第15話 クレイジー・フォー・ユー
「……ぅ、羽毛……」
友奈の病室で突然意識を失った東郷。
彼女は別の部屋に移されベッドで寝かされていたのだが、無事に数分で目を覚ました。
「TG、大丈夫か? 大丈夫か?」
田所が心配そうに東郷の顔を覗き込む。
「タドちゃん先輩……えぇ、大丈夫です。私、どうして意識を失ってしまったのかしら……?」
額に手を当てながら東郷は起き上がった。そして、さっきまでの経緯に思考を巡らせる。
「……そうだわ。私、友奈ちゃんに忘れられてしまう夢を見たのよ」
「……ぁー、TG?」
「酷い悪夢だったわ。友奈ちゃんが私のことを忘れる訳なんてないのに……。私ったら、夢とはいえなんて恐ろしい想像をしてしまったのかしら」
東郷はそう言って、悪夢を払うように頭を横に振った。
「東郷、起きたって?」
部屋の外から風が顔をのぞかせ、他の勇者部の面々も連れて中に入ってきた。最後尾には友奈の姿もある。
「あ、友奈ちゃん……!」
友奈のことを認めた東郷が、パァッと顔を明るくさせた。
友奈はおずおずと東郷の前に立つと、彼女に声をかける。
「えーっと……大丈夫ですか? 東、郷?……さん」
妙に他人行儀の友奈を見て、東郷の額に冷や汗が流れる。
「ゆ……友奈ちゃん。こんなことを聞くのも失礼かもしれないけど……私のこと、覚えているわよね?」
恐る恐る尋ねられたその質問に、友奈は首を横に振って答えた。
「ごめんなさい。あなたのこと、私知らないんです……」
東郷は、まるで時間が止まったように静止した。
部屋の中に不穏な沈黙が流れる。
東郷に声をかけようとする風たちだったが、上手い慰めの言葉が見つからず誰も口を開けない。
友奈は満開の後遺症で、あろうことか親友との思い出の一切を喪失してしまったのだ。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛も゛う゛や゛だ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!(デスボイス)」
沈黙を破ったのは、東郷の野太い雄叫びだった。
「や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん゛も゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!!!!」
「こ、こえ、声抑えろ……声抑えろ……(小声)」
友奈に忘れられたのが余程ショックだったのだろう。東郷は白目をむいて発狂している。
田所たちは、暴れる東郷の体を必死に抑えつけた。
「友奈ちゃんに忘れられるなんてやだ! やだ! ねぇ小生やだ! やだ↑やだ↑↑や~~↑↑↑ハァハァハァ……」
樹が慌てて、看護婦と医師を呼ぶために、部屋に備え付けられているブザーを鳴らす。
その間にも東郷は、涙に鼻水、よだれにゲロまでまき散らしながら暴れるのを止めない。
「ねーホントムリムリムリムリ、ねぇ、やー、ふー、うー、ああーッ!!」
「ゲホッ……ゲホッ……うわ~~! ゲホッ、オエ……オエゲッホゲッホ!!!」
「ア゛、ヴォエ!! うわあああ! 嫌゛!! ねーやだやだ!」
「ネプッ! 嫌~~~!う~~~~……うー! うー! うーヴォぇ……ヴォぇ……」
「ヴヴヴヴォォォォエエエ!!!!」
「えぇ……(困惑)」
柔らかい受肉を露わにした果実が、鉄屑の上を血を噴きだしながら転がる様に、明確に鋭敏に東郷は絶望に侵食された。(意味不明)
普段の彼女からは想像もできない錯乱の仕方に、勇者部のメンバーは全員ドン引きしている。これが愛の成せる業か。(すっとぼけ)
「友奈ちゃんに忘れられるなんて、私もう生きていけない!! 死んだ方がマシよッ!」
東郷は顔をくしゃくしゃにしながら車椅子を押し、ガララッと病室の窓を開いた。
「ここから飛び降りて死んでやるわ!!」
そう言って、腕の力だけで車椅子から窓際に飛び乗る。
「東郷!? ちょっと、マズいですよ本当に!!」
『(先輩のぶっ飛んだ行動に)焦っちゃうんすよね』
夏凜と樹が東郷の腰にしがみつき、必死で彼女の身投げを阻止している。
「友奈を殺して自分も死ぬとか言い出さない辺り、まだ理性は残ってるわね」
「おっ、そうだな」
必死に取っ組み合う3人を眺めながら、風と田所は呑気にそんな話しをしていた。
「アンタらも止めなさいよ!」と叫ぶ夏凜の声を聞いて、田所が口を開く。
「あっ、おい待てぃ。(江戸っ子) こ↑こ↓2階だから、こんな低い所から飛び降りても怪我するだけで死ねないゾ」
「だったら死ぬまで飛ぶだけよ」
ついに東郷はしがみつく夏凜と樹を振りほどくと、迷うことなく窓からその身を躍らせた。
