田所 浩二が讃州中学に転校してきてから一月ほどが過ぎた。
記憶喪失という特異な病状の田所だったが、男子生徒は一目見て彼女の美貌の
そうして今では、彼女もクラスの人気者の1人となっている。
以前に神樹に呼ばれた田所は、神樹との接触で記憶の一部が蘇った。だがそれも家族など極わずかのことであり、その思い出にすら何か妙な違和感を感じている。
日常生活の記憶が戻っていない田所だからなのか、彼女は中学校の授業も理解するのが難しく、風を始めとしたクラスメイトたちの教えで、どうにかこうにかついていけている有様だ。
「さっき妙にマイナスだっったのは数学だな、この漢字は古文だな、この年表は社会だなとかガタイで分析しながら、結局一番つらい時ってのはこんなにチョーガリベンに出来上がっているのに一人で悶え狂ってるシチュエーションだとわかったぜ」
だが、そんな田所にも唯一得意と言える科目があった。それが体育だ。
「すぐ脱ぎますよ」
そう言いながら田所は、更衣室でもたもたと体操着に着替える。
「中々いい体してるねぇ(ねっとり)」
風が田所の身体をまさぐる。
「流石に、水泳部で鍛えただけのことはある」
プール開きまではまだ期間があるためその本領を発揮することはできないが、それでも田所の基礎体力は女子中学生の平均値を大きく上回るものであった。
中学の体育の授業は基本的に男女別で行われるのだが、おそらく彼女なら男子と運動しても余裕で勝ってしまうだろう。
今日は3試合。
午後からクラスの掃除したあと、校庭に戻って学生にハードなサッカーの試合受けて、ガンガンシュート掘られている最中にメールが入ってバスケ部の助っ人の要請。
今度は年下のイケメン君。学生にドバドバビクビクゴール決められた直後だったんで、オレも負けん気が湧きまくり、2時間ガッツリボール掘りこんで2回負かせてやったぜ!
そのあと、上下の口にスポーツドリンク注がれたまま渇きまくりのガタイでジムでトレーニング! マジ忙しいっす!
スポーツに熱中している田所はとても様になっており、その姿を見た女生徒たちは男子に送るそれと変わらぬ、黄色い声援を送るのが常となっていた。
そんな田所に惹かれるのは女子だけにとどまらず、男子にもまた憧れの目で見つめられる。中には見ているだけでは我慢できないものもいて……
「タドちゃん、ちょっといいかな?」
昼休み、田所を呼び出したのは隣のクラスの
彼は田所を連れて屋上へ上がっていく。2人きりの空間。EMTは開口一番
「まず俺さぁ……君のことが、好きなんだけど……愛し合わない?」
と言った。学生の身ならではの一大イベント、告白である。
田所はクラスどころか学年でも1、2を争うほどの隠れた人気者で、彼女のことを狙っている男子生徒は数知れない。
そんな中でEMT少年は、先陣を切って自分の想いをぶつけたのだ。これって……勲章ですよ。
「やっぱ性欲? 本能? 男の
そうEMTは続ける。一方の田所は、なにやら困り顔だ。少しの沈黙の後、彼女は頭を下げた。
「……ごめんナス」
「あっ……」
田所の謝罪の言葉を聞いて、EMTは告白が失敗に終わったことを察した。これも青春の淡い思い出だからね、しょうがないね。
「タド、どうだった?」
教室に戻ってきた田所に、風は暗に告白にOKしたのかということを
田所はこれに首を横に振って答える。
「えぇ~、もったいない! 彼、結構イケメンだから女子の間でも人気なのに」
「こう見えても私はシャイですから、シャイ。人見知り激しいですから」
田所の言葉に風は、そうだったっけ? と疑問を浮かべた。
「もう男性の顔なんてねえ、まともに見れたもんじゃないからね。恥ずかしくて見れませんね、男性の顔なんて。女性やったらしゃべれるんですけどねえ」
「とかなんとか言っちゃってぇ。本当は他に好きな人でもいるんじゃないのぉ?」
ニヨニヨとした笑みを浮かべながら風は言う。その姿はどこか近所のおばちゃんを連想させた。
風の言葉を聞いた田所は、なにかを懐かしむような遠い目を、窓の外の青空に向ける。
彼女の表情を見た風は、あっ……と察したような呟きを発した。
「なになに、もしかして本当に好きな人いるの?」
「そうだよ(肯定)」
田所が好意を寄せる男、その記憶も神樹に触れた時に思い出したことの1つだ。
「はえ~、やっぱりタドも女の子なのねぇ。で、誰なのその相手って?」
「水泳部の後輩ですね」
年下という部分に風は食いつき、目をキラキラさせ始める。
