「肺活量なさすぎません?」
ついさっきまで大人しく殊勝にしていた沙織ちゃんだが、すっかり毒舌に戻ってしまった。まあ、いつもどおりになってくれて安心だけど。やっぱりさっきはちょっと怖かったのかな。
ウォータースライダーを満喫した俺たちは今度は流れるプールを楽しもうとしていた。
沙織ちゃんはプールと言えば学校の授業でしか経験がなく、大して好きでもない水泳をさせられるものだという印象だったらしい。
むしろ遊園地のプールや海は水泳している人の方が希少だと説明すると、遊園地の平常エリアに行きたかったとがっかりしていた沙織ちゃんのモチベーションは完全に回復。プールでの遊びに対して非常に興味津々となった。
現在はあひるちゃん……あひるちゃんじゃ説明になっていないな。要するに足を突っ込んで使うタイプの浮き輪を購入してその空気を入れているところだ。さすがにポンプを買うのは散財しすぎだと判断したため口で空気を入れている。応援してくれるのかと思ったらまさか肺活量の無さをディスられるとはね。
「代わりますよ」
間接キスになってしまうことを少しも考慮することなく膨らまし役を交代。俺の倍くらいのスピードでぷーぷー膨らましている。ははーん、実はこれ、やりたかったんだな……。こういうことをしたがるところはやっぱりまだ子供だなと思って微笑ましくなる。
っていうかそもそもあひるちゃんを使いたがる時点で子供だけど。小学六年生でやりたがる子はあまりいないだろうが、今まで遊んだことがないツケというやつだろう。流れるプールでぷかぷか浮いているだけの幼児を見て羨ましがった沙織ちゃんは正直可愛かった。言葉でお願いするのが苦手なのか、そういうときはただ俺の腕を引っ張って、指をさすだけ。ほんと子供みたい。
沙織ちゃんは完全に膨らんだあひるちゃんに足を突っ込んで、むふーっと鼻息を荒くした。やる気満々ですね。
「さっさと行きますよ」
セリフは刺々しいが、ルックスはあどけない。なんかこう、そういうのいいよね! ギャップ萌えってやつですね。これは小説に使えそうだ、脳内でメモしておこう。ドSの女王様なのにおむつとおしゃぶりしているとか……いや、これはあまりいいネタじゃないな……。今度時間をかけて考えてみよう。
早々に装備してしまったため、流れるプールに向かうプールサイドをあひるちゃん状態になっている沙織ちゃんと一緒に歩いていると、聞き覚えのある声に呼び止められた。
「見つけましたよー先生―! しーちゃんせんぱーい! こっちでーす!」
むう、小学六年生とは思えないけしからんナイスバディに白いワンピース! どうやら清井真奈子ちゃんで間違いなさそうですね。普段はそのままにしているロングヘアは、ゴム紐によって高めの位置のポニーテールになっていた。こういう髪型変更、魅力的だよね。
「あー、いたー! ってなんて格好してるの」
続いてやってきたのは妹の詩歌である。同じくポニーテールにしているが普段から髪型をちょくちょく変えているので何の面白みもない。水着は水色のワンピース。特に思うところ無し。所詮実妹などそんなものだよな。
「あげはもいますよ」
「うわっ」
あげはちゃんはいつの間にやら背後から忍び寄っていた。
水着は黒のビキニ。随分と布面積が少ないので心配しそうになるが、胸は殆どないので問題なし。下もパレオを装着していた。それなら安心かな。
「そんなに見られたら水着に穴が開いちゃいますよ?」
そこまで見てないと思うが、からかうような叱るような口調でたしなめるあげはちゃん。表情は美人家庭教師がうっかり勃起してしまった生徒に対するそれだ。なんと蠱惑的な小学五年生であろうか。
「ほら、ちら、ちら」
「うおっ」
なんとあげはちゃんは俺だけに見えるようにパレオをめくりあげた。疑似パンチラというやつか、これは素晴らしい。メイちゃんにも是非やらせよう。仕事のことばかり考えている俺、偉いなあ。
「えっちですか?」
「うん、えっちだよ」
するとあげはちゃんは、嬉しそうにむふんと鼻を鳴らして真奈子ちゃんを見る。なんだろう、ライバル意識があるのかな。小説のネタを提供したから偉いぞ、勝ったぞとか思ってるのかな。なんて熱心なファンなんだ……。
「ん? 水着の自慢ですか? それならわたしもすっごく見せたいポイントがあって~」
そう言うと真奈子ちゃんは俺の前にとててっとやってきて、おもむろに胸元をぐいっと開けた。はあっ!? どういうこと!?
「この水着、裏地が可愛くなってるんですよ、見えますか?」
いや、もうなんというか谷間ががっつり見えてるし、下手したらおへそすら見えそうですよ。裏地なんか目に入らんぞ。ピンク色の突起物なんて俺は見てないからね?
