腐れ縁転生   作:猫毛布

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腐れ縁転生

 正義(マサヨシ)は世界に対して絶望していた。変哲もない日常と、ありふれた出来事。加えて言えばソレに埋没する自分にも絶望し、何も出来ない……しない自分にも絶望した。

 自分の名前にも嫌気が差したのは、幼い頃である。正義とて最初から鬱屈した性格などではなかった。聡明と言えば聡明であったけれど、今となっては普通の人以下であると、正義自身が感じている。

 幼い頃。たった一人の同級生すら守れなかった自分が居た。当たり前のように動いた体であったけれど、上級生にボコボコにされて数年に渡るイジメという物を体験もした。誰も助けてくれないどん底の世界が正義の捻じくれた精神にしたと言っても過言ではない。正義自身、それが言い訳であることを良しとしているし、同時にその全てが原因などではない事も理解していた。そもそも自身は捻くれ者であるという事が今々になって理解してしまったのである。

 

 そんな捻くれ者の正義にも友人という物が存在した。正義自身、彼がなぜ自分と友達になったのかは「きっとイキってた時代の産物」という正義にとっての黒歴史に等しい記憶であり封がされ、そして今に至るまでどういう理由で友人関係を続けているのかも、またわからない。

 確かに幼い頃から一緒に居た、所謂幼馴染という単語がよく似合う関係であるが、十数年、二十数年と顔を突き合わせていれば、幼馴染を超えた関係……正義に言わせてみれば腐れ縁にも等しい関係である。

 ハッキリと言えば、正義は彼の事が苦手である。社交的で、明るく、勉強も出来、運動も出来、優しく、それでいて顔も格好いい彼――翔平(ショウヘイ)の事が苦手である。手前勝手ではあるが、本当の本当に、正義は翔平の事が苦手である。

 事ある事に彼自身で解決できるであろう問題を自分へと持ってきて、解決させようと相談しにくる事も。

 鬱屈した偏屈で写真は嫌いだと言う自分の言葉を無視するように写真を撮ろうとする事も。

 他の友人と遊べばいいのにどうしてか自分と一緒にいる事も。

 嫌いである。実に、実に嫌いである。

 

 そんな嫌いな翔平であるが、正義から見ればやはり格好良く、自分よりも価値のある存在であることは間違いないので、たぶんコイツよりも先に死ぬんだろう、と漠然と想像してどうにもやりきれない気持ちになった事も一度や二度ではないし。同時に一緒に居ることで翔平と比べられた結果、惨めになって自殺を考えた事は倍ほどの数になるだろう。

 実際、自殺をする為に色々と準備した事も正義にはある。けれど、どういう訳か、毎度毎度タイミングよく翔平に連れ出されていつの間にか有耶無耶になっているのだ。

 切っても切れない。切ろうとしても、切れない。正しく腐れ縁とはこの事である。

 

 

 無駄な事を考えられるだけの時間が、正義にはあった。いや、それはきっと短い時間が何千倍も引き伸ばされただけの限界のある時間であるのは間違いなかった。

 正義からしてみれば、翔平は嫌いな奴だが、良い奴であるのは正義はよく知っている。自分が自分じゃなければきっと翔平と面と向かって仲良くなれただろうと、そう思う。

 だから、翔平には生きていてほしかった。

 咄嗟に動いた体は翔平を突き飛ばし、驚いた彼の顔を見て、彼の事が頭に過った。沢山の思い出が刹那の軌跡の如く脳を巡り、正義は平々凡々であった現実をかき消すような甲高いブレーキ音とクラクションの中へと埋没した。

 

 

 

 

 

 

 

「転生トラックならアイツが巻き込まれた方がよかったな」

 

 溜め息を吐き出したのは少女である。

 その小さな体躯に似合わない長大な木杖をコツコツと地面を突きながら少し厚底になった革長靴(ブーツ)で歩く。幼い体躯を隠す外套の内側にはこれでもかと少女が買い揃えた呪具が仕込まれ、白金髪(プラチナブロンド)を隠す幅広の三角帽とどこから見ても魔法使いである少女。名をマージョリー。前世である正義のネーミングセンスを察する名前である。