彼女も女子、それも人一倍女子力が高いことを自称しているのだ。恋愛話に関心がない訳がない。もっとも、風自身は年上が好みではあるのだが。
「どんな子なの?」
「歌が上手い奴だったゾ。遠野って名前なんだけど、その美声から皆からは『世界のトオノ』って呼ばれてたな」
「き、キスとかは」
「あんまり記憶にないけど少ししたかもわかんないですね」
「へ~……、会ってみたいわね。誰か似てる人っている?」
風の言葉に、田所は教室の窓に張り付いていたトカゲを指さす。
「あれですね」
「えぇ……(困惑) 爬虫類に似てるって、恐竜から進化したのかな?」
「そこがいいのヨン……そこがいいわけじゃん……」
遠野は決して爬虫人類ではないが、仮にそうだとしても種族の壁を越えてコイニハッテンシテ……素敵なことやないですかぁ。
彼が今どこで何をしているのか田所にもわからなかったが、きっとどこかで自分のことを見守ってくれてるんだろうという、不思議な確信が彼女にはあった。
「また会いたひ……」
その呟きは誰に聞かれるでもなく、ただ青空の中へと消えていった。
◇ ◆ ◇ ◆
すべての授業が終わった放課後。下校中の田所と風だが、2人はこのまま自宅に帰るわけではない。
向かう先は讃州市にある大赦の施設。彼女たちは来たるバーテックスの襲来に向け、そこで勇者としての戦闘訓練を行っているのだった。
施設に着くと2人は即座に運動着に着替え、トレーニングへと入る。
風は事前に大赦から教えられた彼女専用の勇者装備に習い、専用の武器である大剣の使い方を体に覚えこませるため、それを模した木刀で素振りをしている。
一方の田所は勇者になれるか不明のため、専用の装備は用意されていない。彼女は徒手空拳を駆使した空手の型を繰り返していた。
田所は水泳部であったと同時に、空手部にも籍を置いていたらしい。
「バーテックスがどれくらいの強さか分かんないけどさぁ、ただの空手が通用するのかしら?」
振り下ろしていた大剣を止め、休息しつつ風が言った。
「あっ、おい待てぃ。ただの空手じゃあないんだよなぁ……。俺が習ってたのは『迫真空手』だゾ」
「極真空手?」
「は・く・し・ん。最強の格闘技って言われてたんだぜ」
「え……なにそれは。聞いたことないわよ、そんなの」
「結構マイナーなジャンルだったからね、仕方ないね(レ)」
風はスマホを取り出すと、インターネットで迫真空手というキーワードを検索してみた。
「1件もヒットしないわよ? 本当にそんな流派あるの?」
「あぁん!? 最近だらしねぇな!」
田所は貧弱なネットの環境に怒りをぶつける。
「そんなに言うんだったら、ちょっとアタシと勝負してみない?」
「見たけりゃ見せてやるよ(震え声)」
図らずも組み合うこととなった風と田所。練習だが、お互い怪我しない程度に本気でやってみようということになった。
風は大剣を構え、田所もまた空手の型で相対する。
「行くわよタド!」
先に風が動いた。正面から田所の頭めがけて大剣を振り下ろす。
「ヌッ!」
「うそッ!?」
なんと田所は避けるでもなく、風の大剣の攻撃を白刃取りの要領で受け止めてしまったのだ。とてもではないが、中学生の少女の力量で行えることではない。
「こんのぉッ!」
風は一旦離れ、今度は横なぎの一閃を放つ。
「ヘッ!」
今度は田所は、その剣の一撃を左腕を盾にしてガードした。
木製の模造刀とはいえ、まな板以上の厚みのある大剣の直撃を受ければ、普通なら腕の骨が折れてしまうだろう。
「ちょっと刃ぁ当たんよ~」
しかし田所は、余裕の表情でそう言ってのけた。
「えぇ……(驚愕) 痛くないの!?」
「あたりまえだよなぁ」
「だったら……ッ!」
「おう打ってこい打ってこい」
風は大剣を振り回しながら田所に攻撃を繰り返すが、彼女はこれを両腕でもってすべて防いでいく。
「お前のここが隙だったんだよ!」
わずかな時間で風の攻撃の隙を見切った田所は、彼女の手から剣を叩き落とす。
続けて正拳突きを風のボディーに打ち込む……直前で拳を止めた。
「勝負ありだな」
田所はこともなげに言った。見事な早業である。
空手の経験者だけあってか、とても
風は内心で、勇者適性があり武器も持っている自分の方が圧倒的に有利だと考えていたが結果は、彼女は適正も不明な素手の田所にまったく敵わなかったのだ。
おまけに田所は、まったく本気を出していなかったようにも見受けられた。
(ただの空手の使い手ってだけで、ここまで力量に差が出るものなの?)
