犬吠埼 風と樹の姉妹が、田所 浩二という1人の記憶喪失の少女を助けた。
そんな田所が、姉妹の前から姿を消してから20日以上、30日以下? 何日経ったかわからねえくらいの時が経過した。
風も樹も突如として去っていった田所の身を案じてはいたが、まだ幼い2人にできることはなく、流れる日々の中でしだいに彼女のことを思い出すことも無くなっていった。
両親を亡くしている姉妹なので、当然身の回りの世話は自分で行わねばならない。
しかし樹を溺愛している風は、妹に苦労はかけさせられないと、樹の親代わりとなって彼女の世話も1人でこなしている。
食事の準備に掃除に洗濯。中学1年生にはとんでもないハードワークだ。
「わぁ、これが主婦業ですかー。色んな仕事がありますねー。こんなに大変だとは思わなかったぁ」
さらに学校に行って、勉強までしなくてはならないのだからたまらない。これはキツいですよ。
「お姉ちゃん? 今店に店員さんが来て特売セールが始まっています。すぐ来れますか?」
「あ、あん、はっ、はい、40分後には、いっ、行けまっす!」
「もっと早く来れませんか?」
「あ、ああ、はい、なるべくはっ、はっ、早く行きまっす」
食事の支度はいつも突然だ。
そんな忙しい! 日々を過ごしていた風は、その最中をぬっての休息を満喫していた。
といっても、なにもせずにボーッと寝っ転がっているだけなのだが。おい、引きこもり! などと言ってはいけない。(戒め)
とうおるるるる るるるるるる るるるるる るるるん
不意に家の電話が鳴った。
「樹ー、悪いけど出てくれる?」
少しでもゆっくりしていたい風が、樹に呼びかける。
「うん、いいよ。もしもし?」
樹が電話に出て、そのやり取りが風の耳に聞こえてくる。
「はい、はい……お姉ちゃん、代わってくれって言ってるよ」
「え、あたしに? 誰なの?」
「よく分かんない」
「もしもし、代わりました」
受話器を受け取った風が電話口に立つ。
『犬吠埼 風さん、ですね。私は三好 春信という者です』
「はあ」
『端的に言います。私は大赦……あなたのご両親と同じ職場に勤めています』
「はあ」
『これからお話ししたいことがあるので、どこかで待ち合わせをしたいのですが、希望の場所はありますか?』
突然言われた言葉に、風はとっさに浮かんだ場所を上げた。
「えっ、えっと……じゃあ、うどん屋で……」
『では、かめやにしましょう。私のおすすめの店です。場所は分かりますか?』
「は、はい」
かめや、とは四国に点在するうどん屋のことである。本店は讃州市にあるのだが、風たちが住む大橋市にも分店が存在する。
両親の仕事仲間に呼び出されるという、不思議な体験をすることになった風。
樹に、ちょっと外にイッキーマウスと言い残すと、1人かめやに向けて歩いて行くのだった。
◇ ◆ ◇ ◆
「わぁ、これがかめやですかー。色んなメニューがありますねー。こんなに繁盛してるとは思わなかったぁ」
約束の店に到着、入店した風がつぶやいた。
待ち合わせしていることを伝えた店員に案内された席は、一番奥まった人目につかない場所にある。
まるでこれからする話を、人に聞かれまいとしているように風には思えた。
席にはすでに電話の相手、三好 春信が座っている。風はうながされ、彼の対面に着席した。
「あなたが、お父さんとお母さんの同僚の方……ですか?」
「同僚ではありません。ご両親の上司を務めていました」
「ほんとぉ?」
春信の見た目はずいぶん若い。まだ20歳そこそこの青年だろう。その若さで両親の上司だったとは、にわかには信じがたく風は疑いの眼差しを向けた。
そんな彼女に春信は、自身の身分証明書と大赦の職員カードを見せる。それらは確かに彼が、風の両親の上司であったことを示していた。
「それで、あたしに何のご用でしょうか?」
「まず、私とあなたのご両親は大赦に勤めています。大赦とは、この四国をお守りくださる神、神樹様を奉る組織です」
今から300年近く昔、突如地球全土に蔓延した殺人ウイルスにより、世界中の1145141919810もの生物が死滅するという大事件が起きた。
その危機から唯一四国と、そこに残された人類を救ったのが神樹と呼ばれる神性である。
神樹は今もなお、四国に結界を張りウイルスの侵入を防いでくれているのだ。
このことは歴史の教科書にも記されている一般常識であり、風も知っていて当たり前だよなぁ?
