「おはよう」
「おはよ」
いつものように、パジャマでダイニングにやってくる詩歌。
歯を磨いて、顔を洗っても、まだ眠そうだ。むにゅむにゅと口を動かし、くしゅくしゅと目を擦っている。
俺は少しだけミルクを入れたホットコーヒーを飲みながら、たっぷりとミルクを入れたコーヒーを作る。
いつもどおりの朝。
いや、今日は比較的温かく、いい天気だ。窓から見える空は青く、家の中であっても、冬のきれいな空気を感じる。
「はい」
「あんがと」
ふーふーしてから、こくりと一口。
いつものとおり、美味しいでしょうね。
微笑みながら、俺の方を向く。今日はなんだかいつもより美味しい気もするし「ありがとう」とか言ってくれたりして。
「お兄ちゃんって、おじさんともエッチするんだね」
「ぶふぉーっ!?」
コーヒー吹いた。マジで。
マグカップの中に。掃除が大変じゃなくてよかったね。
じゃあないんだよ!
ヤバすぎるでしょ、妹が兄に言うセリフじゃねーっ!
「す、す、す、するわけないじゃん!?」
大パニックの俺に対して、ゆっくりとゲンドウポーズしてから目を光らせる妹。
「これはしてますね」
な、な、な、何を言ってるんでしょうねえ!?
「しょ、証拠は! 証拠はあるんだろうな!?」
言ってて思った。
これ推理小説の犯人が言うやつや。
ももきゅーちゃんが言うわけないからね。カレシがパパ活してることなんて、口止めする必要もないことですよ。
「あげはちゃんが」
「あげはちゃんが!?」
そうか、あげパパは娘の奴隷も同じ。
例え自分にとって恥ずべき行為でも、娘に言われたら洗いざらい吐いてしまうというわけか……。
「パパが家に帰ってくるなり、自慢気にべらべら喋ったって」
「あの野郎~!?」
口止めが必要だったのはそっちかよ!
パパ活してるやつが、娘にパパ活してることをべらべら喋るってどういうことなんだよ!?
「女装してて、めちゃくちゃ可愛かったって……」
「えっ……そ、そう……かあ……」
俺が可愛すぎて、自慢したくなっちゃったってことか……。
じゃあ、しょうがないな……。んもー、まったく……。
「お、お兄ちゃんって女装するんだね」
「んなっ!?」
そりゃそうなるね。
妹に女装がバレました!
でもあれだな、それは大した秘密ではないな。
おじさんとエッチなことしてることに比べたら、ニュースとしては弱すぎます。
兄が女装?
ふーん、そうなんだ。
その程度でしょうな。
「ま、初めてやったんだけどね」
「初めてであんなに可愛いんだ」
「まーねー。俺もあんなに可愛くなるとは思わ……って、なんで見た目知ってるの!?」
待て待て待て。
知ってるのはまだわかる。見てるのはおかしいって。
「写真はないはずなんだが?」
俺のスマホにある200枚以外にはね。あれは極秘ですよ。
「動画で見たけど」
「動画!?」
「カラオケルームだったけど」
「カラオケルームの動画!?」
そんなの絶対駄目じゃん!
盗撮じゃん!
めちゃくちゃやべーシーンじゃん!
「ポテト食べてるとこ」
「あー! そこね! そこかー!」
安心したー!
人生でここまで安心したことないわ―!
「なに、メールかなにかでもらったの?」
「あげはちゃんがツイートしてるんだけど」
「ツイートですと!?」
全世界に公開されてるじゃないか!?
「めっちゃリツイートされてるよ」
「うおおおおおおおい!?」
めちゃくちゃ見られてしまうじゃないか!?
何やってんだよ、あげはちゃんは!