自分と同い年の弱冠13歳の少女だというのに、戦う田所は歴戦の戦士のような風格すら漂わせていた。
組み合って感じたことだが、田所の迫真空手とやらの力量も、数年の修行といったレベルを凌駕しているように思える。それは数十年といった期間でも足りない領域かもしれない。
「ぬわあああん疲れたもおおおおん」
訓練を終えた田所は、汗を流すためにシャワールームに向かう。その背中に、風は独り言のように問いかけた。
「タド……あんた一体、何者なの……?」
◇ ◆ ◇ ◆
「今日は本当疲れたわねー……」
「ねー今日訓練きつかったねー」
トレーニングを終えた風と田所は、2人そろって家路についていた。
「今日の夕飯はなんにしようかしらねぇ。運動した後だから、エネルギーの補給のために肉うどんがいいかしら……。タドは何食べる?」
「んにゃぴ、インスタントのカップうどんですね」
「インスタントは体に悪いわよ~。うどんくらい簡単なんだから自分で作りなさいな」
「すっげえ(面倒)クセェだろほらぁ!」
「……あんたちゃんと自炊してんの?」
「(したこと)ないです」
食事の支度が面倒な田所はこれまで料理をしたことが無いらしく、毎日三食インスタントうどんで済ませているとのことだ。お体が壊れるわ……。(しんみり)
「けしからん 私が喝を 入れてやる。(五七五)あんたちょっとこれから家に来なさい。アタシがちゃんとした食事ってもんを食べさせてあげるわ」
「えぇ……。(不満) もう帰って寝たいです」
「つべこべ言わずに来いホイ」
「でも……」
「クォーイ!」
風のおかん
「ただいま」
「お邪魔するわよ~?」
「お帰り、お姉ちゃん。タド先輩も、いらっしゃいです」
マンションのドアを開けると、先に帰っていた樹が出迎えてくれた。
人見知りの強い彼女だが、田所とはすでに何度も会っているため、もう普通に接することが出来るようになっていた。
「今日は遅かったね」
「んまぁ、そう……中学生にもなると色々あるのよ」
樹の言葉に、風はあいまいな返事を返した。まだ樹には、彼女が勇者に選ばれたことや、風自身も勇者であることなど話していないからだ。
田所をリビングに通すと、風はカバンを自室においてからエプロンをつけて、夕食の支度にとりかかろうとする。そこで思いもかけず樹から、ちょっと待ったコールがかかった。
「お姉ちゃんも疲れてるみたいだし、せっかくタド先輩が来てくれたんだから、今日は俺……私が作ります!」
樹が風に代わって夕食を作ろうと言い出したのだ。彼女は素早く風の体からエプロンを取り外すと、自分の身に着けていく。
「ファッ!? 樹さん!? ちょっと、マズいですよ!」
樹の発言に固まっていた風が、意識を取り戻すとそう叫んだ。
「え、マズいって何が?」
「ぅ……いや、それは……」
言葉に詰まる風。
未だに樹本人に直接言ったことはないのだが、実は彼女はかなりの料理下手なのだ。
過去に1度、樹の手料理を食べたことのある風だったが、あまりの出来の酷さに口にした彼女には、しばらく寝込む羽目になった苦い思い出がある。
だがそのことを知らない田所は、呑気に樹を応援し始め、彼女のやる気に火をつける有様だ。
「どうなっても知らないわよ」
風は田所に小声でそう言った。
「それじゃあ、私ご飯の支度してきますから、出来るまでこれでも飲んでてください」
そう言って、樹はウエルカムドリンクのレモンジュースを置いて行った。
