真奈子ちゃんの家に迎えに行って、背の高いサンダルを履こうとしたので、スニーカーに変えてもらった。結構歩くからね。
「どこに行くんでしょうか……」
家を出てからずっとワクワクを隠さない真奈子ちゃん。そこまで期待されると困るのですが。たいしたところじゃないのよ。とりあえず駅。
「電車……!」
電車に乗っただけでテンションMAXですよ。これはやっぱり痴漢した方が良かったのだろうか……でも多分、逮捕されるからやめとこ。
真奈子ちゃんとは上りの電車には乗ったことがあるが、下りは初めて。それもあるのか明らかに興奮している。俺は学校が下りなので乗り慣れているのだが。
「ここで降ります」
「ここで……!?」
驚くのも無理はない。
だっておしゃれな街でもないし、テーマパークがあるわけでもない。
ただの商店街と住宅のある、なんの変哲もない街だ。住むにはステキなところだが、わざわざおしゃれなワンピースで訪れる場所でもないだろう。
「すてきな……ところですね……」
きょろきょろしながら無理やり褒めている。別にステキなところはない。
取り立てて何もない駅前を進み、列に並ぶ。
「……バス停ですか?」
「そう。バスで行くんだ」
「じゃ、またパスモを使うんですね」
「いや、今回は使わないんだ」
「えっ? じゃあどうやってお支払いを? カードですか?」
「タダなんだよ」
「タダなんですか!? どうして!?」
一緒に並んでいるおばさんが「くすくす」と笑っていた。真奈子ちゃんが特別お嬢様ということもあるが、女の子が純真に質問しているのがかわいいのだろう。
こういうところ、小説に活かせるかもしれない。ご主人さまが世間知らずってパターンな。正直かわいくもないしどうでもいいが……ウケそうな気がするよ。
最近わかってきたことだが、俺がこういう女の子いいよねっていう要素をご主人さまにぶち込んでみるのは、悪くないっぽい。
ただし、女の子がおもむろに下着を見せてくるのっていいよね、と思うがそれをご主人さまがやっても共感は得られない。
それくらいは編集と相談しなくてもわかるよ。うん。そもそもメイがおもむろに下着を見せる話を書いても編集でNGになるよ。最近はそれもわかるよ。くそっ。
それはさておき、バスがやってきた。
「さ、乗ろうか」
「あ、はい……」
バスに乗るときに、段差があるので手をとってあげると、嬉しそうに笑う。うん、こういうのはご主人さまがしてもいいだろう。
馬車に乗るときにメイがご主人さまに手をとってあげる。いつもは命令する側がリードされるというシチュエーションだな。
官能小説的に例えると、普段従順なメイドが夜になった途端主導権を握る的な。間違いないね!
ともかく、後方の二人席に座ったはいいがどこに行くのか不安な真奈子ちゃんに説明しようか。
「このバスは行き先が決まってるんだ」
「行き先が決まっている?」
「そう。これは専用バスなんだ。この行き先のサービスでバス代が無料ってこと」
「そんな場所があるんですね」
やはりご存じない様子。
真奈子ちゃん以外の人ならそろそろ行き先がわかったと思う。郊外にあるデカイショッピングモール……家族連れがこぞって車で行く場所だ。癒やし効果があるとされる。マイナスイオンが多いとかなんとかで。
「ここだよ」
「わー!! おおきい! すごい人!」
やはり始めてみたらしく、両手を挙げて驚いている。
これを女児向け小説に変換すると、貴族のご主人さまがメイドに連れて行かれた先の市場でびっくりみたいな感じか。平和だな……ご主人さまが突然ヘンタイに誘拐されてしまえばいいのにとか思っちゃう。
……真奈子ちゃんは駄目だよ!? いくら俺でも許さないよ!?
