いつものとおりにやってきた、黒髪ショートヘアのちょっとボーイッシュな印象のある女の子。今日は珍しくデニムのミニスカートを履いている。薄いピンクのポロシャツも眩しく、とても女の子らしい格好だった。
キャップを取ってから、リビングに入ってきた網走沙織ちゃんはちらりと普段と異なる状況であることを認識したようだが、大して気にすることもなくいつもとまったく同じように俺が組んだあぐらの中にすぽっと収まった。
「えっ?」
何一つ違和感のない、小学六年生の女の子が俺を座椅子扱いするという行動に違和感を持ったらしい小江野さんの声が漏れた。よくあることだよ?
「で?」
「今日は柿ピーです」
「なにそれ、おいしいの?」
なにそれおいしいの、という疑問は俺たちの中では知らない言葉を聞いたとき、もしくは知っているけど知りたくない言葉、例えば「バレンタイン? なにそれおいしいの?」という使い方をするが彼女は違うぞ。
本当に柿ピーというものが食べ物ではあるだろうけれども食べたことはないから美味しいのか聞いているんだ。可愛いですね?
書生管理の日々は児童向け小説の授業の時間でもあるが、毎回知らないお菓子を教えていく楽しみでもある。
「今回の小説も面白かったよ」
「そんなの当たり前。どこがどう面白いのかちゃんとわかってんの?」
「そうだなあ……」
夏休みが終わってからも毎週末に行われ、すっかり慣れたこの時間。俺は柿の種を二粒、ピーナッツを一粒を右手でつまんで左手に乗せ、それを彼女の口に放り込む。
沙織ちゃんはむぐむぐと噛んでから、いつもどおり淡々と、それでいて弾んだ声で感想を述べる。
「ピリ辛でカリカリとした小さなおせんべいの歯ごたえとそれを絶妙に和らげる落花生のハーモニー。これは止まらない」
さすが沙織ちゃん。読書感想文並みのフレーズがすらすらと出てくる。個人的な黄金比を薦めた俺も嬉しくなる。しかし、ここでお菓子の話をするのは実は愚策。俺は本の感想を述べるのが正解だ。
「今回も主人公の頑張りには胸を打たれたよ。しかも可愛いっていうか可愛すぎっていうかなんていうか」
「ほんと当たり前なことしか言わないし。他にないの? 早く次」
「次のページはね」
「柿ピーが先!」
足の裏にパンチを喰らいながら、俺は柿ピーを準備。彼女は本を持っているからお菓子は俺が用意しないといけない決まりだ。パンチ出来るならお菓子も食べられるんじゃないかと言うと更に攻撃を食らうことになる。
「ほい」
「かりかりかりむぐむぐ……さっきのほうがバランスがいい!」
今度はぺしっと足の裏を平手で叩かれる。俺は扁平足なのでちょっと気持ちがいい。
いやしかし、そりゃ柿の種が二粒でピーナッツ一粒がベストだけどピーナッツだって半分に割れているのもあるしだね。毎回理想的にはね? 違いも楽しむべきじゃんね? 妹はピーナッツ二粒と柿の種一粒でちんことか言いながら食ってたよ? あいつはバカ。まぁ、俺は笑っちゃったけど。
そんなことを思いつつも、柿の種一粒とピーナッツの半粒を準備して、口の動きが止まったら口内に。この割合は間違いないはずだ。
「うんうん、これでいい。飲み物は!?」
ばしっと土踏まずに拳が叩き込まれる。正直、気持ちいい。扁平足の俺にとってはただのマッサージだけど、そうか、ドリンクを準備し忘れていた。
「じゃあ、取ってくるね」
「こら、動くな」
べしっと、太ももに打撃。痛くはないが、どうしろというのか。
「そこのおっぱい」
「……え? 自分!?」
彼女はソファーの上で膝を抱えたまま、きょとんとした。
「わかるでしょ? 他に誰がいるの?」
そりゃ他には誰も居ないのだが、初対面の小学生からおっぱい呼ばわりされるとは夢にも思わないのだろう。俺も思わない。なんで? なんで沙織ちゃんは常識的な子なのにそんな言葉遣いなの? おっぱいなんて失礼だよね、おっぱいが大きいって意味だもん。あれ? ……褒め言葉なのか?
