? へへんっ、りょうかーい!!」

 

 

 ブリッツの頼みにティナもノリノリで返し、同じように窓を開けると箱乗りしてP90を構えた。左ミラーの下窓枠にティナの黒いジャケットが乗っかったのが見える。

 

 

It's showtime.(おっ始めるぜ)

 

I'll decide.(決めてやるぜぇ)」ヒクメノ キメゴエ

 

 

 瞬間。ブリッツの417が火を吹き、セダンのリアテールに7.62mm弾を叩き込んだ。ティナも続いてP90のトリガーを引き切る。ちなみにスケアクロウは発泡直前のティナからのデータリンクで察知したのか、ギョッとした顔を向けながら上に退避している。

 二人の弾丸がセダン車に降り掛かり、火花と共にテールランプは砕かれ、リアガラスには小さな蜘蛛の巣状のヒビが幾つも刻まれる。

 

 此方から銃撃されることを予期していなかったのか、セダンはまるで身悶えするように左右に蛇行、車体が振れる。

 しかし見たところ、5.7mm口径のティナのP90はまだしも、バトルライフルであるブリッツの弾も車体の鋼板を貫けた様子は無い。内部に行く前に止められている。こっちと同じく防弾仕様という事だ。

 

 とそこへ、退避していたスケアクロウが助手席横に追従。見なくても眉間にシワが寄ってるであろうと分かる声色で苦言を呈した。

 

 

「ちょっと? 私の気遣いを無駄にしないでくれません?」

 

『そうですよ! このままでは事故を起こす可能性が! 代行官の身が危ないですよ!』

 

 

 スケアクロウに続いてナビゲーターまで。なるほど、今までの妨害はあくまで人質にダメージが行かない様に抑えていて、その指示は恐らくナビゲーターからのものなのだろう。

 確かに合理的な判断だ。無理矢理止めるんなら、一人よりも人手が多い時にやったほうが確実に助けられる。止めたとして例えばドアに鍵が掛かってて開けるのに手間取ったら、その間に人質を殺される可能性だってあるのだ。それにこの防弾仕様となれば、当然窓ガラスもただのガラスじゃない。むしろ人間一番の急所たる顔を守る部分故、尚の事堅い素材を使ってる筈だ。

 であれば、俺達が追い付くまではあくまで時間稼ぎと、人質の体力を最優先に置くのがベスト。その判断は間違っちゃいない。

 

 

「────寝惚けてるのか?」

 

 

 風切り音が聴覚を支配する中でも、その声ははっきりと耳に残った。

 

 

「今優先すべきはHVIを乗せた車両を停める事だ。気遣ってる場合じゃない。それとも何か? 律儀に止まってくれるのを待つのか?」

 

 

 空になった弾倉を捨て、新たなマガジンを装填するブリッツ。

 淀みなく行われる動作の中で発されたセリフは刺々しい。明らかに苛立ってると分かる。

 

 

「それにだ。俺は今腸が煮えくり返っている。もう我慢の限界だ・・・!」

 

 

 言外に事故らせてでも止める、本人の中ではそのつもりのようだ。

 

 まぁ、ブリッツの感情はともかくとしてだ。

 スケアクロウ一人で追ってた時はともかく、人質救出の為の人手がある程度揃った今、短期決着のために強硬手段を取るという選択肢も十分アリだ。

 人数がいれば最後の悪足掻きも封殺しやすく、同時に人質を安全に救出できる可能性も高まる。言葉が足りてないのと激情が漏れまくってるせいで、全然スケアクロウ達に発言の意図が伝わってないが。

 

 当人はそんなこと全く気にも留めず、己の怒りを乗せて撃ちまくってる。

 俺はこんな様子を見て一息漏らすと、今の精神状態の確認も兼ねて口を開く。

 

 

「お怒りはごもっとも。だが()()()()よ」

 

 

 完全に血が上ってたら即キレ散らかすであろう単語を敢えて選んだ。言外に落ち着けと言ってる訳だが、憤怒してる中こんな事言われて落ち着いて返せるかどうかがポイントだ。ちなみに俺が完全に頭キテる中こんなこと言われたら手出す自信がある。

 

 

「ああ、貴重な意見をありがとう」

 

 

 皮肉の効いた返答。

 癪に障ったのは間違いないが、それに対しキレ散らかす程まだ単細胞化はしていない。あくまで考えるリソースは残ってる、それが分かっただけ良しとしよう。

 

 その時、セダンの助手席から人が身を乗り出した。恐らく戦闘員。その手には銃がある。サイズから鑑みてPDW系統。

 敵はこっちに銃口を向けて来た。だがその銃で扱える弾は防弾仕様のこの車を貫く事は出来ない。中身がメーザーなら話は変わるが、今までの交戦からその可能性は低いだろう。仮にそうだとしても貫くには相応のチャージが要る。光を見てから判断可能だ。そう捉えた俺はただ真っ直ぐ走らせ続ける。何故なら————

 

 右横と真後ろから異なる発砲音が轟く。ブリッツとティナ、二人が即座に出てきた敵を狙い、引き金を引いたのだ。

 

 5.7mm弾も7.62mm弾も、人体に当たれば重大なダメージを与える弾丸だ。そんなものを何発も同時に食らえば、大抵の人間は程なく死を迎える。

 身を乗り出していた敵は力無く頭を垂れ、車体から落っこちた。その衝撃がトドメとなり、絶命した身体に青白い炎を纏わせた。

 

 無論、超高温で燃える死体を踏み付ければタイヤにダメージが行くため、最小限のステアリング操作で回避する。

 

 

「不用意に身を晒すな、アマチュアが」

 

 

 小さく毒づくブリッツ。ボソッと呟く程度のそれもヘッドセットのマイクがバッチリ拾い上げてしまい、共有する全員に届いた。

 

 

『・・・何なんですの、ホント』

 

 

 拾われてしまったブリッツの毒を聞き、鉄血というだけで今までブリッツから敵意剥き出しで接されてきたスケアクロウは、良い加減彼の態度にうんざりした声で言った。

 チラリ、右を見るとマスクを着けた美人と目が合う。一瞬視線を前に戻して再度右へ。ブリッツに悟られない様にごく小さく顔を横に振って示す。

 

 

『・・・分かりましたわ。納得はいきませんけど』

 

 

 そうしてくれ。後でフォローするから。

 

 

 それからというもの、車内から人が出てくる事は無い。セダンは逃げの一手を取る。どれだけ銃撃に晒されようと、是が非でも逃げ切ってやるとばかりに走り続ける。

 

 

「かったい! かったいよご主人!! ロケラン持ってきてなかったっけ!?」

 

「無えよ!? てかあっても使わせるかっ!!」

 

