腐れ縁転生   作:猫毛布

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腐れ縁転生2

 シアンの振るう細剣が線を引いて魔物の血で空中に軌跡を残す。

 息一つ乱す事もなく、魔物達を視界に収めてステップを踏んで攻撃を避けていく。鎧でなくドレスでも着ていたのならば映える事だろうとマージョリーはぼんやりと考えた。

 シアンの装備は街を出るまでに改善されて、今は安い革鎧ではなく軽量の魔法金属で急所を守る軽装へと変化している。その装備の購入費はマージョリーの財布から出されているのだが、マージョリー自身がこの世界へと降り立ってから命の危険を何度か味わっているからこその判断である。

 命は安い、とは言わないけれどそれでもこの世界での命は前世であった世界よりも軽い。簡単に命を落とす。腐れ縁であるシアンがあまりに防御力の無い装備で向かおうとしていたのだから、ストップを掛けたのは言うまでもない。

 対して、魔法金属なんて高価な物を購入するに至る直前に全身鎧を見ていたシアンは不満顔であった。マージョリーが当然のように「命は軽いから防具買いに行くぞ」と言った所までは納得していたシアンであるが、そのマージョリー自身の防具というのは見た目的にも非常に軽装である。

 すっぽりと三角帽に噛みつかれて、黒い外套に飲み込まれたマージョリーの防御性能は見た目ではわかりにくい。なるほど、それでは防御力が足りない。結果として、低身長なマージョリーにも合う全身鎧の購入を検討していた訳である。当然、その申し出はマージョリーの呆れ顔で却下されてしまったけれど。

 マージョリーとて自身の命は守るべきものだという認識は存在している。今の体になってからは特に。だからこそ、見た目として軽装で無防備であれど、その外套の裏側にはビッシリと術式が描かれているし、対魔法やこの世界の遠距離武器程度ならば弾き落とせる程の装甲は保持している。尤も、巨大な質量で押しつぶされればその装甲も無意味な物であるけれど、そんな物はどの装甲でも同じである。

 シアンにそれを説明すれば「なるほど」と納得する可能性もあったけれど、どうせ信じてくれない事を知っているマージョリーはあっさりとその説明を放棄して呆れ顔になった訳である。面倒だったのでは決してない。決して。

 

 シアンにとっては結果論として、マージョリーにして経験談として、シアンの懸念は意味の無いものになった。シアンが守っている限り、マージョリーは安全なのである。マージョリーからしてみれば、前衛がどれほどポンコツであろうと数秒だけ時間を得られる事ができれば大凡の事は解決できた。できる程度の依頼を選んだというのもあるけれど、それを十全に行えるようにしたのはマージョリーの経験に他ならないし、無駄に生を食んでいた前世にマージョリーは感謝を捧げた。捧げてから「女神様のお陰だな」と一転して直様感謝を罵倒に切り替えもした。

 

 どれほどポンコツであろうと、とはマージョリー談であるがシアンはポンコツではなかった。マージョリーも自身が行えるギリギリのラインで依頼を受注したつもりではあったけれど、もう少し実入りのいい依頼でもよかったな、と感じたのは戦闘に入ってから数秒後である。

 相変わらず、と言えるのはマージョリーだけであるが、シアンの動きは戦闘の合間合間に修正され、秒間毎に精練され、シアンを苦手としているマージョリーから見てもその実力は中々の物であった。ここらの冒険者の中でも頭一つ抜きん出ている、というべきか……。マージョリー自身、それほど人と接点がある訳ではないので対象者がそれほどいないのも事実だ。

 数少ない接点の中でもそれなりに力量を兼ね備えた前衛職は居た――その人物のパーティにも誘われたが「一人でのんびりしたい」という表向きの理由で断ったマージョリーである。その実「陽の者と一緒にいると熔けるだろうがよぉ!!」と心の中で叫び散らしていたのは言うまでもない――。けれども、どの前衛職よりもマージョリー自身が戦いやすいと感じたのは初心者よろしくのシアンであった。

