「は?」
「だからですね、痴漢ですよ」
「……痴漢されてしまって泣いているところをご主人さまが慰めるとかですか?」
「いや、メイがご主人さまのお誕生日に痴漢されて喜ぶんです」
「何を言ってるんですか?」
ん?
俺なにか、変なこと言ってる?
出版社のミーティングルームで、俺は担当編集の富美ケ丘さんと打ち合わせをしている。紙コップに入った自動給茶機のまずくてぬるいお茶を飲み干した。
次巻の内容をどうするかと聞かれたから答えているのに、まったく意思疎通ができない。このひと、編集者として問題があるのでは?
「ですからね、メイがね、まず電車の音をラジカセで流すんです」
「……メイメイの世界に電車なんかないですよね」
「……」
俺の作品「我慢できない! メイドのメイちゃん」略してメイメイは、メイド喫茶のメイドじゃなくてガチのメイドにするため貴族社会がまだ残っている時代設定にしていた。電車どころか自動車もまだない。設定ミスだ! 電車痴漢できないような舞台で物語なんて書けないだろ!
いいや、諦めるな。諦めなければ道は開ける!
「乗合馬車の音にします!」
「だからラジカセもないですよね?」
「……」
諦めるしかないか……。
音がなかったら意味ないもんな……。
「じゃあ、赤ちゃんプレイにします」
「……は?」
「赤ちゃんになるんですよ」
「メイちゃんがですか?」
「ご主人さまに決まってるでしょ!?」
何を考えているんだ、この編集は。メイが赤ちゃんになって子育てするご主人さまとか……ん? それって桜上水みつご先生がメイのおしめを替えるイラストを描くってこと? 天才か?
いや、それはそれで検討するとして。
少なくともそれじゃ誕生日プレゼントにはならない。
「ご主人さまが赤ちゃんになるから、プレゼントなんじゃないですか」
「赤ちゃんになりたいってことですか?」
「当然でしょ!?」
愚問すぎる。
バブみって言葉を知らないのか?
男はみんなおっぱいを吸うだけで褒められる、そういう存在になりたいんだよ。
「あの、そういう特殊な趣味はあまり言わないほうがいいですよ」
変態扱い!?
男ゴコロがわかってないな。
俺が特別変態なんじゃないんだよ。男は全員変態なんだよ。
「せっかくご主人さまは人気があるのに、赤ちゃんになって喜んでいたら読者が幻滅しますよね? かっこ悪いですよね? 気持ち悪いですよね?」
「……」
かっこ悪くて気持ち悪くて幻滅するのか……そうか……。
どうやら俺が女ゴコロがわかってなかったようです。
ご主人さまの人気がなくなったらファンレターは激減、バレンタインデーも期待できなくなる。
男が全員変態だとしても、それを表現していいかどうかは別です。夢を見せる商売だからね!
女児にはステキな紳士を、男には可愛くてえっちな女の子を提供しないとね!
「わかりました。じゃあストリップにしましょう。これなら健全だし」
「……頭大丈夫ですか?」
さすがにここまで言われちゃうと俺もツライ。
なんかゴミムシを見るような目で見てくるよ……ふぇぇ……。
どうして。俺は自分の作品を少しでも面白くしたいだけなのに。
「白い鳥文庫でストリップなんて言葉が登場していいわけないでしょ。真面目に考えてください」
くそ……俺には女子小学生たちに健全かつ最高のエンターテイメントを教えてあげるという使命があるのに、頭ごなしな一般論を振りかざしやがって……。俺にもクリエイターの矜持というものがあるぞ。
ここは断固として抗ってみせる!
「ストリップは譲れない! みんなに健全なエンタメだということを伝えるんだ!」
「新刊でなくていいですか?」
「すみませんでした!」
こういうときに自分が折れるというのが大人だからね。素直に頭を下げられる俺、エラい。
作家として一番大事なことは、小説を読んでもらうことだから。新作を心待ちにしている読者のために!
「まったく……」
そう言って、コーヒーショップのタンブラーを口につける富美ケ丘さん。俺もそっちが飲みたいのですが?