 

 撃っても撃ってもびくともしないセダンに焦れたティナは、あろうことかとんでもない事を口走る。ブリッツを余計に刺激してないか横目にチラ見したが、どうやらブリッツ自身もティナと同様に段々焦れてきている様である。

 

 人間相手なら防弾ベストを着ていても効果が望める5.7x28mm弾だが、中身に防弾プレートを仕込んだ車体を貫く事は不可能。当たっても火花を散らす程度で、到底有効打を与えられてるとは言えない。

 問題は7.62mm弾を使うブリッツも同じ状況ということ。5.7mmと比べれば少しずつダメージは与えられてるものの、それも貫通に至るまでには時間が掛かってしまう。

 

 止めるにゃ最悪ぶつけるしかないか・・・? だがそんなことしたら仕事の度にとんでもない額が報酬から天引きされる未来が待ってる。それに乗ってる俺たち自身も怪我する。最後の最後にはやむを得ないが、可能な限りその手は取りたくないぞ。

 

 なんて考えてた次の瞬間、セダンが急ブレーキを踏み込みやがった。初っ端に二人がブレーキ灯ごとテールランプを破壊してくれた為分かりにくかったが、セダンが前のめりになりリアが浮き上がったのに気付いた為、直ぐに踏み変えてブレーキを踏み込む。

 最初は踏み抜く勢いで、そこから前に合わせて踏み加減を調節していく。

 

 しかし突然の急制動により不安定な姿勢で乗っかってたブリッツ達は振り落とされそうになる。それを咄嗟に天井や座席、ダッシュボードに足を押し当てる事で身体を支えた。

 

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 ちなみにこれだけでオプション料金2万ユーロ近い額が飛んでく。

 

 振り落とされたら元も子もないので仕方無いが、それでもついクレームが口を吐いた。

 

 

「おい! 傷つけんなよ!?」

 

「悪いが文句ならあいつらに言ってくれ!」

 

 

 ごもっともである。

 急ブレーキ踏みやがった奴等が悪い。請求したところで払ってくれるとも思えないが・・・。

 

 一方こちらのやり取りなど知らない敵は、交差点に差し掛かったところで右旋回を始める。タイヤを鳴かせ、ケツを左に振りながら曲がっていく。

 こちらも追従する。曲がる際減速することで一時的に車間が開くが、このクルマのパワーならリカバリーは容易だ。曲がりきったところでアクセルを踏み込む。

 

 カチン、ブリッツが持つ銃から乾いた音が響く。弾が切れた。

 横目にチラリ。ブリッツの手がマガジンポーチの中に入った途端、苦い顔を浮かべた。

 

 

(417の最後の弾か。他はMP7とMk23のマガジンのみ・・・やるっきゃないか)

 

 

『間も無くスラム街に突入します』

 

 

 そのタイミングでナビゲーターから報告が入る。結局市街地では仕留められず、スラム街まで到達させてしまった。その上、弾もなければ時間も無い。

 セダンは居住区とスラム街を隔てるゲートに突入。通行を妨げるゲートフェンスを弾き飛ばし、そのまま直進。不幸中の幸いなのは、この非常時でこんなところで仕事してる人形がいなかったことか。こちらも同じゲートを真っ直ぐ通り抜ける。

 

 その時、ミニマップにあるルートが表示される。その行先はR20地区と外部を繋ぐゲートの一つまで一本の線となって繋がっている。さらに言えば、このゲートはさっき俺たちが調べていた細工済のゲートだったはず。考えてた事がそっくりそのまま現実になろうとしてる。このままではそこから外へ逃げられる。確実に。

 

 

「このままだと逃げられるぞ!」

 

「分かってる!」

 

 

 共に声を荒げる。ガスメーターが示す残量は既に1/5まで来ている。エンプティが点く寸前だ。無茶な爆走をしたせいで、燃料を恐ろしい勢いで燃やしたのだ。電気モーターも搭載したハイブリッド車でなければ、今頃ガス欠まで来ていたかもしれない。外まで逃げられたら追いかける余裕はない。

 タイムリミットが目前に迫っていた。

 

 

Guten Morgen.(ごきげんよう) お困りかしら?』

 

 

 その時、インカムに流暢なドイツ語を追い混ぜた女の声が飛び込んできた。声の主には覚えがある。

 

 数時間前、こうなった時の為にゲート付近で待機させていた404小隊のHK416からだ。

 同時にスマートグラスのミニマップに416の位置が表示される。丁度進行方向の先に待ち構えている。

 

 ・・・最後の要に頼るのはスマートじゃないからしたくなかったが、ここまで来ちまったもんは仕方無い。万が一を想定してた過去の俺の判断を讃えるとしよう。

 

 

「良いタイミングだ416。まだ客人へのもてなしが終わってない。玄関を出る前にヤツの足を止めろ。お帰り頂くには早過ぎる」

 

『了解。完璧な私に任せて』

 

 

 ・・・普段から拘りを見せる『完璧』というフレーズが出たことに、何処からか言い様の無い不安が湧いてきた。

 

 

「・・・大丈夫だと思うか?」

 

 

 ブリッツは身を乗り出したまま、不安そうな顔をこっちに向けて問うた。

 

 

「あぁー・・・まあ、大丈夫だろ。多分」

 

 

 いや、大丈夫じゃない気がしてきた。

 だって、ブリッツの銃ですら貫通するのに時間が掛かる防弾仕様車だぞ。しかも416は5.56mm弾を使う銃であり、よくよく考えたらブリッツよりも更に時間が掛かる。

 

 彼女の頭ならそんなこと分からない訳が無い。ここまで止められなかったという事は、現状の俺達が持つ装備では止められなかったのだと直ぐに導き出すだろう。

 にも関わらず、動揺の欠片も見せない余裕綽々とした言葉。彼女には自信を持って止める手立てがある、でなきゃもう少し焦りなりを見せる。

 

 

 ここまで考えた時、416が普段から持ち歩いてる装備に答えを見つけた。

 メインのHK416でも、サブのUSPでも無く・・・腰に引っ提げているグレネードランチャー、確かに突っ込んでくる車を止めるにはこれなら有効だ。

 

 

 ・・・・・・マジで?