無駄に心配しつつ、ガチな心配の方を確認しよう。
「今日はここで一日過ごすんだけど……いいかな?」
ここまで連れてきちゃってるので、イヤだと言われても困るけど。
「もちろんです! 知らない場所に連れてきてもらえて嬉しいです!」
……真奈子ちゃんが嫌がるわけがない。そう確信していても、そう言ってもらえると嬉しい。
「さ、どこから行こうか。適当にうろうろするから、気になったところから入ってみよう」
「わ~。へ~。あっ、これは?」
「これはお菓子屋さんだね。お菓子だけ売ってる店。ちょっと安いんだよな」
「知らないお菓子がいっぱい……」
「よし、俺がおごるから好きなのかごに入れていいよ!」
「そ、そんな、悪いですよ」
奥ゆかしい。わちゃわちゃと両手をワイパーみたいに振っている。
こういうところが真奈子ちゃんらしくて好きだが、今回はお返しだ。今日一日、遠慮しないでもらわなければ。
「詩歌にもよくおごってるから」
「じゃあ遠慮なく!」
詩歌の名前を出すと遠慮しなくなる。真奈子ちゃんの特徴の一つだ。
詩歌の姉になることを熱望していたはずだが、妙に対抗意識があるというかなんというか。
「どれにしましょう……」
お嬢様はあまり駄菓子に詳しくない。これはこれはと質問してきて、非常に可愛らしい。
ちなみに沙織ちゃんはもはや駄菓子について調べまくっており、次はあれを食べてみたい、新しいフレーバーが出たから買っておくようになどリクエストするようになっていた。まぁ、これはこれで可愛いですよ。ええ。
沙織ちゃんの好みは熟知しているのだが、真奈子ちゃんはあまりよくわからない。なんでも喜んじゃうから……。
「真奈子ちゃんはどういうのが好きだったっけ」
「そうですね、フルーツの味のものとか、好きですね」
「じゃあ……キャンディとか、グミとかかな。ここがグミ売り場だね」
「これ全部グミですか? どれにしていいのか……」
「そう。いっぱいあるよねー。俺は固いグミが好きだけど」
「わたしも、わたしも固いのが好きです! すっごく固くてカッチカチのやつが好きです!」
真奈子ちゃんはすっごく固くてカッチカチのやつが好き……グミの話です。ええ。もちろん。
「キャンディはあんまり俺は食べないけど……」
「あ、じゃあ別に……」
「キャンディを舐めてる女の子って可愛いよね」
「買ってください!」
「あ、うん。遠慮しないでね。小さいのと大きいのがあるけど……せっかくなら大きいのを買おうか」
「はい! わたしは大きいのが好きです! すっごくおっきくて舐めるのが大変なやつが好きです!」
真奈子ちゃんはすっごくおっきくて舐めるのが大変なやつが好き……キャンディの話です。ええ。もちろん。
「じゃお菓子はこんなものでいいかな」
「はい、ありがとうございます……」
大切なもののようにぎゅっと抱きしめる真奈子ちゃん……安い菓子だよ。感謝の仕方が大げさだが、育ちがいいからだろう。
会計を済ませると、ちょうどいい店が目の前にあった。
速攻で飴を舐めようとする真奈子ちゃんに待ったをかける。
「ここに入っていこう」
「コーヒーショップですか。コーヒー豆にこだわりがあるんですね」
「ううん。コーヒーは買わない」
「そうなんですか!?」
「というか、別に何も買わない」
「ええ!?」
思いどおりすぎてちょっと笑ってしまいそうになる。
「このお店は入り口で、紙コップに入ったコーヒーをくれるんだ。砂糖も入ってるから真奈子ちゃんも美味しいと思う」
「えっ、コーヒーがもらえる?」
店員さんが配っているコーヒーをもらう。
真奈子ちゃんも俺の様子を見て、店員さんから受け取った。
「ほえ~」
「これを飲みながらちょろちょろっと店内を見て、飲み終わったら出るんだ」
「なんか不思議ですね」
「季節で商品入れ替わるから、うろうろしてるうちに気になるものとかあったら買うって感じかな。珍しい輸入品とかもあるからね」
「なるほどお」
楽しそうにきょろきょろしている真奈子ちゃんを見ながらコーヒーを堪能した。ほっこりしますね。
ここも小説に活かそう。ご主人さまがきょろきょろしてても俺はかわいいとは思わないが……世間知らずのご主人さまを見てほっこりするメイはかわいいぞ。つまり俺もかわいいってことか。照れるぜ。
「ここに紙コップ捨てるんだよ」
「はい」
「さって、じゃあ、次はどこ行こうか」
「順番に見ていきたいです」
「じゃ一階をぐるっと回ろっか」
日曜日の午前中、多くの家族連れが歩いている。
携帯電話のキャンペーンでくじびきをやっていたり、百円で乗れる小さな列車に子どもたちが興奮していたり。
そういうありふれた日常に目を輝かせる真奈子ちゃん。どうやら大正解だったみたいだな、ここに連れてきたのは。
メイメイに活用する場合は……ご主人さまが目を輝かせていてもキモいと思うけど……まぁ、喜びを隠せないみたいな表記にしとけばいいだろう。桜上水みつご先生が描いたら大丈夫です。
真奈子ちゃんは、通路の間で立ち止まった。
「これはどんなお店なんですか? すごく大人気みたいですが」
入店待ちの椅子には人がずらっと並んでいる。電光掲示板には一時間待ちの表記。本当に人気だな。
「これは……回転寿司だよ」
「か、回転寿司! あの伝説の!」
「伝説!?」
お嬢様の真奈子ちゃんにとって、行ったことがないどころか見たことがなかったようです。
「お昼ごはんも真奈子ちゃんの好きなものと思っていたけど……」
正直、不安だ。
ちょっと確認しておこう。
「真奈子ちゃん、お寿司好き?」
「大好きです!」
「うん……じゃあ、やめておこう」
「ええー!?」
まさかそうなるとは思わなかったのだろう。大きなおめめを更に大きくして、口もぱかーんと開けている。いっそがぼーんかもしれない。いや、がぼーんは言い過ぎた。顎が床に着いたりはしてないです。
「な、なんで……」
はわわわ……とかわいらしく困っている。ちょっと目が潤んでいる……どうやら俺がいじわるしてると思ってますね! やばい!
