「ふ~ん、スク水か。そんなに好きじゃないんだけどな」
「うるさい変態。そもそもなんでプールなんですか」
「いや、この時期遊園地って言ったら普通はプールだよ? 通常エリアなんて熱中症になっちゃうよ」
俺の言う遊園地というのはランドはランドでも千葉にあるテーマパークとかではなく、多摩の山の上に存在するランドのことだ。七月のクソ暑い時期に遊ぶ場所としては最適ですよ。デートだけではなく家族連れも多いので、俺と女子小学生が一緒に居てもまったく不審がられることもない。
「これは一応メイちゃんの小説のネタ探しだからね。ご主人さまとメイドがジェットコースターとかに乗るわけないでしょ。別荘のプールでご奉仕するんですよ」
「知りません。う~ん騙されたな、プールか」
網走沙織ちゃんは、プールの外にある観覧車を羨ましそうに見やる。観覧車の中でこっそりエッチなことをしたいとか思っていたのかな。そうだとしたら大変申し訳無いけど多分そうじゃなくて、単純に乗り物に乗ることをすっごく期待していたのかもしれない。
「あれ? プール嫌い? ウォータースライダーとか楽しいよ?」
「なんですかそれ」
ふうむ。ウォータースライダーを知らないとな。そりゃあ人生の半分を損してますよ。残りの半分は使い捨てのオナホだね。俺の人生って一体……。
「じゃ、並びながらお話しようか」
「並ぶんですか」
「ジェットコースターほどは待たないよ」
もともと彼女のことを詳しく知ることが目的なんだ。特に魅力的なところを。決して水着姿を目に焼き付けるためではない。
まだほとんど日焼けしていない彼女の肌は白く、水着のお尻のところを人差し指でぷりんとさせたときも肌色の違いを感じなかった。そこはちょっと色が違うほうがいいと思います。アネッサ反対!
「沙織ちゃんはあまり遊園地とか来たこと無いのかな」
「初めてです」
「初めて!?」
水着を持ってきてねって言ってあったのにプールと思わなかったわけだぜ。ひょっとしたらスク水のままでメリーゴーランドとかコーヒーカップに乗ったかもしれないね。惜しいことをした!
「両親が厳しくて。基本的に遊びというものはしたことがほとんどありません」
なんと……。こちとら遊び以外のことをした記憶が殆ど無いぞ。
螺旋階段を上がっていくと、カップルだらけの列の最後尾に到着。彼女を日陰の方に誘導する。少しは日焼けして欲しいけどね。
「テレビも決まったものしか見せてもらえないし、漫画もほとんど許可されません。でも小説なら読んでいいことになっています」
「なるほど……だから児童向けレーベルを読むのは数少ないエンターテイメントってことなんだね」
沙織ちゃんはこくん、と頷いた。
そうか、そういう家庭の事情で俺の書いた小説を読む人もいれば、数少ないお小遣いで買ってくれる読者もいるんだ。そう考えると、もっとエロい……いや面白いものを書かなきゃなあ。
それにしてもそんな厳しいご両親はどうして今日は許可してくれたんだ? 女子小学生がエロいことばかり考えている変態の専門学校生と二人でお出かけなんて俺が言うのもなんだが絶対許可しないだろ。
「でも今日はなんで遊びに来れたんだい」
「ごめんなさい」
「えっ?」
「嘘をついてきたんです」
「そうなんだ……」
膨らみ始めて一年くらいの慎ましやかな胸を包むあばしりと書かれたゼッケンに手を当てて、彼女は沈痛な表情を見せる。それほどの罪悪感が生まれるような嘘を?