 

 

 しかし彼女にどうするつもりか問い掛ける時間は無く、間もなくセダンはゲートを正面に捉えていた。このまま何もなければ、何事も無く奴らは玄関を潜り抜けてしまう。だが416がどう動こうとしてるのかを此方は掴めておらず、ブリッツもティナも下手に撃ちっ放す事も出来ない。

 

 

 ポンッ、気の抜ける音が聞こえた気が————

 

 

 刹那、セダンの直ぐ目の前で爆発。右フロントが浮き上がった。

 

 装甲仕様車は重い。浮き上がった車輪は直ぐに着地するものの、高速で走ってる所に無理矢理荷重をズラされたせいでバランスを崩してしまう。

 その重さが災いし、車体は右へ左へケツを振りまくる。やがて勢いを受け流せなくなったタイヤが路面に噛み付いた結果、セダンは残る運動エネルギーに従って横転。映画のように二転三転、部品を撒き散らしながら転がり続け、そして逆さまになった所でようやくその動きが止まる。

 

 

 俺はパナメルカーラをスライドさせ、セダンの近くに止める。ちなみに同乗者達は目の前で起こった事にフリーズしてる。

 するとそこに、勝ち誇ったしたり顔を浮かべてるであろう声色で無線が入った。

 

 

『止めたわよ。完璧ね』

 

 

 その言葉に、全員で叫んだ。

 

 

『何やってんだぁ!?(やってんの!?)(ますの!?)』

 

 

 静寂の訪れたスラム街に木霊した。

 と、そんな事気にしてる場合じゃないと、ブリッツは銃を構えセダンに接近する。

 

 

「ティナっ、俺の銃!」

 

「あいっさ♪」

 

 

 預けてたP90を受け取り、やや離れた位置をキープしつつ援護できるよう構えていると、セダンの中に何か見つけたのかブリッツの動きが慎重になる。

 と同時に、後部座席の割れた窓から女が這って出てきた。

 

 右手に拳銃を握り、痛む全身をなんとか動かして脱出したといった様子。

 ブリッツは右手ごと蹴りを入れ、力が抜けてすっぽ抜けた拳銃を遠くに転がすと、襟首をつかんで女を無理やり立たせる。すると、絹糸のような銀髪に着いたガラス片の一部が地面に落ちていく。服装はさっきまで戦ってた連中と同様。恐らくはこいつが敵の指揮官。無理矢理立たされた事で苦しそうに呻くものの、女は抵抗はしなかった。というより、もう出来ないのだろう。

 

 ブリッツはスケアクロウに押し付ける形で引き渡すと、後部座席のドアを開けようと動き始める。衝撃でフレームが歪んだせいでドアが素直に開かない様で、己の腕力に物を言わせてこじ開ける方向に決めたらしい。一方ブリッツから女を受け取ったスケアクロウは、戦闘服の両肩を抱き抱えながら足を引き摺り此方へ来る。

 背丈は俺より少し低い位。後ろで纏められた透き通る絹糸の様な長い銀髪、真っ白な肌に切れ長の目、10人中10人が美女だと答えるであろう整った容姿。俺はそんな女の顔を目を細めて見据える。

 

 

「フレイム・スコーピオンズの特殊部隊、だそうだな」

 

「————っ」

 

 

 女の目が少しだけ大きく開かれる。何故それを知っていると言いたげだった顔は、程無く諦め混じりの自虐的な顔付きに変わり、目を伏せた。

 

 

「・・・俺は仕事柄、どこのPMCの情報もある程度目を通しててな。手っ取り早いのは社内報や広告とか、その辺りが比較的部外者でも触れやすいメディアだが、お前の顔はそのどちらでも見たことがある。

 ————広告塔をやったがゆえに、お前には碌な死に方が待ってないだろう。格好の晒し首だな、ユリア・リドヴィツカヤ」

 

 

 名前を呼ぶと、女・・・ユリアは荒い呼吸をしながら仄かに笑った。

 

 

「・・・・・・フフフ、そんな事ハナから分かっているさ。そもそもが無謀極まる作戦だとも。それでも、私達が被った痛みや苦しみを、貴様達グリフィンにも味わわせてやろうと思った。ちょうど間抜けな指揮官もいて、討ち取れる筈だったのだがな————」

 

 

 ゆっくり首を回してブリッツを一瞥すると、向き直ったユリアは瞼を閉じ顔を伏せて言った。

 

 

「無様なものだよ。我々は完膚無きまでに叩き潰された。憎しみに身を任せたがために、我々は諸共”鷲獅子の牙”に食い破られたのだ」

 

「当然だ。俺の部隊は常日頃から徹底的に鍛えてる。たとえどんな相手どんな場面であっても、()()()()()()様にな」

 

 

 ユリアの吐き出した無念が耳に届いたのか、動きを止めたブリッツが返す。幾数もの戦闘を経験したからこその重みと共に、戦術人形も一人の仲間として扱う彼のポリシーが言葉の中に垣間見えていた。

 

 言葉の意味を悟ったユリアは再び目を見開くと、自らを嘲る様に笑い声を漏らす。

 

 

「・・・あぁ、ようやく分かったよ。何故私達が敗れたのか。()()だろうが()()だろうが、貴殿の部下が優れた兵士であったのに違いないというのに、紛い物(にんぎょう)がヒトに勝てる訳が無いなどと考えてた己の驕りが、自らの身を滅ぼしたわけだ。・・・はは、聞いて呆れる」

 

 

 お互いに部隊を率いる指揮官であったブリッツとユリア。何故片や目立った損耗は特になく、片や壊滅というところまで追い詰められたのか。俺には二人の思考を汲み取ることは出来ないが、ユリアの中ではある程度の解を見出したのかもしれない。

 ただ、そこで体の方がもう耐えられなくなってしまったらしく、すっと目を閉じたユリアはそのまま気を失ってしまう。

 

 どうせ抵抗できる気力も体力も残っちゃいないだろうが、仮にも今回の事件の重要参考人だ。何がなんでも死なれては困るし、逃げられるなど絶対あっちゃいけない。

 

 俺はパナメルカーラの陰。つまりセダンから見て隠れる方を親指で指し示し、そこに気絶したユリアを引っ込める様スケアクロウに指示する。

 

 頷きを返すと、何故か彼女は引っ込まずに俺を見たままコテンと首を傾げる。が、程なく自分の中で解決したようで、右手を離すとゲーガーの髪飾り(ストレージ)から何かを具現化してその上に乗せた。

 それは下水道から出て直ぐ、C小隊の支援に行く直前にスケアクロウに貸した俺の予備のバイザー。この前の仕事にも一応持って行ってた為、壊された奴とは違ってストレージへのアクセス機能は付いていないモデルだ。

 

 

「・・・あぁ、忘れてたよ。ありがとう」

 

「どういたしましてですわ」

 

 

 そう言って今度こそ影に引っ込むスケアクロウ。受け取ったバイザーを胸ポケットに仕舞いながら続いて側で待機していたティナにも指示を出す。

 

 

「・・・ティナ、ユリア・リドヴィツカヤを拘束してくれ。舌噛み切られない様に猿轡はしっかりな。こいつにまで死なれたら、事件の真相を暴くのがかなり面倒になる」

 

