よしよしよし、手に取れ手に取れ……俺の大事なそれを……まずはじっくりと見るんだ。
小学四年生といったところだろうか?
今どきのファンシーな紫とピンクのランドセルが似合う少女は、短いスカートを揺らしながら俺のものに興味を示しつつも、ためらっていた。
本当に初めてなのかもしれないな。
少女の初めてのそれが俺のものだというのは、興奮するじゃないか。
お試しで構わない。一度切りでも構わない。頼むから、お願いだから、願わくばその体験を与えたい。
青春ともまだ呼ぶことが出来ないあまりにも青い少女。その少女にはまだ早いであろう体験を。
ああ、もどかしい。
ただ見ているだけというのは、これほどもどかしいものなのだろうか。
しかしこちらから声をかけるのは、手を出すのはさすがにマズイだろう。
こうやって見ているだけでも場合によっては問題になるわけで。
くそ、勇気を出すんだ。
そっちから手を出してくれないと困るんだ。
頼む、頼む、頼む、頼む!
俺の、俺の初めてをもらってくれ――――!
駄目だったか……。
少女は、人気作の続編である13巻を手にとってレジへ向かった。
そりゃそうだよなあ……。
白い鳥文庫から出版された俺のデビュー作の発売日。俺はほとんどの作家がそうするように本屋で自分の本が売れるところを見に来ていた。
本当は官能小説家とデビューし、獅子の穴とかスイカブックスで見張るはずだったのだが、ターゲットがまったく異なってしまったのでショッピングモールに入ってる本屋のテナントにいる。土曜日の午前中なので家族連れがほとんどだ。
電車や車のおもちゃが大量に掲載されている幼児向けの本が置いてある場所から、小学校高学年をメインターゲットにした売り場を伺うというのはどう考えても不審者極まりない。自分の本を手に取ってレジに持っていくところを見たいだけなのに、なぜこれほど気を使わなければならないのか。
かれこれ二時間ほど見張っているが一冊も売れる気配がない。絵本を物色している幼女から不審な目で見られることに快感を覚え始めたぞ。
昼飯時になってもう腹が減ってきたが不在時に売れたらと思うと離れられない。アンパンと牛乳を買ってくるか?
「ちょ!? おまー!? これはこれは桜上水みつご先生のイラストではござらぬか!」
おお! あれはまさに本来のターゲットという形の佇まい!
ショッピングモールには似合わないアラサー感たっぷりで非健康的な顔と体型! すでに薄くなり始めている頭皮! 将来が心配になるウエスト! 安そうなチェックのネルシャツとダサいブルージーンズ! いまどきそんな喋り方するオタクいねえよと突っ込みたくなるくらいのクドイ言い回し!
やっぱりテンション上がるよね~。幼女だの少女だのにモテたって仕方ないんですよ。こういうお客様から神と崇められたいわけ。尊死とか言われたいわけ。
まさか土曜日のショッピングモールで本来のターゲットが俺の本に注目してくれるところを見ることが出来るとは!
「むほー、萌え萌えのメイドさんですぞメイちゃんとやら~、これは買いなのではござらぬかー?」
そうだよ、買いだよ!
俺はあんたみたいな人のために書いたんだよ! 決して妹や妹の友達のためじゃないんだ!
イラスト目当てでもいい、頼む、手に取ってくれ、読んでくれ、買ってくれ。そして出来ればヌイてくれ! さらに言えばおシコリ報告してくれ! ツイッターで「拙者、白い鳥文庫で抜いてしまった侍」とかつぶやいてくれ……!
そんな願いも虚しく、
「うわっ、キモっ。どいてよ、そこの臭いブタ」
「ひいいっ!?」
小さな女の子が容赦なくキモオタ……いや、お客様を毛散らかして……いや蹴散らかしてしまった。
くそっ、美少女ごときが生意気な。どうせお前らなんて可愛いだけでおシコリ報告もしてくれないしツイッターで使った回数もつぶやいてくれないんだろうが。そもそもチンコも付いてないくせにだね……
思わず睨みつけていると、なんとその少女は俺の本を手にとって、読み始めた。おいおいおいおい。
俺は隠れるのをやめて彼女の顔が見える場所に移動した。
いやー、さすがお目が高い。最初からわかってましたよ、知性が溢れてるもの。
少女は長い黒髪を飾る赤いリボン以外は全身が黒ずくめだが、パンプスにしてもスカートにしても品が良く、かなりのブランド物を着こなしているようだった。どうみても十歳か十一歳かというところで、背も低くまだ胸もほとんどない状態だが、やたら垢抜けていて売れっ子の子役女優のようだった。
長いまつげを少しだけ動かしながら、黒い瞳が縦に動いていく。
結構読んでくれているな……。
ごくり。
思わずつばを飲んだのは、本を読んだ感想がどうか気になるからであり、決して頬を赤らめて立ち読みする少女がエロく見えたからではない。
しかし、なぜこんな表情に?
少女はもじもじと脚を擦り合わせたり、目は潤み、唇は開いたり、きつく閉じられたり。
なんというか、物語を読んで夢中というよりは、性的に興奮しているような……いや、そんなわけないだろう。下手したらまだ男湯にだって入れるかも知れないようなビジュアルだぞ。
手に汗を握りながら見守っていると、彼女はパタンと本を閉じた。あぁ、もうお終いか。
がっかりしたのは一瞬だけだった。
なんと、本を持ってレジへ向かっていくじゃないか……!
おお、なんと、うら若き少女よ、あなたが女神様だったのですね……!
俺はその場で懺悔を始めた。
あんな小さな女の子が少ないお小遣いを使って俺の本を買ってくれたという奇跡的に喜ばしいことが起きた。それなのに俺ときたら、どうせツイッターにつぶやいてくれないだの、チンコも付いてないくせにだの、何様だというのか。
俺のようなラッキーでたまたま本を出してもらえただけの作家があのような美少女に自分の書いた文章を読んでいただけるとか世界一の幸せ者だ。
その日、他に俺の本を買ってくれた人に出会えることはなかった。
そして、ツイッターに感想を書いてくれた読者もいなかった。
まぁ、休日のショッピングモールの本屋で青い鳥文庫を立ち読みした私がそのときに思いついたのがこのお話なんですけどね!?(最低だ)