「ここからが本題です」
春信が声のトーンを落とした。
「人類を脅かすのはウイルスだけにとどまらなかった。ウイルスの海から、『
「ファッ!?」
「バーテックスは過去にも四国に襲来してきました。そしてそれを退けたのが、神樹さまに選ばれた神の力を行使できる無垢なる少女たち、かつて『ねふるむ』と呼ばれた者、勇者なのです」
「ファッ!?」
「我々大赦の真の使命は、その勇者様を陰ながら支援すること。そして今再び、四国にバーテックスが進行してくると神樹さまからのお告げがありました」
「ファッ!?」
「犬吠埼 風さん、あなたには新たな勇者となって、バーテックスからこの四国に生きる人々を守ってほしいのです」
「ファッ!?」
突然話された怒涛の新情報に、風の頭はパニックを起こした。
くそー、こんな急展開で残り話数がもつのかよ!
「むろん戦うのはあなただけではありません。すでにあなたの妹さんを始め、何人かの少女が候補に選ばれています」
「は?(困惑) なんで樹までそんなことする必要があるんですか(正論)」
「それが運命なのです。それに、神樹様のお役目に選ばれるのは名誉なことだと、あなたも分かっているはず」
お役目は名誉なこと、それは幼いころから両親に繰り返し聞かされていたことだ。風も樹もそれは感じていることである。
「なにより、あなたたち姉妹には戦う理由がある。ご両親が亡くなった瀬戸大橋跡地の大火災、あれはバーテックスがやって来たせいで起きたことなのですから」
「バーテックスがお父さんたちを!?(重要)……殺して?(絶望) なんてことを……(憤怒)」
衝撃の事実におっp……おっぱげる風。彼女の瞳に、怪物への憎しみの炎が宿る。
「姉妹2人暮らしではお金にも不安があるでしょう。勇者になることを引き受けてくれるのなら、大赦があなた方の生活の資金面での援助などの、一切の支援を行うと約束します」
しばし考えこみ、風が出した答えは
「わかりました。バーテックスにはあったまきたし、生活が苦しいのも何とかしたいですから、あたし勇者になります」
「ありがとナス!」
風の答えを聞き春信は頭を下げた。
「でも、樹は勇者になったとしても戦わせない。そんな危険なことさせたくない。あたしが樹を守って、その分も戦う。それでいいですか?」
「ああ^~いいっすね~」
出たぜ! 得意げな春信の極上スマイル。まったくさー、子供戦わせて楽しんでるんじゃねーよ!
こうして、風は新たに生み出される世界の守護者、勇者のリーダーとなったのだ。
◇ ◆ ◇ ◆
歴史の真実と両親の仇という衝撃の事実を教えられた風。
大赦の手配もありそれからすぐに、犬吠埼姉妹は大橋の一軒家から引っ越しをして、今は讃州市のアパートで暮らしていた。そこに勇者候補者たちを集める手はずとなっているからだ。
年が明けた神世紀299年1月。冬休みが終わったのを機に、風は讃州中学に、樹も近くの小学校へと転校した。
大橋の友達と別れ半端な時期での新たな生活に不安はあったが、2人とも短い日数で無事クラスに溶け込むことができていた。
現在の風は朝のホームルーム前の時間、自分の机について担任の教師が来るのを待っていた。
間もなくやって来た担任は、このクラスに転入生が来ることを伝える。
このような時期にいったい誰が来るんだろう、とクラスメイトたちが小声でざわめきだした。
「入ってこ~↑~ぉい」
担任の妙に間延びした声に呼ばれて教室に入ってきたのは、1人の少女だった。
笑えばきっと愛嬌のある笑顔を浮かべるだろうと思わせる、人好きのする顔立ち。
浅黒く日焼けした健康的な色の肌。
無駄な脂肪などない、スポーツ選手のように鍛えられていることをうかがわせる肉体は、古代の美術彫刻を思い出させる。
「俺、復活ぅ~」
風の前に現れた転入生とは、以前に彼女と樹が助けた記憶喪失の少女、田所 浩二であった。ただし今回は裸ではなく、きちんと女生徒用の制服を身に着けている。
思わぬ再開に、あんぐりと口を開けたまま声を発することができない風。
「おぉ~なんかソフトクリームみてぇ(な肌のきめ細かさ)じゃん」
「ウレシイっす! こんな美少女がクラスに来てくださるなんて。たまんねぇっす!」
「すっげーエロかっけー奴だ! マジエロいぜ!」
一方のクラスメイトたちはと言うと、田所の美しさに男子は目を奪われ、女子も感嘆の声を漏らしている。
人前で制服越しのガタイ晒してマジやべぇよ。すっげー視線をかんじるぜ。
いいぜ、田所はどうせ清廉華憐な女子中学生なんだし、ギラギラした目線で見てやがる奴にはとことんスタイリッシュなボディを見せ付けてサービスしてやるぜ! ついでに華麗な流し目向けてさ。
担任が田所を教卓の前に立たせ声をかけた。
