「真奈子」
「え。はい」
「あなたはもちろん、詩歌のことは好きよね」
「はいっ。先生の妹であるしーちゃん先輩のことは大好きです」
真奈子ちゃんも調教されてないか?
沙織ちゃん、恐るべし。
「詩歌」
「いつの間に呼び捨てに……」
「ビデオはこのおっぱいが撮っておくから、ぼくの演出に従って」
「命令によるけど」
「とりあえず、ソファーに座っておいてくれればいい」
「はぁ。おっけー」
ソファーに深く腰掛ける詩歌。今日はツインテールである。デートだと言うことだったからか、水色のワンピースなどを着ており、めかしこんでいる。
「真奈子は隣に座って」
「はい」
真奈子ちゃんは隣に座った。白いフリルのブラウスに、ネイビーのスカート。ソファーに座ると、膝がよく見えて夏のスカートの短さが強調される。
「おっぱい」
「は、はい」
小江野さんもすっかり調教済み。もはやおっぱいと呼ばれることを当然のものとして受け入れている。わかる。俺も変態と呼ばれて久しいからね。
「ちゃんと撮影しておくこと。これはあなたのためなんだから」
「はい」
詩歌の持っていたビデオカメラは、小江野さんに渡された。
左にはふわふわの少し茶色いロングヘア、小学生にしてはやや発育のいい真奈子ちゃん。
右はいつもと違っておしとやかにしている詩歌だ。
「さて、二人はお互いの太ももに手を置く」
黙って従う二人。
オラ、なんだかワクワクしてきたぞ!?
「そのままじっと見つめ合って」
じーっと見つめ合う二人。
時折、俺の方に目線が来るような気がするが。
二人とも俺が見ていることなんか、気にしなければいいのに。
「そのまま、お互いに髪を触ってみて」
妹たちは素直に命令に従う。
なんだろうね、なんか健全なのに、なんかこう、いいね。
「匂いも嗅いでみて」
妹のツインテールの片方の束を持って、くんくんと鼻を動かす真奈子ちゃん。
「あ、先生と同じ匂いがする……」
「シャンプー同じだからね」
「すぅはぁ、すぅはぁ」
ツインテールを両方手にとって、ガンガン匂いを嗅ぎ始めた。
片方が妹とはいえ、女の子同士がイチャイチャするのを見るというのはなかなか貴重な経験かもしれない。万札見せられながら三人でどうかと誘われてホテルにやってきた仲良しの二人みたいな感じですよね。片方は妹ですけど。
「はぁはぁ」
「はぁはぁ」
匂いを嗅いでいるだけとは思えないほど興奮している真奈子ちゃん。匂いフェチなのかな。
匂いを嗅がれているだけとは思えないほど興奮している詩歌。嗅がれて興奮ってなんだよ。こいつはやっぱりオカシイ。
俺が妹の様子に困惑している間にも、沙織ちゃんは次なる指示を出す。
「視線でキスをして」
ちょっとまって、視線でキスという表現、俺も小説に使いたいからメモるね。でもそれって女子小学生に伝わる言葉なの?
二人はじっと見つめ合いながら、ときおり目を細めたり、首を傾けたりしている。伝わってるようですね。素晴らしいですね。たまに鼻先が触れ合うほど、ディープでねっとり濃厚ですよ。
「恋人繋ぎして」
当然のごとく、おとなしく従う二人。ソファーの上で、見つめ合いながら、手を握りあっている。なんとも、美しさと淫靡さを併せ持つビジュアルだ。この指示を沙織ちゃんがしているというところがまた素晴らしい。これが汚い顔のおっさんの命令だったらと思うと……それはそれでいいな。
小江野さんはカメラを向けながら、うはーとか、うほーとか言っている。百合がなんだかわかってきたのでしょうか。
「どう? 撮れてる?」
「いい感じかも」
ディレクター沙織ちゃんが、カメラマン小江野さんに確認している。小江野さんから見ても、いい感じなんだね。諭吉を払えるんだね。
「じゃ、真奈子は詩歌をお姉さまと呼んで」
ぴくり。
真奈子ちゃんはわずかに頬を引きつらせている。どうしたのだろう。間違えて俺がとびっ子ローターのスイッチを押しちゃったとか? いや、そんなものは装着していないな。
「そ、それはちょっと」
なぜか抵抗している。今まで信じられないほど盲目的に従ってきたのに、なんで? 調教が足りなかったのかな。洗脳が解けたのかな。
ディレクターは腕を組んだ。とんとんと人差し指が動き、苛つきを表明している。おいおい、逆らうなんてとんでもないぞ。
あわわわと内心で恐れていると、指の動きが止まる。
「逆でもいい」
「そうしましょう!」
よくわからんが、沙織ちゃんの出した提案を真奈子ちゃんは承諾した。逆とは?
「じゃ、詩歌が真奈子にお姉さまって呼んで」
「えっ」
さすがにそれはないだろう。詩歌も突然の突飛な命令に驚いたようだ。
年齢としては一つしか違わないとはいえ、女子中学生が女子小学生をお姉さまと呼ぶなんて……
「そ、それって……それって……くううっ」
と、何故か妹は嬉しそうに顔をほころばせ、
「ま、真奈子お姉さまっ」
と呼んだ。なんでだよ。こいつのやる気スイッチはどこに付いてるの?
