「……ん?」
どこだここは……?
見知らぬ天井だ……いや、これ天井じゃないな。外?
「はあ?」
周囲は、大自然だった。
なんだ、森と海に囲まれている。
ベッドと俺だけが、ぽつんとそこにある。そういう状態。
砂浜の上に俺のベッドが……どういうことだ?
「ははーん。水曜日だな?」
もし俺が芸人だったら、それで納得してしまうところだ。
しかし、俺は芸人じゃあないので、これは……。
「夢ですね」
二度寝します……。
……。
いや、眠れないですね。
落ち着かないことこの上ないので。
そして、日差しと、風と、海の香りが、リアリティ半端ない。
「夢じゃないのかよー」
じゃあなんなのよ?
なんの説なのよ?
まさか編集部の罠ですか?
無人島に小説家を放置したら、他にやることがないからめちゃくちゃ筆が進む説?
残念、説立証ならずです……絶対書かないぞ!
やるんだったら、常に可愛い女の子が「書いて♡」って言いながら胸を押しつけてたら小説を書き続ける説とかにしなさいよ。
そうなったら小説書いてる場合じゃないんだよなあ……。
「せんせー、賢者せんせー」
おや?
俺を呼ぶ、可愛らしい声。これは……
「真奈子ちゃん?」
手を振りながら駆け寄ってくるのは、真奈子ちゃんだった。
日差しを浴びて光り輝く長い髪、キラキラとした笑顔が眩しい。
「せんせー、よかった、目を覚ましたんですね」
「……ここは?」
「どうやら、無人島みたいです」
「無人島ー!?」
突拍子もなさすぎだろ。
なんでベッドと俺と真奈子ちゃんだけが無人島に転移されるわけ?
そもそも真奈子ちゃんは引きこもってるのでは?
「間違いなく無人島ですね」
「おお!? 柑樹か……」
「ええ」
柑樹もいたんだ……気づかなかった……って。
「なんでそんな格好なの?」
柑樹は、大きな葉っぱを使った衣服を来ていた。葉を使って作ったパレオ付きのビキニみたいな感じ。無人島にはピッタリではあるが。
なお、俺はパジャマであり、真奈子ちゃんは普通のワンピースだ。
「無人島ですから」
……答えになってないぞ。
まぁ、柑樹の格好を気にしている場合でもない。なんせ突然無人島にいるわけだから。
「それはともかく……なんでこんなことに」
考えなければいけないのは、この状況だろう。意味不明すぎるわけで。
「そうですね……でも、そんなことより」
「そんなことより!?」
「これ、トラベルセットです。歯磨きと洗顔など、身支度を」
「歯磨き!?」
なぜか無人島にいるのに、歯磨き!?
真奈子ちゃんの冷静さが怖い。
「朝起きたら、普通すると思いますけど」
困惑する俺に、柑樹がポーカーフェイスで当然だとばかりに真奈子ちゃんに賛同した。普通はするけど、今が普通じゃないんだよ。
「……はい」
タオルの上に、手鏡とポーチが乗ったものを受け取る。まぁ、確かにこの二人の前で寝起き姿というのはよくないね……。
「あちらに、お手洗いがありますので」
「ん。あんがと」
柑樹が靴を揃えてくれたので、それを履いて真奈子ちゃんの指差す先へ。
岩に囲まれた場所に、木製のお手洗いがあった。小さいながらも、小便器と個室、そして手を洗うシンク。
俺はシンクの蛇口を捻って顔を洗い、タオルで拭いて、歯磨き粉をつけた歯ブラシを口に咥える。
俺は思った。
朝の水が冷たくなってきたな……と。
例年、俺の誕生日を過ぎるとどんどん秋になっていくのだが。ついこの前まで暑いと思っていたのに、もう冬が近づいていることがわかる。
朝の日差しは温かいが、風は少し冷たい。
こうやって外で歯磨きをするのもいいものだな。季節を感じられるよ。
口を濯いで、手鏡を見る。
うん、ヒゲは剃らなくていいだろう。
一応、カミソリもポーチに入っていたが、俺はヒゲが薄いので、毎日剃る必要はない。そして、俺は電気シェーバー派で、カミソリってやつは苦手だ。血が出る。
髪型をチェックしてから、二人がいる場所まで戻った。
「おかえりなさい」
「ただいま」
「さて、それじゃあ、朝ごはんをどうにかしないとですね。無人島ですから」
「そうですね。無人島なので役割分担をしましょう。水の確保と、食材の調達と、調理でしょうか」
うんうん、と頷く。
二人とも冷静だね。頼もしいくらいだ。
これなら無人島暮らしでも、ちゃんとやっていけそうだね……
「いやいや! 待って? 無人島じゃないでしょ!?」
「えっ?」
「……?」
目を丸くする二人。いやいや!
