マリポタシリーズ   作:椎名@大体pixivにいる

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3ー5

 

「ハリー」

 

 

 ささやかれた。ドラコだ。透明の手で頬に触れられ、首を左に回させられる。────あ。

 

 

「ごめん、僕──ちょっと」

 

「ハリー?」

 

「オーケー、オーケー。さあ先に行こうか、エヴァンズ。ハリー、立ちションは人目をさけてするんだよ」

 

「ハリーはそんな下品なことはしません!」

 

 

 両親の声を背に離れる。──先に独りで歩く『彼』がいた。

 

 

「スネイプ」

 

 

 日光に照らされいっそう顔色の悪さが目立つ彼は、じっとりとした暗い瞳で振り返った。

 

 

「……ハリー」

 

「わかるの?」

 

「間違えるものか。あんなのが二人もいるなどと……ゾッとする」

 

 

 彼からすれば悪夢だろう。当然だ。──それだけだ。他意なんかない。わかっているのに──痛みと喜びが同時に湧き上がった。

 一目であなたはわかるのか。──わかっていたのか。それならば──ちがうと理解した上で、『僕』が憎かったのか。

 

 

「僕にかまうな。野蛮なグリフィンドール共のところにさっさと戻れ」

 

 

 黒髪が振れて、印象からか薄汚れて見えるローブの背が離れる。追う勇気はなかった。元々、話しかけたところで目的はなかったのだ。伸ばしかけた指を下ろして──

 

 

「君は、リリーに似ている」

 

 

「──っ! スネ、」

 

「ハリー」

 

 

 再び伸ばした手はまったくちがう手に掴まれた。

 

 

「エヴァンズがうるさいんだ。さっさと戻ってこい」

 

「シリウス……」

 

 

 美貌の少年が不機嫌そうに隣に立っていた。

 

 

「お前、杖を持ってないんだろう? お前の身になにかあったらエヴァンズが発狂する。そうなったら今度はジェームズがうるさい。お前が俺たち以上に問題を起こそうなんて、あと十年早いぜ」

 

 

 ニヒルに笑う彼は実にハンサムだった。大人の彼は殺伐としていて──そしてマリアの彼は子供っぽくも朗らかだった。こんなにも対等に友達みたいに笑う顔なんて知らなかった。──否、見たことがないわけじゃない。きっと旧友たちの前ではどちらのシリウスもこんな顔をしたのだ。ただ──ハリーもマリアも彼にとっては子供で庇護対象だった。だから──知らない。

 

 

「シリウス」

 

 

 なんだか心細い気持ちになって手を握った。シリウスは払わなかった。……ちょっと、意外だ。

 

 

「お前さ」

 

「うん」

 

「お前ってか、ルシウスの息子もだけど……それで合ってるよな?」

 

「うん。その通りだよ」

 

「ン。で、だ。……まだ、未来に戻る方法とか、わかってないんだよな」

 

「うん」

 

「それまで、どうするとか……つまり、もしもこの先も──戻れなかったら……て話なんだが」

 

「うん」

 

「身寄りとか──いや、そこはジェームズがどうにかするとは思うが、まあでも、頼れる先は多くて損はねえし」

 

「シリウス」

 

 

 こんなやり取り、前にもしたな。懐かしむほど昔でもないのに、懐古と共にあの日のあたたかさが胸に広がる。

 

 

「──はっきり言ってよ」

 

「…………俺のことも、頼っていいからな」

 

 

 照れくさそうな彼に思わず抱きついていた。やっぱりシリウスは僕を拒絶しなかった。

 

 

「シリウス、大好き」

 

「おう。……調子が狂うぜ。顔はジェームズなのに。ジェームズにこんなことされたら、こうだ」

 

 

 シリウスが大げさに吐く真似をする。それがロンを彷彿とさせて、彼の首に巻き付いたまま僕は腹から笑った。

 幸せだ。僕に優しいものしかない。幸福だ。──このまま、この世界にぐずぐずに溶けてしまいたいくらいに。

 

 

 

「────でも、それじゃあ、いけないんだろう?」

 

 

 

 夜だった。天文台の上、闇との戦いの幕開けとなったこの場所で、僕は向き合っていた。──透明マントを脱ぎ捨てたドラコと。

 ドラコは微笑んでいた。月明かりを受けるブロンドと神秘的な瞳には人外じみた美しさがあった。

 

 

「この世界はなんなの。ドラコ」

 

 

 ドラコは変わらずやわらかい眼差しで僕を見つめていた。

 

 

「平行世界。そう言っただろう。もう一つの現実だよ。──君が望めばね」

 

 

 ──僕が望めば。

 

 

「僕が望めば、現実になる?」

 

「その通り。この世界で生きていきたいと望めば、ここが『君』の生きるべき世界になる」

 

「そうか。それなら──マリアの世界は?」

 

 

 ドラコは熱っぽくうっそりと笑った。

 

 

「夢だ。全部──質の悪い悪夢」

「君がぼろぼろになることもなければ、ご両親が死ぬこともない。シリウスはアズカバンに収容されないし、もしかしたらペティグリューは裏切らないかもしれない。ハリーに英雄の呪いはふりかからないし──セドリックは死なない」

 

「────」

 