「了解だよ」

 

 

 ティナも車の影に行ってもらい、重要参考人を拘束してもらう。

 ・・・中身のナノマシンが悪さした場合、運んでる最中に強制的に焼身自殺される可能性もある。それに所属元もこんな重要な証拠抱えた社員を野放しにする訳がない。必ず何かしらの策は講じてる。

 

 

「スケアクロウ」

 

『なんでしょう』

 

「女の体内にナノマシンがあるかどうか調べてくれ。無きゃ無いで良い。ある場合はハッキングを試してほしい。さっきも言った通り、こいつに死なれると困る」

 

『やってみますわ』

 

 

 参考人を殺されない様に手を回しつつ、ひっくり返ったセダンの方へ目を向ける。

 ついに歪んだドアをこじ開ける事に成功したブリッツは、車の中を確認すると人質の名を呼んだ。

 

 

「ヘリアンさん・・・! レイっ、手伝ってくれ!」

 

「分かった、待ってろ」

 

 

 開かれたドアから見ると、映像と同じく服を剥かれた女性がルーフに力なく横たわっていた。

 俺は足元の方を、ブリッツは肩の方に手を伸ばし、出来る限り散乱したガラス片に触れない様、慎重に引っ張り出したちょうどそのタイミングで、

 

 

「拘束終わったよご主人。それとトランク見たら何着か服とか布とか入ってたけど、使う?」

 

「ナイスだティナ。隠す用の上着以外を適当に下に敷いてくれ」

 

「あいっさ」

 

 

 布の上に救出した人質を寝かせると、ブリッツは念の為その上で回復体位にして様子を見つつ、無線機からヘリを寄越す様伝えた。

 しかし、

 

 

『現状、全機とも負傷者の搬送や燃料補給のため直ぐには回せません。暫くお待ちを』

 

 

 とのこと。

 幸い、上空を飛行するUACS(ドローン)で確認する限りはスラムに敵兵士の活動は見られなかったこと。ここをやるより市街地を叩く方が良いと判断したのだろう。そういう意味では、今すぐ攻撃される可能性は低い。

 

 ようやく終わる目処がついた。一服したいところだが、それはスケアクロウ達がいるので自重する。というか、ストレージにアクセス出来ないのでそもそも出しようも無いのだが。

 

 大きく一息吐いたその時、何かに左肩を指でノックされながら腰辺りに抱き着かれる不思議な感覚を覚えた。

 

 先ずは腰に目をやると、今にも寝落ちしそうなG11が。ついで左後ろを見ると、腕を組んでこれでもかとばかりのしたり顔を浮かべる416。自分の仕事は完璧完全最高だったと欠片も疑わない、自信満々な笑みだ。

 

 先の仕事でM16(カーラ)とのわだかまりが解消されてからというもの、憑き物が落ちた様なポジ感情100%の良い笑顔である。

 

 まぁ、残念ながら彼女の働きは100点満点とは言えないんだが。

 目を細め、少々咎める様に評価を言い渡す。

 

 

「・・・せめて一言グレポン使うと言ってほしかったな。それさえ忘れなければ"完璧な仕事ぶり"だったのに」

 

「なんっ!!?」

 

「れーい〜〜・・・むにゃ」

 

「キミもそこで寝るんじゃない」

 

「・・・・・・」

 

「ホントに落ちちまったよ」

 

 

 仕方無いので抱きつかれた足で彼女の身体を支えつつ、愕然とした顔の416に向き直る。

 

 

「キミの事だから、俺達がスラムに来るまで敵を止められなかったのは直ぐに理解したんだろう。そんでもってキミの装備ではグレネードランチャー以外に敵を止められる武器は無い。そこに関しては良いんだ。

 ただ、もはや手段選んでる場合じゃなかったとはいえ、せめて撃つ前にグレネードランチャーを使うと前もって一言欲しかったな。いきなり車体が跳ね上がって横転してくのを見るのは結構心臓に悪い」

 

 

 そう言うと、ムッスリ頬を膨らませながらジト目になる416。言わんとすることは理解出来るが納得いかない、そんな顔。

 

 

「・・・・・・言った所で納得したのかしら?」

 

「手段選んでる場合じゃな「じゃなくて、同乗者さんが」・・・そこは一悶着あったかもしれないな」

 

 

 チラリ、助けた人質の身を案じるブリッツに目をやる416。どういう経緯かブリッツは404小隊隊長の45に良い印象を持ってない様で、もしかしたら部隊員である416に対してもその気があるのかもしれない。

 尤も、追いかけてる最中に事故らせてでも止めると意思表示してたから、もしかしたら構わんやれと言った可能性もあったかもだが。いずれにせよ、主犯格の一人を捕らえ人質を救出した。後は無事に安全な所まで送り届ければ仕事は完了だ。

 

 

「レイ」

 

 

 立ち上がったブリッツが俺を呼んだ。

 416は両手を上げて肩を竦めると、俺の足に巻き付いたG11を文字通り叩き起こして無理矢理引っ剥がした。

 

 

「ぅぉぉぉーーれーーいーー」

 

「自分で歩きなさい!!」

 

 

 手を伸ばして助けを求めてきたG11に、俺は目を閉じ首を横に振るとブリッツへ向き直る。

 

 

「あん? どーした」

 

「まだ礼を言ってなかったな」

 

 

 礼? そんな言葉が出てくると思ってなかった為、目を丸くする。

 ブリッツは持ってた417を背中に回すと、綺麗な敬礼を決めた。

 

 

「今回の協力に感謝を。現場指揮官風情の感謝で申し訳ないがな」

 

 

 次いで、グローブを脱いで右手を差し出す。

 

 ・・・正直、意外だな。

 スケアクロウを連れてるのとストレージの件もあって、てっきり俺のことは危険人物認定してるもんと思ってた。

 

 が、よくよく考えりゃ、一先ずここで一旦借りを精算しておきたいだけなのかもしれない。ならそこまで気にすることもないか。

 

 

「気にすんな。それに、協力も何もこっちは依頼(オーダー)にあった仕事をやってるだけだ」

 

「それでもだ。感謝と敬意(リスペクト)は大事だろう?裏社会(そっち側)も」

 

「・・・そりゃあな」

 

 握手を解くと、俺は今まで掛けてたスマートグラスをブリッツに返す。

 受け取ったブリッツはそれを額の上に掛け直したところで、416へと向き直った。

 

 

「416も、よくやってくれた。感謝する。・・・まあ、あまり完璧(スマート)とは言えなかったが」

 

「なぁっ!?」

 

 

