「よし……」
「沙織さん、心の準備はできました?」
「うん……」
網走沙織ちゃんは、相当勇気のいることをしようとしているようだ。
こっちも緊張しますね……。
そもそも普段から、息をするようにムチを振るう娘ですよ。気合いれてかかってきたら、死んでしまうかもしれないですよ。「ぼくの誕生日プレゼントは天国を見せることだよ」とか言いながら首を締められたりするとか。怖い……。
「じゃ、行きましょう」
「うん」
「みなさん、ちょっと待っていてください」
なぜか、真奈子ちゃんと沙織ちゃんが二人で出ていった。どういうことだ?
まさか3P……? 2人同時に
そんなドキドキソワソワの俺に、ひらひらと手を振る女の子がひとり。
「ンフフ……ばぶちゃーん」
プレゼントを渡し終えたあげはちゃんは、リラックスして俺をからかってきた。妖艶に……いや、そのつもりでにっこりと、女児らしい笑顔だ……。むしろ毒気が抜かれる。
実のところ、さっきまでは緊張していたのだろう。これはおそらくトップバッターだった、ももきゅーちゃん以外のみんな共通だ。
感謝しかないが、せっかくからかわれているのだから、うまいこと返したいものだ……。
俺は髪をかきあげ、できる限りのイケメンを演じながら、白い歯を輝かせて、渋い声で「バブー」と言った。
「あっははー、ウケるー」
こういうときにわかりやすく盛り上がってくれるももきゅーちゃん、ありがたい……。
いつもどおり無表情な柑樹はわからないが、小江野さんも「ぷふーっ」と笑っているし概ねウケたらしい。
「はずかしがってるのね、かわい」
あげはちゃんは、意地でもからかいたいのかな?
大人ぶっているようにも見えるが、沙織ちゃんの誕生日プレゼントを緊張して待っている俺の気を使ってくれたとしたら本当に大人っぽいな。やはり俺の母になってくれたかもしれない女の子なのか……!?
「みなさん、おまたせしました」
ちょうど平常心を取り戻した頃、真奈子ちゃんが帰ってきた。その後ろには沙織ちゃんが……ええ!?
「賢者様ぁ~! 好き、好き、大好きですぅ~!」
沙織ちゃんはそう叫びながら、両手を広げて俺に抱きついてきた。は!? 誰!?
普段は変態と呼んでいる俺を賢者様!?
「ああ~、賢者様、好き、好き、好きぃ……」
俺の胸に顔をこすりつけながら、ひたすらに俺に好意を伝える沙織ちゃん……これは一体……。
困惑する俺に、真奈子ちゃんが説明をくれる。
「沙織さんのバースデープレゼントは、言葉攻め、だそうです」
「言葉攻め!?」
思いもよらなかった……というわけじゃない。言葉攻めの可能性は想定内だった。だが、出てくる言葉が真逆といっていい。
「しゅきぃ……賢者様、だいしゅきでしゅ……」
「お、おう……」
それにしても別人というか……いくらなんでもプレゼントってだけでこんなことになりますかね……?
これが演技だとしたら、声優の小江野さんの立場は一体?
「沙織さんの希望により、ちょっとだけ、催眠術を使わせてもらいました」
「そういうことか!」
それで真奈子ちゃんと一緒に!
催眠術でこうなったんなら、わかりますよ。俺のことを異常に
「ぼく、ぼく、ほんとはね、ほんとは大好きなの……賢者様のこと、大好きなのぉ」
「あ、ああ、うん。嬉しいよ」
俺を見る目がハート過ぎて、受け止めきれない。
真奈子ちゃんはちょっとだけって言ったけど、やりすぎなのでは?
嬉しいというより、戸惑いが強すぎるのですが?
「最初はなんか気持ち悪いと思ってたんだけど」
「……はい」
突然のいつもの感じ。
「女子小学生のおっぱいをガン見してるキモい変態だと思ってたし」
「あ、はい」
「一応買ってみた小説もいまいちだったし」
「……」
戸惑いはなくなったのですが、普通に心にダメージが。普段の沙織ちゃんは大げさに言ってる感じがあるんだけど、これってマジというか……
「でも、何度か会ってるうちに、どんどん好きになっちゃって……」
「……」
なんというかリアルだな……盲目的に好きになってるんじゃなくて、ストーリーがあるのか……これは催眠術のなせる技なのか、沙織ちゃんの才能なのか……。
「小説に関しては真面目だし……向上心があるし……夢見てて素敵だし……紳士的で優しいし……よく見るとカッコイイし……ちょっとえっちだけどそこもなんかドキドキするし……」
「おお……」
う、嬉しい……ようやくプレゼントとして受け取れそうな感じ……。
目も、ただのめろめろハートじゃなくて、俺の顔色を伺いながら、頬を染めてぱちぱちとまばたきしながら上目遣いで……くっ、かわいい……。
「ねえ? ぼくのこと……好き?」
「おふっ」
ギャップが凄すぎる。
自信満々のドS女王様が、初恋どきどきボーイッシュ女子になっている……普段の沙織ちゃんも好きだが、これは反則だろ……。
「好きだよ……」
て、てれくさい!
これが嬉し恥ずかしということなのでしょうか?
「ほんと? いつもヤじゃない? 痛いこととかしてるし……」
かー!
なんですかこの、か弱さ。
手の指をこちょこちょとくっつけたり離したりしている。マジで催眠術効きすぎじゃない? どちらかというと俺の指を折ったり詰めたりするタイプだよ?