 今まで感じた事のないハマり具合であった。歯車と歯車が噛み合ったような、自分が合わせずともシアンが勝手に合わせてくれるというか、それとも自然と噛み合っただけなのか。ともあれ、何もかもがピッタリに合った。決してシアンには言わないけれど。

 さすが腐れ縁というやつか、長年の付き合いで思考が読み切られているのか、それとも別の何かが作用しているのかはマージョリーにはわからないけれど、それでもシアンの動きはマージョリーにとって非常に合わせやすいものであった事は間違いではない。

 

 そんなこんなで、戦闘に関してマージョリーがシアンに言いたい事は一切無い。及第点どころか花丸したい気持ちでもあった。絶対に言わないけれど。

 

 

 当日で拠点である街に戻れる依頼を受けていたマージョリー達は予定よりも早めに街へと戻って完了報告をしてからギルドに併設されている酒場の席に座る。

 

「お疲れ」

「ええ、お疲れ様。マーちゃん。怪我はない?」

「ある訳ねぇだろ。ずっと後衛で魔法ぶっぱしてたし」

 

 エールの入った木製ジョッキを打ち鳴らして本日の疲労をお互いに労る。お互いに、とは言ったけれどやや一方的にと言っても過言ではない。

 小さな口でクピリとジョッキを一口飲んだマージョリーがおっさん臭く「あ゛~」と声を漏らしたけれど、その声自体は高い少女の物で随分と違和感のある物になっている。そのマージョリーを見ながらシアンはムッと唇を尖らせて少女を咎める。

 

「マーちゃんが言わないからでしょ」

「怪我してないって言ってんだろ!」

「前もそんな事言って膝擦りむいてたじゃない」

「はぁ? ……いつの話だ?」

「小学校の頃」

「今生ですらねぇじゃねぇか!」

「他にも中学校の時に一緒に帰ってた時とか」

「それも今生じゃねぇよ」

 

 前世を容易く思い出させるような話題にマージョリーは愛らしい顔を顰めてシアンを睨めつける。非常に怖い顔である。兎だってもう少し怖い顔ができるに違いない。

 それから――、と口元に指を当てて記憶を手繰り寄せようとするシアンにマージョリーは「やめろやめろ」と行動を止める。マージョリーとしては前世にあまりいい記憶を持ち合わせていないのである。

 

「本当に怪我とかしてない?」

「してねぇよ。やめろ帽子を取るなコレは俺の最終防壁なんだ」

「外套の中とか……」

「やめろ立ち上がるなこっちに来るなステイ! ストップ! 本当に怪我なんてしてねぇよ」

「本当? 靴擦れとかしてない?」

 

 戦闘に関係ない、とやはりムッスリとした口調で吐き出したマージョリーはエールを一口飲み込んで、話題を逸らす。

 

「というかなんだよその口調は」

「私の口調がおかしいかしら?」

「元々そんな喋り方じゃなかっただろお前」

 

 戦闘では言いたい事がないマージョリーと言えど、これだけは言いたかった。言うタイミングを図り損ねた、と言うべきかこうして腰を落ち着けて喋るタイミングもなかったというのも事実である。

 出会って即日でパーティを組んで依頼へと向かう。向かっている最中は戦闘時の注意点や相手にするであろう魔物達の行動を教え込んで、戦闘中に語るような事でもなく、帰りの馬車ではそれほど気にならなかった。見た目としては普通なのだ。見た目的には。

 

「あら? この姿に合わせた口調だったんだけど……。合ってないかしら?」

「合ってるから違和感スゲーんだよ。わかるか? スゲー美女から似合う声が出てきて、口調も完璧。それで出てくる話題が前世の親友の話題なんだぜ? 脳がパンクしそうだ」

「それを言えば、私だってマーちゃんの喋り方なのに、声は可愛い女の子だし、見た目も女の子なんだけど?」

「……この話はやめよう。俺の方が不利に決まってる」

 