 やっぱりな。

 一方416は二度も”完璧”だと思っていた仕事にケチ付けられ、分かりやすくむっすり頬を膨らませた。

 ・・・これも前までの彼女ならもっと陰のある険しい顔を浮かべてたに違いない。やはり、M16(カーラ)との関係を清算出来たのが良い結果を齎している。

 

 

『指揮官』

 

 

 インカムにナビゲーターの声が届く。彼女が誰かを呼ぶときは俺たちの周囲で何かあったから。しかし先の報告によれば、上空から観測した限りでは敵らしき存在は周囲には発見できていないそうで。

 一応新たな敵の報告であった場合に備えて周囲を見渡すと、先ほどセダンから引っ張り出した人質・・・ヘリアントス氏とやらが僅かに身じろぎし始めてるのが眼に入った。同時にブリッツも呼びかけの意図を察した様で、俺達に目を向けた。

 

 

「サーリャ」

 

 

 ということは、緊急時以外にスケアクロウの姿を見られる訳にはいかない。ローブを纏ってるとはいえ、浮いて動き回れる時点で勘の良い奴はなんとなく正体を察するだろう。

 面倒をさらに抱え込むのはお互いに望まないこと。彼女もそれを理解し、スラムの建物の間にふよふよと入っていった。

 

 

『この後は上空から見守りますわ』

 

「あぁ、頼んだ」

 

 

 適当なところで空へ上がり、その後は浮遊したまま俺たちをある程度の位置まで追いかけるつもりらしい。

 ただし、日が薄っすらと上ってきた今、あまり市街地へ近付きすぎてもいけない。さっさとデリバリーを終わらせて、例のゲートから帰らにゃならないってわけである。

 

 

 さて。

 ブリッツは目を覚まして起き上がろうとする人質に小走りで駆け寄ると、そっと背中に手を回して優しく支えた。

 漸く助けたかった人を助け出せた、そんな感動のシーンにも見える光景。こっちとしてもやっと仕事が終わった事を仄かに実感し始めてきた。

 

 

「ヘリアンさん。大丈夫ですか」

 

「・・・ぅぅ、あぁ、ブリッツ指揮官か」

 

 

 セダンが横転した拍子に打った身体が痛むのだろう。それに拉致されてから受けてきた暴行によるダメージも合わさり、荒くも弱々しく息を吐きながら応えた。

 しかし自分を支えるのが見知った部下の顔と分かると、ようやく助かったことを実感した様で、苦しげな表情がふっと柔らかくなる。

 

 まるで、しょうがない奴だなと言いたげなそれだ。態々身体を張って自分を助けに来てくれた事に対してか、それとも横転させて無理矢理止めるという強硬策をやったことにかは分からないが。

 

 

「具合はどうですか。頭が痛いとか、吐き気があるとかは?」

 

「いや、大丈夫だ。・・・貴官らはいつもこんなやり方なのか?」

 

 

 その顔は強引な手を使ったものだと言う様な呆れ混じりの疑念を含んだものに変わる。対してブリッツはしれっとこう返した。

 

 

「まさか。今回は特別ですよ」

 

 

 うそくせ。

 敵の本拠地に爆弾満載したトラック突っ込ませようとか大真面目に言ってただろうに。それは良くないと否定した自分が同じ結果を齎したもんで、この件に関しては口が裂けてもブリッツを否定出来ないけども。

 

 

「・・・彼は誰だ?」

 

 

 俺の存在に気付いた人質がブリッツに問い掛ける。部下と共にいるとはいえ、正体不明の人物が側にいりゃあ警戒するのも当然。拉致された後だし尚更だ。

 

 

「反りの合わない友人といったところです。大丈夫、味方です。貴女の救出に協力してくれました」

 

 

 チラリ、此方に片目だけ向けてくるブリッツ。そういうことだから話合わせろよという事らしい。

 無難な回答だ。ブリッツ自身も俺達がここに来てる理由を詳しくは知らない筈だから、そうとしか答えようが無いだろうし。いざとなりゃクルーガーが説明するだろう。立場上、社長が裏稼業のフィクサーに依頼してたなんて大スキャンダルを聞いたら卒倒するかもしれないが。

 当人も一先ずはそれで納得したようで、そうかと一言告げただけで追及はしなかった。というより、疲れ果ててそこまで気が回ってないといったところか。

 

 さぁて。救出対象も主犯格の容疑者も確保出来た。後は安全なところまで運ぶだけだ。

 

 

「レイ、最後にもう一仕事頼む。丁重に基地まで送ってくれ」

 

「構わないが、ハイヤー代は高くツクぞ」

 

「ツケといてくれ」

 

「ハッ、初乗りでツケ払いときたか。なんてヤツだ」

 

 

 ブリッツの軽口に肩をすくめつつ、俺はパナメルカーラへと向かう。

 とそこへ、眠たげなG11を引き連れ416が声を掛けてきた。

 

 

「ん? 乗りたいのか?」

 

「いいえ? ここにはハンヴィーで来たから足には困ってないわ。それより、ヘリアンを送り届けるんでしょ?」

 

「ああ。これで今度こそこの街とはおさらばだ」

 

 

 ブリッツの方を見やれば、ヘリアントスと何かを話していたかと思うと突然彼女を横抱きに持ち上げた。

 持ち上げられた当人も突然の事だったのか、落ちないように咄嗟にブリッツの首に腕を回してしがみつく。

 

 その様子を見ていた416はホッと一息つくと、G11の首根っこを掴んで無理やり立たせる。

 

 

「うぁぁーなんだよぉー」

 

「いい加減自分で立ちなさい!! んんっ、またね、レイ」

 

「いやだぁぁーれぇぇいぃぃぃ」

 

「マジでブッ飛ばすわよ!!?」

 

「・・・あー、あんま苛めてやんなよ」

 

 

 首根っこを掴んだままスタスタ歩いていく416達を見送ると、ブリッツがナビゲーターに連絡を入れはじめた。

 

 

「ゲート。これよりHVIをR20基地へと護送する」

 

『了解しました。到着次第、ただちに治療が出来るよう手配しておきます』

 

 

 インカムからナビゲーターの返事。オペレーターもこう言っているし、長居は無用だ。

 

 

「頼んだ。さあ、帰り道を探そう。銃弾は一回に一発だ」

 

「はぁん? なんだそりゃ」

 

『帰りの挨拶みたいなものです』

 

 

 聞き慣れないフレーズだ。これもブリッツなりの小粋な軽口というやつか。

 

 俺は先に運転席に乗り込み、カルフェルに現状のコンディションチェックを走らせておく。その間にブリッツが俺の後ろにヘリアントスを乗せると反対側からティナがユリアを引き摺り込んで乗り込む。進行方向右からユリア、ティナ、ヘリアントスの位置で座る。万が一意識を取り戻したユリアが何かしようとしても、間にティナが挟まることで初手を封じられる。みすみす見逃すような鍛え方はしていないし、油断なく見張ってくれる筈だ。