「ヤじゃないよ。沙織ちゃんに痛いことされるのは、むしろ快感だよ?」
「「うわあ……」」
なんか周囲からドン引きの声が聞こえてくるけど、気にしないよ。俺は天使に会えたよって感じなんで。
「じゃあ……こうだぞ」
「あいたたた」
弱い力でデコピンされた。少しも痛くない。ひたすら甘酸っぱい。
「嬉しい?」
「うん」
「ほんと?」
「うん」
「えへへへへ」
デレデレになる沙織ちゃん。それを見てデレデレになる俺。
「「……」」
いいんだよ。周りは気にしない。そもそも他の人を気にしてたら、やっていられない。合法痴漢なんて出来るわけないんだから。痴漢とか赤ちゃんプレイに比べたら、よっぽど普通ですから。ただのバカップルですからね。
「賢者様……大好き……カッコイイ……ステキ……」
言葉攻め……嬉しい……。
普段は「変態、死ね」とかしか言わないのに……。
脳がとろけそうだ……。
「いい匂い……」
耳の周りの匂いを嗅ぐ沙織ちゃん……この辺からフェロモンが出ると聞く。
「キスしたい……ちゅーしたい……したいなあ……」
耳元でなんてことを……。
直接キスされるより、キスしたいと連呼される方がヤバいな……これはアダルトビデオよりも官能小説の方が興奮するのに近いかもしれない……。
「触って欲しいなあ……抱きしめて欲しいなあ……」
ごくり……。
おねだりってやつか……。
こういうとき、官能小説だとさっさと触って抱いちゃうからな。これは新しい感覚だ……。
「ちょっとえっちなことも……されたいかも……」
じわり……。
どうやら息子が期待しすぎて、パンツにシミを作ったようです……。
ひとりでするときは、そろそろ脱ぐか……ってタイミングですね。いまさらですが、この状況は脱いでいい場所ではないです。ほんといまさらですが。
よって何もできずに、ただ見つめ返すだけの俺に、彼女はシュンとしつつ、キュンとなる表情で小さな口を動かした。
「いつもは恥ずかしくてすぐ叩いたりしちゃうけど、ほんとは甘えたいんだよ?」
うおおおおおおおお!
これが言葉攻めかーッ!
真奈子ちゃんの催眠ハンパねえーッ!
のたうち回りたいくらいやべえーッ!
「ああ……好き、好きすぎる……」
頭を撫でられ、頬を触られ、体を押し付けられ、耳元でささやかれ、目の奥を見つめられる。
なんてこった……直接的に体を交わらせるより、この方がヤバい。脳内麻薬ってのがドッパドパ出て、多幸感で溺れそうだ。
この時間が永遠に続けばいいのに……。
「……ちょ、ちょちょちょ……」
「ん?」
「ち、ちちちち」
「乳乳?」
「違うよ、バカ! 変態! 死ねっ!」
「ぎゃあーッ!?」
アッパーカット!?
完全に無防備なところにアッパーカットですかっ!?
「あ、催眠とけちゃった」
「真奈子ちゃん、納得の説明ありがとう!」
そうだよね。これは催眠術のせいですからね。永遠に続くわけがないのよ。あくまでも誕生日プレゼントだから!
「違うから、これは違うから!」
「わかってる、わかってるよ、沙織ちゃん。でも、俺を大好きになる催眠を使ってまでプレゼントしてくれてありがとう」
「先生? 使った催眠術はそうではなくて……」
「そ、そう! 全然好きじゃないけど、好きになる催眠術を使ってまでプレゼントしてあげたの! 感謝して」
「う、うん。すっごく嬉しかったよ」
「あっそ。キモ」
ぷいっと腕を組んで顔をそらす沙織ちゃんだが、逆にそこまでして誕生日プレゼントしてくれたことで感謝が倍増なんですよね……。
ドン引きしていたみんなも、なんか子猫でも見ているように優しく微笑んでいるし……。
「さおりんかわいー」
ももきゅーちゃんのセリフに、誰も反論なし!
「は? バカじゃん。……顔洗ってくるから。あと、コレ」
恥ずかしすぎて出ていってしまったよ。かわいいなあ……。
まぁ、催眠術にかかったことのある俺からすると当然という気もするが。記憶はバッチリ残ってるからねアレ。
沙織ちゃんが出ていく寸前に俺に押し付けたのは、かわいくラッピングされた紙袋だ。封を開けるとオシャレな栞セットだった。俺が使っていたのがえっちなマンガを本屋で買ったときの特典のものだったので、女児向け小説を読むのに似合っていなかったのだ。センスがいいなあ。
「さて、それじゃ最後になってしまいましたが」
沙織ちゃん以外が椅子に戻り、真奈子ちゃんが次は自分だと表明し、改めて立ち上がる。
普通に栞セットのようなプレゼントで嬉しいのだが、この流れでわざわざトリをつとめるというので、どうしても期待は膨らむ。なんだろう……合法レイプとかかな……。そんなわけないな。痴漢ならともかく。痴漢は問題ないけどレイプは問題があるものね……。うん……? なにが問題なのかわからなくなってきたな。
当たるはずもない予想をやめて、おとなしく真奈子ちゃんの発表を待つ。
彼女は大げさに右手を振り上げてから、力強く拳を握った。
「私から、先生に最高のエンターテイメントをプレゼントします!」
えんたーていめんと??
とりあえず予想はハズレのようだった。
バースデープレゼント編もあと一話です。
いつものように見切り発車で書き始めましたが、よくもまあネタ切れしなかったものだと自分でも驚いています。