「だって、ドキドキさせるってドキドキじゃないですか」
小学六年生の女の子は、豊かな胸に手を当てて、ドキドキした気持ちを溢れさせながらそう言った。
ドキドキさせることがドキドキする……か。
俺にとってドキドキするというのは単純に性的に興奮するということだった。ぱんつが見えるとか、胸が腕に当たるとか、素足で踏んでもらうとか、靴下の匂いを嗅ぐとか……おっと、今は足フェチすぎて共感を得られないのはマズい。要するに、えっちだからドキドキするってことだ。これはみんなにわかっていただけると思う。
俺が書いた官能小説は、自分で書いていても読んだらドキドキする。それはえっちだからに他ならない。だから富美ケ丘さんが官能小説だと思っていない、少しもえっちだと思っていないのにも関わらずドキドキしていたことに驚いた。それがないからボツだと言ったことにずっと違和感があったのだ。
いや、そもそも官能小説を女子小学生が読んで面白いと思うことが違和感以外無いわけだが。あげはちゃんのような特殊な読者を除けば、普通の読者は、例えば真奈子ちゃんのような子たちはえっちという概念が芽生えていない。でも面白いと思ってもらえたのは何故なのか。
その答えがこれなのだろうか。
俺はお腹を舐められたことそのものはやはりえっちではなかったと思う。ただ、好意を前提としたコミュニケーションだとは感じた。身体を触ったり、舐めたりするなんて少なくとも嫌いだったら行わない行為だ。かといって頭を撫でるというような親子で行うようなものでも、キスのような恋人で行うものというわけでもなかった。
それがドキドキすることにつながった?
性の知識がない少女たちは、メイとご主人さまのしていたことも同じように捉えていたのかも知れない。何をやっているのかよくわからないが、何かイチャイチャしているような、この二人お互いを実は好きなのではないかと想像させるような、そんなくすぐったくてヤキモキさせる二人のやり取りを楽しんでくれたのかも知れない。
だとしたら、だとしたならば。
本当に俺が読んで欲しかったのは。伝えたかったのは、これなんじゃないのか。
「ドキドキさせたらドキドキ、か」
「はい」
「ドキドキしてる二人を見るのも」
「ドキドキします」
真奈子ちゃんは少しだけ興奮した様子で微笑んだ。
そうだよな。
そう、だよなぁ。
俺は天井を見やる。
――そもそも俺はなぜ官能小説が好きなのか。
もちろん、エロいからだが、それならもっと他にあるはずだ。はっきり言って動画や漫画の方がメジャーだと思う。文章だから妹にバレにくいからという理由もあるがそれだけじゃない。
やっぱり小説だからだ。忘れがちだが、官能小説は小説なんだ。だから物語があるわけだし、だから感動するんだ。登場人物にバックグラウンドがあって、キャラクター同士が出会う。そのときの男女の思いが、言葉で、態度で、行為で示される。その描写は恋愛小説よりも濃厚で濃密で魅惑的で蠱惑的でグッとくるからガッと心を掴まれる。
官能小説で描かれているのは、やっぱり男女間の気持ちなんだ。
例えば、急な夕立で制服を濡らした同級生への告白だったり。
例えば、生徒が秘めていた思いを教師に知られてしまったり。
例えば、金銭で行われた性行為から本当に恋愛が始まったり。
例えば、兄妹がちょっとしたきっかけでその思いを打ち明けあったり。
そして、ご主人さまとそのメイドがお仕置きと称して行う行為が、本当は愛しているからこそだったり。
俺は小説が好きだ。
男の子はいつだって冒険に憧れる。俺も子供の頃からいろいろな本を読んだ。さまざまな冒険の物語を読んだ。
それは未知の大陸だったり、別の星だったり、過去だったり、別の世界だったりするけど、俺にとって一番の冒険は女の子だった。女の子は魔法よりも不思議で、ドワーフやエルフよりもよくわからなくて、そして宝島よりもたどり着きたい目的地だった。その女の子というものを一番魅力的に表現しているものが官能小説だったんだ。だから俺は好きになった。
何よりも興奮する冒険だったから。何よりも面白いと思える物語だったから。
俺は改めて真奈子ちゃんの顔を見る。
そこには、期待と不安をないまぜにしたような、どきどきしてわくわくしてそわそわしている表情があった。そうだ、これだよ。俺は読者をそういう気持ちにさせたかったんだ。
「真奈子ちゃん、ありがとう!」
俺は感極まって、彼女の手を握った。
「ひゃわわわわ」
小説を書きたい気持ちに改めて気づかせてくれた真奈子ちゃんに感謝を伝えたいと思ったのだが、なにやら慌てふためいているご様子。どうしたのだろうか。
「どうしたの、真奈子ちゃん」
「手、手を握られたので、ちょっとその、ドキドキしてます」
そんなバカな。無邪気に舌を舐めちゃうような子が手を握られたくらいで。大体、ハグとかいろいろ散々スキンシップしてたじゃないの。
そう思うが、まさにドキドキさせることがドキドキということなのだろう、顔を赤らめて恥らう真奈子ちゃんを見ていたら俺もなんだかドキドキしてきました!