 ヘリアントスを乗せたブリッツは先と同じく助手席に座る。

 

 

『コンディショニングチェック完了。これまでの走行により各ユニットにはいずれも大きな損耗が見られます。帰還後は速やかな点検と部品交換及びエンジンオーバーホールを希望します。さもないと事故りますよMr.レイ』

 

「分かってるさカルフェル。帰ったら一度診てもらおう」

 

「・・・メンテを推奨するのは分かるが、自分から希望するAIは初めてだな」

 

 

 下手なAIよりも遥かに人間らしい可笑しな言葉使いをするカルフェルに、ブリッツはなんとも言えない表情で呟いた。

 

 

「車体も含めて伊達に俺より長生きしてねえからな。カルフェル、駆動モードをハイブリッドに変更。足回りはコンフォートにしてくれ」

 

『畏まりました。エアサスペンション制御をコンフォートモードに、リミッター制限を復帰し、バッテリー走行優先での駆動形態に移行します』

 

 

 すると、それまで唸りを上げていたエンジン音が緩やかになったかと思うと、走行用バッテリーへのある程度の充電が終わった段階でアイドリングが止まる。これでバッテリーの電力のみで走る用意が整った。

 全員のシートベルトがされているのを車内インフォメーションで確認すると、PレンジからDに入れてゆっくりアクセルを踏み込む。

 パナメルカーラの本来持つ性質、ハイパフォーマンスなロイヤルサルーンに相応しい、静かで滑らかに振動をいなしていく上質な走りで進み始める。

 

 しばらく走っていたところ、ふと何かに思い至ったらしいブリッツが口を開く。

 

 

「あの二人は?」

 

「足があるから気にしなくていいってよ」

 

 

 小隊として行動してる以上、ここに来るための移動手段はあると納得したのだろう。特にそれ以上追求することもなく、座席に深く身を埋めた。

 

 幾度の市街地戦に加え、パワードスーツとの交戦に逃げた主犯の追跡。しかもその前には別件で武器商の捕縛もやっている。ほぼ完徹に近い長時間を命懸けのハードワークに費やしたとなれば、全身の疲労は察するに余りあるというもの。

 

 

「やることが多いな・・・」

 

「あん? どうした」

 

「いいや、こっちの事だ」

 

 

 あぁ、なるほどね。

 指揮官という立場上、この後の事後処理もこなさなきゃいけない。これから背負い込むタスクを考えて気が萎えたのだろう。

 その辺りは雇われのフィクサーである俺には関係無い、というかアインスたち事務方の仕事になる。もっとも、この後は報告書書かなきゃいけないんだけどな。後はパナメルカーラのメンテ費用を請求する為のチェックとか・・・・・・今更ながらぶん回しまくったのを知った”ヌル”のキレる顔が思い浮かび鳥肌が立ってきた。

 やべえな、どうしよう。

 

 

『注意。200メートル先に武装した人間一名』

 

 

 仕事が終わった後のことを考えていた矢先、突然飛び込んできた奇妙な報告。もたれていた背を起こしたブリッツはすぐさま額のスマートグラスを掛け直す。

 俺も胸ポケットからバイザーを取り出し、電源を入れてから装着する。

 

 確かにまっすぐ進んだ先に細身の女らしき人影が立っていた。両手には武器みたいな何かが。体とのサイズ比からサブマシンガンやPDWの様な比較的小さめの武装と思われる。

 

 

「・・・ブリッツ」

 

 

 胸騒ぎがする。こんな場所にたった一人でフラついてるなんて。なんの目的があって?

 呼びかけに反応したブリッツは一瞬俺に目を向け、再度前を鋭く見据えた。抱える417に手を添え、いつでも撃てる様に構える。

 

 相手の正体が分からないが、武器持ってうろついてる時点で碌な事を考えてないだろう。人影が目の前に来た所で、警戒しつつ足を掛けたブレーキをゆっくり踏みこみ、距離を離して車を止める。ブレーキは踏んだまま、踏みかえれば直ぐに急発進できる様に。

 

 ヘッドライトに照らされた事でそのナリが明らかになった。

 

 夜風に靡く長い金髪をポニーテールに纏め、ダークグレーのパンツスーツを着た女。両手にはストックのないクリス・ヴェクターSDPが計2丁。

 相手は微動だにしない。ただそこに立つだけ。顔を伏せ、猫背でゆらんゆらんと横に揺れながら、その場に立っている。

 

 

「なんだ・・・?」

 

 

 ブリッツの口から疑問が漏れた。

 俺はバイザーの望遠機能を使い、女の顔を見たその時、

 

 

 

 ぎゅんっ

 

 

 

 いきなり顔がまっすぐこちらを向き、俺たちと目が合った。

 見開かれた両目、弧を描く口元には狂気じみた笑みを浮かべ、言葉を紡いだ。

 

 

『 み つ け た 』

 

 

 聞こえずとも口の動きからそう言っているのが分かった。

 ゾクリ、全身を悪寒が巡る。

 

 

「伏せろ!」

 

 

 本能的にブリッツは声を張り上げる。

 

 頭を屈めた次の瞬間、女は急に動き出す。持っていた2丁のヴェクターをパナメルカーラへ突き付け、一切の躊躇い無く引き金を引いた。

 放たれた無数の弾丸が車に叩き付けられ、鈍い金属音がやかましく響き続ける。しかし弾が車内に飛んでくることは無く、装甲が全て弾いてくれている。

 

 

「防弾か?」

 

「まあな。だが音が鈍すぎる。ただの弾じゃねえ」

 

 

 この音の鳴り方はヴェクターにしては響きが鈍すぎる。恐らく威力が強化された弾丸を装填して使っている上に、銃の特性上元々の発射レートも早い。それが2丁分このペースでずっと撃ち込まれると、いずれどこかに穴が開くかもしれない。特に窓ガラスは。

 いずれにせよ、ここに留まる理由は欠片も無い。

 

 

「なら撤退だ。この状況じゃまともに応戦出来ない」

 

「同感だ。さっさとズラかるぞ」

 

 

 ブレーキからアクセルに踏み替え、強くペダルを踏み込む。

 未だ銃を撃ち続ける女に向けて加速する。真正面から飛んでくる銃弾の雨も気にせず突っ込んでくるパナメルカーラに、女は一旦攻撃の手を止めた。

 諦めた? そう思ったところ、俺たちの予想を上回ることをしてくれた。

 

 

 両手のヴェクターが煙のように()()()、入れ替わるように別の物が形作られていく。

 