すぐに、階下からバァン! という大きな音が聞こえてくる。
田所たちは慌てて東郷が落下した地点へと向かう。
アスファルトの地面の上に、東郷は寝転がるように横たわっていた。
見た所、出血も無ければ怪我らしき怪我もしていない。
どうやら東郷の精霊がとっさにバリアを張って、彼女の身を守ったようだった。
「ヘアッハ……やっ……ハッーーハッハッハッハッハwww……あ^~もう……ハァ……ハァ……ハァ……」
死ぬことも叶わない東郷は乾いた笑いを浮かべ、諦めたように息を吐いた。
「東郷! アンタなにバカなことしてんの!!」
「そうだよ。お前が死んだからって、残されたYUNが悲しむだけだゾ」
みんなして怒られる東郷だが、
「ネームリムリ! うー☆うー☆……嫌だ~~~ううううう~~~~! 嫌~!」
と、相変わらず友奈に忘れられた事実を受け入れられないでいる。
東郷を囲む田所たちの中から、ズイと友奈が1人出てきて彼女の前にしゃがんだ。
「東郷さん、その……あなたのこと忘れちゃって、ごめんなさい!」
そう言って頭を下げた。そうして、東郷の顔を見つめながら言葉を続ける。
「でもね、そんな(危ない)こと、しちゃぁダメだろ!」
コツン、と拳で軽く東郷の頭に拳骨を落とす。続けて、彼女のことを優しく抱きしめた。
「ゆ゙ゔな゙ぢゃ~ん゙……!」
東郷は友奈の胸で再び嗚咽し始める。
友奈は「ごめんね」と何度も繰り返しながら東郷の背をさすり、彼女が落ち着くまでしばらくそうしていた。
◇ ◆ ◇ ◆
待合室に移った少女たち。
東郷もひとしきり泣いて、ようやく落ち着きを取り戻せたようだった。
東郷は椅子に座り、友奈も彼女の隣に腰を下ろすと東郷に1つの疑問を投げかける。
「ねえ、東郷さん。私と東郷さんって、どういう関係だったの?」
「恋人ですねぇ!!(即答)」
東郷はクソデカ大声で迷うことなくそう答えた。
「私と友奈ちゃんは出会ってお互いが即恋に落ちてお付き合いするようになったのよまだ付き合い始めて1年ちょっとだけど周りの人たちからはバカップルと揶揄されるくらいには愛を深めあっているわ」
クッソ早口でまくし立てるように言葉を紡ぐ東郷。
「ちょっと東郷、どさくさに紛れてなに吹き込もうとしてるのよ」
「そうだよ。(便乗)」
東郷の暴走を止めようとする周囲の仲間に、彼女はこれまで見せたことのないすっごい剣幕で「外野は黙ってろよ!!」と一喝し、風たちをドン引きさせた。
「恋人とかうせやろ?」
友奈もちょっと引き気味でそう訊ねた。周囲にも視線を向け、真意を探る。
ノンケの少女にとっては、同性同士で付き合うなんてそんなのあり得ない! という認識なのだ。
「安心しなさい友奈。今の東郷は頭おかしなってるだけだから」
東郷の代わりに夏凜が答える。
「まあ、付き合ってるって言われても不思議じゃないくらいには、2人の仲は良かったけどねぇ」
と風。
「お前……もしかしてYUNのことが好きなのか……?(青春)」
「当たり前だよなぁ?」
田所が東郷にそう訊ね、彼女は迷うことなくそれを肯定した。
「私も昔の記憶が無くて、ひとりぼっちで過ごしていた時に出会って優しくしてくれた友奈ちゃんは、私の全てなのよ。この気持ちは愛だって、はっきり分かんだね」
「……あっ、そっかぁ」
東郷の告白を聞いた友奈は、一言そう漏らした。
友奈は東郷の手に自身の手を重ねて、言葉を続ける。
「東郷さん、ありがとう。好きって言ってくれて嬉しいよ。でも、私はまだ東郷さんの気持ちに上手く答えられない……」
東郷は黙って友奈の言葉を聞いている。
「もしかしたら、今までの私も東郷さんのこと好きだったのかもしれない。けど、もうその時のことは思い出せない……。だから……これから、最初からもう一度やり直すことは出来ないかな」
新しい思い出を、2人で一緒につくっていこうと友奈は言う。
「これからも東郷さんと一緒にいるから。それじゃ、ダメかな……?」
不安そうに尋ねる友奈。
東郷は、友奈らしい優しさだなと思い、自然と笑みを浮かべた。
「ええ、今度こそ友奈ちゃんを、私に振り向かせて見せるわ」
◇ ◆ ◇ ◆
東郷の錯乱暴走事件が収束して数日後。
友奈以外のメンバーはすでに退院しており、久々に勇者部の活動が再開されたのだが……
「あれ、KRNはいないのかゾ?」
部室に入ってきた田所が尋ねた。
集まった部員は田所と風、樹の3人だけである。
友奈はまだ検査が残っているため入院中で、東郷も彼女の見舞いに通っている。
夏凜はなぜか姿を見せない。どうも授業が終わったら速攻で帰っているらしかった。
「ところで、ITKは声の調子はどうだ?」