「トイレあったんですけど? 蛇口から水が出たんですけど?」
顔を見合わせる二人。わかってくれました?
「「だから?」」
わーお。
何言ってるんだこいつくらいの勢いで見られてるんですけど。
無人島にトイレは無いでしょうし、水道も出るわけないのよ。
「そんなことより」
「そんなことより!?」
「朝ごはんを探してきてください」
「朝ごはんが最優先事項なの!?」
ここが無人島かどうかなんてどうでもいいんですかね?
真奈子ちゃんは、両手を腰に当て、小学生とは思えない胸をむんと張る。
「当然です」
「当然なんだ……」
「当然です」
柑樹も同じポーズで胸を張る。ふーむ、葉っぱビキニはえっちですね……。
二人に言い切られてしまってはしょうがない。
「水を汲んできます」
柑樹が勝手に桶を持って歩いていった。桶はどこで手に入れたんだ……。
「先生は料理担当で」
「あ、うん」
と言っても……無人島でどうやって調理を……。
火をどうやって起こすか……。
俺が悩んでいると、真奈子ちゃんが俺のベッドの下からごそごそと何かを取り出した。
「あ、これカセットコンロです」
「カセットコンロ!?」
着火剤とライターくらいあればいいのにと思ったら、カセットコンロ!?
なんで俺のベッドにそんなものが。そして、本来そこにあったはずの夜のグッズはどこへ。気がかりではあるが、今はそれどころではない。
「包丁とまな板と、フライパンとお鍋だけはありますので」
「準備万端じゃない!?」
これ、もはやキャンプですよね?
俺のベッドの下、キャンプに行くようにカスタマイズされてますよね?
「じゃあ、食料を手に入れてきますね」
「あ、うん。いってらっしゃい」
無人島に一人で歩いていって大丈夫なのだろうか……と普通は思うだろうけど。お茶でも淹れてきますね、というような言い方だったので、あっさりと送り出した。
こんな何もなさそうな場所で、どうやって手に入れるのか……。
真奈子ちゃんの背中を見送るが、迷うこともなく森の方へ入っていった。
「ただいま」
背中から声。
どうやら柑樹が戻ってきたようだ。
「ああ、おかえり……?」
そこにいたのは間違いなく柑樹だが。
「それペットボトルですよね?」
「そうですね」
「桶を持って水を汲みに行ったはずですよね?」
水の入った2リットルのペットボトルを持っていた。
「衛生的にこちらの方がいいかと」
「そりゃそうですけども」
ラベルこそついてないが、汲んできた感じじゃないんだよなあ……。
蓋も一度も開けてないように見えるんだよなあ……。
「ただいまです」
どうやら真奈子ちゃんが戻ってきたようです。こんなに早く戻ってきたということは、収穫は無しかもしれない。
「これくらいでいいでしょうか」
「待って待って」
真奈子ちゃんが渡してきたのは、卵……明らかに鶏の卵が6つ。
「無いでしょ~。無人島に鶏卵ないでしょ~?」
「いえ、ありましたよ? にわとりさんが産んでました」
「ええ~?」
野生の?
にわとりの?
卵?
嘘だよ~。
「あと、これ、トマトです」
「トマト!?」
無人島に?
トマト?