しかし、回転寿司の中にも結構美味しいところはあるのだが、ここは……。
「いや、あのね。真奈子ちゃんが好きなお寿司のタネって何?」
ネタというのは業界用語で本当はタネという。タネをネタって言うのはつまり銀座で寿司のことをザギンでシースーって言ってるようなものってことだね。
ちなみに俺が好きなのは赤貝。……深い意味はないですよ? ぷりぷりしててね、甘くてね、若々しい感じでね。アワビとか牡蠣もいいけど、やっぱり色がキレイだしね。うん。ペロペロしたくなるよね。深い意味はない。
さて、真奈子ちゃんの好きなのは……? おいなりさんかな?
「そうですね、つぶ貝とか、ボタンエビ、ウニ、のどぐろ、関サバ……梅雨の時期のいわしも大好きです」
うおーい! めちゃめちゃ本格的なラインナップ!
食通だよ!
ただの金持ちじゃないよ!
大トロとかアワビとか高いの連発ってわけじゃないところがガチだよ!
いわしなんか旬をおさえちゃってるし!
関サバなんて食べたこと無いよ!
普通の小学生はサーモンかまぐろ。むしろイクラか、玉子とかだろ。最初につぶ貝が出てくる小学生いる!?
超小学生級のグルメだよ、この娘!
ここでもし「カニカマの天ぷらと、牛カルビ、ハンバーグ、あとやっぱり炙りマヨサーモンかな!」って言ってくれたら中に入ろうかと思ったが、やっぱりそんなお嬢様いないよね!
だとすると。うん。確信した。
「なるほど……やっぱり、多分食べられないと思うんだ……」
「ええ!? 食べられないってどういうことですか?」
「もっとはっきりいうと、食えたものじゃない、こんなものは寿司じゃない、シェフを呼べ! って怒り狂ってテーブルをひっくり返すと思うんだ」
「えええ!?」
さすがに真奈子ちゃんがそうなるところは見たくない……。
小説のネタとしては悪くない。例えばご主人さまが露天の串焼きだかなんだかを食べて、こんな固くて臭い肉始めてだ……って泣くけどメイが美味しそうに食べてるから言えないみたいな。
でも俺は小説のネタのために真奈子ちゃんが泣くのは耐えられない。俺に遠慮して美味しい美味しいと泣きながら食べるさまが目に浮かぶ。
ここは心を鬼にして、ちゃんと説明しておこう。
「回転寿司というのはね、寿司じゃないんだよ。回転寿司というB級グルメなんだよ。本物の寿司を食べさせることが出来ない親が、子どもにごちそうを食べさせている……そう思い込むための施設なんだ」
「えっえっ」
「もちろん回転寿司の中にも美味しいところはあるけど、ここは特にマズい」
「ま、マズい!? こんなに行列なのに?」
「うん……子供だましというか、子どもでも騙せないくらいヤバい。実際に子どもはフライドポテトとかラーメンとか食ってて寿司食べてない」
「お寿司屋さんなのに……?」
「お寿司っていっても1皿100円の寿司だからね……真奈子ちゃんが食べてるのは多分1貫で2000円くらいすると思う。値段40倍だよ? そんなの食べられないからこうして並んでるんだよ」
「せ、先生、あの、他のお客さんたちが睨んでます」
気づいたら、茶髪でロン毛のジャージの女の人から完全にメンチを切られていた。ひえっ。
「と、とりあえず混みまくってるから、別の場所行こっか」
「はい……」
逃げるように脱出。というか逃げた。
決して後ろを向いてはならぬ。
なにせ人はいっぱいいるので、ちょっと歩けばもう安全地帯だ。やれやれ。
「他にもレストランがいっぱいありますね」
「うん」
定食屋にラーメン屋、とんかつ屋とイタリアンに焼き肉屋。喫茶店やビュッフェもある。
俺には見慣れた店ばかりだが、真奈子ちゃんはどれも珍しいらしい。
「入ってみたいお店ある?」
「そうですね……どうしようか迷っちゃいます」
「実は、俺のオススメはここじゃないんだよ」
「そうなんですか?」
わくわくしている真奈子ちゃんと、エスカレーターで三階に登った。
タイトルもだいぶ無理やり感がw
わかってるんですよw