「自己↑紹介↓……ってしたことある?」
「ないです」
「あ、無い。それをちょっとやってもらうから」
田所は教室の中をチラチラ見まわしてから声を発する。
「名前は田所浩二。24歳です」
「じゃあもう社会人?」
「学生です」
「学生さん……」
インタビューのようなやり取りを続ける担任と田所。
生徒たちも、どう見ても24じゃない、でも大人びた雰囲気はある、彼女なりのジョークなんだろうと囁いている。
「身長は170センチ」
「うん」
「体重は74キロです」
「74キロ、はい。じゃあ、え~、まず犬吠埼の隣の席に座ってくださ~い」
席に着く時、田所は風を見て笑みを浮かべながら挨拶するように軽く手を挙げた。
「あなたどこに行ってたのよ。急に病院から姿を消すんだから驚いちゃったわ」
「心配かけてごめんナス。事情は後で話すからまま、そう焦んないでよ」
小声で会話する風と田所。
担任が2人を注意し授業にはいったため、田所が姿を消した理由が聞けるのはもうしばらく先になってしまった。
◇ ◆ ◇ ◆
授業が一区切りし、休み時間に入った。生徒たちがドッと田所の周りに集まり、彼女に質問を投げかけてくる。
「タイキックさんって前どこに住んでたの?」
「タイタニックさんの趣味ってなに?」
「タイタンボーイさん彼氏いるんですか?」
「タジャドルさん、お肌の手入れどうしてんの?」
「タドルクエストさんこんにちわ! かわいいね、うんちして?」
質問攻めにあい、田所は困った表情を浮かべている。
「みんな待ってくれたまえ。言葉の洪水をワッと一気に浴びせかけるのは!」
そんな彼女に風が助け船を出した。
「実はタイタニアムレンジャーさん、記憶喪失で自分の名前以外なにも覚えてないのよ」
「えっ、なにそれは……(同情)」
田所の状況に生徒たちは言葉に詰まる。
「なんで風ちゃんがそれ知ってるの? 2人って知り合い?」
「んまぁ、そう、倒れてるところを助けたことがあるのよね」
「プライベートでも人助けですか。流石に、日頃からボランティアに励むだけのことはある(賞賛)」
そんな感じで、過剰な質問攻めはやめようということになった。
「あっ、そうだ。みんなこの娘の名前間違ってるけど、ターヘルアナトミアさんよ?」
「いや、タックスヘイブンさんでしょ」
「タンクジョウさんって言ってたじゃん」
「あのさぁ……」
風も含めて今まで誰一人として、田所の名前を正しく覚えることができていない。一体この現象は何なのか。
ならば、と風が1つの提案をする。
「あだ名をつけるってどう? たとえば……『タド』とか」
「いいじゃんいいじゃん」
満場一致で、田所のことをタド、もしくはタドちゃんと呼ぶことが決定した。
そうして話題は現在の田所のことに向けられる。
「じゃあさ、今なんかやってんの? スポーツ……なんかすごいガッチリしてるよね」
「特にはやってないんですけど、トレーニングは……やってます」
聞かれることを見越していたのか、田所はドヤ顔で答えた。
「芸術品だよ、タドちゃんのガタイは」
1人の生徒が、プロポーションがグンバツだと田所のスタイルを褒め、他の生徒たちも同意する。
「あ、トレーニングやってんだ。……っていうのは、ウェイトトレーニングみたいな?」
「ん、そうですね」
「んー……週どれぐらいやってんの?」
「シュー……3日か4日ぐらいですね」
「へえ~……。結構、なに、昔からそういうガッチリ……した感じだったの? 体つきは? やっぱ」
「そうですね。昔は太↑ってた↓……んで結構。そっから少しずつ運動してって」
「うん。で、体重が、体重を落としていった……」
「落として。そうですね」
「へえ~……」
話も一段落ついたところで休み時間も終わり、みんな自分の席へと戻っていった。
ふと、風は先ほどの会話の中で違和感を感じたのだが、その正体に気付く。
田所は過去の記憶を失っているはずなのに、昔は太っていたと発言したのだ。
風がそのことを田所に問うてみると、彼女はあっけらかんと、記憶の一部が戻ってきたと答えた。
「まあ1週間とか3年前ですね」
いろいろと気になるのだが、次の授業が始まるため風は昼休みに田所から話しの続きを聞くことになった。
これからが田所の正念場。
学生と主婦で鍛えまくった親代わり用家事処理玩具、風が悲鳴を上げることに。
未だ触れられてない少女の謎がここに、語れる者は田所だけ。
今回のサブタイトルは、ダイヤモンドリリーという花の花言葉です。
ゆゆゆほんへに準ずると、かめやって勇者部が通ってる讃州市の1店しかないんですかね?
調べてもよく分からなかったので、この作品では数店舗存在しているということにしています。