「ああ……愛しい妹、詩歌……妹の詩歌……」
真奈子ちゃんはもはや女神のような慈愛をもって俺の妹を見る。どうしたの? お姉ちゃんに対する憧れでもあるの?
「真奈子……お姉さま……はうっ」
なぜかうっとりとした表情になる詩歌。ほんとに芝居なの? 上手すぎない?
「妹……妹……義妹……」
ぎまいって口に出して言う? そりゃ本当の姉妹ではないだろうけど。
「すごい……これが百合……」
カメラマンも目を見開いている。確かになんかすごいよね。お稲荷様が見てるという作品は本当にこういうのなんですか? 俺は疑問符ばっかりで何もわかりませんが。
「詩歌……いもうと……ずうっとこうしたかった……」
「くううっ……」
真奈子ちゃんは詩歌を愛おしそうに抱きしめ、詩歌は恍惚の表情を浮かべる。
「見てる……」
真奈子ちゃんは俺たちの方を見て、そうつぶやく。そりゃ見てますよ。
「見られてる……」
詩歌は目を閉じていた。視線を感じているのでしょうか。
「た、確かに、おいみてのセリフだけど……」
目を見開いて、演出の沙織ちゃんが驚嘆していた。ってことはさっきの作品の中のセリフってことかな。見てるのは俺たちじゃなくてお稲荷様ってことなのかな。こうなってくると早く原作を読みたい。
「そうか、詩歌の姉になるってことは、そういうことか……」
意味深なことを言いながら、顎を擦った。沙織ちゃん、そういうことって、どういうことなんですか? 三国志の桃園の誓いみたいに、義兄弟の契りを交わす感じで姉妹になるっていう設定の百合なんじゃないの? あくまで想像ですけど。早く原作を読みたい。
「しょうがない、じゃあぼくも……」
おっと、沙織ちゃんが動いた。ゆっくりと二人に近づく。な、なんと三人になるんですか。そうか、しょうがないのか。しょうがないんじゃ、しょうがないな。
「詩歌を妹にするのは、ぼくだ」
「なっ……?」
おっと、義姉妹の契りが三人になるのかと思ったら、どうやら詩歌を奪い合うみたいですね。
そんなに妹にしたいですかね。実の兄としては複雑な気持ちですね。
でも多分、そういうお話なんだろうな。どんな話だよ。早く原作を読ませてください。
「詩歌の姉の座はゆずりません」
真剣な眼差しで沙織ちゃんを睨む、真奈子ちゃん。非常にレアな表情だ。
「す、すご。なんか本気に見えるんだけど」
カメラを構えた声優志望もびっくりしている。ここまで本気で芝居をするとは思わなかった。これは芸の肥やしになるだろう。そういえばそういう目的だったな、これ。
「いいえ。彼女の姉になるのは、ぼく」
沙織ちゃんは比較的、淡々と語る。まぁ、普段どおりの口調だ。ソファーに座っている二人の間に割り込んだ。そこは普通、詩歌の両脇に座って取り合うのが普通では? 大岡裁きを避けてるのかな?
「そんなに姉になりたいんですか」
「もちろん」
バチバチと火花を散らす目線。腕ずくで妹を奪い合うような作品なの? 一触即発の雰囲気なんだけど。小さな女の子向けの百合小説にバトルシーンなんてあるの? 早く原作読ませてくれよマジで。
あと、ほんとにこれお芝居なんですか? 二人とも声優デビュー出来るんじゃないですかね。
蚊帳の外に置かれてしまった我が妹は、空気を読みつつ手を上げた。
「あの~」
「「あなたは黙ってて」」
申し訳無さそうに、二人に声をかけた詩歌に対して、お前はすっこんでろとのこと。うちの妹を取り合っていたはずですが……。
しゅーんと手を下げた詩歌の隣の二人は、同時に俺の方を向いた。
「先生」
「変態」
二人の視線は俺の顔をまっすぐ見やる。その瞳は真剣そのもの。
「え? 俺?」
なんかまたやっちゃいました? それとも、カメラ撮影に夢中の小江野さんの太ももをちらちら見てたのがバレたのでしょうか。仕方ないんだよ! さすがグラビアアイドルって感じなんだよ!!
「「どっちが姉に相応しいと思う!?」」
……いや、それは俺が決めることではないのでは……?
なんで妹の姉を、俺が決めるのよ。
待てよ?
ひょっとして……ひょっとして……そうか。
詩歌の、妹の姉ってことはつまり……
俺にとっても、兄妹ということか!
待て。
まだだ。
もう一つの可能性がある。
それは……もちろん……
兄妹じゃなくて……姉弟ということ!!
つまり、どちらかが俺のお姉ちゃんになるという可能性!
どちらかが俺のお姉ちゃんだと……
最高かよ……
見てるのは私のお稲荷さんだ。
女子中学生が女子小学生をお姉さんって呼ぶなんて、と言いながら女子小学生を姉にしようとする専門学校生が主人公とは作者もびっくり。