 

 

 

 トラックと劇的で一方的なお付き合いを果たした正義は女神様と出会い散々にテンプレだのと愚痴を溢しながらも貰える物はしっかりと戴いてこの世界へとやってきた。

 魔法の才を女神様から下賜される際にこの世界の魔法文化についての簡単……とも言い難い質問を幾つかした。それこそ死んでから頭がスッキリしていたのか、まるで頭蓋骨の中に何も入っていないかのような頭の軽さと柔らかさで質問を繰り返した。

 やれ魔法の効果やら。やれ魔法の計算式やら。やれ魔法の効果時間やら。女神様はそれを一つ一つ答えるつもりであったけれど途中で面倒になって正義を異世界へと送り込んだのは言うまでもない。

 正義自身、放り込まれて起きた時は女神様に対して憤怒したが、そもそも怒りの長続きしない正義はアッサリと怒りを鎮めてその場に居ない女神様に対して申し訳なさで謝罪をする程の問い詰め具合であった。我ながらオタクという生物は限度を知らないな、と一人でボヤいたのも正義である。

 そこでえらく可愛い声が聞こえた正義であったが、それが自身の声であるという事に気付くには少し間を置いてからであり、世界の構造物、主に木材や草がやけに大きいなぁ、と自分の体躯の縮み具合を無視した結果でもある。

 少し森の中を歩いてから喉が乾いたという実に原始的で獣的な思考で水の音を辿り、現実でも数える程しか見たことのない透明な美しい川に映り込んだ自分の顔に叫び、声に気付き、現実を直視する事になり、また女神様への怨嗟の念を吐き出した。

 正義の好みは幼女ではなく麗人であった。女の子になるにしても、麗人でありたかった。正義は女神様に頼まなかった自分を恨んだ。罵った。可愛い声であった。辛くなって泣いた。泣き声も随分と可愛くなったものである。

 そこから正義は自分の名前を捨て、マージョリーと名乗る事を決意した。この世界での第一歩を踏み出した訳である。体に慣れず転けた事もご愛嬌である。

 

 

 

 数ヶ月後の現在。魔法という技能でそれなりに安定して稼ぎ、冒険者としての名も売れ始め、ギルドのランクなんて物も中堅と呼ばれる程度には信頼されるようになった正義改めマージョリーである。

 この世界のギルドとしては異例の出世であり、拠点としている街で自分の名を知らぬ者も居らず、順風満帆な人生をゆっくりと歩んでいた。厨二的な考えであるが、そろそろ二つ名なんて、と妄想するぐらいにはマージョリーは浮かれていたが、同時に自身ではなく腐れ縁の相方がこの世界に来ていたならばもっと出世をしていただろうし、何よりもっと世界の為であっただろう。だが残念な事に翔平は存在しないのである。残念な事に!

 馬鹿は死んでも治らないが腐れ縁は死ねば切れる。ああ、なんて残念な事だろうか! マージョリーはクツクツと笑った。

 

 街のギルドの前に到着したマージョリーであるが、ふと足を止める。いつもならば何も考えずにさっさとギルドに入って適当な依頼を受けたり、他のパーティへと混ざって依頼を熟すのだが、今日はどういう事か足が止まった。

 幅広のツバをなぞる様に辺りを見渡しても日常が過ぎ去るばかりである。クラクションは鳴らないし、ブレーキ音も叫んでない。車なんてありもしないのだけれど。

 はて、とマージョリーは自分を疑問に思う。どうして止まったのか自分でもわからない。けれど足は止まった。一瞬で自身に解析を掛けたけれど、呪いの類でもない。

 爪先で地面を何度か叩けば、足は動く。いや、元々動かない事はなかったのだけれど、ただ違和感を覚えただけである。

 疑問符を浮かべる。首を傾げて唸ってみせても愛らしい声が喉で鳴るだけである。

 