 具現化したのは肩撃ち式のロケットランチャー、SMAW。

 

 女はそれを肩に担いで狙いを定める。弾頭の行く先は、もちろん()()()だ。

 

 

『────降りろッッ!!』

 

 

 同時に叫び、同時に体を横に跳ねさせる。

 ドアを開け放ち、走行中の車体から飛び降りた。

 

 ティナがヘリアントスとユリアを両手に抱え持って飛び降りたのを左手に見つつ、女の追撃が飛んでくる前に急いで物陰に隠れる。その時だった。

 

 ロケット弾が直撃したパナメルカーラはエンジンから吹っ飛び、文字通り宙を舞いながら回転し屋根から着地。もはや外装内側の装甲すら歪むほど酷く壊され、炎に包まれた。

 足を壊され、更なる面倒ごとが降ってきやがった。しかもストレージまで持ってやがる厄介極まりない敵。この技術の齎す懸念事項が目の前に表出した形だ。

 ()()()()()()()()()()()()()という最大の疑問があるが、それは今は置いておこう。それよりもまず送り届けなきゃならない人が二人いる。

 

 

「チッ・・・・・・ティナっ! 無事かっ?」

 

 

 近くにいるはずのティナへ呼びかけると、間を置かずインカムから応答があった。

 

 

『にへへ、だいじょーぶだよご主人。リミッター解放してフルパワーで二人持ってきたもんね♪』

 

「ナイスだティナ。ブリッツ、無事か?」

 

 

 一方、助手席側から脱出したブリッツとは離れてしまったため、こちらにも無線で呼びかける。

 

 

『大丈夫だ。ヘリアンさんは?』

 

「安心しろ。ティナが抱えて降りた」

 

 

 そこへ両脇に二人の腰周りを抱え持ちながらティナが駆け寄ってくる。

 ・・・体力消耗して歩けない救助対象にそもそも気絶してる容疑者か。クッソ・・・無事に送り届けるにゃ人員(リソース)が厳しい。

 

 

『ああ、ならよかった・・・うぉっ!?』

 

 

 安堵の声が聞こえた矢先、無線機の先から無数の銃撃音が鳴り始めた。ロケットランチャーをしまい、さっきのヴェクターで攻撃を再開したようだ。

 ブリッツのマイクからは息遣いが聞こえる為、咄嗟に身を隠して攻撃をやり過ごせてはいるらしい。

 

 

 ————ストレージ。武器をしまって新たな武器を取り出したあの女。金髪ポニテ、ダークグレーのスーツ、カルト教徒の証言にあったタコ女のお告げ通りの人物。

 鉄血が作った”未公表”の技術による道具を持っている女。・・・なぜ? その答えは——————————”タコ女”が繋げた。

 

 

(俺たちが第三産業廠に忍び込んだ時、アイツは工場長執務室で何をやってた? 工場長を殺した後から俺たちが来るまでの時間は1日程度・・・その間にパソコンのデータを引っ張り出すくらい訳は無え)

 

 

 タコ女と金髪ポニテは必ず繋がっている。だからこそ、俺たち以外には知りようの無い”ストレージ技術”を持っている、扱える。でなきゃ説明がつかな————

 

 刹那、言いようの無い猛烈な不安が全身を巡る。

 もし仮に()()()()()()()()()()()()()()()()()なんて、そんな想像が頭を過ぎったからだ。

 

 物理的に考えてあのサイズのタコ脚をどこに収めるんだって話だが、そもそもの話ヤツのあの身体自体が最早一種のファンタジーそのもの。何ができて何ができないのかなんて考えたところで、それが本当に事実である保証はどこにも無いのだ。俺たちの知る常識は通用しないと考える。

 その上で仮にだ。金髪ポニテの正体がタコ女だったら? それなら奴の行動理由も納得できる。スーツなんてふざけた格好で俺たちに単騎で仕掛けてきてる事も。

 

 だって——————————

 

 

(俺たちの装備にアレを殺せる武器は、無い)

 

 

 ノーマルモデルのメーザー兵器ですら、当たった側からどんどん修復されていくタコの触手。有効打になりそうなのはスケアクロウのチャージ射撃と俺のL96に入ったマグナム弾位だろうが、あれの修復能力が人間に擬態してる時もちゃんと効くなら、俺たちがどんな武器を使ったところでダメージを負わせる事は出来ても殺す事は出来ない。どうやったって火力が足りない。

 であれば、尚の事こんな所でいつまでも捕まってる訳にはいかない。さっさと脱出しないと。ヤツに構うだけ無駄なんだ。問題は・・・

 

 

『レイ! 彼女を連れて逃げろ!』

 

 

 その時、ブリッツからヘリアントスを連れて行けと言われた。

 言外に自分はここで残って敵を抑えると言っている様なもの。弾も大して残っちゃいねえのに何を言い出すんだコイツはと言いたくなる。が、それは裏を返せば敵の手がブリッツに集中してるということ。

 そして敵の手がヘリアントスに向かう前にさっさと逃がせと、アイツに託された任務を遂行する上で必要な選択をしている。

 

 ただ、それを素直に承服するには状況が悪い。

 

 

「バカ言ってんじゃねえ。メインが弾切れ間近なのに殿やる気か?」

 

 

 追跡中、俺はリロードしようとした瞬間ブリッツが顔を顰めたのを見ている。今装填されてる物が持ち合わせてた最後なのは間違いない。しかもその中身ですら、もし金髪ポニテがタコ女であれば恐らく有効打にはならない。

 

 ブリッツも含めて逃げられるなら逃げたいところだ。真正面から戦ったって勝ち目があるかも分からないんだから。だが、俺の側には・・・G&Kにとってブリッツよりも重い命がいる。彼女をこれ以上危険に晒す事は出来ない。ブリッツ自身、それを理解しているからこその発言なのは言うまでもない。

 

 しかし、殿という言葉が耳に入った途端、ティナの右脇に抱えられてたヘリアントスが顔を上げる。驚きに染まった顔で俺を・・・いや、俺の着けるインカムの向こうにいるブリッツを見ている。

 

 

『いいから行け!』

 

 

 敵から飛んできている弾丸の着弾音に加え、すぐそばで鼓膜を撃ち抜く様な発砲音が響き出した。ブリッツもMP7で迎え撃ちだした。しかし着弾音が勢いを収める様子は伺えない。

 ヤツとしてもブリッツを逃がすつもりは無いらしい。いや待て。車から脱出したところまでガッツリ見ているにも関わらず、こちらに銃弾の一発もくれる事なくブリッツを執拗に狙っている現状、狙いはヘリアントスやユリアではなくブリッツなのか?