田所の問いかけに、樹は首を左右に振った。
『(まだ)ダメみたいですね』
「あっ、そっかぁ……」
「タドは、腕の方はどうなの?」
「大丈夫っすよ。バッチェ治りましたよ~」
そう言って両手を見せる田所。彼女の言うように、両腕の骨折はすでに超スピード!? で完全に回復していた。
「それにしても、参ったわね~。これじゃまともに部活出来ないじゃないの」
風が困ったといった様子で、腕を組みながら言った。
『他の部活の手伝いは?』
樹がスケッチを見せて訊ねる。
「剣道部から夏凜に依頼が来てるんだけど、本人いないんじゃねぇ」
依頼をキャンセルしようとしたところで、ふと風はひらめいた。
「タドが代わりに行ってくれない?」
「俺すかぁ? 空手は習ってたけど、剣道は門外漢だから無理ゾ」
「え、だってスタークラスターを一度は刀で切ってやっつけたじゃない」
「あれは聖剣・月がスゴイだけで、俺は刀については素人なんだよなぁ」
風は「あっ、そっかぁ」と納得する。
「部活出来ないなら、俺用事あるから今日は帰らしてもらうね」
そう言うと、田所は荷物をまとめてさっさと部室から出て行ってしまった。
彼女の用事とは、乃木 園子に満開の秘密について尋ねることだ。
記憶を頼りに電車を乗り継いで、田所は目的である大赦本部の前までやって来た。
早速中に入ろうとすると、彼女の到来を知っていたのか、中からかつて会った女性神官が出てきた。
「お邪魔するわよ~?」
断りを入れて建物の中に入ろうとする田所だが、女性神官に「おう帰れ!(門前払い)」と入室を阻止されてしまう。
「園子に会いたいだけなんだよ~。入れてくれよな~、頼むよ~」
「園子様は誰にもお会いになりません。お引き取り下さい」
女性神官は断固とした態度で田所の面会を許さない。
田所が必死に訴えても、暖簾に腕押しと言った有様だ。
「ふしだらな女め……出ていけ! 出ていけと言っている!(二度目) ……くどい!」
結局神官の圧には敵わず、田所はおとなしく引き返すことになったのだった。
◇ ◆ ◇ ◆
園子への面会をン拒否されェた翌日。
勇者部の部室には今日も、前日と同じ3人のメンバーしか集まらなかった。
風と樹は活動報告書を作成しており、パソコンが弄れない田所は所在無さげに椅子に座っている。
「KRNの奴でも探しに行ってくるか、しょうがねえなぁ」
田所は部室を出て、1人夏凜の住むマンションへと向かった。
夏凜の部屋は、前に尋ねた時同様にカギがかかっていて誰もいない。もしかしたら今日も日課の戦闘の訓練を行っているのかもしれない。
以前夏凜から聞いた、訓練場所として使っているという浜辺に田所は向かった。
果たしてそこには、1人木刀を振るう夏凜の姿があった。
「おいKRNァ!!」
自分を呼ぶ声に夏凜は動きを止める。
「タド……何しに来たのよ」
「おめえが部活に顔を見せねえからだルルォ?」
「呼びに来たって訳?」
「そうだよ」
夏凜は田所から顔を逸らして、無理に言葉を紡ぐようにこう口にした。
「……もう行かないわ。私、勇者部辞めるから」
夏凜、勇者部辞めるってよ。突然の退部の申し出に、田所は慌てることなく訊ねる。
「なんで?(殺意)」
「私はバーテックスと戦うために勇者部に入ったの。なら、戦いが終わった今、もう私がいる必要なんてないでしょ」
田所の目には、夏凜の言葉が本心からのものとは思えなかった。
「そうよ、私なんて必要ない。鳴り物入りでやって来たってのに、結局私は大して役に立てなかった。まったく、完成型が聞いて呆れるわ」
笑っちゃうぜ! と自嘲する彼女の瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。
やれやれ。そんな夏凜の頭に手をやると、田所は優しい手つきで撫でてやる。
「KRN、お前はまじで最高な対バーテックス用戦闘machine! なんかじゃねえ。お前は戦うためだけに生まれたんじゃないだルルォ? それに、ふたご座を1人で倒してくれたじゃねえか」
「でも……私は勇者で……」
「勇者の前に1人の人間、1人の女の子だって、それ一番言われてるから。戦いが終わっても、お前の存在価値は無くならねえんだよ上等だろ?」
「でも……」
「それに、勇者部だって今は人助けのための活動が主になってるからな。そこにはお前が必要なんだよ、当たり前だよなぁ?」
だから、と田所は言葉を続ける。
「帰ってこい、KRN。みんなお前を待ってるゾ」
そう言って右手を差し出す。
「……し、しょうがねえなぁ……。そこまで言うなら、まだ勇者部には居てあげるわ」
夏凜も手を伸ばすと、力強く田所の腕をとるのだった。
東郷さんこわれる