 結局の所、異変はなかった。日常が広がっていた。それだけなのである。

 ギルドの扉を開き、トレードマークとなった三角帽へと視線が集まって、自身の名前が囁かれる。そろそろ二つ名が付いてもいい頃合いだろうか? とマージョリーはクツクツと喉で笑った。

 依頼の貼ってある掲示板を眺め、自分だけで熟せる依頼がない事を確認し、ふと、一つの依頼に目が止まる。

 内容で言えばモンスターの討伐であるが、自分の経験値を考えても少し難しく、けれども誰か前衛がいたならば容易く終わる事は予想できた。

 そうと決まればその依頼紙を引き千切って手に取ろうと腕を伸ばす。伸ばして、爪先で立って、掲示板を支えにして、杖でバランスを取って、「ふんっ」と鼻を鳴らす。これは決して諦めではない。先に仲間を見つけようとしたのである。これは決して、断じて! 諦めなどではない!

 

 ずり落ちそうになっていた三角帽をしっかりと被り直したマージョリーはツバをなぞる様に周囲を見渡した。酒場も兼用しているギルドであり、顔を見れば名前と戦闘スタイルや役職などを覚えている者達である。選びたい放題、という訳にもいかないし、マージョリーとしても彼ら彼女達は息を合わせなければ合わない相手であり、少しばかり疲れも溜まる。人間関係の億劫さは異世界であろうと付き纏うのか、とげんなりした一因であるのは間違いない。

 

 ふと、マージョリーの視線が一人の女で止まる。

 長身の女であった。長い黒髪に涼しげな瞳。革鎧を押し上げる胸。腰に帯びている細剣。組まれた長い脚の先には踵を高くしている靴。

 見惚れた。思わず空気が固まったように、呼吸すら忘れてしまった。確かに、マージョリーの、正義の理想がそこには在った。

 けれどマージョリーは安易な行動はしない。前世で散々に学んだ事である。脳で考えてから行動する方が人は良き方向へと進むのだ。進めた試しはないが、そうに決まっている。

 

「ね、ねえ、貴女。は、はじ、はじめまして、だよね?」

 

 ボロボロであった。数分後にこの事を思い出して悶絶するぐらいにはボロボロである。人と接する事を良しとしなかったコミュ障が極まった結果がそこには在った。マージョリーは泣きたかった。泣かなかった。下唇を少しだけ噛んで我慢した。

 女はすっぽりと三角帽で隠れてしまった少女へと視線を下ろす。椅子に座ってると三角帽しか見えない。三角帽に食べられている本人は泣きそうだから俯いている最中である。

 

「ええ、今朝ここに着いたの」

「そ、そう!」

 

 女の至って当たり障りのない返答にマージョリーは歓喜した。やっぱり自分も会話ができると喜んだ。出来ていない事には目を瞑る事にした。

 パッと顔を上げたマージョリーを見て、女はパチクリと瞼を動かして、納得したように頷いた。

 

「もしかしてパーティのお誘いかしら?」

「うん、うん! そう! 一緒に冒険に行きましょ!」

「そうね。とっても楽しそう」

 

 立ち上がった女はやはりマージョリーよりも身長が高かった。スラリと伸びた足を折りたたんで、女はニッコリと微笑んだ。

 途端、マージョリーが息を飲み込んだ。

 信じられない者を見るように、瞼を何度も動かして、震える口からどうにか声を出そうとして、それでも出ず、池の鯉のようにパクパクと何度も動かした。

 それが面白いよいに女は微笑んだ。

 

「ハジメマシテ、私の名前はシアン。呼びにくかったらショウでもいいわよ」

「おま、おま、おおま!!」

「私は貴女の事をマーちゃんって呼べばいいかしら。ああ、本当に楽しくなりそうね」

 

 クスクスと美しく笑ったシアンに混乱したように言葉が出ないマージョリー。

 マージョリーの混乱が解けたならばきっとこう言うだろう。

 

 馬鹿も腐れ縁も、死んでも終わらない。




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