 金髪ポニテの目的を図りかねていると、ダメ押しとばかりにブリッツが言った。

 

 

『お前もプロだろ? 頼む』

 

 

 銃声は止まない。攻撃が収まらなければ動けるもんも動けない。

 だが俺たちがあいつに加勢するのも現実として難しい。ここで戦力をブリッツに割いて護衛を減らせば、当たり前だがヘリアントスの危険性は高まってしまう。スコーピオンズの生き残りがスラムに紛れてる可能性も決してゼロじゃない以上、護衛できる人員を削るのははっきり言って論外。

 それでヘリアントスの身に何かあれば、今まで俺達やブリッツ達が命張ってやってきた全てが水の泡になる。

 

 

「・・・生き残る事だけ考えてろよ。たとえ()()()()()()()()()

 

『分かってる。任せたからな』

 

 

 それっきりブリッツとの回線が途切れる。

 すると、俺の言葉からおおよそのやり取りを察したヘリアントスが口を開いた。

 

 

「・・・まさか、彼を置いていくつもりなのか?」

 

 

 震える声は、今にも涙を零しそうなほど潤んだ瞳と共に彼女の感情の全てを表していた。

 ブリッツを置いて自分だけ助かるなんて耐えられない、彼が行かないなら私も残るとでも言わんばかりの、くしゃくしゃになりかけた悲痛な面持ち。

 

 

『ここから2kmほど西へ道路跡に沿って進むと、ヘリが着陸可能な交差点があります。急いでヘリをそちらに向かわせます。皆さんも交差点へ』

 

 

 バイザーの視界にミニマップが表示されると、現在地から西方向へスクロールした地点にピンが刺される。ナビゲーターの案内が正常に行われているのを確認すると、俺は腰に留めてたP90を一旦地面に置いてからティナからユリアを受け取り背中に負ぶった。

 

 

「ティナ、俺とユリアを縄で括ってくれ。直ぐにズラかるぞ」

 

「了解だよ」

 

「ま、待てっ、答えろ! 彼を置いていくのか!?」

 

 

 移動の用意を始めた俺たちを見て声を張り上げるヘリアントス。

 その顔は仲間を見捨てるなどあり得ないと言いたげである。俺は気に留めずP90を拾い上げるとチェックを始めつつ、無感情に返してやった。

 

 

「ああ。そもそもがアンタを助けるためにここまで命張ってんだ。こうなることも覚悟の上で出張ってきてる」

 

「だから見捨てるというのか!!?」

 

「そうだ。アンタに何かあれば、アンタが死ねば、その瞬間ブリッツの今までの苦労が全てパーになる」

 

「っ!?」

 

 

 ハッとした顔を浮かべる。

 俺は横目に彼女を見据えながら諭す様に口を開く。

 

 

「アンタを助け、無事に安全なところまで帰すのがアイツの任務だ。自分が出来そうに無くて出来そうな仲間がいるならそいつに任せる、当たり前の選択だ。現に今さっきそうしろとアイツ自身から託された。それに、戦えないヤツ二人も抱えて加勢なんて出来る訳が無い。いくら文官(しろうと)でも分かる筈だ。

 アイツを1秒でも早く助けたいなら言うことを聞け。俺が1秒でも早く、アンタとこの敵の指揮官を送り届けられる様に全力を尽くしてやる。荷物を下ろして初めて加勢に行けるんだ。逆に言えば、荷物(おまえら)を下ろさなきゃいつまで経ってもアイツの下に行けない。分かるか?」

 

「・・・・・・あぁ、その通りだ」

 

 

 深く俯き、絞り出した様なか細い声で同意を示すヘリアントス。その声色は未だ感情面で納得したとは言えないものではあったが、少なくとも理性的に頭ではこれが正しいと理解出来てるのだろう。

 

 

「結構だ。幸い、アイツの優秀な案内人(ナビゲーター)が既に救助ポイントをピックアップしてくれてる。先ずはそこまで急ぐ。そこまでは俺たちが責任持ってアンタを守ってやる。だから俺の指示に逆らうな。アイツに生きてて欲しいんなら大人しくしてろ。良いな?」

 

「・・・了解した。取り乱してすまない。よろしく頼む」

 

「OK。行こうティナ」

 

「あいっさ」

 

 

 ティナがヘリアントスを背負い込み、自身の得物を構える。背負われてる方は首元や腰に掛けてぎゅっとしがみつく形だ。不恰好だが、俺もティナも人を抱えている。さっきは緊急だった為に二人を両脇に抱え持っていたが、彼女の体格的にその状態を長時間続けるのは骨格におかしな負荷を掛ける可能性があるため、なるだけ避けた方が良い。

 つまり、気絶してるユリアは俺の体に括り付ける形で固定し両手をフリーに、意識があるヘリアントスは自分の力でしがみついてもらう事で両手をフリーにする。こうする事で新たな敵が来ても二人で対処出来る。やけっぱちの手に変わりは無いがな。

 

 俺はインカムのマイクを口元に近づけ、ヘリアントスに聞こえない様小さく相棒の名を呼ぶ。

 

 

「(サーリャ)」

 

『・・・なんですの』

 

 

 返ってきたのは斜めを向いた機嫌の声。

 俺たちの動きを見て、これから何を指示されるのか見当がついていたのだろう。気が進まないというのが見えている。

 だが俺の予想が万が一事実だとしたら、ブリッツ一人をここに残すことで最悪に近いシナリオを辿るかもしれない。それはなんとしても避けたい。

 

 

「(・・・ブリッツのサポートを頼む。もし金髪ポニテがタコ女と同一人物だとしたら、ブリッツの持ってる武器ではまともに有効打を与えられないだろう)」

 

『・・・・・・・・・・・・ひっじょーに気が乗りませんけれども、致し方ありません』

 

 

 ものすごく長い間を置いて、同意の返答が来た。

 

 

『あの女に私達の憎しm「余計な感情を持つな。俺がどうなったか見ただろう?」クッ・・・分かっていますわ。冷静に、やりましょう』

 

 

 一瞬、彼女の中でタコ女への憎悪が湧き上がり始めたが、予め強く釘を刺しておく。

 幸い、吸って、吐いてを繰り返すのが聞き取れた。どうかその冷静さを保ったまま時間を稼いで欲しい。

 

 

「(嫌な役回りですまない。頼んだぞ、サーリャ)」

 

『・・・了解』

 

 

 無線が切れると、俺はティナへ向き直り、目的地である西方向へ目を向けた。

 

 

「・・・・・・ふぅ、これで最後にしよう。行こうか」

 

「いえっさ♪」

 

 

 P90を構え、交差点へと走り出した。




 次回で本編を終わらせてエピローグに入りたい・・・そして出来れば年内には〆たいぃぃぃ涙
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