わちゃわちゃしている小江野さんに何のフォローも出来ない俺。なぜならば俺も困惑しているのです。失礼なのか褒めているのかわからないのです。でもね、むしろ常識的な子なんだよ、彼女は。少なくとも俺よりは。
「飲み物を用意して頂戴」
「あ、あー、うん」
彼女からしたら始めて訪ねた男の家の冷蔵庫なので抵抗があるだろうが、沙織ちゃんの圧倒的な有無を言わせない雰囲気によって行動していた。俺の許可とか聞かないんですね? いや、聞かれても俺に何の権限も無いことは明白なんですけれども。
「ごめんね、キッチンに何か飲み物あると思う。冷蔵庫も開けていいから」
「う、うん」
小江野さんは戸惑いながらも、食器棚からグラスを取り出した。
「よそ見してないで。続き」
内腿を
「なに、これは」
「え、サイダーだけど」
やたら縮こまっている小江野さん。それに対して姑のような雰囲気を醸し出している沙織ちゃん。なんでだよ。お礼を言いなさいと躾けるべきなのかしらん。
「あはは、サイダーというのはスナック菓子に合う飲み物でしょう。米菓子は日本茶じゃないかしら」
なぜかマウントを取ろうとする沙織ちゃん。君はそういうことをよく知らないのだから年上に対してそういう態度を取るのは止めたほうがいいぞ。炭酸だってついこの前飲めるようになったばかりじゃないの。
「あら。あら、あら、ご存じないのかしら~」
やたら芝居がかった態度をとる小江野さん。なんで? お嬢様役のオーディションがあるのかな? 「おほほ」とか「ざーます」とか言いそうな役作りだぞ。偉そうな態度を取っている小学生に反撃しようとしているのかもしれない。
「なに?」
やや態度の悪い女子小学生は俺の膝に肩肘をついて、くるりと俺を回転させてリクライニング。俺は新幹線の椅子じゃないっつーの。ま、抵抗はしませんが。
「これはね、おつまみなの」
「は?」
バチバチと目線が交わる。竜虎相打つという趣だが、柿ピーの話をしているだけだ。世の中には妙なきっかけで始まるバトルもあるものだ。
「柿ピーはビールに合うおつまみなのよ。お子様にはわからないでしょうけ、ど!」
いや、俺たちもまだ酒飲めない年齢だけどな。お酒に合うらしいということはまぁ知っている。それにしても腕組みをすると尚更に胸が強調されますね。
「は? お菓子でビールなんて飲むわけないでしょう。ビールというのはカリーブルストとかチョリソーとかを食べるのよ」
妙に本格的ィ!? 沙織ちゃんのご両親はドイツ人なの? 家でそういうの食べるの? 枝豆とかじゃ駄目なの?
「飲むんですー! 柿ピーでビール飲むんです―! 野球中継とか見ながらー! だからサイダーとかにも合うんですぅー!」
お嬢様キャラはどこに行ったのか。やたら庶民的で子供っぽい態度に変貌を遂げるナイスバディのお姉さん。多分カリーブルストとか知らないんだろうな。ぶんぶんと手を縦に振るたびにタンクトップの中がぷるんぷるん震える。これは初めて会った女子小学生からおっぱいと呼ばれてしまうのも仕方ないな。
「そうなの?」
小声で俺の顔を見上げる沙織ちゃん。一気に自信が無くなったんですね。かわいい。
「そうなんだよ」
「……そうなんだ」
ぷくっと頬を膨らませて悔しそうにする沙織ちゃん。かわいい。
「ほら、試してごらん」
「うん」
俺は柿の種二粒とピーナッツを一粒、手のひらに載せてスタンバイ。沙織ちゃんは俺の顔を一度見てから、手の上からつまみとり口内へ放り込む。ぽりぽりかりかりさせた後、サイダーをこくんと飲んだ。
「おいしい」
「よかったね」
「うん」
微笑む沙織ちゃん。かわいい。思わず俺もニッコリ。
「ちょっと、ちょっと、お二人さん!? なんで二人だけの世界作ってるの!? 自分がサイダー持ってきたんだけど?」
柿ピー対戦で勝ったはずなのに悔しそうに地団駄を踏む小江野さん。変な役はもうヤメたのかな。まだこの人の素がよくわからない。
とりあえず次のセットを作らないとね。サイダーがあるなら、柿の種三粒とピーナッツ一粒という少しピリ辛のブレンドでもいいだろう。
「平然と続けるんだねっ!? そもそもこの子は誰なの? そろそろ説明してよ!?」
説明が難しいので見ればわかるから家に来いと連れてきたのに、見てもさっぱりわからなかったご様子。まぁ、わかんないか。俺もよくわかんないし。
「妹? 妹さん?」
「そう見える?」
「見えない」
だろうね。似てないし。まぁ詩歌と似ているかと言われてもそんなに似てないけどな。
「えっと……」
俺が説明しようとしたが、柿の種一粒を口に入れられる。かりかり。これは黙ってろということだろうか。
「先に自分から名乗るのが常識」
「くっ、生意気な……」
俺を椅子にしてどっしりと構え、ふふんと余裕の表情の沙織ちゃんに対してぐぬぬと腕を組んで睨む小江野さん。大人げないな。この生意気なところがかわいいんじゃないか。しょうがないな、ここは大人の俺が助けてやろう。
