「我慢できない! メイドのメイちゃん! いいじゃないですか~。さすが
「あ、はい。まあ」
頭をかきながら恐縮するが、そのタイトルを付けたのは中学一年生の妹だ。もちろん素人である。
俺は編集者と初めての顔を合わせての打ち合わせをするため編集部にやってきていた。
編集者はその声のとおりの若い女の人で、つややかな黒のロングヘアをシュシュでゆるっと丸めた髪型にスレンダーな体型。ちょっと垂れ目だがぱっちりした二重で目鼻立ちはそれほど派手ではない柔和なお姉さんタイプ。服装はいかにも編集者といったようなタイトスカートにハイヒールという出で立ちだが、キャリアウーマンというよりは国語の先生を思わせるような和風美人だ。
官能小説に登場するこの手の女性は確実に性欲が強く、年下を手玉に取ったりオジさん相手でも攻めまくるような傾向があるが、それはそういうギャップが良いよねという話であり、フィクションです。
彼女は絶対に箱入り娘として育てられたことは明白で、こんな人に卑猥な文章を見せるなんてとんでもない。そりゃ肉欲をお肉食べたいって意味だって思っちゃうよね。穢れを知らない乙女だものね。編集者としてどうなのかは知らんけど。
頂戴した名刺には
「それでイラストレーターさんの件なんですけどね」
「ああ! イラストレーターさん! はい!」
楽しみにしてたんだよなあ。イラストレーターが誰になるのかって。やっぱり色気ムンムンの俺の小説の挿絵を描いてくれる人だから、おっぱいを上手に描けることが重要。あと太腿も大事。さらには触手とかオークとかそういうのもどんどん出していきたいよね。出来ればエロ漫画とかバリバリ描いてる人がいいな!
「桜上水みつご先生です」
「ブフウウウウウ!」
危なかった、牛乳を口に含んでたら噴射してるところだった。これが俺の書く小説だったら富美ケ丘さんはあわやブッカケられたとしか見えないイラストを描かれてるところだ。ふええ、びしょびしょですようなどと言いながら透け透けの白いワイシャツから丸見えのピンクのブラジャーを惜しげもなくさらしつつ指先の白い液体を舐めるといった感じになるだろうが、残念ながら現実は何も飲んでない。ツバすら飛んでない。
彼女は俺の脳内でサービスシーンになっているなんてことは露程も思わずに、にこやかにぽんと手を打った。
「あ、ご存知ですか?」
「あの、ニチアサの女児向けアニメのコミカライズやアニメチックな絵本のイラストを描かれている人たちですよね」
数年前によくうちの妹に音読をせがまれたシンデレラとか人魚姫とかのアニメチックなイラストの絵本に書いてあった名前だ。小さな女の子の目を輝かせるためのイラストを描いているわけであり、決して大きなお友だちの股間を熱くさせるためではない。まぁ結果的に熱くなっている人もいるみたいだが、あいにく俺はそういう性癖ではない。普通に可愛いなあと思うだけだ。
「ええ、やっぱり先生の乙女心が詰まったお話にはぴったりかと思うんです」
彼女は本気でそう思っているのだろう。俺はドス黒い男の欲望をパンパンに詰め込んだつもりなんだが。桜上水みつご先生の手にかかれば触手は童話に出てくるファンシーな生き物に、オークは泣いた赤鬼よりも好感度の高いものとして描かれてしまうことだろう。ガッデム! 心の中でチョーノが暴れる。ガアッデム!
「で、この小説を送って打診したところ」
「ええっ!? この小説を読ませたんですか!?」
「もちろんです」
なんてことをするんだ。神をも恐れぬ蛮勇だな。絵本を描いてるイラストレーターに官能小説を送りつけるとかどうかしている! 絶対に見せてはいけない文章だよ。チョーノにビンタされても仕方ないよ?
「ぜひ描かせてくださいと快諾していただきました」
「ええ~っ!?」
思わず手で目を塞いで天を仰いだ。なんということだ。もう訳がわからない。光栄とか感謝とかの気持ちはもちろんあるのだが、どちらかというと罪悪感の方が強い。しかし、快諾したということはつまりだ。この編集者や妹と同様に本当の意味はわかっていないということなのだろう。そりゃあわかるわけがない、普段は子供向けに絵を描いているのだから。
どうやって断ったものか。難しすぎる。相手は俺とは比べ物にならない有名人であり、実績も人気もあるのだ。ただしターゲット層に大きな隔たりがあるが……。いや、内容はともかくレーベルから考えると隔たりはないが……。富美ケ丘さんは俺の苦悶の表情を気にせず話を続けている。
「早速ですね、一枚だけ描いてもらっているんです」
「なにーッ!?」
どうなったっていうんだ。何を描いたっていうんだ。まさかまさかあんなことやこんなことを、女児受けする絵柄で描いたっていうのか……いや、冷静になれ。そんなわけがない。あれだ、メイドさんがソーセージを美味しそうに食ってるだけとか、大量のお肉を見てよだれをだばだばさせてるとか、そういうアットホームでファンシーでハートフルなやつだよ。俺はそんな小説を書いた覚えはないというのに。
「これですね。恥ずかしながらもお膝の上に乗っかっちゃうシーン」
そう聞くとホームビデオみたいな感じですが、俺が書いたのは絶対にお茶の間で再生してはいけないものです。
渡された絵を拝見する。
むう!?
これは、これは……!?
合っている。書いた文章のままだ。つまり、椅子に座ったままのご主人様に自ら腰を落として挿入したシーンだ!
確かに結合部はスカートに隠れて見えないし、メイドさんが赤面しているのもアヘ顔なのも、肉を食べた過ぎてお膝の上に乗っかったことが恥ずかしかったという解釈も可能ではある。
だが、俺にはわかる。
なぜかって? エロいからだよ!! イラストを見ているだけでムラムラするよ!!! 女児向けの絵柄なのが逆に興奮するよおおお!!!! 誰か今すぐ同人誌を書いて作者に送りつけてプリーズ!!!!!
「いかがですか、せんせ」
「最高です」
俺は歯を光らせ満面の笑顔でサムズアップしたのだった。
こうして俺のデビュー作は、この上なくえっちな内容のつもりだが小学生の女子が買ってもまったくおかしくないテイストの絵柄になった。