「サイン……?」
「そう、サイン」
はて。妹が兄にサインを求めるというのはどういうことでしょうか。連帯保証人かな。中学生なのに、一体どういうことでしょう。
俺の妹は中学一年生。名前は、
俺が次作のプロットを考えるべく、えっちなシチュエーションを悶々と考えていたらノックもせずにずかずかと入ってきた妹の謎のセリフに思わず息子も消沈です。いや、これはあれだから、仕事だから。昼間っからいやらしい事を考えるのは仕事なんです。自分の息子も勃たせられないやつに、他人の息子をどうして勃たせられるというのか。わかった? 変態じゃないよ?
誰に対してかわからない言い訳をしている間にも、詩歌は自分の要求を押し通そうとする気満々だ。
「サインだよ、サイン。芸能人とかがやるやつ! お兄ちゃんは作家先生でしょ?」
「ぐはっ! その言い方やめて! こそばゆい!」
まだ印刷物が本屋に並んだわけでもないのに、身内からプロ扱いされるなんてのは恥ずかしい以外の何者でもない。そして俺は全く実績もないうちにサインの練習をするという中二病みたいなことはしない。ただし人生で一度もしたことがないという意味ではない。
「作家としてのサインが欲しいんだって、お友達が」
「トモダチ?」
不思議なことを言うね。トモダチ。
「お友達くらいいるよ! お兄ちゃんと一緒にしないで!」
「いや、そういうことではなく……俺もちゃんとお友達いるし」
コミケでお互いに欲しい物を交換する約束をして買い物を分担する仲間のことだろ?
って俺の友人関係はどうでもいい。
「友達がいるのはおかしくない。お前のお友達が俺のサインを欲しがるのがおかしい」
はっきりいって意味がわからない。
我が妹は目をキラキラとさせつつ、
「私が読ませたら、超面白いって!」
「なんてことすんだ――――!」
だから
ゴリゴリの十八禁なんだよ!
割と本気で怒ると、妹はいかにも女子中学生らしい態度でちぇっと拗ねつつ、
「印刷前の商品をタダで見せちゃったことは謝るけどさぁ、私のお友達くらい、いいじゃん。ネットにアップしたわけじゃないんだし」
だから、そういうことではないんだよなあ。いや、まあ今更か。児童向けのレーベルで印刷が決まってるんだから。はー。ため息しかでない。
「だからファン二号になれると知って、喜んでたんだ~♪」
「二号とは? 一号もいるの?」
「私に決まってるでしょ! お兄ちゃん先生!」
作家先生も恥ずかしいが、お兄ちゃん先生はもっとやめて欲しい。ママ先生を思い出す。ハッピーなレッスンをしてくれるんだよ? エロいよね? ところで俺はいったい何歳なの?
「だから、私とまなちゃんのサイン、よろしくね」
「まなちゃん? フルネームは?」
「あー。早くもファンを狙ってるー。やらしー」
「アホ。サインに書くんだろうが。〇〇ちゃんへって」
べしっと後頭部を
妹は大袈裟に叩かれたところを撫でつつ、彼女は友人のことを誇らしげに説明する。
「
「そうか」
そうなんだろうよ。こいつの友達だったらな。
「めちゃめちゃ可愛くって、お淑やかでお嬢様って感じで男子にモテモテなんだ」
「ほう」
クラスのヒロインって感じだな。といっても中学生であることに変わりはないが。まぁでもいまどきの女子中学生でも色気のある子はいるかもな。俺の妹はともかく。
「しかもね、おっぱいおっきいの」
「なにっ」
脳内で作り上げていたイメージが違う! 小公女セーラだと思っていたらクラリスだったようだ。どっちにしても俺のイメージ古すぎるな。
「いっこ下だからまだ小学六年生だけど」
「年下だとおおおお!?」
なんとJCどころかJSだった。ランドセル背負って、小学校に通ってる女の子が俺の小説を読んだの!? どっちかっていうとそのお父さんが読んでるくらいの内容なんですけども?
「興味津々だねぇ?」
そう言いつつ、わざとらしく顎を指で触りながらほくそ笑んだ。
ははーん。わかった。こいつは俺をからかっているのだ。年の離れた兄を、恋愛ベタなヘタレとして扱って悦に入っているわけだ。妹より年下の女の子を女として見ている兄を見て精神的に上位に立ち、ニヤニヤしながら見下したいわけだ。そうはいかんぞ。
「いや、ガキには興味ない」
「ガキじゃないよ! 美少女だよ!」
お前はガキだ。そのムキになるところがな。そしてまなちゃんとやらはお前よりも年下なのだ。それにしてもガキでも殴られると痛いからもうやめて欲しい。
「わかったわかった」
ようやく攻撃をやめるが、ご機嫌斜めなマイシスター。
とはいえ友達をガキ扱いして素直に怒りを表明するあたりは我が妹ながら可愛げがある。しょうがない、サインの練習に勤しむか。
「じゃあ、来週の日曜日にうちに来るからそれまでに練習しといてよ」
「オッケー、オッケー。は? なんで?」
書いたサインをお前が渡せばいいだけでは?
