「え!? コミカライズ!?」
俺は衝撃のあまり、混乱した。
もちろん自分の書いた小説が、漫画になるということは嬉しい。嬉しすぎるくらいだ。
しかし、素直に喜べないのも確か。
目の前にいる編集の
「それって、小学生が読むんですよね」
「? 当然でしょう」
それはマズイですよ。
だって子供がみちゃマズイものなんですよ。
いや、子供が読んでるけど。読者のメインは女子小学生なんだけれども。
小説だからなんとかごまかせているだけで、中身は官能小説なんだから。コミカライズしたらエロ漫画になっちゃいますよ。
「といっても、ずっともに連載とかじゃないですよ?」
「ずっとも」というのは、主に女子小学生が購読する月刊の漫画週刊誌だ。出版しているのは白い鳥文庫と同じ
「
なのでてっきり「ずっとも」かと思ったが、そうじゃなくてよかった。いや、メイちゃんのなりきりメイドカチューシャが付録について全国の女子小学生がつけてくれるという夢のような光景は惜しいけれども。
「はっきりいって、この程度の部数で、まだ三巻の発売ですからね。コミカライズなんてありえません」
そんなはっきり言う必要あったのか?
思わせぶりなことを言わないでくださいよ。無駄にいろいろ心配しちゃったじゃないか。
こういう性格だと上司にもなんか余計なことを言って、怒らせてしまってその結果おしおきと称して……おっと本当に無駄な心配をしてしまいそうだ。
「書店で販促用のPOPにするっていうだけです。あとWEBにも載せますけど」
なるほど、そういうことでしたか。
それならば大したページ数ではないので、ごまかせそうだ。ごまかすっていうのもアレだが……。
「それで、三巻のどこを漫画にするかですけど、ここでどうでしょう」
プリントアウトされた俺の原稿に付箋がついていた。
やっぱり新キャラのフミかしら。富美ケ丘さんがモデルだから。
どれどれ、「マイはくすりとほほえむと、ご主人さまの頬にふれ、食べさせてほしいとねだった」この部分か。フミさん関係ないな。
えっと……これは……NTRですね……。
これは、マイがこっそりメイを出し抜いてご主人さまを誘惑するシーンです。
官能的な指使いで頬を触りながら、なんというか……口で攻めてもいいか聞いている、と。まぁそういう場面だ。
「ここは結構かわいいシーンですよね」
「そ、そうですか?」
いや、もちろん俺はかわいいと思って書いているけど。
小悪魔的な意味で。
「そのあとで『おっきくてお口に入らないよお』って言うじゃないですか」
うん……言うね。なんというかエロ漫画ではよくあるセリフだよね。うん。っていうか俺もなんでそれをわかってて児童向けの小説に書いているのだろうね。
「このご主人さまがマイちゃんに食べさせてあげてるのに、一口で食べられる大きさには出来てないっていう不器用さが微笑ましいですよ。肉の棒を食べさせるのが下手なご主人さま、かわいいです」
エーッ!?
そっち?
ご主人さまがかわいいの?
作者の俺は一度もそう思ったこと無いけど?
そもそも、食べさせて欲しいという言葉の意味が違ってるんですね。ご主人さまの肉棒を食べちゃってもいいですかというつもりだったのですが、ご主人さまに肉の棒を食べさせてくれませんかという意味になってるんですね。WAO! 日本語ムズカシイネー!
めずらしく編集が褒めてくれているけど、俺の意図するところとは程遠いから嬉しくないです!
「なのでここを漫画にしようかと」
「う~ん」
それはちょっと嫌だな。
本当のシーンを理解できる読者からするとご立腹案件だし。あげはちゃんがぷんすかしちゃう。それはそれで可愛いからいいか……いやいや、よくない。よくないぞー。
「主人公はご主人さまではなくてメイなので、やっぱりメイの活躍する場面が……」
「あー、まぁやっぱりそうですよね」
納得のご様子。それほど残念そうには見えない。
「ご主人さま人気にあやかった方が売れるかなーと思ったのですが」
そうなのである。
桜上水みつご先生のイラストの影響が九割だと思うが、めちゃくちゃイケメンのご主人さまは大人気なのである。
ファンの方から可愛らしい封筒が届いて、中にファンアートがあるという大変嬉しいことがたまーにあるのだが、まずそのイラストはご主人さま。メイのえっちなイラストなんて贈られてこないのだ! ちくしょう!