「彼女は俺と同じ学校の学生で小江野さん。声優科なんだけど、もうお仕事をしてるんだよ」
そうだそうだ、スゴイんだぞとでも言いたそうに豊かな胸を張った。紹介に満足いただけたようで良かった。
「ふーん。どんな仕事?」
「グラビアとか」
「なにそれ」
「水着とか着てえっちなポーズをする写真だね」
「変態じゃん。声優関係ないし」
「ああ、あとエロゲーの声もやってるって」
「エロゲーって何?」
「18歳未満の子供はプレイできないえっちなゲームだな」
「……変態じゃん」
「そうだね~」
俺と沙織ちゃんが至近距離で話し合っていると背中を叩かれた。
「そうだね~、じゃないよね。誰が変態だって?」
笑顔で怒るというのはこういうことなんですね。女優のほうが向いているのでは? セクシー女優にも向いていそうですが。
「大体ね、えっちな男の人のためには仕事しているかもしれないけど、自分はえっちじゃないから」
ほう。ロリのために仕事しているけどロリじゃない俺と同じようなものなのか。そう思うと仲間だし、えっちな男のために働いてるということは俺がやりたかった事をやっているわけでむしろ尊敬するべきだな。神だな。
「じゃあ、えっちの女神ということで」
「は!? いきなり女神? 振り幅大きすぎない?」
変態と言われて怒り、女神と言われても文句を言うのか。なんてワガママなんだ。
「で、えっちの女神は何しに来たの? えっちしに来たの?」
「えっ、そうだったのか?」
「ちっ、違うわよっ!? 小さな女の子の気持ちが知りたいんだって言ったよね!?」
そう言えばそうだった。それで家に呼んだんだった。
要するに沙織ちゃんに協力してもらうのが一番だろうからね。
「えっと……」
俺が説明しようとしたが、柿の種一粒を口に入れられる。かりかり。なんでピーナッツはくれないんですかね。
「ぼくは変態の先生としての先生」
そう説明した沙織ちゃんだが、小江野さんはちんぷんかんぷんという表情だ。そりゃそうだろう、俺もわからん。
「変態はいいよね」
「俺のことだな」
「なんで君は変態と呼ばれていることを認めているのよっ!?」
ふうむ、考えたこともなかった。確かブラジャーを着けているかどうか聞いたときからそう呼ばれている気がしますが、官能小説家にとって変態は褒め言葉みたいなもんだしな。
あと、その前はロリコン呼ばわりだったからマシだと思っちゃったんだよね。だって書いてる小説はロリものじゃないし。むしろ読者がロリなんだよなぁ……
「俺は沙織ちゃんが呼びたいように呼んでくれればいいんだ」
「いや、カッコよくないから……なんでキリッとしてんの」
「変態……変態さん……」
「いや、なんでそんなうっとりした目で見つめてんの? カッコよくないからね? 小さな女の子から変態呼ばわりされて喜んでるド変態じゃん」
小江野さんはジトッとした半眼で俺たちを睨みつつ、嘆息した。ヤキモチかな?
「とにかく、沙織ちゃんからは、変態と呼ばれています」
「あぁ……そうなんだ……」
どうやら残念な人だと思われたっぽいな。事実なんだからしょうがないだろう。同情するならえっちしてくれ。
「で、変態は先生。これもいいよね」
「え? 先生なの?」
「それも知らないの?」
「だって、学生だよ?」
「変態は白い鳥文庫から本を出している作家だよ?」
「え!? ええ!?」
目を丸くする小江野さん。俺もちょっと驚く。沙織ちゃんが少し自慢げに語っているからだ。認めてくれたような気がして嬉しい。
「でも、インプットが足りないから頭打ちなワケ。そこでぼくが読書に関する手取り足取り、すなわち書生管理をしているということなの。わかった?」
人差し指をふりふりしながら得意げに話す女子小学生に「いや、わかんないんですけど」というような表情で見ている声優の卵。
「沙織ちゃんは俺が書いてるようなレーベルの小説に詳しくって、しかも現役の女子小学生だからね。意見をもらったりしてるんだよ」
「ふーん、なるほどね」
一応理解したのか、腕を組んで思案顔。
「そうなの」
対する沙織ちゃんも腕を組んでしたり顔。なぜ張り合うの? なぜ腕を組むの? つけ麺屋同士が味でバトルしてるの?
「ってことは……この子に教えてもらえばいいのね」
「何? ぼくに何を教えて欲しいって?」
ふたりとも、教えてもらう態度でも教えてあげる態度でもない。そして、更に小江野さんは表情と似合わないセリフを口にした。
「ねえ、女の子のこと、好き?」
なぜか書くのに時間がかかりました……別にラブプラスのせいではないです。
そして後書きを書くのにも……思いつかないなら書かなければいいのにね。
でも何も書かないと感想が少なくなるんだよね。
では、今からメイドインアビスの映画を見に行ってきます。