「なにやってんだ変態」
げしっと腰を蹴ってきたのはあひるちゃん……いや、沙織ちゃんだ。思わず前のめりになるが、当然それは蹴られたことによる物理的な現象であって、生理的な現象によるものではない。あげはちゃんがパレオをちらちらさせたことや真奈子ちゃんが胸を見せつけてきたこととは全くの無関係です。
真奈子ちゃんは夏の日差しを浴びてひまわりのように笑っているが、あげはちゃんと沙織ちゃんはどうやら機嫌を損ねたらしい。やはり胸の大きさの問題なのだろうか。そういうコンプレックス、いいですね。メイドのマイちゃんも姉のメイちゃんが巨乳であることに対してぐぬぬってなるようにしましょう、そうしましょう。
「ところで詩歌、何しに来たの?」
「くっ!? アニキがプールで沙織ちゃんとデートしてるなんて見逃せるわけないでしょ!」
「いや、俺は変なことはしないぞ」
「嘘! ぎゅっと抱きしめたりしてるんじゃないの!?」
「……」
「え、無言で目逸らし!? まさかホントに!? く、くぅ~っ!? 突然の尿意がぁ~っ!」
詩歌は内股でダッシュして、トイレに向かったようだ。た、助かった。沙織ちゃんもぷいっと顔を反らしている。あひるもそっぽを向いている。まあウォータースライダー滑るのが怖かったなんてバレたら恥ずかしいもんね。
「邪魔者はいなくなったことだし、早く流れるプールに行きましょう」
「そうだね」
俺はあひるちゃん……じゃなかった沙織ちゃんの手を取って、流れるプールの方へ再度歩き始める。
「ちょ、ちょっと先生」
真奈子ちゃんに行く手を遮られる。そういえば詩歌を尊敬している後輩だった。邪魔者扱いしたことに異議があるのだろうか。
「わたしとも遊んでくださいよ~っ!?」
そういうことではなかった様子。
「あげはもいますよ」
同じことを言いたい様子。しかし本日は取材であって、ファンサービスデーではない。
「うーん、今日はちょっとなあ」
小説のネタ探しのために沙織ちゃんに同行をお願いしている立場であるから、俺の一存でオーケーするわけにはいかない。
「どう? 沙織ちゃん」
お伺いを立てる。沙織ちゃんとしては同年代の女の子が居たほうが楽しいだろうし。初めての遊園地だから賑やかな方が嬉しいとは思うけど。
「ぼくの魅力を知るためのデートですから、二人は邪魔ですね」
めちゃくちゃ意外な意見だった。そこまで小説のネタのためを思ってくれていたとは! ファンでもないのにありがたすぎる。
「しーちゃん先輩はともかく、わたしが邪魔!?」
真奈子ちゃんがポニーテールを揺らして憤慨している。なにげにうちの妹をディスってるような気もするが、まぁそれはどうでもいいか。
「あんたの魅力って何? ぼくとか言っちゃう痛々しいとこ?」
あげはちゃんはたいそうご立腹だ。言葉遣いが悪いですよ? あと、マイちゃんの一人称をぼくにしようと思ってる俺の小説もディスってる感じになってて辛いからやめて欲しいです。
「さあ? ぼくの魅力なら、そこの作家さんに聞いたら?」
にらみ合う、沙織ちゃんとあげはちゃん。うーん、この二人相性が悪いな……。
「四十八せぇんせぇ~、あげはの方がゼッタイ魅力的ですよねぇ~?」
右腕に抱きついて、猫なで声を出すあげはちゃん。まぁ、官能小説を書くとしたらモデルとしてこれ以上魅力的な人物はいないかもしれない。なにせ心にちんこが付いているからね。そこが魅力的だよね。
「こんな色ボケしたド貧乳のおこちゃまなんて厄介なだけですよね」
「何だとこのブス」
「なんだよ」
「なによ」
ぎゃー! 二人が喧嘩を始めてしまった!? お互いに水着を引っ張り合っている。大変だ! あげはちゃんの露出が大変だ!
「まぁまぁ抑えて抑えて」
「なにあんた」
「関係ないでしょ」
「わわわわ」
仲裁に入った真奈子ちゃんも水着を引っ張られている。やばい! ポロリしちゃう! これがご主人さまのプライベートプールならいいけど、この遊園地では危険すぎる!
「や、やめるんだ、みんな」
とりあえず眼福を独り占めにする……ではなくて、他の人間に見えないように近寄る。壁になるのだ。
「先生は誰が一番大事なんですか」
そんなことをそんな格好で言ってはいけません! いいから引っ張られている水着を何とかするんです!
「あげはですよねぇ~?」
パレオをちらちらさせるのはいいけど下がずれてますよ!? さっき取っ組み合いしたからじゃないの!? ヤバイって!
「ぼくだよね変態」
俺を変態呼ばわりする前に、自分の格好をなんとかして!?
三人をなだめすかして水着を直させるのに三分かかった。その間、俺はカバディのような動きで周囲の目から乙女たちを守った。
小学六年生のときに学校のプールで隣にいた女の子が、おっぱいの大きな女の子のスク水の胸元をぐいっと引っ張ったんですけど、それをたまたまガン見してしまったんですね。「ちょっと、見られたじゃん!?」みたいにおっぱいの大きな女の子が抗議していたわけなんですが、その数秒のことは心に深く刻まれているわけです。
そんな経験を小説を書くことで活かすことが出来たなんて、素晴らしいことですね。本当に水着を引っ張った彼女には感謝です。