 自分の見た目と声の変わり具合に関しては何も言えなくなってしまうマージョリーちゃんは顔を隠すようにクピリとジョッキを傾けた。

 改めてシアンを視界に入れる。見れば見るほど好みの女である。顔の造形も身長も、容姿全てが好みであった。神様が自分の為に下賜された存在だとも錯覚した。その中身が腐れ縁でなければの話であるが。

 腐れ縁でなければきっとマージョリーご自慢のコミュニケーション能力でシアンはメロメロになっていたに違いない。違いないったら違いない。

 

「よぉ、マージョリーちゃん。俺たちと一緒に飲まねぇか?」

「……生憎、新人のお守りでい、忙しいんだ。あ、アッチ行け」

「連れねぇじゃねぇか」

 

 冒険者らしい筋骨隆々の男達が酒を片手にマージョリーへと近付く。酒臭い吐息にも慣れているのかマージョリーは少しばかり吃りながら普段の調子で応える。完璧な対応である。マージョリーは自信満々であった。

 そんな『ぱーふぇくとこみゅにけーしょん』を行ったマージョリーを慈しむように眺めているシアンであるが、その視線は巌しい。

 

「その新人さんを俺たちに紹介してもいいんじゃないか? なぁ!」

「俺たちの仲じゃねぇかよぉ」

「……一回だけ一緒に、依頼しただけだろ」

「じゃあもう家族みたいなもんじゃねぇか! なぁ兄弟!」

「当たり前だよなぁ!」

 

 バシンッとマージョリーの背中を叩いた男達はゲラゲラと笑い、叩かれた本人はその勢いにつんのめりジョッキを机に押し付けてどうにか体勢を立て直してながら三角帽から男達を睨めつける。

 

「私と喋りたいのかしら?」

「そうだぜ、嬢ちゃん。ここいらじゃ見ねぇ美人さんだからな」

「へへ、俺らと一緒に冒険でもいかないか?」

「ごめんなさいね。自分よりも弱い人と一緒に冒険は行きたくないの」

「あ゛?」

「ちょ、シアン?」

「マーちゃんもハッキリ言えばいいじゃない。雑魚のお守りは勘弁だって」

 

 笑みで彩られた毒はスルリと男達の怒りを擽った。マージョリーはシアンを見て、溜め息を吐き出す。どういう理由であるかはわからないけれど、怒っている事はよくわかった。

 顔は笑みで、口調も穏やかな物であるけれど、その内に含まれた毒は劇物である。こういう所はさっぱり変化がない事もマージョリーが溜め息を吐き出した原因でもあった。

 

「んだとテメェ!」

「新人の癖に吠えるじゃねぇか!」

「事実を言うのに吠える必要はないでしょ? それと、あまり喋らないでくれるかしら。威勢がいいのは買うけれど、実力が伴っていないから……あぁ、なるほど。ギャグで言っていたのね。ごめんなさい」

 

 それはわからなかった。とクスクスと笑いながら付け足したシアンを睨む男達。その顔はアルコールで赤かった筈なのに、今は理由を変えて更に赤くなっている。

 マージョリーは改めて溜め息を吐き出して傍観を決め込むようにジョッキを傾けた。

 

「表に出やがれ! このアマ!」

「俺たちの強さをしっかりと教えてやるからなぁ!」

「三人に勝てるわけないだろ!」

「そう。ならさっさと終わらせましょう。死なない程度に相手してあげる」

「シアン、手伝いは?」

「大丈夫よ。すぐに戻ってくるわ」

「んー」

 

 マージョリーにだけはニッコリと笑みを向けて返したシアンは害虫でも見るような瞳で三人の男達を睨んで、酒場から出ていく。その背を追うようにして三人も下卑た笑いを浮かべて出ていき、一人残ったマージョリーはクピチと小さな口でエールを飲み込んだ。

 

「ねぇ、マージョリーちゃん」

「ちゅ、注文? えっと、なにか簡単な肴を」

「そうじゃなくて! 大丈夫なの? あの人……。あの三人だって冒険者としてはそれなりよ?」

 

 寄ってきたギルドの受付嬢に慌てながら注文をしようとしたマージョリーは止められ、心配そうに扉を見ている受付嬢に倣って扉に視線を送る。

 