「もう、いいねが1万以上ついてて、リプ欄がこの美少女は誰だとか、可愛すぎて死ぬとかばっかだよ」
「んもう、しょうがないにゃあ……」
俺の可愛さは世界を救うレベルだからね。
隠すのは地球にとって損失ともいえる。
「で、なんで女装してあげはちゃんのパパとえっちなことを?」
「……」
実の妹にされる質問のなかで、これよりひどいものがあるだろうか。いや、ない。
女装しておじさんとエッチなことをした。本当に悔やまれる事件です。我が人生に最大級の悔い有り。
「違うんだよ、パパ活をしただけなんだよ」
「えっ……何が違うの」
「……」
何も違わなかった。
「いや、違うんだよ。パパ活をしたのはももきゅーちゃんなんだよ」
「えっ……自分の彼女がパパ活を?」
「そう! それで心配になって一緒についていっただけなの!」
「女装して?」
「……」
「なんでついていくの? 普通行かせないよね?」
「……」
「なんで女装して一緒に行くことになるの?」
なんででしょうね……。
俺もわかんないっすよ……。
「なんでお兄ちゃんがあげはちゃんのパパとエッチすることになるの?」
「だって!」
「だって?」
「あげパパが、ももきゅーちゃんを狙ってたから」
「あー」
「俺のほうが可愛いのに、ももきゅーちゃんの方を」
「あー?」
「だから振り向かせたくて」
「んー?」
「誘惑したらこうなったんだよ。しょうがないんだよ」
「あれ? わからないな?」
俺は事実を話したまでだ。
決してわからなくてよい。
「まあ、そんなことはいいや」
「よし。それでいい。気にしないことだ」
俺はコーヒーを再度すする。
すっかりぬるくなってしまったな……。っていうか、これ一回口に含んでから吹き出したやつだな……。
「大事なのは、お兄ちゃんが寝取ったのか寝取られたかなんだよ」
「ぶふぉーっ!」
コーヒー吹いた(二度目)じゃねーかよ。
どう考えても大事なところはそこじゃねーよ。
しかしこれはごまかすチャンスともいえる。
「そ、そーだな」
寝取ったか、寝取られたか。考えたこともなかったね。
彼女があげパパに寝取られそうになったんだよな。
で、あげパパは既婚者なわけだから、俺が寝取ったことになるかな。
「寝取られそうになったので、寝取られるのを防ぐために、寝取った感じかな」
「え? おじさんを寝取ったの?」
「ぐっ!?」
現実とは思えないほど、パワーワードすぎる。
事実は小説よりも奇なりというが、奇妙奇天烈にもほどがある。
ツイッターとかに表示される漫画の広告バナーで「なんで俺がおじさんを寝取ることに!?」とか出てきたら、何じゃその設定はと思うね。
「お兄ちゃんは女装しておじさんを寝取った人なの?」
女装しておじさんを寝取った人。
俺が。
その質問をしているのは実の妹。
ぐにゃあ~……ギャンブル漫画で大負けしたときのような気分だよ。
イヤだ……イヤすぎる……自分で自分が許せねえよ……。
ここで動き出す俺の防衛本能……!
「ね、寝取られました」
そうです。俺は寝取られたんです!
まさか俺が寝取るわけないじゃあないですか!
ましてや誘惑をしたなんてことはまったくないんですよ。ももきゅーちゃんのぱんちらに夢中のおじさんを振り向かせたいなんてことあるはずがない。
「あげパパに?」
「そうです、おじさんに寝取られたんです。目の前に愛する彼女がいるのに、無理矢理に!」
俺から唇を奪ったなんてことは絶対にありえないんですよ!
「どうして?」
「女装が可愛すぎてでしょう……可愛ければ性別なんて関係ない、そういう人なんです」
というか、彼は女装しなくても俺を襲いましたよ。とんでもないやつだ!
「お兄ちゃんは寝取られた……それでいいんだね?」
「そうです……うう……」
さめざめと泣く。
「本当は妹のことが好きなのに……そうだね?」
「うう……そうです……ん?」
なんて?
「よっしゃ録画成功だ、じゃね、お兄ちゃん」
ダッシュで階段を駆け上がっていく詩歌……なんかめちゃくちゃ興奮してるようだったが……。
「ま、いいか」
俺はコーヒーを入れ直すことにした。
空は青く、晴れている。世はすべてこともなし。