「うん、非常に新鮮で、非常に美味しい」
ジュースは市販のものだったようで、田所は問題なくこれを飲んだ。
その間も、台所からは何かを焼くジュージューといった音などが聞こえてくる。
「よしっ(妥協)」
30分ほど経った頃、料理が完成したようで台所から樹の声が聞こえてきた。
ピ^~ヒョロピ^~
台所のドアを開けて、樹が料理を運んでくる。
「初めまして。えぇ~っと本日、えー『すてきなお食事会』のお料理を担当させていただきます、不死鳥料理人の樹です。どうぞよろしくお願いします」
テーブルの上に料理を並べていく樹。彼女が作ったメニューは、ミートソーススパゲティとお茶漬けだった。
うどんは普段から食べているから、たまには変わったものがいいだろうと思ってのことだ。どんな組み合わせだよなどと言ってはいけない。(戒め)
目の前に置かれた樹お手製の料理を見て、田所と風は絶句した。
スパゲッティの麺は茹ですぎてデロデロにふやけ、上からかかっているミートソースは炒めすぎて黒焦げになるはずが、なぜか茶色く変色している。
お茶漬けにいたっては、食べやすいようにと最初から具材と御飯がかき混ぜられた状態になっていた。
こちらもなぜか茶色が混じっていて、おまけにトロミがつけられている。一見して吐しゃ物のようにも見えた。
それはまるで、ミート・クソース・スパゲッティとゲロうんこ茶漬けとでもいうべきものだった。
「たくさん食べておかわりもあるから」
笑顔で食事をすることを進めてくる樹。
田所は今すぐにでも家に帰りたい気分だったが、せっかく可愛い妹分が手作りしてくれたご飯に手を付けず帰宅するわけにもいかず、アンニュイな表情を浮かべている。
「いただきまーす」
田所はしぶしぶフォークを手に取り、ミート・クソース・スパゲッティを口に入れた。
「おいしいかい?」
「ぐはぁ!(致命傷)」
一口食べただけで強烈な吐き気を催し、内臓に大きなダメージを受けてしまう。
「タド様逃げてはダメですよ」
フォークを置こうとした田所を風が制止した。
「完食してもご褒美はないんだぞ?」
「デザートにクレームブリュッレがありますよ」
いつの間に持ってきていたのか、樹がテーブルに新たに食後の甘味を置いた。
樹は期待の目で、風は「タド、何とかしろ」といった視線を送っている。
田所は諦めの表情で、震える手でフォークにパスタを絡め口に運んでいく。
「ンンッ… マ゜ッ!ア゛ッ!↑」
何とかミート・クソース・スパゲッティは片付けることができた。だがまだ難敵、ゲロうんこ茶漬けが待ち構えている。
「タド様……箸を持つ手が止まっ……て見えるのは、私だけでしょうか?(ニュータイプ)」
「いや……ちょっと味わってて……」
樹はそう言って、食事を続けることを待っている。
「ぷももえんぐえげぎおんもえちょっちょっちゃっさっ!」
田所は意を決し、箸を置き御飯茶碗を持つと、そのまま喉の奥に一気に流し込んだ。同時に、この世のものとは思えないうめきが漏れる。
このあとクレームブリュッレも全て片付け、彼女は樹に料理を作らせた責任を取ることに成功した。
テーブルの上に死んだように突っ伏す田所。口からは「誰か殺してくれ……(早く帰らせてくれ……)」といった言葉が、うつろな表情と共につぶやかれている。
その地獄のような有様を見て風は、妹には今後二度と料理は作らせまいと心に決めるのだった。
さすがに糞喰漢ほんへを見る勇気はなかったので料理の描写などは適当です。