「二度目のセドリック・ディゴリーの死はすべて君の『ただの』悪夢になる」

 

 

 風が彼のブロンドをあおいだ。月がきれいだった。

 

 

「さあ、選ぶといい。誰も責めないとも。誰も君に戦えと言わないよ。犠牲になる必要はない。ハリー・ポッターという英雄は生まれない。この世界ではただのハリーだ。もう悪も正義も見なくていい」

 

 

 絡み付く──心地のよい声だ。

 首を絞める──優しい温度だ。

 引きずり込む──天使(あくま)のささやきだ。

 

 

「どちらが君の現実だい? ハリー(マリア)

 

 

 僕は踏み出していた。

 

 

「君って案外、忘れっぽいよね」

 

 

 風が強く吹き上げていた。

 

 

「あれだけ繰り返してきたのに」

 

 

 月がきれいだった。

 

 

「僕はさ」

 

 

 世界は美しかった。

 

 

「──ハリーの姉さんだよ?」

 

 

 かつて、自ら死を選んだその人と同じ場所に、僕は立っていた。

 

 

「弟を捨てて自分だけ楽園に行こうだなんて──マリアはそんなことはしないよ」

 

 

 すべてが揃った世界だ。両親は生きている。シリウスは幸福でいる。ペティグリューは罪をおかさない。ルーピンは仲間をうしなわない。恩師は最愛の死に魂を壊さない。──セドリックは死んでいない。

 完璧で、愛しい場所だ。

 

 でも、僕が生きるべき現実じゃない。

 

 

「無かったことになんてしたくないんだ。絶対に。『僕』のための死を──(マリア)の責任の死を──僕だけは忘れてはならない。投げ捨ててはいけない」

 

 

 あと一歩。それですべてが終わると確信した。その先を覗き込んでも、不思議と恐怖は湧かなかった。──隣に立つこの男のおかげだとは、認めたくなくて知らないフリをした。

 

 

「ひとつだけ、聞かせてくれる? この世界は現実だ。──それで、『君』は? 全部、僕の頭の中で起こってること?」

 

 

 ドラコはいつもの意地悪そうな顔でニンマリ笑った。

 

 

「もちろん、君の頭の中で起こってることさ。ハリー」

 

 

「「──ハリー!!」」

 

 

 緑色の瞳とハシバミ色の瞳が月明かりにキラキラしていた。よく知っている黒髪と赤毛が寄り添うように立っていた。それは、叶うはずのない光景だった。──奇跡は十分だ。

 

 

「ハリー……いってしまうのね?」

 

「うん。帰るよ。僕の世界に」

 

 

 ハリーの瞳が涙に濡れながら微笑む。

 

 

「盛大に見送ろうじゃないか。──息子の出立だもの」

 

 

 マリアの瞳が悪戯っぽく笑う。

 

 

「「いってらっしゃい、ハリー」」

 

 

 ドラコと手を繋いだ。この手にあるもの、その先にあるもの──すべてが現実だった。

 

 

「いってきます。──父さん、母さん!」

 

 

 風に抱かれて見上げる夜空は美しくて、手にある温もりは愛おしくて、小さくなっていく両親の姿はかなしくて──声はもう届かないけど。

 

 

「あなたなら成し遂げられるわ! 絶対に──絶対に! なぜって────わたしたちの子供なんだから!!」

 

 

 

 すべてを終えたその時──あなたたちにもう一度、誇りと思ってもらえるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──リア、マリア、まったく……うたた寝どころじゃないぞ。寝汚いにもほどがある」

 

「うるさいなあ」

 

 

 頬をつねっていた手を絡め取って、額へと持っていく。

 

 

「マリア? ……嫌な夢でも見たのか」

 

「ううん。幸せだった。気がする。──でも、悪夢だ」

 

「寝ぼけるな。支離滅裂だぞ」

 

 

 額に移動させた手にぐしゃっと前髪をかき混ぜられた。こいつにしては乱暴な動作だ。普段お貴族さまぶってるくせに。

 

 

「──ねえ、ドラコ」

 

「なんだ」

 

 

 呆れた顔で見下ろすドラコの背に月が見えた気がした。まだ昼だってのに──夢からさめたばかりの世界はまぶしかった。

 

 

「僕の目の色って、なに?」

 

「今日の君はおかしいな。ハシバミ色に決まってるだろう」

 

「うん。……うん」

 

 

 腕を伸ばして、ドラコの首に無理やり巻き付く。

 

 

「っおい!」

 

「そう、ハシバミ色──父さんの目だ!」

 

 

 そのまま、ドラコも巻き込んでごろごろと芝生の上を転がった。今日は日曜日だ。なんだか一日中だってこの場所で寝転んでいたい気分だった。ひとりは寂しいから──君と一緒に。

 

 

「君、ほんとうにおかしいな……どんな夢を見たんだ」

 

 

 きっと、今夜の月はきれいだ。

 

 

「実はね────わすれちゃった」

 

 

 だから、きっと、そちらの月もきれいでしょう? 父さん、母さん。

 







「たとえばシリウス。僕に息子が生まれたとして──その子の名付けを君に任せると言ったら、どんな名前にする?」

「そりゃあ、決まってる。────ハリーさ」

 

 もう一度、君に会える日をここで待ってる。


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