ご主人さま大好きなJKですと書かれた、可愛らしい便箋を見ているとむしろご主人さまに嫉妬するよね。
よってご主人さまをメインにした販促用漫画をつくるのは戦略的には正しいんだろうな。だが断る。
「ではやはり、ここでしょう!」
次に指定されたのは、メイとマイが一緒にお風呂に入るシーンだった。
「え!? ここですか!?」
これは俺が二人の入浴シーンを桜上水みつご先生のイラストで見たいから書いただけのシーンだ。イラストでは妹が姉の背中を洗ってあげるところで微笑ましいシーンとなっており、背中しか描写されていないが俺は少しお尻が見えただけで満足だった。
しかし漫画となるとそうはいかない。裸のオンパレードだろう。
俺は嬉しいが、ここを漫画にして喜ぶのは男子諸君なのでは?
「ここって、お互いの体をずいぶんと触り合うじゃないですか!」
「え、あ、はい」
どうして富美ケ丘女史がこんなに熱心なのかがわからない。いつの間にか俺と中身が入れ替わったのでしょうか。胸を触ってみますが、残念ながら柔らかくありません。そりゃそうだ、体は目の前にいるんだから。
「普段そこまで仲良くない姉妹が、ずいぶんと仲良くしてて……てぇてぇなぁ……」
もしもし?
富美ケ丘さん、どうしたの?
夢見る乙女のような顔で眼鏡の奥のおめめをきらきらさせてますけど。
てぇてぇ?
尊いってやつですか?
……そういえば俺が三巻のダメ出しを食らっているときに大絶賛していたすいちゃんせんせーという作家。沙織ちゃんの
ひょっとしてこの編集者……。
「メイは普通に妹のマイが好きなんですけど、マイはご主人さまとメイの関係に嫉妬してるんでちょっとぎこちないんですよね」
「そう! そうなの~。そこがマイちゃん可愛くってぇ~」
やはり!
やはりそうですか!
どうやらこの編集者、あきらかに百合好きの模様。
それにしても嬉しい!
これは嬉しいですよ。
別に百合を書いてたつもりはないけど、褒められたら嬉しいわけですよ。
「本当はお姉ちゃんのこと大好きなんですけどね」
「読者には伝わってますよ!」
なんてこった。
それは伝わってるんですね!?
もっとわかりやすくご主人さまと二人はこれでもかっていうくらいえっちなことをしているのに、それはまったく伝わってないのに!
この姉妹の微妙な感情のやり取りは伝わるんですね!
でも嬉しい……読者に伝わるということの嬉しさ……ハンパない……。
「ここで背中を洗い合うシーンは、マイが言葉にできない感謝を表しているわけですが、いつか言葉にできるように読者が応援してくれるといいなと思っていたり」
「応援してるよ、マイちゃん!」
編集者が応援してくれるという初めての経験……。ありがたい……。なにこれみんなこんな感じなの? すいちゃんせんせーが羨ましすぎるだろ。
ちなみに正式なペンネームは
結構年上のバツイチの女性作家さんだ。酸いも甘いも噛み分けた結果、女児向け百合に目覚めたらしい。元の旦那さんと何があったんでしょう……。
「じゃあ、漫画にするのはここでいいですかね」
俺と編集者が意気投合したのは初めてであり、これは大変嬉しいことなんだが……。
「ちょ、ちょーっと考えさせてもらうことはできますか?」
逆に怖くなってブレーキを踏んだ。
「いいですけど……ちなみに漫画はフルカラーです」
フルカラーでお風呂シーン……!?
み、みたい……!
しかし。
「少しだけ、少しだけ時間をください」
「そうですか。週明けに決めればスケジュール的には問題ないです」
そう言って、付箋のついたプリントをもらう。
付箋が候補となっているからこの中から選ぶならいいらしい。
「難しいな……」
家に帰る電車の中で、俺は自分の原稿と向き合う。
個人的に嬉しいのはもちろん、入浴シーンで間違いない。
だが、ひゃっほーいイラストどころか姉妹のお風呂シーンが漫画になるぞう! なんて浮かれている場合じゃないだろう。
そもそも最初の問題である小学生が読んでいい漫画にはなっていない。女の子同士とはいえ、ふざけていろいろ揉んだりするからだ。普段は冷静な判断のできる富美ケ丘女史はどうやら百合の前では盲目らしい。
そして、このシーンは富美ケ丘女史が冷静でいられなくなるくらい百合。そしてこの作品は百合モノではない。書店で勘違いさせてしまいかねない。
三巻が売れなかった場合は四巻で完結させなければいけないことになっているわけで。
編集者が初めてこんなに褒めてくれたから狂喜乱舞しちゃったけれど、これはマジな話だ。
さりとて売上最優先でご主人さまのカッコいいシーンにしておくのも違う気がする。
「しかし読めば読むほど難しいな」
だってほとんどのシーンが本当はエロいことばかりしているからだ。
誰だよ、女子小学生向けの小説の中身をこんなビジュアル化したらマズい内容にしたやつは!
自分だけでは解決できないと判断した俺は、スマホを取り出した。
JSが出てこない!
どうなってんだ!
自分で書いててもそう思っちゃう。