だから俺にサイン会なんて時期尚早だと言ったんだよ~。
白い鳥文庫の合同サイン会をジャンク堂という大手の本屋で行うことが決まったのはいいが、俺以外の二人はもう数冊出している人気作家であり、デビューしたばかりの俺は場違いにも程があった。
二人に並ぶ行列を見やりながらため息をつく。この自分の人気の無さを思い知るだけのイベントは超ドMのメイドのメイなら快感になるだろうが、俺は残念ながらそうじゃない。ただただツライだけ。
とはいえ二人のビッグネームの便乗で少しでも売れると編集から言われてしまえばやらざるを得ない。そりゃ一冊でも本が売れるならね。どんな陵辱にだって耐えましょうとも。今すぐココで全部服を脱いでも構いませんよ、逮捕されなければ。
開始時刻の時点で俺の列はゼロ。
他の二人は長蛇の列だ。サインしている作家さんは有名らしいが俺は当然知らない。官能小説家ならいっぱい知ってるけど。
二人とも国語の先生みたいなお淑やかそうな美女だ。眼鏡にニットという組み合わせすら同じ。汚れを知らない乙女のまま大人になったような優しそうな顔をしている。おそらく一生官能小説を読むことは無さそうだ。
並んでいるのは小学校高学年の女子を中心としつつ、中学生と高校生も多数。大人や男性もちらほらいるが、まぁなんだエロいことしか頭にない男子高校生みたいなお客様はいないね。当たり前だよ、そういうレーベルだもん。男子高校生はテレビアニメ化するようなライトノベルを読んでるだろうさ。俺はレンタルビデオショップののれんの奥に置かれるようなアニメか∨シネの映像化を夢見ていました。
この二人の美人作家がもし官能小説家だったら、サインを待っている間にどれだけの人間に視姦されることだろう。ファンの人たちは「うわ~、こんな美人がこんなエロい小説を……」と感激しつつ、悶々とするんだろうなあ。これは作品を書くための取材だからとか言いながらエロいことをしたりするところを妄想したりして。ありそうありそう。いや、俺にはそういう経験ないけど。
四十歳も過ぎたような男どもから、彼女たちが脳内でガンガンに犯されるところが容易に想像できる。こういう男の喜びを知ら無さそうな女に教えてやるよってな感じで、上からなスタンスで攻めるに違いない。別に官能小説でシコってるだけの魔法使いになっちゃった童貞のくせに、男子高校生でもしないようなしょうもない妄想で視姦するんだろうなあ。いいなあ。羨ましいなあ。
いや、別に俺がキモオタに視姦されたいってことじゃないよ? そういう気持ちでムンムンなファンに囲まれたいということだ。
アホなことを考えてるうちにも隣の席ではサイン会が進行していく。
「ずっとファンですっ。今日は感激ですっ」
俺が求めているファンのそれに比べてこの純真な少女たちは当たり前だけど、そんなことは露ほども考えないのだろう。何度も読み込んだであろう少しボロくなった本にサインをねだっていた。夜のお供に使うわけでもないのに、そんなに何度も読むかね。俺は名作漫画は一度しか読まないが、お気に入りのエロ漫画は何度も読むよ。そういう本を書きたいんだよなあ。
ぼんやりと横の列を見ていたら、俺の目の前に小さな影が出来た。
「はぁ、はぁ。どうやら間に合ったみたい」
走ってやってきた少女は、どこか見覚えがあった。長く艷やかな黒髪……ってそりゃ日本では普通だし。芸能人みたいな美少女だけど、こんな子役に覚えはない。服装は、私立小学校の制服だろうか。紺色のブレザーと茶色の鞄はお嬢様学校のものに違いない。俺と接点なんかあるわけがないわけで、気のせいだろう。
「四十八先生ですか?」
「そ、そうです」
女子小学生相手に、アガってしまった。そりゃサイン会に始めてきてくれたファンであれば緊張しないわけもない。メイちゃんが初めてスカートをたくし上げろという命令をされたときくらい緊張する。
「大ファンです、サインください」
きっぱりとそう言いきってくれた。この子も何度も読んでくれたみたいだなあ。感激して、ぱらぱらとめくってみると、割と読み込んだ箇所にばらつきがあった。まるで、エロビデオの何度も使った場所だけが擦り切れてるみたいに。
なんてな。そんなわけないけど。単にそのシーンがお気に入りなのだろう。有り難いことだ。
サインをしているうちに、声をかけられる。
「お話してもいいですか?」
「もちろん。見ての通り他に
サインペンに蓋をしつつ、前を向くと少女は顔を近づけていた。な、なんだ?
形の良い唇が動き、小さめの声が紡がれる。
「これって、えっちなお話ですよね?」
「――な!?」
大きな声を出してしまい、思わず口を抑えた。
目を見開いて彼女を見る。女子小学生だ、紛れもなく女子小学生だ。清井真奈子ちゃんのようにグラマラスな体型なんてこともなく、ようやく膨らみ始めたかというくらい慎ましやかな胸部。二次性徴が遅延しているように見える細っこい腕と脚。
そんな少女が今、なんと言った?
まさか、俺の小説が本当はえっちな官能小説だということを理解しているというのか?
ありえない。
「メイちゃんって、いやいや従ってるように見えて、本当はご主人さまのお仕置きが大好きなんですよね? えっちなお仕置きが」
その完璧に正しい認識の感想を、やたら妖艶な顔で。嬉しそうにニヤリと笑って。そう、まるでサキュバスが獲物を見つけたかのようなイヤらしい表情を見せていた。
そして、その顔を見て思い出した。
そうだ、この子は、発売日にショッピングモールで俺の小説を手に取ってくれた子だ。
「名前、名前は? 書くよ」
正直なところ、このファンの名前が知りたかった。サインに書くことを言い訳にして知りたいくらいに俺は感動していた。
「
「あげはちゃんだね」
あげはちゃんへ。と書きつつ、俺はぼそっと言った。
「これはね、ご主人さまのえっちなお仕置きが大好きなメイドの話だよ」
それを聞いた彼女は、ぺろりと舌で唇を舐めた後、「わかってました」と言った。
この少女は、大人の編集者ですらわからなかった俺の真意を、本当に伝えたかったことを理解してくれているというのか。しかし俺にはわかる。一見あどけない少女だが、その表情には雌を感じる。この子は、俺の小説を読んで、性的に興奮している。してくれていると確信できる。
読み込まれている箇所を再度確認すると、それはまさにエロの濃度が高いシーンだった。そう、わかりやすくいえばヌキどころってことだ。この女子小学生は、濃密な性描写を理解したうえで何度も何度も読み込んだということだ。
次のファンらしきお客様が来たので、あげはちゃんは去ろうとする。俺は名刺をサインのところに滑り込ませて返した。
その後、数人のファンと、新規で購入してくれたお客様へのサインを行ったが、あんな感想をくれたのはあげはちゃん唯一人だった。