「小説家の人に誘われて取材に行くと言ったら、それは素晴らしい、きっと勉強になるって……」
「ん? 待って? それは嘘じゃないよ?」
「エッチなことばかり考えている変態の専門学校生と遊園地で遊ぶなんて本当のことは言えなくって」
「う~ん。それも真実だけど、さっきのも真実なんだよ? 別に嘘じゃないよ?」
「だから口裏を合わせて欲しくって」
「ねえ、聞いてる? だからそもそもそういう理由で誘ってるんだけど? 領収証だって取材のためって切ってるからね?」
不条理な罪悪感を拭い切る前に最上部に到達した。一人ずつで滑るか、二人で体を密着させて滑るかの二択になるようだ。詩歌が小さいときはよく一緒に滑ってあげていたな。そのときの体位は背面座位……って説明の仕方がちょっとアレだね。要は妹が滑るときに背中を抱きしめるような格好ということだ。
俺たちはどうするかね、と思っていると隣りにいる小柄な少女は俺のトランクス型の水着を指先できゅっと掴んだ。まさか脱がさないですよね。
「一緒に滑る? それとも別々に滑る?」
「高い」
高い。まあ、そうだ。この遊園地はそもそも多摩地区の丘の上にあるため、ウォータースライダーの上に立つだけで東京タワーやら都庁やらが見えるほどだ。それはそうだが、俺の質問の答えになっていない。
「高い」
もう一度言われましても。あれか、女性は共感を求めるってやつか。答えなんか出さなくていいから、わかる~、とかそうだよね~、とか言っておけってやつだ。詩歌に関して言えば全然わかんないから言えないが、この場所が高いことは共感可能だ。
「そうだね~、高いね~」
「……ちっ」
え? なんで? 舌打ち? どゆこと?
困惑している間にタイムアップだ。
目の前のカップルたちは別々に滑っていった。ラブラブかどうかというより、一人で足を閉じて滑ったほうがスピードが出るからだろう。
「お先にどうぞ」
俺はそう言って手で促すが、なんと無反応。
沙織ちゃんを置いていくわけにはいかないのだが、俺の水着を掴んだまま微動だにしない。
やむを得ず俺がウォータースライダーに座ると、沙織ちゃんも……って、ええ!?
沙織ちゃんは俺の前に座るのではなく、俺の上に乗ってきた。しかも俺の方を向いて。抱っこというか、なんというか……。さすがにこれは……。
胸板に吐息がかかってくすぐったいし、お腹のあたりに柔らかいものが当たってるし。いくらなんでも密着し過ぎだよ……。
しかし彼女はもう俺の背中に手を回してがっちりホールドしている。後ろからの視線からさっさと滑ろという非難を感じるし、ええい、このまま滑るしか無い。
高さはかなりのものだが、ループ型でくるくる回りながら落ちていくタイプなのでそこまでスピードが出るわけではない。
「ひゃわわわわ」
なので、こんなに慌てふためいて心臓の高鳴りが伝わるほどぎゅっと抱きしめる必要はないんだ。落ち着いて!
「目を開けて、前を見て」
努めて優しく話しかける。
ちら、と目を開けた。俺と目があう。目の前じゃなくて進行方向を向いて欲しいんですけど?
「ひゃわわわわ!」
さっきより更に冷静さを無くし、目をぎゅっと閉じて、ますます俺をキツく抱きしめる。なんで!?
このまま入水すると溺れてしまう。左手を太ももに、右手を腰に回す。
ざぱーん。
なんとかして最初から立つことが出来た。彼女は俺の首に手を回しており、駅弁……ではなく完全に抱っこ状態。少しの抵抗もなく、離したら溺れてしまいそうなのでそのままプールサイドまで歩いた。すとん、と足を着地させる。
「こ、怖かった?」
恐る恐る確認するが、態度で丸わかりだ。うつむいて自分の体を抱きしめるように突っ立っている。遊園地が初めてでウォータースライダーも初めてで高いところから滑るという行為はどうやら恐怖であるようだった。配慮が足りなかったか……。
「ごめんね? もうヤメておこうね?」
絶対に正解の問いかけだと思ったが、ぶんぶんと首を横に振られてしまった。なぜ。
「え? もう一度やるの?」
こくこくと無言で短い髪の毛の頭を縦に振る。なんで。
あれか、今は全然目を開けられなかったしよくわからなかったのが悔しいのかな。今度こそ普通に滑りたいのかな。
ところが、その後三回滑ったのに、毎回同じ体勢で滑ることになった。
庵野秀明監督がラブ&ポップという映画を撮る前に当時女子高生だった仲間由紀恵など4人の美少女たちと取材と称してデートしたのも確かこの遊園地だったような気がします。
いつかこの小説が実写化されて原作者と女の子たちで遊園地プールに出かけることが私の夢になりましたとさ。みんな応援してね♡