天然の?
んなわけないですよ~。
「これだけじゃ料理難しいですよね」
「いや、十分だけど……」
無人島にしては。上出来すぎるだろうな。
「ただ、味付けがなあ。塩でも作るか……」
海水をフライパンで焼けば手に入るだろうか……。
「あ、これ調味料セットです」
調味料セットもあるのかよ!
「塩と、コショウと、だしパック、醤油とコンソメとうま味調味料。あと中華スープの素と、お酢。焼肉のたれ……これだけですけど」
「十分なんだよなあ……」
むしろ一人暮らしの男だったらここまで持ってないくらいですよ。
お湯を沸かしつつ、トマトをカット。卵をかき混ぜて、中華スープの素と一緒に鍋に投入。
卵とトマトのスープの完成だ。
なお、紙皿とか割り箸とかも用意されていた。だからキャンプですよね?
「おいしいです」
「おいしい」
三人でスープを啜る。
朝日を浴びながら、温かいスープを飲むのはなかなか良いものだ。
このサバイバル感のなさ、おそらく本当は無人島ではなく、ちょっとしたサプライズなんだろうな……。
テレビのドッキリみたいだと思っていたが、なんかの理由があってやっているに違いない。
そういうことなら、この設定に乗っからないのも野暮というものだろう。
スープをふーふーさせながら飲んでいる二人を見ながら、これからの無人島生活を楽しもうと決めた。
「朝ごはんを食べたと行ってもスープだけだしな。昼ごはんの調達を頑張らないとな」
そう、気軽に言ったのだが。
「「そんなことより」」
「そんなことよりですか!?」
よもや二人から否定されるとは。
なんなんですか、昼ごはんより大事なことは。
テントかな?
焚き火かな?
「結婚しましょう」
「そうしてください」
「エーッ!?」
意味がわからねーッツ!?
なんで真奈子ちゃんがプロポーズを?
そして柑樹は当然のように賛同してる。イミフ。
「無人島に取り残されてしまったのですから、もうこれは結婚して子作りするしかないです」
「しょうがないですね」
「待って待って」
いや、確かにね?
この無人島コントに乗っかろうと思ったよ?
でもこうなっちゃったらもう駄目ですよ。
「仮に、仮にここが本当に無人島だとしてもだよ?」
「仮にじゃないです」
「そうですよ、誰もいないのですから」
ごちゃごちゃ言ってるが、無視して話を進めます。
「普通脱出するか、助けを求めるよね? 結婚とかじゃないよね?」
無人島にたどり着いたとして。なんでもう一生そこで住もうとなるのか。
おかしいですよマナコさん!
「そんなことより」
「ええ~?」
そんなことよりなんですか~?
もう何度目だよ、そんなことより。
「まさか私よりも瀬久原さんと結婚したいんですか」
じとりと睨まられる。なんでそうなる。
「えー。そうなんですかー」
棒読みの柑樹。
「いや、あの、そういうことではなくてね」
「ごめんなさい」
「フラれた!?」
無駄にショックなんだが?
「他に好きな人がいるとかじゃないんですけど、ごめんなさい」
「なんだよ! いないのにイヤなのかよ!」
余計にショックなんだが?
なんでこんなに傷つけられないといけないの?
「ですので」
「そうです。やっぱり私と結婚した方がいいです」
「なんで二択しかないのよ!?」
「「無人島だからです」」
……わからん……。
何がしたいのか全くわからん……。
そもそもこの前スパイに来たのも一体なんだったのかわからん。
とりあえず、話が通じないから、二人から離れるのがいいだろう。
「いや、俺、本当にここに人がいないか、探検してくるわ」
「それは駄目です」
「なんで駄目なんだよ!?」
「そんなことより」
「そんなことより!?」
「ごまかさないでください。ちゃんと結婚するかどうか答えて」
「話をごまかしているのはどっちですかねー!?」
思わず海に向かって叫んでしまった。
なんなんだこれは。
これが小説だったら、編集から怒られますよ!?
誰か説明してくれ―!