「大丈夫だよ。アイツは勝てる勝負しかしねぇし」

「……知り合いだったの?」

「……まったく。シ(・)ア(・)ン(・)に会ったのは今日が初めてだよ」

「一緒に依頼を行ったにしては仲良くなりすぎじゃない?」

「さてね。それよりも、お酒を頼んでもいいか? 二つ」

「二つも?」

「祝勝会には必要だろ?」

 

 マージョリー本人はニヤリと笑っているつもりのにぱーっとした邪気の無い笑みに受付嬢はウッと胸を押さえつけながら今しがた開いた扉を見る。来客は迷うこと無くマージョリーのいる席へと向かってきて、無断で座って妖艶さも混ぜられた爽やかな笑みを浮かべる。

 

「注文いいでしょうか?」

「っは、はひ!」

「酒なら二つ頼んだぞ」

「なら、そうですね。オススメの肴を幾つかいただけるかしら?」

「か、かしこまりましたっ!」

 

 顔を真っ赤にして厨房へと走っていく受付嬢に申し訳無さを顔に浮かばせたシアン。その顔を見ながらマージョリーは「また誑し込んでやがる……」と内心で愚痴る。

 時間にして数分。あっさりとヤラれた男たちはきっとギルドの前で伸びている事だろう。怒った時のシアンは怖い、という事は前世でよくわかっている。その怒りを向けられた事は……確か無いけれど。

 

「さて、沢山飲みましょう」

「誰が払うと思ってるんだ」

「あら、私達が出会ったお祝いでしょ? ちゃんと割り勘でいいわ」

「ハッ、こんな腐れ縁呪いみたいなもんだろ。祝うこっちゃねぇよ」

「じゃあ私の初依頼達成と祝勝会かしら」

「それならいいよ。盛大に払ってやる。一回だけだからな」

 

 ふんっ、と鼻を鳴らしてから届いたアルコールにマージョリーは破顔する。その顔を見て、シアンも緩やかに笑みを浮かべる。

 

「私達の再会に」

「お前の初依頼達成に」

「「乾杯!」」

 

 お互いによく理解している。適当な理由を付けて飲みたいだけ、というマージョリーの感情はよく理解されているのだ。今日も元気だ酒が美味い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日となり、マージョリーは痛む頭を押さえつけながらベッドから降りた。いつもどおりの朝……よりも少し遅い時間であるけれど、普段は日が昇る前に起きているのだから少しぐらいの寝坊も太陽は許している事だろう。

 既に顔を出して、窓から光を注ぎ込んでいる太陽に恨み言を幾つか言いながらマージョリーは小さな体を天井に向けて伸ばす。しっかりと背伸びもして、疲労がさっぱり溜まらない体に感謝を捧げようとして、なんでか腰が重く感じてしまい「歳かぁ?」と冗談交じりに呟いてしまう。

 首を左右に曲げた所で鳴りもしないが、癖のような物で行動してしまう。少し暖かくなった空気をしっかりと吸い込んで自分の調子を確認してからふと肌寒さを感じる。

 

 何故、自分は裸なのだろうか……?

 

 疑問符を浮かべたマージョリーは頑張って昨晩の事を思い出そうとした。なんだ、なんだ、この違和感は。窃盗? いや、確かに宿に入った所までは覚えている。いや、宿に連れてこられたのだったか? 誰に?

 

「んぅ……」

「ヒッ……」

 

 自分しかいなかった筈のベッドの上から誰かの呻き声が聞こえた。耳心地のよい声である。自分とは違い少女的な高い声ではなく、女性らしい低い声。寝起きだからか、更に低く鳴った喉の持ち主はその艷やかな黒髪をベッドに広げ、捲られたシーツからはたわやかな肢体が覗き見える。

 絶句した。絶叫しそうになった。ちょっとだけ見惚れた。

 

 

 この日、マージョリーは前世でも進んだ事のない大人の世界へ気がついたら入っていた。ちょっと泣いた。

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