飲みかけでもいいからくれませんかね……そう思ってじっと見ていると、ため息をついて腕を組んだ。
「ご主人さまの誕生日でもいいのですが……メイちゃんの誕生日をやりませんか」
なんか首をひねりながら、言ってるな。助言する気かな、編集者みたいに……あっ編集者だったわ。
でもね、俺はみんなから誕生日を祝われたことで今回のシナリオを思いついたわけよ。普段だったらできないようなこと、関係性が違っていても、プレゼントという形なら相手の喜ぶことをしてあげられる。欲しい物を聞いてあげるんじゃなくて、これを喜んでくれるんじゃないかって考えてくれたことが嬉しい。
そういうことをね、読者に伝えたいわけ。
だから逆じゃ駄目なんだよなー。
ま、人の話は最後まで聞かないとマナー違反だから聞きますけど。
「ずっと頑張ってるメイちゃんにご褒美をあげてほしいという希望もあるでしょうし、メイドとご主人さまという立場でもバースデープレゼントってことであれば普段できないようなことが出来るんじゃないでしょうか。普段メイドであるメイちゃんがご主人さまのために色々と喜ぶことを考えているわけですが、逆の立場になってメイちゃんのために考えるご主人さま。そのことで普段からどれだけ自分のために尽くしてくれているかを理解して、一層感謝するようになる……どうですか」
「それしかないです!」
そう、そうなんだよ!
俺が本当に書きたかったのはまさにソレ。
やっぱりなんだかんだで伝わっていたのか……。さすが富美ケ丘さん……やはりこの人に着いていくしかないね!
「じゃあ、ご主人さまがメイちゃんを喜ばせるプレゼントを考えて、いくつかメールで送ってください」
「わかりました!」
元気に出版社を後にする。パーフェクトコミュニケーションでしたね……。
さて、そうなるとこの前の件じゃ書けないな。
俺がプレゼントを考えなければ。
問題は誰にするか……とりあえず妹じゃないことは間違いないが……。
改札を通り、電車に乗る。
メイと見た目が同じなのは
正直なところ、誕生日会は真奈子ちゃんが場所から料理から全部用意しており、いくらなんでも貰いすぎだと思っていた。
ここは誕生日会のお礼ということで、真奈子ちゃんにお返しをさせてもらおう。
こうして真奈子ちゃんには、小説を書くたびにお世話になっている気がする。
なおのこと感謝を伝えなければ……。
「次は、笹塚~」
そうだ、俺が真奈子ちゃんに痴漢してあげるというのは!?
……バカか俺は……喜ぶわけがない……痴漢されると喜ぶ女の子の小説の読みすぎだ。現実と区別できてないのかよ。メイじゃないんだよ。それこそ俺のことが異常に大好きになる催眠でもかけないと嬉しくないだろうね。
真奈子ちゃんが喜ぶこと、真奈子ちゃんが喜ぶこと……。
「う~ん」
さっぱりわからない。
みんなは俺の喜ぶことをわかっていてスゴイなあ……。
ここは同じ女子小学生である沙織ちゃんやあげはちゃんに相談を……いや、それは違うな。それじゃご主人さまのアイデアとは程遠い。
俺が考えて、考えて、考え抜いてすることに意味がある。
「真奈子ちゃんな~」
お金持ちだからな~。美味しい食べ物も、綺麗な服も、ぬいぐるみやおもちゃでもなんでも手に入ってしまうことだろう。
沙織ちゃんは駄菓子やプールを喜んでくれたが……。
真奈子ちゃんとはスーパーに買物に行ったことを思い出す。ああいう庶民的な場所に行くのがいいのかな。
最寄り駅に到着。
「こういう商店街を歩くとか……」
肉屋のコロッケをかじりながら歩くとかな。悪くはないが、お返しにならないよな。近所で散歩してるだけじゃん。
「お出かけだけど、庶民的……」
帰宅。
部屋に戻って、ベッドにどすん。
「とりあえず、真奈子ちゃんに連絡するか……」
まぁ、チャットでいいよね……とスマホを触った途端、着信音が。
「おお……」
なんと真奈子ちゃんからだった。なんというタイミング。
「はいっ、真奈子です! どういったご用件でしょうかっ!」
……?
「え、かけてきたのは真奈子ちゃんだよね」
「はっ!? しまった」
「しまった……?」
よくわからないが、電話越しに困っている様子。お礼をしたいのに困らせちゃどうしようもない。
「まぁいいや」
「ほっ」
あきらかにホッとしているぞ……。
「実は用件あるんだよ、えっと日曜日暇かな?」
「もちろんです!」
「じゃあ朝迎えにいくね。歩きで出かけて……結構歩くかもだけどいいかな」
「はいっ! 幸せです!」
歩くだけで幸せなのか……車でしか出かけないのかもしれない。大丈夫かな。
正直前半が書きたかっただけでした。