「わかったんだよ、そのドキドキに俺は助けられたんだ。これで小説の続きが書ける。真奈子ちゃんのおかげだよ」
「そ、そんな……」
じっと目を見つめると、視線から逃げるようにギュッと目をつむった。
「フフフ、手を握っただけで……お子様ね」
そう言いながら近づいてきたのはもちろんあげはちゃんだ。膝立ちしている俺たちの横にやってくる。口ぶりには余裕があるが、態度からは焦りが伺える。また、なにか無理しようとしているのかな。
「あげははそんな手を握るだけでドキドキなんて」
そう言って真奈子ちゃんとつないでいる俺の右手を取って両手で握り込んだ。
「ふふふふ、こんなに大きな手をして……わぁ、男の人ってこんな感じなんだ……この手があの文章を生み出しているんだ……あぁ」
最初こそ大人のような余裕な態度だが、俺の手を触りながら、明らかに興奮していた。うん、まぁあげはちゃんはそうかなって思ってました。
二人の女子小学生に手をにぎにぎされていると、妙な視線を感じる。しかも二つ。
一つは妹のものだ。
「お、お兄ちゃん……これもう完全にもう……はぁ、尊い……」
神に祈るかのように握った手をかざして恍惚の表情を浮かべていた。なぜか俺たちよりも興奮している様子だ。こいつがおかしいのはいつものことだし、妙な視線も珍しくはないのでどうでもいい。問題はもう一つの方だ。俺は首だけを沙織ちゃんの方に向ける。
「……」
無言でスタンガンを構えていた。なぜ!?
「あ、あの~、沙織ちゃん?」
珍しくやましい事は何もない自信があったので、極めてシンプルに疑問を投げかける。
「なんか面白くない……いや、違いました。不健全な波動を感じたので」
「ええ!? 今!?」
今までもずっと全くこれっぽっちも不健全なことなど一つもないのだが、それにしたって今のこの状況は不健全ではないだろう。耳を舐められてたことの方が若干、少し、比較的ほんのちょびっとだけ不健全な感じがなかったとは言い切れないが、手を握り合ってるなんて健全にもほどがある。むしろ感動的な場面と言っても過言ではない。
「だって、その、みんなの顔がなんか……まるで……なんかズルい」
へ? 何をおっしゃっているのかさっぱりわからない。まだ詳しくは知らないが、きっと沙織ちゃんは賢い子なんだと思う。こんな支離滅裂なことを言い出すのは意外だ。
沙織ちゃんはスタンガンをしまうと、真奈子ちゃんとあげはちゃんの間に強引に割り込んだ。
「ぼ、ぼくも変態をドキドキさせてあげる」
そう言っている沙織ちゃんはなぜかすでに大興奮していた。なんでそんなに鼻息が荒いんですか。そんな態度をされるとますます俺もドキドキしてきますね。こんなに健全なのにドキドキするなんて俺もお子様だな。
「いいよ~、沙織ちゃんも混ざるんだね~、いいよ~」
そしてこの様子を妹が撮影していることにもドキドキしますね。何がそんなに嬉しいのかわからないが嬉々としてビデオカメラを回している。まぁ、健全だからいいか。なんとなく後で見直したい気もするし。なんとなく。
「ちょっと、ファンでもないのに邪魔しないでください」
「そうよ、ガキんちょは引っ込んで遊ばせ」
「はぁ? うるさいっての。あんたらこそ気持ち悪い顔してんなっての」
「なんですって」
「くそガキが……」
ひええっ!? なんで喧嘩になるんですか!?
「ふひひっ」
気持ち悪い声を出したのは、当然詩歌だ。笑うタイミングがおかしい。俺は肝を冷やしているというのに。こんな修羅場をビデオに残そうなんてとんでもなくないですかね!?
「先生!」
「
「変態!」
女子小学生三人は俺の手を奪い合う。なんで?
妹はビデオカメラを俺たちに向けながら、
「いや~、
と言った。
官能小説家になろうと思ってたのに、
「俺は今から小説を書く。真奈子ちゃんが、あげはちゃんが、そして沙織ちゃんも。ついでに詩歌も。読んだらドキドキするような小説を、今から書く!」
真奈子ちゃんも、あげはちゃんも、そして沙織ちゃんも、ついでに詩歌もとびっきりの笑顔で俺を応援してくれた。
第二巻を入稿することが出来たことは言うまでもない。
第一章がこれで終わりです。10万文字以上読んでいただいた読者サマに感謝。