直接渡す必要はないだろ。
「お兄ちゃんだってサイン会行ってるから気持ちわかるでしょ!?」
いや、あれはサイン会と言いつつ実際はAV女優に直接会って握手するのが目的だから全然違うんだけど……とは言えない。真実を告げられないので、嘘を吐くしか無い。
「わ、わかる~」
「でしょ!?」
こうして兄妹は偽物の意気投合を繰り返していくのだな……。相互理解を深めたことでご満悦の表情の妹を見ていると若干の後ろめたさがある。その罪悪感を埋めるためにも直接サインを書いて渡すイベントはこなすしかなさそうだ。
俺のペンネーム
かっこよくしようと何度も試みるが、どうにも格好がつかない。
練習を初めて三日経つがもはや打つ手なし。普段はパソコンで執筆する俺が、机の前に座ってサインペンをくるくると回すのも初めてと言っていいことだ。はっきり言って筆が進まない。こんなところでスランプとは……。
サインペンを口に咥え、両手で枕を作って天井を仰ぐ。ぼんやりとペンをぴこぴこさせていると、急に視界を遮ったのは妹の笑顔だった。
「詩歌、何度も言ってるだろ、ノックしろって」
「お兄ちゃん、何度も言ってるでしょ、ノックするドアがないって」
俺たちの部屋は六畳の子ども部屋の中央に間仕切りとしてアコーディオンカーテンがあるだけなのだ。年頃の女の子の部屋としてどうなんだと俺ですら思うんだが、本人がそれでイイと言うので三年前からこの状態だ。
そもそもオープンな状態で兄妹がいつまでも寝てるのはどうなんだと言い出したのは俺の方であり、詩歌は何も文句はなかったらしい。
俺がパーティションを欲しがったのは、詩歌が俺がいるにも関わらず平気で着替えるのを意識してしまうから……ではもちろん無く、妹がいると官能小説を読みにくいからである。
読みにくいだけで読むけどな。いきなり読んでいるところを見つかってもそれはただの小説にしか見えないところがまた官能小説というのは素晴らしい。これがエロゲーやエロDVDであれば一瞬でエロいものを見ていることが女子小学生の妹に見つかってしまうということだからな。
俺も頑張って同じような境遇の男の子達に、官能小説を届けたい。そういう思いで書いていたわけだが、女子小学生の方が読むことになるとは。意味がわからん。
「頑張ってるみたいだね」
見下ろしながらそう言う妹は別にからかっている様子はなく、本気で労をねぎらおうとしているようだった。
「おう。すっかり肩が凝った」
「ん~、まあしょうがない。まなちゃんのためだ」
ぽこぽこと下手くそな肩たたきが始まる。うっとりと目を閉じた。こういうのは本格的だったり上手である必要なんかないのさ。
「おに……四十八先生」
家でそんな言い方はやめろ、と思うが作家としての俺になにか言いたいことがあるのだろう。なんにせよ肩たたきをされている間は抵抗し難い。身を委ねているときは、その状態を持続したいから余計なことは言わなくなるものだ。
「カッコつけようとしてない?」
図星だな。しかし変なことか? サインっていうのはそういうものなのでは? そんなことより同じところばかり叩いていないで、首筋を揉んだりして欲しいです。
「相手は女の子なんだから、読めない文字をババババーってするより、読みやすくて可愛い方がいいんじゃない?」
ガチ過ぎるアドバイスだな。しかし俺が可愛い文字など書けるはずがないだろう。
「実は私も書いてみたの」
「は?」
肩を叩く手が止まったので、詩歌の方を向くとどこぞの官房長官が新しい年号を発表するかのようにサイン色紙を見せつけてくる。
これは……丸字?
「かあいいでしょ」
「ああ」
確かに可愛いが、なんでだよ。官能小説を書く作家のサインが可愛いってなんなの。いや、待てよ。俺は思い直す。
そう言えば、エロ漫画家の人のサインとか絵ってやたら可愛いな。あとがきとかに書いてある字もやたらポップでキュートであることも多いぞ。
「ありだな」
「でっしょー!?」
肩たたきの影響を受けてしまったかもしれないが、受け取るのも女子小学生なんだ。可愛いほうが受けが良いかもな。
それから俺は詩歌の書いたサインを真似して書く練習に明け暮れた。そして、きっちり自分のものにしてから気づいた。なんで俺は妹が書いたサインを真似して俺のサインを作っているのかと。
なろうとカクヨムにも載せてるんですけど、ハーメルンが一番読んでくれるし感想くれるので嬉しいのです。すでに評価10貰ってたりするし。
しかし私の書く小説はほぼほぼ妹が出てくるなあ……